22話
聖窟の中は仄暗く、迷路と見まがうほどに、深く寺院が連なっていた。
天井にいくつもある裂け目から差し込む光が、寺院の輪郭を薄く見せてる。
それがより刻まれた歴史の重みに、神秘性をまとわせていた。
だが、奥へ踏み入るほどに内部を支配する生温かい闇が際立つ。
最初は無装飾のすっきりした方形的な空間。
次からアーチ形の破風や浮彫が列する建築様式のものに変化していった。
(この浮彫壁画に描かれているのは……ドラゴンだ! 嘘だろ。聖窟にどうしてこんな。いや、まぁ歴史でドラゴンとの関連もあるから、それにちなんだものなんだろうが……、でもわたしには妙に意味深に感じてしまう)
木の姿をしたドラゴン。
大河の底に臥せるドラゴン。
ドラゴンの頭をした女神像。
バラバラになった手足から剣や槍が生えるドラゴン、などなど。
(これはまるで……────思い出の世界のよう)
「マヌスさん?」
「え? あぁ、フレデグンドさん。どうかしましたか?」
「いえ、ずいぶん熱心に見ておられたので。お探し物は見つかりましたか?」
「ええ、こうして歴史的なものに触れ合えて、充実しています」
「……本当に、それだけ?」
「え?」
「いえ、なんでもありません。どうぞごゆっくり」
フレデグンドが去ろうとしたとき、
「失礼だがフレデグンドさん」
「はい?」
「さっき、わたしに刃を向けてきたのは……」
「あぁ、私の妹のリーベルです。少々強引なところがあって。先ほどは本当に申し訳ありません」
「いえ、それはもう大丈夫です。その……好奇心で聞きたいんですが、『弟』さんっていたりします?」
マヌスの質問に、一瞬フレデグンドの表情がこわばった。
「それは、なぜ?」
「失礼ながら、アナタが使用されている香水ですよ。この埃臭いところで逃しそうになりましたが、その香りについて覚えがあるんです。先ほどわたしがチェックインした宿でですね。ひとりの少年と出会いました。そのときに……」
「ランテックのことですね……」
「やはり身内でしたか。『ねえさん』って言ってたのでもしかしてと思いましてね」
「そう、出会ったのですね」
フレデグンドが近くの浮彫壁画を見る。
ドラゴンと文明と、世界のあり方。
途方もない謎を孕んだこの芸術を彫った人物は、誰なのだろう。
そんなことを考えながら、自然とマヌスもその壁画に目をやった。
「ランテックとは血は繋がっていません」
「道理で似てないはずだ。階段で本を読むなんて行儀の悪いことをアナタがするはずないだろうからね」
「あの子ったらそんなことを」
「ユニークな少年でしたよ」
「すみません。ご迷惑をおかけしてしまって────」
そのとき、
「ねえさん」
「え?」
マヌスにとっても聞き覚えのある声。
少年こと、ランテックだ。
「やあ、おじさん」
「どーも」
「こらランテック! 人様に向かってなんて言葉遣いを!」
「けっこうですよ。もう彼とは知り合いだ」
「そうそう」
「はぁまったく。でもどうしてアナタがここへ? 宿で待っていると言っていたではありませんか」
「興味が湧いたんだ。僕もここを見て回りたい」
「えぇ、でも……」
「フレデグンドさん。わたしが彼と行動しましょう」
「え、よろしいのですか? でもアナタのお仕事に差し支えるのでは」
「半分仕事です。頼もしい連れがいれば、きっと楽しいものになるでしょう。ほら、言うではありませんか。旅は道連れ世は情けと」
「そ、そうですか……」
フレデグンドはどこかソワソワとしている。
だが止める理由がないのか、それを了承した。
「じゃあ行こうか。おじさん」
「マヌス・アートレータだ。ランテック君」
「わかったよ。マヌスさん」
ふたりは奥へと進んだ。
「どういう風の吹き回しかな?」
「結論から言うなら、マヌスさんのつけてるそのマフラーに興味を持ったんだ」
「わたしの?」
「なにかの本で、それと同じ紋様を見たことがある」
「それが聖窟にあるって?」
「探してみる価値はある」
「そいつは楽しそうだ」
「……マヌスさんは、この聖窟になにしに来たの?」
話すか迷った。
とは言え、ドワイト・マグガーベンについては謎が多い。
知識や視点は多いほうがいいだろう。
「ドワイト・マグガーベンって知ってる? 彼について調べているんだ」
「こんなところまで来て?」
「ここはかのサンドリヨン妃にまつわる場所らしいじゃないか。彼にもまた関連があるんじゃないかってね」
「そういうことか。ならなおのこと、もっとここを調べないとね」
「うん、早く行こう」
奥は上の裂け目が少ないため、明かりになるものを持っていく必要がある。
それはランテックが用意してくれた。
フレデグンドの部下が、訝しそうにランテックを見ていた。
彼はマヌス以上に歓迎されていないらしい。
そんな状況でも、ランテックは素知らぬ顔で軽い足取りで進んでいく。
(この聖窟もそうだが、フレデグンドとランテックの関係も気になるな)
「マヌスさん、ホラ、ここが最奥だよ」
「あぁ、そうだね」
ふたりは奥までたどり着き、探索を開始した。




