第33話 森の主
第三位階中位
異常発達した右腕は、まるで鋼の腕甲が如く輝き、鋭利な爪はそのまま刃の如し。
体には無数の傷跡が刻まれ、歴戦の戦士たる威圧を放っている。
——最悪だ。
これこそ最悪だ。
間違いない。コイツだ。
大鳴蟻塚を、コアによって守られた迷宮の壁を粉砕したのは。
エリアボス。
——袋小路の森の支配者。
銃口を向ける。
逃げる。とか、刺激するな。とかは関係ない。
対面した時点で、もはや手遅れだ。
どの様な手段を使っても、コレから逃げる事は出来ない。
どの様な手段を用いても、コレから見逃される事はない。
此方に、戦う以外の選択肢は、無い。
ゴブリンを引き離し、後方へ突き飛ばす。
「行け!」
意味があるとは思えない。ただ、逃げる奴をみて注意が逸れるかもしれない。
これはそんな予防策。
放たれた弾丸は火の破石。
大きな的を外す筈もなく、それは真っ直ぐ熊へと向かい——
——刹那、赤は振るわれた。
ボンッと大きな爆発音。
生じた炎は土の上。
「……マヂかよ…………」
——火の破石は、はたき落とされた。
冗談じゃねぇぞ……!
反射速度もそうだが、それ以上に知能がおかしい!
これが遠距離武器だと知っていた訳ではないだろう。
だったらコイツは、獲物が遠くから何かを向けている。たったそれだけで、それが何らかの遠距離攻撃手段だと看破したって事になる。
恐ろしいのはそれだけじゃない。
破石のダメージをもろに食らった筈のその腕は、僅かに毛が乱れただけで、全くの無傷と言って良い。
「グルァァ!!」
熊は攻撃に怒ったか、咆哮を上げて飛び上がった。
「うっそだろッッ!!?」
重量優に1トンを超えるであろう巨体がジャンプし、此方へ落下してくる。
落石に等しいそれを回避する為後方へ走った時点で、失敗を悟った。
——空に輝く赤の光。
敵の狙いはたった一つ。
自らの重量をも乗せた、全力の一撃を叩き付ける事。
直感的に理解する。それが例え外れても、体勢を崩した獲物へ直ぐに追撃に移れるのだと。
アレが当たったら死ぬ。
どんな奇跡が起きようと、直撃すれば即座にミンチ。森の荼毘と化す。
万が一避け切れたとしても、地上にいればその余波を受け、空にいればその次は無い。
つまり、俺に出来る事は、たった一つ——
「——ルーセントソード!!」
叫ぶと同時に後ろへ飛ぶ。
——輝く白光と赤の衝突。
致死の一撃は紙一重で空振り、その余波で俺は地面を転がった。
すげぇ……! 流石ルー先生だ! 今のはギリギリで避けられたんじゃない、紙一重で外れる様に調節したんだ!
荒ぶる心臓と同じ様に内心興奮しながら、勢いに逆らわず転がって戦域から離脱、直ぐに立ち上がった。
即座に戦場へ視線を向けると、見えたのは——
「マヂか……」
——半分程度まで短くなったルー先生の姿だった。
多分、俺を守る為に一瞬でエネルギーを半分消費しちまったんだろう。
つまり、奴の一撃はルー先生を持ってしてもまともに受けられないって事になる。
「くそっ……!」
悪態を吐きながら、放り捨てたナイフの元へ走る。
そんな僅かな時間にも、咆哮は響き、鋭い剣戟の金属音が鳴り響く。
くそが……勝てるヴィジョンが浮かばない……!
せめてルー先生がもう一枚あったら状況は変わっていただろう。
もしくは破石があれば、せめて足だけにでもダメージを与えて、逃げる隙を作れたかもしれない。
無い、無い、何も無い。
——俺は、あまりに、無力だ……!
無意味かとも思われるナイフを拾い上げた次の瞬間、光る巨大な何かが、エリアボスへと衝突した。
——猪か!
エリアボスにぶっ飛ばされた側面の甲殻はひび割れ壊れているが、それでも脅威は健在。
まともに突進を受けたエリアボスは、木々を薙ぎ倒しながら猪と共にもんどりうって倒れ込んだ。
即座に右腕へ赤いオーラが集束したが、次の瞬間にはルー先生が閃いて、エリアボスの右目を切り裂いた。
悲鳴混じりの怒りの咆哮が響き渡り、赤い光はたち消える。
苛立ち紛れの乱打が猪を襲い、猪もまた光を纏って牙をエリアボスへ叩き付けた。
——激しい猛獣同士の殺し合い。
これはチャンスだ……!
「ルー先生、頼む!」
そんな意味のない声を掛け、俺は戦場に背を向けた。
少し先では、ゴブリン達が慌てた様にバタバタと逃げており、小柄なゴブリンは此方をチラチラ気にしながら走っている。
その後を追って、俺は駆け出した。
……ルー先生を置いてくのが地味に心苦しい。魔法にも仲間意識持ってんのな俺。
背後から咆哮が響き、破壊の音がこだましている。
どうか頼む、逃げ切るまで、保ってくれ……!
◇
身体能力差で追い越しそうになるゴブリン達と並走し、少し走った所で、その場所に辿り着いた。
ゴブリンの巣穴——小鬼達の採掘場。
その前にあったのは、ちょっとした砦と言っても過言ではない苔むした石造りの防壁と門。
開かれたそこを潜ると、正面に扉の付いた洞窟の入り口があり、右には荒れた畑らしき物、左には同じく苔むした石造りの家があった。
その家はどうもサイズ感がおかしい、端的に言って入り口が小さく、平屋だろうそれは天井が低い。
どんなもんかは詳しく見ないと分からない。そして、そんな時間はない。
「バンムッ!」
「バンムオーン!!」
「バンムオーン!?」
ゴブリン達が叫ぶや、砦内はパニックの様相を呈した。
多分やばい奴がいたぞみたいな事を伝えているのだろう。
小柄な個体があれこれ指示を出し、ゴブリン達は慌てて洞窟へと引っ込んで行く。
砦の門が閉じられ、外に置いてあった棍棒やら虫のたかる干物らしき物やら狩られた猪やらをどんどん洞窟へ持っていく中、俺と小柄な個体は小さな壁の上に登った。
言葉は分からんが、考える事は同じだ。
敵が、今どうなっているかを見て、直ぐに迫って来そうであれば即座に撤収させる。
ただし、俺はそこに加えて、同じ動作をする事でこの群れのリーダーと思われる小柄なゴブリンの信頼を勝ち取る為と言うのもある。
幸い、未だ破壊の音は聞こえた。
それだけ、あの猪が強力な個体だったと言う事だろう。
おそらく既にルー先生は消えてるんだろうな……。
小柄なゴブリンへ顔を向けると、相手も同じタイミングで此方を見た。
お互いに頷くと、砦内へ振り向く。
元々大して外に物を置いていなかった様で、バタバタしながらも撤収は速やかに進んで行く。
然程時間を掛ける事なく撤収は完了し、小柄なゴブリンと共に巣穴へ駆け込んだ。
背後でギギィっと扉が閉まり——
『——マスター!!!』
心に直接弾ける様な爆音が響いた。
あぁ……なんかこう……安心したわ。
生きて帰ってきたぞ……!!




