9-2 姫騎士、冒険を始める
次に気付いたとき、石造りの大きな部屋の中の魔法陣の上に寝ていた。
コハクとエクセルもいる。
2人とも同じように魔法陣の上に倒れているが、特に変わった様子は無さそうだ。
「ふぉふぉふぉ、今回は綺麗どころばかり3人かえ」
突然の声に振り向くと、ローブを着た老人らしい人物が目に入る。
「ようこそ、この世界へ。ここは塔の世界。元の世界へ帰りたければ、冒険者の塔の最上階にのぼらねばならない・・・らしい」
おいこら、肝心なとこをぼやかしてんじゃねぇ。
「どういうこと?ここはどこなの?」
雄一のように別の世界に飛ばされてしまったということだろうか。
原因はどう考えても、あのアホがいじっていたモノのせいだろう。
「ここは塔の世界。冒険者の塔の他には何もない世界。元の世界に帰りたいと思うのなら、塔の最上階を目指すことだ。・・・それを諦めたものたちは塔の周りに街をつくって暮らしておる」
遠い目をして老人は言った。
「あなたはずっとここにいるの?」
「わしはもうずっと昔に諦めたよ。今はここで新しく来る者達に情報を伝えることを仕事にしておる」
ということは、この世界に来る人間は皆、この魔法陣の上に現れるということだろうか。
「なんじゃここは!?」
起き上がったコハクが盛大に驚いている。
突発的な事態に弱いのかな?
長生きな狐人族古老の意外な弱点を見つけた気分である。
というか、また説明することになるのだから、全員気付いてから老人に話を聞けば手間がかからなかったと思ったが、老人はコハクにまた同じことを説明しだした。
・・・考えてみるとただ待ってるだけなので、老人は暇なのか。
そして、老人がコハクに説明し終わったころエクセルが目を覚ました。
「なに!?どこ!?」
かなり混乱しているが、これで担がなくても移動できるようになったので、そのままエクセルを引きずって建物の外に出ることにする。
エクセルにこの世界の説明をできなかった老人が淋しそうに見ている気がしたが、気のせいということにしておく。
建物を出たところで、目に入ってきた光景に思わずぽかんと口を開けて、見入ってしまう。
コハクも同じらしく、呆けたようにその光景を見入っている。
無理矢理引きずってきたエクセルだけ後ろを向いているので、まだその光景を見ていないらしく、ぐずぐずと何か言っているが、そんなことはどうでもいい。
すると、あの老人が建物から出てきて、言った。
「ようこそ、塔の世界へ。この世界は冒険者の塔によって存在し、冒険者の塔しか存在しない。君たちのこれからの冒険に幸多からんことを」
そう言われても、私たちはただただ、目の前の光景、雲もつきぬけ、てっぺんの見えない塔を眺めるのだった。
結局、その後、気を取り直して老人から塔についての情報を取り直した。
その段階になってエクセルは塔に気付いてぽかんとしていたが、それは無視。
わかったことは、この世界は5Km四方程度の広さのところに、私達の出てきた異世界の門とてっぺんの見えない塔だけがあった世界だったということ。
5Km四方の外側は、「文字通り」何もないらしいこと。海もなければ地面もない。
底も見えない雲海が広がっているだけで、そもそも結界のようなものでそこに行ってみることはできないらしい。
この世界に最初からいた人間というのはおらず、伝承に残っている最初の人間も異世界から転移で飛ばされてきたらしいこと。
その時点ですでに塔はあったらしく、誰が何の目的で建てたのかも不明。
ただ、最上階まで行ければ帰れるという情報だけは最初にあったらしい。
その後も転移でこの世界に多数の人間が飛ばされてきて、その全てが帰ろうと塔にチャレンジするのではなく、諦めてこの世界に定住することを選んでいったこと。
定住することを選んだ人たちは、塔の周りに街を造ったが、この世界は植物も含めて、塔の外には何もないので塔の中には皆入るらしい。
塔の中はどういう構造なのか、ひとつの階層が5Km四方どころではなく広いらしく、塔の中にも階層ごとに街のようなものがあり、こちらは最上階を目指す人達の拠点らしい。
「この世界に住む気なら、塔の外の今見えている街にある生活者ギルドに行き給え。元の世界に帰るために最上階を目指すというのなら、塔に入ってすぐの街にある冒険者ギルドに行き給え。どちらか一方のギルドにしか所属できないが、移籍は自由だ。所属しないのも自由だが、多数の人間から集まってくる情報というのは貴重だよ」
それだけ言うと、老人は役割は終わったとばかりに転移の魔法陣がある建物に戻っていった。
「帰るでしょ」
「そらそやな」
「え、どゆこと?」
お互い顔を見合わせて力強く頷いた私とコハクは、状況をいまいちわかってないエクセルを無視して、この世界での一歩を踏み出した。
「まってよ~」
とはいえ、エクセルはこれでも優秀な魔術師だ。
ちゃんと面倒は見てやることにするのだった。




