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剣聖の称号を持つ料理人  作者: 天那
第一章
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第28話 ひとつお願いがあるんですが


「お兄さん、工房に篭もりきりだね」


 声をかけると、びくりと少女の身体が跳ねた。こちらを振り返るシャシャを見て、春樹は彼女の手元に目を落とす。


 裏口の前でなにをしているかと思えば、野菜を摘んでいたらしい。小さな庭の一角にはぎこちないながらも手製の家庭菜園が備えられていて、この間の野菜はここから採ってきたもののようだ。


「兄さんは、一度打ち始めると……長いから」


 シャシャはそう言うと目の前のナスを引き寄せた。やせ細ったナスに眉を寄せて、けれど大事そうにカゴに入れる。


 ざっと眺めただけでも土地が細い。これではいい野菜を作るのは無理だろうと春樹は思うが、それを彼女に言うのも酷な話だ。


 あれから十日ほど。春樹たちはリューエイ兄妹の工房に通い詰めていた。


 二人の家に厄介になるわけにもいかないので春樹とアイリッシュは街の宿屋を借りているが、それでも二人の生活が貧しいことは端々から見て取れる。


――俺にできるのは、料理くらいか。


 料理人なのだからそれでいいはずだが、無力感を覚えずにはいられない。


 原因の大部分は、リューエイのせいだ。


 春樹の出された条件はシャシャに料理を作ってやること。当然、食材の調達含めて申し出たのだが、それはリューエイに断られた。


『施しを受けるわけにはいかねぇ。食材はうちのもんを使ってくれ』


 職人気質というかなんというか。家計が貧しいのも、街の人から嫌われているだけではないだろう。一言で言えば、リューエイが仕事をえり好みしすぎているのだ。


「……ハルキ、今日もご飯作ってくれるの?」


 どうしたものかと佇んでいると、シャシャに袖を引っ張られた。


「そうだよ。お兄さんと約束したからね」


 微笑みかけると、シャシャはむふーと鼻息を荒くした。そして、野菜かごを春樹へと手渡してくる。


 可愛らしいシャシャを見つめて、春樹はかごを受け取った。


「シャシャさんは、お兄さんのこと好き?」


 なんとなく答えの分かり切っている質問を、春樹はこぼす。


 しかし、予想とは裏腹にシャシャはうーんと考え込んだ。


「……兄さんは、ちょっと頑固だから。嫌いなときの方が……多いかも」

「そ、そうなんだ」


 春樹も苦笑してしまう。シャシャは工房へ目を向けると、聞こえてくる鍛冶の音に耳を澄ませた。


「父さんの工房を守るんだって兄さんは言ってるけど、こんなの潰れてるのと一緒。変に意地張って……領主さまの言う通りにしてたら、今頃はお金持ちだし、店だって大きくなってたはずなのに」


 シャシャの呟きに、春樹は少し驚いた。


 兄の後ろでただ座っているだけだと思っていたが、彼女は彼女なりに自分たちの状況をきちんと把握している。その上で、兄に従っているのだ。


「シャシャさんは、お兄さんのやり方には反対なんだ?」


 春樹が聞くと、シャシャはくすりと笑みを浮かべた。寂れた工房を見回して、笑顔のままに口を開く。


「やり方もなにも、なにもやってないもの。毎日毎日、打っては溶かして打っては潰して、その繰り返し。紛い物でもなんでも、人様に使ってもらうほうが立派に決まってるのに」


 シャシャはそう言うと、野菜畑にある小さな鋏を手に取った。春樹から見ても見事な出来映えの鋏だ。おそらく、リューエイがシャシャのために拵えたものだろう。


「そこまで分かってるのに、なんでシャシャさんはお兄さんと一緒にいるの?」


 踏み込みすぎだろうか。ただ、彼女は子供ではない。春樹の問いかけに、シャシャは少しだけ逡巡した。


「たった一人の兄さんですもの」


 そうやって笑うシャシャを見て、春樹はなにかを決意する。


――性格じゃあ、ないんだけど。


 極力、人様の事情には首を突っ込まない主義だ。


 ただ目の前の少女を自分は気に入っていて、だったら少しくらいは許されるだろうと春樹は思う。


「シャシャさん、ひとつお願いがあるんですが」


 真剣な顔の春樹に、シャシャはなんだろうと首を傾げた。



 ◆  ◆  ◆



「完成だ。試してみてくれ」


 更に十日後、リューエイに差し出された一本を見て、春樹は目を奪われた。


 一言で言えば、完璧だった。


 切っ先から根本、いや持ち手に至るまで全てが、持った瞬間に手に馴染んだ。


――すごい。これが、本来の聖剣の輝き。


 折れた欠片とは比べものにならない。この世の全ての刀剣の頂点。それが今、一本の包丁として春樹の手に収まっている。


「これ、持ち手は……」


 見覚えがある。これは、折れた聖剣の柄の部分だ。見事に包丁の持ち手として同化していて、まるで最初からこの形だったかのような錯覚を覚える。


 刀身は、オーソドックスな長包丁。けれど、この中に愛用してきた包丁の全てが詰まっている。


「お前から託された包丁六本、全てを溶かして混ぜてある。使いたいとき、使いたいよう、お前さんの思うままに応えてくれるだろうさ」


 それが聖剣だとリューエイは告げる。刃渡りも、刃の形状もここではもはや意味を持たない。


 大切なのは、どう使うかという担い手の想い。それに聖剣は応えてくれる。


「そして、仕上げはこれだ」


 リューエイの取り出したものを見て、さすがの春樹も息を呑んだ。


 それは、包丁の形に加工された聖剣の鞘。


「これ……鞘まで作ってくれたんですか?」

「当然だ。カグヤ様も言っていただろう。剣と鞘、二つ揃ってこそ聖剣は完全となる」


 言われるままに、春樹は包丁を鞘に仕舞った。ぴったしと、寸分違わぬ精度で刀身が輝く鞘へと納められる。


 リューエイによれば、その鞘から刀身を抜き放つことができるのは春樹だけらしい。


「最高の仕事ができた。礼を言う」


 晴れ晴れとした顔でリューエイは口を開いた。


 今まで受け継ぎ、磨き上げてきた技術。包丁と聞いたときは面食らったが、それも今となっては納得している。


「打ってる間、聖剣が俺に語りかけてきた。……正直言うとな、聖剣を包丁にしていいものか、迷いがあったんだ。それを聖剣に咎められた」


 恥ずかしそうに、リューエイは頬を掻く。


「まだまだ修行が足りないってことだ。鋼に心配されるようじゃ、一人前の刀鍛冶とはいえねぇ。……とはいえ、それは間違いなく最高の一本だ」


 リューエイの言葉に、春樹は無言で聞き入っていた。相棒を託した男の言葉だ。聞き逃すわけにはいかない。


「包丁になりたがる聖剣なんて聞いたこともねぇが、他でもない聖剣自身が言ってんだ。お前さんに惚れてんだろうよ。せいぜい大事に使ってやんな」


 とはいえ、そこは心配していない。目の前の料理人なら、使いこなしてくれるだろうとリューエイは確信する。


 今一度鞘から抜き放ち、春樹は煌めく刀身をじっと眺めた。


 やることなど決まっている。自分はまだ、今日の仕事を終えていない。


「だったらさっそく、夕飯の支度をしないといけませんね」


 新しい相棒のお披露目だ。嫌が応にも気合いが入ると、春樹は輝く柄を握りしめた。

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