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千夜の魔宮の物語  作者: 黒崎江治
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第二十七夜 火焔 -3-

 ひと口に兄弟と言っても、当然ながらその関係は様々。齢の離れた兄弟もあれば、ひとつ違いの兄弟もあり、大勢いる中のふたりであることもあれば、兄ひとり弟ひとりという場合もあるでしょう。


 睦まじい兄弟、仲違いばかりの兄弟、あるいはよい悪いのみでは語れない、表裏のある複雑な感情で繋がっている兄弟。


 では、キンクとラーシュの場合は? ここからまた少し時間を割いて、彼らの生い立ちを語っていきましょう。


 まずは歴史のおさらいです。遥か昔、北方の大陸から細い地峡を渡り、ラマルエルナにやってきた民族がおりました。彼らは赤い髪と青い瞳を持つ生まれながらの戦士であり、家族や仲間、あるいは名誉のために、自らの命を投げうつことも厭わない勇敢な人々でした。


 このシーカ人の先祖たちは、たびたびラマルエルナ西部に遠征しては略奪をおこない、自分たちの住処に戦利品を持ち帰って、女や子どもや老人を養いました。やがてそれで足りなくなると、今度は土地ごと我が物として、そこに村や町を作りはじめました。


 彼らは大麦や小麦や豆を育て、家畜を飼い、貨幣を使って交易をおこないました。しかし長らく平和な生活を送ることは、シーカ人たちの気性にあわなかったのでしょう。あるとき彼らは大規模な軍を起し、自分たちの領土を拡張しはじめます。


 シーカ人の重装歩兵は平地で無類の強さを発揮しました。彼らと相対したダバラッドの部族長たちは、これまでにない苦戦を強いられました。


 騎兵の突撃は跳ね返され、弓兵の矢は大楯で防がれ、槍兵の陣は為す術もなく蹂躙されます。当初、その精強な兵たちをとめられる軍隊は、ダバラッドはおろか、ラマルエルナのどこにも存在しませんでした。


 しかしシーカの重装歩兵には、ふたつの弱点がありました。


 ひとつは暑さに耐性がないことです。シーカ人たちはもともと北方からやってきたため、ラマルエルナ北西部の気候には適応できても、ダバラッドの灼熱、ムジルタの多湿に慣れることはできませんでした。


 剥き出しの鋼でできた彼らの鎧兜は日中の行軍で焼けたように熱くなり、士気と体力の消耗にさらなる拍車をかけました。


 もうひとつの弱点は、軍勢の動きが鈍重なことです。平地で正面から衝突する分にはさして問題ありませんでしたが、ダバラッドの(すな)砂漠では、亀のようにのろのろとしか進めず、撤退する敵を追いかけることもままなりませんでした。


 一方で(すな)砂漠地帯まで押し込まれたダバラッド軍は、これまでの馬に替わるものとして、駱駝による騎兵部隊を組織しました。そして鈍重な集団に一撃を加え、反撃を受ける前に離脱するという戦術を編み出し、味方の被害を押さえながら立ち回れるようになっておりました。


 かくして戦線は膠着。やがて国力の差で疲弊したシーカ人たちは、ダバラッドの部族長やムジルタの都市国家と和睦を結び、ここにおおまかな国境が確定されたのです。


 それから現在まで数百年。万を超える軍勢同士の戦こそ絶えて久しいものの、小規模な紛争は別段珍しいことでもありません。ですから、ダバラッドとの国境近くにある土地では、単なる伝統としてだけではなく、もっと実際的な美徳として、武勇や名誉、誇りといったものが大事にされるのです。


 そういった気風のある土地で、ラーシュ・ギルザルトは生を受けました。


 ギルザルト家は、代々ルーオンという街を治めておりました。通りの左右には黒っぽい花崗岩を積みあげて造った建物が並び、市街を囲む防壁は長大にして堅牢。シーカとダバラッドの戦が勃発した際には、常に強力な拠点となってきました。


 その当代領主がダーツ・ギルザルト。シーカの典型的な領主である彼には、ふたりの息子がおりました。ダーツ公が二十六歳のとき、正妻との間に生まれたのがキンクです。彼は母に似て黒い瞳と髪を持ち、幼少期から利発な人物として可愛がられました。


 そして四年後に生まれたのがラーシュです。しかし彼は正妻との子ではありませんでした。ダーツ公が見染めた町娘との間にできた、いわゆる庶子、もっと露骨な言い方をすれば、私生児ということになります。


 ラーシュの母、シーカ人特有の赤い髪と青い瞳を持つその町娘は、ダーツの妾となることを望みませんでした。その代わり、乳離れ前のラーシュを連れて城を訪れ、彼をギルザルト家の子どもとして受け入れるよう願い出たのです。


 それが身の程を知ってのことか、あるいは子どもの栄達を願ってのことかは分かりません。しかしダーツ公はキンク以降、子に恵まれていませんでしたし、一夜を共にしただけの町娘を傍に置いたとなれば、嫉妬深い正妻の機嫌を損ねるのは明白でした。


 だからこの取引は、ダーツ公にとっても都合の悪いものではなかったのです。


 こうしてラーシュはギルザルト家に迎え入れられ、卑しからざる身分の人間として育てられることになりました。


 とはいえ所詮は庶子。嫡子と同じ扱いが受けられるわけではありません。


 ラーシュは決して愚鈍な子どもではありませんでしたから、父や母、城の兵士や使用人たちがキンクに取る態度と、自分に取る態度が違うということには、早くから気づいておりました。


 七歳のころ、厨房の料理番が交わす言葉で真実を知ったときも、なるほどそういう理由だったか、とかえって腑に落ちたくらいでした。八歳のころ、正式に父から庶子であることを告げられましたが、特別な感慨を抱くこともありませんでした。


 兄との違いが身に染みるようになったのは、ラーシュがもう少し成長してからのことです。


 ルーオンの城では、日々たくさんの兵士たちが訓練に励んでおりました。キンクとラーシュも、幼少のころから武器を握り、はじめは見様見真似で、すぐに指南役のもとで武芸を学ぶようになりました。


 城での訓練には若い兵士のほか、家臣の息子たちも参加していましたから、同輩と実力を競いあう機会には事欠きませんでした。


 ラーシュの腕前は同年代の中でも抜きんでていました。彼はさして大柄ではありませんでしたが、しなやかで強靭な筋肉と優れた平衡感覚に恵まれた、生まれながらの戦士でした。多人数を相手取れば猫のような敏捷さで翻弄し、格上が相手となれば蛇のように周到な立ち回りを見せました。


 普段から三歳も四歳も上の集団に交じり、それでもなお同等以上の実力を発揮しておりました。


 キンクもまた優れた剣の使い手で、ラーシュは十四歳になるまで、一度も勝ったことがありませんでした。しかしそこからの半年で、実力は伯仲するようになっていきます。


 死に物狂いで取った五本に一本の勝利が、やがて偶然ではない二本になり、そのうち三本に手が届こうかというほどになりました。


 自分が強くなっていくこと。それまで勝てなかった相手を打ち負かすこと。このころのラーシュは、武芸の訓練に単純な喜びを感じておりました。


 しかしほどなく、それに水を差されるような出来事が起こります。


 珍しくキンクから三本の勝利をもぎとり、惜しくも四本目を取り損ねたあとで、ラーシュの前に武芸指南役が進み出てきました。この男は色の抜けた髪を持つ六十過ぎの人物でしたが、身体はまだまだ壮健で、多少の老いなどものともしない技量を備え、十数年に渡って城の指南役を務めておりました。


「構えろ、ラーシュ」


 いつもとは異なる気迫を感じて、ラーシュはごくりと息を呑みました。


 ひと呼吸あと、凄まじい攻撃が襲ってきました。捌く間もなく肩を、胴を、脚を打たれ、ラーシュは地面に転がりました。練習用の防具越しでもなお痛みは激烈です。


「立て」と、指南役は冷酷に告げます。


 もう一戦、さらにもう一戦。ラーシュがボロボロになるまでそれは続けられました。少年たちの中には、この折檻に近い試合をとめようとする者もいましたが、鬼気迫る指南役の様子に圧倒され、容易に手を出すことができませんでした。


 一度だけ、ラーシュの突きが指南役の首元に迫りましたが、それはさらなるしごきのきっかけとなっただけでした。


 気づけば、ラーシュは自室の寝台に横たわっておりました。


「目が覚めたか」


 枕元にいたのはキンクでした。彼は椅子に座って本を読みながら、ラーシュの意識が戻るのを待っていたようでした。


「あの野郎……」


 ラーシュは身を起こしかけて、全身を襲う痛みに呻きました。


「俺が調子づかないよう、わざと痛めつけたんだ」


「だとしたらどうする、ラーシュ」と、キンクは言いました。


「もっと強くなって、あいつを叩きのめしてやる」


「城の武術指南役をか? お前でもあと五年はかかるだろう。歯向かえばもっとしごかれるぞ」


「殺されてもやってやる」と、ラーシュは気炎を吐きました。「俺はもう兄貴より強いんだ」


「ああ。お前は強いよ、ラーシュ」と、キンクは言いました。その顔には、悔しさでも怒りでもない、同情のような色が浮かんでおりました。「でも世の中にはぐっと堪えなきゃいけないことだってある。指南役に逆らったって、いいことはないぞ」


「俺が私生児だからか」と、ラーシュはあえて露骨な言葉を使って兄を責めました。「なんだかんだ言って、丸め込もうとするなよ。私生児が強いのは、都合が悪いんだろ?」


 キンクは咄嗟になにかを言いかけましたが、思い直したようにぐっと口を引き結び、少しの沈黙を挟んだあと、冷たい声音でラーシュを突き放しました。


「そうだ。お前は私生児だ。だから分をわきまえなきゃならない。世の中ってのは、お前が思ってるよりずっと複雑にできてるんだ。剣が強いにこしたことはない。でも、それだけで世の中は渡っていけないんだ。分かるか」


「嫌だね。分かりたくない」


「それなら、勝手にしろ」と、キンクは言いました。「俺から言うことはもうない」


 彼はかぶりを振って椅子から立ちあがると、ぷいとラーシュに背を向け、部屋から出ていってしまいました。

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