第02話 飯を食わせてやっちゃくれねぇか
すっかり窓の外が暗くなった宿屋の一室。
ベッド横のテーブルの上で、じゃらじゃらとした金属音が鳴り響いた。
「わぁ。今日も盛況でしたね!」
一枚一枚を丁寧に並べながら、リンが嬉しそうに尻尾を振った。
使い古された銅貨はざっと四〇枚は超えていて、しかし傍らの春樹は難しい顔をしてそれらを眺める。
「うーん、でもやっぱり限界ありますね。鍋の大きさもあれ以上は無理がありますし」
なにせ背中の担いでの持ち運びだ。
今の春樹は城主お抱えの料理人ではなくただの放浪している根無し草で、昼間のように路上で料理を振る舞って日銭を稼いでいる。
なんとかなるだろうと思って始めた青空食堂だが、いろいろな制限がある中で料理を作るのは想像以上に難しい。
「でもしょうがないですよ。これ以上稼ぎたいなら、料理のお値段を上げないと」
「やっぱりそうなりますよねぇ」
腕を組み、値上げに難色を示す春樹にリンはくすりと笑みを浮かべた。
食材も満足に揃わない市場。厨房すらない生活だが、目の前の青年はとても楽しそうに日々鍋を振るっている。
お城の厨房にいた頃と比べてもいきいきと料理を作る春樹を、素直にすごいなと思いながらリンは硬貨を袋に仕舞う。
「ハルキさんの料理なら、たとえ今の十倍でもみんな買ってくれると思いますけどねぇ」
「んー、値上げかぁ。でも完全に間に合わせの料理ですからね」
もちろん現状で出せる全力を尽くしているが、なんとももどかしい気持ちが春樹を襲う。
珍しく疲れたように身体を投げだし、ベッドで大の字になった春樹をリンが見やった。
真面目なところがいいところだが、もっと現金に生きてもいいとリンは思う。
「やっぱりまだまだですねぇ俺って。料理って難しいです」
包丁を振るって鍋に火をかけて、皿に盛ったらお終いではない。
いつでも好きな食材が手に入るかは分からないし、同じ料理でも値段がいくらかで売れ行きも変わる。量をこなすためには、設備も場所も必要だ。
更に店を持とうと思ったら、人を雇って教育までしなくてはならない。
果てのない夢への道のりに春樹は「はぁ」と息を吐いた。
そんな春樹を見て、思わずリンは笑ってしまう。
ふふと笑われて、春樹はリンを見返した。
「だって、ハルキさんで難しいならみんな難しいですよ」
あれほど奇想天外な腕を振るっておいて、なにを心配しているのか。本当に変わった人だとリンはベッドの端に腰掛ける。
「もう少しで旅費も貯まりますし、次はどこに行きます?」
「次ですか? うーん、とりあえず帝都の方向に向かおうとは思ってるんですが」
思い入れのある土地だが、以前は馬車で向かったわけで。徒歩ならばいったい何日かかるんだろうと春樹は思った。しかも今回は旅銭を稼ぎながらだ。
とはいえ目的は旅程にあるわけで、のんびり行こうと天井を見つめる。
「明日はなに作りましょうかね」
市場次第だが、日々のレシピを考えるのは楽しいものだ。
心地よい眠気と「おやすみなさい」という少女の声を聞きながら、春樹はゆっくりと眠りに落ちていった。
◆ ◆ ◆
「うひゃー美味ぇ! 昨日のも美味かったけど今日のも美味ぇや!」
器を持って喜ぶ客の顔を、朗らかな顔で春樹は見つめた。
「昨日も来てくれましたよね」
「おうよ。こんな美味い飯、兄貴以外だと初めて食ったからな」
今日はギリギリでなかった三人組に笑いかけながら、春樹は鍋を片付ける。
見ての通りリピーターの人のおかげで、本日の分も完売だ。量も頑張って増やしているつもりだが、それでも今日は買えない人が大勢出た。
「もっと値段上げた方がいいぜ。そのうち暴動が起こらぁ」
「はは……考えときます」
正直、売り切れで文句を言ってくる人はいるもので。やはり考えないとなぁと春樹は苦い顔で返事をした。
とはいえ売り上げが好調なのはいいことなので、今日も綺麗になくなった鍋の中身を春樹は嬉しそうに眺めた。
「あ、すいません。今日はもう売り切れで……って、きゃ!」
そのときだ、接客をしていたリンの声に春樹はがばりと顔を上げた。
「リンさん!?」
「ハルキさん! お、お客さんが!」
ただならぬ様子に立ち上がった春樹だが、その目の前に大きな人影が立ち塞がる。
突然現れた見上げるほどの大男は、鍋の奥に座る春樹をじっと睨んだ。
「お前が町で噂の料理人か。まさか本当にこんなところで飯を売っているとはな」
どうやら自分の噂はある程度広まっているようだ。男の上等な身なりに目を留めて、いったい何事だと春樹は見上げ返す。
「ふむ。貧民相手の飯屋など、どんな痩身かと思ったが。……先ほどの娘といい、ただのゴロツキではないようだな」
男は春樹を吟味するように見つめるや、懐から布袋を取り出した。
じゃらりという音からして、かなり中身が詰まっている。
「謝礼はする。お前、自分の腕に自信はあるか?」
そして、男の低い声で聞かれた質問に、春樹はとりあえず頷くのだった。
◆ ◆ ◆
「うわぁ、すごいお庭ですぅ」
案内された庭園を見て、リンが思わず口を開く。
タマモの城ともまた違う、華美さと清貧さを併せ持ったその庭園は、見るからに上品そうな印象を伝えてきていた。
「わ、ハルキさん見てください! 池の中に綺麗なお魚がいますよ!」
「ほんとだ。……美味しいのかな?」
庭にある池にかけられた橋を渡りながら、リンが目線を下に向けた。
春樹も目を落とせば、赤と白のコントラストが美しい遊魚が池の中を悠々と泳いでいる。錦鯉とは違う、尾がたなびく様子が美しい異世界の魚だ。
「ああいうお魚って食べられるんですか?」
「どうでしょう。捌いてみないことには」
なにやら物騒な話をしている二人組の声を聞かなかったことにしつつ、男は橋を渡った先の屋敷へと二人を案内する。
厳かな屋敷の中へ入り、長い廊下を歩いた先の扉の前で男は立ち止まった。
小さく扉を叩き、男が中に向かって口を開く。
「組長、例の料理人をお連れしました」
言って、男は耳を澄ませると扉のノブを握りしめた。男の呼び方に、春樹は一瞬眉を寄せる。
けれど男に促され、春樹とリンはゆっくりと部屋の中へと足を踏み入れた。
「おお、お前ぇがそうか。よく来てくれたな」
部屋の中にいたのは、白髪の目立つ老人だった。
柔らかな笑顔だが、その風貌にリンがどきりと動きを止める。
顔に走った大きな傷は意に介さずに、春樹は依頼人である老人を見つめた。
「貴方がアサメさんですか?」
「応よ。アサメ組組長、アサメ・トーヤったぁ俺のことだ」
朗らかに笑うアサメに、春樹はふむと部屋を見回す。
高級そうな調度品が並ぶが、なるほど、確かに粋なものが多い。
一歩リンの方へと近寄って、春樹はアサメの言葉をじっと聞いた。
「なに、そんな難しい話じゃねぇ。お前ぇさんに、ひとつ頼みたいことがあるんよ」
ぽんと、アサメは手元のキセルで火鉢を叩いた。
さて、どんな依頼だというのだろう。
物騒な依頼なら、悪いが断らせてもらう。そう考えていた春樹だが、アサメの口から出てきた言葉は、少し意外なものだった。
「女の子に、飯を食わせてやっちゃくれねぇか」
見つめてくる真剣な眼差しに、春樹は面くらいながらも頷くのだった。




