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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 河津桜 : 思いを託します 』

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『 追憶 』

【 ウィルキス3の月30日 : バルタス 】


 舞台の上に、暁の風のセツナと剣と盾のエレノアがそろったことで

観客達の期待は高まり、その高まりに合わせて会場が揺れるほどの

歓声となって、舞台へと降り注いでいる。


そんな歓声の中、エレノアはともかく

セツナぐらいの年齢ならば、その熱気に飲まれても

不思議ではないというのに、彼は憎たらしいほど

何時もと同じだった。いや、彼の場合は興味がないだけだろうな。


どちらかといえば、エレノアの方が

少し落ち着きがないように見えた。これはお互いを知り尽くして

いるから気がつけることであって、他の者達から見れば

エレノアもまたいつも通りに見えているだろうが……。


「エレノアはどうしたんだ」


舞台の上のエレノアを観察するように

アギトが目を細めてエレノアを見る。


「エレノアらしくないわけ。

 緊張とは違うような気がするわけ」


「お前さん達もそう思うか」


「緊張というよりは

 何かが気にかかっているような感じに思えるが……」


「サフィール!」


アラディスも、エレノアの様子がおかしいことに気が付ており

焦ったように、サフィールを呼ぶがサフィールは首を横に振り否定した。


「呪いのせいで、痛みがあるだとか

 命を削り始めているといったことはない」


「なら、どうして……」


「それがわからないから

 僕達も、気になっているわけ。

 お前は、エレノアから何か聞いていないわけ?」


「聞いていない……が」


そこまで言いかけて、アラディスが口を閉じた。


「……」


そのまま黙りこみ、俯くアラディスに皆が首を傾げる。

もしかしたら、何かに気が付いたのかもしれない。


普段とは違うエレノアの様子に、皆が首を傾げるが

アラディスが黙り込み、口を閉じたことで

余計に、その答えが見つかることはなく

とりあえず、様子を見守ることにしようと結論付けた。


わし達が、答えを求めているうちに

舞台の上では、ヤトが模擬戦闘をするにあたっての規則を告げていた。


規則の説明は、セツナとエレノア両者に告げられているわけだが

ヤトは、エレノアの方には一切視線を向けることはせずに

淡々と、セツナの目を見て規則を説明している。


セツナは、視線が自分に固定されていることに気がついており

神妙に頷いているように見えるが、内心何を考えているのかは

わしには、さっぱりわからない。


セツナの胸中は複雑すぎて、本人も隠すことを得意としていることから

感情一つ読むだけでも、なかなかに苦労する。


ただ、言葉を重ねれば重ねるほど

ヤトの眉間に皺が寄っているところを見ると

ヤトにはある程度、セツナの感情が読めているのかもしれない。


そんなセツナとヤトの姿を、エレノアは呆れたように眺め

小さく笑みを落とした。


笑う余裕があるのなら、大丈夫か……。

エレノアが、心の内に何を抱えているのか知ることはできないが

先ほどよりは、顔色が良くなっているように思える。


「どうして、私の方を見て笑わない」


隣から聞こえてきた、低い声に思わずアラディスを見る。

エレノアが、セツナ達を見て笑みを浮かべたことに

腹を立てているようだ。


アラディスの眉間に皺が寄り

苛々とした感情を、自分の周りに振りまいている。


サフィールに「うざいわけ」と言われているが

耳に入っている様子はない。


今の精神状態のアラディスには

何を言っても無駄だという事はわかっている。


自分の本当の感情を、無意識に押さえつけ

自然に嫉妬という感情で、上書きしているこの状態では

誰が何を言っても、耳に届かないだろう。


一瞬たりとも、エレノアから視線を外そうとしない

アラディスをみて、内心溜息を落とす。

アラディスの、エレノアを見つめ続けるその瞳が

暗く翳っていることに、わしもそしてアギトとサフィールも

気がついている……。


アラディスが、最後までその感情に

気が付くことなく、終わることを心の底から願った。



エレノアの小さい笑みに、セツナが目ざとく反応し

彼女を見て『僕は、わるくないですよね?』と

同意を求めるが、エレノアは優しく目を細め

『……総帥の話を、しっかり聞くべきだ』とセツナを諭した。


落胆したように、わざと肩を落とす姿に

エレノアが笑い、ヤトが溜息を吐き

観客席からの忍び笑いが、会場に響いた。


わずかだが、エレノアの顔色が良くなっている。

もしかすると、ヤトはともかくセツナもまた

エレノアの状態を気にかけているのかもしれない。


楽しげに瞳を揺らしている、エレノアを見ても

アラディスの機嫌は、浮上することなく

いまだ、低空を漂っているようだ……。


誰よりも、独占欲の強いこの男は

セツナが、エレノアの手に触れたことも

その手の甲に、振りとはいえ口付けを落としたことも

そして、口説いているかのような態度の全てが

気に入らなかったようだが、一番気に入らなかったのは

エレノアが、セツナに見惚れたことだろう。


まぁ、あれは仕方ないとわしも思うんだが。

あの時のセツナは、柔らかな拒絶と共に

エレノアに、心を傾けていたからなぁ。


排他的な彼が、エレノアの言動を許し認め

彼女の為だけに、その笑みを見せたのだから

見惚れるなという方が、無理だろうに。


アラディスの、エレノアへの執着は

初めて顔を合わせた頃から変わることがない。


その執着は、アギトやサフィールがサーラに見せている

ものよりも、深く暗い。男のわしから見ても

重いものを感じるほどなのだが、エレノアはアラディスの

そういった面も、許容しているのか、楽しんでいるのか

特に、苦痛を感じているようには見えない。


アラディスにしても、アギトやサフィールにしても

一途なのはいい事だが、その愛情が重すぎて

潰れかねないと思うのは、わしだけだろうか?


自分の娘の相手は、もちろん一途な相手をと思うが

ここまで酷いのは願い下げだ。まぁ、相手はもう

ほぼ決まっているようなものなのだが、と反対側にいる

酒肴のサブリーダーへと軽く視線を落とした。


「何か?」


わしの視線に気が付いた、ニールが真面目な顔で

問うてくるが、何もないと首を横に振り顔を正面へと戻した。


『模擬戦闘の規則は以上だが、何か質問は?』


ヤトの確認に、二人が首を横に振り『ありません』と口にする。

二人の返事に、ヤトが頷き『戦闘の準備を』と告げ

ヤトの「準備を」との声に、エレノアが間合いを取るために

セツナとは反対の方へと、足を踏み出し歩きかける。


だが、エレノアが足を踏み出すと同時ぐらいに

セツナが手を伸ばし、エレノアの腕をつかんで

自分の方へと軽く引き寄せた。


エレノアにとって、思ってもみなかった力が加わったことで

彼女は、軽く重心を崩し、セツナの方へと傾きかけるが

体勢を立て直しつつ、器用に体の向きをかえることで

セツナに、寄りかかるのを防ぐ。


セツナはすぐに、捕まえていた腕を離し

重心を崩したエレノアを支えるように、軽く肩に手をのせていた。


セツナと向かい合う形になったエレノアは

目を軽く瞠ったまま、セツナと視線を交差させている。


二人の距離は、ものすごく近い。

セツナがそのまま、顔を落とせば口付けられるほどに。


観客席から、女性達の声が飛び

エレノアの信者からは、怨嗟の声が舞台へと投げられ

悲鳴ともとれる歓声が、闘技場に満ちていた。


「っ……」


わしの隣にいるアラディスから殺気が漏れ

舞台へと踏み出そうとするのを、その肩をおさえて止まるように促すのだが

大人しく止まるような奴ではない……。


「離せ!」


「大人しくしとかんか」


「できるわけがないだろう!?」


アラディスが、わしの手を叩き落とすように払い

歩き出そうとしたが、体が揺れただけで

その足が踏み出されることはなかった。


「動かない?!」


動揺しているアラディスの小さな叫びに

返答したのはサフィールだった。


「面倒を、かけさせないでほしいわけ」


アラディスの方を、見向きもせずに告げ

サフィールのすぐ横に、いつの間にか居たフィーが

全く、目が笑っていない笑みを向けながら言葉を吐いた。


「邪魔をしては、いけないのなの。

 邪魔をすると殺すわよ、なのなの」


アラディスの足が動かないのは、フィーが魔法を使ったらしい。

サフィールが、嘆息しているところを見ると

フィーは自主的にこの場に来て、アラディスを縛ったようだ。


相変わらず、セツナとアルト以外には辛辣な彼女ではあるが

サフィールが、わし達から見ても変化したように

フィーもまた、笑顔をよく見せるようになっていた。


まぁ、わし達に見せるわけではなく

サフィールや、セツナやアルトに対してなのだがなぁ。


アラディスを縛り付けて、気が済んだのか

フィーは、サフィールの傍を離れて観客席へと転移で戻っていく。


「今日のフィーは、観客席から離れないな」


「セツナの呼んだ上位精霊が、観客席に居て

 一緒に、観戦しているわけ」


「……」


「フィーが自主的に動いているのは

 多分、上位精霊とフィーが楽しんでいるからだと思うわけ。

 だから、二人の楽しみの邪魔をすると問答無用で消される気がする」


アギトが、フィーを視線で追いながら告げたことに

サフィールが、また軽く溜息を落としながら答え

その答えに、クリス達が驚いたようにサフィールを見るが

サフィールは、それ以上何もいう事はなかった。



『……どうした?』


エレノアの声に、フィーがかけた魔法を解こうと

もがいていたアラディスが、もがくのをやめ

エレノアを凝視する。


セツナを見上げるように見つめるエレノアに

セツナは、ゆるく弧を描いた口元をゆっくりとエレノアの

耳元へと移動させ、何かを囁いていた。


だが、その声はここに届くことはなく

あまりにも近い、セツナとエレノアの距離にアラディスが

また暴れはじめ、動けない事に業を煮やし

アルヴァンに、舞台へあがって引きはがせと命令を下すが

アルヴァンは、真面目な表情で首を横へと振っていた。


動かないアルヴァンに、それならば

自分をエレノアの元まで運べと、命令するも

「精霊に消されると困るので、運べません」とこれまた真面目な顔で

断っていた。


アラディスが「エレノアに何かあったらどうする!」と叫んでいるが

何があるというんだ……。


それぞれに、白い目を向けられているが

アラディスは、全く気が付かない。


「エレノアが!」と悲痛な声が響くが、そもそも二人の傍には

ヤトがいる。度が過ぎている行為ならば彼が止めるだろうし

ヤトが止める前に、セツナの行いが理不尽なものならば

エレノアが躊躇するはずがないのだ。


それに、アラディス以上に伴侶に執着している

ように見えるセツナが、エレノアに手を出すはずがないだろう?


普段のアラディスならば、気がつくはずだろうに……。


セツナは、楽しそうに笑みを浮かべてはいるが

その瞳に、情欲や恋情といった熱は一欠けらも宿ってはいない。


アラディスが何かにつけて、独占欲を発揮し

心配するほどに、エレノアは美しい女性なのだがなぁ。


心を揺らしてほしいわけではないが

年頃の男が、多数の花を目にしておいて一瞬も心揺れない様は

健全なのか、不健全なのか……判断に迷うところではある。


娘達が、気を惹こうとしてた事を思い出し思わず苦笑が浮かんだが

セツナはそういう位置に居ない事を悟る。女性だとか男性だという前に

彼は人間自体に興味がないのだという事を思い出した。


楽しそうにしている姿は、本物だろうが

ただ、それだけなのだろうなぁ。



舞台の上の、二人が話す声はやはりここには届かない。

エレノアは、そのままの体勢でセツナの話を聞き

ヤトもまた、真剣な表情でセツナに頷いているところを見ると

無駄な話ではなく、模擬戦の事だろうと予想がつくが

わし達に声が届かないという事は、セツナが魔法を使っているはずだ。

だとすると、わざわざエレノアを引き寄せて耳元で話す意味は

ないのではないかと、疑問が脳裏をよぎった。


セツナの態度が何らかの演出だとしても

後々、アラディスに絡まれることを思うと面倒なだけだろうに。

それとも、他に何か意味があるのか?


そう思い考えてみても、特にこれといって思い浮かぶことはなく

アギトやサフィールに、話を振るかと考えやめた。


エレノアが、花がほころぶように笑っているのを見てしまったから。

アラディスが、その笑みに見惚れ動きを止めるぐらいの笑みを

彼女は浮かべていた。


その笑みは、観客席にいる人たちをも魅了して

静かなざわめきが満ちていく。


「楽しそうなわけ」


サフィールが、ポツリと言葉を零す。


「そうだな」


アギトが、サフィールに同意しながら笑みを浮かべ目を細めた。

わしも、アギトも、サフィールもずっと彼女を見ていたのだ。

あまり表情を変えることなく、淡々と己が進む道を真直ぐに見据え

歩いてきたその背中を、ずっと見てきた。


「……」


アラディスが、拳をぎゅっと握り視線をエレノアから外し俯いた。

アギトとサフィールが、一瞬視線を交わし微かに頷く。


「今のところ、セツナに恋愛感情は芽生えていないわけ」


そんな、アラディスを慰める……? ようにサフィールが声をかける。


「エレノアも、お前を捨てることはないわけ。多分。今はまだ」


「今はまだとは、どういう意味だ!

 エレノアが、私を捨てるわけがないだろう!?」


「じゃぁ、落ち着いてみていればいいわけ」


「落ち着けるわけがない!」


アラディスが、奥歯をかみしめる音が鈍く響く。


「なぜ、先ほどからセツナにあんな可愛い笑顔を向けるんだ!」


「はぁ?」


「私にも、めったに見せてくれない満面の笑みだぞ!

 笑みを見せるだけでなく、セツナに見惚れたんだぞ!?

 あの、エレノアが! どうして、冷静でいられる!」


「馬鹿なわけ?」


「確かに。全ての笑顔は伴侶に向けるべきだな」


「それに、距離も近すぎるだろうが!」


「確かに。あの距離は許せるわけがない」


「サーラが、ずっとセツナに見惚れてたら

 お前も許さないだろうが!」


いや、ずっと見惚れていたわけではないじゃろが。


「ああ、即剣を抜くな」


「……」


「なら私の気持ちがわかるだろう!」


「二人とも、捨てられてしまえばいいわけ」


「縁起でもない事を言うな!」


「私が、サーラに捨てられるはずがないだろう?」


「ぐぐっ、外れない」


必死に、フィーからの拘束を解こうとしているが

フィーが本気でかけていった、魔法を解くことができるとは思えない。


「いい加減、暴れるのをやめてほしいわけ。

 誰が、周りから隠蔽していると思っているわけ?

 お前が、暴れれば暴れるほど、僕の魔力が削られていくんだけど?」


オウカから、アラディスが暴れるようなら

魔法を使って隠してほしいと、サフィールは頼まれており

魔導具と闇魔法を使い、不都合が出ないように適当に

魔法をかけているらしい。


アラディスが、どれ程暴れようとも

周囲の視線が、こちらに集まらないのは

サフィールのおかげだといえる。


ちなみに、これだけ賑やかな会話をしているが

皆の視線は、真直ぐ舞台へと向いている。

観客席から見れば、普通に話しているようにしか

見えないのではなかろうか?


サフィールが、どういった魔法を用いているのか

説明されていない為に、憶測でしかないのだが。


「うるさい! 早く私を自由にしろ」


「僕が、縛ったわけじゃないわけー」


馬鹿にしたような、サフィールの言い方に

アラディスが、目を細めてサフィールを睨んでいるが

サフィールは、アラディスを見ていない。


「アラディス、サフィールは最愛を得ていないから

 まだ私達の気持ちは、わからない」


「ああ、そうだな」


ふん、とアラディスが大人げなく鼻で笑う。


「ぐぇぇぇ」


「ぐっ、うわ、なぜ私まで!?」


アラディスに続いて、アギトまで縛られたようだ。

きっと、フィーの怒りを買ったのだろう。


サフィールから離れ、上位精霊と一緒に居たとしても

フィーの心は、サフィールの傍にあるようだ。


いつか、フィーが気に入る

サフィールの伴侶が見つかることを心の中で願っておく。


「馬鹿なわけ、はっ!

 はははははー!」


馬鹿にしたように、アギトとアラディスを見て笑うサフィールと

遠い目をしながら、嘆息しているアギトに

ひたすら暴れているアラディス。


三人のどこか滑稽なやり取りに

なぜか、無性に笑いがこみ上げてくる。


懐かしい風景が、胸に迫る。

かわらんなぁ……。


あぁ、かわらない。


エレノアと出会い、ヤトが生まれ

アラディス達が、エレノアを追い共に生活をはじめ

学院に入るためにハルに来た、アギトとサフィールが

サーラと出会い、惚れ……わし達と出会った。


わし達の関係は、それからずっと続いている。

目を閉じれば、あの頃の賑やかな情景が簡単に

思い出せるほど、心に深く刻まれている。


【なぜ、私を狙う!】


【むかつくから?】


【むかつくわけ?】


青年に入ろうかという年頃の、アギトとサフィール。

そんな二人を、邪険に扱うことなく二人の意識が落ちるまで

戦闘に、付き合っていたアラディス。


昔は、アラディスも二人に絡まれてよく言い合いをしていたものだ。

アギトとサフィールは、変わらずに張り合うようにじゃれているが

わし達の関係が変化したころから、アラディスはじゃれ合いに

参加することはなくなった。


久しく、三人のこういったやり取りはなくなっていたのだが……。


言い争っている三人から視線を外し

エレノアとヤトを視界に映し、また一つ思い出がよみがえる。


【ばるたすさんが、ぼくのちちうえですか?】


真直ぐな眼差しをわしに向けて、ヤトにそう問われた事がある。

期待込めた眼差しに、違うと告げるのは心苦しかった。


幼いヤトに、エレノアは何も話さなかった。

何時何処で、誰が話を聞いているかわからなかったし

知ることで、ヤトが狙われるかもしれない事を危惧していた。


幼いながらも、道理をわきまえたヤトの姿に

貴族の教育とは、凄まじいものがあると

引いた自分を覚えている。


わしならきっと耐えられんだろうと思ったことも。

だが、エレノアだけではなくアラディスも

そしてクラールさえも、当たり前のように

受け入れていた事から、このチームにとっては

これが普通なのだろうと、口を出すことはしなかった。


エレノア達が、チームを立ち上げた当時は

冒険者のチームとしては、どこか浮世離れしており

注目を集めていたが、いつの間にか

それが、剣と盾の持ち味として支持されていたのだから

ハルという街の、寛容さに感動したこともあった。


他国ならば、絶対にこのような結果には

ならなかっただろうと。この国は、人を育てる国だと

その時、強く思ったものだ。


ずっと、ヤトの成長を皆で見守ってきた。

ザルツから、エレノアを任された時から

エレノアも、同じように見守ってきた。


細い肩に、沢山のものを背負い

必死に生きる彼女を……。


「……」


自分の子のように、見守ってきた

ヤトが、リオウとの結婚を決めたという。


近いうちに、ヤトとリオウの婚約が発表される

手はずになっていると聞いた。


感慨深いというか……なんというか。

わしでさえそうなのだから、エレノアの胸中は

いかほどのものだろうか。


そして、わしの隣で未だに暴れている

この男も……。



【ヤト、私がヤトの父上だよ】


膝をつき、ヤトの目線と自分の目線を合わせ

堂々と、嘘をついたアラディスに

ヤトは、真直ぐアラディスを見てきっぱりと否定した。


【違うと思います】


アラディスが、初めてヤトと会った時の言葉が脳裏をよぎり

思わず、笑い声を零してしまう。


わしの声を聞いたニールが、この状況のどこに笑う要素が? といった

視線をわしに向けているが、我関せずを貫いている

ニールも同罪じゃろ?


アラディスの事は、サフィールとアギトに任せて

わしはもう少しだけ、思い出にふける……。



ヤトに拒絶されながらも、すぐに諦めることはなく

胡散臭い笑みをそのままに、アラディスは優しく

ヤトに理由を尋ねた。


【どうして、私が父上ではないと?】


アラディスの問いに、ヤトは少しだけ首を傾げて答える。


【母上が、私の父は誰よりも強いと話しておりました】


【……】


アラディスを真直ぐに見つめ、それからエレノアを見上げ

そして最後に、ヤトはわしを見た。


ヤトにしてみれば、わし達にボコボコにされた後のアラディスは

どう見ても、強そうには見えなかったのだろう。


ヤトに否定され、アラディスは落ち込み。

そこから、必死に自分を鍛えに鍛えて

今は、エレノアの次に強い力を得ている。


黒の陰に隠れて、その実力はあまり知られていないが。

今も、アギトやサフィールそしてヤトに負けることがないように

努力していることを、知っていた。


【強く、強くならなければ】と呟きながら

夜中一人で、酒肴が経営する酒場の片隅で

涙交じりに酒を煽っていた姿を覚えている。


ヤトは、その時の会話を覚えておらず綺麗に忘れており

アラディスが、必死になってギルドのランクを上げていたのは

エレノアに求婚する為だったと、本気で信じている。


確かに、エレノアに求婚する為でもあるが

それ以上に、力を求めた理由はヤトから弱いと言われた事が

相当応えたからだと、わし達は知っている。


わしとエレノアとザルツ。

そして、クラールとレイファ、ニールを除く今の一番隊。

この事は、ヤトには決して言わず墓の中まで

持っていく事になっていた。


アギトやサフィール、サーラや

黒のチームのメンバー達は、ヤトと同じような

認識でいたはずだ。


だが……。


だが、あの日を境にアラディスの強さを求める理由が

変化したことを知っているのは、ここで暴れている

アラディスの精神状態が、よくない事を理解している

三人だけ……。


わしと、アギトとサフィールだけが知っている。


アラディス自身さえ、あの時の記憶は

曖昧になっているだろうから……。


【殺す。殺してやる。殺してやる。殺してやる。

 必ず。必ず強くなって、殺してやる。いつか絶対に

 絶対に殺してやる。必ず。必ずだ……】


何度も何度も、エレノアに縋り付き

誓いを立てるように、自分の魂に刻み込むように

叫んでいたアラディス。


初めてエレノアの呪いが発動した日にみせた

アラディスの狂いようを、わし達は覚えている。


異様ともいえるアラディスの姿に

若かった、アギトとサフィールは立ちすくみ

ただ、見ている事しかできなかった。


エレノアを医療院に運ぶために

アラディスをおさえ、意識を落とし

固まって動けないアギトとサフィールを怒鳴りつけた。


オウカのおかげで、エレノアは一命をとりとめ

命にかかわる呪いだけは、オウカが封じてくれたが……。


呪いを解く方法はわからないと告げられ

無理に解こうとすると、エレノアの命が尽きると

断言された事により、打てる手がなくなった。


オウカは、ジャックにまで頼んでくれたようだが

彼からの答えは、命を助けることはできるが

ジャックの魔力制御では、廃人同様になる可能性が高い

という事だった。


この事は、エレノアには話していない。

ヤトは、成人した時にオウカから伝えられたはずだ。

安易に、呪いをはずそうとするなという忠告と共に。


ヤトが必死に、エレノアに隠れて

呪いを解く方法を探していたのを、オウカは知っていたから

深く釘を刺した。


アラディスには、わしから伝えた。

その時の、アラディスの絶望を宿した瞳は

未だに忘れることができない。



「いつになったら、この拘束は解けるんだ!」


アラディスが、怒り狂っている声で意識がここへと戻る。

アギトとサフィールを見ると、二人は視線だけで会話しながら

アラディスの感情をうまく誘導していた。


エレノアと一緒に、ここに現れた時の

アラディスの精神状態は、最悪と言えるほどよくなかった。


アラディス自身、気がついていないようだが

彼の心は、エレノアを失うかもしれないという恐怖で

心が満ちており、その瞳に正常な色を浮かべてはいなかった。


エレノアの呪いが発動した日と同様に

アラディスの精神が、ギリギリの状態であることを

アギトとサフィールは理解しており

細心の注意を払いながら、アラディスの相手をしている。


セツナが、エレノアにとった態度を利用して

サフィールが煽り、アギトがアラディスに同意しながら

アラディスが、無意識に押し込めている感情に

意識が向かないように、怒りに傾き過ぎないように

会話を続けているようだ。


クリスやアルヴァンからしてみれば

じゃれているようにしか、見えていないだろうが……。


ただ、アラディスの様子がいつもと違うという事は

クリスもアルヴァンも気がついているようで

初めて見るだろう、アギト達のやり取りに

目を丸めながらも、口を挟むことはしなかった。


アルトは、一心にセツナしか見ておらず。

感情をよく表現している、耳ですら

三人の方には向いていない。全く興味がないようだ。


「フィーは、お前の精霊だろう!

 私の拘束を解くように、いえばいいだろう!?」


「拘束を解く理由がないわけ?」


「あるだろうが!」


「まぁ、アラディス。

 じっと立っている分には、気にならないから

 そのままでもいいんじゃないか?」


「アギト! お前はどっちの味方なんだ!」


「あー」


「あーではないだろう。あーでは!」


三人のやり取りに、思わず吹き出しそうになったが

ぐっとこらえる。クリスとアルヴァンの肩が微かに

震えているが、今のところこらえているようだ。


アギト達は、アラディスで半分遊んでいるようではあるが

あの悪ガキ共が、よくここまで成長したものだ……。

助け助けられ、本当にいい関係を築くことができた。


「……」


ザルツに拾われるまで、どん底を這いまわっていた。

それが、今はこんなに優しい縁に恵まれている。


幸せだと。

幸せだと、心から感じることができるようになった。


わしとエレノアやアギト達の関係は

時間とともに、形を変えてきたが

この優しい絆だけは、関係が変化しようとも

変わらなかった。これから先、生きている限り

結びついた縁と絆を、守っていきたいと思っているわしがいる。


エレノアとヤトの傍に居るセツナを見てから

その視線をそっと、アルトへと向ける。


願わくば、この縁と絆がセツナとアルトにとっても

幸せを導いてくれるように……。わし達の絆の輪の中で

その傷ついた心と羽をゆっくりでも癒してほしいと。


何時もの菫色の瞳ではなく、陰りのある赤色の瞳に

穏やかな色をのせ、エレノアを見つめるセツナを見て

そう思った。



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2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
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