30話
「ひとつ聞かせテ」
「なにか?」
「その力、イヤ?」
「イヤっていうのは、嫌悪感っていう意味でですか? そうですねえ。便利っちゃあ便利ですが、人の思い出の中に土足で入り込む力ですから、あんまりいい気はしませんね」
「……そっか」
「あの、サンドリヨン妃? この質問になんの意図があるのでしょう?」
「ううん、なんでもない。もしも知りたいのなら、ワタシの痕跡を探せばイイ」
「アナタの、痕跡?」
「ウン。そしてエーデルワイスの力で、入り込む」
「やけに回り道のような感じがするのですが……」
「あーモウ! 細かいこと言いっこナシ! 自分のことなんだから自分で見つけなサイ!」
(うげぇ、急に年上ぶってきた……まぁそうなんだけど)
「……その先に、力の大元がある。壊せば、きっとその力は取り払われる」
「なんだって?」
「ワタシが言えるのはココマデ! 宿題は自分でヤリナサイ」
「……えぇっと、まずはアナタの痕跡をたどることからスタートか。ふぅ、壮大な宿題を与えられたなぁ。宿題にヒントはないのですか先生?」
「そうダナァ。ドワイトのノートを持ってるなら、それをヒントにやればいいヨ」
「ドワイト・マグガーベンのノート……ドワイト・マグガーベン……あっ、白女神の学院!」
「道が見えたようでナニヨリ」
「ふふふ、上手いこと導かれたようですね」
「答えを導き出したのは、マヌス自身の力だヨ」
ほんの一瞬、マヌスは生徒の気分を味わえた。
こんなにも関わりやすい女教師がいれば、人生は色々変わったかもなとしょうもない妄想をする。
「ねえマヌス、君は、エーデルワイスを持って後悔してル?」
「……ええ、まぁ」
「ダロウネ」
「わかるんですか?」
「わかるヨ。君のことだもん」
「え?」
「なんでもない。……これからも悲しい思いをするかもしれないけど、元気デネ」
次の瞬間、マヌスの身体が無重力にさらされたように浮いた。
そればかりか思い出の世界が崩れていっている。
ドラゴンが湧く以上に信じられない光景だった。
歪み、滅んでいく世界の中で、サンドリヨンはマヌスに手を振りながら、現実世界へ続くゲートを開いた。
「ちょっと待ってください! まだ話は終わってない!」
「君なら大丈夫! 最後までやり遂げられる!」
「な、なにを、なにを言っているんだ!! わたしは!」
「────君の過ちを知ってる!」
マヌスは息が詰まった。
「君は、……君の部隊を思い出の世界に入れてしまった。でも悪意じゃナイ! 敵の猛攻から、仲間を守るためにヤッタ! でも、そのときはまだ使い方を理解しきれてナカッタ! 償いきれない罪の中で……マヌス、君は頑張ってキタ。だから!」
「わ、わかった風なことを言ってんじゃあないぞッ! あれは永遠に消えない、汚泥に満ちた罪だ……ッ! 理解も同情も必要ないッ! この力さえなければ、この力さえこの世に存在しなければッ!」
過去をつかれ激しく動揺したが、言葉は虚しくゲートのほうへ吸い込まれていく。
「────ゴメンネ」
「────!」
現実世界に戻る直前、サンドリヨンの言葉が耳に残った。
気づいたときには、事務所の中だった。
マヌスは周囲を見渡す。
まだ思い出の世界にいるのではないかと思ったがそんなことはなく、マヌスは諦めてソファーでうなだれる。
「サンドリヨン……なんなんだアイツ? なにか妙に知ってる風だったな。宿題だと? やってやろうじゃないか」
毒づきながら自室のベッドへと足を運ぶ。
だがそのとき、外でとんでもない事件が巻き起こっていたことに、マヌスは気がつかなかった。
────白女神の学院に通う生徒のひとりが、深夜の街中で射殺された。
次の日、マヌスの近所でもその話題で持ちきりだった。
朝を散歩していたマヌスは、ハッとなる。
しかし、あの4人が狙われたものではないとして、ホッとした。
(テストが終わって気を抜かした学生のひとりが夜遊びか。そのときに撃たれたらしいな。でも、なんでだ? 揉め事でもあったのかな?)
ふと、あの4人のことが気になったため、彼女らに出会えそうな場所を歩いてみる。
街中を警備隊が走り回り、周囲に目を光らせていた。
無理もない。殺されたのは上流階級の子供なのだから。
「お、レモネードの出店か。一杯いただこう」
もう夏と言ってもいい。
さすがの気温にへばってきた。
レモネードの酸味と炭酸で、喉を潤していたとき、
「あ、先生じゃ~ん」
「先生、ご無沙汰しております」
「やぁ君たち。テストお疲れ様」
「先生もレモネード飲むんですね。わたしも飲もうかな」
「うんうん、いいね! すみませーん。レモネード4つ!」
ルーチェが注文し、届いたレモネードを美味しそうに飲む。
ルーチェとマーテルはストローでゆっくりと、シエロは勢いよく吸い飲んだ。
ステラは蓋とストローを外してがぶ飲み。
それぞれの飲み方に個性があった。
テスト終わりでよっぽどストレスが溜まっていたのか、表情に疲れが見えていた。
「美味しかったかい? しかし勢いよく飲むなぁ。炭酸キツくなかった?」
「ううん、全然美味しいよ。アタシの大好物。……最近は飲めなかったから余計にストレスだよ」
「そりゃなんとも。……で、だ。テスト終わりに申し訳ないが、聞かせてほしい。昨晩の事件は知ってるね」
「はい、聞いています。被害者は私たちのクラスの男子生徒でしたから」
マーテルの表情が一気に暗くなる。
「最近は戦争ムードも高まってるから、皆ピリピリしてる。実はワタシも、来週には戦地へ派遣されるんです」
「え、ルーチェ、君が? でも戦地って……まだ戦争は起きてないだろう?」
「あぁ、すみません。説明不足でしたね。前々から敵国が魔物を国境沿いに誘導してるみたいで……外交の甲斐なく、魔物除けの戦線が長期化してるんです。そこでワタシに声がかかりました」
「ちょっとムカつくよね。なんでルーチェが行かなきゃいけないのって話。アタシらまだ学生じゃん? いくら強いからって、そういうのは大人の役目じゃないの!?」
「ステラ! 先生の前でなんてことを」
「いや、いいんだよマーテル。大人の役目。確かにそれはそうだ。国の危機だから、ルーチェみたいな優秀な人間の手を借りたいんだよ。……そしてこれはあんまり言いたくはないが、おそらくは早い目に戦場慣れをさせておくためでもあるだろうね」
「戦場慣れ、ですか」
「お偉いさんの考えることだ。崇高で深淵なる目的があるかもしれないが。期待はしないほうがいいよ」
「いいえ、いいんです。ワタシ、皆を守りたい! だったら、いくらでも戦うよ!」
「ルーチェちゃん……」
心配そうに見るシエロをよそに、ステラは気に入らなさそうにコップを握りつぶした。
来週とはあるが、準備や移動、ブリーフィングを含めた諸々を考えれば、かなり早く動かねばならない。
国から与えられた猶予期間として、今日の夕方までは自由時間。
そこからは軍の管理下となるため、勝手な行動は許されない。
最強クラスのルーチェと言えど、特別扱いはされないようだ。
「どう言葉をかけていいか、わからないな……ごめんね」
「いいよ先生! ワタシ強いから!」
(無理してるんじゃないだろうな……カウンセラーみたいに寄り添ってくれる大人がいればいいけど、そんな余裕があるはずないか)
「先生、大丈夫ですか? その、なんと言えばいいか……」
「あぁ、ごめんよマーテル。皆も十分気をつけてね」
去ろうとしたときだった。
「そう言えばさ、殺された男子から、『魔銀』の成分が検出されたって聞いたけど、本当?」
「ええ、珍しいわね」
「────なんだって?」
「ど、どうしたの先生?」
「弾痕に、魔銀の成分があったってことなのかい?」
「は、はい」
魔銀に心当たりがあった。
それは、昨日出会ったサリアにも繋がる情報だ。




