8-7 荒野を行く
荒野を一台の装甲車が走っている。
この世界では数少ない、内燃機関で走る移動手段である。
何より、NBC防護が施されているので、ルート取りにそれほど制約がないというのも、この世界では便利であった。
そんな装甲車の中には、運転手を含めて3人の男が乗っていた。
「部長、これからどうするんですか」
「もう部長ではない」
不安げに聞いた男に、魂の抜けたような男が返事をする。
魂の抜けたような男は、先日まで教都で保衛部長をしていたル・インジョである。
装甲車に乗っている他の2人も、教都で保衛部の幹部を務めていた男である。
「どこへ行っても教都に比べれば、原始人よりマシと言った程度だ。諦めろ」
「・・・なんでこの世界で人は生きてるんですかね」
「死なないためだよ」
この絶望的な世界では、皆日々生きることに必死で、哲学なんてやっている暇はない。
勿論、なぜ生きるのかなんてことは誰も考えないわけで、それを考える余裕と教養がある時点で、教都の支配者層だった彼らはかなり恵まれていたのである。
「死なないためって、人はいつか死にますよ」
そこでそれまで黙って話を聞いていた運転手が会話に参加した。
「そうだな。俺も死ぬし、お前も死ぬし、みんな死ぬ。だが今日じゃない。それだけだ」
元上司の言葉に2人は黙る。
実際、「今日死なないために」教都を出てきたのである。
教団の中枢において、教都の存続が困難であることが確認されたあと、幹部がとった行動はまちまちだった。
大教父は会議室を出た後、行方不明で誰も見ていない。
技術部長はやれるだけのことはやるといって発電所に戻っていったが、その後、建屋で爆発があったようなので技術部員共々生死不明。誰も確認にも行っていない。
教父たちは、無理矢理元の日常を続けようとする者、備蓄の食料を持ち出して逃げる者、発電所無しで教団を維持する方法を模索する者、皆バラバラだった。
で、保衛部長がとった行動は、教都を出ることにした部下2人と一緒に権限を使って、装甲車を持ち出し、積めるだけ食料を積んで出発したのである。
それでも、特に行く当てがあるわけではない。
教都周辺は全て人が生存できない汚染地帯。その外側にいくつか人が住んでいる集落がある。
それらの地図も持ってはきたが、そこに行くのが正解かどうかもわからない。
とりあえず今は汚染地帯を抜けることだけを考えて走っている状態である。
「教都はどうなったんでしょうね」
「奴隷どもに叛乱を起こすような知恵はないだろうが、何かあっても生き残れるような知恵があるとも思えんな」
「そもそも叛乱起こしたところで、ねぇ」
最早、教都は人が多いだけでこの世界の他の集落と変わらない。
稼働していた原子力発電所と、その豊富な電力を利用した化学プラントが生み出す人工肥料によって、この世界では他に類を見ない食料生産を可能にしていたのである。
都市内に電車まで走っていたのだから、あの都市の中だけはハルマゲドンの前の生活を保っていたといっても過言ではない。
もっとも、それも地震で発電所のタービンが破損し、冷却機能も失われたことで、むしろそこらの集落より危険な場所に変ってしまったわけだが。
「そろそろ汚染地帯を抜けるはずだが、外の様子はどうだ?」
ル・インジョは運転手に声をかける。
「そのはずなんですが、線量計も化学物質測定器も異常値のままですね。計器の故障でなければ、汚染地域が広がったか、この間の地震で埋まってた何かが出てきたり流れてきたりしたのかも・・・」
運転手は自信なさげに声を出す。
「外に出て確かめてみるわけにもいかんし、燃料に余裕はあるんだ。もうしばらく、そうだな、あの尾根を越えても数値が変わらないようならその時考えよう」
そう言ってル・インジョは車両の前方に聳える山の尾根を指差した。
「尾根を越えるといっても、道はありませんが」
「そんな急な斜面でもなさそうだし、適当に迂回しながら越えれそうなところを探せばいい。無理をする必要はない」
「わかりました。探してみます」
「運転代わりましょうか?」
教都からここまで運転してきたドライバーを気遣って、もう一人が声をかける。
「いや、まだ大丈夫だ。それより前方を中心に周辺地形を見てナビゲートしてもらえると助かる」
「わかった」
車長席のキューポラから周囲の状況を確認するため、もう一人は車長席に移動した。
「長丁場になりそうだし、私は先に休ませてもらうよ。2時間たったら交代しよう」
「わかりました」
「遠慮せずに起こせよ?」
念押しして後ろの兵員室で横になる。
揺れるし五月蠅いが、空調のおかげで快適なことだけが救いである。




