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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 河津桜 : 思いを託します 』

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『 縁 : 前編 』

【 ウィルキス3の月30日 : アルヴァン 】



『剣と盾のエレノアと暁の風セツナとの

 模擬戦闘は、一時間後とする。


 闘技場の空間を拡張し、冒険者以外の観戦を

 許可することになったが、混乱を避けるために

 座席の移動は許可しない。

 現在の位置で観戦するように、お願いしたい。

 なお、本大会は終了してはいるが

 一般観戦者であろうとも、闘技場への入場を果たした時点で

 闘技場からの退場は許可しない。舞台へ降りることも禁じる。

 

 最後に、エレノアとセツナの勝敗の賭けの申し込みは

 一般観戦者にも、解放することとする。申し込みは

 全てのギルド職員及び闘技場中央受付でも

 受け付けているので、利用してもらいたい。以上』


総帥が、模擬戦闘の予定時間と注意事項を告げ終わったあと

この場に居る者達が、口々に話し始める。


私のチームのリーダーである、エレノアさんは

アラディスさん、そしてサフィールさんと共に消え

この場には居ず。セツナとアルトは、まだ舞台の上に居た。


酒肴の若者達は、エレノアさんに賭けるか

セツナに賭けるかで、頭を悩ませているようだ。


正直、悩む必要のないことだとは思うのだが

それを口にすることはない。魔導師が、攻撃魔法を使わず

剣技だけで勝負をすると宣う……。


彼の魔法は、他者の追随を許さないものではあるが

剣の腕は、エレノアさんに及ぶものではないと感じていた。


それでも、リーダーは自分を挑戦者だといった。

彼の方が強いのだと……。


彼は彼で、剣技はジャックに及ばないと告げている。

ジャックの剣技がいかほどのものなのか、一度も目にした事が

ない私達には、想像することもできない。


モニターというものに映し出されている賭けの表は

エレノアさんが、勝利するほうに9割の人間がかけていた。

やはり、どれ程強くとも攻撃魔法を封じた魔導師に

勝ち目はないと考える者が多数だ。


最強を継いでいようとも、魔導師は魔法ありきだ。

酒肴の若い者達も、私と同様の事を想っている為

悩んでいるのだろう。


ハルの人達が、もう少しセツナに賭けるかと

思っていたが、エレノアさんの人気と今までの積み重ね。

そして、大会で無敗記録を延ばし無敗のエレノアと

呼ばれるぐらい、その強さを熟知されているために

攻撃魔法を封じたセツナに勝ち目はないと

熟考したのかもしれない。


「アルヴァンは、賭けないのか?」


隣にいるクリスが、ギルド職員を相手に

セツナへと賭けている。


「私は、エレノアさんに」


迷いなく、リーダーに賭ける私に

クリスは、ぶれないなと笑う。


「クリスは、セツナが勝つと思っているのか」


「セツナが勝つだろうな」


迷いなく、セツナが勝利すると宣言した

クリスの言葉に、無意識に眉間に皺が寄る。


そんな私の表情を見て、クリスが軽く笑った。


「ずっと、疑問に思ってた答えが

 今日出ることになるな。よかったな」


「……」


何も答えない私に、クリスがもう一度笑ったが

視線を逸らして、話題を変えた。


「結局、酒肴達はどちらに賭けた?」


「セツナに賭けたらしいぞ。

 エレノアさんを信じると、カルロの一言で

 セツナに決まったようだ」


クリスの言葉に、違和感を覚え彼を見ると

苦笑を浮かべながらその解を口にする。


「エレノアさんが、自分よりもセツナほうが

 強いと話していたから、セツナに賭けることにしたらしい」


「物は言いようだな」


「アルトの友人達もセツナに賭けたようだ。

 彼等は、アルトを信じると話していたな」


「……」


それ以上、この話が発展することはなく

観客席と舞台とを隔てる、石壁の向こう側へ

セツナとアルトが転移してきたことで、完全に立ち消えた。


二人が戻ってきたことで、アルトの友人達が

セツナを気にしながらも、アルトの傍へとより

色々と声をかけている。


アルトは、友人達に返事をしながら

両手に持っていた、魔法生物を石壁の上にのせていた。


酒肴の若い者達も、興味津々でアルト達に近づき

魔法生物やら、セツナの使い魔達を観察しているようだ


だが、サーラさんをはじめとした女性陣は

アルトが、クロージャ達と視線を合わせるために

大きくしたギルスに座り、セツナも疲れたといって

座るために、少し巨大化させたヴァーシィルが鎌首をもたげ

舌をチロチロと出しているために、近づけないようだ。


サーラさんは、顔を青くして涙目になっている……。

アルトを心配していたから、本当は駆け寄りたいのだろうが

蜘蛛と蛇を前にして、葛藤しているのだろう。


女性の中でも、ルーシアとシルキナは蜘蛛も蛇も平気なようで

カルロ達に混ざって、興味深げに触れているが。

ヴァーシィルに向かって「美味しいのかしら?」と聞くのは

どうなんだろうか?


子供達が、魔法生物の歌が聞きたいといい

アルトが、ララーベリルに歌ってほしいと願い

ララーベリルが頷き、歌うのを聞いて皆が穏やかな表情を浮かべ

そして、その横でララーベリルの歌に合わせてクネクネと体を

揺らしている、アルト曰くデスという名前の

もう一体の魔法生物を目に入れて、微妙な表情を浮かべていた。

知能があり、意思の疎通ができる植物がいるなど

考えたこともなかった。セツナと知り合い、知らない事を

知る機会が増えていく。世界は広いのだと痛感させられることも

しばしばだ……。


アルトの師である、セツナはそんなアルト達の様子を

穏やかな笑みを浮かべながら、楽しそうに眺めていたが

暫くして、ゆっくりと目を閉じた。


この数時間で、彼の印象はガラリと姿を変えている。

時折見せていた、彼の心の表情はゾッとするモノもあったが

ここまで、苛烈なモノを持っているとは思ってもみなかった。


彼は誰に対しても、丁寧に対応する人間だ。

それが、一番彼を気にかけている黒や月光だろうと

余り接点のない私達、剣と盾であろうと彼の態度は変わらない。


例外はアルトだけ。一貫して全て同じだ。

それが悪いとは思わないが……。人間味に欠けていると

思うのは、私だけではないだろう。


それでも、彼に不満がでないのは

それが、彼の精一杯だと皆が理解しているからだが……。


どうして彼は、これだけの人間に気にかけてもらいながら

その手を取ろうとはしないのか、私は、不思議で仕方がなかった。


そして、ここまで頑なに拒絶している彼に

どうして黒が、そこまで彼を気にかけるのかが理解できなかった。


私には、酒肴で引き取られた若者達と

さほど変わりがないと思っていたから。


拒絶するならば、放置しておけばいいものを、と

思わなくもなかった。相手が嫌がっているのだから

そっとしておいてやればいい。


時が経てば、心境も変わるというものだろうと。


なのに、バルタスさんですら

今までの若者達とは違った言動を彼にとっていた。


今も、彼は私達からは距離を置いて

ヴァーシィルに腰かけながら目を閉じている。


『彼を、独りにしてはいけない。

 黒全員が、そう感じた結果だよ。

 だから、私も含め黒達は彼を気にかけている』


どこまでも、自分というものを崩さない彼を

ぼんやりと眺めながら、私はアラディスさんとの会話を

思い返していた。


そう、私が疑問に思っていた事に解をくれたのは

アラディスさんだった。アラディスさんと話したことで

疑問は多少解決したが、理解できたかと問われれば

今日の彼を見るまでは、完全には理解できていなかった。



ある日の夜、なんとなく寝付けなくて

酒でも飲むかと、セツナが各チームに

あてがってくれた部屋へと、転移することに決める。


チームの家の居間で、飲んでもよかったのだが

誰かが動いていると、眠りが浅くなるのは戦う者の性だ。

それで、眠ることができず疲れが取れないといった

事態に陥ることはないが、深く眠れるなら

深く眠ったほうがいい。


誰もいないと思われた部屋には、先客がいて

薄暗い明かりの中、アラディスさんが一人グラスを傾けていた。


『おや、アルヴァンどうしたんだい?』


寝付けなかった事を話すと、一緒に飲もうと

誘ってくれ、アラディスさんと向かい合うように

椅子へと腰かける。


『私かい? 私もなんとなく寝付けなくてね』


そう告げ、笑うアラディスさんの姿に

どことなく、それ以上触れてほしくないのだと感じ

それ以上聞くことはしなかった。


グラスを傾け、他愛のない話をし

何が切っ掛けだったのかは思い出せないが

セツナの話となり、私が抱いている疑問の話へと

移り変わっていった。


『エレノアが、彼を気にかける理由か……』


『はい。エレノアさんだけではなく

 他の黒も。どうして、そこまで彼を気にかけるのか

 私には疑問でしかありません』


『アルヴァンは、セツナに何かを

 感じることはなかった?』


どこか探るように、私を見るアラディスさんに

首を横に振り、酒肴の若者達と同じだと思う事を告げると

そうか、と一度頷いた。


『かといって、私は黒本人ではないから

 推測にしかならないけれど、それでもいいのかな?』


『はい』


『個人的なそうだろうなと思う理由と

 黒としての理由とあるがどちらを聞きたい?』


『できれば、両方知りたいです』


私の言葉に、アラディスさんが「わかったよ」と

頷いた。


『多分、エレノア達もここまでセツナに深入りするとは

 思ってもみなかったと思うよ。だが、彼の人となりを見て。

 彼が必死に生きる姿を目にし、そして彼の孤独と絶望を垣間見た。


 手を伸ばさずにはいられなかった。私も含めてね……。

 それほど彼は、独りだった。涙の落とし方を

 忘れてしまうほどに、彼は本当に独りで生きている……』


何かを思い出すように、苦い表情を浮かべ

アラディスさんは、グラスに入った酒を口に含む。


どういった意味に捉えればいいのかが分からなく

困惑する私を気にすることなく、アラディスさんが

口を開き、話し始める。


『私の見解になるのだが……。

 

 まず、バルタスは元々あのような性質だから

 何時もの事だといえる。サフィールも悪態をつきながらも

 困窮している青年に手を伸ばすことが多い。


 特に獣人族の冒険者の支援を、毒を吐きながら

 その態度とは裏腹に、甲斐甲斐しく面倒を見ているだろう?』


『はい』


『今は、エイクという獣人族の青年を学院へ入れるための

 準備をしているようだが……。


 本人には話してあるのかな?


 多分、話していないような気がするね……。

 新婚夫婦を引き裂くのは、どうかと思うから

 後ほど、エレノアに確認しておくことにしよう』


うんうん、と思い付いた事に納得するように

頷いているアラディスさんに、話の先を促す。


『サフィールさんも、今までとは違うと感じます。

 フィーが関係していることもあるでしょうが……』


私の言葉に、アラディスさんが酒でのどを潤してから

同意するように頷いた。


『サフィールは、嬉しいんだよ』


『嬉しい?』


『そう。最初はアギトが気にかけたことから

 警戒する人物だったはずだけど、今は個人的理由から

 セツナと共にあることを選んだんだろうね』


『フィーが、そう望むからですか?』


『それもあるが……。

 一番の理由は、サフィールが語らない生い立ち。

 それと同じぐらい、サフィールは自分と対等に

 話ができる存在に巡り合えたんだよ』


『対等に?』


『そう。アルヴァンはサフィールの話すことの意味を

 全て理解することができるかい?』


『いえ、私には無理です』


即答する私に、アラディスさんが笑いながら頷く。


『そうだろう? 私にも無理だ。

 サフィールの知識量は一線を画すし

 頭の構造が、そもそも私達とは違う。


 ある程度の話には、私も黒達もついていく事ができるが

 専門的な事になると、誰も理解できない。


 魔法理論にしろ、魔法構築にしろ。

 サフィールと対等に話ができる人間は

 今まで居なかった。


 様々な国から、優秀なものが集まる学院がある

 このハルに居ながら、誰一人としてサフィールの

 思考についていけるものがいなかったんだ。


 話したくとも、話す相手がいなかったんだよ。

 サフィールが見ているものを

 同じように、理解し共感できる人が皆無だったんだ。


 ある意味、黒達の中で一番孤独を

 抱えていたかもしれないね。


 そんなサフィールが、知識を共有しあえる

 セツナと出会い、打てば響くように返って来る

 知識の応酬に、サフィールの飢えが満たされていくのを

 傍で見ていて、感じたよ』


『……』


『酒肴の子達が、最近のサフィールは

 気配が柔らかくなったと、噂をしているだろう?

 私達も、サフィールの変化に目を瞠っていた。


 戦闘能力という意味で、サフィールは私達を

 認めてはいるが、知識という面では

 全く認められていないからね。

 アギトよりは、ましな位置にいるとは思うけど……。


 そんな、サフィールにとって、初めて得た

 知識欲を満たせる友人といったところかな?


 セツナはきっと、生涯付きまとわれる

 ことになるんだろうね……』


その後に続いた

気の毒にという言葉は、聞かなかったことにした。


『楽しそうに、セツナと論戦をしている

 サフィールを見て、エレノアもバルタスも

 アギトもサーラも、安堵していたよ』


『安堵?』


『そう。私達はサフィールよりも

 先に水辺へ逝く事になるだろうからね……。

 

 エレノア達は、サフィールと対等に付き合える人間が

 現れないかと願っていた。


 人間嫌いの彼が、心許せる存在が現れる事を

 対等に語ることできる存在と出会う事を

 特にサーラは、心の底から願っていたはずだよ……。


 彼女は、サフィールの気持ちに

 応えることができなかったから。


 サフィールのサーラに対する感情は

 恋愛ではなくなったようだけど

 恋人を作るわけでもなく、伴侶を探すわけでもなく

 一人でいることを、サーラはずっと気にかけていたよ。


 エレノア達が居なくなれば、サフィールは

 人と付き合う事をやめてしまうのではないかとも考えていた。

 研究に没頭して、引きこもってしまうんじゃないかとね。


 フィーがいるから、孤独になることはないけれど

 やはり、精霊と人とは違う。

 人は人の中で生きてこそだと、思わないかい?』


『そうかもしれません』


『最近は、セツナの生き方を見て

 我が振りを見直したのか

 酒肴の若者達が、何かしら話しかけて来たら

 毒を吐きながらも、受け答えをしているところを

 目にすることが多くなったけど、いい兆候だと思うよ。


 アルトがそばにいる時は、毒を吐くことがないから

 大体が、アルトが居る時に話しかけているけどね。

 

 きっと、アルトの次に、セツナに執着しているのは

 サフィールだといえる!』


『それは……』


何と返事をしていいのか分からなくて

言葉を濁すと、アラディスさんが笑って

やっぱり、ちょっと気の毒だよ、とまた笑った。


『サフィールのメモ帳が、見るたびに

 新しいものになっているのを見て

 空恐ろしいものを感じる時もあるけど……。


 監禁されたり、解剖されたりは、きっとないはず。

 多分……。そうなる前に、フィーが止めるはずだ』


うんうんと、自分を納得させるように

アラディスさんが数回頷き、グラスに酒を注ぎながら

小さく笑った。


『だけどね、私は一番変わったのは

 アギトだと思っている』


『……』


『誰よりも、強さの頂に執着し

 時には、サーラの存在よりも

 その強さを求めていた彼が……。


 強さを追い求めているのに、変わりはないけど

 生き急ぐような、戦闘をしなくなった。

 戦い方が変わった。


 サーラと共に生きる。

 そう覚悟を決め、今まで以上に

 サーラを大切にするようになった。


 今までも、サーラを愛して大切にしていたし

 クリス達の事も、愛していた。

 ただ、彼等よりも命を賭けた戦いが

 好きだったアギトが、家族だけではなく

 セツナとアルトをも守ると誓い

 その本気を見た時に、彼が一番変わったのだと思った。


 セツナとアルトそしてクリス達の為に、あれだけ頑なに

 嫌がっていた、黒のチームとの同盟を組んだのだから』

 

『……』


『正直、私はいまだに信じられないね。

 あのクソガキ共が、ここまで変わったことが』


アラディスさんが、口元に笑みを浮かべながら

悪態をつくが、その口調には親しみがこめられていた。


『以前から思っていた事ですが。

 アラディスさんを含め、今の黒は繋がりが

 深い気がするのですが』


『繋がり……。そうだね。

 君が生まれた時には、アギトもサフィールも

 活発な時期で、チームも持っていたし

 忙しく動いていたからね。


 そうか……。もう、そんなに時が過ぎたんだな。

 あれから……』


アラディスさんが、どこか遠くを見るような瞳を窓の外へと向け

黙りこむ。その瞳は、哀しみを帯びているように見え

私は声をかけることができないでいた。


沈黙を肴に、ゆっくりと酒を飲んでいると

アラディスさんが、本当に静かな声を落とした。


『エレノアが、政略結婚をしたのは十六の時』


突然変わった話題と、セツナの話ではないことに

内心疑問を覚えるが、黙って耳を傾ける。


『そして、十八間近でヤトを身ごもった』


エレノアさんが、若くしてヤトの母になったことは

知っていたが、そこまで若いとは思ってもみなかった……。

ヤトの年齢から逆算しかけて、そこで思考を止める。

女性の年齢を知ろうとしてはいけない。

子供の頃に、恐怖体験と共に学習したことだ。


『ハルでは、母体の健康を考え

 出産は、二十歳以上からが望ましいとされていますが……』


ハルでは、成人してすぐに結婚する者はほとんどいない。

成人したら結婚しようと、約束していても学院へ通う

人間が多いため、その約束が守られることはあまりない……。


結婚したとしてしても、すぐに子供を作る家庭は少なく

二人の時間を存分に過ごしてから、子供を作ることが多い。


『ハルでは、それが常識となっているけどね。

 他国では違うんだよ。特に貴族の娘は成人すれば嫁に出される。

 そして、三年子供ができなければ離縁される』


貴族の婚姻については、学院で学び

理不尽だなと、思ったこともある。

だが、子が三年できないだけで離縁だとか

つくづく、貴族として生まれなくてよかったと感じる。


『エレノアは、政略結婚といっても、ファライル殿……。

 ヤトの父親だが、ファライル殿は優しい方でね。

 エレノアと年は離れていたが

 彼女をとても大切にされていたし

 彼女の才能を潰すことはされなかった。


 エレノアの家系というか、王家の血を引いている者は

 若くして才能を開花させる人間が多くてね。

 能力を有する者も多い。


 婚姻してからは、エレノアはファライル殿が率いる

 第二騎士隊の副隊長にまで上り詰めていた』


『王家? エレノアさんは王族だったのですか?』


『いや、王家から降嫁された姫が

 祖母だったと聞いている』


そこで一度言葉を切り、グラスに酒をつぎ足し

アラディスさんは、そのグラスをじっと見つめた。


『彼女は、幸せそうだったよ。

 第二騎士隊とそして、その時まだ見習いだった

 私とクラールも隊の皆も、隊長のファライル殿と

 副隊長のエレノアを敬愛していた……』


アラディスさんが、目を細め柔らかく微笑んだあと

ギリッと奥歯をかみしめたかと思うと、その瞳に影を落とす。


『だが、その幸せは長くは続かなかった。

 王がエレノアに目を付けた……』


ギュッと握られた拳は、力が入りすぎて震えている。


『ファライル殿もエレノアも、お腹に子供がいるからと

 何度も断り、ようやく諦めたかと安堵していた時だった。


 ファライル殿が戦死したと報告が届いた……。

 どう考えてもおかしい。彼が死ぬような遠征ではなかった。

 私とクラールは、その時の遠征から外されていたから

 第二騎士隊の騎士達に何があったのかと聞いて回ったが

 誰も何も答えない……。唯々、歯を食いしばり拳を震わせていた』


『……』


『それでわかったんだよ。

 ファライル殿は、殺されたのだと

 王が、エレノアを手に入れるために

 邪魔な、ファライル殿を暗殺したのだと……。

 多分、王直属の騎士が手を下したのだろう。


 もともと、今の王は前王に忠誠を誓っていた

 ファライル殿を邪魔に思っていた節があった。

 それでも、彼は国の要の一人だったから

 殺されることはないだろうと……思っていたんだ』


エレノアさんと父達が、国を捨ててきたことは知っていた。

簡単にだが、その理由も聞いていた。

だが、ここまで詳しく話してもらえたのは初めての事だ。


グラスから視線を外すことはせず

淡々と、アラディスさんは言葉を落としていく。


『王と謁見した次の日、エレノアは姿を消した。


 どれほどの葛藤があったんだろうね……。

 騎士とはいえ、貴族の十八にしかならない娘が

 腹に子供を抱えながら……国から逃げたんだ。


 流されれば、楽に生きていけたのに……。

 たった、一人で生きることを決めたんだ。

 ヤトを守るために……。全てを捨てた。


 捜索に、私達もまわされたが

 私は連れ帰るつもりなど全くなかった。

 クラール達と連れ帰ろうとする奴等を皆殺しにして

 一緒に逃げるつもりでその準備もしていた……。


 実行に移していれば、私達は多分死んでいただろうが。


 だが、第二騎士隊の騎士たちは誰も真面目に

 探そうとはしていなかった。無事に逃げ切ってほしいと

 ファライル殿に祈り、そして神に祈っていたんだ……。

 彼の子供を、無事に生んでほしいと。皆が願っていた。

 ファライル殿は……。

 ヤトの誕生を本当に楽しみにされていたんだよ』


アラディスさんの目に薄く涙の幕が張る……。

だが、その涙は落ちることはなかった。


『国をでたエレノアを保護したのは

 ココナさん達なんだよ』


ココナさんは、サーラさんの母親だ。


『彼女の家は、代々音楽家の家系だ。

 公演の為に、各国の催しに呼ばれることが多い。

 エレノアを保護した時は、どこかの国からの

 帰りだったと話していた……。


 その時のエレノアは、酷いありさまだったと

 体中傷だらけで、血にまみれ木の根元に座り込んでいたのだと……。


 その頃には、各国に手配書が回されていた。

 だから、エレノアは街に入ることもできなかったらしい』


アラディスさんの握りしめた拳から、血が落ちる……。


『アラディスさん』


私の声に、アラディスさんがハッとしたように

視線をグラスから、自分の拳へと向け苦笑を落とした。


魔道具を取り出し、手の傷を治してから

一度目を閉じ、深く深く息を吐きだす。


『ココナさん達も、冒険者ギルドでその手配書を見たらしく

 エレノアの事は知っていた。エレノアは逃げようとしたのだが

 立ち上がることができなかったそうだ……』


『……』


『ココナさんは、サーラとよく似た性格の人だから

 とりあえず、理由を聞いたそうだよ。

 理由を聞いて、憤慨しハルに連れて帰ると決めたようだ。

 エレノアは運が良かったといっていた。


 髪を短くして、髪の色と目の色を変え

 名前も変えて、ココナさんの楽団の一員として

 リシアへ入国したそうだ』


『本当の名前ではなかったのですか……』


『違う。エレノアだけではなく

 私達も、捨てた名前を名乗ることは一生ないだろう』


私達もという事は、父と母の名も違うという事か……。


『アルヴァン。国を捨てるという事はそういう事だ。

 名前も、家族も、友も……。それまでの仕事も地位も

 何もかもを捨てるという事だよ。

 だから、エレノアはずっと私達に罪悪感を抱いている。

 私達が、選択した事なのにね……』


『後悔はなかったんですか』


『後悔? そんなものは一度もしたことがない。

 まぁ、私の場合あの家に居ても殺されていただろうから

 家を出る時に、後腐れがないように

 父を脅してから、半殺しにして出て来たしね。

 国では、私は病死したことになっているはずだよ』


アラディスさんは、物騒な事をサラリと口にした。

墓に名前が刻まれていると知れば、もっと気に病むだろうからね

エレノアに話してはいけないよ、とアラディスさんが笑った。


『あの国はね、よほどのことがない限り長男が

 家を継ぐことが普通なんだよ。私は、長男ではあったが

 側室の子供でね、正室の子供は女ばかりだったんだが

 ある時、男が生まれた。そうなると、私が邪魔になるだろう?

 命を狙われ始めたから、騎士団に入隊しそこで出会ったのが

 ファライル殿とエレノアだったわけだ』


『私の父と母は?』


『それは、二人から聞くといい。

 私が、話せることではないからね』


『そうですか。

 しかし、よくエレノアさんの居場所がわかりましたね』


『生きているならば

 義父が絶対に知っていると思っていたから。

 周りに知られないように、五日おきに近づいて

 エレノアの居場所を教えてくれと問い詰めた』


『……』


『二年ぐらいそれを繰り返して

 やっと教えてもらえたんだ。

 貴様は、そんなにエレノアの事が好きなのか、と

 言われたときに、私は初めて自分の気持ちに気が付いた。


 国を捨てるために、色々と画策し準備を整えるのに

 時間がかかって、エレノアの傍に行くのに

 四年以上かかったけどね……。

 追いかけてよかったと思いはすれど、後悔はない』


アラディスさんの執着に、少しうすら寒いものを感じたが

それを口に出すことはなく、頷くだけに留めた。


『エレノアの幸運は、ココナさん達と出会ったことも

 そうだけど、ハルに入国できたことが一番の幸運だった。

 この国は、弱きものに優しい国だから。

 そして、差別のない国だ。何処の国の人間だろうと

 リシアの法を順守し、まじめに暮らしていれば

 受け入れてもらえる。エレノアもずいぶん助けられたと

 話していた。


 それでも、国の支援とココナさん達の手助けが

 あったとはいえ、何もない状態から生活の基盤を

 作り直し、ヤトを生み、育てる苦労は

 相当なものだったと思う。


 本来ならば、二人で協力し合って

 一人の人間の命を守っていくのだから……。


 エレノアを追ってハルに来て、彼女を見た時

 その変わりように、絶句したことを覚えている。

 ファライル殿の傍で、何時も軽やかな笑顔を見せていた

 彼女はどこにもいなかったから……。


 それでも……彼女の凛とした美しさは健在だった。

 表情を変えることも、笑顔を見せることもあの時とは

 比べることもできないほど、少なくなっていたけれど』


そう言って、アラディスさんは寂しそうに笑う。


『考えれば、わかることだ。貴族だった彼女が

 平民にまで身を落とし。全く知らない土地で

 誰一人、自分を知る人がいない場所で生きていたんだから。


 それだけ、張りつめて生きてきたんだと……。

 必死に、生きてきたんだと痛感したんだ。


 王にかけられた呪いのせいで

 ヤトが成人するまで生きることはできないと

 彼女は覚悟を決めていた。


 だからこそ、エレノアは必死にランクを上げて

 将来ヤトが困らないように、その時の準備を……』


ギリッと歯をならし、様々な感情を

押さえつけるように、苦痛に顔をゆがませながら

アラディスさんは、目を閉じた。


エレノアさんに、かけられた呪いの事は知っている。

今は、サフィールさんの魔法で緩和されているようだ。

その前は、オウカさんが緩和してくれていたと聞いたことがある。 


エレノアさんの魔力を使い、呪いを抑え込んでいるために

サフィールさんが、全力で戦う事を禁じていると聞いている。

全力で戦えば、魔力が活性化し抑え込んでいる魔力が足りなくなるために

呪いが体を蝕むそうで数日意識が戻らなくなるらしい……。


エレノアさんに、かけれられた呪いの効果は

数種類あり、抑えられているのは

エレノアさんの命を削るものだけだと聞いた。

その他の呪いが、どういったものかは知らない。


『でも、最近は笑みを浮かべることが増えてきた』


『そういえば……』


『アルトが傍に居るからだろうなぁ』


確かに、エレノアさんが笑みを浮かべている時は

アルトを見ていることが多い。


『それと……ヤトが結婚を決めたことも

 理由の一つなんだろうけどね』


『ヤトの結婚?』


『そう。人を愛し、愛される人間に育ってくれた。

 ファライル殿の血を、次代に継ぐことができると

 喜んでいたよ……。肩の荷を一つ下ろすことが

 できたようだ』


『……ヤトの結婚に、横やりが入ることは

 ないのでしょうか。正直、エレノアさんやヤトが

 そこまで、上位の貴族に位置する生まれだとは

 思ってもみませんでした』


エレノアさんもアラディスさんも

そして父も貴族の生まれだというのは知っていた。

母は、商家の生まれらしい。


だけど、父も母も自分の生まれを詳しく私に語ることはなかった。

捨ててきたものだから、知る必要はないのだと。

だから、アラディスさんに聞いたのだが……。

私が知ることは、多分この先もないのだろうな。


『エレノアの実家からの横やりは、絶対に入らない。

 そして、ファライル殿の血筋はヤトしか残っていない』


『え……?』


『前王に傾倒する貴族は、粛清されたと聞く』


『そんな馬鹿な話が……』


ありえるのか?


『今の王は狂っているからね。

 権力に、戦に、そして女に……』


吐き捨てるようにそう告げたアラディスさんの

表情は、自分の生まれた国の王を語るものではなかった。



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