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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 河津桜 : 思いを託します 』

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『 愛を謳う花 』

【 ウィルキス3の月30日 : アギト 】


『これで、彼女は僕のモノ……』


セツナのこの言葉に、今まで感じたことがないほどの

狂気を彼から感じた。


私には、それがセツナの本心なのか演技なのかの

判断がつかない……。満足気な笑みを浮かべているのに

罪悪感と悲しみに揺れる瞳を、エレノアに向けている。

セツナのその姿に、正気と狂気の狭間を

揺れ動いているような表情に、息が止まるほどの恐怖を覚えた。



本当に空を飛んでいるかのように、楽しいという

表情を浮かべて、エレノアがセツナと戦っていたのは

数分前の事だ。セツナが、エレノアを空のでぇーとへ

連れていくまでのエレノアは、見ているこちらが

苦しくなるほどの、戦闘をしていた……。


正直、彼女のあのような姿を見るのは初めての事で

その背に、土がつくことなど……想像したこともなかった。

いや、いつか私がエレノアを倒すと決めていたのだが

セツナに先を越されてしまった……。


そう、いつか……彼女を倒すのだと。


エレノアは、自分にかけられている呪いの事もあり

焦る心を抑えることができなかったのだろう。

彼女の気持ちを考えると、私も同じような状態に

なる可能性の方が高い。


そして、それをセツナは感じ取りエレノアが彼女らしく

戦えるように、空へと連れだしたのだろうと思う。


アラディスが、セリアに偵察を頼み

帰ってきた、セリアが口にしたのは

「三日間ほど、監禁して抱きつぶす」て言ってたワ、と

いう言葉……。主語が抜けているだろう? 主語が。


どういった、話の流れからそのような会話になったのかは

知らないが、セツナが監禁して抱きつぶしたい相手は

エレノアではなく、トゥーリだろうに。


何時ものアラディスなら、すぐに気が付くはずなのだが

エレノアの事しか頭にない状態では、説明するだけ無駄だろうと

口を挟まなかったが、アラディスの目には完全に殺意が浮かんでおり

私達では、もうどうしようもないと諦めエレノアに

丸投げすることに決めた。


そんなこちらの状況を、セツナもエレノアも気にすることなく

エレノアは、セツナが創り出す光景に目を奪われ

そして、多分心も奪われていたのだと思う。


恋愛などという感情ではなく

舞台一面に広がる、青々とした草原の中に

大きな漆黒の翼を広げて、唯一心にエレノアを見るセツナの

物語の挿絵のような、その美しい姿に

目と心を奪われていたのだろう。


エレノアは、絵の鑑賞も好んでいるようだから。


二人が、空の上で何を話していたのかセリアは言わなかった。

「セツナとエレノアに、聞けばいいワ」とそれだけ告げて

消えてしまう。これ以上、私達とは話す気はないという事なのだろう。


消える間際の「金貨は、セツナに渡しておいてネ」と

セリアが残した言葉に、アラディスの眉間にはこれ以上

皺を刻むことができないと思えるほどの皺を刻んでいた。


もう、誰もアラディスに触れる者はいない。

心の中は、怒りで恐怖を凌駕し正直危ないところまで

きているような気がするが……エレノアが何とかするだろう。


空の上で、二人が何を話していたのかはわからない。

わからないが、戻って来てからのエレノアの表情や動きは

今までとは、比べることができないほど

生き生きと輝いていた。


彼女の全力の戦闘を見たのは、初めてだが

魔力が使えれば、彼女はこれほど自由に飛び跳ねるのか、と

幸せそうな表情を浮かべ、セツナに必死に喰らい付こうと

もがいている彼女を見て、苦笑が零れた……。


エレノアが、魔力を使えなくとも

私とサフィールは、彼女に一度も勝てたことがない。


……。


『殺す。殺してやる。殺してやる。殺してやる。

 必ず。必ず強くなって、殺してやる。いつか絶対に

 絶対に殺してやる。必ず。必ずだ……』


あの日、アラディスが狂いそうになった日

あの時から、私とサフィールはエレノアに

剣や魔法を向けるのが、怖くなっていた。


失いたくなかったから。


サフィールが、一人で呪いの研究をしていることも

知っている。フィーですら、解くのは難しいと

断言した呪いなのに、サフィールは諦めてはいない。

エレノアに施す魔法も、改良が重ねられていることを

フィーから聞いて知っていた。


エレノアの体が少しでも楽になるようにと

努力しているのだと……。


多分、サフィールはエレノアに

自分の姉を重ね合わせているのかもしれない。


自分が殺したのだと、助けることができなかったのだと

憎悪と悲しみと……後悔に濡れるその目を

サーラに向けていた姿が脳裏をよぎった。


「なんなわけ?」


私が視線を向けたことに

気が付いたサフィールが、こちらを見る。


「今日、覚醒したばかりの魔法属性を

 あそこまで自在に操れるものなのか?」


本心は隠し、気になっていた事を問う。


「ああ、他の奴等なら無理なわけ。

 僕もそうだけど、セツナも他の属性魔法の

 構築や解体に手を出しているから、できることだと思うわけ」


「使えないのに、構築するのか?」


「使えなくても、参考になる個所はあるわけ。

 地道に、他属性の魔法陣を研究して

 自分の属性に反映することも多々あるわけ」


「そうか」


「エリオも、趣味の一つとして

 他人の魔法を解体して遊んでいるわけ」


「……」


「次からは、迷うことなく

 広域魔法を、ぶつけることができそうなわけ」


サフィールの言葉に、小さく笑う。

こいつも、私と同じことを考えていたようだ。


私達が、どれ程迷惑をかけようとも

困らせようとも、怒らせようとも

彼女達は、カルーシアと同じように私達の傍にいてくれた。

正面からぶつかろうが、奇襲をかけようが

私達が、倒れるまで訓練の相手をしてくれた。


それが、私達にとってどれほど嬉しかったか

私もサフィールも、死んでも口にするつもりはないが

私達にとって、酒肴と剣と盾は大切に思うチームで

あの時代の、心の拠り所だった……。


【愛しき馬鹿】は【酒肴】と同じで、若者を育成する

チームの一つだった。だが、私とサフィールが入った時は

自分達のチームを作ることを認められ、若いメンバーは

全て抜けた後だったようだ。


だから、学院に入れられ学ぶことを

強要されたのだが……。


チームに残った、リーダーとサブリーダー以外は

悪い人達ではなかったが、話を聞かない、いう事を聞かない

碌な事をしない、私達に手を焼き……自由にさせることに

決めたらしく、話しかければ答えてくれるが

それ以上深くは、付き合ってもらえなくなったと思っていた。


だが、それは間違いで……。

自分達の行いは、自分に跳ね返ると教えるための

一時的なものだったのだが、私達はサーラと出会い

酒肴と剣と盾に入り浸り、計画が破綻したのだと

ある程度成長してから、酒の席で笑い話になっていた。


ランクが上がってから、彼等がどれほど

私達に心を割いていてくれたのかを知る。

私達が、酒肴と剣と盾と共に依頼に出てもいいように

同盟を組んでくれていたり、私達の食費などを

負担してくれていたりと……。


彼等は、私達に何も言わず見守ってくれていたのだ。

誰もが通る道なのだと。お前達のように捻くれた悪ガキ達は

初めての経験だったから、試行錯誤だったがなと……。


そして、エレノアもバルタスもそして彼等も

未だに、私を信じ支えてくれていると実感した。


ある現象を疑い、疑心暗鬼になっていた私に

救いをくれたのは、クッカだった。


それを、裏付けるように私を安心させてくれたのは

エレノアとバルタスだった。


【魔物の異変に関する報告書】


この調査をしたのは、【愛しき馬鹿】のメンバーだった

元黒の一人だった。私が信頼する人間の一人。


あぁ、そうか。エレノアもバルタスも

私が何に不安を抱いていたのか、全て知っていたのか。

口にすることがなかっただけで……気が付かれていたのか。


「……」


白麗の翼を、陽の光に煌めかせながら

空を舞う、エレノアを見つめる。


きっと、私とサフィールの攻撃に

迷いがあることを、彼女は気が付いていただろうに

私達を一度も責めることはなかった。


同じことをされれば、私は怒り狂うと断言できるのに。

それでも……。


それでも、もしもを考えると踏み込めなかったのだ。


隣で、一心にエレノアを追い

見惚れているアラディスを見て、大丈夫そうだと安堵する。

彼女に何かあれば、アラディスもまた生きてはいないだろうから。


この辺りの思考は、きっとセツナと同類かもしれないと感じる

だからか、アラディスはセツナに説教めいたことを

あまり言わない。


気を抜くと、すぐに命を亡くしてしまうこの世界で

私は、この縁と出会い絆を繋ぐことができた。


一日でも長く、この絆を繋いでいきたいと

心から願っている……。多分、サフィールも同じことを

願っているはずだ。


今のこの賑やかな時間を、私は大切に思っていた。



いつの間にか、会場は静まり返っており

セツナとエレノアが、剣をぶつける音が

一際大きく響いている。


さほど時間は経っていないのに

二人の戦闘は、もう数時間も続いているような気がした。


試合の観戦者たちは、身を乗り出すようにして

二人の模擬戦を見つめており、時々思い出したように

息をしている姿を見るのが面白い。


セツナとエレノアの戦闘を、把握することが

できなくとも、二人の動線を舞台が変化することで

認識でき、完全に見えないわけではなく

所々でも、二人の姿をとらえ

まるで、物語の中にいるかのような

錯覚を覚えるのだから、惹きこまれるのは

当然かもしれない。


水使いがいる、劇団の演出でも

ここまで、美しい舞台は存在しない。

戦闘が分からない子供でも楽しめているはずだ。


だが、そんな時間も終わりを迎えることになる。

エレノアが、呼吸を静めるためにセツナから距離を取った。


「次の一撃が最後になるだろな」


バルタスの言葉に、私もサフィールも頷いた。


エレノアが、ラ・エルドルーラに視線を落とし

そして、微かにアラディスを見るように視線だけを

こちらへと向けた……。


「エレノア?」


アラディスが、唖然としながら彼女の名前を呼ぶ。


アラディスだけに、向けられる笑み。

愛しいのだと語るような、そんな柔らかさを秘めた

微笑みに……一瞬目を奪われる。


驚いた……。


「何があったわけ……?」


「わからない」


私達にも、あまり感情を見せることがなかった彼女が

こんな人がひしめきあっているこの場で

あのような笑みを見せるとは、思ってもみなかった。


その笑みは、瞬きをする間に消えてしまい

表情を引き締めて、右手に握っている

ラ・エルドルーラを胸の辺りに掲げ


私達には届かない声で、何かを呟くと

エレノアの足元に魔法陣が現れ

淡く光るとすぐに消えた。


どこか、エレノアの覚悟を見せるような

動作に拳を握る。何を考えている?


「エレノア!?」


「エレノアさん!」


その、魔法陣が現れたと同時に

アラディスとアルヴァンが、焦ったように声をあげ

ヤトを見ると、ヤトも目を瞠ってエレノアを凝視していた。


サフィールに視線だけ向けると、首を横に振る

アラディス達が驚き、サフィールが知らないとなると

特殊な何かという事か……。


「何を、何を誓った……エレノア」


感情を押し殺した様に呟くアラディスの声は

とてつもなく低い。


『……白麗の翼、エレノア参る!』


闘志と共に、言葉を響かせ

エレノアは、一気に空へと駆けあがり

それと同時に、セツナもエレノアを追うように

空へと駆けあがる。


空中で止まることなく、エレノアはセツナへと

めがけて飛ぶように走り、渾身の一撃だろう剣を振るった。


盛大な音を響かせるだろうという予感は外れ

自分の目を疑いながら、二人を視界に入れている。


ラ・エルドルーラの一撃は

ノル・ド・ゼブラーブルで防がれたのではなく

セツナの左腕で受け止められていた。


セツナの腕から、一筋の血が流れ地上へと落ちていく。


『うわ、最後の最後で目測を誤ったかな?

 風の盾を破られるとは思わなかった……』


思ってもみなかった、セツナの行動に

エレノアの思考が、止まっているようだ。


『お見事です。エレノア』


彼のどこかおかしい不自然な言葉に、首を傾げる。

それは、エレノアも同じで訝し気にセツナの名を呼んでいた。


セツナはそんなエレノアの様子を気にすることなく

『しかし、勝負は僕の勝ちです』と優し気に微笑んだ後

その笑みのまま、エレノアの胸をノル・ド・ゼブラーブルで突き刺した。


「……」


その一瞬の出来事に、思考がついていかない。

今見たものが、間違いではないかと脳が否定する。


だが、エレノアの痛みを訴える声で思考が引き戻され

この状況が、間違いではないと脳に叩きつけられた。


「エレノア……?」


アラディスは、まだこの事態を受け入れられないのか

茫然としながら、エレノアの名を呼び。


アルヴァンが、剣を抜き飛び出そうとしたのを

クリスが押さえつけて止めた。


クラール達が居るほうを見ると

ザルツとカルーシアが、二人を取り押さえている。


エレノアが、声をあげるたびに

観客席のざわめきが大きくなり、セツナを責める声が響く。

セツナは、周りの状況など気にすることなく

更に、エレノアの胸にノル・ド・ゼブラーブルを深く突き刺し

それと同時に、エレノアの白く美しい翼が四散し

舞台の全ての草が枯れ、荒廃した大地が広がっていった。


脳裏を、セツナが語った騎士の物語が流れていく。


『振り向いてくれない。後輩騎士のたどり着く先は

 もう、一つしか残っていなかった?』


女性騎士の命を奪う事で

自分のものにしたという事か……?


声をおさえるためか、唇をかみしめたのだろう。

エレノアの唇から血を流しているのが目に映った。


多分、意識は朦朧としているようだ。

エレノアとセツナが何を話しているのかは

こちらまで届かない。セツナの表情は伏せられていて

その目の色を私達は知ることができない。


エレノアの瞳から、命の輝きが失われていくのを見て

舞台へと乗り込みたくなる気持ちを、必死に抑える。


アルヴァンが、必死の形相でクリスに離せと

叫んでいるが、クリスはその力を緩めることはなかった。


ヤトが……総帥が、未だに動かないのだから

私達が動くことはできない……。

ヤトもその瞳を剣呑に染めながらも、じっと耐えていた。


多分、セツナを信じたいという気持ちが

あるに違いない。だが、苦しんでいるエレノアを見て

その気持ちが、揺らいでいるのがわかる。


ヤトは、ここで自分が動けば

悪い方向へ流れると、気が付いているのだろう。

それに、エレノアがセツナを守るために耐えているのだから。

その意志を、無視することもできないのかもしれない。


ヤトや私が動かない事で、観客達が

落ち着きを取り戻し始め、暫くして

演出かもしれないと声が上がり始めた。


多分、リオウ達が裏から手をまわしたのだろう。


ふと、サフィールを見ると

サフィールは、目を見開きまだエレノアを凝視していた。

意識は完全に、二人に向いている。


「サフィール?」


呼んでみても反応がなく

もう一度、声をかけることで意識がこちらへと向いた。


「ありえないわけ……」


それだけ呟くと、アラディスを見て首を横に振り

「フィー。剣と盾の全員を縛って欲しいわけ」と

言葉にしたあと、アルヴァンは身動きできなくなり

歯を食いしばり、セツナを睨みつけているのを見て

軽く溜息を落としてから、この場から消えた。


説明ぐらいしていけよ、と思うが

サフィールの表情にも、全く余裕がなかったところを見ると

私の事など、目にも入っていなかったのだろう。



リオウ達が、裏から手をまわし

ようやく落ち着き始めたというのに……。


『これで、彼女は僕のモノ……』という

セツナの言葉で、全てが無に帰した……。


セツナの声に、一瞬で意識を持っていかれる。


エレノアの体が崩れ落ちそうになるのを

セツナが片手でエレノアの腰を支え

彼の背にある、漆黒の翼がエレノアを大事そうに包み込んだ。


セツナは、まだ辛うじて意識のある

エレノアに、何かを話しているようだが聞こえない。


セツナが何かを囁くと、エレノアが静かに瞳を閉じていく。


『このまま、僕の腕の中で……眠りにつくといい』


そう言葉にするセツナの声は暖かいのに

彼が発する気配は、その声音とは裏腹に冷たく

エレノアを見つめるその表情は

嬉しそうに微笑んでいるのに

その瞳は、暗く……悲しみに彩られている。


『貴方の心が、僕のモノにならないというのなら

 その心ごと、僕の腕に閉じ込めてしまおう。

 二度と、彼に……その笑みを向けないように』


その笑みというところで、エレノアが

アラディスに見せた、柔らかな微笑みを思い出し

セツナは、エレノアのことをそれほどまでに

欲していたのだろうか……と、呑まれそうになった瞬間

アラディスがこの場から消えた……。


「はっ?」


フィーに縛られていたはずなのに、どうやって抜け出した?


『エレノアっ!!!!!』


まるで、慟哭しているかのような叫びに息がつまる。

あの時と同じ、狂いかけている一歩手前のような

アラディスの様子に、慌てて追いかけようとするが

私の腕を取り、引き留めた者がいた。


「大丈夫なわけ」


「サフィール」


「セツナが、アラディスの拘束を解けと

 フィーに告げたわけ」


「なぜだ?」


「そこまでは知らないわけ」


サフィールと会話をしながらも

お互い、顔は舞台へと向けたままだ。


殺気を纏わせ、エレノアを取り返そうと

セツナの翼の中にいる、彼女にアラディスが手を伸ばす。


エレノアの意識は、完全に落ちていなかったのか

アラディスの声に反応したのだろう、エレノアも

指先を震わせながら、アラディスへとその手を伸ばし

もう少しで触れるというところで、アラディスが弾かれるように

吹き飛ばされ、地面へと叩きつけられた。


エレノアは、完全に意識を落としたのか

腕が落ち、その腕をセツナが自分の翼の中へと仕舞いこんだ。


そのセツナの行動に、アラディスの怒りが更に煽られ

アラディスが剣を抜き、空へと駆けあがるように

セツナへと向かい、殺意がこめられた剣をセツナへと振るうが

セツナは、漆黒に染まったノル・ド・ゼブラーブルで

アラディスの剣を、いとも簡単に砕いてしまった。


武器を失ったアラディスに、セツナは魔法を使い

また、アラディスを地上へと叩き落とす。


その容赦のない攻撃に、あれは本当に演技なんだろうかと……。

思わずにはいられない……。


セツナは、本気でエレノアを求めているのだと言われても

違和感を覚えないほど、セツナの瞳は冷えていた。


殺気を含んだ命のやり取りに

観客達の顔色は酷く悪い……。

それでも、誰も視線を逸らそうとはせず

食い入るように、舞台へと顔を向けていた。


呟くように、動く唇を読むと

アラディスを応援しているようだ。

魔王から、エレノアさんを取り返して、と。


何とも言えない気持ちになるが……。

今のセツナは、魔王のようだと感じる。

その手に握る、ノル・ド・ゼブラーブルに意識を

奪われているのではないかと、サフィールに聞いたが

そうなった場合、上位精霊とフィーが手を出してくると

断言したことで、少しだけ安堵したが……。


ここまで来ても、セツナの意図は見えず

困惑するばかりだった。



セツナに、叩き落とされたアラディスが起き上がる。

アラディスは、無表情で手の中の剣を見てから柄を離し

先ほどエレノアが手放し地面に刺さっている

ラ・エルドルーラを引き抜き、未だに空にいるセツナを睨みつけていた。


『隊長……申し訳ありません。

 俺に、一時だけ剣の使用許可を……』


そう呟くと、アラディスがラ・エルドルーラを構え

一度目を閉じてから、セツナを見据え今度は転移の魔道具を使い

セツナへと接近し、エレノアを抱いている左腕を切り落とそうと

剣を叩きつけるように、振り下ろすが

セツナは剣が振り下ろされると同時に、転移で距離を取り

アラディスに見せつけるように、エレノアを抱え直した。


ギリッと奥歯をかみしめる音を響かせ

アラディスが真直ぐにセツナを見る。


その瞳の色は……。

もう完全に敵認定をしている色だ。


「うわぁ。アラディスが本気で切れたのを

 久しぶりに目にしたわけ……」


「鳥肌が立つな……」


あの姿のアラディスに、良い想い出はない。

アラディスの姿が、陽の光に溶けるように消える。


アラディスが消えたことで

観客席が、小さくざわめく。


アラディスの能力は、透明化。

自分自身と自分の体に触れているもの全てを

映らなくすることができる。


何度、後ろから殴られたかわからない……。

温和そうに見えて、黒の力量を持つ者の中で

一番質が悪い戦い方をするのが、アラディスだ。


騎士だったくせに、闇討ち上等とか

どうなっているんだと、思ったことがある。

騎士時代は、絶対に猫を飼っていたに違いない。


姿を消し、セツナに攻撃を仕掛けるが

その全てが防がれ、弾かれ、叩き落とされと

散々な結果になっている。


それでも、アラディスから殺気も闘志も

消えることはなく、淡々とエレノアを取り戻すために

もがいていた。


『エレノアを、返せっ!』


アラディスの、心の底からエレノアを呼ぶ声と

殺気に反応したのか、エレノアのアラディスを呼ぶ

小さな声が響いた。


『……アラディス』


『エレノアっ!』


エレノアの意識を完全に取り戻そうと

アラディスが叫ぶと同時に

エレノアが、アラディスの前に現れ……そして落ちていく。


アラディスの気配と殺気を感じ

切羽詰まったように、エレノアを呼ぶアラディスに

彼女は、緊急事態だと判断したのか

意識が完全に落ちていたのに

微かに目を開けアラディスを確認すると

迷わず、アラディスのそばへと転移した。


『エレノア!』


落ちていくエレノアの腕を、自分の体勢を崩しながら

空中で握り、エレノアを引き寄せ自分の腕の中に入れた。

エレノアを取り返したことで、安堵した表情を浮かべ

地面が近づいてきたところで、危なげなく着地し膝をつく。


膝をついたまま、エレノアをゆっくりと地面へと寝かせるが

上半身は抱えたまま、離そうとはしなかった。


きっと、ここでエレノアを手放すと

セツナにまた奪われることを警戒しているのだろう。


頭の先から、爪先までエレノアが怪我をしていないか

確認したあと、ほっと息を吐き、そして伏せていた顔を

ゆっくりと上げ、転移で地上に降りてきた

セツナへ、殺意をのせた闘気を放つ。


『セツナっ!』とその心のままに

憤りと憎悪を込めた瞳を彼に向け威嚇するように叫んだ。


その瞬間……アラディスの背から

エレノアと同じような、純白の翼が現れその翼が大きく広がり

翼から抜け落ちた羽が、アラディスとエレノアの周りを舞い

二人を守るように、空から光が降り注ぎアラディスの翼が

大きく羽ばたく……。


まるで、魔王に対抗するために

神が、英雄に力を与えたかのような……光景。


その羽ばたきから生まれた風が

純白の羽を舞い上げると同時に、一輪の薔薇が

アラディスとエレノアの前に現れ、その薔薇を中心に

二人を取り囲むように、真紅の薔薇が螺旋を描きながら

荒廃した大地へと広がっていった。


疲弊した二人を守るように

真紅の薔薇は数を増やしていく。


アラディスの翼が、彼の呼吸と合わせるように羽ばたき

羽ばたきが起こす風が、真紅の薔薇を優しく揺らしていった。


その光景に、目を奪われ、心を奪われ

感嘆の溜息が、会場中から溢れていた……。


螺旋を描いて、敷き詰められるように真紅の薔薇は

荒廃した大地を潤していき……。


そして、真紅の薔薇とアラディスがおこした風が同時に

セツナへと到達し、セツナに触れた瞬間……。

彼の漆黒の翼が砕け散り、その美しい羽が風に舞い消えていく。


セツナは、目を瞠りアラディスと視線を合わせ

そして、その目を寂しげに揺らしエレノアを見て儚く笑ったあと

右手を目元にあててその肩を落とし

空気に溶けるように消えた……。


「……」


会場中の誰もが魅せられ、誰一人声をあげることなく

舞台を見つめている。


真紅の薔薇で埋め尽くされた舞台にいるのは

意識を失ったエレノアとセツナが舞台から消えたことで

安堵して、気を緩めたアラディス。


『エレノア……』


『……』


『目を開けてエレノア……。

 俺を置いていくなよ。

 俺を独りにするな……』


ハラハラと涙を落としながら

アラディスが、呟くようにエレノアに言葉を落とす。


『君がいなくなったら……俺は……』


震える手で、エレノアの手を取り

その指先に、軽く口付けを落としその手を離すと

エレノアに、縋るようにきつく抱きしめる。


『エレノア……』


何度も、何度も囁くようなアラディスの声に

エレノアの小さな声が重なった。


『……アラディス?』


『エレノア!』


エレノアは、ゆっくりと目を開け

一番にアラディスを視界に入れて、目を瞠り

涙を落としているアラディスに、苦笑したあと

その繊細な指先で、アラディスの目元を優しく撫でた。


『……何を泣いているんだ』


『君が……。

 君が、起きないから』


死という言葉を、口にしたくはなかったのだろう。


『……そんなことで泣いていたのか?』


呆れたような、エレノアの声に

アラディスは、それでも嬉しそうに笑う。


エレノアの意識は、まだはっきりしていないようだ。

嬉しそうに笑うアラディスの頭を

エレノアは優しく撫でていた。


『……ここは……私は何を……。

 えっ……?』


アラディスから視線を外し、自分の状況を確認するために

首を横に向けた途端、エレノアが飛び起きるように上半身をおこす。


『……確か、私は模擬戦を』


『……』


『……どうしてこんなことに?』


混乱しながらも、状況を把握したのだろう。

それ以上周りを見ることはせず

エレノアは両手で顔を隠した。

どうやら、思い切り照れているらしい。


エレノアの反応を見て、アラディスがここでやっと

周りに視線を向け。そして、自分達の周りが

真紅の薔薇で囲まれ、舞台一面に真紅の薔薇が

咲き誇っているのを見て、絶句したあと

声にならない声をあげていた。


セツナに、引きずり出された事を理解したのだろう……。

もし、自分がされたらと考えると恐ろしくて仕方がない。


後で、私にはしないようにと

釘を刺しておかなければ……。


セツナはといえば、ここから離れた場所で

楽しそうに口角をあげて、二人の様子を眺めていた。


「あいつは、僕達よりも

 悪戯が過ぎるわけ……」


「……」


サフィールの言葉に、否定する言葉は

どこからも返ってこなかった……。


オウカ達の気持ちが

今日、初めて分かったかもしれない。


セツナの姿を見つけたアルトは

エレノアとアラディスを気にすることなく

一目散に、セツナの下へと駆けていく。


その眉間に皺が寄っていたのは

なぜなのか、気になりながらもアルトの背から

視線を外し、舞台へともどすとアラディスが立ち上がり

幸せそうな、それでいて苦笑に近い笑みを浮かべながら

エレノアに手を差し伸べていた。


エレノアは、チラリとアラディスを上目遣いで見てから

一度小さく溜息を落とし、アラディスの手の上に自分の手を重ねる。


二人が立ち上がり、どちらからともなく

噴き出すように、小さく笑うと

何処かから、ぱちぱちと手を叩く音が響き

その音が、きっかけとなり手を叩く音が増えていき

そして、最後には会場の内外から割れるような歓声と拍手が

二人に降りそそいでいた……。


エレノアとアラディスが、観客達に騎士の礼をして応えたあと

転移魔法で、私達の下へと戻ってくる。


どこか疲れたようなエレノアと、キョロキョロと何かを探すように

顔を動かしているアラディス。そして目的のものを見つけたのか

目を細め、殺気を纏いながら見ていたのはセツナだった。


エレノアから手を離し、アラディスがセツナの方へと

足を踏み出しかけたと同時に、サフィールがアラディスの前に立ち

アラディスが「どけ……」と言葉を告げた瞬間に、サフィールが

アラディスの腹に、自分の拳を叩きこんだ。


全く、予想していなかった攻撃にアラディスが膝をつく。


「な……にを」


「お前、いい加減……正気に戻って

 状況を把握してくれる?」


サフィールの、凍えるように冷たい眼差しと声音に

ここにいる、全員の視線がサフィールへと向いたのだった。




* アラディスの俺は、仕様です。

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2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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