第01話 冷めないうちにどうぞ
お久しぶりです。本日より2章スタート致します。
加えてご報告で、書籍化が決定いたしました! 既にキャラクターデザインも完成しておりますので公開いたします。なお書籍化に伴う作品の取り下げなどはございませんのでご安心ください。
皆さまの応援に感謝いたします。レーベルや書影など詳しい情報はまた後日ご報告いたしますので、今しばらくお待ちください。
少し肌寒さが出てきた季節。
ワノクニ国のとある町のとあるあぜ道。行き交う人々は皆、足早に目的地までの道を急いでいる。
そんな中、幾人かの町人がきょろきょろと辺りを見回しながら足を止めていた。
「噂じゃこの辺りって聞いたんだが……」
「おいおい、本当にいるのかよ。俺はもう腹減って死にそうだぜ」
男達はなにかを探している様子で、どうも腹を空かせているようだ。
奇妙なのは、そんなに腹が減っているなら町へ行って飯所に寄ればいいだけの話。けれど男達は腹を押さえながら一向に町へと引き返す素振りは見せない。
「ん? おい、なんか匂わねぇか!?」
「ほんとだ! 妙にいい香りだ! あっちの方からだぜ!」
そうこうしていると、男の一人がなにかを嗅ぎつけた。くんくんと鼻を鳴らして、匂いが漂う方向に顔を向ける。
それはなんとも美味そうな香りで、それでいて男達が嗅いだことのないものだった。
「急げ急げ! 売り切れちまうぞ!」
そんなことを呟きながら、男達は早足で匂いのする方向へと駆けていった。
◆ ◆ ◆
それは、店と呼ぶにはあまりにも足りないものが多すぎる店構えだった。
なにせ客席どころか、まず壁がない。当然屋根があるわけもなく、辛うじて店主のあぐらを掻いた尻の下に見窄らしい小さな茣蓙が敷かれているのが床板の代わりのようだった。
あるのは河原で拾ったような石で組んだ簡易的な竈と、その上に置かれた大きな鍋。それ以外は本当に何もない、そんな雨ざらしの「店」だった。
「はいどうぞ! 一杯銅貨一枚ですよー!」
そんな店の前に、似つかわしくない黄色い声が響き渡る。
耳と尻尾を揺らす店員に器を渡され、客の男は照れたように頭を掻いた。
「あっ……す、すまねぇな。わざわざ」
「いえいえー。お買い上げありがとうございます!」
にこりと笑う少女の顔を見て、男は大事そうに器を握る。
男だけではない。辺りに集まった男達は少女と、そして手渡される器の中身を興味津々といった様子で覗いていた。
「ハルキさーん! あと何杯くらいですかー!?」
列に並んだ客に話しかけられ、少女が鍋の傍らの店主に振り返る。
名前を呼ばれた青年が、おたまですくう手はそのままに顔を上げた。
「列に並んでる人の分を除くと、後3杯くらいです」
ちらりと列の人数を数え、青年は少女に向かって指を立てた。
青年の見立てはいつも正確なので、だったらそろそろ列を止めなければと少女は最後尾を確認する。
そのとき、ちょうど三人組の男が足早にこちらに向かってくるところだった。
少女を見つけた男の一人が、近づくや焦ったように声をかける。
「姉ちゃん! まだ残ってるか!?」
「大丈夫ですよ。ちょうどあと3杯でおしまいですー」
言われ、男達は胸をなで下ろして列に並んだ。
「危ねぇ。売り切れるとこだったぜ」
「というか、本当にやってんだな」
半信半疑でやってきた町の外れ。普段ならば人気などそうないあぜ道の傍らに出来た人垣を見て、男達は感嘆する。
ここまで足を運んできたのは、勿論偶然ではない。
町の噂では、町外れの寂れた街道で、とてつもなく美味い飯を出す店があるらしい。
そんな、俄には信じられない話だ。
その店は鍋だけがぽつんと置かれた簡素なもので、曰く振り返るほどの美女が給仕をしている。
しかも、天上にも昇る味のその飯は、銅貨一枚という破格の値段で売られているらしい。
「……本当に可愛い」
男達は給仕をしている少女をじっと見つめた。
振り返るほどの美女かは知らないが、笑顔が可愛い可憐な少女だ。気のキツイ美人よりはよほどよいと、男はふりふりとフリルを揺らす少女を目で追う。
メイド服だ。お城の貴族に仕えるような、そんな上等なものに見える。
どういうことだと首を捻っていると、そのうち男達の順番が回ってきた。
「はーい! 銅貨一枚! 器は持ってきてくれましたか?」
「あ、ああ。ほらよ」
先ほどの少女が再び笑顔でやってくる。事前に聞いて用意していた茶碗を、男達は少女に渡した。
「ハルキさーん! この人たちで最後ですー!」
報告しながら、少女は器を店主に渡す。店主は百も承知なのか、けれど「わかりました」と朗らかに微笑んだ。
店主が鍋の中身をおたまですくい、それを器に注ぎ入れる。
きっちり三等分。器の大きさは多少違うが、それでも寸分違わぬ分量で鍋の中身が綺麗に終わる。
差し出された器の中身と店主の言葉に、男は目を見開いた。
「どうぞ。ノヴァーラ風うずら豆のリゾットです」
なんとも爽やかな笑顔をした青年だった。
しかしそれ以上に、聞いたこともない単語に男は思わず口ごもる。
「え? のば……なんて?」
「ノヴァーラ風うずら豆のリゾットです。冷めないうちにどうぞ」
言われ、男は「はぁ」と列から離れる。
続いてやってきた仲間を見やって、男は懐から匙を取り出した。
料理の名前はさっぱりだが、冷めないうちにというのは当然だろう。
口に運ばずとも器から十分に温かさが伝わってくる中の料理を、男は匙でひとくちすくった。
なんと言っていただろうか。料理名はついぞ聞き取れなかったが、匙の上の料理に男は小首を捻る。
コメに豆、そして野菜を細かく刻んだもの。男にも分かるような、そんな具の料理だった。
確かに美味そうな香りはしているが、とても天上の味には見えない質素な見た目に、男は噂は噂かと匙を口に運ぶ。
それでも銅貨一枚だ。文句は言わない。
そんなことを考えていた男の顔が、匙を咥えた途端にぴたりと止まった。
「う……」
「美味ぇッッ!!」
美味い。そう言おうとして、男の声は横からあがった叫び声にかき消された。
「なんだこれ!? すげぇ美味ぇ!? 兄貴、めっちゃ美味いですね!」
「あ、ああ。そうだな」
男の連れの一人が、驚いた顔で口を開く。
他の一人もがつがつと飯を喰らっていて、男は出鼻をくじかれながらももう一度料理を口に運ぶ。
「……美味い」
先ほど言えなかった台詞を、男はしみじみと呟いた。
とある城の厨房で働いていた頃を思い出しながら、男は手元の皿がどれほどのものであるかを舌で味わう。
見た目通りの質素な料理だ。材料は米と豆と、安い肉に野菜くず。香りの高さはチーズやバターだろうが、それにしたってほんの少ししか使っていない。
この味が銅貨一枚で口に出来ることの奇跡さを、深く理解しているのは自分だけだろうと男は思う。
「おいあんた。これどうやって作った」
気づけば、店じまいを進めている青年に男は話しかけていた。
ふと目が合って、男は「馬鹿なことを聞いた」と後悔する。
どうやって作ったと言われて、飯の種を正直に答える奴なんているわけない。
けれど、青年から返ってきた言葉に男は耳を疑った。
「ああ、それはですね。野菜のブロード……出汁を足してるんですよ。あらかじめ別に炒めた野菜と米を合わせて、別鍋で作った出汁を足してるんです。仕上げにバターと胡椒を加えると美味しいですよ。あ、あとですね……」
にっこりと、それはもう笑顔で青年は男に料理の秘密を話していく。
面食らった男は、青年の話に感心するしかできなかった。
「……えーと、気をつけることはそれくらいで。……どうですかね? 作れそうですか?」
「あ、ああ。大丈夫だと、思う」
なにせ、全部説明された。細かなコツも、分量までもだ。
それでも隣で聞いている連れはチンプンカンプンだったろうが、男には青年の話がギリギリで理解できた。
全く同じとは言わないまでも、似たような出来にはできるだろう。
だから「それはよかった」と微笑む青年に、男は聞かずにはいられない。
「いいのか?」
男の短い質問に、青年はぴたりと動きを止めた。
質問の意図は分かっている。しばらく考えて、青年は「勿論」と鍋を担ぐ。
「お礼は、俺のことを覚えておいてくれたら、それでいいです」
最後まで笑って、青年は少女と共に青空の下の台所を後にした。
見れば、竈の石すらいつの間にか残っていない。
少しの炭の跡とリゾットの香りだけを仄かに残して消えていった料理人に、男はポリポリと頭を掻いた。
「兄貴美味かったですね! ……って、どうしました?」
連れの呑気な顔にも、男は青年が立ち去った後を見つめるだけだ。
少し考えて、隣の男は合点がいったと手を叩いた。
「兄貴! わかりますよ、あの子可愛かったですもんね!」
「阿呆か」
ごつんと、見当違いのことを考えている連れの頭を叩く。
呆れながら、男はひとくちだけ残っていたリゾットを口に運んだ。
すっかり冷めていたが、それでも美味い。
なるほど、これがブロードかと男は青年の説明を味わいながら反芻する。
「……また、やってみっかぁ」
別に、城でなくても、壁や天井がなくても関係ない。
覚えておくもなにも、忘れようのない出会いを噛みしめながら、男は久しぶりに髪を切るかと頭を掻くのだった。
今年もどうもありがとうございました。
読者の皆さま方も風邪などに気をつけてお過ごしください。どうかよいお年を。




