2話
「魔術やテクニックで他人を騙せても、自分の思い出だけは騙せなかったらしいな。そりゃそうだ」
彼の『思い出の世界』はあまりにも如実に語っていた。
これがマヌスの能力、『人や物を通して"思い出の世界"へ入りこむ』ことができる力。
「これだけ鮮明に世界が創られてるあたり、よっぽどいい思いしたんだろうなぁ。あんな美人な奥さんをほっぽってさぁ」
見慣れた街だが、ところどころ違う。
やたらとホテルや高級レストラン、そして風俗店が多い。
今立っているこの場所は公園近くの裏路地だ。
裏路地から見た公園は、現実世界以上に花が咲いていた。
「……思い出の世界は良くも悪くもズレがある。どんだけ頭ン中バラ色なんだよ、ったく。さて、旦那を探すか」
公園を出てすぐメアリの旦那を見つけた。
物陰にサッと隠れて、尾行する。
思い出の世界の住人にも人格は存在するし、下手をすれば敵意を向けてくることもある。
旦那が建物と建物の間の入り組んだ道へ入った。
ご丁寧に魔術までして追っ手が自分の姿を見失うようにするという徹底ぶり。
(だが……現実と違ってより自由な行動ができるようになる。みくびるなよ魔導士。ここではわたしのほうがアドバンテージをとれるんだ)
マヌスは飛んだ。
まるで無重力の中を軽やかに移動するように。
右へ左へ、上へ下へ。
壁に四つん這いになるようにへばりつき、音もなく魔術の隙間をくぐりぬけていく。
そして見つけた旦那の姿。
そこで待っていたのはかなり身分の高そうな美女……いや、美少女だ。
「ありゃ、ありゃりゃりゃりゃりゃ……いやぁ~これは……」
マヌスは導写器をとりだす。
魔力を使ってレンズに映る光景を一枚におさめられる今はやりの優れもの。
うまく忍びながらカシャカシャとふたりを撮っていく。
そして行く先にある大きめのホテルの中へと入っていくシーンもぬかりなく。
「すごいな。ガチのマジで高いホテルじゃあないか。旦那のヤツ、相当なゲスだな。あれは確かナントカっていう家の令嬢だったな。ふん、妻を捨ててそっちに鞍替えでもするつもりか?」
大した思い出だと吐き捨てるように黙々とシャッターを切る。
部屋はかなり高い階層のとったらしいがそんなもの関係ない。
地面と平行になるようにホテルの外壁を歩き、窓からその様子をカメラに撮る。
「おっと、これ以上はもういいかな。じゃあ帰るとしよう」
ゲートのある方へ戻り、ヒョイと中へと入る。
元の世界へ戻ると、時刻は夕方らしかった。
すかさず報告書をまとめ、明日の準備をする。
そして次の日、例の4人がやってきた。
「お待ちしておりましたメアリさんとご友人の方々」
「あの、調査結果は……」
「はい、こちらになります」
封筒から報告書と写真を取り出す。
「な、こ、これは!!」
「こちら、ずいぶん高貴なご令嬢とお見受けしますが、お心当たりは?」
「……この人ってアレだよね?」
格闘家のつぶやきに魔導士がうなずいた。
「えぇ、悪役令嬢と名高い、キルベルク家の令嬢ッ!」
「そ、そんな……やっぱり……あの人……裏切って……ッ! ううっ!」
「メアリ、しっかり!」
「さらに調べましたところ、このホテルはキルベルク家が運営されているようで。つながりとしては十分ではないかなと」
「……ッ!」
「こちら、ネクタイお返ししま────」
メアリが勢いよく薙ぐように、ネクタイをはたき落した。
「ゆる、さないぃぃぃぃいいいッ!! あの女調子にのりやがってぇえええッ!」
なにかしろの因縁があるようだが、そこまで踏み込もうとは思わない。
もう依頼は終えた。コホンと咳払いしたのち冷静に彼女に報酬を求める。
「……メアリさん、こんなタイミングで申し訳ありませんが、報酬を」
「フゥーッ! フゥーッ! は、はい……」
あれだけ温和で優しそうだったメアリの豹変に納得しつつも一種の恐ろしさを感じるのであった、
「わたしができるのはここまでです。あとは裁判なりなんなりとおやりになってください」
「……ありがとうございました」
「またどうぞ」
4人はソロソロと去っていった。
ひと仕事終えてひと息ついたとき、管理人がヒョコっと現れて手招きした。
「よう、お疲れさん」
「どうも」
仕事終わりに管理人室でこうしてコーヒーを淹れてくれるのはありがたい。
だがこういうとき大抵色々聞いてくるのが難点だ。
「で、どうなんだい?」
「どうって?」
「あのなぁ~~~、あんな美人さんがいたんだぜ? お前さんの仕事っぷりにこう、ポッとなってよう」
「もしかしてそういう話かぁ~~?」
「バカ! それ以外になにがあんだよ! お前さんもいい歳なんだからそういう浮いた話のひとつやふたつ……」
色ボケジジイめ。
そう心内でつぶやきつつ、真実を言ってやった。
「無駄だよ」
「なんで?」
「わかんないか? あの3人もまた彼氏とか旦那がいるよ」
「なんだってぇ!?」
「魔導士の人なんて一番わかりやすかっただろ? 薬指に指輪つけてた」
「あ、あぁ~そうなのか? あれ? そうだったかな?」
「なんだ。見てなかったのか。……剣士は同門の男といつも一緒なのを聞いたことがある。格闘家のほうは弟弟子に負けたときに自分から告ったらしいね。新聞にも載ってたよ」
「は、はぇ~」
「そういうことだ。もういいだろう? コーヒーごちそうさま」
「あ、待ちなって」
「なんだ? 家賃ならキチンと払ったはずだぜ?」
「そういうことじゃない。……オメェ、今のまんまでいいのか?」
「……誰もわたしのことなんて、好きにならないさ」
他人の思い出に土足で踏み込む自分なんて。
マヌスは管理人室を出てオフィスへと戻る。
夜までソファーで眠りこけ、夜になれば街へとおもむいた。
美男美女、そのどれもがそれぞれ恋人や夫婦という間柄。
中にはハーレムなんてものもあるが。
「……………………」
黄色い声と人込みの間を抜けるように進んでいく。
向かう場所はいつものバー。




