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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 河津桜 : 思いを託します 』

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『 エレノアとセツナ 』

今年もよろしくお願いします。

【 ウィルキス3の月30日 : バルタス 】


「……セツナ、私と戦ってくれないか?」


表彰式が終わり、セツナがアルトを連れて

舞台を降りるための転移魔法を使う瞬間に

セツナの背中に、エレノアが声をかけた。


エレノアの言葉に、わしも含めアギトとサフィール

そして、オウカとヤトさえ驚いたように

エレノアを見る。


アギトやサフィールならば

さほど驚くこともなかったと思うが

わしもエレノアも、こういった大会での戦闘は

あまり好んではいなかった。


黒としての仕事の一環として、最低限の大会には参加するが

それ以外は、大体がアギトとサフィールが

受け持つことが多かった。


反対に、ハルに観光に来た各国の要人警護などは

わしとエレノアが担当しているといえる。

あの二人に任せると、碌な事にならないからだ。



「僕とですか?」


突然告げられた願いに、セツナも軽く目を瞠り

アルトからエレノアへと、視線を移し聞き返す。


エレノアは、セツナに頷き

今度は、見惚れるほどの綺麗な礼と同時に

凛とした静かな声で願いを口にした。


「……どうか

 私と模擬戦闘をしてもらえないだろうか」


その丁寧な礼に、エレノアの真剣な様子に

セツナの表情も、真剣なものへと変化する。


「……」


エレノアは、ゆっくりと頭をあげ

セツナを真直ぐに見つめる。


どこか、緊張をはらんだ空気に

会場も、会場の外も静かに騒めいているようだ。


セツナは、一瞬オウカへと視線を向け

オウカは、セツナに軽く頷き返す。


セツナの好きにすればいいと告げたのだろう。


セツナが、体をエレノアの方へと向け

エレノアの視線を静かに受けとめてから口を開く。


「僕が、エレノアさんと戦う理由を

 教えてもらってもいいですか?」


「……ある意味、私の自己満足ともいえる。

 自己満足ともいえるが。


 私は、あの者達や

 あの戦闘が、冒険者の戦い方だとは……。

 思ってほしくはないのだ」


エレノアの声に、微かに混じる憤りの感情。


「……貴殿のせいではない。貴殿は被害者なのだから。

 そこは、間違ってくれるな」


エレノアが、宿った憤りを逃がすように

一度言葉を切り。小さく嘆息した。


「……この大会は、様々な意味を持ってはいるが

 それでも、ここまで酷い大会を私は知らない。

 最初から最後まで、冒険者としての戦いではなく

 セツナと簒奪者達との戦闘だった」


「……」


「……セツナ。

 私は、冒険者の戦闘を見せてやりたいと思った。

 夢を語り、希望を語り……私達を目指す若者に

 一欠けらの指針を……」


エレノアの言い分に、セツナが静かに反論を返す。


「エレノアさん。使い古された言葉ですが。

 僕は、冒険者だろうが簒奪者だろうが

 戦闘というものは、結局殺し合いでしかないと思っている。

 それは、エレノアさん達も同様の価値観として持っていると

 僕は思っていたのですが?」


「……そうだな。どれほど綺麗ごとを並べようが

 戦闘は、命の奪い合いでしかない。

 そこに、綺麗なものなどなく

 唯々凄惨な、殺し合いだ」


エレノアは、セツナの言葉に深く頷き同意を示した。


「……だが、命を奪うものだとしても!」


ギリッと奥歯をならし、普段のエレノアからは

かけ離れた、感情を見せながら言葉を続けていく。


「……その力のあり方は、全く違う!

 醜く顔を歪め、自分本位の思考で

 相手から、全てを奪う者達が振るう力と!


 大切なものを守り、守り抜くために戦う力は

 同等ではない! 私達冒険者の力は、弱きものを

 守るための力だ! 奪うものでは決してない!


 力のあり方は、己が心の在り方だ。

 己が振るう力は、己が心の現身だ。

 己が心が暗く落ちれば、その武も暗く落ちる。


 今回、冒険者という名ばかりの簒奪者達の末路は

 この会場に居る全ての者の目に触れた。


 己が道を進むとき、今日のこの日の事を

 思い出すこともあるだろう。力に溺れそうになった時

 迷い道を踏み外しそうになった時、彼等がどういった

 最後をたどったのか思い出すことになるだろう。


 なら、私達が目指す力の高み……。

 純粋な力としての戦闘を、見せてやりたいとも思った。

 躓いた時、迷った時に、指針となるような

 遥か高みに居る貴殿の……武術を」


「……」


「……断罪の為に振るう力ではなく。

 貴殿がアルトに見せているような……。

 優しい力のあり方を

 彼等にも見せてやりたいと思ったのだ。

 

 アルトが、貴殿の背中に最強を見て

 高みを目指す原動力となった、貴殿の力を

 彼等にも、与えてやってはくれないだろうか?」


エレノアの言葉に、セツナが呆れた様な光を瞳に浮かべ

そして、冷たく笑った。


その笑みに、エレノアが意表を突かれたのか息をのむ。


「僕を、知っている貴方が

 僕に、それを示せと言われるんですか?」


冷たく静かなセツナの声。


「僕自身に、そんな資格などないことは

 貴方が一番、理解しているでしょうに」


「……」


セツナの言い分に、エレノアは何も答えることができない。

エレノアの瞳が、少し揺れるがそれでもセツナから

視線を外しはしない。


「貴方が語った、力の在り方……。

 僕も、そのお話には同意します、が

 僕自身、その力を制御できているとは

 口が裂けても言えません。


 今回の事にしてもそうです。

 結果を見れば、一目瞭然でしょう?


 総帥が、初代の一族が、そして貴方達黒が

 大会が始まる前から。

 そして、大会が始まってからも、そのさなかも

 何度も、何度も、僕に殺すなと告げたから

 僕は、殺せなかった(・・・・・・)


 殺さなかった(・・・・・・)のではない。

 殺せなかった(・・・・・・)んです。


 僕が、彼等に語った冒険者の在り方。

 あれは、僕自身にも言えることかもしれません。

 特に僕は、ジャックから守護者を継ぎました。

 だからこそ誰よりも

 僕は、心に刻んでおかなければならない。


 初代総帥シゲトとその一族。

 歴代の守護者とギルドの職員達が

 ずっと、守り通してきた信念を」


心の奥底へと、刻み込んだモノを確認するかのように

セツナは自分の胸に、手のひらを当てた。


そのセツナの仕草を見て、ギルド職員達が

セツナと同じように、胸の辺りをおさえながら

目を閉じたり、視線を下へ向けたりとする姿が

目に映る。


彼等にも、自分自身に刻んだ信念があるのだろう。


「冒険者としても、守護者としても

 そして、人間としても……僕は未熟で……」


そこで、セツナは自分を嗤うかのような表情を浮かべる。


「そんな僕が、誰かに道を示すなど

 それこそ、烏滸がましいと思われませんか?」


「……」


「エレノアさん、僕は望んでいません」


この言葉に、エレノアが目を閉じ深く溜息を吐いた。

エレノアの本当の思惑に、セツナは気がついていたのだろう。

彼の印象を、少しでもなじみやすいものにするという

エレノアの裏の目的を。


エレノアが、ぎゅっと拳を握る。

セツナを説得するだけの材料がないことを

理解しながらも、諦めきれないとその態度で示していた。



「されど……。僕はそんな貴方を好ましく思う」


フッと優しげに目を細め、セツナはエレノアを見た。

そのセツナの笑みに、エレノアが見惚れる。


「弱き人を守るために、何時も最善を尽くされている。

 こんな僕をも、守る者の中にいれてくれている。

 僕は、その手を握ることはないけれど……。


 それでも、感謝しているんです」


それは柔らかな拒絶と共に、込められた

セツナの本心……。


セツナが、アルトから離れ

ゆっくりとエレノアへと近づき

貴族の子息が、貴族の令嬢の手を取るように

優雅な動きで、エレノアの手を取り


ゆっくりと、自分の口元へと運び

指先に、軽く口付けを落とす振りをした。


「……」


「……」


まるで、演劇の一幕のような光景に

会場中が静まり返り、そして一呼吸置いたあと

様々な感情が爆発するように、空気が揺れに揺れる。


エレノアは、思ってもみなかった行動をとられたせいか

唖然として固まり、セツナを凝視していた。


「貴方が、人を想う気持ち。

 人の為に、行動できる信念。

 そして、自分自身をも厳しく律している

 貴方の姿に、誰もが、惹きつけられ

 そして、尊敬の念を抱いていることだと思います」


セツナの言葉に「そうだ!」という言葉が飛ぶ。

エレノアの信者だろう者達が、口々に声をあげていた。

セツナに対する文句も聞こえるが、仕方がないだろう。


「そんな、貴方だから……」


そのエレノアの動揺を、楽しむようにセツナが

緩やかに笑い、エレノアの手をそっと解放してから

言葉を紡いだ。


「白麗の翼、エレノア。

 こんな僕は、誰かの指針にはなれない。

 だけど、貴方が望むモノ二つの内……。


 僕は、一つだけ貴方の願いを叶えるよ。

 僕から、貴方への感謝の気持ちとして……。


 ジャックから継いだ、力と技術を

 誰かの為ではなく。


 今だけは、貴方の為に捧げる」


「っ……」


まるで、口説く様なセツナの言葉に

エレノアが、言葉を失い片手で目元を抑え俯いた。


セツナは、エレノアを口説いているわけではなく

エレノアも、口説かれているとは思っていない。


セツナの本音だと理解してしまったから

心が、震えたのだろう……。


歓びと、切なさと……少しの罪悪感に。

誰よりも、責任感の強い彼女だから

セツナは、もう気にするなと……。


そうエレノアに告げたのだ。



傍から見れば、セツナがエレノアを口説き

エレノアが、照れていると判断されているようで

観客席は黄色い声で溢れ、興奮で満たされている。


アギトもサフィールも、正確に今の状況を

理解しているが、それを口にはせずに

客観的に見た感想を、口にのせた。


「絶対、冒険者には見えないわけ……」


サフィールがぼそりと呟き

それに同意するように、アギトが頷く。


「しかし、セツナの思惑がわからんなぁ」


「何が言いたいわけ?」


「感謝を伝えるなら

 こんな目立つ方法ではなくともなぁ?」


わしの言葉に、サフィールが観客席の一部に

視線を向けながら答える。


「自分から、視線を外したかったわけ」


「どういう意味だ?」


「最初から、セツナは断る気はなかったわけ」


「なぜ、そう言い切れるんじゃ」


「守護者だから。

 将来、このハルを支える冒険者を

 質のいいものにしようと思えば

 正しい力の在り方を見せるべきだと

 思ったわけ」


「そうか」


「だけど、セツナでは力や武を示せても

 エレノアが求める、指針という部分は

 受け入れることができなかったわけ。


 だから、エレノアにその部分を

 任せようと考えた」


「あぁー。なるほどなぁ」


「感謝の気持ちを伝えるついでに

 エレノアの為に、願いを叶えるというという形にして

 エレノアを、生贄にしたわけ」


生贄……。もっといいようがないのか?


「だが、口付ける必要はないと思うがなぁ」


「あの口付けにも、意味があるわけ。

 手の上の口付けは、尊敬という意味があるわけ」


「……」


「冒険者が、知っているとは思わないが」


アギトの言葉に、サフィールが首を横に振る。


「甘いわけ。大甘なわけ。

 女共が好きな、恋愛小説に腐るほど

 出てくる仕草なわけ」


サフィールは、嫌そうな表情でアギトに答えた。


「どうしてお前が知っている」


「うるさい」


どうして知っているかの質問には

サフィールは答えなかった。


のちに、セツナはこの段階で全ての台本を描き

完成させていたと知り、背筋が寒くなる感覚を

皆が覚えることになるが、それは全てが終わってからだった。



「そのまま、転がしておいてほしいわけ」


サフィールが、全く関係ない言葉を口に出したことで

アギトが、セツナ達からサフィールへと視線を移し

どういう意味かとその目で問う。


「アラディスが暴れているわけ」


「あぁ」


チラリと、アラディスの方へと顔を向けると

ニールとクリス、そしてアルヴァンが沈んでおり

アラディスは、フィーによって

動けなくされているようだった……。


「フィーが、自主的に止めるとは

 珍しいこともあるもんじゃの」


「きっと、フィーも目を輝かせながら

 セツナとエレノアのやり取りを見ていたわけ……」


「……」


「……」


サフィールのこの台詞で

先ほどの、疑問が解決し

ふと、ヤトの方へと目を向けると

ヤトもアラディスの方へと顔を向けており

首を横に振ったあと、深く溜息を吐いていた。



セツナは、俯いて黙り込んでしまった

エレノアに、特に声をかけることはせず

エレノアから、アルトへと視線を移すと

アルトの状況を見て、目を丸くして驚きを見せ

その後、小さく笑った。


アルトはといえば、少し前から必死になって

ヴァーシィルに、頭を飲み込まれて

バタバタともがいている魔法生物を

助け出そうと、悪戦苦闘していた……。


セツナとエレノアが、話している間に

魔法生物二匹が、アルトの手から地面へと飛び降り

興味深げに、ちょこちょこと歩いているのを

アルトは見守っていたのだが、魔法生物の動きに

興味をひかれたのか、ヴァーシィルがアルトの首元から

スルスルと降り、ヴァーシィルを怖がる魔法生物を

じっと見つめたあと、縮んでいた体を少し大きくさせ

アルトが、デスと呼んでいる魔法生物の頭を丸呑みしたのだった。


その光景に、アルトが尻尾を膨らませながら目を見開き

セツナの方を一瞬見たのだが、セツナとエレノアの沈黙に

声をかけることができずに、ぐっと声をおさえて

簡易結界の魔道具を取り出すと、それを起動させてから

ヴァーシィルの頭を押さえて、デスを助けようとしていた。


アルトの声は聞こえてはいないが

その唇を読むと「それは、食べ物じゃない!!」と言っている。


会場から、チラホラと聞こえる小さな笑い声は

アルトを見ての事だろう。


セツナは、アルトに優しい目を向けながら

小さく呟き、セツナの呟きと同時にヴァーシィルが

魔法生物を吐き出した。


吐き出された、魔法生物は一目散に

しゃがんでいるアルトの元へと行き、震えながら

最初からしがみついているララーベリルと一緒に

アルトの足にしがみついた。


ヴァーシィルは、まだ気になるのか

魔法生物をじっと見ているが、アルトが懇々と

説教をするように、ヴァーシィルに言い聞かせ

ヴァーシィルは、デスを見つめながらも

アルトが何かを告げるたびに、頭を上下させていた。


ギルスは、そんな騒動の中微動だにせずに

アルトの背中に張り付いている。


「やっぱり、セツナの使い魔はおかしいわけ」


理解できないと、サフィールが首を横へと振り

アルトから、セツナへと視線を戻す。


アギトは、笑いをこらえすぎて

息も絶え絶えといった感じだった。


そんな、どこかちぐはぐな

それでいて、ゆったり時間が流れているような

感覚をわしらが楽しんでいる間に

エレノアは自分の心と、折り合いをつけたのだろう。


顔をあげ、ゆっくりと目を開き

彼女にしては珍しい、眉根を下げた笑みを

セツナに向けた。


エレノアの様子を見て、セツナもエレノアに応えるように

ふわりと笑いながら、口を開く。


「戦闘方法ですが、攻撃魔法はなし。

 補助魔法、魔導具ありの戦闘でいいですか?」


セツナの申し出に、会場が一斉にざわついた。

魔導師が、攻撃魔法を使わないと宣言したのだ。


「……普通ならば、侮っているのかと

 憤慨するところなのだろうが……。

 私としても、貴殿とは剣を交えたい。

 その条件でいいだろうか?」


「ええ。結構です。

 ただ、僕はジャックほど剣が扱えるわけではないので

 その辺りは、ご理解いただければ」


「……」


エレノアが、寝言は寝てから言えというような視線を向けているが

セツナは、エレノアのその視線の意味が分からないようだ。

エレノアに、不思議そうな目を向けて首を傾げた。


わし達は、セツナとジャックの戦闘を目の当たりにしている。

エレノアに、勝ち目はないといっていいほどのものを

セツナは持っていた。


セツナは、エレノアに答える気がないと知ると

特に気にすることもなく、いつも通りの態度で

話を進めていく。


「普通に、戦闘をしてもいいですが

 少し、趣向を凝らしたいと思いますが

 どうでしょうか?」


「……構わないが、何をするつもりだ?」


エレノアの問いに、セツナが彼女の耳元に顔を寄せ

何かを話したが、わし達にその声は届かなかった。


観客席から、アラディスの殺気と女冒険者達の黄色い声

そして、エレノアの信者からの怨嗟の声が届くが

セツナは、全く気にしていない。


なんとなく、楽し気に見えるのは気のせいだろうか?


「……それは、それで楽しそうだ。

 戦闘の幅が広がりそうだな」


エレノアが頷き、セツナの案に同意を示したあと

二人の間に、沈黙が訪れ柔らかい風が

二人の肌を撫でていく。


肩にかかるぐらいの髪を風に遊ばれていた

エレノアが、優雅な仕草で髪を耳にかけ

セツナは、流れ落ちた前髪を整えるように

右手でサラリとかき上げ、目を柔らかく細め

エレノアを見て、ゆるく笑いながら言葉を落とした。


「エレノアさん」


「……うん?」


その声はどこか甘く、わしのチームのシュリナ達が

身を乗り出しながら、二人の様子を見ている姿が

目の端に入った。


「なにをやっとるんじゃ」


わしの呟きに「女達が好きそうな場面だ」と

アギトとサフィールが苦笑を浮かべるが

そんな二人も目を細めて、セツナ達を眺めていた。


二人の優雅な仕草が、どうにも冒険者には見えず

殺風景な闘技場が、どこかの庭園に思えるような

現実離れした光景を、見ている錯覚に陥っていたのだ。


だが、セツナから紡がれた言葉は、彼の穏やかな笑みとは

正反対の辛辣なもので、シュリナ達が驚愕に固まったまま

動かなくなっているのを見て、嘆息した。



「リシアの守護者であり、世界最強として

 僕が、立つ限り……僕に敗北はあり得ません」


「……」


笑みを浮かべながら告げたというのに

そこには、驕りだとか、蔑みだとか、侮りだとか

そういった、感情は一欠けらも見出すことができなかった。


ただ、淡々と真実を口にしただけ。

エレノアに、忠告として告げただけだと

セツナの声音から、そしてエレノアを見る瞳から

感じ取ることができた。


会場の空気がゆっくりと変化していき

高揚していた、冒険者達の感情が落ち着きを取り戻していく。


「僕は、貴方の全力を打ち砕くことになりますが

 よろしいですか?」


ゆるりと、微笑みながら告げたセツナの最終確認に

エレノアは、その瞳に闘志を湛えながら

壮絶に綺麗な笑みをセツナへと向けた。


「……本当の大会とはそういうものだろ?

 力と力、技術と技術、知恵と知恵がぶつかる場所だ。

 

 殺し合うことが目的ではなく。

 己が心と力を高める場所であり

 そして、己が力を知る場所でもある……。


 己が持っている全てで戦い。

 勝利しても、敗れても自分の足りぬものを

 知り、そしてまた研鑽を積むための足掛かりを

 見つけることができる場所だ」


二人とも、一瞬も互いから視線を外さない。

一触即発のその空気に、会場の内も外も固唾をのんで

二人を見守っていた。


「エレノアは、あんな笑い方もするんだな」


「僕も、初めて見たわけ」


「冒険者になりたての頃に

 よく見せていた笑みだな」


「そうなのか?」


「何かに、挑戦するときに

 自分を鼓舞するための笑みだ」


若くして母になり、必死に生きて

黒まで上り詰めた。


あの笑みを見せなくなったのは……。

そう考えて、内心ため息を吐き考える事をやめる。


頂きを目指す彼女が、片翼をもがれようとも

真直ぐに、たゆまぬ努力を続け生きてきたのだ。

その心の中に有る信念と共に。


「挑戦か……」


「エレノアは、お前さん達みたいに

 自分の感情で走ることは、ほぼないからなぁ。

 今日は、自分の感情を優先させているのじゃろ」


セツナがそれを許しているから。


「エレノアの為だけの戦いか」


「羨ましいわけ」


「私も戦いたかった……」


「僕も、戦いたいわけ」


「無理じゃろ」


わしの言葉に、二人は肩を落とし溜息を吐く

ヴァーシィルとギルスとの戦闘で、戦える状態じゃ

ないことは、二人が一番よく分かっている。


「……挑戦者としての戦闘は……。

 本当に久々になる。


 我が持てる力の全てで、貴殿に喰らい付こう。

 努々、油断なさらぬように……。


 ガイアの魔導師、セツナ。

 私、白麗の翼、エレノア……。


 全力で参る」


エレノアは、宣戦布告となる言葉を口にのせ

背筋を綺麗に伸ばし、そして騎士の礼をセツナに向けた。


エレノアの騎士の礼に、セツナもまた応えるように

胸に手を当て、優雅に腰を折った。


セツナとエレノアの応酬に、会場の内外共に歓声が沸き

その歓声が空気に伝わり、会場が揺れる。


「……」


そんな空気の中、サフィールがエレノアを目を細めて見つめ

アギトも、笑みを浮かべていた表情を引き締めた。


エレノアは、一度セツナに頷きセツナから視線を外し

真直ぐにサフィールを見た。


「……サフィール」


「僕は、反対だ」


「……頼む」


「……」


「アラディスを、どう説得するわけ?」


「……私が向かう」


エレノアはそれだけ告げると、魔道具を起動し

アラディスの元へと飛んだ。


「アラディスは、認めると思うか?」


「認めるだろう」


「認めるわけ」


「そうか……」


「エレノアの、心からの頼みを

 あいつは断れないわけ」


サフィールは、小さく溜息をつくと

自身も転移魔法を使い、エレノアの後を追った。


今の、エレノアとサフィールの短いやり取りを

セツナは、真剣な顔で見つめていた。


そして、エレノアが消えるまで

その背中から視線を外すことはせず

ギュッと、奥歯をかみしめ忌々しそうな表情を

一瞬だけ浮かべた。その暗く、憎悪を含んだ視線に

思わず、セツナを二度見する。


その表情に驚き、セツナに声をかけようとするが

オウカが、セツナに簡単に挨拶をしたあと

わしとアギトに、話があると告げオウカと共に

転移することになり、セツナと話をすることが

できなかった。


あの視線は、エレノアに

向けたものではないと、それだけは確信が持てる。


だとすると、セツナは一体何に

あれだけの、憎悪を見せたのか……。

気にはなるが、考えてもわからないものはわからない。


舞台の上へと視線を向けると

ヤトがこの後の予定と注意事項を話している。


セツナは、アルトに移動することを告げ

アルトは、セツナに頷きアルトの足にしがみ付いている

魔法生物を、両手で持とうとするが


ヴァーシィルが、アルトの首のあたりに居るため

魔法生物達は、足にしがみ付いたまま

離れようとしないようだ。


困ったように耳を寝かせるアルトに

セツナが、軽く笑いながらアルトの首のあたりに居る

ヴァーシィルに手を伸ばす。


セツナが手を伸ばすと、ヴァーシィルは嫌がることなく

スルスルとセツナの腕へと移動し、首元ではなく

腕に巻き付き、肩のあたりに顔をのせた。


その穏やかなやり取りに、安堵し

セツナ達から視線を外し、オウカへと向ける。


オウカが、リオウ達と話を終えるのを待った。


「待たせたね」


「いや、それで話とは?」


アギトが、早く話せというようにオウカを見た。


「クリス、アルヴァン、ニール、アラディスを

 式典用マントを着用の上、舞台傍へ配置してほしい」


「なぜだ?」


「ハルに居る、黒と白のお披露目といったところか」


「アラディスが、嫌がりそうだの」


「アラディスからは、了承を取ってある」


アギトが、嘘だろうと呟く。


「嘘ではない。

 エレノアの戦闘中に、舞台傍に居てもいいと告げたら

 二つ返事で了承したとオウルから返答が来た」


「……」


「……」


「他国の冒険者も集まるいい機会だ。

 黒と白の、顔を覚えて帰ってもらおう」


「本音を言え」


オウカの言葉を叩き落とすかのように

アギトがそう告げる。


「これが本音だと思わないのかね?」


「思うわけがないだろう?」


「ふむ。まぁ、当たりなのだが」


オウカがごまかすことなく頷き

本音だと思われる部分を語った。


「簡単な話だ。アギトとサフィールが

 使い物にならない今、万が一のことがあった時に

 セツナとアラディスを抑える要員が必要だ。


 アギトもサフィールも、戦えないだろう?」


戦えないと言われ、アギトが苦虫を噛み潰したような

表情を作った。


「まぁ、大丈夫だとは思うが……。

 私達も、さほど余裕があるわけではないからな」


今回の大会で、オウカ達も魔力を大量に消費している。

それでも、ここまで動けるのだから初代の一族というのは

常日頃から、相当鍛えているのだろう……。


「できれば、バルタスは力を温存しておいてほしい。

 大会以外で、緊急の連絡が入った時の為に」


オウカの言葉に、わしもアギトも頷き了承を示した。

特に、断る内容でもなく準備をしておくのは

当然のことだ。


「では、頼んだよ。

 模擬戦の開始は、一時間後。

 その十分前に、集合とする」


もう一度オウカに頷いてから、転移魔法の魔道具を使い

黒のチームが集まる場所へと戻ると

セツナは、観客席ではなく

舞台側でヴァーシィルを大きくさせ

ヴァーシィルの胴体を椅子の代わりにして座り

目を閉じていた。


どうやら、疲れているようだ。

あれだけ、暴れれば疲れもするだろう。


まぁ、色々と聞かれるのが煩わしいと

思っているのも確かだろうが。


どこかまだ、排他的な空気を纏っているから

セツナ自身も、皆に近づかない事を選んだのだろう。


わしもアギトも、セツナに声をかけることはせずに

周りを見渡し、状況の確認を優先させた。


アルトは、大きくなったギルスの上に座り

クロージャ達と話をしている。


クロージャ達は、時々ギルスに触れながら

楽しそうに会話しており、大会が終わったら

ギルスに乗せてほしいと、アルトに頼んでいるようだ。

アルトは、後でセツナに聞いてみると返事をしていた。


アルトの周りに、少年達しかいないのを見て

やはり、少女達には近寄りがたいかと内心思っていると

ヴァーシィルの頭に、ミッシェルが張り付いていた……。


アギトが、ミッシェルを目に入れた瞬間

目を見開き、肩を震わせていたが

その気持ちは理解できた。


ヴァーシィルは、胴体をセツナに貸し

鎌首をもたげながら、頭をアルトの傍に置いていたようだ。


「ひんやりしてるー」とミッシェルがうっとりと呟いているのを

エミリアとジャネットが、遠巻きに眺めていた。

近くに寄ろうとするが、恐怖が先に立ち

近づけないでいるのが見て取れる。


楽しそうに、張り付いているミッシェルの横には

苦笑を落としながらも、ヴァーシィルを撫でている

ナキルが居た。兄妹そろって、物怖じしない性格らしい。


ヴァーシィルに、張り付いているミッシェルに

クロージャ達が気が付き、目を丸めてミッシェルを見たあと

自分達も、ミッシェルと同じようにヴァーシィルに抱き付き

その感触を楽しみ、キラキラとした瞳を見せている。


ヴァーシィルを譲ったミッシェルの興味は、ギルスに移り

ギルスの体を撫でながら「こんな毛布がほしー」とうっとりし

ナキルはそんなミッシェルに再度苦笑を落としながらも

やはり、ギルスを撫でていたのだった。


そんな、柔らかい光景を目にしながら

オウカに頼まれた事を、ニールとアルヴァンへと告げる。

クリスは、アギトから話を聞いているようだ。


ニールもアルヴァンも、拒否したいが

拒否することができない事を知っているために

ただ黙って頷き、そして深く溜息を吐いてから

転移魔法の魔道具を起動させて

マントを取りに向かったのだった。


ふと、カルロ達の姿が見えない事を思い出し

視線を巡らせると、皆が皆真剣な表情で

ギルド職員を取り囲んでいた。


先ほどの試合のかけ金の払い戻し分を

次の試合で、どれだけ賭けるのかを悩んでいるらしい。


真剣な表情で、鍋とフライパンの話をする

わしの子供達のいつも通りの姿に、思わず笑みが浮かんだ。


少なからず、セツナへの態度に変化が出るかと

思ったのだが、わしの子供達は変わらない事を選んだようだ。

その中心にいるのは、カルロやセルユ

フリードやダウロという、次々代を支える子供達だろう。


それぞれの胸に、大なり小なり思う事はあるだろうが

それさえも、成長の糧にして羽ばたいてくれたらと願い

子供達が、心折れぬように見守っていこうと新たに誓う。


願わくば、わしの子供達が血は繋がらないが

信じあえる兄弟や友を得たように。


アルトが、世界を広げるきっかけとなり

夢を共に追う、親友と出会ったように……。


セツナもまた、自分の本心を語り合える

友を見つけることができるようにと

心の中で、そっと祈ったのだった。



* てるるさんから、年賀状を頂きました。

セツナが羨ましい……。てるるさん、ありがとうございました。


https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=66570423


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