8-4 ある教団の終わり
「教都を放棄する時が来た。ということであろう」
重々しい空気が支配する会議室で、その上座に座る人物が口を開いた。
「しかし、それは」
「現状で発電所は爆発はせんだろう。だがそれだけだ。運転再開は不可能だ。そうだな」
現在の最高位である大教父は、技術部長に目をやった。
「冷却はなんとかできていますが、それ以上は・・・タービンも破損していますので復旧は不可能です」
会議室の空気はさらに重くなる。
「もともと無理だったのだよ。こんな世界で人が生き延びようなどというのは」
大教父は立ち上がり、窓から外を見遣る。
そこからは居住区が一望できた。ちょうど朝の祈りの時間、大勢の信者が地面に額を擦り付けていた。
「大聖祖様の想定では教都はもって50年。結果的に地震に止めを刺されることになったが、良く持った方ではないか」
「しかし、信者はどうしますか。あれはいわば家畜です。自分で考えることもできなければ、生き残る術も持たないでしょう」
「それ以前の話として、我々だってこの街がなくなってしまえば、何人生き残ることができるかね」
地震による発電所の損傷。
幸い、注水だけはできたので最悪の事態は免れたが、それだけである。
少ない風力発電設備がわずかばかりの電力を生み出しているが、それは冷却のためのポンプにまわされている。
停電とそれに伴うプラントの停止により、人工肥料の生産は停止している。
このままでは、今の人口は養えないだろう。
それ以前の問題として、停電のせいで、教都に住むすべての人間に出す食事の調理すら困難になっている。
今は非常食で凌いでいる状態である。
「とりあえずかまどでも作らせるか」
誰かがぼそっと言った。
冗談か本気かは判別がつかないが、そうでもしないと非常食だけでは数日しか持たない。
もっとも、備蓄の食料とて、何年分もあるわけではない。調理できるようになったとて、数か月の延命措置でしかない。
「どのみちここから出るためには防護車が必須だが、数はまるで足らん。ここに最後まで残るも自由、出て行くも自由。そういうことでいいのではないかな」
大教父は外を見たまま振り返ることなく言った。
「人類という種を残すために大聖祖様がつくられた教団という機構。もともと発電所とプラントの稼働が前提となったものだ。それが稼働している間に、別の手立てを見つけよというのが大聖祖様の遺志であったが・・・我々は現状に胡坐をかきすぎたのだよ」
大教父の言葉に反応する者はいない。
皆、席に座りじっと考え込んでいる。
「まだ、多少の時間はある。身の振り方は各自で決め給え。私から言えることはそれだけだ」
それだけ言い終えると大教父は部屋を出た。
従者も連れず、一人で廊下を歩く。
50代後半は、医療体制が崩壊し、常に高い自然被曝量にさらされるこの世界では長生きなほうである。
とはいえ、日本の50代では考えられぬほど老いていることは事実である。
一歩一歩踏み締めるように歩く。
「結局、甘えていただけでしたなぁ」
誰も聞くもののいない独り言をつぶやく。
「あなたが繋いでくれた多数の命でしたが、どうやら救えそうもありません」
その内容には悔悟が多分に含まれていた。
「自らの怠慢を棚に上げるようでなんですが、やはり無理ですよ。この短期間で産業水準を大崩壊前までもっていくなんていうのは」
少しずつ階段を登る。
「宗教は非科学的だから嫌いだと言っていたあなたが、統治機構としてそれを利用することになったのも皮肉でしたな」
大聖塔と呼ばれる大聖祖の遺体が安置された塔の最上階。
鍵をあけ、大聖祖の遺体の前に立つ。
「大崩壊のなかった世界から来たなんていうのは眉唾でしたが、あなたについてきて正解だったと思います。少なくとも、人間として生活できた。信者を踏み台にした、自分勝手なものだったとしても、ね」
部屋を再び施錠し、そう言って大聖祖の寝台の前に倒れこんだ。
「ここが終わるのなら、私も終わりましょう。無責任だと言われたところで、もともとが自分たちがまともに生活できるように造った都市なのですから」
うわごとのように呟いたあと、大教父は動かなくなった。
その後、大教父の姿を見た者はいない。




