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第1話 神前

第三位階上位

 



 22日目の朝。


 雨季とやらを超えた後だからか、毎日清々しい早朝を迎えている。

 第三拠点でトレーニングを少し休憩とし、朝日を浴びに洞窟から出ると、それは突然、目の前に現れた。



「おはようございますにゃ、郵便ですにゃ」

「はえ?」



 朝日を浴びて光る白い美しい髪は短く纏められ、ぱっちりと開かれた大きな赤い目がじっと此方を見ている。

 首に巻かれたスカーフには、翼の生えた白い猫のマークが描かれ、腰には小さいバックが幾つか並んでいた。


 ——圧倒的美少女。


 その頭部には、猫の耳が乗っていた。



「はじめましてですにゃ」

「あ、あぁ、はじめまして」



 何となく神だなと思いつつ、出された手を握る。


 ずんと重い気配。どれ程の物かはまるで分からないが、間違いなく神の類い。

 それが、直接郵便だって? どうなってんだそれは。


 内心慌てていると、不意にアルビノ猫の美少女は、周囲を見回した。



「ところで、この付近で観光出来そうな所はありますかにゃ?」

「え? あぁ、まぁ、翡翠ヶ池なんかはおすすめですよ。案内しましょうか」

「おぉ、それは是非お願いしますにゃ」



 何か良くわからないが、とりあえずゴマすり、はじめっぞ。





「わぁ、綺麗ですにゃ〜」

「でしょう?」



 貴方には敵いませんがとか言うべきか悩んだが、取り敢えず言わずにおいた。


 褒め言葉じゃなくて口説き文句だからな。


 それよりずっとかしこまって無言のコアはどうにかして欲しい。


 猫の美少女神様は、暫しそれらを見てパシャパシャと水際を歩くと、振り返った。



「拾ってもよろしいですかにゃ?」

「あぁ、どうぞお好きなだけ」

「ではお一つ頂きますにゃ」



 そう言って猫神様は水中に手をやり、ピンポン玉サイズの透き通った翡翠を拾った。

 やっぱそれくらいのサイズが良いですよね。


 猫神様がそうこうやってる間に、コアに話しかけて取り出したのはミルカルグオンの乳。


 コアは神様にそんな物をとか言ってやがったが、そんな物しかないのが我等が世界(うち)である。



「特産品なんですけど如何ですか?」

「おや、これはどうも、頂きますにゃ」



 程よい岩に腰掛けキュッとミルクを飲む猫神様。

 俺も1本ミルクを呷る。



「ぷはぁ」

「にゃは〜」



 よく冷えたこれが美味いんだなぁ。


 その後、イルカの秘境のイルカ触りツアーを案内したり、白波海岸の珊瑚礁を遠目に見たりと、数日以内にC級との激闘が待っているとは思えないのんびりした時間を堪能し、第三拠点に帰って来た。



「いやぁ、楽しかったですにゃ」

「それはまた、光栄です」

「お礼にこれを差し上げますにゃ」



 そう言って猫神様は、翼の生えた白猫のチケットらしき物を渡して来た。



「これは?」

「白猫チケットですにゃ」

「白猫チケット」

「大体の物なら大体の所に直ぐにお運びするチケットですにゃ」

「ほう、ありがとうございます」



 取り敢えずコアが何でも運べるから使い道は無いが、御神体として崇めるのに使おうか。

 俺的には存外とても重要な役割である。



「それでは」



 そこで猫神様はコホンっと一つ咳払いをした。



「お手紙を読み上げますにゃ」

「はぁ」



 首を傾げていると、猫神様は報酬表なる物が送られて来た理由から話始めた。


 それによると、どうも、ゴルボルズの角を献上した事が、より高次の者達から評価を受け、報酬が渡される事となった様であった。



「報酬として、我等が主から言葉を預かっていますにゃ」

『主より直接にっ!?』

「ですにゃ」



 コアの驚く声が響き、猫神様が頷く。


 ゴルボルズの角は、それ程凄まじい物だったのだろうか?

 と言うか、直接にと言いつつ猫神様が読み上げるなら間接では?


 そうと考えていると、不意に、それは訪れた。



 ——震えた。


 何より魂が。


 猫神様の赤い目が深い青、深淵の如き紺碧に染まる。


 まるで新たな宇宙が広がる様に、今星々が生まれ出るかの様に、それは唐突に顕れる。


 ——神秘の顕現。


 そうとしか言えないそれへ、俺は自然と、傅く様に、地面へ膝を付いていた。


 猫神様の口から猫神様では無い誰かが喋り始める。



『……はじめまして』



 ずんと、重く響く、ざらついた声。


 しかし、俺にはそれが、何処か優しげに聞こえた気がした。



『角の神獣の痕跡発見、並びに献上、ご苦労様。幾らかの報酬に加えて、僕から直接、君の配下のシャドーに名を贈ろう』



 ざらざらとまるで砂嵐でも掛かったかの様に聞き取り辛いそれに、にゅるりとシーカーが腕から這い出て、俺と同じ様に膝を付いた。



『先ずは君から、彼女に名前を与えなさい』

「はっ」



 不意に降って沸いた名付けに、少し惑いながらも、手早く名付ける。


 何が良いかって言うと、パッと分かりやすくて、戦場ではそう使わない言葉が良いだろう。


 つまり——



「……よし、お前の名前はクロだ」



 そうと決めるや、クロは神前であるにも関わらずピトッとくっ付いて、影がさわさわと動き喜びをあらわにした。



『ではクロ、君にフルムーンの名を与える。以降も変わらず精進したまえ』

「ははっ」



 と、そこまで言って、猫神様に宿っていた何かは消え去った。


 張り詰めた様な緊張感がスッと無くなり、筋肉が弛緩する。

 そうとなった次の瞬間、クロがぴょいんと飛び上がって俺に飛び散った。



「お、わぁ……なんだなんだこいつめ」



 刹那、光が視界を覆った。



「おわぁ……なんだなんだ、進化か」



 エネルギーの流動を肌で感じながら、神前なので努めて落ち着き払って少し待つ。


 光と闇が視界から離れた所で、改めて目前に立つクロを見た。


 真っ黒な人型のシルエットに、それを彩るドレスとリボン、それから長い髪。



 完全に少女のシルエットだった。



『種族はハイシャドーストーカー。昨日の時点でマスターはD級に到達していますが、ハイシャドーストーカーもD級の魔物です』

「何てこった」



 いつの間に俺はD級になっていたのか。

 全然対面でグランクスにさえ勝てる気がしないと言うのに。


 ともあれ、改めてクロと向かい合い、言葉を送る。



「立派になったな」



 するとクロは喜んで、再度俺に纏わり付いた。



「にゃん、仲良しさんですにゃ〜」



 そんな猫神様の声に立ち居振る舞いを正す。



「お客様の前で失礼しました」

「いえいえ、お気になさらずですにゃ」



 穏やかにそう言う猫神様は、バックから小瓶を取り出した。



「後ほど招待状が届きますにゃ、お届け物はこれで最後ですにゃ」



 液体の入った小瓶を受け取ると、猫神様はにこりと微笑んで——



「それでは、また何処かでお会いしましょうにゃ」



 ——空気に解ける様に消滅した。



「……行ったか?」

『……マスターにも多少は信心が付いて来た様ですね』



 コアの嫌味に、俺は苦笑いして応える。



「そりゃあ、あんな物に遭遇したらな」



 先ず間違いなく、猫神様を通じて話し掛けて来たモノは得体の知れない怪物だった。

 視線が交わった時の魂に響く様な衝撃は、向こう百年は忘れないだろう。


 声が震えなかったのを誉めてもらいたいくらいだ。


 それは正しく、未知との遭遇だった。


 ……本来の神と言う物が分かった気がするな。きっと亜神とかでも、力を敢えて抑えなかったらああなるのかもしれない。



 

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