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第10話 勇猛なる者達の大地

 



 僅かに雲が舞う晴天。


 支配強度から見て比較的安全であると目される北東部の探索を開始した。



 高所から見下ろした平原には、ざっと見て牛が数頭いる程度だった。それも群れでは無く単体だ。

 川によって切り離された北東部は、餌となる草が疎らな為か牛が極端に少ない様だ。


 とは言え個体としては相応に強いだろうし、可能なら避けて行くべきだろう


 だが……。



「……可能じゃない時もある」



 ならばだ。


 もし避け得ぬ戦いに身を投じる時が来たら、知っているか否かでは大きな差がある。


 今、この瞬間こそ、敵としての牛を知る唯一最良の機会なんじゃないか?


 何せ、この北東部は支配強度が低い。即ちエリアボスが訪れない地であり、そして牛は疎らで、逃げ道は直ぐ後ろにあり、十分な備えがある。


 今、今こそが——



「——いや、やめとくか」



 冷静に、一歩後ろへ振り返る様に考えてみれば、支配強度が低いんだから支配すれば良いし、その後のもっと安全な時に戦ってみれば良い。


 脅威に対する恐怖に目が眩み、必死に対策を考えるあまり大局を見誤る。


 敵が目前に聳え立っている訳では無いのだ。何事も一歩引き、冷静に見据えて道を辿るのが良かろうなのだよ。



 第一、今日はただの散歩だからな! 戦わねーからなっ!





 山沿いから川沿いと牛を避けつつ進み、そこそこ時間を掛けて北西部の端を目に収める場所へ到着した。


 中央を走る大きな川から対岸を眺める。



「……」



 川の深さは比較的浅め。岩が飛び石の様に点々と見られ、勿論深い所もあるだろうが渡れない程では無い。


 ただし——



「……うん、無理」



 ——鰐みたいなのがいなければなっ……!!



 数は少ない。見える範囲では3頭。大きさは精々人程度で、牛と比べれば小さい。やれない事も無いだろう。

 ただし、例によって水中には深い場所もあるだろうし、岩の配列上局所的に流れが早い場所もある事だろう。


 更に言うと脅威はワニだけとは限らないから、渡らないのが賢明だ。

 渡るならルー先生を護衛に付けるくらいしないと行けないだろう。


 差し当たり水量も少なく流れも緩やかな部分のある袋小路の森から流れ出る川を渡り、南下する事とした。



「しっかし……広いな」



 何がと言うと、河原がだ。


 何せ人の手なんか入って無い訳で、何度も氾濫とかをしただろう川の周りは大量の石ころが転がっていた。

 歩き辛い事この上無い。


 東寄りに進み、極僅かな傾斜を登って草原に戻った。


 多分雨季とかにはここら辺まで増水するんじゃないだろうか?



 暫し、辺りを見回しながら勇猛大平原東部を歩く。


 此方は北東部と違い、背の高い草が群生するエリアが各地に点在しており、牛は背の高い草のエリアには近寄らない事が分かった。


 歩いてみた感覚的には、背の高い草のエリアはでこぼこしており、背の低い草のエリアはなだらかだ。牛が来ないのは歩き辛いからだろう。


 東部は他と異なり丘や大岩、小さな崖が散見され、高低差が割と激しい地形の様だった。


 そんな考察をしつつ、あちこちを見ながら歩いていたからだろう。それに気付かなかったのは——



「っ!?」



 唐突に腿に生じた痛みと衝撃に、バランスを崩してよろめいた。


 見下ろしたそこにいたのは、うさぎの様な生物。

 咄嗟に地面に転がったその首を抑えつけた。



「……成る程」



 それを見下ろし、納得する。


 牛が背の高い草のエリアにいないのは、地面の凹凸が激しいのもあるだろうが、何よりコイツが草陰に隠れているからだろう。


 暴れて逃げようとするそれをがっちり抑え、その首にナイフを突き立てる。


 痙攣し動かなくなったそれを、改めて良く見る。



「……こりゃやべぇな」



 その頭部には、鋭利な角が生えていた。


 制服の防御力が無かったら足に刺さってた。油断していたかどうかは正直分からないが、音は多分……してなかった気がする。


 だとすると……隠密行動がやばいタイプの生き物か、もしくは白身魚よろしく奇襲してきたかだが……。



「……あった」



 ざっと角うさぎが突撃して来たであろう方向を探ると、直ぐ近くに穴が空いているのが分かった。

 十中八九、角うさぎの巣穴だろう。


 偶々目の前にいたから突撃したって所か……気を付けないとな……。



 差し当たり、血の臭いがする物を持ち歩くのは危険性を一気に高めるだろうから、残念だが獲物は置いていく事にした。





 勇猛大平原の東部は、中央から東端の山に向けて、他に輪を掛けて凹凸が激しい。


 地殻変動の類いかとも思ったが、小さな崖や裂け目を触ってみた感じ、崩れやすかったから風化による物なのだろう。

 ただその一方で、やけに硬く苔しか生えない地面が露出している箇所もあり、少なくとも東部に関しては、硬い地面と脆い地面の二層構造になっている事が分かる。


 ……だからなんだと言う話だがな!



 取り敢えずの観察を終え、小高い丘から南東部を見下ろす。



 広くなだらかな草原だ。


 異なるのは北東部と東部のみ。多分北西部も少しだけ違うんだろうが、南部や西部に関してはなだらかな丘こそあるが概ね平原であり草原だ。


 そんな草原には、あちこちに牛が散在していた。正しく犇くと言うに相応しい。

 数十頭からなる群れが見える範囲で2つある。


 これを撃破するとなると…………いや、密集してるからピットドロップ10発くらいで落とせば概ね全滅するかね?

 後は上から毒を撒けばいずれ死ぬだろう。


 収支的には多分プラスだ。やる価値はある。


 取り敢えず、あの群れに襲われたら死ぬので、大人しく帰還しよう。



 遮る物の殆ど無い草原でコソコソと背を向け、北東へと進む。



 収穫はあった。


 一見して北東部は平和であり、北西部はリザードマンが来る可能性がある為やや危険。東部は凹凸が激しく牛が少なめで、チラッと見た西部は比較的平ら。南部全域に掛けて牛の大群が生息している。


 十分な情報だろう。


 差し当たり北部全域の支配を進め、安全を確保した上で牛と一戦交える。その後牛の群れに一当てして数を撃ち減らし、またそれとなく危険度の高めなうさぎも——



 ——刹那、地面が消えた。



「っ!?」



 伸ばした手が大地を掴み、それはボロリと崩れ去る。

 足元が崩落したのだと得心がいった。



 体勢を変え、下を見ようとした所で、目前に迫る地面が見えた。

 落下に備えていたが為に、辛うじて着地。手足に抜ける様な衝撃が伝わって来た。



「いったっ……!」



 あまりに唐突過ぎて、ビリビリと痺れる手足を労わり軽く転がって上を向く。



「いたた……」



 見上げた空は隙間から覗くのみ。高くなり始めた陽光が微かに差し込み、巻き上がる土埃で光の柱となっている。


 地面が柔らかくて良かった。


 ざっと見て4〜5メートルって所か。2階から飛び降りるくらいの高さだ。

 もし硬い層だったら、ワンチャン死んでた可能性もゼロでは無い。


 シビシビする手足を揉みながら上体を起こし、辺りを見回す。

 ここはどうやら硬い層と脆い層が混在する場所らしい。地面が柔らかかったのは、脆い層が何度も崩落したからだろう。


 立ち上がるべく近場の石に手を付く。刹那、それに気付いた。



「……これ、骨?」



 石だと思っていた物は、欠けた角らしき痕跡がある為、どうやら牛の頭骨らしい。

 落ちて死んだか。俺もこうならない様にしないとな。くわばらくわばらナムナム。


 よっこらせと立ち上がり、今度こそちゃんと辺りを見回す。

 脆い層は穴だらけで、崩落によって出来たであろう大きな裂け目は、山側へ続いている。


 さて、あっちから脱出——



「……」

「……」



 ——で、き……るうぅぅ!?


 つぶらな瞳。小さな肢体。そして光る鋭利な角。


 直ぐ近くの穴から顔を出したそれと目が合い、即座に察した。


 周りにある無数の穴。その全てが、角うさぎの巣であると。



「——ルーセントソード!」



 刹那の一瞬でルー先生を呼び出すのと、あちこちの穴から無数の光る目と角が現れるのは同時。


 なんでも分かるルー先生を全力で信じ、俺はあらん限りの脚力を行使して跳躍した。


 大きく動いた俺に対し、うさぎ達はそのものずばり誘導ミサイルとなって穴から飛び出し、流石の跳躍力で俺に迫る。



 ——刹那、光は閃いた。



 ぐっと、押し込む様にして空が迫る。


 ばっと、青いペンキを零した様に空が広がる。


 浮遊感は落下に変わり、俺は緑の地面を転がった。



「……」



 ……。



「はぁ……はぁ……」



 ……し、死ぬかと思った。


 マジで穴だらけになる所だった。


 唸りを上げる心臓を宥め、一瞬で張り詰めた緊張を弛緩させる。

 嫌な汗が背に滲むのを感じながら、ゆっくりと起き上がった。


 直ぐに上がって来たルー先生の手を借りて立ち上がる。



「……さぁ、逃げるぞー」



 ルー先生半分になってるんだが……あの一瞬でどれだけの命中弾を防いでくれたんだ……。


 今俺に出来るのは、この半ルー先生がいる内に尻尾巻いて逃げる事のみ。



 こんな所に居られるか! 俺は家に戻らせて貰うぞ!



 

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