第34話 小鬼達の採掘場
第三位階中位
生還した。
補給も出来る。逃亡も出来る。これで勝つる!
焦燥に駆られながらも、勤めて冷静を意識し、今後を考える。
周囲の多くのゴブリン達は、警戒よりも困惑と言った様子で俺を見ていた。
差し当たり声に出さずコアと会話する。
『マスター……よくぞ、よくぞご無事でッ……!』
『俺も再会を喜びたい所なんだが、時間が惜しい。先ずはここのゴブリンを全部例の洞窟に送りたい。出来るか?』
早急に退避の必要がある。
熊ってのは、一度獲物と定めると執着し、時には山を越えて襲いに来る事があると聞く。これはいかん。
この先どんな事が起ころうと、この集落は必ず襲撃されるだろう。
それも、戦場からこの近さだ。襲撃は今この瞬間に起きてもおかしくない。
『この数を、ですか……十分な拡張が必要です』
『よきに計らえ』
『では……ざっと、3,500P程度あれば、全ての健全な収容が可能です』
『実行だ』
『はい……完了しました。全ゴブリンの転送には1,446P必要です』
『それも実行』
『それは難しいかと思われます』
……そうか、避けられる可能性もあるわな。どうにか話を通しておかないと……。
どうすれば、そう頭を悩ませた所で、小柄なゴブリンに手を掴まれた。
「ん?」
「ゲラ、ベランゴァ」
『なんて言ってるか分からんのだよな』
『翻訳します』
……え? マヂ? コアはコアえもんではなくこんにゃくの方だった……?
戦慄する俺を差し置いて、小柄なゴブリンは周囲を見回し、声を上げた。
「ゲラ!」
「ゲラ?」
「ゲラ……?」
「ゲラ!?」
『なんて?』
これ、一番気になってた。いや、なんとなく想像付くよ? これ、とかコイツ、とかもしくは人間、とかでせう?
『彼等はゲラと言っています』
『いや、それは分かる。意味はなんぞや?』
『ゲラです』
『……ふんむ』
『観測した思念波から考察するに、何らかの固有名称。名前であると考えられます』
成る程……つまり、お人違いで御座いますね? バレたらやられるか?
戦々恐々としながら好奇の視線を抜け、小柄なゴブリンに引っ張られるまま奥に進む。
案内されたのは、大きな道から逸れた小部屋。そこには、他の個体よりもやや身長が低い年老いたゴブリンがいた。
コイツがE級の個体だろう。
『おぉ、担い手よ、無事帰ったか』
『帰った。ゲラ、捕まえた、剣、本物』
『ふむ』
老いたゴブリンはやたらと鋭い目で上から下までくまなく見詰めて来た。
『うむうむ、確かに。ゲララッハよ、よくぞ戻って——』
『——怖い怪物、来てる、直ぐそば』
『なに!? 森を乱す者が来ておるか……担い手よ、剣はどうした?』
『怖い怪物、3匹、来た。1匹、刺した、取れない』
『3匹だと……? それは間違いないのか?』
『間違う、ない。猪、5が、いっぱい。長老、2匹。熊、1匹』
『むむむ……担い手よ、耳を塞いでおれ』
『塞ぐ』
ゴブリン爺さんは少し唸った後、おもむろに此方を見上げた。
『ぬし、ゲララッハではない事は分かっておる。言葉は分かるか?』
それに対して、俺は首を横に振る。まったく分かんね。
『……少しは伝わっているか。森を乱す者が3匹いたと言うのは事実か?』
首を縦に振る。要はあのメチャ強い猪とかの事だろ? にしても、同じ言葉なのに人によって……個体によって翻訳が違うってのは……認識が違うって事か。
ゴブ爺さんは困った様に唸った。
『むむむ、移動する時間は……無いか。直ぐ近くなのか? そうか……迎え打つ……しかし剣が無くては……』
全滅の危機に必死に思考を巡らせるゴブ爺に、俺は人差し指を立てて見せた。伝われ、俺のジェスチャーパワー!
『むむ……何か手があるか?』
その問いに俺は大きく頷き、コアに指示を出した。
何もない地面を指さすと、転移の魔法陣が現れる。
『なに……!? 光が、なんだ、これは!?』
『光る、凄い!』
耳を塞ぎながらびっくりする小柄なゴブリンに微笑み掛け、その魔法陣に乗る様に促す。
すると小柄なゴブリンは何の迷いも無く、魔法陣へ飛び乗った。
『光る、凄——』
シュピンッと魔法陣と共に小柄なゴブリンが消滅。見え見えの罠に餌に釣られてまんまと嵌るハトの様だと思った。
『な、ななな……!? これは……? 担い手は何処へ消えた? ……姿を消す奇術か? いやしかし声まで消えた……まさか……移動したのか……?』
俺は再び大きく頷いた。すげぇなコイツ。頭良すぎんか?
再度コアに指示を出し、小柄な個体を呼び戻して貰う。
『お? 帰った。長老、逃がした、母達。兵達、いた。光、凄い!』
『なんと!? 彼等は無事逃げおおせたか……と言う事は布森の小洞か?』
『?』
『耳はもう塞がんで良いわ……まぁ彼等がおるのならば小洞であろう。全員を逃がす事は? ……出来る、か。相分かった』
ゴブ爺は何度か頷くと、少し考えた後、最後に睨み付ける様に此方を見上げた。
『……して、ぬしは如何なる者か』
事によっては死すら厭わぬと言うが如く、此方を睨めあげるゴブ爺。
ほんとに、大した頭脳だな。目の前ににんじんぶら下げられても直ぐには食い付かない。
現時点では自分らの本拠だから問題ないが、転送後の行き先がはっきりしない為に力関係が逆転する可能性もある。
このタイミングで、どうにか俺が信用に値する者か判断する為、敢えて直球な質問で俺の動揺を誘ったか。
彼は自らの判断でこの群れに誇りある死を与える事が出来る。全ての命を、罪を背負う覚悟をしている者の目だ。
その問いに、俺は答える事が出来ない。
何せ2択じゃないしな。しかも自分の名前すら分からん。
俺は少し考えた後、先と同じ様に指を立て、空を差した。
『……っ!?』
ゴブ爺はその鋭い目を大きく見開いて、おもむろに膝を付く。
『おぉ、天なる方よ……! 大いなる慈悲に感謝を……!』
邪女神様に祈るゴブ爺に、俺は無言で歩み寄り、その肩を軽く叩いて立ち上がらせる。
ここは努めてフランクに、ニッと笑ってウインクし、親指を立てた。
『???』
全然分かってないゴブ爺に、笑いながら部屋の外を指差す。
『あ、あぁ、うむ……担い手よ、もう耳は良い』
全く聞こえてない小柄なゴブリンに、自分の耳を片手で塞ぎ、それを指し示して下げるジェスチャーで、どうにか片耳だけ開けさせた。
『担い手よ、もう塞がんで良い。それよりも、皆に伝えよ……天より降りた光が我等をお導きくださると』
『?』
『光、助けてくれる。安心せよ』
『分かった。光、怖くない。伝える』
そう言って、小柄なゴブリンは駆け出した。取り敢えず一安心だ。
それにしても……なんかあれだな……ゴブ爺だけ、妙に流暢じゃないか?
『そうですね、どうやらこのE級個体。ゴブリン達が話す通常言語に加え、やや体系の似通った別の言語を混ぜて使っている様です。おそらくゲララッハなる亜人が用いていた言語であると予想します』
『だろうな。差し詰め妙に頭が良いのは、ゲララッハとやらに教育を受けたって所か』
『石像が作られるくらいです。相当な恩恵を与えられたのでしょう』
ゴブ爺は、部屋奥にあった件の小さな石像の前に行き、座り込んだ。
『ゲララッハよ、これが最後かもしれぬ。酒は用意出来なんだが、光る石はどうにか取って来たぞ……もし……もし帰ってくる事があったら、布森で待つ』
そう言って、ゴブ爺は幾つかの鉄を含む鉱石で、南を差す矢印を作った。
床、光る。安心、怖くない! そんなBGMを聴きながら、暫し俺は、遠い目をして石像を見下ろすゴブ爺を見詰めた。




