31話
「さて、事件現場までもうすぐなわけだが、魔銀のワードについて聞いてみよう。魔銀、どんなのかわかるよねステラ」
「な、なんでアタシ!?」
「魔銀がどんなのか、言える?」
「えーっと、ちょーやばい銀、みたいな?」
「うん、個人的にはわかりやすくて好きだけど……マーテル、わかるかい?」
「はい先生。魔銀とは、土に宿る魔力からなる毒素を大いに含んだ銀とされています。貴金属としての価値はないばかりか、取り扱いすらも」
「お見事。ひと目でわかるから、見つけたらもう放っておくくらいしかない。厄介だねえ」
「でも先生、魔銀の成分がどうして……」
「それを扱える奴をひとり知ってる。さぁ、ついたね。警備兵はもういないみたいだ。ここの調査は済んだってことかな? さすがに貴族殺しともなれば早いなあ」
「うわぁ、これが事件現場……」
学生が撃たれたと思しき場所でマヌスはしゃがみ込む。
ときおり遠くのビルや近隣のビルを見ては、人差し指を立てて計測を行っていた。
「撃つなら、あそこか」
「え、もうわかったんですか?」
「撃たれた角度からしてね。ほら、地面に弾痕と血痕があるだろう? ……貫通したんだ」
「ホントだ」
シエロが弾痕を眺めるように屈んだ。
「でも、おかしいですね先生。あそこから狙撃したのなら、こんな勢いよく弾が地面に当たるものなんでしょうか? 一度人体を貫通してるんですよね?」
「いい質問だマーテル。確かに今の狙撃銃では、ここまでの威力は出せない。体内に弾が残るだろうね。でも今回使われただろう狙撃銃は違う」
「狙撃銃が特別なんですか? ……いや、それでもやっぱりおかしいです。学生とはいえ魔導士。暗殺除けとして対銃魔術は基礎中の基礎。彼もずっとそれをやっていたはず」
「だろうね。だからこそあの銃が効果覿面なんだ」
「だからなんなのさ先生ー」
「────デッド・ヘキサグル。通称、死の六角形と言われたスナイパーライフルだよ」
「あ、ワタシそれ知ってる! ライフリングが角ばってる銃でしょ?」
「まぁそういう認識でもいいかな。ひと昔前のライフルだから、元込式じゃなくて銃口から弾込めを行う。六角形のねじれた弾丸をね、こうギュッてやるんだよ」
「うわ、古っ! そんなので人撃ち抜けんの?」
「精密性はよかったらしいけど、製造面がね……。だけどそれだけじゃ今回のようにはいかない。そこでさっきの魔銀さ」
マヌスは詳しく話した。
すでに滅んでしまったが、魔銀の加工技術を持った人々がいたらしい。
当時彼らは異端として殺され、その術も失われた、かに思われていた。
しかし、加工技術を持つ者が奇跡的に生き残っており、一族の秘伝として細々と受け継いでいった。
魔銀の矢じりは代を経て、魔銀の弾丸へと変化していったのだ。
「通常、魔銀とユニコーンの角、その他諸々の素材をすりつぶし絶妙なバランスで配合・加工・鋳造することで完成する。彼らはその中でデッド・ヘキサグルに目をつけたんだろう。弾丸は魔力を打ち破り、かすらせるだけでも魔銀の毒で長く苦しんで死ぬことになる。魔銀に効く解毒剤は今もないからね」
「先生、すごく詳しいね。造ったことあるの?」
「ユニークだねシエロ。でも、そうじゃあない。知ってる奴と知り合いだっただけの話さ、そして、今回の容疑者の可能性もある」
「容疑者!?」
「さて、ここまでありがとうね。君たちは帰りなさい」
「ちょっと、帰れってどういうこと? アタシらもなにか手伝わせてよ!」
「そうだよ先生、まだ夕方まで時間あるしワタシも!」
「ダメダメ。ここからはこっちの仕事だ。しかも無報酬のね」
「先生、それでは説明不足です」
マーテルにも言われたため、少し間をおいて、
「まぁ、手伝うだけならまだいいか。でも危ないことには突っ込ませないよ? 下手をすれば君たちが狙われる可能性だってあるんだから」
「えへへ、そうこなくっちゃ!」
「あの、先生。エーデルワイスを使って手がかりとか、犯人の足取りを見つけることはできないんですか? ホラ、わたしの祖父のときと同じように……」
「ん~、そうだね。こういうときに便利かもしれない。相手はプロだ。痕跡は残さずとも、なにかしろの『思い』は残っているかも」
「エーデルワイスって便利だねホント。よくよく考えたら隠し事できないじゃん」
「そうだよ。浮気とかは特にね」
「えーそういうの聞きたーい!」
「あのね、君ついさっき手伝うって言ったばかりだよね?」
ステラはコロコロと態度が変わる。
別に適当というわけではないが、それがよい空気感を生んでくれた。
容疑者こと、サリアのことを思い浮かべた際、心に澱が沈んでいくのを感じた。
だがステラ独特の雰囲気が、マヌスの肩を軽くする。
(重苦しく作業するのは自分ひとりのときだけにしておこう。この子たちに、わたしの辛気臭いものを押し付けるわけにはいかない)
「ねぇ、先生」
「なにかなルーチェ」
「ありがとうね」
「な、なにが?」
4人と一緒に、調査のために街を歩く。
それぞれが分かれて調べているとき、近くにいたルーチェがにこやかに眼差しを向けた。
「ワタシたちの無理に付き合わせちゃったから」
「いいんだよ別に。君たちだってテストで久々だったんだ。こうしてリフレッシュしたいだろう?」
「おお! そんなことまで考えてくれてたんだ!」
「……だけど、本当に危ないことには突っ込ませられない。アバンドーズ家のときとは違うんだ。現実世界じゃ、わたしは無力だ」
「先生は無力じゃないよ。少なくともワタシよりもずっと勇気があって、正直憧れてる」
「わたしより遥かに強い君に言われてもなあ」
「ふふふ、ワタシは戦いが強いだけ。先生みたいに色んな覚悟を背負ってるわけじゃない。……さっき皆を守りたいって言ったけど、本当はすごく怖い。ずっと怖いんだ」
「守れないことが?」
「それ以上に、ワタシが逃げちゃうこと。皆を捨てて、自分ひとりが助かろうとしちゃわないかってこと」
「そんなことしないと思うけどね」
「わかんないよ? いざってときになったら、恥も外聞も捨てて、逃げちゃうかも。……それできっと後悔するんだ。なんで戦わなかったんだろうって」
なるほど、年相応の反応かもしれない。
聞けば実習で魔物討伐の授業を行うことはあるらしく、実習過程で生徒が死ぬこともある。
だがそれでも学院側からある程度の安全が保証されている。
負傷者には手厚い回復を、どうしようもなくなれば教員が救助を。
少なくともマヌスは経験したことない高待遇だ。
「自信がないのはまだいい。だが今みたいな不安はよくないよ。土壇場で怯んで動けなくなってしまう」
「わかってる、けど……」
「きっと君のそういう面を見通して、戦場慣れをさせるんだろうね」
「ふふふ、やっぱり先生って頼りになる大人だね」
「よしてくれ。そういう柄じゃないんだわたしは」
「……ねぇ先生。今までで1番楽しかった思い出ってある?」
急な話題転換に驚きこそしたが、戦争の話をするよりかはいいだろうと思って乗った。
「ワタシはね、施設育ちだったから。家族の温もりとか、そういうのわかんないけど。でも皆に出会えてすっごくよかった。皆と過ごした一瞬一瞬が最高の思い出」
「綺麗な思い出だ」
「先生は?」
「いや、生憎そういうのはないんだ。忘れてるだけかもしれないけど」
「ん~、じゃあ誰のどんな思い出の世界が素敵だった? これ気になってたんだよね」
「少なくとも浮気調査とかじゃない限りは、素敵な思い出ばかりさ。わたしが土足で踏み込むにはもったいないくらいなね」
「……先生、その話、帰ってきたら聞かせてくれる?」
「守秘義務があるから、ぼかすよ?」
「いいよ。先生が見た綺麗なものを知りたい」
気がつけば日が傾きかけていた。
ルーチェが帰ると同時に、3人も去っていった。
4人には悪いが、ここからが本当の調査だ。
「次は、サリアの落としたペンダントだ……行こう。彼女の思い出の世界へ」




