第十九話 新たな戦い
大変お待たせしました。
ミッドウェー戦の前哨戦として久しぶりに日本の潜水艦が活躍するお話をお送りします。ちょっと間が空きすぎて本作が潜水艦小説だという事を自分も忘れかけていました。
また本話は本編ではありますが山口多聞氏の主催する「架空戦記創作大会2018春」の参加作品も兼ねています。お題は「架空の戦時標準船に関する架空戦記」です。
――ハワイ西方海上 日本海軍 潜水艦 伊34 発令所
「艦長、そろそろ刻限ですぜ」
先任が壁の時計を見ながら木梨中佐に促した。木梨も自らの腕時計で時刻を確認し頷く。
「聴音。敵船団の動きに変化は?」
「5分前に変針した後は変化ありません。方位12。感2」
先任が海図に手早く最新情報をプロットし敵船団の動きを予測する。
「およそ敵針300、敵速11ノット。変わり有りません。今浮上すれば敵の左方2200程に付けられますな」
「では予定どおり襲撃しようか。潜望鏡深度」
1943年(昭和十八年)2月、木梨の指揮する伊34はハワイ西方海域の監視任務に就いていた。所属も新たに改編強化された第七潜水戦隊に変わっている。
日本海軍はミッドウェー攻略に先駆け、潜水艦隊の再編を行うと共に多数の潜水艦をハワイとミッドウェーの周辺へ送り込んでいた。目的は敵艦隊の捕捉と監視である。なお敵艦隊への攻撃は安全が確保できる時以外は厳に戒められていた。
そして現在、伊34はハワイから西北西へ向かう輸送船団を追尾していた。護衛艦艇を含めても10数隻の小規模な船団である。護衛空母もやっかいな飛行艇母艦も伴っていない。潜水艦から見れば格好の獲物であった。
しかし木梨らはこの船団をすぐに襲撃する事はできなかった。直接護衛する航空機がいない代わりに、昼夜を問わず上空に大型陸上機が度々姿を現したのである。その度に木梨らは潜航する羽目になっていた。どうやら米軍はハワイからミッドウェーに至る北西ハワイ諸島沿いの輸送船団については陸上機による航路帯防御を行っている様子だった。
幸い伊34には敵機の発する捜索レーダーの電波を検知できる新型の逆探装置(ドイツのナクソスのライセンス生産品)が装備されていた。これにより接近される前に潜航退避は出来ている。そして何度か浮上と潜航を繰り返した結果、木梨らは敵の哨戒パターンをある程度把握する事に成功していた。
彼らの予測によれば、この先20分程は敵機が姿を現さないはずだった。小規模な船団を襲撃するには十分な時間と言える。
「艦長、本当にいいんですかい?司令部からの命令は敵艦隊の捕捉でしたが?」
木梨の命令を復唱伝達しながら、先任は木梨に顔を寄せ心配そうに小声で尋ねた。
「敵艦隊を襲撃するなとは言われたけど船団を襲うなとは言われてないよ。定時報告も要らなくなったからね。つまり敵艦隊を発見した時以外は自由にしろって事じゃないかな?」
悪戯っぽい笑顔で木梨が答える。
「まぁ定時報告が無くなったのは確かに楽なんですがねぇ」
「定時報告なんか逆探の発達した今じゃ自分で場所を明かす様なものだよ」
楽になったんだから良いじゃないかと木梨は笑う。
「確かに楽にはなりましたけどねぇ。どうも監視任務なんかは以前のやり方の方が良かった気がしますが」
自分も年をとったんですかねぇ、と先任は首を振る。
「敵が何もしないなら昔のやり方の方が見逃しが少ないかもしれないけどね。規則正しく並んだ散開線なんか一発で見破られるよ。そして一隻やられたら後は芋づる式に……って事になりかねない」
これまで日本軍の潜水艦隊は散開線と呼ばれる監視手段を用いていた。これは直線状のラインを設定し、そこに潜水艦を等間隔に配置して索敵監視を行う手法である。各潜水艦には定時報告を義務付けている。報告を受ける側からだけ見れば非常に効率の良いやり方だった。
確かにこの方法は、何の備えもしていない相手を監視する分には問題が無かった。だが敵が哨戒網を掻い潜ろうとしたり潜水艦自体を狙ってくる場合は話が違ってくる。HF/DFの例を挙げるまでもなく不用意な通信は自らの位置を暴露する事に他ならない。規則的な配置も敵に潜水艦の存在を予測させるだけである。
そこで日本海軍はマダガスカル戦で得られたHF/DF情報と英国停戦後に復活したドイツとの交流で行われた戦術研究から新たな監視手法を編み出していた。
これにより各潜水艦はこれまでの散開線と異なり一定の海域を担当する事になった。つまり配置が線状なものから面状に変更された訳である。定時報告も基本的に不要とされ、海域内の哨戒パターンも各艦の自主性に任せられる。
監視効率と潜水艦の安全を天秤に掛けた結果、これが一番良いという結論であった。奇しくもこれは米軍が行っている潜水艦の運用に近いものであった。
「なるほど、そういうもんですか。なんだかこの1年程で随分と戦争が変わっちまった気がしますな……おっとツリムとれました。艦長、潜望鏡深度です」
「襲撃用意。潜望鏡上げ。水中充電装置上げ。上げたらすぐに逆探で周辺を監視。通気を確保したら補助発電機も始動しろ」
木梨は頷くと発令所内に命令した。戦術だけでなく潜水艦自体もまた変わっていた。それを反映して潜望鏡を上げる以外にも色々と指示が増えている。
これまでの戦訓から、99式魚雷を用いた潜望鏡深度での戦闘では機動性向上や行動時間の延長が求められていた。このため水中でもディーゼル主機や発電機の作動を可能とする装置としてシュノーケルに目が付けられたのである。
ドイツや英国との交流が復活した事から、シュノーケルの情報は新型の電子兵器とともに日本に齎されていた。その結果、伊34をふくめ日本の潜水艦には水中充電装置や新型電探、逆探の装備が順次行われていた。
先任が木梨の命令を復唱する。俄かに慌しくなった発令所を見回しながら木梨は思った。そうだ戦争は変わった。だが勝ち戦続きで我々は奢ってはいないか?我が軍が変わったのなら敵もまた何か策を練ってくるだろう……木梨は自ら気を引き締める様に訓示を行った。
「潜望鏡を上げたら敵はすぐに気づくだろう。敵機が戻ってくる前に素早く仕留める。敵も必死になっている。各員気を抜くな。奮励努力を期待する」
本来ならば航空支援もない小規模船団など一捻りの相手である。だが木梨が危惧した通り、米軍もただ手を拱いている訳ではなかった。
――ハワイ西方海上 米海軍フリゲート パスコ 艦橋
「アルバカーキより各艦。水上捜索レーダーに反応あり。おそらく敵潜水艦の潜望鏡と思われる。本艦左方、方位220、距離7000フィート(約2130m)」
天井に備えられた戦術通信システムのスピーカーからアルバカーキの艦長の声が流れた。
「ウェークアイランドは敵潜水艦と思われる目標を攻撃しろ!ホワイトサンダーを撃たれる前に潰せ!アルバカーキは引き続き目標を監視。もし潜航したら攻撃に向え。右翼のエバレットとマーカスアイランドは警戒待機」
船団護衛の指揮を執るパスコの艦長がマイクを掴んで直接指示をとばす。従来の様に悠長に伝令や通信士は挟んでいない。対潜戦闘では一秒を争う迅速な対応が求められる。そこで米軍は護衛艦隊の指揮通信手順の見直しを行っていた。
艦長の放ったホワイトサンダーという単語にパスコの狭い艦橋内は緊張に包まれた。ほとんどの士官や水兵にとって、これが始めての実戦である。訓練ではホワイトサンダーの恐ろしさを嫌と言うほど聞かされていた。彼らにとってホワイトサンダーは死神と同義であった。いくら今回は新兵器が有るといっても不安は隠しきれない。
これはパスコに限った話ではない。開戦以来、多くの艦艇がその人員とともに失われていた。船舶については損害を上回るペースで続々と就役しつつあり、米国ならではのシステマティックな教育で人員にも不足はない。しかし特に補助艦艇においては経験豊富な士官は宝石の様に貴重な存在となりつつあった。
パスコは先月就役したばかりのタコマ級フリゲートの3番艦である。同型艦であるアルバカーキ、エバレット、そして新型護衛駆逐艦のウェークアイランド、マーカスアイランドとともに12隻の輸送船を護衛しつつオアフ島からミッドウェー島に向かっている最中であった。
船団は輸送船を6隻ずつ2列の横隊に並べ、その両翼に2隻ずつの護衛を配置している。船団を指揮するパスコは輸送船列の後方中央に位置していた。
タコマ級は護衛艦艇の大量損失に対応するために昨年末から建造が開始されたフリゲートである。そのサイズは艦隊駆逐艦の半分ほどしかない。最高速力もせいぜい20ノット程度である。商船構造の船体は量産性にこそ優れるが極めて脆弱であった。
だが米国らしく対潜兵装や電子兵器については調えられていた。ほぼ最新に近いレーダーやソナーに加え、Mk.10対潜迫撃砲(英国ヘッジホッグのコピー品)も搭載している。戦前の潜水艦を想定した船団護衛任務には必要十分な艦と言える。
しかし日本に加え最近ではドイツの潜水艦も遠距離から高速魚雷を放ってくる事が多い。射程が200m程度のヘッジホッグと艦の真下にしか落とせない投下爆雷しか持たないタコマ級では無力に近かった。
損害を防ぐにはホワイトサンダーが放たれる前に潜水艦を仕留める必要がある。その鍵を握るのが船団の左右に陣取る2隻の新型護衛駆逐艦、ウェークアイランドとマーカスアイランドであった。
「ジャップめ……いつまでも我々がやられっ放しと思うな」
戦術通信システムのマイクを握り締め、艦長は敵潜水艦が潜む暗い海面を睨んだ。
――日本海軍 潜水艦 伊34 発令所
潜望鏡に取り付いた木梨は素早く敵船団を観察した。
「敵船団の規模は15乃至20。2列横隊の陣形だ。横隊の手前端に海防艦もしくは小型の駆逐艦1、英軍のリバー級に類似。船団後方に同型艦1、おそらく横隊の反対側にもう1隻いるはずだ」
「つまり護衛は3隻だけって事ですか?」
情報を素早く海図上に書き込みながら先任が疑問を呈した。
「あぁ確かに少ないね。逆探に反応は無いか?」
「敵船団方向以外は電波の反応有りません」
すぐに電測室から回答があった。潜望鏡を覗いている木梨はそれでも腑に落ちない様子である。
「そうか。じゃぁ敵が戦力不足なだけなのかな……しかし変だな」
「護衛が少ない以外にも妙な所があるんで?」
いまだに納得しない様子の木梨に先任が尋ねる。
「あぁ、敵に動きが無い。向こうはとっくに本艦に気付いているはずだ。でも駆逐艦はこちらに向かってこないし輸送船も逃走しようとしていない。まるでこちらに気付いていないみたいだ」
「そりゃ敵が油断しているだけでしょう。気付かれない内にさっさと始末しちゃいましょう」
痺れを切らした様子で先任が急かす。
「まぁ、それに越したことはないね。では……いやちょっと待て」
「まだ何か気になる事を見つけましたんで?」
「駆逐艦の後方に妙な輸送船が一隻いる。どうも配置がおかしい」
木梨は手前の駆逐艦の後方に輸送船が一隻いる事に気付いた。常識的に考えれば輸送船は護衛艦艇の内側に配置されるはずである。しかしその輸送船は船団の端を航行していた。それはまるで、その船自体が護衛艦艇であるかのようだった。
木梨は潜望鏡カメラで写真を撮影しながらその船を詳しく観察した。
「船形は中央楼なし後楼のみ。見た目は普通の油槽船だね。なぜか甲板上に野砲の様なものを多数積んで……いや動いている。あれは砲か!なんて数だ!まずい!」
その艦こそ、パスコ艦長が切り札と考えた新型護衛駆逐艦ウェークアイランドであった。
護衛駆逐艦とは言ってもウェークアイランドは最初から駆逐艦として設計された艦ではない。元はリバティ船と同様に大量生産されている戦時標準船T3-S2-A1型タンカーである。木梨がタンカーと見間違えたのも無理は無かった。
T3-S2-A1型は規格型タンカーの中でも比較的速力が高い。この船から中央楼を取り払い、その広大な甲板上にMk.11対潜ロケット砲「サンダートラップ」をずらりと多数並べたのがウェークアイランドをタイプシップとするアイランド級護衛駆逐艦である。
主兵装であるサンダートラップとは基本的にヘッジホッグの拡大強化版の対潜兵器である。参考としたヘッジホッグから射程と威力が大幅に強化されている。
敵潜水艦は対潜兵器の射程外、1000m以上遠くからホワイトサンダーを放ってくる事が多い。従って新型対潜兵器の開発にあたっては2000m程度の射程が求められた。またその形態については使い勝手の良さからヘッジホッグの様な投射兵器とする事が最初から決定されていた。だがこの時問題となったのが投射密度である。
ヘッジホッグの真髄は多数の弾頭を一斉に投射する点にある。いわば投網を投げる要領で命中率を上げていた。例えばヘッジホッグでは距離200mで直径40mの範囲に24発の弾頭を投射する。この10倍の2000mの距離で同じ比率の弾着範囲と密度を得ようとすれば、直径400mの範囲に2400発もの弾頭をばら撒く必要がある。いかに力技を好む米国とは言え、これはあまりに非現実的な数字であった。
このためサンダートラップの開発にあたっては、弾着範囲を200mに縮小する代わりに一発当たりの威力を増大させる方針が取られた。弾頭の危害半径が20m程度あるならば、およそ100発ほど叩き込めばヘッジホッグに近い投射密度を実現できる計算となる。
ヘッジホッグは潜航中の潜水艦を対象としている。このため弾体は敵潜水艦に接触しない限り爆発しない。だがサンダートラップの相手取る敵潜水艦は深く潜航せず潜望鏡深度で襲撃してくる。そこでサンダートラップでは水深20mで全弾同時に爆発する設定とされた。つまり敵潜水艦に命中しなくても、巨大な爆発で四方から敵潜水艦を押し包み、爆圧で「圧殺」する方針に転換したのである。
射程については、迫撃砲と同じヘッジホッグのストークスモーターから固体燃料ロケットに変更する事で2000mまで延伸された。
大射程と大威力を実現するには弾体に大量の固体ロケット燃料と爆薬を搭載する必要がある。この結果、サンダートラップの砲弾サイズは直径12インチ(305mm)、重量200kgと極めて巨大なものとなった。
サンダートラップはこの砲弾を発射する砲身を4本束ねたロケット砲である。だが100発程度を同時投射しないと当初の目的は果たせない。このためアイランド級では甲板上に12基2列、合計24基のサンダートラップをずらりと並べて装備した。これにより同時に96発の砲弾を発射可能であった。
木梨には輸送船上の多数の砲塔がゆっくりと回転するのが見えた。太く短い砲身は斜め上を向いたままである。つまり曲射を想定している。一門だけならば被弾の恐れはないが、どう見ても目の前の輸送船は何十発もの砲弾を一度に発射するつもりである様に見えた。
敵艦がどんな弾を撃って来るのか分からないが砲身の太さから見て巨大である事は間違いない。敵が落ち着いているのも勝算がある証だろう。つまりどう考えても危険であった。
「取舵一杯!補助発電機停止!主機始動!両舷全速!」
木梨は急速潜航を命じようとしたが、一瞬悩んだ後に潜望鏡深度のまま敵の攻撃を避ける事を選んだ。一度潜ってしまえば昔の様に手も足も出なくなる。それに潜っても今回の攻撃を避けられる保証はない。
問題は潜水艦の水中速力は極めて遅い事だった。逃げ切れない可能性がある。このため木梨は主機を使ってこの場を離れる事を決断した。
「艦長、本艦の主機では無理です!」
「そんな事は分かっている。だが短時間なら可能だ。10秒だけでいい!死にたくなかったら、さっさと動かせ!」
木梨にしては珍しく先任を怒鳴りつけ指示を強行させた。
水中充電装置の名が示す通りシュノーケルの本来の目的は発電機用である。潜航しながら主機を動かす事は想定されていない。実は主機が4サイクルディーゼルであれば潜航中でも動かす事ができた。だが残念ながら伊34の主機である艦本式2号10型ディーゼル機関は2サイクルである。低い吸排気圧のためシュノーケルでの運用は無理とされていた。
しかし艦内環境を無視すれば短時間の稼働は可能だった。
「どうなっても知りませんよ!補助発電機停止!主機始動!両舷全速!取舵一杯よーそろっ!」
先任が自棄糞気味に叫ぶ。急旋回をはじめた船体が大きく傾く。そして艦尾から主機の発する大きな音が響いてきた。
同時に全員の耳が鳴った。艦内の気圧が急激に低下し始めたのである。シュノーケルの配管は主機に直結されていない。ドイツのUボートと同様に外気を機関室に導いているだけである。全力運転される主機はシュノーケルでは不足する空気を艦内の空気から貪欲に取り入れようとしていた。
次いで艦尾の方からは黒い煙が艦内に広がり始めた。吸気が不足気味のため排気ガスは真っ黒である。低い排圧のためシュノーケルから出られない排気ガスが安全弁を通って艦内に溢れ出していた。
木梨は急速に悪化する艦内環境を意識的に無視して問題の輸送船を観察し続けていた。そして伊34が水中とは思えない速度で動き始めた直後、潜望鏡越しに見える輸送船が爆発した。
もちろん本当に爆発したのではない。100発近いロケット弾がわずかの時間差をおいて次々発射されたのである。それはまるで火山の噴火の様だった。木梨の目には信じられない数の砲弾が黒い煙を引きながら迫ってくる様が見えた。
「敵艦が多数の何かを発射した!恐らく爆雷だ。何十発も来るぞ。総員衝撃に備えろ!」
予想以上の敵砲弾の数にさすがの木梨も顔を青ざめさせた。潜望鏡にしがみつき目を瞑る。士官や水兵も身近なものに掴まるか蹲って目を瞑った。
数秒後、伊34の100mほど後方に砲弾が着水した。数瞬おいて全弾が同時に爆発する。96発もの大型ロケット弾の爆発で海面が文字通り山の様に盛り上がった。
――米海軍フリゲート パスコ艦橋
「やったか!?」
数キロ離れていても見える氷山のような白い水柱を見つめながらパスコ艦長が叫ぶ。あまりに巨大な爆発のため水柱もなかなか収まらない。
「こちらアルバカーキ、本艦は目標をロスト。水柱が邪魔でレーダーで検知不能。ソナーも水中雑音のため使用不能」
「ウェークアイランドより、本艦も目標をロストした。サンダートラップは全弾発射。現在は再装填作業中。完了まで2時間はかかる見込み」
再装填は1時間で済ませろと言い捨てパスコ艦長は通信を切った。分かっていた事だが……とパスコ艦長は唸る。
アイランド級は強力であるが運用が難しい。その大威力と引き換えに使用後は一時的に敵潜水艦の検知が不能となってしまう。今回の敵は単艦だったが、仮に複数の潜水艦から襲われた際は運用に注意が必要だった。
更に再装填も問題であった。重く巨大な砲弾の装填は当然ながら容易な事では無い。船倉に仕舞われた砲弾をエレベータで上甲板に上げ、台車で移動し一門ずつ人力で装填する。24基96門もの砲弾を再装填するには2時間近くの時間が必要であった。
つまりアイランド級は一度の戦闘で一回しか使用できないのが実情だった。
さて、こちらの手札は切った。さすがにあの爆発では敵潜水艦も生きていないだろう……祈るような気持ちでパスコ艦長は収まりつつある水柱を見つめ続けた。
――日本海軍 潜水艦 伊34 発令所
伊34は背後から襲いかかってきた衝撃波でもみくちゃにされた。あちこちで何かが割れる音やぶつかる音がする。照明が瞬き煙の充満した艦内が更に薄暗くなる。
「機関停止!電池接続!損害報告!」
生き残った事に感謝しつつ木梨は被害の確認を命じる。幸い艦後方で一人の水兵が意識を失った以外は目立った損害は無さそうだった。主機を止めた事で徐々に艦内の煙も薄れつつある。それを確認した木梨はすぐに反撃を決断した。
「面舵、針路20。1番、4番発射用意!」
「艦長、危険です!このまま退避する事を具申します!」
顔を強張らせた先任が木梨に珍しく抗議する。
「あんな奴を放っておけるか!」
潜望鏡を覗いたまま木梨もそれに怒鳴り返した。二人の衝突に発令所内が静まり返る。
周囲の雰囲気に柄でもない事をしたと木梨は気づいたのだろう。彼は一呼吸おいて息を整えると潜望鏡から顔を外して先任に微笑んだ。
「それに恐らく敵に二撃目は無い。そこは安心していいよ」
――米海軍フリゲート パスコ艦橋
水柱は収まったが海面はいまだに激しく泡立っている。そろそろレーダーも使えるかとパスコ艦長が思った瞬間、天井の戦術通信システムのスピーカーが鳴った。
「こちらアルバカーキ。レーダーに反応!敵潜水艦は健在と思われ……」
その通信は激しい雑音とともに突然途切れた。
同時にパスコ艦長の目にアルバカーキ後方のウェークアイランドが爆発する光景が映った。
――日本海軍 潜水艦 伊34 発令所
「命中。敵の新型艦の撃沈を確認。これでやっかいな奴はいなくなったよ」
潜望鏡を覗きながら木梨が戦果を告げた。敵艦の爆発音は伊34の艦内にも聞こえてきた。それを聞いた士官や水兵らが歓声をあげる。皆、煤で顔が真っ黒であった。
木梨は新兵器を放った油槽船もどきの艦に念を入れて2発の九九式魚雷を放っていた。敵は先程の爆雷の影響で魚雷の接近に気づかなかったらしい。回避運動を行う様子もなく2発の魚雷を横腹に受けていた。
ただでさえ大威力の九九式魚雷が2本も命中したのである。それに加え船内にあった大量の予備砲弾が誘爆した。その結果、目標の船は恐ろしいほどの大爆発を起こし粉々になっていた。さらに搭載燃料が飛び散り周囲の海面も炎に包まれる。驚いたことに前方にいた駆逐艦までもが艦上構造物を損傷し火災を起こしていた。
アイランド級は甲板にサンダートラップを多数装備するため復原性に不安を持たれていた。このため船倉の半分はタンカー構造のままとされ予備砲弾だけでなく航空燃料や重油も満載していたのである。つまり爆発物を満載しているに等しい。
この後、同級は似た様な最後を遂げる艦が相次ぐ事から、米軍内でも弾薬庫船と揶揄される様になる。
木梨は炎上する駆逐艦に止めを刺した。そして発射管に残った3本の魚雷で更に3隻の輸送船を撃沈すると予備魚雷は使わずに戦場を離脱した。
「あれはさすがに危なかったね。僕も今回ばかりはもう駄目かと思ったよ」
現在、伊34は戦場から遠く離れた海上に浮上していた。艦内では煤で真っ黒になった各所を全員総出で掃除している最中である。木梨は先任とともに見張り所へあがり周囲を警戒していた。
もっとも敵の航路から大きく外れ、逆探に加え今は電探も作動させているので気晴らし以上の意味は無い。事実二人は双眼鏡も使わず気の抜けた様子で海を眺めながら煙草を吸っていた。
「主機を動かせって言われた時は何事かと思いましたよ。でも今では艦長に感謝しています。ああしなければ間違いなく全員お陀仏でした。ありがとうございます。そして大変失礼しました」
そう言うと先任は深々と頭を下げた。
「いいよ。皆こうして生きているんだ。それも先任を始め皆の協力が有ったからだ。こちらの方こそ感謝している。それに戦果も挙げた。上出来じゃないか」
木梨は軽く手を振って湿った話を終わらせ話題を変えた。
「まぁ、なんとなく嫌な予感がしたからね。僕の勘は結構当たるんだよ。それより戦闘詳報は出来たかい?」
「はい。内容も確認しました。現像した写真も添付してあります。しかしやっかいなフネが出てきましたねぇ」
「そうだね。航空機も増えた上に新兵器の登場だ。もうこれまでの様に楽は出来ないだろうね。でもあのフネなら何とかなるんじゃないかな」
「え?そうですか?小官にはとても恐ろしく感じましたが……」
「あのフネは戦闘中に一度しか発射できないよ。多分間違いないと思う。あれだけの砲弾を一度に放つんだ。再装填は大層手間だろうね」
「しかし、そのたった一度がこちらにとっちゃ命取りなんですが……」
木梨は煙草をゆっくり吸い込んだ。そして未だ不安げな様子の先任に向き直ると煙を吐きだし微笑んだ。
「あの兵器は狙いが甘いのさ。さっきは無理やり主機を動かして脱出したけど、実はあんな無茶をしなくても生き残れた可能性は高かったと僕は思ってる」
「なるほど……落ち着いて考えりゃそうですね。10秒ほど主機を動かした所で移動距離に大した差は出やしません」
「そう。つまり最初から狙いが大きくずれてたって事さ。もちろん運が悪ければ当たるだろうが、曲射で2000mも離れた的に当てるのはさぞかし難儀だろうね」
木梨の言葉に先任はようやく安心した様子だった。彼は再び煙草を一口吸って煙を吐くと、それにね、と言って言葉を続けた。
「もう一つ、これも僕の予想なんだけどね。きっと射程にも制限があるよ」
「制限、ですか?」
「敵が砲をこちらに向けて発射するまで割と時間があった。射程に余裕があればもっと早く撃てたはずなんだ。でも結局撃ってきたのは距離が2000mになった時だった。きっとあの位がアレの最大射程なんだろうね。だったらこっちはもっと遠くから魚雷を撃ってやればいい」
「写真で見る限りじゃフネ自体は脚の遅い油槽船そのものでしたな。それなら三型の最大射程2400mでも十分狙えます」
理解した様子の先任に木梨はうんうんと頷くと、もう一つあるよと言って言葉を続けた。
「それにあの威力だ。自分の近くには怖くて撃てないだろうね。多分ある程度の安全距離を見てるんじゃないかな。だから思いっきり近寄ってやる手もある」
「つまり射程は中途半端で近くは死角、狙いも甘い上に一度しか使えないと……そうして見ると随分と不自由な兵器ですな」
「その通り。きっと敵もその欠点には気づいているだろう。それでも使うって事は、それだけ敵も追い詰められている証だろうね。以上の事を僕は戦闘詳報の所見に書き加えようと思うんだ」
そして二人は煙草を吸い終えると再び艦内清掃に加わるため発令所に降りて行った。
――米海軍フリゲート パスコ艦橋
「陣形再編、完了しました。新しい変針予定表はこちらです」
「ありがとう。では航行を再開しようか」
航海長の報告にパスコ艦長は頷くと、船団各艦へ指示を出すため戦術通信システムのマイクを手に取った。
昨日、敵潜水艦の攻撃でウェークアイランド、アルバカーキが立て続けに失われた後、彼に出来た事は船団を解散して輸送船をバラバラに逃亡させる事だけだった。流石にパスコを含む3隻の護衛艦艇は逃げずに戦闘を継続しようとした。全滅も覚悟はしていたが、幸か不幸か敵潜水艦は輸送船3隻を襲った後に姿を消していた。
そして今日、船団はようやく再集結に成功していた。しかし更に1隻の輸送船が欠けていた。独航中にどこかで敵潜水艦に襲われたらしい。パスコ艦長は残った8隻の輸送船と3隻の護衛艦艇で新たな陣形を構築させるとミッドウェーに向けた航行を再開した。
艦長は艦橋内を見回した。新米士官や水兵らの顔ぶれは昨日と変わっていない。だが同じ顔は一つとして無かった。怯えを強くした者、決意を新たにした者、一日の経験はそれぞれに何らかの変化を齎したらしい。
「さて、どう報告したものかな」
外に目を移し半減した船団の様子を眺めながら艦長は呟く。敵潜水艦の撃沈には失敗したものの、ホワイトサンダーを放たれる前に攻撃には成功している。残念な結果にはなったが、アイランド級はそれなりに有効なのだろう。少なくとも威嚇にはなる。敵潜水艦があっさり立ち去ったのも、もう一隻のアイランド級を恐れたからなのかもしれない。
戦闘で一度きりしか使えないが、数が増えればその欠点も克服できるはずだ。彼は生き残ったもう一隻のアイランド級を眺めながら報告書の文面を考えていた。
――ハワイ 米海軍 太平洋艦隊司令部
1943年(昭和十八年)2月、司令部の廊下を二人の将官が足早に歩いていた。一人は固太りのがっしりした体格、もう一人は細身で華奢な姿である。ともに中将の階級章をつけた彼らは、すれ違う水兵や下士官らに丁寧に答礼しながら司令官室へと向かっていた。
「レイ、奴らは来る。必ずな」
固太りの中将、ウィリアム・ハルゼーが前を見つめながら言った。
「お得意の勘、という奴ですか?ビル。日本人は先日ソ連と開戦したばかりです。いま彼らの目は西に向いているはずですが」
細身な方の中将、レイモンド・スプルーアンスが尋ねる。
「違う。論理的な帰結だ。連中はソ連への攻撃に空母を2隻しか使っていない。我々と同じくらい空母も戦艦も持っている奴らなんだぞ。それを遊ばせておく訳はないだろう。ではそいつらはどこへ行った?」
「昨年秋から所在不明となっていますね」
「そうだ。ジャップは突然暗号を変えた。無駄な通信も控える様になった。我々は連中の暗号を解読できなくなった。お蔭でこのザマだ」
「暗号の件については非公式情報ですが、私もその噂は聞いてますね」
ハルゼーの使った日本人の蔑称にスプルーアンスは一瞬眉を顰めるが指摘はしない。ハルゼー特有のポーズの一つだと理解している。
「なぜ奴らは突然暗号の運用を変えた?」
「普通に考えれば解読されている事に気付いたから、ですね」
「そうだ。間違いない。奴らは気付いた。いや教えられたんだ。裏切り者のイギリス野郎にな」
英国の停戦から程なく、枢軸側の暗号更新頻度が上がり米国は暗号を解読できなくなっていた。このため米国は日本の戦力配置や作戦が全く分からない状況に陥っていた。
そうした中、ソ連から日本が中立条約を破棄しウラジオストク攻撃を計画しているという情報が齎された。情報元は日本国内の協力者らしい。事実その通り日本はソ連と開戦した。その事から情報の正確さが確認されていた。
「それで日本がこの時期に攻勢にでると考える理由は何ですか?」
「イギリス野郎が教えたのが暗号だけってはずはねぇ。間違いなくこちらの戦力配置や動きも筒抜けになってる。来年になれば我が国の戦力も整う。奴らの厄介な潜水艦対策も目途がつく。今は日本もそれも知っているはずだ。俺が奴らなら準備が整う前に襲う。絶対にな」
「しかしソ連からの情報では日本の目は我々でなくソ連に向いているはずですが。本国もそう判断しています」
「嘘をついてるんだよ。スターリンの野郎がな。いや半分黙っているんだろうけどな」
「つまり本当はソ連と我が国の両方に同時攻勢をかけるつもりだと?」
「そうだ。いまスターリンは相当苦しい。ここで我が国へも攻勢があると知らせればソ連への支援が薄くなりかねん。だから攻勢はソ連だけだと言ってるんだろうさ」
実はソ連は日本のミッドウェー攻略情報も掴んでいた。だがスターリンはその情報を米国に伝えなかった。理由はハルゼーの推測どおりである。このため米国政府は日本が再攻勢に出るのはソ連戦が一段落ついてから、夏以降だろうと判断していたのである。
「それだと本当に我が国に攻撃があれば後でスターリンは文句を言われるでしょうね」
「情報が不正確だった、連絡が届かなかった、言い訳など後でいくらでも出来るだろうさ」
「近々日本の攻勢があるという理由としては弱いですね。もっと具体的な根拠は有りますか?」
「ここ2週間で敵潜水艦の報告が増えている。輸送船団の損害も上がっている。間違いなく攻撃の準備段階だ。もうあまり余裕は無いかもしれん」
「司令部はともかく本国はソ連情報を信頼しています。日本の積極攻勢は夏までは無いだろうと判断しました。出撃の許可を得るのは難しいのでは?」
「だからこうして司令に直談判に行くんじゃねぇか。訓練で出航するだけだ。訓練中に敵が出てきて戦闘になっても文句は言われねぇだろ?今回はお前を推薦する。俺達二人でやるんだ。頼りにしてるぜ」
司令の部屋に辿り着いた二人はドアの前で立ち止まった。ドアをノックする前にハルゼーはスプルーアンスの方へ向き直る。
「あのなぁレイ。お前もよーく分かっている癖に、どうしていつもいつも俺に全部話させるんだ?」
ハルゼーは溜息をつくと呆れた表情でスプルーアンスに文句を言った。
「それはビル、あなたのお話が桃の缶詰と同じくらい大好きだからに決まっているからじゃないですか」
澄ました顔でスプルーアンスは答える。
「まったく……結局いつも俺が矢面じゃねぇか」
ハルゼーは再び溜息をつくと司令のドアをノックした。
Mk.11対潜ロケット砲「サンダートラップ」は、まんま「ボフォースM/50」のパクリです。自衛隊も使っていた兵器なのでご存知の方も多いかと思います。名称は史実のマウストラップのもじりです。
開発期間が短いのでM/50の様に自動装填装置もレーダー連動もありません。ご覧のとおり使い勝手の非常に悪い兵器となっています。
アイランド級のせいで将来もアーセナルシップ構想は出て来ないでしょう。タコマ級は補助艦艇の大量喪失と英国の脱落で出現が若干早まりました。
ソ連が教えなかったせいで、ハワイへの米軍の戦力集積はそれ程進んでいません。




