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14話

 音はどんどん大きくなり、振動も強くなる。

 マーテルは近くに合った水たまりが、波紋を起こしているのに気がついた。


「全員逃げろ。出口まで走れ」


 声を振り絞るようにマヌスが告げる。


「いいか。権力争いとか、誰が誰を殺すだとか。そんなことどうでもいい! そんなものは現実でやれ。少なくとも、『この世界』でやるべきじゃない!」


「な、なんだ。なにを言っている! おい! この振動はなんだ! お前の仕業か!」


「いいから走れって言ってんだろうが!!」


 身分などお構いなしにマヌスは当主に怒鳴り、震える身体にムチ打って一気に駆けだした。

 それを捕えようとした隊員だったが、『本来存在しないはずのもの』が現れたことによって、マヌスともども足を止めてしまう。


「あ、あ、な……なんだ、あれ?」


 巨大な建物の陰から現れ、顔をのぞかせるそれは人間だけでなく、魂の底の底から恐怖を呼び起こすにふさわしい形相の巨大生物だった。


 トカゲや蛇によく似ていて、背中には大きな翼をもつ。

 鋭い爪と牙はこの世のどんな刀剣よりも鋭く、表皮の鱗は並の鎧よりも硬く、しかして自在的なしなやかさを併せ持っていた。


 是、即ち、────『ドラゴン』。


「う、うわぁあああああ!!」


 焦点が定まっていないような瞳が、ここにいる人間たちをとらえる。

 隊員が恐怖のあまり叫びだした。同時にそのドラゴンも動き出す。


 だが、パニックはこれで終わることはなかった。

 むしろ予想をはるかに超えた事態に全員が見舞われる。


「う、うわぁああ! い、家がドラゴンに変化したぞ!!」


「こっちもだ!!」


「おい、小さい瓦礫もどんどんドラゴンに……どうなってんだ!?」


 廃都中にある建物や瓦礫、果ては探窟隊の遺体や私物に至るまで。

 大、中、小、それぞれのサイズのドラゴンに変化していく。


 しかもそれらが群れをなして襲い掛かってきたのだ。


「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 マーテルがたまらず叫びだした。

 その悲鳴に反応して、幾匹かのドラゴンが彼女らに迫ってくる。


「なにやってる! 走れ! こっちだ!!」


 周囲ではドラゴンと魔導特務部隊の戦闘が繰り広げられている。

 マヌスは子供たちだけでもと、いすくんでいた彼女らを連れて逃げようとした。


「お、おい待ってくれ! 俺も連れてって────ああああああああああ!!」


 ガブ! グチャアア!!


 魔導特務部隊の強さは最強クラス。

 そのひとりひとりの戦闘能力もズバ抜けている。


 だがドラゴンから見れば、それは些末な差でしかなかった。

 非戦闘員も隊員も、等しく『(にく/いのち)』である。


 どれだけ力を持とうが、どれだけ技術が優れていようが、ドラゴンの特異性には敵わない。

 ひとり、またひとりとドラゴンに食われていく。


 中にはドラゴンの首を跳ね飛ばした者もいたが、跳ねた首のまま襲い掛かってきたり、首なし胴のまま踏みつぶそうとしてきたりと、死の概念に歪曲を生じさせていた。


 斬っても撃っても、動きはやまず。

 そればかりか傷から出る血の中から、また新しいドラゴンが生まれるという奇怪な絶望が顕現する。


 人間が考えうる死を与える術が、まるで役に立たないのだ。

 不死身と言うべきなのか、それとも不死身により近いなにかか。

 考える間もなく、命は無様に散らされていった。


「くそう! た、宝! 宝だけでも!」


「パパ―!!」


「ええい、どけい!!」


「ひどいや! うわぁああああ!!」


 息子が無惨に食われる中、当主は財宝を手に取りポケットに入れ始める。


「ウヒヒヒヒヒヒ!! 私のモノだ! 財宝は私の、ウハ! ウハハハハハハハハハハハ!!」


 ────それがいけなかった。


「うぐ、あが、あああ!! ああああああああああああああ!!」


 ポケットに入れた財宝のひとつが、虫ほどの大きさのドラゴンへと変化していた。

 ドラゴンは布地を食い破り、当主の太ももの皮膚と肉を食い破り、体内へ入り込んでいった。


「あああ!! あああああああああああ!!」


 ズボンを下し、パンツを下し、男根を無様にさらしながら体内の違和感をとろうと足掻く。

 だがとれるはずもなく、小型のドラゴンは筋肉や神経、血管、脂肪、内臓すらも汚く食い荒らし、脳のほうまで行こうとしていた。 

 

 耐えがたい激痛はやむことはなく、やがて脳はもちろん、頭蓋骨すら食い破り、バカリと音を立てて旋毛のほうからドラゴンが顔を出し、咆哮する。


 アバンドーズ家の当主と息子は、誰に知られることもなく、その命を終えた。




「マヌスさん! 橋がドラゴンにっ!」


「クソ、こっちだ!」


 ようやくたどり着いた。

 思い出の世界と現実世界をつなぐゲート。

 建物の屋根の上ということで登るのに苦労したが、なんとか間に合った。

 

「ヤバいぞ。この建物もドラゴンに……。おい、早く中へ入れ!」


「ねぇ、ステラは! ステラがいない!!」


「あれ、さっきまで一緒だったのに、あれ?」


「そんな……まさかはぐれて!?」


「なん、だって?」


 次の瞬間、


「イヤアアアアアアアアアアアアアアア!!」


「ステラ!」


 ステラの悲鳴にすかさずルーチェが反応する。

 視線の先にステラがいた。

 ここからだいぶ離れた通路にいて、しかも行き止まり。


 ドラゴンに追い詰められ、今にも食べられそうだった。


「来ないで! イヤァ! 来ないでってば! 食べないで!! お願い!!」


 普段の態度は消え失せひたすら命乞いをしている。

 その顔は恐怖でひきつり、涙と汗でぐしょぐしょになっていた。


「お願い! 許してぇ! 許してぇえええ!!」


「ステラ!! 待ってて、今助けに────!!」


「バカなこと言うな! これ以上はもう無理だ!」


「いや、離して! ステラは友達なの!! 大事な友達なの!!」


 マヌスに抑えられながらも、ルーチェは涙ながらに彼女のほうへ手を伸ばす。

 シエロは両手で口を覆いながら、身を震わせ、マーテルはこの世の終わりのように瞳孔を収縮させながら出口とステラのほうを交互に、忙しなく見ていた。


 助けている時間はもうない。

 今いる建物もほかのドラゴン同様動き始めている。


 マヌスは力任せにルーチェを引っ張り、ゲートの奥へと入れた。

 シエロもマーテルも入れ、自分も入ろうとしたとき、


「いやあ! 助けて! 見捨てないで! 助けてぇえええ!!」


 マヌスは反射的にステラのほうへ振り向いた。

 遠距離だったが、目と目があった気がした。


 腰が抜けて動けず、助けを求める少女の姿に、────……『かつての記憶』が想起した。

 



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