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16話

 あれから数日。

 修理やら整頓やらで時間を使っていたら、10日以上経ってしまった。


 シエロからもらった前金はほとんど使い果たした。

 なんなら調子に乗って執務机や使っていた万年筆も新調しようと、考えなしにより高いものを購入してしまい、ちょっと後悔している。


「しかし、あれ以降なにかしろあるわけでもなし……。どうやらあの4人は、わたしの力のことや思い出の世界のことを誰にも言わなかったらしいな」


 賢明な判断だ。

 そう思いながら窓の近くでモーニングコーヒーをひとくち。

 

 バレてしまったらどうしようと、内心穏やかではなかった。

 アバンドーズ家の連中のように、妙な部隊を引き連れてやってきたお偉いさんが自分を連行するのではないか。

 色んな調査機関の人間が家宅捜査を始めるのではないか。


 それら恐怖を象徴した想像は、マヌスの平穏な日々を裏から蝕んでいた。

 待てど暮らせど、なにかしろの徴候はなく、いつもの日常が続いていくだけだった。


「気にし過ぎかな。……そうだな。きっとそうだ。彼女らはなにも言わなかった。そしてアバンドーズ家や特務部隊がいなくなった件はあくまで上流階級のことであって、わたしにはなんの関係もない。そういうことになったんだ……」


 テーブルに置いてある新聞の大見出しには、アバンドーズ家と特務部隊が消えたことがデカデカと載っていた。

 あっちはあっちで大変そうだ。

 そう思った矢先、


 ────コンコンコン。


「どうぞ……あっ!」


「どうも」


 シエロだった。 

 おずおずと中へ入り、一礼。


「……あの、これ」


「なにかな?」


「今回の報酬です」


「報酬? 依頼は失敗です。受け取れません。あ、もしも前金を返してほしいというのでしたら、応じますよ。ただ、今は持ち合わせがないので」


「いえ! そんな! アナタはわたしや友達を助けてくれました。むしろ、危険に巻き込んでしまったのはわたしのほうで……。お仕事の邪魔までしちゃって、本当にごめんなさい」


「仕事の邪魔に関しては、まぁ。ですが危険に関しては仕事柄、仕方のないことです。……ご用はそれだけですか? ではお引き取りを。富裕層の方なんですから、あんまりここらへんをうろつかないほうがいいですよ」


 マヌスの態度はそっけない。

 依頼人に感情移入はしないようにしているためなのか、それとも今回のことで怒りにも似た感情を心に渦ませているからなのか。


 シエロに正解は導けない。

 罪悪感と、あのときの恐怖が、人を見る目を余計に鈍らせる。

 だからこそ、マヌスのことが余計に怖く思えた。


「ハァー……」


 いつまでも動かないシエロを見かねて、マヌスはドアのほうまで歩き、


「どうぞ」


 ドアを開いて出ていくよう促す。

 ここまですれば黙って出ていくだろうと、このときマヌスは高を括っていた。


「あ、あのっ!」


「うわっ、は、はい」


 シエロの上ずった声に、純粋に驚く。


「やっぱり、なんの償いもしないままっていうのは、わたしにはできないです」


「いや、償いというかそれは……」


「いえ、このままでは気が済みません。またお伺いしますので、失礼します!」


 ……行ってしまった。

 一見弱々しい少女だったのだが、内心は友達思いで義理堅いようだ。

 現に仕事の関係であり、下々の者であるはずの自分にああ言った。


「しかし……償いとかって。一体なにやらかすつもりなんだ? 変な宣伝でここを目立たせるのはやめてくれよな」


 そのほか、彼女の()()()が暴走して、余計に事務所を壊さないかなど。

 色々想像するうちに胃が痛くなってきた気がした。


 そして、さらに数日の間でそれは起きたのだ。

 ────……彼女の、いや、彼女たちの償いが。



()()、書類はここでいいですか?」


「あ、うん。頼むよ」


()()、よかったらお紅茶でもいれましょうか?」


「え、えーっと、コーヒーがいいかな。あっちの戸棚に入ってるから」


「あぁ、あそこですね」


 書類を運ぶシエロと、カップを用意しつつ戸棚の奥を覗き込むマーテル。


()()っ! 今日の依頼はなんですか!」


「いや、特にないな。こういうのは気長に待つに限る」


()()ぇ~、だったら面白い話してよぉ~。ホラ、こういう仕事してると変な内容のもあるでしょ?」


「守秘義務あるからダメ。いや、っていうか……」


 ────なんでいるの?

 妙に張り切っているルーチェといい、ソファーでダラダラしているステラといい、なぜ4人が自分の仕事を手伝っているのか。

 

「わたしたち、話し合って決めたんです。先生のお手伝いをして、少しでもお役に立てるように……」


「いや、いやいやいや、これが償いだって? でも、こういうのは……」


「先生! ワタシ頑張っちゃうよ!」


「頑張っちゃうよ、じゃないよ。あー、君、ステラだっけ? 君はこれでいいのか? 一番怖い思いしたのは君だぞ?」


「あ~、まぁ、別に。終わったことだし」


「軽いな」


「それにさ、アタシ先生にめっちゃ感謝してんだよね。……助けてくれてありがと。すっごくカッコよかった!」


「そ、そりゃあどうも」


「すみません先生。無理に押しかけるようなことになってしまい……、こちらコーヒーです」


「あ、どうも。……おお、美味い」


 4人の少女はマヌスを『先生』と呼び慕っていた。

 年上の異性に向ける敬意の一種なのだろう。


 なにより命の恩人という経緯もある。

 少しむずがゆかったが、どうせ言っても聞かないだろうから放置した。


「一応聞くけどね。君たち『助手』として活動したいってことなのかい? ……学校はどうするんだ? それに助手としての給金、払えるほど余裕はないよ」


「ずっと先生に着いて回るのは無理なことは承知してます。なのでお休みの日とか来ようかなって思って」


 シエロの言葉に皆が頷き、


「それにお金なんていらないよ。命の恩人にそんなことできるわけないじゃん」


 微笑むステラはソファーから起き上がり、マヌスの執務机に肘をつく。

 それぞれの意志は固いようで、追い返すのも気の毒な感じがしてきた。


(でも金持ちの子供だからなぁ。なにかあったら絶対わたしの責任になる……魔導士だから自衛の手段はあるだろうけど。……そもそもなんで管理人はこの娘たちを簡単に入れたんだあのクソジジイめ)


 内心毒づきつつも、とりあえず話は聞くことに。

 彼女らをソファーに座らせ、その向かい側に座る。


 ────つまるところ、ちょっとした"面接"だ。


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