第 74 話
「さてと、そろそろ帰るか……」
昨夜は、みんな奴隷兵として戦争に利用される心配がなくなったせいか、酒も無いのに大はしゃぎしていた。
そのせいで、全員が寝静まるまでかなり遅くなったため、みんな翌日は寝不足気味に行動することになった。
朝になり、隷属魔法の解除や帰国の資金を貯めるために、それぞれが冒険者として再活動するため、ひとまずはツシャの町へと送り届けた。
助けられたことを感謝されつつ全員を見送ったエルヴィーノは、久しぶりに自宅のあるシカーボに帰ることにした。
『遠慮しなくても良かったんだがな……』
カトゥッロたち【月の光】のパーティーたちも同じくシカーボの町が本拠地のため、エルヴィーノは一緒に送って行こうかと提案しようとした。
しかし、彼らの方から「ここまでしてもらえば充分だ。俺たちもそう遠くないうちにシカーボに戻るよ」と言われてしまった。
金を取る気はなかったので遠慮する必要はなかったのだが、彼らとしたらこれ以上の借りは一生返すことができないとでも思ったのだろうか。
彼らがそう言うのであれば、エルヴィーノからそれ以上はいうつもりもなく、一人で帰ることにした。
「……到着っと」
一人で影転移するなら、1つや2つ離れた町でもエルヴィーノにとっては大した距離ではない。
ついさっきまでカンリーン王国の西の端にいたというのに、影転移であっという間にシカーボの町の近くの森に到着だ。
そこから門を通って、自宅に向かう。
「んっ?」
自宅が近づくにつれ、エルヴィーノは違和感を覚える。
なんだか騒々しいのだ。
「ただいま……」
「あっ! エル様!」
警戒しつつ、エルヴィーノは自宅の玄関扉を開き、小声で帰宅の挨拶を発する。
すると、それに反応したセラフィーが出迎えてくれた。
「……何だ? このありさまは……」
「それが……」
リビングに行くと、色々な物が床に落ちていて散らかっている。
料理の腕は壊滅的なセラフィーナだが、整理整頓は不得意ではないはずだ。
ハンソー王国に侵入し1日、ベーニンヤ伯爵の軍を追いかけて5日、100人の奴隷とされた冒険者たち共に転移で1日で一気に戻ってきた。
全部で1週間しか経っていないというのに、このような状況になるのはおかしい。
何かあったのかと思い、エルヴィーノが視線を向けと、セラフィーナはこのような状況になった理由を説明するためにある方向を指さした。
「あうっ!!」
セラフィーナが指さしたところにいる人物。
オルフェオが物を放り投げていた。
その表情は、エルヴィーノがあまり見たことない不機嫌そうだ。
「…………オル?」
「っ!! あ~うっ! (*^▽^*)」
不可解な行動に戸惑いながら、エルヴィーノがオルフェオに声をかける。
すると、エルヴィーノが帰ってきたことに今になって気づいたオルフェオは、不機嫌な表情から一変して満面の笑みに変わった。
「あう~っ!」
「おぉ……」
表情を一変させて手を伸ばしてくるオルフェオに、抱っこをせがまれていると判断したエルヴィーノは、その希望を叶えるように抱き上げる。
すると、胸に抱かれたオルフェオは、エルヴィーノの服をぎゅっと掴み嬉しそうに顔を埋めてきた。
「やっぱり……」
「んっ? どういうことだ?」
納得の呟きをするセラフィーナ。
気になったエルヴィーノは、その呟きの意味を問いかける。
「オルちゃん、この数日ずっと不機嫌で……」
問いかけられたセラフィーナは、この一週間の説明を始めた。
「エル様が出かけて、初日は何とか大丈夫だったんですけど、次の日から不機嫌そうな表情になる事が増えて、3日目くらいから近くにある物を投げるようになっちゃって……」
この数日、セラフィーナは仕事を休み、オルフェオに付きっきりになっていた。
そのため、段々と変化するオルフェオの表情に気付いたそうだ。
「何となく分かっていたんですけど、エル様がいなくなったのが嫌だったみたいです」
自分だけでなく、従魔のリベルタ、エルヴィーノの従魔のノッテとジャンも一緒にいれば寂しい思いはしないだろうと思っていた。
しかし、オルフェオにとってはそうではなかったようだ。
もちろん、自分や従魔たちもオルフェオにとっても居てくれないと嫌な存在なのだと思いたいが、彼にとってはエルヴィーノこそが一番重要な存在だったようだ。
自分もエルヴィーノに育てられた身のため、その気持ちが分かるセラフィーナは、オルフェオの変化の原因に何となく気が付いていた。
そして、エルヴィーノが帰ってきたことに気付いてすぐに変化したオルフェオの表情を見て、その思いが確信に変わった。
「……そうなのか?」
リビングが散らかっている理由はオルフェオによるもの。
その原因が自分だなんて、エルヴィーノとしては驚きだ。
オルフェオは、会う者みんなに臆することなく笑顔を向けるおおらかな気持ちの持ち主なのだと思っていた。
そのため、少しの間自分がいなくても、あまり変わることはないと思っていたのだが、その考えとは違って、結構自分のことを重要に思ってくれているようだ。
そのことが分かりってなんだかこそばゆい気持ちになったエルヴィーノは、思わず
人差し指で頬を掻いた。
「あっ! エル様照れてます?」
「うるせっ!」
まだ物心も付かないような赤ん坊に、自分が必要とされていることが分かったのだ。
エルヴィーノからすれば、「そりゃ照れるだろ」と言いたいところだ。
しかし、そんなこと言えず、からかってくるセラフィーナにツッコミを入れる。
「あう~!」
「んっ? おなか空いたか?」
「うっ!」
暴れたからか、オルフェオが何かを訴えてくる。
その表情から、空腹なのだと判断したエルヴィーノが問いかけると、オルフェオはその通りと言うかのように声を上げた。
「……さすがですね」
表情だけでオルフェオの言いたいことを読み取ったエルヴィーノに、セラフィーナは感嘆の声を上げる。
と言うのも、自分もオルフェオの面倒を見ているので、表情の変化をとらえることはできる。
しかし、エルヴィーノのように、何を求めているのかをピンポイントで読み取ることなんてできない。
そのため、エルヴィーノには養育の面では敵わないと悟った。
「あっ、そうだ。そろそろ離乳食を開始してもいい頃だ。今日から始めてみるか」
オルフェオが来てから2か月以上経っている。
首が座っていたことを考えると、来たときは生後3~4か月くらいだろう。
それから2か月なら、離乳食を始めてもいい頃だ。
そう思ったエルヴィーノは、ミルクを作るのと同時に離乳食の調理を始めることにした。
「ほ~ら、オル。ご飯だぞ」
「うっ? あむっ」
小さなスプーンに乗せた少し粘り気のある白い液体。
それをオルフェオの口に近付ける。
スプーンは、昔セラフィーナが赤ん坊の時に使用した物で、白い液体は潰し粥だ。
ごはんと言っているのにいつものミルクではないためか、オルフェオは少し首を傾げた。
しかし、目の前でエルヴィーノが口をパクパクさせているのを見て、それを真似するようにしてスプーンの粥を口に含んだ。
「おぉ! すんなり食べた」
「大丈夫そうですね?」
「あぁ」
嫌がったりしたら中止することも頭に入れていたが、その心配は必要なかった。
口の中でモゴモゴとした後、オルフェオは潰し粥を飲み込んだ。
初めての離乳食は小さじ1杯からが基本と、セラフィーナを育てる時に学んでいたため、今日はこれでお終いとし、エルヴィーノはそのあといつも通りにミルクを与えた。
「あっという間に寝てしまいましたね」
初めての離乳食を食べ、ミルクを飲んだオルフェオはすぐに眠りについた。
それを見たセラフィーナは、安堵したように呟く。
「お前も寝た方がいいぞ。荒れたオルの相手で寝てないんだろ?」
「は~い!」
玄関で出迎えた時のセラフィーナは、どこか疲れた様子をしていた。
戦闘訓練で体力のあるセラフィーナがそんな表情をしているのだから、この数日あまり寝ていないのだろう。
自分が帰ってきたのだから、オルフェオのことは自分に任せて、安心して眠ることを勧める。
そんな自分の事を心配してくれるようなエルヴィーノに、セラフィーナは嬉しそうな笑みを浮かべ、素直にその進言を受けることにした。
「お前たちもな」
「ホ~!」「ガウッ!」「ニャウ!」
疲れているようなのはノッテ、ジャン、リベルタも同じだ。
そのため、同じように勧めると、彼らは返事をしてそれぞれの寝床へと向かって行った。
「フゥ~……」
やはり家は落ち着く。
側で眠るオルフェオの寝顔に癒されつつ、エルヴィーノは一息ついたのだった。




