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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ルリトウワタ : 信じあう心 』

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『 師弟 : 前編 』

* 前後編に分けました。

【 ウィルキス3の月30日 : ミッシェル 】


『ほら、戻って』


この言葉とほぼ同時に、アルトが私達の元へと戻ってきた。

戻ってきたというより、セツナさんに戻されたと言ったほうが

適切かもしれないけれど。


それでも、アルトは納得しているのか

さほど気にした様子もなく、クロージャ達が笑いながら

「おかえり」と告げた言葉に「ただいま」と返していた。


ロイールも、ロガンさんの横から移動して

男の子達が、目を輝かせながらアルトに色々と語っている。


セツナさんがジャックの弟子だった事とか

二つ名を引き継いだこととか、先ほどのギルドの魔法の事だとか

精霊の事だとか……。


私も知っている、精霊の審判の魔法。

だけど、絶対に使ってはいけないと聞いた。

恐れ多くて、上位精霊を呼び出そうなんて

一瞬たりとも考えたことはなかったけれど。


医療院にいる時に、セツナさんと契約しているクッカさんを見て

その気持ちは確固たるものとして刻まれた。


私達が気軽に接していい方達ではないと

クッカさんが現れた瞬間に理解させられたから。


アルトは……。

フィーさんともクッカさんとも友達らしいけど。


セツナさんが、命を賭けて呼び出した精霊は

とても綺麗な精霊だった。私の隣に居た兄が

精霊が現れたと同時に、驚いたように体を揺らし

凝視するように精霊を見ていたけど兄の好みなんだろうか?


精霊がこちらを見て、一瞬、兄と視線が交わった気がしたけれど

気のせいだったのかな? その後、私とも視線が合ったけど

すぐにそらされてしまった。けれど、その表情は冷たいものではなく

優しさを含んでいたような気がして、なぜか落ち着かない気持ちになった。



男の子達が、必死にアルトに色々聞いている。

アルトは答えてはくれるけど、男の子達のような

興奮を抑え切れないといった感じはなく


なぜかとても冷静だった。


ただ、リシアの守護者という二つ名が

リシアの英雄という意味があるとクロージャから

聞いた時だけ、嬉しそうに尻尾を勢い良く振っていたけど

ジャックの弟子だとかは、本当に興味がなさそう。


きっとアルトの関心は今全力で

セツナさんの方に向いているのだろう。


アルトの視線は、男の子達に会わせて話をしているけれど

耳だけは、セツナさんの方へと向いている。


闘技場にセツナさんが現れてから

アルトは一度も、セツナさんを意識から

外すことをしていない。


私達と楽しそうに話しながらも

目か耳のどちらかは必ず、セツナさんの方へと向いていた。


それは、アルトもそうだけど、酒肴の人達も

月光の人達もこの場に居る冒険者と呼ばれる人達は

皆、必ず意識を別の所に向けていた。


セツナさんだったり、黒だったり

周りの仲間だったり。


恋の話に盛り上がっていても

どうやって戦うか口論していても

魔物をどう料理をするか話し合っていても


その話だけに夢中になることはなく

意識は必ず外にも向いていた。


私も真似してみようと頑張ってみたけれど

意識が散漫になっているだけのような気がする。



冒険者ギルドの本部があることで

冒険者は身近な存在だと今まで感じていたのに

そうではないと気が付いた。


彼等と私では、根本的に違うのだと。

その常識も、そして日常も。


安全な場所にいて、命の危機など考えたことがない私と

危険な場所に身を置いて、命の駆け引きをしているアルト。


冒険者を知れば知るほどに、私とは違うんだと認識させられた。


アルトと話したり、遊んだりしている時に

そこまで警戒する必要はないんじゃないかなぁと

何度か思ったこともある……。


だけど……。

アルトだけではなく、冒険者と呼ばれる人達は常日頃から

そこまで気を配らなければ、生き残れない世界に

身を置いているんだと、今日この場に来て初めて知った。


身についていなければ、とっさに使う事ができない。

使う事ができなければ、その先にあるのは……。


楽をして冒険者になれるとは、全く考えていなかった。

それでも、何とかなるだろうという根拠のない自信を

砕いてしまうほどに、身近に感じていた冒険者が

とても遠い存在に感じてしまって、途方にくれそうになったけど

不思議と冒険者になるのをやめようとは思えなかった。


穏やかで、優しい医師だったセツナ先生の冒険者としての姿を見ても

冒険者のセツナさんの残酷ともいえる、力の行使を目にしても

酒肴の人達の、セツナさんの評価を耳にしても


体が震えてしまうほどの光景を見ても

泣いてしまうほどの恐れを抱いても

叫びたくなるほどの恐怖を覚えても


それでも、暁の風に入りたいと

心から思ってしまったの。


きっと、アルトの師匠最強説に感化されちゃったのね。

本当に、最強だったとは思ってもみなかったけど。


アルトからセツナさんの話を

ずっと聞いていて、なんとなく好感を持っていた。

いや、その前から優しい人なのは知っていた。


私がアルトにした事を許してくれたし

一言も、責められることはなかった。


それが、医療院でその優しさに触れて

アルトの話を別にしても、セツナさんの事が好きになった。


恋愛感情ではないけれど、憧れに近いものを

抱いていると思う。見ているとドキドキするし

高くもなく低くもない声をずっと聞いていたいとも思う。


白か黒になれば、絵姿も販売されるはずだから

絶対に手に入れようと思っている。


その容姿も、話し方も纏う空気も

困ったように笑う姿さえ、すごくすごく素敵だと思うんだ!


それに、セツナさんがアルトに魔物の事や

その他の事を説明している内容も土が水を吸収するように

頭の中に入ってくるぐらい、丁寧でわかりやすい話だった。


もっともっと、いろんな話を教えてほしい。

もっともっと、いろんな話を聞いてみたい。

質問してみたい。そんな気持ちにさせられた。


勉強の嫌いな、ワイアットやセイルでさえも

目をキラキラさせながら、セツナさんの話を

夢中で聞いていたのだから。


この人に、セツナさんに

アルトと同じように、教えてほしいと願ってしまった。



憧れは、さらに深くなっていく。


初代総帥の一族が

ギルドの職員が

医療院の医師達が一斉に頭を下げたあの瞬間。


オウカさんの言葉。


『我々一同は、リシアの守護者の帰還を

 心より、待ち望んでおりました』


この言葉に、思わず目元が潤む。

なぜかはわからない。わからないのに嬉しいって

胸がざわついた。ホッとするような。

安堵するような。これで大丈夫といった確信。

そういったものが、胸の奥底を満たしていく。


チラリと隣の兄を見ると

兄も何かを感じているようだった。


ワイアットも胸の辺りを抑えて

セツナさんをじっと見ている。


ロイールやクロージャ、セイルは

生まれがリシアではないからか、私やワイアットとは

違う感情で満たされていたみたいだけど。


心の奥底に、仄かに宿る星の(ともしび)


私は両親や兄、そして色々な人から

【リシアの守護者】は私達リシアの民にとって

大切な大切な存在なんだと。何度も何度も聞かされた。


【リシアの守護者】は民の為ではなく

国の為にある人だと。個人の願いを叶える人ではないのだと

大人の誰もが子供に言い聞かせるように話していた。


ジャックが、私達の願いを聞くことは

殆どなかったと聞いている。


リシアの人達も、ジャックに何かを願う事は

余りなかったと聞いている。


それでも、彼が私達の為に

どれだけ、戦ってきてくれたのかを

小さい頃から、何度も何度も話を聞いた。


私達の英雄の話を。

その雄姿を。


国の為に動く人だと言われていても

それは巡り巡って、私達を守ってくれているのと

同じ事なんだと誰もが知っていた。


父も母もジャックの事が好きだった。


何度もお菓子を買いに来てくれたと話してくれた。

お菓子を褒めてくれたと自慢していた。


リオウさんとサクラさんのお土産を

一生懸命選んでいたという話は、微笑ましかった。


リシアが危機に陥っても、魔物が溢れても

ジャックが、リシアを守るために戦ってくれた話が好きだった。


ジャックとリオウさんのお爺様が総帥だった頃の

どたばた話を、笑ってお腹が痛くなりながら聞いた。


ジャックは催しごとが大好きで

気が向けば、非日常な光景を見せてくれたと話していた。

夜の大空に、巨大な光りの花が咲く情景とはどんな感じなんだろう?


一番上の兄がジャックから、アップルパイのレシピを貰った話も

ずっとずっと心の中に残っている。


クロージャやセイル達だけではなく

ジャックは、リシアの民にとってガーディルの勇者より

身近な英雄だったから。


私はジャックを知らないけれど……。

それでも、強く強く惹かれた。


大人の人をこれだけ、惹きつける

笑顔にする、ジャックはどんな人なんだろうって

ずっと興味を持っていた。


できるなら……。会ってみたかった。


だけど、その願いはもう一生叶わない。

私は、英雄にはあえなかった。


ジャックが亡くなったと、ギルドから知らされた時

家族で神殿に祈りに行った。


その日の事は、今も心の中に有る。

人であふれ返っているのに、静かで。本当に静かで……。

父も母も……そして兄も涙を落とし祈っていた。


ジャックは、リシアの民の星だったから。

その星が落ちた事に、皆が深い悲しみで満たされた。


ゆっくりと、その悲しみは癒されていったけれど。

一際輝く星の消失が残した痛みは、完全には癒えていなかった。


だけど、私達の星がこの地に帰還した。


ジャックが、私達の星をこの地に導いてくれた。


初代の一族が【リシアの守護者】の帰還を認めた瞬間。


胸に仄かに灯った、星の輝き。

言葉では言い表せないほどの喜びは

どこから来るのかわからない。


自分でも戸惑うほどの感情が

胸の中に押し寄せる。


爆発するような、感情の発露。

闘技場の外も内も、大地が震えるほどの歓喜。


きっと、リシアの民の血の記憶が

芽吹いたのかもしれない。


水辺で全ての記憶を洗い流されたとしても

魂に刻まれた記憶は、残り続けるのだと私は知った。


なら、私達の祖先が愛してきたこの国の記憶が

血に宿っていても不思議はない。


脈々と受け継がれていく

【リシア】と【リシアの守護者】の深い関わりを。


【リシアの叡智】だとか【リシアの英雄】だとか

【リシアの番犬】だとか二つ名は変化していくけれど

二つ名の頭に、【リシア】と国の名前がはいるのは

どの時代でも一人だけ。


その時代に、唯一の存在。


セツナさんは、ジャックから二つ名を引き継いだから

新しくつけられることはないけれど。


【リシア】の二つ名を持つ人と出会えたこと。

そして、帰還したその瞬間に立ち会えたこの出来事を


私は、一生忘れない。




【 …… 】


アギトさんの声が聞こえて、意識が浮上する。

聞いたことのない音に、思わず考え込むけれど

首を傾げていたのは、私だけではなかった。


アギトさんが、怖いほど真剣な表情で

歩き出したセツナさんの背中を見ていた。


セツナさんは、振り返ることも

アギトさんに答えることもせずに

一度立ち止まっただけで、また歩き出してしまった。


「アギトさんは何て言ったんだ?」


ワイアットが、クロージャにそう聞くけれど

クロージャも「知らない」と言って首を横に振る。


私もクロージャ達も自然にアルトへと視線を向けるけど

アルトも首を傾げて、セツナさんを見ていた。


ふと、隣にいる兄を見上げると

兄は目を細めてセツナさんを見ている。


兄から視線を外し、周りを見て見ると

兄のように真剣な目をセツナさんに向けている人と

言葉の意味を聞いている人に分かれていた。


「ナキル兄さん」


私の呼びかけに、兄さんが私に視線を落とした。


「アギトさんは何て言ったの?」


私の問いに、クロージャ達やアルト

そして酒肴の若い人達や月光のビートさん達も兄を見た。


剣と盾の人達とクリスさんは

視線をこちらへ向けることはなかった。

彼等は、アギトさんの言葉の意味が分かっているようだった。


「黒のアギトさんが、あえて共通語ではない言葉を

 紡いだのだから、私からその答えを教えることはできないよ」


「そっかぁ」


兄の言葉に、アルトもクロージャ達も肩を落とす。


「あの言葉は、どこの国の言葉なの?」


「北方言語、もしくは帝国語。

 元々は、竜国近辺の言語と言われていたが

 北の大陸にあるガイロンドの母国語としても知られている」


「そうなんだ。兄さんは帝国語も話せたの?」


「私は共通語と獣人語そして帝国語が話せるな」


「え?」


「なんだ?」


「何時覚えたの?」


「必要に迫られてね」


「兄さんってすごいのね……」


私の言葉に、兄さんが苦く笑いながら呟いた言葉は

私の耳にも、誰の耳にも届かなかった。

「迷宮の謎解きに必要だったからな」と。


「何か言った?」


「いや。だが、上位の冒険者になればなるほど

 多数の言語を習得しているはずだ」


兄の言葉に、酒肴の若い人達とビートさん達が

視線を彷徨わせている。


「私も獣人語は勉強しようと思っていたの。

 でも帝国語も必要になって来るのね……。

 兄さん、時間のある時教えてくれる?」


私の願いに、兄が優しく笑って頷いてくれた。

後日、クロージャ達も教えてほしいと私に言ってきて

私が兄から教えてもらったことを、放課後クロージャ達に

教えることになったり、兄の時間がある時に

皆で一緒に勉強したりすることになるのは

もう少し先の事。


「アルトは、もう獣人語を勉強してるのか?」


クロージャの問いに、ゆっくりと舞台の上を歩く

セツナさんから視線を外して、アルトが頷く。


「うん。活動報告を獣人語で書いてる」


「大変だな」


「うーん。必要な事だから

 大変だとは思わないけど」


「そっか……」


アルトの言葉に、セイル達が信じられないと言った

表情を作り、そして頭を抱えていた。


きっと、必要な事だというところで

自分達も覚えなければいけないと考えたのかもしれない。


セツナさんが、広い舞台をゆっくり歩いている間に

アルトの趣味? いや、勉強に近いのかしら?

よくわからない、複雑なノートを見せてくれた。


ワイアットが、どうやって魔物の弱点とかを

覚えているんだよ、と愚痴に近い言葉をアルトに告げ

アルトが、魔物の情報を纏めてあるノートを見せてくれた。


私の隣から、兄も興味深そうに眺めて

ぼそりと「凄まじいな」と言葉を落としているのを聞いて

思わず同意してしまう。


確かに、様々な情報に溢れたノートだった。

魔物の絵をノートの真ん中に書いて、空白部分に

魔物辞典から転記したもの、セツナさんに教えてもらったもの

アルトの感想、そして魔物についての味が一番事細かに記されていた。


そこからアルトの勉強の話になり

男の子達、そして兄も絶句していた。

私も、ちょっとおかしいと思ったのは秘密。


「学院の数学基礎講座

 初級と中級を免除されそうだな」


「……」


「お前、何時勉強してんだよ……」


セイルが胡乱な目でアルトを見る。


「俺達と同じ時間遊んでるだろ?」


「うーん。朝起きて訓練が終わって

 ご飯ができるまでの間と家に帰って来て

 ご飯までの時間がある時はその間。

 ご飯を食べて、師匠と色々話をしてから

 自分の部屋に戻って、活動報告を書いて

 本を読んでから寝る」


「……」


「後は、休みの日にがっつり師匠に教えてもらう。

 休みの日以外は、師匠がノートに書いてくれた

 問題を解いてる」


「ありえねぇ」


「セツナさんが、勉強するように言うのか?」


「あー。俺は毎日オリエ先生に勉強しろって言われる」


セイルが、また頭を抱え

クロージャが、顔を引きつらせながら問い。

ワイアットが、溜息をつきながら愚痴を口にした。


「俺も言われる」


ロイールが小さな声で呟いていたのは

近くにロガンさんがいるからだろう。


「言われない!」


クロージャの言葉に、アルトがどこか不機嫌そうに

眉間に皺を寄せた。


「ハルに来てから、学校に通ってるからって!

 師匠が、勉強の量を減らそうとするんだ!

 時間のある時に、教えてほしいと言わないと

 教えてくれない!」


「……」


プンスカと怒っているアルトの

どこかおかしい、不満の持ち方に

男の子達は完全に黙り込んだ。


「俺が勉強しようとすると

 邪魔してくる人がいるし!」


そう言って、アルトが酒肴の人達を睨む。

アルトに睨まれた人たちは目を逸らして

あさってのほうを向いている。


アルトが口を開いて、何かを言いかけるが



『取引をしよう……』と何かをかみ殺したかのような

低い声が響く。その声に、私もアルト達も一斉に舞台を見た。


そこには、今、歩みを止めたセツナさんが二人の冒険者と向かい合い

冒険者の人に対して、ゆっくりと首を傾げていた。


その動作は、言葉の意味が分からないといった感じではなく

どちらかというと、相手を馬鹿にしたようなものだ。


「うわ、挑発してやがる」


カルロさんが、どこか楽しそうな声でそう呟く。


「大会の最中に、取引をしようとか

 僕でも、馬鹿にしかできないよ」


カルロさんの呟きに、セルユさんが言葉を返した。


「自分から取引とか言っておいて

 セツナの挑発に、顔色を変えやがった」


笑えるぅ! とカルロさんがケラケラと笑っているけど

その目は全く笑っていなくて、ちょっと怖い。


「まぁ、根性だけはあるみたいだな。

 あと、くだらない矜持。

 あれだけの差を見せつけられても

 まだ、自分のほうが上だと思ってやがる」


ケラケラとした笑いをやめて

カルロさんが、表現しづらい笑みを浮かべた。

言葉に当てはめるとすると、獰猛?




『取引?』


セツナさんが、ゆるりと口を開いて言葉を落とす。


『僕には、取引をする気など全くありませんが?』


『後悔するぞ……』


彼のこの言葉に、セツナさんが嗤った。


『何が、何がおかしい!』


苛々とした感情を、そのまま顔に出しながら

オルダさんが叫んだ。


オルダさん……。敬称は要らないかな。

アルトの敵だし。呼び捨てで十分よ。


『いえ……。

 だって……』


『……』


『後悔しているのは、貴方でしょう?』


『誰のせいだと! お前の……。

 お前のせいだろうが!』


『僕のせいですか?』


『お前が、大人しく半殺しにされていれば

 あの方達を怒らせることもなかったはずだ!』


余りにも身勝手な言い分に

セツナさんが、心底呆れたという視線をオルダに

向けながら口を開く。


『正気ですか?

 誰が、全く負ける要素がない戦いで

 有象無象な輩を相手に

 好き好んで負けないといけないんですか?』


『有象無象……?』


『あぁ、言葉の意味が分かりませんか?

 後ほど、辞書を借りて調べてください?』


顔を赤くしたオルダが、口を開こうとするが

セツナさんがその前に、話し始める。


きっと、オルダは有象無象の意味が分かってるって

セツナさんも知っている。


『まぁ、噂に踊らされてクルクル踊る

 愚かな人達は、退場願いましたけど。

 まだ、仕上げが残っていますが……』


セツナさんは、そう告げるとにっこりと楽しそうに笑った。


『愚か……?

 愚かだと?』


『愚かですよね?

 自分達が、噂を操作していると

 操作できていると

 自惚れて高笑いしていたでしょう?


 その噂の元が、真実ではない事に気が付かず

 噂の真偽を、確かめるすべを持たず。

 正確な情報を手に入れるすべもない。

 只々愚かに、噂を鵜呑みにした。


 貴方達は、根拠のない噂を信じ

 あの人達は、貴方達が手に入れた噂を信じたあげく

 貴方達の言い分を信用した。


 その結果、僕に半殺し(返り討ち)にされることとなった。

 僕を半殺しにするつもりが、半殺しにされたのだから……』


そこで言葉を切り、セツナさんがふわりと穏やかに笑いながら

『愚かだと思いませんか?』と、同意以外ありませんよね?

という声音でもう一度問うた。


オルダは何も答えずに、その憎悪を隠しもせずに

セツナさんを睨みつける。


『噂話に興じるぐらいなら、気にも留めません。

 噂をどう吟味するかは個人の自由だと思いますし

 

 黒の腰巾着だろうが、戦えない腰抜けだろうが

 依頼を勝ち取ることもできない腑抜けだろうが

 好きなように呼べばいいと思います。


 まぁ、悪意をもって噂話をする人と

 付き合いたいとは、間違っても思いませんけど』


この言葉に、会場から溜息のような音が

あちらこちらから響いた。


きっと、今までのことを思い出しているのかもしれない。

中には、手首を摩っている人もいる。


それだけ、精霊の罰は強烈なものだったのだと思う。


『ただ、根も葉もない噂を信じて

 うまく事が運ばなかったから

 お前のせいだというのは、やめてもらえませんか?


 噂が真実でなかったのは僕のせい。

 仲間が負けたのも僕のせい。

 そして、自分が弱いのも僕のせい。


 その主張は、あまりにも馬鹿馬鹿しい。

 何ひとつ正当性がない主張です。

 

 僕から言わせてもらえば

 噂を鵜呑みにした貴方が悪い。

 愚かな者しか仲間にできなかった貴方が悪い。

 そして、一番悪いのは貴方自身、弱いのが悪い』

 

『弱いだと?』


『弱いでしょう?』


『俺は弱くねぇ……』


目を座らせて、恐ろしく低い声でオルダがそう告げる。


『弱くないと思っているのは、貴方だけではないでしょうか』


『貴様っ……』


オルダが何かを言いかけるのをさえぎって

次々にセツナさんが言葉を口にのせていく。


『本当に強ければ、名声は後からついてくるはずなんですよ。

 ギルドは、強者を隠したりはしませんから。


 本当に強ければ、貴方が何かを言いださなくても

 黒から声がかかったはずです。


 すべての黒が僕に声をかけてくれたように』


『それは、貴様が卑怯な手を使ったからだろうが!』


『僕を貴方と同じにしないで頂けますか?

 僕は卑怯な手など使ったことはない。

 いえ、使う必要がないんです。使う必要がないのに

 そんなくだらないことに、時間を割くのは面倒でしかない』


『……』


セツナさんを殺そうかというほどの、凶悪な表情を浮かべている

オルダに対して、セツナさんは涼しい顔で微笑んでいる。


どうして、あんな清々しい笑顔で

滝の水が流れるように、相手の心を翻弄するようなことが

言えるんだろう。私なら表情に出てしまうと思うし

あんなに、一息に相手に口を挟む余裕を与えないほどの

正論に包んだ皮肉を話すことなんて無理だ。


言葉遣いが丁寧だからか、耳に入って来ても

内容を考えないと、その意味を理解するのが遅れてしまう。


だからこそ、オルダは口を挟むことができないのかもしれない。

喧嘩するときや、相手を罵る時はそれなりに言葉が悪くなるのに

セツナさんは、そういった言葉を使わない。


そう言った言葉は、馬鹿にされているとか

罵られているとか、反射的に理解してしまうから

反応を返しやすいけど、セツナさんの言葉は

まず理解しなければいけないから、返しづらいんだ……。


そして、普段使われている罵詈雑言より

丁寧に諭されるように、馬鹿にされる方が

苛立つかもしれないと思った。


『貴方の頭が弱いから、情報を精査できなかった。

 貴方の心が弱いから、困難な道からそれて楽に見える道を選んだ。

 そして、貴方の腕が悪いから誰からも認められることがないんです』


『黙れ……』


『頭が弱くなければ、心が弱くなければ

 貴方の腕が悪くなければ、僕の弟子を稚拙としか

 言えない罠に嵌めて、曲がりなりにも赤のランクの人間が

 青になりたての子供に怪我をさせられたなどと

 自信満々に、家に乗り込むこともなかったはずです』


『……黙れっ』


『大体、強さを誇るのであるのならば

 今日この場で、僕と正々堂々戦えばよかった。

 自画自賛の中途半端な強さをひけらかす存在ほど手に負えない。

 

 歴代の黒を知り、現代の黒を知れば

 強さというのが、力だけではないという事がわかるのでは?


 上位にいる冒険者を見れば

 弱い者を陥れるような、卑怯者や

 素行の悪い、愚か者などいないことがわかるでしょうに。


 自分本位(・・・・)行動(・・)しか起こせない。

 自分本位(・・・・)の言葉しか紡がない人間はとても醜く(・・)

 その行動に、目を向ける意味も

 その言葉に、耳を傾ける価値もない。

 

 無いモノばかりの貴方が、強いなどと笑い種でしかない』


あははは、とセツナさんが声をあげて笑ってから

スッと目を細めて、その表情を消した。


『僕は、貴方が黒のチームに入ることを認めない。

 例え、黒が許そうとも……僕が許さない。


 貴方が混ざれば、黒のチームの品位が下がる。

 それは、遥か未来のギルドの足を引っ張るかもしれない。


 僕はそれを良しとしない。僕が許可しない……』


『黙れって言ってんだろうが!』


顔をどす黒く変色させた、オルダが大声で叫んで

セツナさんの言葉を掻き消した。


オルダが叫ぶと同時に、セツナさんが告げた言葉を

多分、彼は聞いていないと思う。


『貴方が冒険者であることが許せない』と。




「うわぁ……」


ビートさんが、何とも表現しがたい声をあげた。


「よくあそこまで

 人の感情を逆なでする言葉が出てくるな」


「終始、ニコヤカニ、サワヤカニとか

 話してる内容は、全くさわやかじゃねぇけど!」


「親父様が、ドン引きしているわ!」


「サフィールさんは、頷いているけどな」


「セツナさんとサフィールさんって同類よね?」


「似てるようで違う気がするっしょ」


「顔色の悪い冒険者も多いみたい?」


「そりゃ、リシアの守護者に

 あそこまで言われれば、自分達もやばいって

 気が付くだろうさ」


「上位者になれねーってのも

 結構、きついよなぁ」


「真面目に勉強しないと。

 私もセツナに教えてもらおうかしら」


「おい、アルトが睨んでるだろ!」


「あ……」


「師匠は、俺の師匠なの!」


アルトが、それだけ告げると

また、男の子達との会話に戻る。


「感情に任せて、罵られるのと

 冷静に、見下されるのとどっちがいいよ?」


「どうして、俺の方を見るんだよ!」


「お前、虐げられるの好きだろう?」


「誤解されるような事を言うんじゃねぇ!」


「で、どっちがいいんだ?」


「黙れ!」


舞台の上では、一触即発の状態が保たれているというのに

この場では、それぞれが口々に好きな事を話し

張りつめていた空気を緩ませていた。




「このあたりは、ジャックとは違うみたいだねぇ」


「そうだな」


「ジャックは、問答無用でぶっ飛ばしていたからねぇ」


「ワイは、セツナとは口論したくないな」


「私もだねぇ。口は達者なほうだが

 勝てる気がしないねぇ」


などと、元黒達が穏やかに笑っている。


「しかし、もう一人の……名前なんだったっけ?」


「グリキア?」


「そうそう、そいつ。

 あいつ何も話してないぞ」


「だが、心が折れてるようには見えないな……」


「なにかしてるのか?」


「わからないな」


セツナさんとオルダが睨み合っているのを

グリキアという冒険者は、地面に座ったまま

掌を地面にあてて、ただ黙って見つめていた。



『黙って聞いていれば、好き勝手ほざきやがって』


『所々、口を挟まれてましたから

 黙って聞かれていたわけじゃないと思いますが』


『うるせぇぇぇぇ!』


苛立ちを発散させるように、大声で叫び

肩で息をしながら、セツナさんを睨みつける。


『殺すぞ!』


『どうやってですか?』


その声は、本当に不思議そうに

できるわけないでしょう? 的な気配が醸し出されている。


セツナさんのその声音に

オルダが、反射的に口を開こうとするが

両手を握りしめて、怒りを逃がすように舌打ちをしながら

大きく息を吐いた。




『もう一度だけ、機会を与えてやる……』


怒りを押し殺したような声で

セツナさんを見据えながら、オルダがそう口にする。


『別に……』


『よーく、考えて口を開けよ?

 お前が、大切に大切にしている弟子? が

 殺されたくなければなぁ』


表情を消したセツナさんに、オルダが形勢逆転とばかりに

楽しそうに笑みを浮かべはじめた。


アルトを害すると言った言葉を

オルダが告げた瞬間、反応したのはセツナさんではなく

私達の周りにいる酒肴の人達だった……。




「うわぁぁぁぁぁぁっぁ! やめろぉぉぉ!」


「あいつ馬鹿だろう! 大馬鹿だろ!!」


「すげぇ、自分から逆鱗に触れるとか

 自殺願望者なのか!?」


「てか、あいつ。

 さっきの出来事を何一つ知らないのか?!」


「知らないんじゃない?

 結界の中に閉じ込められていたし

 わざと情報を遮断していたのかも」


「うわー。まじか……。

 あいつらが、あの状況に追い込まれている理由を

 あいつらは知らないってことか!」


「多分ね」


「あれ以上に、えぐいものを

 見る可能性があるのかしら……」


「ちょっと帰りたくなってきたわね」


なぜか、誰一人としてアルトの心配をしていない。

ある意味、オルダを心配しているように見えなくもない?


アルトはアルトで、眉間に皺を寄せて

「返り討ちにしてやる」と呟いていた……。




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