15話
────10年も昔の、とある戦場。
容赦のない魔術による制圧攻撃と、大砲や銃火器で吹き飛ばされながら死んでいく兵隊たち。
当然死ぬのは兵隊だけでなく、抗う術も持たない民間人もいた。
これはかつての兵士としての記憶。
徴兵され、支給されたライフルを持って市街戦を駆け抜けたあの喧騒と恐怖の実体験。
守るべき民間人の子供が、目の前で肉片になって死んだ。
封印していたハズの辛い記憶が、このタイミングでフラッシュバックする。
「ステラァアアア! イヤァァァァアアア!!」
「ステラちゃん!」
「ステラ!!」
ゲートの向こう側で3人の声が響いたのと同時だった。
マヌスはわき目もふらず飛び出した。
到底今から言っても、間に合う距離ではない。
────通常であれば。
「つかまれ!!」
「あああ!」
思い出の世界では、マヌスは人間を超えた動きができる。
空を高速で飛び、壁にへばりつき、天井を蹴り、三次元的な動きでステラの元へたどり着くことは容易だった。
ドラゴンを回避することを除けば……。
「ああああ! ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!」
「イヤアアアアアアアアアアアアアアア!! 死にたくない! 死にたくない!!」
無数のドラゴンが牙を鳴らすように、噛みつこうとしてきた。
腕時計に仕込んだワイヤーを利用し、右へ左へ急な方向転換をすることにより難は避けられたが、どこまでも追いかけてくる。
「早く!早くこっちへ!!」
ルーチェが叫んだ。
その方向へワイヤーはもちろん、壁を蹴り、空を舞い、そして一直線に向かう。
「口閉じてろ。舌噛むぞ!!」
「────……ッ!」
目一杯の膂力でステラはマヌスにしがみつき、口をつぐんで目をつむる。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
勢いのまま、ゲートの奥へと飛び込んだ。
ルーチェを筆頭に、マーテルとシエロがふたりをキャッチする。
ドタンバタンと転げる間もなく、マヌスはすかさずゲートのほうへ行き、
「ぬぐ、閉じろ、閉じろぉおお! 入って、くる、なぁぁぁあああ!!」
ゲートを閉じようと手をかざし、渾身の力で今にも入り込もうとするドラゴンを押しのける。
なんとか閉じたときには、部屋中のものが派手に散らかり、中には修理や買いなおしが必要なものが出てくるほどに。
「……ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、皆無事か? 無事、みたいだな……よかった」
安堵で緊張がゆるみ、これまでの疲労が一気にのしかかり、マヌスは壁にもたれかかるように座る。
足が震え、呼吸もまだ乱れていたが、4人を見る目はどこか穏やかだった。
震えるステラを介抱しつつ、ルーチェが口を開く。
「あ、あの! 教えてください! いったい……一体あれはなんなんです!?」
マヌスは視線を正面にずらし、そのまま答えない。
だが続けざまにルーチェは続ける。
「あの世界はなんなんです? 過去の世界じゃない。そもそも、数十年前の過去の世界にドラゴンなんていない!」
「ルーチェちゃん、落ち着いて。もうそのへんで」
「よくないよ! これって……これってすごく重要なことなんだよ!」
「ルーチェちゃん……。あ、あの……マヌスさん、教えていただけることって、その……」
シエロが恐る恐るマヌスに問う。
そこでようやく4人のほうに向きなおした。
「ドラゴンは……ドラゴンは1000年以上前にこの世から消えたはず!!」
ルーチェが告げる、誰もが知るこの世界の真実。
かつて世界中にその名を轟かせ、生きた神話として地上に君臨していた。
だがある日突然、忽然と姿を消したというのだが……。
「知らないほうがいい」
「そんな!」
「そもそも知ってどうするんだ?」
「それは……」
シエロが言いよどむとたたみかけるように、
「君たちが知る必要はない。というか関わる必要がない。君らはこの現実世界で、勝手に最強でも金持ちでも目指していればいい。そのほうが幸せさ」
「そんな言い方……」
「それともこの話を誰かに言いふらすかい? 誰も信じないだろうし、その前に精神鑑定を受けさせられると思うよ? さぁ、この話はもう終わりだ。帰りたまえ」
「待って! ワタシたち、まだ……」
「帰ってくれ。店じまいだ」
「あ、あの……」
「帰れ。用はない」
それ以降、マヌスはなにを言われようと口をつぐんだままだった。
諦めた面々は、まだ震えているステラを支えながら事務所を去っていく。
静まり返る事務所に、夜の訪れを告げる薄闇が舞い降りようとしていた。
(腹が減ったなぁ。片付けは、明日でいいか……)
しばらくは臨時休業だ。
2.3日ばかり休暇を取ろうと決め、マヌスはゆっくり立ち上がった。
『CLOSE』の札をドアにかけ、なにかにありつこうと外へ出たのだが、
「……ビール」
いつものカウンター席。
食事は喉をとおらず、結局いつもの店で酒の力に頼ることにした。
静かに飲みながら、ふと耳をすますとほかの客が酒やつまみを口に含む音と、話し声が聞こえてくる。
愚痴や自慢話を吐き出して、それぞれ心の空いた部分に酒の風味とつまみの旨味を、楽しげに流し込んでいた。
皆、仕事帰りだ。
それぞれの責務をこなした褒美として、至福の時間を過ごしている。
中には仕事のミスかなにかで頭を抱えながら、酒に逃げている者もいるようだが、マヌスからすればまだそのほうが現実味を感じ取れた。
思い出の世界を潜る際に常に付きまとうのは、現実感の乖離であり、疎外感でもある。
その人にとっては暖かく輝かしい本物なのだろうが、赤の他人である自分からすれば、灰のように消えるいち場面でしかない。
なにより思い出の世界をより異質めいたものにするのが、例のドラゴンである。
自分ひとりが対応するしかない。そうしなければならない世界を通して、現実で食っていく。
惨めとはまた違う感覚が、含んだビールをより苦く感じさせた。
しかしそれを一気に飲み干し、次に備えることに決める。
この能力の謎を解き明かすには、食っていくしかない。
それが今自分が生きている意味そのものなのだから。




