『 解呪 : 前編 』
【 ウィルキス3の月30日 : サフィール 】
深い沈黙が辺りを包む。エレノアは未だに立ち上がることが
できないでいる。彼女がここまで焦燥している姿を見るのは
初めてのことかもしれない……。サーラが、目に涙を浮かべながら
エレノアのそばで膝をついて、痛みを分かち合おうとするように
その背に手を当てていた。
セツナを殴ろうとしていたアラディスも
剣と盾のメンバーも、茫然として立っている。
それほど、彼女にかけられていた呪いは酷いモノだった。
彼女自身が、呪いの内容を知っているからこそ
その呪いが、自分からセツナへと移ったことを
許せなく思っているのだろう……。
セツナに、自分の呪いを負わせてしまったと。
エレノアは、ずっと呪いに人生を縛られてきた。
それが、他人に移るなど考えたこともなかっただろうし
一生自分で背負い続ける覚悟を決めていた。
エレノアを手に入れ、彼女の翼を引きちぎるための呪い。
呪いをかけた奴にとって、邪魔になるであろう子供を殺し
呪いをかけた奴以外の男に抱かれると、相手を殺し
呪いが解けるまで、子を授かることもできなくなる。
そして、戦闘で活性化した魔力を感知し
体内魔力が減少するほどに、痛みに苛まれ
命を蝕み始める……。
その痛みを取り除く方法は
呪いをかけた奴に、体を許すか
呪いを解くかの二つしかないはずだった。
女性としての尊厳と騎士としての誇りを
完全に、エレノアから奪うための呪いだ。
ジャックが、魔法構築の隙を探し
時間はかかるが、痛みを取る方法と
命を蝕んでいく呪いを封じる方法を
オウカ達に教えていなければ、エレノアは今
生きてはいなかったと思う。
僕は、ずっと疑問に思っていたことがあった。
なぜ、エレノアの呪いはあの日に発動したのか……。
エレノアは、国から逃げる時にはもう
呪いをかけられていた。だとすると、魔物と戦っている時に
呪いが発動していても、おかしくない状況だったんだ。
なのに、呪いは発動せずココナさんに連れられて
ハルまでたどり着いている。
そして、ジャックの助けもあり
ヤトを生み、育てることができていた。
どうして……ここまで一度も呪いが発動しなかったのか。
その答えを、今日エレノアが剣に魔法を纏わせた瞬間に
気が付いた。
呪いの発動の鍵は
呪いをかけた本人しかわからない。
だが、呪いはもう発動されていたし
呪いの解析も、ジャックとオウカが調べて
その結果を、クオードからエレノアへ
伝えられていた。
だから、エレノアは異性に体を許さないことと
自分の魔力量に気を付けていれば大丈夫だろうと
思われていた。
でも、違ったんだ。
呪いを発動させる鍵は、二つあったんだ。
一つは、エレノアに魔法をかけてすぐに発動させた。
だが、二つ目の鍵はエレノアが苦しむ姿を見るために
あえて隠されていたのだと思う。
多分、エレノアに呪いをかけた奴は
エレノアが、ファライルの剣技を使えることを知っていた。
呪いを発動するための鍵は
剣技を発動させるために必要な魔力量の消費。
それも、発動の瞬間の魔力量だった。
緩やかに消費される魔力量には、反応しないように
されていたんだ。
発動の鍵が、二つあるのだとはジャックも
気が付かなかったのだろうし、多分今の僕でも
気が付くことはできないと思う。
ヤトが、お腹の中にいる時は
子供に影響が出る可能性があるために
妊婦は、魔力の消費に気を付けるように
医師達から告げられる。
多分、ファライルにも
子供がお腹の中にいるうちは
剣技を使わないようにと、釘を刺されて
いたのかもしれない。
僕がエレノアと出会った時は
ヤトはもう、聞き分けの良い子供だったから
推測でしかないけれど。
だけど……。
ヤトがある程度成長し、アラディス達とチームを組み
生活基盤も整い、充実し始めた時だったと思う。
エレノアの呪いが発動した日。
その日、彼女はアラディスに
あの剣技を見せるつもりだったのかもしれない。
ファライルを慕っていた、アラディスに剣技をみせ
もし、彼女の身に何かあった時に情報だけでも
ヤトに伝わるようにと。
エレノアも細心の注意を払っていたはずだ。
今までの戦闘で、使用した魔力量を記憶し
この辺りなら大丈夫だという
確証もあったはず……。
なのに、呪いが発動する引き金を引いてしまった。
周到に隠された、発動の鍵。
エレノアがその剣技を使い
呪いが発動してから
エレノアを抱くつもりだったんだ。
ファライルのことを、深く想い出すであろう
その瞬間を狙っていたんだ……と気が付いた。
そして、二つ目の鍵で呪いが発動した後は
エレノアが、逆らえないように
戦闘能力を、削るように呪いを組んでいた。
逆らえば、命を蝕むようにもされていた……。
正直、腸が煮えくり返りそうだった。
半分狂いかけている、アラディスがそばにいたから
冷静になることができたけど……。
このことは、生涯秘めていようと心に決めた。
エレノアやアラディスが
これ以上、嫌な思いをする必要はないから。
オウカが、エレノアに謝っていたけれど
オウカも多分、僕と同じような結論に
たどり着いたのだと思う。
あの謝罪は、二つ目の鍵に
気が付かなかった事への謝罪だ……。
呪いの発動の鍵は、呪いをかけた
本人にしか、わからないと知っているだろうに。
あの頃の僕は未熟で……。
青い顔をして、倒れているエレノアと
その瞳に憎悪を宿して、エレノアに縋り付きながら
復讐を誓っていたアラディスを、見ている事しかできなかった。
魔法を毛嫌いしていたから
クオード達に、詳しく説明することもできなかったんだ。
説明できていたとしても、どうにもならなかったけど
情報として、残すことはできたはずなのに。
「……サフィール」
「なに?」
「……彼は、何故私の呪いのことを知っていた?
何時から、今回のことを計画していた。
貴殿は何時、そのことに気が付いた」
エレノアの、立て続けに問われる内容に
答えようと口を開きかけるが、ヤトが割り込んで
エレノアに深く頭を下げながら謝罪する。
「申し訳ありません」
「……ヤトが話したのか?」
「呪いについては、一言も話してはおりません。
ただ……」
そう言って、ヤトはセツナの暴走を止めるために
二人になった時の会話の一部を、僕達に語った。
「それだけで、特定できるとは
到底おもえないのだけど?」
リオウがそう告げると、次々にバルタスやアギトが
気が付いたことをあげていく。
結局、セツナは会話の端々にちりばめられた言葉から
推測し、エレノアとの二回目の模擬戦で確信に至った
という結論を出した。オウカだけは、首を傾げていたけれど
僕達の会話を聞いているだけで、口を挟むことはなかった。
「セツナは、多分……体内魔力の循環を見ることができる
人間だと思うわけ」
「ああ。クオードがすぐに医師として働けると
断言するほどの、腕の持ち主だ。不思議ではない」
オウカが、ここで初めて口を開き
僕に頷いて同意を見せる。
「二回目の模擬戦で、エレノアの動きがおかしいことに
気が付いて、色々と観察していたように思うわけ」
「エレノアが、地面に叩きつけられて
起き上がった後、何かを探るようにエレノアを見ていたな」
アギトの言葉に、エレノアが、伏せていた顔をあげて
蒼白な顔色をしながら、セツナへと視線を向ける。
「僕もそう思ったわけ」
セツナを見る、エレノアの瞳は心配と罪悪感で揺れていた。
今のところ、セツナの体に不調は見られないけど。
あいつは、弱みを人に見せないからよくわからない。
まぁ……セツナに何かあれば、フィーが暴れて
いるはずだから、大丈夫だとはおもうけど。
不調……。そういえば。
「エレノア」
僕の呼びかけに、エレノアの視線が
セツナから僕へと戻る。
「セツナと二人で消える前
結構、痛みが出ていたように見えた。
戻ってきた時にも、痛みはあったわけ?」
「……ほとんど感じなくなっていた」
それは、どう考えてもおかしい。
「セツナが癒したのか?」
アギトの問いに、首を横に振りそれは無理だと答える。
「回復魔法では、この痛みは取り除けないわけ」
回復魔法では、エレノアの呪いの痛みを
取り除くことはできない。
「なら、どうやって痛みを癒した?」
答えることに躊躇していると
アギトの眉間に皺が増えていく。
「サフィール」
オウカに名前を呼ばれたことで
小さく溜息を落としてから、答えを告げる。
「考えられるのは、エレノアの痛みを
セツナが共有した……。だから、エレノアの痛みが
半減されたとしか考えられない」
「……どうして!」
「僕には、わからないわけ」
エレノアの叫ぶような悲痛な声に
皆が何も言えずに、口を閉ざす。
あれだけ、セツナに煽られて憤っていた
アラディスは、動くこともできず
黙って地面を見つめていた。
「……あの、剣を刺された時の痛みもか。
体が焼けるような、痛みも共有されていたのか?」
地面にある砂を握るように、エレノアの手が拳を握る。
「僕は、呪いを奪う方法については知っていたんだ。
だけど、その方法は痛みに体と精神が耐えられず
命を落とすことが多いと……書かれていた」
僕の言葉に、エレノアが射るように僕を見るが
僕は、その視線から逃れるように顔を伏せた。
痛みがなければ、実行したのか、と
エレノアの目が物語っていて、多分問題がなければ
実行していただろう僕には、彼女の視線は重かった。
エレノアが、そんなことを望んでいないとは知っていても
呪いで苦しむエレノアを見ていると、祖父にかけられた
魔法で苦しんでいた両親と姉達を思い出した……。
助けることができずに、僕が手にかけた家族……。
父も母も姉達も……何もできない僕を恨むことはなかった。
手にかけた時でさえ、笑って「愛している」と言ってくれた。
僕の大切な……家族だった。
僕の光りは、サーラとアギトと初代。
それからジャックと愛しき馬鹿のリーダーだった。
サーラは、愛した人で
アギトは、殺したい好敵手で
リーダーは、師匠で
初代は、尊敬する人だった。
そして、ジャックは僕の目標だった。
だけど、バルタスやエレノア、アラディスは
あの時の僕にとっては、兄と姉みたいな人達だった。
特に、エレノアとアラディスの側は居心地が良かった。
貴族としての考え方や価値観、立ち居振る舞いなど
冒険者でありながら、僕が失くした環境と同じ空気を
持っていたから。唯々……懐かしかったし安心できた。
僕とアギトが、何を言っても何をしても
見放すことなく、共にいてくれた。
散々怒られたり、ボコボコにされたりしたけれど
大半は、自業自得だと理解していたから
離れようとは思わなかったし、離れたいとも思わなかった。
こんな感情、生涯あいつ等に伝えるつもりはないけれど。
家族を殺した僕は、家族のように絆を紡いでくれた
エレノア達を、自分の光りだとは
生涯口にすることはない……。
僕にとって、家族とは失うものだから。
失うのは嫌だから、僕は口にしない、と
その時の僕は決めていた。
サーラがアギトを選んだ理由は
多分、この辺りにあったんじゃないかと
思ったこともある。
僕自身、このことに気が付いた時は愕然としたけれど
勘のいいサーラは、僕と共にいても家族としての絆を
結ぶことは難しいと、無意識に気が付いていたのかもしれない。
まぁ、サーラは最初からアギトを目で追っていたから
このことがなくても、結果は同じだったかもしれないけど。
自分の気持ちに気が付いた時から
家族を持つことに否定的だった。
だから……。
エレノアにかけられた呪いの内容を知っていても
死に至る呪いだと知っていても、気にはならなかった。
仮に、呪いを僕に移したとしても
僕ならば、魔力量は少し減るかもしれないが
大体のものは封じることができるだろうし
僕は男だから、女性を抱いても殺す事はない。
問題になるのは、自分の子供が持てなくなるぐらいのことだ。
エレノアに、負担がないのなら
僕は迷わず、呪いを引き取った。
僕のような、ひねくれた人間ではなく
ヤトは、皆に可愛がられて真直ぐに育っていたと思う。
エレノアが倒れてからのヤトは、強くなってエレノアを
守るのだと……必死になってきたえていたけれど
バルタスがそれを止めていた。
ヤトには、エレノアが必要だと感じていたし
アラディスにも、エレノアは必要だった。
そして、僕やアギトにとっても。
彼女は、大切な人だった。
調べれば調べるほど、エレノアにかけられた呪いは
解くことが難しいものだと知ることになるが
それでも、諦めきれなくてフィーと契約した時に
フィーにも聞いてみたけれど、エレノアの中に有る
呪いの核は、エレノアに取り込まれているから
フィーが解くとしても、エレノアの負担は大きく
なるだろうと言われた。
魔法で解呪するのが難しいのならば
今よりも、魔力量が多い時代に創られた
アーティファクトと言われる、魔導武器や魔道具の中に
呪いを解呪するモノがあるかもしれないと考え
元々、考古学や古代魔法の研究が好きだった僕は
その道へ進むことを決めた。
アーティファクトで、魔王の剣と呼ばれる
ノル・ド・ゼブラーブル、この剣が呪いに関する特殊能力を
持っていると知り、必死になってノル・ゼブラーブルの事を
調べたけれど、僕よりも熱心に研究していた人物でさえ
剣の行方を掴めていないと知り、頭の中に探す物としてのメモを
残しながら、他のアーティファクトがないかを調べ
遺跡を発掘し、研究していく。
それが、こんなに身近にあったとは……。
もしかして、僕が探しているモノは
殆ど、ジャックに持っていかれているのではないだろうかと
最近思う事が多い。探す前に、セツナに聞いてみるほうが
早い気がするのは、きっと気のせいではないと思う。
研究をしていた、じいさんは剣を見ることができたら
いつ死んでもいいと話していたから、当分教えるつもりはない。
棺桶に両足を突っ込んだ頃に、セツナに頼んで貸してもらい
見せびらかしに行こうと決めた。
僕が、そうやって自分の進む道を決めたように
あいつもまた、エレノアの為に動いていることを知っていた。
アギトは、何も話さないが。
呪いの効果を和らげるもの
もしくは、僕が使う魔法の効果を高めることができる
ものが見つかるかもしれないと、未知なる領域の探索を
進めていることに気が付いていた。
これは、僕とアギトだけが知っていることだ。
あいつと、特に示し合わせたわけではなく
自分達の得意分野で、進む道を決める時に
目指す場所と、失いたくないものを頭に入れて
考えた結果が、こうなっただけの事だ……。
エレノアを倒すのは、自分だとアギトは
何時も話していたけれど……。呪いが解けるまでは
本気で剣を向ける気がないことは知っていた。
彼女は、僕達のそんな迷いを知っていながら
容赦なく、叩き潰すのだから鬼だとしか言えない。
全てが、エレノアの為ではないし
剣と盾の奴らのように、生涯を彼女に
捧げているわけでもない。
自分のやりたいようにやりながら
僕も、アギトも、ヤトも、バルタスも
彼女の呪いを解く方法を、地道に探していたんだ。
彼女が、一生付き合っていくモノだと
受け入れていたから、僕達も焦ることなく
探していこうと決めていた。
出会った縁と……繋いできた絆を
僕は、どんな手を使ったとしても……もう二度と
失わせはしないし、失う気もない。
フィーと出会ってから、少しずつではあるが
家庭を持ってみるのも悪くはないかもしれないと
思うようにはなっている。
フィーが、僕の家族になってくれたから。
揺るがない強さを持つ彼女が、子供の時の僕とは違うと
今の僕ならば、守り切れる力があるのだと
そして、自分も守るのに協力するのだから
怖がる必要はないのだと……。そう、言ってくれたから。
僕が家庭を持つまでには、エレノアの呪いを解いて
彼女とアラディスが幸せそうに笑い、その視線の先に
彼女達の子供がいればいいと思った。
「……サフィール」
エレノアは、僕を責めることも
窘めるようなことも、口にすることはなかったが
その目だけは、少しだけ怒りを宿していた。
「……セツナに、どれ程の痛みがいっていた」
真直ぐ僕を見るエレノアに
ごまかすのは無理そうだと諦め、真実を告げる。
「多分、エレノアの痛みより酷いと思う」
「……私が、気を失うほどの痛み以上のものを
セツナは、受け持っていたという事か?」
「……」
「……そんな状態で、私を抱えながら
アラディスと戦っていたと?
正気の沙汰ではない……」
キュッと歯を食いしばる音がしたあと
エレノアの涙で、地面が濡れていく。
「……どうして、止めてくれなかった。
あの呪いが、どういったものか知っていただろう?」
「誰が、模擬戦の真っ只中に
大観衆の目の前で、剣を突き刺して
呪いを自分へ移すなんて暴挙を、想像できるわけ?」
僕の言葉に、それぞれが溜息を落とす音が響く。
エレノアも、無理だったというのは十分理解していた。
理解してはいたが……それでも言わずには
いられなかったのだろう。
「前もって話してしまえば
エレノアは、絶対に受け入れないだろう?
だから、あいつは誰にも干渉されないように
この場を選んだのだと思うわけ」
「サフィの言う通りなのなの~」
エレノアではなく、この場にそぐわない
空気を読むことのない声がしたことで
視線を落とすと、フィーがそばにいた。
「フィー」
「どうしたのなの?」
「どうして、もっと早く来てくれないわけ?」
「お姉さまと盛り上がっていたのなの?」
「ずっと、説明してほしいと
呼んでいただろう?」
「別に、急ぐほどの事でもなかったのなの」
「……」
誰もが、どこか虚ろな目でフィーを見ていた。
正直、僕はあまり心配してはいない。
セツナに何かあれば、上位精霊もフィーも
黙ってはいないだろうから。
それよりも、なかなか真実に目を向けない
アラディスや剣と盾の奴らに、腹が立っていた。
だから、アラディスの腹を殴ったが
思考を停止した今の姿を見ていると
今度は蹴飛ばしたくなってきた……。
アラディスの気持ちも、理解できない
わけじゃないけど、そろそろしっかりして欲しい。
アラディスを見ていると、蹴飛ばしたくなるから
フィーへと視線を戻す。
「あいつは今、どういう状態なわけ?」
「いつもと変わらないのなの」
「呪いの影響はないわけ?」
僕の言葉に、エレノアが真直ぐにフィーを見る。
「セツナには、呪いはかからないのなの~。
セツナに刻まれている、本物の呪いが
駆逐してしまうのなの。
それに、セツナの体の中に取り込んだのは
呪いじゃなくて、呪いを刻んでいた核なのなの
だから、気にする必要も心配する必要もないのなの」
ちょっと待て。今、ありえない事を聞いた気がする。
「あ……」
驚いて言葉が出ない僕を見て、フィーがしまった、という
表情を浮かべる。きっと、僕達には秘密にしておくべき
ことだったのだろう。
「フィーは、もう戻るのなの!」
それだけ言って消えようとするフィーの頭を
逃がさないように捕まえた。
「何をするのなの!?」
「説明をしていくべきなわけ?」
「フィーは、何も話していないのなの!」と
僕とフィーで散々揉めたあと、フィーが折れた。
不機嫌ですという表情を浮かべながら
呪いの説明を始める。
「呪いにも種類があるのなの。例えば……」と
何かを考えながら、詠唱を口にし
フィーのそばに現れたのは、ワイアットだった。
いきなり、大人達のそばに呼び出された
ワイアットは混乱していたが「静かに立っているのなの」と
フィーに命令され、体を小刻みに震わせながらも黙って立っていた。
「この子供のように、魔法だけの呪いなら
フィーにも簡単に、解くことができるのなの」
そう言って、ワイアットの呪いの魔法陣を
どうやったのか、体から取り出し
フィーが、指で突いただけで
その魔法陣は、サラサラと崩れ消えていく。
「……」
「……」
「私の苦労は……」
ワイアットの呪いを解くために
リオウが必死に、魔法を暗記していたのを知っていた。
最近「大丈夫、いけるわ!」と話していたのを思い出す。
「苦労は報われないこともあるのなの」
リオウの呟きに、フンと笑うと
「もう、必要ないのなの」と告げワイアットを
多分、元の場所に戻したのだろうこの場から消した。
きっと、元の場所で泣いているかもしれない……。
ワイアットの扱いが酷いのは
未だに腹を立てているからだろう。
オウカは、額に手を当てて頭を振りながら
ワイアットに、魔力制御の指輪を渡すように
ギルド職員に連絡を入れていた。
フィーは、人間よりにあわせてくれているが
精霊の価値観も、思考も、常識も、人間とは
かけ離れていることが多い。
精霊とは僕達よりも上位の存在になる。
だから……フィーの言動に……。
文句を言うだけ、無駄なので受け入れたほうが早い。
特に、このようなフィーに説明を頼むしかない
場合は、拗ねられると話してもらえなくなるので
口を閉じているのが一番いいと、全員が経験済みだった。
リオウは、しょんぼりしていたが
暫くすると、ワイアットの呪いが簡単に解けて
良かったと、ヤトに笑って話していた。
相変わらず、打たれ強い娘だ……。
「ワイアットのように、自身の体に
刻まれたモノなら、今のサフィールでも
大体のモノは、解呪できると思うのなの」
呪いの説明に関しては、大体のことは調べた。
フィーが説明しているのは、エレノアの為だ。
「だけど、エレノアにかけられていた
呪いは特殊なもので、魔法をかけられる前に
なにか食べ物か飲み物を、口にしたと
思うのなの」
フィーの言葉に、エレノアが頷く。
「エレノアの呪いは、エレノアの体に
刻まれたものではなく、口にしたモノに
呪いが刻んであって、口にしたのを確認してから
呪いを発動させたのなの」
「……そんなことが可能なのか?」
「エレノアもサフィも
セツナが、薬として使うのではなく
魔道具として使用した、特殊なモノを見たはずなの?」
「まさか……」
「……」
フィーの言葉に、顔色を変えたのは
サクラの魔力の器に使われたモノが何かを
知っている人間だけだ。
「どうして、呪いの核の事を聞いた時に
教えてくれなかったわけ?」
不満をぶつけるように、告げた言葉に
フィーは、困ったように笑った。
「あの時のサフィに、教えたくなかったのなの」
「じゃぁ、なぜ今教えてくれる気になったわけ?」
「もう大丈夫だと、思ったからなのなの」
話の意味が分からなくて
彼女をじっと見ていると、僕の頭の中に
フィーの声が直接届く。
【私は、サフィールが自分の過去を
大切な人に話せるようになるまで
危険な魔法や、それに近いものを
教えるつもりはなかったのなの】
【……】
「サフィはもう
前を向けるようになったのなの?」
痛みも、後悔も、無力感も
哀しみも、苦痛も……生涯消えることは
ないけれど、それでも前を向けるようにはなった。
「そうだね。うん。
僕もそう思うわけ」
教えてほしくて、質問しても
はぐらかされることが多かった。
どうして、教えてくれないのかという質問に
今の僕には、教えることはできないと
教えてもらえない事の方が多かった。
それは、僕の知識や魔法技術が足りないのかと
思っていたけれど、そうではなかったのか。
過去を受け入れ、乗り越えることができるまで
ずっと、待っていてくれたんだ……。
僕の心が安定するまで。
危険な魔法や、魔導具から遠ざけてくれていたんだ。
「そっか」
「そうなのなの」
【ありがとう、フィー。
僕の、フィナリナ】
フィーと契約するときに、僕が捧げたフィーの名前。
僕とフィーしかしらない、契約の証。
僕が、フィナリナと呼んだことで
フィーが、驚いた表情をみせたあと
精霊らしい美しい笑みを、僕に向けてくれたのだった。





