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第1話 血落つる平原

第三位階中位

 



 それは遥か昔、まだ世界が一つだった頃の話。



 消えた主人の影を求め、悲しみのまま世界を歩む1匹の獣がいた。


 獣は凡ゆる者を害さず、営みを侵さず、時折襲い来る者達を払い除け、ただただ一つの大地を闊歩する。


 永き時を経たその身は山の如く。

 全身を覆う長毛は苔生し、様々な形の無数の角が四方八方に広がる。それは然ながら大樹の如し。


 その時代、最も強き戦士が挑むも、僅かに手傷を負わせる程度。


 ただ無害な歩く山。多くの者がそう定め、不干渉を貫く中、獣は唐突に姿を消した。


 微かな痕跡は世界中に散らばるも、その行方を知る者は、誰一人としていない。




 それは遥か昔。


 まだ世界が一つだった頃。



 ——古き神々の時代。



 その巨獣は害意持つ神やその使徒を蹴散らし、当時最強の戦神をして僅かに一滴血を流す程度。

 その歩みは無人の荒野を行くが如く。


 ある日唐突に姿を消した、神も恐れる角の巨獣。



 ——その者、後に万角の王と呼ばれし獣。



 遍く全ての角持つ者の始祖。


 その行方を探ろうとも、何処へ消えたか知る者は無し。




 ぽたりと、雫が落ちた。


 ただ一滴。


 赤色をした、命の雫。



 生涯においてただ一滴。巨獣の流した血の雫。



 それから、幾星霜の月日が流れた。



◇◆◇



 やや北寄り、決戦場から少し西へ行った山の上から、直ぐ近くの草原を見下ろす。


 疎らな雲が掛かる日が大地を照らし、草原は斑模様になっている。



『地脈から得られた情報によると、この地には角を持つ魔獣が多く生息し、主に角を武器とした突進、チャージアタックを得意とする様です』

「成る程」



 つまり正面に立つなと。そう言う事だな?


 猪の時の二の舞はごめんだぜ……まぁ、角がぶっ刺さる事になるから、猪に轢かれる方がまだマシだろうが。



『ガドライア程の力を持った個体はそうそういませんよ』

「ガド、なんだって?」

『大猪です』



 はぁーん? 名前付けたのね? ……強そう感あるな。



「まぁ、そうぽんぽん現れたら身がもたねぇってもんだ」

『そうですね……しかし、この草原にはガドライアと同等かそれ以上の脅威が最低でも2体存在している様です』

「さよか」



 つまり……? 総合的にはバンムオン1体分くらいの脅威度? やばない?


 しかも多分エリアボス的な存在でしょ?



『御明察の通り、この草原にはエリアボスがいます』

「不安になって来たわ」

『慎重も大事ですが、あまり多くの時間は掛けられません。広域を支配した事で防衛力や生産力は向上しましたが、同時に誘引力も上がっています』

「敵が引き寄せられるんだろ? 分かってるさ」



 手早く行こうぜ。


 まぁ一応予想期限は知っておきたいが。



「タイムリミットとかはどうだ?」

『良くも悪くも袋小路の森は閉じられた一つのエリアとして独立しています。この事から他所への誘引力はマスターが考えているよりも低くなっています』

「ほう、そりゃ良いな」



 時間があるのは良い事だ。準備が出来れば大体何とかなる。



『分母が大きい為そう楽観視出来る程ではありません。袋小路の森自体への侵入はおよそ3日以内。拠点への侵攻は10日前後になる物と考えられます』

「ふむ……それは何もしなかったら、か?」

『はい。袋小路の森で撃退を繰り返せば、侵入する総数は増えるでしょうが引き返す総数も増加し、拠点への侵攻は大幅に遅れるでしょう。また、領域の支配を推し進めて撃退する事でも、侵入は増えますが侵攻は遅れます』



 ふむふむ……となると猶予期間はあるし、5日程度なら拠点を固めつつ支配を進めて情報を集める事が出来るだろうな。



『ただし、あまり外敵を削り過ぎると、ガドライアやバンムオンの様な強個体に異変を察知されて興味を引く結果になるかと。その場合の侵攻予想は、外敵掃討後最短で3日、遅くとも5日で拠点へ侵攻するかと思われます』

「やるなら一気にボスまでってこったな」



 森に誘い込んで消耗を狙うのもありだが……今の俺等には距離と言う壁以上の防御力が俺かルー先生かトラップくらいしか無い。

 トラップが突破されればルー先生しかいないし、ルー先生は技量とかあれこれがマジ神だが耐久力が無いし、俺に至っては最後の砦どころか本丸だ。


 結局の所、誘い込むのは最後の賭け。


 ……まぁ、その本丸しかまともに動けないからモロダシでのたうちまわってる訳だが。


 リスクを知った所で、次だ。



「棲息する魔物の種類はどうだ?」

『最も警戒すべき対象は牛型の魔物です。エリアボスと目される対象はこの牛型魔物の進化個体であり、統率能力を持って数百の群れを使役している様です』

「そいつはまた……」



 猪もといガドライアと全く同じ感じだな。


 そんな事を思いながら、西の果てへ視線を向ける。

 黒い点が5個程集まっているのが見えるが、多分あれが牛だろう。



『想定値はF+級。大型個体はE級にも届き、エリアボスの想定値はD-からD級です』

「まんまガドライアの群れと同じくらいだな」

『また、エリアボスは不明な属性魔法を行使する事が分かっています。現時点では判然としませんが、2体いるエリアボスの片方または両方が火や風の力を行使する様です』

「ふむ」



 単純なパワーだけじゃない、か。使う破石類の選別が必要って事だろうな。



『その他、平原に隣接する西の森にゴブリン。北西から北にかけてはリザードマンと言った亜人が生息している様です』

「ゴブリンにリザードマンね……」

『……ゴブリンが友好的かは不明ですが、袋小路の森に生息していたゴブリン達は極めて稀な例外である事をお忘れなき様に』



 まぁ、普通は敵対的って話しだしな。そこら辺は俺も弁えてる。殺す時は殺すさ。


 気になるのはリザードマンだが……。



『リザードマンは主に湿地等に生息する蜥蜴型の亜人です。基礎スペックはゴブリンよりも高く、想定値はF級。それらの中でも戦士と呼ばれる様な個体はE-級相当の戦闘力を持ちます』

「成る程」



 つまり……ちょっと体格とかに恵まれるとそれだけでE級になれるレベルの生物って事か。

 となると、万一長老や担い手みたいな更に一つ頭抜きん出る様な個体がいた場合、その想定ランクはE+からD-は行くかも知れないな。



「……かなり警戒した方が良いかもな」

『それにこした事はないでしょう』



 遠い牛達を見ながら話を聞いていると、ふと、更に先の森から、何かが出て来た事に気付いた。

 遠すぎてはっきりと見えないが……数十はいるな。



『亜人以外での警戒対象は、角の生えた兎です。アーカイブの情報から、おそらくホーンラビットの近似種と推測され、主に突進を得意とする事が分かっています』

「ふむ」



 数十の牛ではない生物は、するすると平原を駆けて牛5頭の群れに迫る。


 何か大きな物を持っている……様に見えるが……。



『これらの事から、私はこの大地を『勇猛大平原』と名付けます』

「OK。ゆうもーなんたらね」



 此方へ近付くにつれ、牛へ迫る生物の正体が見えて来た。


 あれは……リザードマンか?


 おそらく間違いないだろう。やや青っぽい蜥蜴の様な者が、木製の棒。と言うより槍だろう。それを持って牛へ迫っている。



『マスター?』

「ちょっとタイム」

『何か見えますか?』

「リザードマンと牛が……戦いそう?」

『注視してください』

「マカセロリ」



 結構距離あるけど案外ちゃんと見えるな。目が凄く良くなってる気がする。

 そんな事を思いつつ、戦場を注視する。


 良く見ると、牛は5頭の内1頭が一回り以上大きい。

 おそらくE級個体だ。


 対するリザードマンは……10匹。


 内1匹は一回り大きく、此方も上位個体だと分かる。ランクは……F+からE-ってところかね?

 その他8匹は概ね同じサイズで、各自粗末な武器や鎧っぽい物で武装している。


 そして最後の1匹が……。



「……なんだ……どう言う事だ……?」

『何が見えます?』

「……リザードマンが10匹。その内1匹が……はりつけにされてる」



 一見して非常に小柄と言うか……他よりも細いか? 遠過ぎてよく分からん。

 それが木の十字架に磔にされ、尻尾は切られているっぽい。


 4人がかりでそれが運ばれており……磔にされてる奴は……寝てるのか? 動きが全く無く、ぐったりしている。


 そのままリザードマン達は牛に迫り、相対した。



「一体何が……っ!?」



 痩せた個体が掲げる様に持ち上げられ、次の瞬間、その個体に槍が突き刺さった。



「な、に……?」



 ザクザクと小柄な個体に同胞である筈のリザードマン達の槍が突き刺さり、血が飛び散る。


 何をしていると思うのも束の間、リザードマン達は絶命したリザードマンの血を、最も大柄な個体に塗り付け始めた。


 はたと思い至った。これは……——



「——生け贄か……?」



 だとすると血を塗りつけるのは戦化粧の類い。戦いを前にして同胞を殺し、その血で戦化粧をする事で加護を得る。そんな感じだろう。



「こいつは参ったな……」



 味方をぶっ殺した後その血を塗りたくり、狂った様に踊りだして槍や同胞の死骸を振り回す連中とは、流石に仲良くなれる気がしない。


 そうこうやってる内に、リザードマン達が牛へ踊りかかった。


 牛達は突進する事でそれを迎え撃つ。


 最初の衝突で、リザードマン4匹がぶっ飛ばされ、牛2頭に槍が刺さる。

 仲間が死んだかもしれないと言うのに、リザードマン達はそれに怯まず攻撃し、動きを止めた2頭に槍が突き立てられる。


 続けて牛2頭は更なる突撃を行い、リザードマン2匹をぶっ飛ばした。

 今度は1頭に槍が突き刺さるも、牛達は怯まず攻撃を続行。リザードマン達を薙ぎ倒し、倒れ込んだ個体を踏み付ける。


 一方大将戦は、最初の衝突でリザードマンの槍がへし折れ、今は肉弾戦に移行。掴み掛かるリザードマンは牛に突き倒されて踏み付けにあい、それでも負けじと打撃を繰り返している。

 しかし、武器を失ったせいかリザードマンは酷く劣勢であり、間も無く数度目の踏み付けで痙攣し、動かなくなった。


 そこからは掃討だ。負傷し動けなくなったその他のリザードマンを突進や踏み付けで潰し、そう時間を掛けずに殲滅した。


 その後、生き残ったボス牛ともう1頭は、暫く動かない仲間の周りをウロウロした後、平原を南下し始めた。



「……ふぅむ……」

『……終わりましたか?』

「あぁ、まぁ……」



 遺骸は欲しいが若干距離がある。


 早くも鳥やら何やらが集まり始めてるし、放っておこう。



 さて……何から言ったらいいやら。



 

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