第1話 神前
第三位階上位
22日目の朝。
雨季とやらを超えた後だからか、毎日清々しい早朝を迎えている。
第三拠点でトレーニングを少し休憩とし、朝日を浴びに洞窟から出ると、それは突然、目の前に現れた。
「おはようございますにゃ、郵便ですにゃ」
「はえ?」
朝日を浴びて光る白い美しい髪は短く纏められ、ぱっちりと開かれた大きな赤い目がじっと此方を見ている。
首に巻かれたスカーフには、翼の生えた白い猫のマークが描かれ、腰には小さいバックが幾つか並んでいた。
——圧倒的美少女。
その頭部には、猫の耳が乗っていた。
「はじめましてですにゃ」
「あ、あぁ、はじめまして」
何となく神だなと思いつつ、出された手を握る。
ずんと重い気配。どれ程の物かはまるで分からないが、間違いなく神の類い。
それが、直接郵便だって? どうなってんだそれは。
内心慌てていると、不意にアルビノ猫の美少女は、周囲を見回した。
「ところで、この付近で観光出来そうな所はありますかにゃ?」
「え? あぁ、まぁ、翡翠ヶ池なんかはおすすめですよ。案内しましょうか」
「おぉ、それは是非お願いしますにゃ」
何か良くわからないが、とりあえずゴマすり、はじめっぞ。
◇
「わぁ、綺麗ですにゃ〜」
「でしょう?」
貴方には敵いませんがとか言うべきか悩んだが、取り敢えず言わずにおいた。
褒め言葉じゃなくて口説き文句だからな。
それよりずっとかしこまって無言のコアはどうにかして欲しい。
猫の美少女神様は、暫しそれらを見てパシャパシャと水際を歩くと、振り返った。
「拾ってもよろしいですかにゃ?」
「あぁ、どうぞお好きなだけ」
「ではお一つ頂きますにゃ」
そう言って猫神様は水中に手をやり、ピンポン玉サイズの透き通った翡翠を拾った。
やっぱそれくらいのサイズが良いですよね。
猫神様がそうこうやってる間に、コアに話しかけて取り出したのはミルカルグオンの乳。
コアは神様にそんな物をとか言ってやがったが、そんな物しかないのが我等が世界である。
「特産品なんですけど如何ですか?」
「おや、これはどうも、頂きますにゃ」
程よい岩に腰掛けキュッとミルクを飲む猫神様。
俺も1本ミルクを呷る。
「ぷはぁ」
「にゃは〜」
よく冷えたこれが美味いんだなぁ。
その後、イルカの秘境のイルカ触りツアーを案内したり、白波海岸の珊瑚礁を遠目に見たりと、数日以内にC級との激闘が待っているとは思えないのんびりした時間を堪能し、第三拠点に帰って来た。
「いやぁ、楽しかったですにゃ」
「それはまた、光栄です」
「お礼にこれを差し上げますにゃ」
そう言って猫神様は、翼の生えた白猫のチケットらしき物を渡して来た。
「これは?」
「白猫チケットですにゃ」
「白猫チケット」
「大体の物なら大体の所に直ぐにお運びするチケットですにゃ」
「ほう、ありがとうございます」
取り敢えずコアが何でも運べるから使い道は無いが、御神体として崇めるのに使おうか。
俺的には存外とても重要な役割である。
「それでは」
そこで猫神様はコホンっと一つ咳払いをした。
「お手紙を読み上げますにゃ」
「はぁ」
首を傾げていると、猫神様は報酬表なる物が送られて来た理由から話始めた。
それによると、どうも、ゴルボルズの角を献上した事が、より高次の者達から評価を受け、報酬が渡される事となった様であった。
「報酬として、我等が主から言葉を預かっていますにゃ」
『主より直接にっ!?』
「ですにゃ」
コアの驚く声が響き、猫神様が頷く。
ゴルボルズの角は、それ程凄まじい物だったのだろうか?
と言うか、直接にと言いつつ猫神様が読み上げるなら間接では?
そうと考えていると、不意に、それは訪れた。
——震えた。
何より魂が。
猫神様の赤い目が深い青、深淵の如き紺碧に染まる。
まるで新たな宇宙が広がる様に、今星々が生まれ出るかの様に、それは唐突に顕れる。
——神秘の顕現。
そうとしか言えないそれへ、俺は自然と、傅く様に、地面へ膝を付いていた。
猫神様の口から猫神様では無い誰かが喋り始める。
『……はじめまして』
ずんと、重く響く、ざらついた声。
しかし、俺にはそれが、何処か優しげに聞こえた気がした。
『角の神獣の痕跡発見、並びに献上、ご苦労様。幾らかの報酬に加えて、僕から直接、君の配下のシャドーに名を贈ろう』
ざらざらとまるで砂嵐でも掛かったかの様に聞き取り辛いそれに、にゅるりとシーカーが腕から這い出て、俺と同じ様に膝を付いた。
『先ずは君から、彼女に名前を与えなさい』
「はっ」
不意に降って沸いた名付けに、少し惑いながらも、手早く名付ける。
何が良いかって言うと、パッと分かりやすくて、戦場ではそう使わない言葉が良いだろう。
つまり——
「……よし、お前の名前はクロだ」
そうと決めるや、クロは神前であるにも関わらずピトッとくっ付いて、影がさわさわと動き喜びをあらわにした。
『ではクロ、君にフルムーンの名を与える。以降も変わらず精進したまえ』
「ははっ」
と、そこまで言って、猫神様に宿っていた何かは消え去った。
張り詰めた様な緊張感がスッと無くなり、筋肉が弛緩する。
そうとなった次の瞬間、クロがぴょいんと飛び上がって俺に飛び散った。
「お、わぁ……なんだなんだこいつめ」
刹那、光が視界を覆った。
「おわぁ……なんだなんだ、進化か」
エネルギーの流動を肌で感じながら、神前なので努めて落ち着き払って少し待つ。
光と闇が視界から離れた所で、改めて目前に立つクロを見た。
真っ黒な人型のシルエットに、それを彩るドレスとリボン、それから長い髪。
完全に少女のシルエットだった。
『種族はハイシャドーストーカー。昨日の時点でマスターはD級に到達していますが、ハイシャドーストーカーもD級の魔物です』
「何てこった」
いつの間に俺はD級になっていたのか。
全然対面でグランクスにさえ勝てる気がしないと言うのに。
ともあれ、改めてクロと向かい合い、言葉を送る。
「立派になったな」
するとクロは喜んで、再度俺に纏わり付いた。
「にゃん、仲良しさんですにゃ〜」
そんな猫神様の声に立ち居振る舞いを正す。
「お客様の前で失礼しました」
「いえいえ、お気になさらずですにゃ」
穏やかにそう言う猫神様は、バックから小瓶を取り出した。
「後ほど招待状が届きますにゃ、お届け物はこれで最後ですにゃ」
液体の入った小瓶を受け取ると、猫神様はにこりと微笑んで——
「それでは、また何処かでお会いしましょうにゃ」
——空気に解ける様に消滅した。
「……行ったか?」
『……マスターにも多少は信心が付いて来た様ですね』
コアの嫌味に、俺は苦笑いして応える。
「そりゃあ、あんな物に遭遇したらな」
先ず間違いなく、猫神様を通じて話し掛けて来たモノは得体の知れない怪物だった。
視線が交わった時の魂に響く様な衝撃は、向こう百年は忘れないだろう。
声が震えなかったのを誉めてもらいたいくらいだ。
それは正しく、未知との遭遇だった。
……本来の神と言う物が分かった気がするな。きっと亜神とかでも、力を敢えて抑えなかったらああなるのかもしれない。




