第10話 蟻の襲来
第三位階中位
通路の暗がりから小さな影が覗いた。
そうと思った次の刹那、それは数百倍に増殖する。
蟻の群れとの戦いが始まる。
「お、お……思ったより……?」
『どうやら落とし穴の隙間から下に入る個体が多かった様です。足止めが効いています!』
「お、おう。そうか」
蟻の足止めのつもりは無かったが……準備を万全にした甲斐があったと言うものだ。
「良し! 頑張れ皆!」
見た所、蟻の行列が50個くらい並んでる程度だ。これなら行けるか……?
『敵の総数が判明しました。その数、およそ30,000』
「さんっ、さんま?」
秋刀魚? 30,000……? マヂ?
◇
戦場に散らばるシャドーウォーカー達が、無作為に蟻を掴んで地面に引き込み、ぐしゃりと潰す。
敵は全くシャドーウォーカーの存在に気付いておらず、やられるがままだ。
ピグマリオン達も負けじと蟻を掴み、握り潰して行く。
此方も、ちゃんと逃さず捕まえているし、ピグマリオンに噛み付く蟻が多く、あっさりと撃破出来ている。
シャドーウォーカー地帯とピグマリオン地帯を突破できた数匹も、次のジェリーの溝を越える事は出来ず、ジェリーに捕まって食べられている。
俺が思っていたよりも、シャドーウォーカー達の処理速度が早い。
……しかし、俺が思っていたよりも蟻が来る速度が早い。
障害物を突破した蟻が次々と広間に侵入し、徐々にその勢いを増している。
「いけるか……?」
『シャドーウォーカー達の働きが良いですね。ピグマリオン達も剣術を少し経験した為、基礎スペックよりも高い器用性を発揮しています』
「おお……! 良し、お前ら、防衛ラインはまだまだ大丈夫だから、慌てずやってくれ!」
よしよし、こっちは順調だな。
「鼠穴の方はどうなってる?」
『横穴使用率はおよそ2〜3割程になると予測されます。現時点では3,000ですが、最終的には8,000が横穴に侵入するでしょう』
「それは……大丈夫なのか?」
『問題ありません。数が多い為既に乱戦の様相を呈していますが、如何程の物でもありませんので』
「そうか……」
でも1,000対3,000だろ? 大丈夫なのか……?
『……蟻とピッドでは単純に数倍、下手をすれば10倍の体格差がありますから』
「……それもそうだな」
でも流石に10倍の数にたかられたらハムネズミ達でも厳しいだろう。それに、局所的に多対1の所も——
『常時配置を変えて安全マージンを維持しています。予想の閾値を越える、またはより上位の個体に襲われない限り、横穴が落ちる事は無いでしょう』
「……良し、戦闘続行」
もっとこう、パニック映画みたいにゾワゾワゾワーっと来るもんだと思ってたが、これなら何とかなりそうだな。
◇
そう思っていた時期が俺にもありました。
「……ちょっとおかしくね?」
『どうやら上位個体が混じっている様です』
「やっぱり?」
なんか2回りくらいデカい蟻がいるなって思った。
少し距離があるから良く見えないが、敵の数も増えてきた上に大きめの蟻はちょっと処理に時間が掛かってる様だ。
『群れの三分の一程度が上位個体です』
「戦闘力の差は?」
『発生時点での上位個体と見られ、体格はざっと2倍。牙が大きく体がやや頑強の様です。単純な驚異度は2倍で処理速度も低下しますが……此方を殺傷せしめる力はありません』
「それなら良いか」
そんな風に思っていたのも束の間、敵は数秒毎に勢いを増して行く。
黒い波は次々とピグマリオンを襲い、ジェリーの溝を乗り越えて、遂に水路へと到達した。
その間、実に10秒後の事である。
大雨とか増水とかでもな、まだ大丈夫だと油断してると一気に来るんだよな。
「どうだ、どうだ? 大丈夫か?」
蟻達は水路の壁を下り、水を感知するや、その周辺をうろうろとし始める。
そうと思った次の瞬間からは、後続がどんどん現れて、中には仲間に突き落とされる奴までいる始末だ。
水面に落ちた蟻は暫くジタバタと藻掻くが、3倍近い体格のペルタがそれを引き込み、群れが水中で蟻達をもぐもぐする。
バチャバチャと水面が揺れ、水際の蟻達が落下、腹を空かせたかどうかは分からない6,000匹のペルタが蟻の群れを捕食して行く。
「おし、おし! あんまりがっつくなよ! 陸に引っ張り上げられたら終わりだからな!」
『大型個体のパワーならそれもあり得ますね』
そうこう言ってる内にも状況は変わり、蟻達は自分達の体を橋にして水路を渡ろうとする。
「お、お、お〜。凄いなこれ。こんな事するんだ?」
『言ってる場合ですか?』
場合じゃないっす。
直ぐに水路を乗り越え、蟻の橋をナイフの腹で叩き落とす。
壁際でパシャパシャと音が聞こえて見て見れば、ペルタが飛び上がって壁から水路を越えようとする数匹を水中に引き込んでいた。
「……グレーだな」
『大型の時は控えさせましょう』
「そうしてくれ」
その後も、あっちゃこっちゃから橋を掛けようとする蟻達を叩き落とし、ペルタ地獄へ送り込む。
『ピッドに余裕が出来て来ました!』
「広間に応援に来させろ!」
殆どの蟻が既に広間に入って来てるって事だ。
多少漏れはあるだろうが、それはコアがどうにかするだろう。
蟻にたかられて体中を噛まれているピグマリオンに、シャドーウォーカー達が集まって蟻を地面にボッシュート。
応援に来たピッド達が疎らにいる蟻達へ襲い掛かり、余裕が出来たピグマリオン達が橋を掛けようとする蟻達へ迫る。
しかし——
「くっそ、数が多い!」
——遂に橋が掛かり、次々と蟻達がそれを渡って乗り込んでくる。
左右の壁も、ペルタ達が飛び掛かるだけでは足りず、次の水路すらも壁伝いに乗り越えようとしている。
俺も直ぐに次の水路へ戻り、次の橋を掛けようとする蟻を叩き落と——
『——マスター!!』
「っ!?」
それに反応出来たのは、手に憑いたままのシャドーウォーカーのおかげだった。
振り下ろそうとしたナイフが引っ張られ、それに抗わずに振り抜く。
カァンと硬質な音が響いて、黒い塊が吹っ飛んで行った。
「嘘だろ……!?」
冗談キツイぞ!?
水路を易々と飛び越えて、俺に飛び掛かって来たのは……拳大もある巨大な蟻だった。
その鋭い牙は親指くらいはあり、コアの光を反射してギラついている。
防げたのはちょっと奇跡みたいな物だ。シャドーウォーカーが引っ張った事。短剣術の作用。ナイフが大振りだった事。
もし防げなかったら……親指大のナイフは首の動脈を切り裂くには十分過ぎる。
「なんだアイツ!?」
『おそらくこの群れの統率種かと思われます。推定ランクはG級です!』
「蛇と同格なのか!」
『等級は同じですが魔蟲は総じて身体性能が高いので、戦闘力自体は上かと』
強えって事だ。やべぇな。虫なのが特に怖え。虫が人殺せる武器持ってるのが怖え。針とか毒とかじゃない所が肝だな。
巨大蟻は上体を下げ、溜めの姿勢になった。
——来るかっ!?




