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千夜の魔宮の物語  作者: 黒崎江治
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第二十六夜 火焔 -2-

 きな臭さが漂う情勢の中、バーラムから至急の呼び出しとなれば、面倒な用件であることは容易に想像できます。しかし世間的な〈魔宮〉の所有者であり、アモルダートの実質的な支配者でもあるバーラムの招集を無視することはできません」


 そんなわけで、タルナールたちは休息もそこそこに、市街の南にあるバーラムの城館までやってきておりました。


 白い端正なお館の、麝香漂う応接間にて、気難しい顔で座り込むバーラムが一行を迎えます。彼は奴隷の少女に対して、誰も部屋に立ち入らせるなと命じたあと、タルナールたちに腰をおろすよう勧めました。


 絨毯の上には大きな銀の盆が並べられ、そこには香辛料を効かせた羊の焼肉や、柔らかそうな白いチーズや、サフランで色づけされた飯や、赤い果肉を持つ珍しい柑橘などが乗っておりました。


 しかし実にうまそうな料理の数々を前にしつつも、バーラムはそれら手をつけず、タルナールたちを睨むように見据えたままでした。


「情勢については聞いたか?」と、彼は口を開きます。


「マヌーカから、大まかには」と、タルナールは答えました。「シーカ兵が廃砦を占拠。守護者(ダワール)が五百騎を率いて野営中。ケッセルからも侵入があったとか」


「ならば、改めての説明は不要だな」


 交渉ごとであれば自分の役目、とタルナールは矢面に立つつもりでいましたが、バーラムはしきりにラーシュを気にしている様子。なにか心算があるのでしょうか。


「しかし、いまになってなぜ侵略を?」と、タルナールは尋ねました。


「アモルダートの産する富が多くなりすぎたのだ」と、バーラムは答えました。「たしかにこれまでも、〈魔宮〉におけるアモル石の事業は莫大な利益を生んでいた。しかし俺はその多くを市民に撒き、また近隣の部族長を懐柔するのに使っていたから、見かけ上の富は実際の何割かに留まっていた。だからあえて紛争の火を生じさせてまで、アモルダートを奪い取る勢力が現れることもなかった」


 だが、とバーラムの目が細くなります。


「お前たちがブルズゥルクを討ち果たし、〈魔宮〉の探索を進めた結果、鉱夫たちはより効率よくアモル石を獲るようになった。それによって、アモルダートやその近隣で吸収できないほどの富が新たに産まれ、諸々の勢力を引き寄せたのだ。この街を手中に収めれば、多少手痛い打撃を被り、ダバラッドとの関係が悪化してもなお得だ、と考える者たちを」


「いまの事態は俺たちの責任ってことか」と、ラーシュが反発しました。


「そうは言っておらん」と、バーラムは首を振ります。「お前たちがやらずとも、いずれ誰かが同じことをやっただろう。そして遅かれ早かれ均衡は崩れたはずだ。できればいましばらく準備をしたいところだったが……まあ、いまさら嘆いても仕方あるまい」


 本題に入ろう、とバーラムは言い、その場の全員を見渡しました。


「シーカ兵が廃砦、つまり〈魔宮〉への入口を押さえた。やつらはそこを起点にしてアモルを採ることもできるし、地下を通って〈病人街〉、つまりアモルダートの中心部に出ることもできる。あるいは武力を持って〈魔宮〉から鉱夫を排除することも容易い。


 分かるか? これは金銭的にも軍事的にも非常に都合が悪いのだ。もちろん、〈魔宮〉から生活の糧を得ている鉱夫にとってもな。かといって、そう多くはない地上の兵士を割くわけにもいかぬ。


 そこで、ラーシュ・ギルザルトよ。お前が鉱夫たちを率い、〈魔宮〉内部の防衛に当たれ。時間を稼ぎ、守護者(ダワール)や〈戦姫〉が介入してくれば、シーカ兵たちも平静ではいられまい」


「なぜ俺に?」と、ラーシュは尋ねました。


「鉱夫たちの中に集団をまとめられる人間はいても、それを軍隊に仕立てられる者はおらん。お前は無双の剣士であり、武門の出でもある。ほかに適任がいるか? そして当然、敵将の手の内も知っている」


 敵将キンク・ギルザルト、その異母弟であるラーシュ。あえてふたりを相対峙させるバーラムの冷酷さに、タルナールは不快感を覚えました。しかし意外にもラーシュ本人はにやりと笑みを浮かべたあと、手近な焼肉に手を伸ばし、がぶりとひと口噛み切ってから、力強く答えました。


「いいだろう。その話、引き受けた」


 きっとラーシュが快諾することを見越していたのでしょう。バーラムもまた底意地の悪そうな笑みを浮かべ、それからは機嫌のよさそうな表情で、ほかの三人にもしきりに食事を勧めました。


       *


 バーラムの館を早々に辞し、〈病人街〉の常宿に戻ってから、タルナールたちは頭を突きあわせて策を練ることにしました。


「本当に大丈夫? あんなこと引き受けちゃって」


 ネイネイが不安そうに問いかけます。シーカの正規軍を相手にする危険よりも、ラーシュが兄との対峙を躊躇しないことに戸惑っているようでした。


「バーラムも、みすみす鉱夫たちを死地に追い込んだりはしないだろう。なんらかの勝算は持ってるはずだ」と、ラーシュは言いました。キンクに対して多少思うところはあるようですが、それがどのようなものなのか、いますぐ話すつもりはないようでした。「俺の見立てでも、そう無茶な戦いにはならない。準備は急がなきゃならないが」


「〈魔宮〉は狭くて入り組んでる。相手の不慣れに付け込めれば、有利に立ち回れるだろう」と、エトゥが言いました。彼も彼で、なにか策を考えているようです。


「とはいえ、シーカの兵は精鋭ぞろい。装備も訓練も充分。対してこっちは大勢なようでいてほとんどが素人。実際に戦えるのは五十人もいない。正面から当たれば、あっという間に全滅だ」と、ラーシュは言いました。


「では、どうする?」と、タルナールは尋ねます。


「そこはなんとか頭を使うのさ」と、ラーシュは指でこめかみを叩きます。「具体的なことはあとで説明しよう。タル、ネイネイ、エトゥ、俺がこれから言うものを、なるべく早く調達してきてくれないか」


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