第五十一夜 石彫都市 -4-
「妙なものが出てこないといいが……」
子どもからザーランディルを取り返しながら、ラーシュが心配そうに言いました。
座ったまましばらく待っていると、トゥーキーのひとりがどこからか、なめし皮に包んだ食べ物を運んできました。それは天井に吊るさがっている茸を干したものと、ぬめぬめしたヤツメウナギに似た生き物でした。
ルアフいわく、目の前にあるものが石彫都市で食べられているすべてのようで、調理法も特になく、トゥーキーたちはこれをそのまま食べるのだ、とのことでした。実際に彼はヤツメウナギの一匹をくちばしでつまみ、そのままごくりと呑み込んでみせました。
「無理……」
ネイネイが泣きそうな顔で首を振りますと、何人かのトゥーキーがそれを真似て首を振りました。
しかしここで断ってはトゥーキーたちの印象も悪いでしょう。タルナールはおそるおそる食事に手を伸ばし、ヤツメウナギを一匹、むんずと掴みとりました。ナイフでその頭を落とし、身をぶつ切りにして、ひとつを口に運びます。
「…………」
ねばつく脂肪が舌にまとわりつき、タルナールは一瞬吐き出したくなりましたが、我慢して肉を噛むうち、さして癖のない味わいであることが分かりました。炙るか揚げるかして火を通し、香辛料を効かせれば、ふつうの魚より美味かもしれません。
勢いのまま、タルナールは茸もひと口齧ってみました。こちらはやや粉っぽく、わずかな甘みがあり、目の詰まったパンによく似ておりました。
「よし、俺も」と、覚悟を決めたらしいラーシュが続きます。
その様子を見て、ネイネイとエトゥも食事に手を伸ばしました。ただしそれぞれ苦手があるのか、ネイネイはヤツメウナギの方を見ようともしませんでしたし、エトゥは決して茸を口にしませんでした。
「エロヴ、エロヴ」
トゥーキーたちはタルナールの顔を覗き込みながら、しきりに繰り返しました。タルナールは飯がうまいかどうかを聞かれているのだと思い、エロヴ、エロヴと答えましたが、そうするたびに食事が追加されるので、ついにはエロヴという言葉が、おかわりが必要か――あるいはおかわりをくれ――という意味なのだと気づきました。
そもそもトゥーキーは食べ物をほとんど丸飲みにしておりましたので、うまいまずいはあまり気にしないのでしょう。
生のウナギと生の茸。食べられないことはないのですが、それで腹をいっぱいにするのは、さすがに健康を害しそうです。タルナールは正面からおかわりを断る代わりに、おもむろにリュートを手に取り、トゥーキーたちに歌を披露してやることで、場をごまかすことにしました。
案の定、トゥーキーたちはいっせいに興味を持ち、折り重なるようにタルナールの回りに集まって、みっちりとした羽毛の輪を作りました。
鳥よ、空を飛ぶ鳥よ
旅の苦しみを知らぬ者よ
熱砂の道行、酷寒の夜
固い寝床に、飢えと渇き
されど、苦楽は裏表
疲れに染む酒、友との宴
オアシスに咲く花の香りも
すべては地を歩くからこそ
鳥よ、空を飛ぶ鳥よ
旅の愉しみを知らぬ者よ
ひと通り歌が終わると、トゥーキーたちはくちばしを打ち鳴らしたり、タルナールを翼で仰いだりして賞賛を示しました。どうやら、大層お気に召した様子です。
そして彼らは、エロヴ、エロヴと歌を繰り返すよう催促し、今度はタルナールの声にあわせて、歌を真似はじめました。
声の質や伸びは人間と多少違いますが、彼らも歌というものに、多少は馴染みがある様子。タルナールがルアフを通じて彼らの歌を請うてみますと、子どもたちが二、三人ばかり進み出て、陽気に歌いはじめました。
「これはどんな歌?」と、タルナールは尋ねます。
「おなか一杯食べて、眠る歌」と、ルアフは答えました。
大人数での騒がしい食事が終わると、ルアフは歌の通り、座ったような姿勢のまま首を曲げ、くちばしを背中に埋めるような格好で目を閉じて、すうすうと寝入ってしまいました。
そして、歌を気に入った子どもにまとわりつかれながら、タルナールたちがどのように過ごそうか困っていたときです。
ふと、石窟の入口にふたりのトゥーキーが姿を現しました。
周囲の反応を見るに、どうやら家人ではないようです。
「エヴク、エヴク」と、そのトゥーキーはタルナールたちに向かって言いました。
「来いということか? レヴィッド・ヴァエルド?」
タルナールはさきほど訪れた大きな石窟の前で、ルアフが口にした言葉を出してみました。ふたりのトゥーキーはそれを聞いてくちばしをかちかちと鳴らしましたが、それが肯定なのか否定なのかは不明です。
「エヴク」と、ふたりのトゥーキーは繰り返しました。
その態度に断固としたものを感じたタルナールは、やむなく彼らに従ってルアフの石窟を出ることにしました。とはいえ別段拘束されるわけでも、武器を没収されるわけでもありませんでしたので、そう荒っぽいことにはならないだろうと思われました。
街路を進むことしばらく。道筋は多少違いましたが、一行が連れてこられたのは、果たして例の大きな石窟でした。今度は入口で追い返されることなく、そのまま中へと通されます。
石窟の内部。天井は高く、幅も充分に取られた広い空間です。規則正しく並ぶ石柱には、いかなる技術によるものか、洞窟樹がらせん状に埋め込まれており、それらの放つ淡く青白い光が、あたりを幻想的に照らしておりました。
さて、ここはトゥーキーたちの聖堂であろうか、謁見室であろうか、とタルナールがあたりを見回しながら、石窟の内部を進んでいきますと、やがて奥の方にぽつり、数人が悠々と収まってしまうほどの大きさをした、卵型の岩が置かれておりました。
はじめそれはただの置物のように見えましたが、裏に回って見てみれば、くりぬかれた内部に、痩せてみすぼらしい姿のトゥーキーが座っておりました。
「レヴィッド」と、一行を連れてきたトゥーキーが呼びかけました。「イェト・エヴク」
レヴィッドと呼ばれた老トゥーキーはゆっくりと目をあけましたが、その瞳は白く濁っており、まともに見えていないのではないかと思われました。彼はくりくりと首を動かし、タルナールたちの気配に耳を澄ませるような素振りをしてから、口を開きました。
「よくぞ来られた」
驚くべきことに、老レヴィッドが発したのはトゥーキーの言葉でなく、紛れもない人間の言葉でありました。




