(10/13)中原さん。何なの?これ
さあ。いよいよ『同期21名大パニック』まであと1歩だ。ここまで随分長かった。
システム営業第1課と第3課が合同で当たることになったプロジェクト。たまたま客先が被っていたのだ。
プロジェクトの責任者に1課の中原紗莉菜と3課の花沢光彦が選ばれた。
部長の小和田をはじめみんなが期待した。
様々な社長とマブダチのようになり、入社3年目でトップセールスに躍り出た中原紗莉菜。だがしかし。本当にミスが多い。対して花沢光彦は手堅い仕事をする。ほぼノーミスで事業を進められる。
この2人が組めば我が社の将来も安泰……。
その格好の試金石というわけだった。
2人で連日夜遅くまでプロジェクトの遂行をチェックし、いよいよ客先に『ご提案書』を持っていけるという段階まできた。
中原紗莉菜が自席でパソコンを叩いていると、花沢光彦が中原の席までツカツカと歩いてきた。
バサッと『ご提案書』の束を中原の席に叩きつけた。気づいた中原が凍りつく。
そのままドサっと隣の、空いている席に座ると前傾姿勢になって両ひじをひざ頭の部分に置き、すうっと中原を見上げた。
中原は178センチ。花沢は165センチである。
自然と中原をにらみつける姿になった。
「中原さん。何なの? これ」
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怖ぇ〜〜〜〜っ。
花沢怖ぇ〜〜〜〜〜〜っ!!!
普段、部下を怒鳴り散らしてるような上司であれば。また芹田課長のように普段から部下に『ネチネチ』言ってる上司であれば。『またか』で済んだろう。
だが花沢光彦は。この3年。ただの1度も怒ったこともなければ声を荒げたこともないのだ。
その花沢が隠し様のないくらい不機嫌。怖い。死ぬほど怖い。あの豪胆な中原すら動きを止めている。
花沢は『ご提案書』の表紙を右人指し指で『トントン』と叩いた。指先がイラついている。
「中原さん。このフセン見える? ビッシリ貼られてるよね? これ全部君の間違いなんだけど。こんなの客先にだせるわけないよね? 確認してるの? これで」
中原は『ご提案書』に視線を移した。本当だ。何十枚もフセンがはってある。そのフセンにビッシリと何か書いてある。中原の間違いを指摘している字だ。
「特にこれだよ。最初のページに押されているハンコね。ハンコというのは四角いマスの真ん中に向きを正しくして押すものなんだよ。きちんと押すのは基本なんだよ。こんなハンコを見たお客様がどう思うと考えてるの?『いい加減な提案を持ってこられた』と思うよ。君のハンコ一つでプロジェクトがダメになるかもしれない。そんなことも考えられないの?」
蒼白になった中原がやっと口を開いた。
「ハ……ハンコなんてどうだっていいじゃん!」
書類から目を離した花沢が中原を真っ直ぐにらみつける。声に怒気がはらんでいる。
「『どうでもいい』とは?」
もう怖い。昔中原を怒鳴りつけた鰐淵社長の100万倍くらい怖い。この場から走って逃げたいくらい怖い。
ひるんだ中原は言った。
「に……日本のハンコ文化そのものが無意味なわけじゃん!! 押しても! 押さなくても書類の内容には関係ないじゃん。だいたいアタシは前からこのハンコ文化っていうのが気に食わ」「君の意見なんかどうでもいいから!」
ピシャッとさえぎられた。
「君がハンコに対してどう思おうとそういうの『どうでもいい』から。話したかったら居酒屋とかでやってくれる? 社会のルールを自分に合わせるな。自分が社会のルールに合わせなきゃいけないの。中原さんさぁ。社長をはたいて契約取るなんて『昭和なエピソード』いつまで続けるつもりなの? ただ単に鰐淵社長の度量が桁外れに大きかったってだけだよ。常識がなさすぎるんだよ」
吐き捨てられた。
「このフセンのところ全部やり直して! 今日中だからね。中原さん!」
そのまま席をけるように立ち上がると、全く振り返ることなくスタスタとどこかに行ってしまった。
後には、石と化した中原が残された。
【次回】『修羅場だ!修羅場!!』です。




