『 魔法生物 』
【 ウィルキス3の月30日 : エレノア 】
『この生き物は、魔法生物と呼ばれるものですね』
オウカのこれは何だという問いに、セツナが丁寧に
答えていく。丁寧に答える理由の半分以上は
きっとアルトの為だろうな。
楽しそうな表情を浮かべ、今か今かと
この生き物の説明を待っているアルトに
セツナは、困ったような笑みを見せながら
説明を始めた。
もう、武闘大会の表彰式とは言えない
状態になっているが、武闘大会の始まりから
破綻していたのだから、誰も気にしていないだろう。
いや、気にすることができない状態といったほうが正しい。
この数時間で、強制的にありとあらゆる感情を
経験することになった。普通に生きているだけでは
いや、普通ではなくとも経験できない出来事も起こった。
それを観戦者ではなく、傍観者でもなく
自分の身をもって、体験することになったのだ。
正常な心理状態ではないのは仕方がない。
噂ではなく、自分の目で耳で仕入れた情報を
どう処理すればいいのか、戸惑っているものも多いだろう。
正直、数時間で理解できるような情報量ではない。
今は、この場の空気に流され
あまり深く考える事はできないでいるようだが
大会が終わり、落ち着きを取り戻せば
今日この日が、どれ程非日常の中に居たのかを知るのだろう。
彼等にとって、今日のこの経験が
生きていくうえでの、糧となることを祈った。
『魔法生物? 聞いたことがない』
『こちらの大陸では、生息していない生き物なので。
生息地は、竜の大陸です。向こうの大陸は
こちらとは生態系が、激しく異なるようですから』
『なぜ、そんな生き物が……。
いや、聞くまでもない。ジャックだな』
オウカが眉をしかめ、ジャックが関わっていると
断定するように言い切った。
セツナは『それ以外、考えられませんよね』と笑って頷いた。
先ほどの、願いを伝えた時の表情とは、全く違う。
穏やかで柔らかい笑みだ。
『この植物は、竜の大陸では珍しくはないモノです。
魔物ではなく、竜の大陸に満ちる魔力で変化した
知性ある植物と言われています』
『知性があるのか?』
オウカが、疑わしそうにアルトの頭の上で
ギャギャと鳴いている魔法生物を見た。
『知性があるといっても、様々なようですね。
人と話せるモノもいれば、言葉の意味だけ理解するモノだとか
小動物ぐらいの、知性のモノも多いようです。
魔法生物は、三年ぐらい活動すると
核へと戻り、一年ぐらい休止状態となり
その後また、育てることが可能になるようです。
そうして、何度も何度も育てられた
魔法生物が、言葉を話したり、魔法を使えたり
することができるようになるそうです』
『そうか。信じられない話だが……。
それで、これは話せるのかな?』
『いいえ、話すことはできませんが
僕達の言葉の意味は、理解しています』
『……』
『向こうの大陸では、魔法生物を育てて
こちらの花屋のように売られているそうです』
『買うのか?! いや、飼うのか!?』
『役に立つ生き物として、重宝されているようですよ?』
『役に……?』
あの生き物が、私達の話を理解していると知ったからか
オウカは、細心の注意を払いながら会話をしている。
オウカの視線の意味を正確に把握して
セツナが、小さく笑い説明を続けた。
『可愛らしい姿で、懸命に動く姿が人気のようです』
『……』
可愛いというところで、オウカが胡乱な目つきで
魔法生物を眺め、その視線に
ギャ? ギャギャ? と何かを伝えるように
オウカを見て鳴いた植物から、オウカは視線をそっとそらした。
『魔法生物は、種もしくは核といいますが
それを地中に埋める時に、基本とする属性の魔法を
かけてから埋めます。埋めた後は、普通の植物を
育てるように水や肥料を与え、芽が出たら
目的に合った、魔法生物が育つように
属性魔力の量を微細に調整しながら、与えていくようです。
ただ、魔力量の調整を少しでも間違えると
全く違う魔法生物が生まれるようですが……。
それもまた、楽しみとして人気があるようです。
中には、新種を生み出す為にのめり込む人も多いようですね』
『そうか。私には理解しがたいものだな』
『もともと、竜族の娯楽として広まったようですから
寿命の長い彼等の、暇つぶしだったのかもしれません』
『なるほど。それで、目的に合う
魔法生物とは? 私達が、花を愛でるような
ものではない……のだろう?』
『魔法生物を愛でるために、育てる人もいるようですが
大体は、自分の仕事の手伝いに役立てるように
育てるそうです。販売されているのはそういった関係の
魔法生物が多いみたいです』
『仕事に役立てる?』
『はい、水と光と空気中の魔力があれば死なないみたいですが
雑食なので、何でも食べるようです。それを利用して
例えば、畑の害虫を好む魔法生物を育てれば畑仕事の
役に立ってくれますし、金属だろうが紙だろうが
生ごみだろうが、本当に何でも食べるので重宝されています。
一番人気は、家を清掃してくれる魔法生物のようですね。
賢い魔法生物なら、魔法を使う事が出来ますし。
向こうの大陸の魔法は、こちらとは少し違っていて……』
ここでセツナが一度、言葉を切り
精霊語ではない、私が聞いたことがない言葉で
短い詠唱を唱える
「……サフィール」
「なんなわけ?
見てわからない? 今、僕は忙しいわけ」
「……」
セツナの言葉を必死に、メモ帳に書いている
サフィールを横目で見ながら、疑問を口にする。
「……あの言葉は
どこの国のものだ?」
「僕も聞いたことがない。
後で、セツナに直接聞くほうが早いわけ」
それだけ告げると、サフィールはブツブツと
呟きながら、メモを取る事へと集中した。
その魔法が発動した瞬間、セツナの体が淡く光り
どことなく服や髪が綺麗になっている気がする。
『服の汚れが取れた?』
『ええ。無属性魔法というそうですよ。
今の魔法は、無属性魔法の中の洗浄という魔法です。
服と体まとめて汚れや埃を取ってくれます。
風魔法でも似たようなことができますが
違いは、こちらの魔法はお風呂上がりのような
心持になれます。風魔法は汚れを取るだけなので。
人気がある、魔法生物はこの無属性魔法を使って
家を綺麗にする清掃という魔法が使えるみたいです』
『便利な魔法があるのだな』
『遥か長い時を生きる種族ですから
色々と便利な魔法が、構築されているようです』
『その魔法は、野営の時などに役立ちそうだ』
『重宝してますね』
『ギルドに売る気はないかね?』
『うーん。売ってもいいとは思いますが』
セツナの肯定する言葉に、オウカが少し目を瞠った。
『この魔法は、竜族が使う魔法の一つです。
竜族の魔法にも種類があり
竜族でしか使えない魔法もありますが
無属性魔法は、魔導師ならば誰でも使える。
古代魔法とよく似た感じになりますね。
ただ、魔法言語は、竜国語。
完全なる竜族の言葉になります。
竜国近辺で使われている、こちらの大陸では帝国語
もしくは、北方言語と呼ばれている言語ではありません。
なので、まず竜国語を覚えないと……。話せますか?』
『話せるわけがなかろう?』
『ジャックは話せたので……』
『そうか……』
先ほどの疑問が、思わぬところで解決した。
しかし……竜国語。彼の頭の中にはどれほどの知識が
つまっているのだろうか?
サフィールでなくとも
その知識を詳しく知りたいと思ってしまう。
少し落胆したような声のオウカに
セツナが何かを考えるように、目を閉じる。
『セツナ?』
そして、考えを纏め終えたのか
ゆっくりと目を開いた。
『古代魔法で、構築しなおして
売ることができそうですが……。どうしますか?』
チラリと隣にいるサフィールを見ると
その顔には、作った笑みではなく本当の笑みが浮いている。
すぐに視線を逸らし、見なかった事とするが
サフィールの笑みを見た、観客席の女性冒険者達が
ざわつく音を聞いた。
『はっ?』
『少し違ったものにはなるかもしれませんが
大体、似たようなものが作れるかなと。
多分できると思いますが』
『そんな簡単にできるものではないだろう?』
『必要なものは
ジャックも作っていたと思いますが』
『確かに。だが、その構築式は大体が
解読不可能だった……』
『……』
『しかし……』
セツナの申し出に、オウカはどこか腑に落ちない
という表情を作りセツナを凝視していた。
『オウカさん?』
『いや、どういった心境の変化か、とな』
オウカの言葉を濁し、表情を取り繕う姿を
目にしたセツナが苦笑を浮かべながら
その理由を告げる。
『病気でお風呂に入れない人だとか
怪我などで、身動きができない人だとか……。
この魔法があるだけで、本人もそして家族も
楽になります。清拭ができない日もあるでしょうし』
どこか遠くを見ているような
私達の知らない何かを見ているような。
そんな雰囲気をセツナが一瞬纏う。
『……』
「……」
『あの時に、思いだせればよかったなと
今、ふと思ったので』
思い出さなかったことを、恥じるように
セツナは少し目線を落とした。
そんなセツナに、オウカは首を横に振り
『君がいなければ、子供達は助からなかった』
そんな余裕など、君にもそして私達にもなかったのだからと
静かに告げた。
『そうですね』
『本当にいいのかね?』
気持ちを入れ替えるような、オウカの声に
セツナもまた顔をあげて、頷く。
『僕は、リシアの守護者としての
役割が来ない事を祈っています』
『それは』
『僕が立たなければいけない時
それは、この国が危険な状況に
陥りかけている時だと思いますから』
セツナの言葉に、オウカがハッとした表情を浮かべ
何度も何度も、納得するように頷いた。
『なので、僕もジャックを見習って
時間があれば、この国に貢献できるものを
作ることができるといいなと考えました』
『……いや、セツナはそのままでいい。
ジャックを見習う必要ない。
君は大丈夫だとは思うが
くれぐれも、危険なものは作らないように』
セツナが、ギルドに魔法を売ると決定した瞬間
会場の内外共に、わー、といった歓声が上がった。
リシアの民は、この国を想ってのセツナの行動に
歓声を上げ、闘技場の冒険者達は自分達の
野営が少しだけ、快適になる事への期待からの
歓声だろう。特に、女性の冒険者からの歓声が大きい。
愉しげに揺れる会場に「空気が変わったな」と
バルタスが安堵したように呟いた。
「……オウカが努力しているからな」
短く終わらせることもできるはずが
オウカは、話を引き延ばし先ほどの
凍るようなセツナの宣言を撤回とまでは
行かなくとも、譲歩してもらえるように
交渉するつもりのようだ。
それは、セツナの為でもあると言える。
一方的な拒絶は、あまりいい方向へと向かわない。
同盟要請、弟子入り志願、チームの入隊は
セツナの願い通りになるだろう。
だが手紙はぐらいは、目を通してほしいと
思っているはずだ。周りから孤立しない為に……。
例え、全ての要望を受け入れるとしても
セツナの印象を少しでも柔らかいものへと
変えるために、行動するつもりなのだろう。
「まぁ、セツナだけの為でもないだろう。
後ほど、知識欲が旺盛な国民たちが
ギルドに押しかけるのを、避ける目的もあるだろうしな」
「あんなのを、見せられると知りたくなるわけ」
アギトの言葉に、サフィールが同意する。
「……私達が知らない大陸の話だ。
竜国、竜族に憧れる人間も多い」
「滅多に聞くことができない話に
耳を傾けたくなるのは、仕方がない事だの」
彼の国の話は、一種の娯楽だ。
その話を聞くことができ、その大陸にしかいない
生き物を目にし、その説明を聞くことができる。
それは、冒険者だけでなく
リシアの民も、好奇心を疼かせている。
自由の国リシア。
この国の民たちの殆どが、学院を卒業している。
そして、彼等は何に対しても貪欲だ。
この国の民は、趣味を持っている人間が多い。
同じ趣味を持つ者同士が集まり
情報交換をしたり、勉強会を開いたりと
交流が盛んにおこなわれている。
今、一番活気のある交流会は
ケモ耳・尻尾で萌える会というものだ。
アルトの絵姿を作成してほしいと
懇願されているようだが、許可が下りることはないだろう。
まぁ、気持ちが分からないわけではないが……。
頭の上の魔法生物を気にしながら、尻尾を揺らしている
アルトを見て、頬が緩む。
そんな交流会は、子供でさえ親の許可があれば
参加できるようになっている。
子供に人気なのは、野球やさっかーと呼ばれる
体を動かすものや、本を読んだりお菓子作りと
いったものなどが多い。
ミッシェルは、確かお菓子作りの交流会に
参加していたはずだ。
そして、交流会だというのにギルドに依頼を出せば
学院の生徒や講師が、直に教えに来てくれる場合もある。
こういった依頼を受けるのは、学院の生徒が多く
生活費の足しになっている。
そして、その交流を通じて
他国の人間は、リシアの民と触れあい
地域に溶け込んでいく役割を果たしている。
それは、他国の人間にとっては甘い毒になっていた。
自国よりも環境が整い、安全で、身分の上下にも厳しくなく
搾取される法ではなく、自分達の命を優先してもらえる。
貧富の差はあるが、スラムと呼ばれるものはない。
金がなくとも学ばしてもらえ、他国の人間だからと
差別を受けることもない。
自国で辛酸をなめ、冒険者となってハルにたどり着き
ここで希望を見出す者は、星の数ほどいるのだ。
ハルに永住するのは、厳格な審査を受けることになるが
永住権を獲得しようと、必死になって働いても
十分よりよい生活ができる。
リシアの法を順守している限り
リシアの国は、民たちに寛容だった。
この国の民は、様々な事に貪欲だが
一番貪欲なのは、リシアという国自体だと
ある日気が付いた。
これほどまでに、存在感を放つ国だというのに
慢心することがない……。
学院の生徒を、地域社会と交流させるのも
優秀な人材を、ハルに留めるためのものでもあるのだ。
初代総帥シゲトは
何の目的で、この国を建国したのだろうか。
その真意を、私は聞いてみたいと何度思った事だろうか。
『しかし、竜国ではこの生き物が
好まれているとは……』
オウカが、話題を変えるように
魔法生物へと視線を向けるがすぐにそらした。
どうやら、オウカはこの生き物が
受け入れられないらしい。
『いえ、多分……竜国にこれはいないかと……』
『はっ?』
『先ほど、魔力を微調整して自分で育てると
話したと思いますが……ジャ……』
『これは、ジャックが創ったのか?!』
セツナの言葉を遮って、オウカが叫ぶ。
『えっ? はい、そうです』
『ジャックはまた、何かをするつもりだったのか!?』
『いえ……。それは、僕にはわかりませんが』
『水辺へ行っても、油断ならないとは』
オウカが真剣な表情でつぶやき
セツナは、その場から一歩引いていた。
オウカもオウルも、本当にジャックに
遊ばれていたから、ジャックが作り出すものに
相当危機感を抱いている。
『まぁ、いい。そうか、その姿以外の
魔法生物も存在するんだな』
『存在するというか
これは、僕しか持っていないと思います。
ジャックとしては、歌う花を創りたかったらしいです』
『花が歌うのか?』
セツナが頷き、オウカの疑問に答えるように
鞄から何かを取り出し、竜国語だと思われる言葉で
詠唱する。魔法が発動すると、セツナの手の上に
黄色の可愛らしい魔法生物がのっていた。
つぶらな瞳で、キョロキョロと周りを見渡し
ナァー、と綺麗な声で鳴く。
『この生き物とあの生き物は
同じ種から生まれたものなのか?』
驚愕といった表情を見せ
オウカが、黄色の可愛らしい魔法生物を凝視した。
『普通は、こういった愛らしい姿のようです』
『……』
やはり、あれは普通ではないのだな。
『ララーベリル、歌を歌ってくれる?』
『ナァー』
セツナの頼みに、魔法生物が可愛らしく頷き
ゆっくりと、ナァーナァーと歌い出す。
その声は優しく、そしてどこか和むような
空気を周りに振りまいた。
短い時間だったが、歌い終わった瞬間
会場の内外共に、拍手で満たされる。
その拍手に応えるかのように
手のように、葉を持ち上げ魔法生物は嬉しそうに振っていた。
『信じられん。
ララーベリルというのは名前かね?』
『共通語では、歌う花という意味になりますね。
この子はまだ小さいので、言葉を話せませんが
育てていくと、言葉を覚えて歌ってくれます』
『そうか。魔法生物というものを理解することができた。
ジャックが、このララーベリルを
創り出そうとしていた事も理解した。
それで……。
それでだ! どうなればこれがあれになるんだ!』
アルトの頭の上で、葉を手のようにして
ララーベリルに、ぽふぽふと拍手をしている
魔法生物をチラリと見て、セツナに問う。
『さぁ……。僕にもよくわかりませんが
何度挑戦しても、何度育てても
ジャックは、これしか創れなかったようです』
『呪われているんじゃないのかね』
『ある意味、ジャックにしか作り出せない新種なので
成功といえば、成功しているのかもしれません?』
成功だとは全く思っていない顔で
セツナがそう告げる。
ララーベリルを、興味深そうに見ているアルトに
手渡しながら、セツナはオウカと会話を続ける。
『そうか。そうか……。気にするのはやめにしよう。
では、この魔法生物も歌う事ができるのか?』
『歌えると思いますか?』
『……』
セツナが不思議そうに、オウカを見て首を傾げ
オウカは、疲れたように首を横へ振った。
『何ができるのか。
いや、その前に名前はあるのかね?』
『毟る君death』
『はっ?』
オウカが真顔で問い返す。
『毟る君デス。デスまでが名前です』
『ですまで?』
『そうです』
『何か意味が?』
『多分、ジャックには意味があったのかと思います』
セツナは視線を彷徨わせながら答える。
多分、セツナはその意味を知っているが
言わない事を選んだのだろう。
『これ以上、聞きたくない気がするのだが』
オウカの本気の言葉に、会場の内外から
楽しそうな野次が飛んできた。知りたいという意思を
オウカに伝えているようだ。
国民が、他国にとっては王族に位置する
オウカに野次を飛ばしていることに
始めてハルに来た、冒険者達は驚きに満ちた
表情で周りを見ている。
ハルに長く滞在する冒険者達は
国民たちと同じように、楽しんでいるようだ。
オウカは軽く手をあげ、静かにするように伝えた。
『リシアの民は、私達とジャックの攻防を
理解してくれていると思っていたのだが……。
君達は、私ではなくジャックの味方かね?』
真面目に問うオウカの声に、ジャックの味方だという声と
オウカさんの味方ですという声が混ざる。
『私は、耳を塞ぎたい気分なのだが
それでも、聞きたいというのかな?』
聞きたいという声が揃い
オウカがわざと深い溜息をついた。
『ならば、私は我が民の声に応えねばならない。
それが、私の胸を痛めるものだとしてもだ』
わざとらしいオウカの言葉に、頑張れという
言葉がたくさん届いた。
セツナが初めて見る、オウカと国民とのやり取りに
何度か瞬きをして、その衝撃を逃がしている。
「これが、有事の際には
威厳を見せ、周りを纏めて指揮するのだから
やっぱり、侮れない存在なわけ」
ニコニコとして、民の言葉に応えるオウカを見て
サフィールが、ぼそりと呟く。
「これほど、敬愛され尊敬されている王族も珍しい」
「リペイドの国の王も、国民に人気があるようだの」
「あそこの国は、第三皇子が死に物狂いで
身内を粛正し、国民の為に
国を立て直した立派な王なわけ」
「……セツナが気に入るわけだな」
『さてセツナ、毟る君ですができることを
教えてくれるかね』
セツナは、一度周りを見渡し
今か今かと待っている、観客達を目に入れると
彼がよく見せる、困ったような笑みを浮かべた。
きっと、セツナが描いていた台本と
大きくかけ離れてしまったのだろう。
セツナは、脅しとして
魔法生物を使うつもりだったはずだ。
だが、オウカは話を引き延ばし、国民たちに興味を持たせ
セツナとの会話で、方向をゆっくりと修正しながら
落としどころを探っていた。
オウカの努力に、一役買っていたのはアルトだ。
見た目からは、凶悪そうに見えるのに
アルトと共にあると、どこか間の抜けたような
生き物に見えた。それすらも、オウカは計算しながら
利用していたに違いない。
長年、オウカ達にジャックが悪戯として
起こす騒動は、国民たちの楽しみとして
受け入れられてきた。ギルドの内部に関わること以外は
ギルドが新聞を発行して、こんな出来事があったと
記事にすることも多かった。
オウカ達はオウカ達で、ジャックを守っていたのだろう。
その強大な力が、恐れられないように……。
彼等一族は、ジャックを本当に愛しているから。
「わしは、こういう光景を見るたびに
この国が好きになる」
「……そうだな」
バルタスの言葉に、自分が生まれた国を想う。
間違った方向へと進んでいる、自国を……私は想った。
『もう、お分かりかと思いますが』
『想像はつくな』
『毟る君デスは、髪を毟って食べるのが好きですね。
なぜ、そうなったのかを僕に問うのはやめてください
僕にもわかりませんから……』
『ジャックのみが知るという事か』
『いえ、ジャックに聞いても同じ答えが
返るかと……。理由が分かっていたのなら
違う魔法生物が生まれていたはずだから……』
『……』
セツナの返答に、会場からはクスクスと忍び笑いが
聞こえてくる。彼をよく知る人たちが
大雑把な彼の事を思い出しているのかもしれない。
『それで、セツナはその毟る君ですを
どう使うつもりなのかね』
オウカが、ため息交じりで
困ったような視線をセツナに向けて
本題へと戻った。
セツナはそんなオウカをじっと見て
口元に笑みを浮かべながら、口を開いた。
「……印象が変わったな」
「ああ。先ほどは淡々と
連絡事項を伝えるぐらいの気持ちだった
だろうからの」
「観客席の奴らの、表情が全く違うわけ」
「未知の何かを、頭に植え付けられるなど
恐怖でしかないだろう」
「……確かに。それが、自分には関係が
ないことだとしても、何が理由でその矛先が
向けられるかもしれない。
その時に、それが何であるか分からなければ
対処のしようがない。知っていると知らないの
とでは、雲泥の差がある」
『僕に、必要のないモノを送り付けてきた場合。
その魔力の残滓をたどって、毟る君デスの
核をその人の頭の上に転移させ、寄生させます。
多分、頭の上になるとは思いますが……。
体内に入った場合、食い破られるかもしれません』
『……』
「えげつないわけ」
「鬼だな」
『まぁ、基本頭の上になるでしょうから
大丈夫だと思います。頭の上に寄生した場合
命の危険性はありません。
ただ、一生毛が生えなくなるだけなので』
『それは、ただ、とは言わないのではないか?』
『そうですか?』
『まぁいい』
オウカが少し、自分の髪を気にしながら
セツナに先を促す。
先を促す前に、『寄生?』と小さな声で呟き
衝撃で硬直している、アルトを
どうにかしてやったほうがいいのでは、と
思いながらも、口を挟むことはせず
アルトを視界に入れながら、セツナの説明の続きを聞く。
『毟る君デスが寄生すると
大体、一週間程度かけて頭の毛を
毟り食べてくれます。
頭の上から無理にはがそうとすると
鋭い歯で噛みつき、指などを食いちぎられるので
注意が必要です』
『何か布をかぶせて引き抜けばいいのではないか?』
『その布も食べてしまいますけどね。
僕は、無理矢理引き抜くのは
お勧めしませんけど』
『どうしてだ』
『頭皮ごと、剥がれるでしょうから
大惨事になります』
アルトが何かを想像したのか
耳をヘタリと寝かせ、ブルブルと震えながら
セツナを呼んだ。
『師匠!!!』
『えっ? どうしたの?』
震えて、目を潤ませているアルトに
セツナが目を瞠っている。
『とって、とって!』
『あぁ、大丈夫だよ。
僕なら安全にとれるから』
アルトの様子に、セツナが小さく笑い
アルトの頭の上に手を伸ばすと
毟る君デスが、自らセツナの手へと移動した。
移動した魔法生物は
機嫌よくギャギャギャと鳴いている。
アルトは自分の頭を触って
髪があることを確認すると
ホッとしたように、肩から力を抜いた。
オウカは眉間に指をあて、疲れを取るように
揉みながら、口を開く。
『最終的に、寄生された者はどうなる』
『髪がすべてなくなると同時に
僕の手元へ戻るようにしますから。
一週間ほど、そのままの状態で
いればいいのではないでしょうか?』
『……』
「一週間も、あの凶暴な生き物を
頭の上ではやしておくわけ?」
サフィールが嫌そうに、セツナの手元を見ている。
『理不尽に、核を転移させるのではありませんし
僕はこうやって、僕に不必要なものを
送らないで下さいと、お願いしているんですから。
それを守って頂ければ、何の問題もないでしょう?』
「ものすごく力技な願いだな」
アギトが呆れたように、苦笑し
サフィールが、自業自得だろうし
放置でいいわけ、と興味なさそうに呟いた。
『あ、そうだ。
見本になるモノがなければ
説明が難しいかと思いますから
これは差し上げます』
セツナがそう告げた瞬間、オウカの手に
毟る君ですが移動し、オウカが目を見開いて
自分の手に巻き付いている魔法生物を凝視した。
ギャギャ? ギャ? と体をクネクネと
くねらせながら、手のような葉をすり合わせ
照れているかのような仕草を見せる魔法生物に
オウカの目から光が消えた……。
『気に入られたみたいですね』
『……』
オウカの表情と、魔法生物の楽しそうな動きが
余りにも、酷過ぎて笑いがこみ上げそうになるのを
必死になって抑える。
アギトとサフィールは、肩を震わせて
笑っているが、声を出していないだけましだろう。
『大丈夫です。
オウカさんの髪を毟ることはありません』
ものすごく、綺麗な笑顔でそう告げたセツナに
観客席の女性達は黄色い声をあげた。
「……意趣返しだな」
「容赦ない」
オウカは、まだ固まっていたが
視線を感じたのだろう、光が抜け落ちた目を
視線が感じる方へと向ける。
そこには、オウカの手元を羨ましそうに
じっと見つめているアルトが居た。
アルトの視線の意味を、的確に理解した
オウカの行動は、とても素早かった。
『アルト。私がもらっても仕方がないから
君にあげよう』
そう告げると同時に、アルトに魔法生物を差し出した。
アルトは、反射的にそれを受け取ってしまい
少し動揺しながら、セツナを見上げる。
『欲しいの?』
セツナの優しい声に、アルトが期待を込めた目を
セツナに向けて頷く。
『怖かったんじゃないの?』
『俺に何もしないなら怖くない』
『そっか、なら貰うといいよ』
『うん』
アルトがセツナからオウカへと視線を戻し
輝くような笑顔で、お礼を言った。
善意で、譲ってもらったと
何一つ、オウカを疑う事をしないアルトの目を見て
オウカが、深く深く溜息を吐き出しながら
『喜んでくれてよかった』と絞り出すように
礼を受け取った。きっと、その胸中には罪悪感が
芽生えているに違いない……。
多分ここまで、計算されて
セツナはオウカに、あの魔法生物を渡したのだろう。
オウカがそれに気が付き
もう一度ため息を落としながらも
『私には、必要がないから贈らなくてもいい』と告げた。
オウカのその言葉に
セツナは、その口に笑みをのせて同意するように頷いた。
『そうですよね。
必要のないモノを貰っても
迷惑なだけですから。僕も贈りません』
『……』
「……」
「……」
最後の最後に、告げられたこの言葉に
オウカだけではなく、私達も絶句することとなった。
セツナの台本を砕いた、オウカと
最終的に、自分の願いを認めさせた、セツナ。
オウカとセツナの初めての攻防は
両者の引き分けという形で、決着がついたのだった。





