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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ルリトウワタ : 信じあう心 』

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『 守護の剣 』

【 ウィルキス3の月30日 : セツナ 】



「し、ししょうにげよう」


アルトが、しがみつきながら必死に逃げようと僕を促す。

黒でさえ、恐怖で震えるのだからまだ子供のアルトが

逃げようと告げることは、何もおかしくないんだけど

何処か引っかかる。


何がと考えて、一つの事に思い当たった。


「ししょう、殺気がくる」


ああ……。そうか。

超大型の威圧で、リヴァイルの威圧と殺気を思い出したのか。

それは、恐怖に陥るはずだ……。


目を覚まして、暫くしてリヴァイルと普通に話していたから

大丈夫だと安心していたのに。


心の奥底で覚えていたのかもしれない。


これを放置しておくのは危険な気がした。

そうそう、超大型と遭遇することはないだろうけど

チームの目標が、未知への領域の探索だ。

超大型とぶつかる時が来るだろうし

黒になった時に、動けなくなる可能性もある。


「ししょう、逃げよう。逃げようよ」


アルトの逃げようという言葉に

闘技場そして、街の人達にも不安定な空気が流れ始める。


幸い、超大型が怖いと思ってくれているようだし

このまま、克服してもらうことにしようかな。

そう考えて、行動へと移す。


アルトの手を、僕の腰から優しく外して

捕まらないうちに、アルトの脇に手を入れて

そのまま持ち上げて、僕の目線と合わせた位置で止めた。


「アルト」


アルトの目に、何時もの輝きがなく

恐怖におびえる目を僕へと向けるが

大人しく僕に抱きあげられているというか……。


動くこともできないほど、怯えて震えていた。

耳がペタリと寝て、尻尾が足の間にキュッと入り

持ち上げられながらも、ガタガタと震えて

されるがままになっているアルトに

うん、アルトに悪いんだけど……。


脳裏に、子狼の姿で震えている姿がよぎって

どうにも、こうにも、笑いがこみ上げてくるのがわかる。


いや、人としてどうかと思う。

自分でも、どうかと思うんだけど。


可哀想だと思うし、その苦痛を取り除きたいとも思っている。

心から思っている。だけど……。


あれだ、駄目だ……。もう駄目……。


目を潤ませながら「逃げよう」と懇願する姿に

やっぱり、子狼の姿が重なって……。


可哀想なんだけど、可愛いと思ってしまったんだ……。

アルト、本当にごめん。酷い師匠でごめん。

人としてごめん。


でも、もう限界……。


「ふはっ……」


僕の笑いが噴き出す声に、こちらを気にしながらも

超大型から、一瞬も視線を外さなかった

黒達が一斉に僕を見た。


「ふは、あは、あはははははははははは!」


「……」


アルトが、キョトンとして僕を見る。

まだ少し、震えは残っているけど意識が完全に僕へと向いた。

耳がフルフルと動き出し、尻尾も足の間から出てゆるゆる動く。


その様子が、また笑いを誘って息が苦しい……。


「あは、あはははははは!

 あははははははははははは」


「……」


大笑いしている僕を、訝しげに見る視線になったことで

そろそろ笑いを止めないと、と思っているのに

止まらない……。笑いのツボにピッタリと……はまって。


「あははははははははは!

 あー……笑って死ぬかもしれない。

 あはは」


「……」


アルトの眉間に皺ができてきた。

耳はもう完全にピン、と伸ばされている。

尻尾は、機嫌が悪いと僕に告げるように

パタ、パタ、と自分の足を叩いていた。


「あー……もう駄目かもしれない」


「……」


とうとうアルトが、僕の手から逃げて

下へと降りた。その目が、怒りに満ちている。

怒りが、恐怖を凌駕した瞬間だった。


「師匠」


「……ふはっ」


笑いの止まらない僕を、黒達もそしてオウカさん達も

呆れたように見ている、それは、観客席にいる冒険者達もだ。


「何で笑ってるの!?」


「え? なんでもないよ?」


「嘘だ!」


「嘘じゃないっ……ゴホッ」


「……」


笑いすぎて、咳き込んだ僕を

エレノアさんが、剣を鞘に収め

溜息をつきながら背中を撫でてくれた。


大丈夫ですと伝えると、その手が離れていくが

呆れたような視線は、消えていない。


緊迫した空気は綺麗に消滅している。

アギトさん達も武器を収め、サフィールさんや

オウカさん達は、魔法を散らしていた。


「本気で、怖かったのに!

 笑うなんてひどい!!」


アルトの言葉が、怖いではなく

怖かった、になっている。


右足を、ダンダンと踏み鳴らして

アルトはものすごく怒っていた。


全て自分が悪いので、言い訳できない。


「ごめんね?」


悪いと思っているから謝ったら

心が籠っていないって、余計に怒られた。


「えー……」


「大体、この大変な状況で笑うなんて!」


アルトの言葉に、皆が頷いていた。

どうやら、僕の味方はいないようだ。


「あんな、魔物がここに居るのに!」と言いながら

後ろを振り向き、ここで初めて超大型を目に入れた。


その大きさに、怒りを忘れて目を見開き

体の動きを止める。その目に、恐怖が宿りかけ

一歩体を引こうとするが、その瞬間アルトが

勢いよく僕の顔を見上げた。


アルトと視線が合ったことで

少し口角を持ち上げるように、笑みを作ると

体を引くのをやめ、そこに踏みとどまる。


そして、先ほどよりも濃く眉間に皺を作る。

どうやら、もう大丈夫そうだ。


もの凄い負けず嫌いだ、と内心苦笑しながら

笑みを保つと、眉間の皺が余計に深くなる。


「アルト、怖いの?」


僕の挑発するような言葉に

その目が本気の怒りで揺らめいている。

恐怖は大切だけど、今はそれ以上に

リヴァイルの威圧と殺気を体の記憶から

消す方が大切だ。


次に、リヴァイルと会って

違う対象に、威圧と殺気を向けても

恐怖に陥らないように……。


この分だと大丈夫そうだけど。


「ふつう怖いでしょう!?」


「えー……」


「師匠は怖くないの!?」


「僕? 僕は魔物を怖いと思ったことがないから」


「え……?」


怒りが驚きに変わり

感情と共に表情もクルクルと変化していく。

アルトの目に、輝きが完全に戻った。


僕の告白に、黒達の表情も呆れから驚きに変化している。

なぜか、ヤトさんは遠い目をしてどこかを見ていた。


「アルト、よく考えてみて。

 僕は世界最強を継いだんだよ」


「知ってるけど」


「世界最強という事は

 僕より強いモノはいないという事だよ」


「……」


「大体、あの魔物が泳いでいる水槽は

 僕が作ったものだし、僕が魔物より弱ければ

 とっくに、壊れているかな」


アルトが、僕から超大型に視線を移して

溜息をつきながら、見上げていた。


ここで、観客席の冒険者達も落ち着きを取り戻し

まだ少し顔色は悪いものの、自分の席へと座り直す。

12歳の子供が、堂々と立っているのを見て

自分達もしっかりしなくては、と気合を入れたようだ。


街の人達も落ち着きを取り戻している。

開き直ったという感情に近いけれど

暴動を起こすよりは断然そちらの方がいい。


「師匠は本当に怖くないの?」


「怖くないかな」


「俺はすげー怖い。

 体中がピリピリしてる」


「その感覚は、忘れてはいけないよ」


「どうして?」


「恐怖は必要な感情だよ。

 逃げることが、必要な時もある。

 でも……今は逃げてはいけない時かな」


アルトの隣に並ぶと、アルトが僕を見上げた。


「ここは、僕が守護する国だから。

 守るために戦わないと」


それに、超大型がここに現れたのは半分僕のせいだし……。

僕の言葉に、街の人達が静かに高揚していくのが伝わってくる。

完全に、恐怖は薄れたようだけど感謝とかいらないので。


自分の蒔いた種。半分は精霊が蒔いた種を

刈り取るだけなんだから。


「……俺は怖い」


「それでいいんだよ。

 アルトはまだ12歳で、ランクは青。

 怖くて当然だよ。怖くない。

 戦いたいって言われたら

 怒っていたかもしれないなぁ」


「ええぇぇ! なんで!?」


「相手の強さも把握できない、愚か者め?」


「酷い!」


「ゆっくり、大型や超大型と戦う準備を

 していけばいいよ。その間は、僕がアルトを守るから。

 だから、恐怖は大切な感情だけど。

 必要以上に怯えなくていい」


「うん」


「黒と同盟を組むという事は

 大型や超大型が出現した時

 最前線で戦うという事。黒と同盟を組んだ以上

 それは、拒否できないから」


「俺も戦う?」


「うーん。単独での参加は成人していないから無理かな。

 後、赤のランクにならないと。僕と一緒なら

 参加しても、参加しなくてもいいよ」


アルトはホッとしたような、がっかりしたような顔をした。


「だから、黒は同盟を簡単に組むことはないんだよ。

 何時こんなのと、戦うかわからないから

 戦えるチームではないと判断したら、絶対に同盟は組まない。

 冒険者の命を守るためにね」


「そっかー」


観客席の冒険者達が、黒を見て超大型を見て

「ない。ないわ。あれとは戦いたくない」と口を開く。


「最近僕のせいで、同盟要請が増えたようだから

 これと戦ってもらおうかな? 僕まだこの後戦闘があるし」


「それでいいと思う」


僕の言葉に、一斉に僕から視線を逸らす冒険者達が多かった。


「戦いたい人はいますか?」


観客席に視線を送り見渡すが、誰一人動くことはなかった。

後日、黒から同盟要請がなくなったと笑いながら伝えられた。


「そういえば、黒は怖くないの?」


アルトが、アギトさん達を見て首を傾げる。


「……私は怖い。腹の底から恐怖を感じたのは初めてだな。

 だが、それ以上に戦ってみたいと思う。

 きっと、いい素材が取れるに違いない」


「僕も怖いわけ。

 それでも、試してみたい魔法があるわけ。

 強敵を殺すために、日々魔法を構築しているわけ」


「わしも怖いな。だが、これはきっと美味い!」


アルトがバルタスさんの言葉に耳を動かす。


「私も怖いぞ。いや、誰もが怖いだろうな。

 恐怖を感じることが普通で、正しい感情だ」


アギトさんがそう告げた後、口角をあげ

楽しそうに、戦闘狂の笑みを見せた。


「だが、闘志が恐怖を凌駕する。

 強敵が目の前にいることに、心が躍る」


「……俺は、みんな頭がおかしいと思う」


「……」


黒達は苦笑し、観客席の冒険者達が

アルトに同意するように頷いている。


「でも一番おかしいのは、師匠だと思う」


「えー……」


「黒も怖いって言ってるのに!

 怖くないとか!」


「うーん。僕にとっては

 ゴブリンも超大型もさほど変わらないよ」


「変わるでしょう!?」


アルトが僕の腕をとって

「師匠、目を覚まして!」と揺すっていた。

僕は寝ぼけてなどいない。真面目に話しているのに。


僕達のやり取りに、マリアさん達がクスリと笑う。

その笑いにつられて、観客席も街の人達も小さく笑った。


何処か必死に、僕の腕を揺するアルトの頭に手をのせて

わしわしと撫でる。アルトは不満そうに口を尖らせながらも

目は喜んでいた。


「じゃぁ、師匠の怖いものってなに?」


「僕が怖いもの?」


「うん」


「んー。沢山あるなぁ」


「沢山あるの?」


「あるよ」


「師匠が一番怖いもの!」


「一番怖い……」


アルトが無邪気な表情を僕に向け

黒達は興味津々という表情を向けていた。


冒険者達とリシアの人達がほとんど全員見ている中で

公開するわけがないでしょう?


僕は人差し指をゆっくりと口元へ持っていき

軽く添えるようにあて「内緒」と笑う。


「えー! 教えてくれてもいいのに!」


「言わない」


「もー」


言えるわけがない。

僕が一番怖いモノ。それは自分自身だと。

僕が僕を一番信用していないのだと。

言えるわけがないんだ。


「俺も、師匠みたいに強くなったら

 怖くなくなるかな?」


「恐怖はなくならないと思うし

 失くさないほうがいいかな。

 黒達も怖いと言っていたでしょう?」

 

「そうだけど」


「僕とアルトは違う。

 アルトは僕の弟子だけど

 絶対に、僕を超えることはできない」


僕の何処か突き放すような言葉に

アルトが、軽く唇を噛んだ。


「俺は強くなれないってこと?」


「アルトは強くなるよ。

 今の黒よりも、絶対に強くなる」


アギトさんが、器用に片方の眉をあげて

楽しそうに、アルトを見ている。


「それでも、僕を超えることはできない」


怒るか拗ねるかどちらかな、とアルトを観察するように

眺めるけど、アルトはどちらの反応も返さなかった。

「なんだ、そんなことか」と呆れたようにため息を吐かれた。


「俺は、師匠に弟子入りした時から

 そんなことは、とっくに知ってた。

 俺は、師匠を超えることができないって。

 師匠は特別なんだって、ちゃんと知ってた」


「そうなんだ」


いまさら何を言ってるの? といった態度に

本当に、色々と感情を見せるようになったと内心笑う。


「超えることができないからって

 落ち込む事なんてしないし!

 物語の主人公のように、越えられない壁とか

 うだうだ言う、奴にもならない!」


ここで、アギトさんが噴き出して笑いだす。

クリスさん達から、殺気のようなものがアギトさんへと

届いているが、綺麗に無視していた。


「俺は、師匠と共に歩けたらそれでいい。

 師匠と並んで、歩きたいんだ! だから、強くなるし

 黒を目指すんだ! 師匠と共に戦う為に!」


アルトの、未熟ながらも意思を感じさせる闘志に

黒達が、楽しそうに笑い観客席の冒険者達もまた

アルトに触発されるかのように、自分が求めた強さの

あり方を、思い出しているようだ。


笑って僕を見上げるアルトに、潰されることはないだろうと

確信する。僕と比べられて、折れることがあるかもしれないと

不安に思っていたけれど。どうやら、杞憂だったようだ。


胸を張って、僕を見るアルトの髪を整えながら撫で

頷くと、満足そうな笑みが返ってきたのだった。


もう、大丈夫そうだ。


「さて、アルト」


「なに?」


「大型や超大型と出会った時

 僕は、どうしろと教えたかな?」


アルトが僕を見て、少し照れたような表情を見せ

教えたことを、口にしていく。


「どれほど怖くても、目を離してはいけない。

 だけど、視線を合わせない。気配を感じさせない。

 逃げる隙ができるまで、隠れて、怖くても動かない。

 そして、生きることを諦めない」


その他にも色々とあるけれど、一番大切なことを

抜き出して答えた。アルトには、僕がいない場合

転移魔道具を使って逃げるようにとも伝えてある。


「そう。怖くても目を閉じてはいけない。

 それは、逃げる機会を奪う行為だからね」


「はい」


真剣に頷いた後、アルトが僕からパッと視線を外し

超大型を見て、体を震わせながらも

剣を抜いて構える。


アルトだけではなく

黒達も張りつめたような空気を纏い、臨戦態勢に入った。


観客席の冒険者達も、剣を抜いて守る者

魔物からくる攻撃に備えて

風の結界の呪文を詠唱しているものもいる。


震えながらも、立っているアルトの背中を宥めるように

軽く叩き、魔法を発動しようとしている超大型の説明をしていく。


「あの魔物の名前は、スクリアロークス。

 生息地域は、竜国近辺のローダル・シイア海域が多く

 リシアとグランドの中間あたりのローダルにも

 生息していることが確認されているよ」


「……」


「特徴は、物理攻撃を受け付けないほどの

 強固な鱗。また、魔力耐性も高く魔法が効きにくい。

 物理攻撃を行うよりはまだ、魔法の方が通りやすいかな。

 スクリアロークスの攻撃方法は、魔法攻撃が主体だ」


物理攻撃を受け付けないと聞いても

アギトさんが、静かに闘志を燃やしているのがわかる。


「スクリアロークスは、陸地に上がっても

 七日間は生き続けると言われている。

 それは、スクリアロークスだけではなく

 他の超大型や大型の魔物にも言えることだけど。

 超大型や大型の魔物は、魔力を溜める器が大きく。

 その魔力が尽きない限り、基本、自然に死ぬことはないと

 思っていたほうがいいね。魔力が回復できる

 場所だと、殺さない限り多分死なない」


「……」


「そろそろ来るよ……」


スクリアロークスが、魔力を練り終わり

周囲にいる中型の魔物を、無差別に攻撃し始める。

その威力はすさまじく、アルトの震えが大きくなり

黒達も息をのんだ。次々に、抵抗することもできずに

頭を、腹を、水の塊で貫かれていく。


水の抵抗を少しも受けていないかのような

速度と威力を持った、水魔法の攻撃に闘技場が静まり返った。


攻撃を受け、息絶えた中型の魔物たちが

次々と、飲み込まれていき中型が消えたことで

スクリアロークスはまたゆるりと泳ぎ始めた。


余りにも衝撃的な光景に、誰もが言葉を失っている。

超大型でも、スクリアロークスは強い部類に入ると言われている。


「この魔物の、体表は成人女性の小指の爪ぐらいの

 大きさの鱗が、びっしりと隙間なく生えている。

 硬質なものではなく、柔軟性があり防具の素材として

 竜国では最高級品として扱われているかな。


 軽いこと。水をはじくことなどに加えて

 鱗に魔力を流すことによって

 簡単な魔法なら無効化するために、竜族の騎士や戦士を

 目指す若者が、成人すると同時に狩に行く魔物でもあるね。

 竜族の騎士は、スクリアロークスを単独で倒せることが

 騎士になる為の、条件の一つとして挙げられている」


エレノアさんの目に、素材への興味が灯った。


「その他にも、魔力の伝導率がいい事から

 武器に使われることもあるし、魔導具の材料にもなる。

 歯や骨も武器や魔道具に、魔力が豊富に含まれた血は

 薬や魔道具にも使えることから

 竜国では、スクリアロークスの研究資料は

 膨大な量があると言っていい」


サフィールさんが、研究資料というところで

とても綺麗な笑みを浮かべて、魔物を見る。


「そして、この魔物の肉は竜国や西の大陸では

 美味い肉、五指より上の特級に位置づけられているかな」


「特級……という事は

 フィガニウスよりも、美味しいのかな」


アルトがぼそっと呟いた。


「西の大陸には、こんな話があって

 一つの国が、食糧難に陥った時に

 竜族の青年が、スクリアロークスを贈り

 その大きさから、その国の民全員が

 10日間以上、お腹いっぱい食べることができ

 そして、毎日食べても飽きることがない程

 美味しかったという話が残っているみたいだよ」


「この祭りで、三日間屋台を出したとしても

 余裕で賄う事ができそうだ。いや、多分余るだろうなぁ」


バルタスさんが、スクリアロークスを見て

肉の量を予想している。


「スクリアロークスの味については

 魚の身ではなく、肉に近く血と同様に

 肉自体に、魔力を豊富に含み

 全ての肉が霜降りで、舌の上にのせると脂がとけ

 芳醇な香りが広がるけれど

 上品な味で癖がないと言われているかな?


 肉質は柔らかく、それでいて適度な弾力があるみたい。

 お勧めの食べ方は、新しいうちは、刺身にするか

 軽く焼いて半生の状態で、食べるのが美味しいらしいよ」


バルタスさんとアルトの目の色が変わった。

目の色が変わっているのは、黒達だけでなく

酒肴や剣と盾の人達もリーダー達と同じ目を見せている。


ヤトさんは、そんな黒達を見て武器を構えながら

深く深く溜息を吐いた。


アルトが、スクリアロークスを見てコクリと喉を鳴らす。

その目の光はもう、獲物を狙う目だ。


「でも、師匠……。これどうやって倒すの?」


「竜族なら、頭を貫通させるくらいの

 魔力を練って倒すようだよ」


「竜族以外は?」


「さぁ? 倒したという記録は見たことがないかな」


「……」


「だいたい、海に居るしね。

 普通、こんなところにいる魔物じゃないし」


「今、ここに居るし!」


確かに……。


「弱点はあるんだよ。

 背と腹の中間より下に

 黄色い楕円形の模様が、並んでいるのが見える?」


「見える」


「あの楕円形の模様がある裏に

 魔力が通る管があるんだけど、それを破壊して

 魔力を体に循環できないようにすれば

 殺すことができる」


「でも、師匠。剣とか槍とかで刺せないんだよね?」


「そうだね」


「海の中で魔法の詠唱って、どうやってするの?」


「僕はできるけど」


「師匠はできても、俺はできないじゃないか!」


「確かに。だから、海には出ない事だよ。

 こちらが、不利になる状況下の戦闘はしない。

 そういった場所へ行かない。踏み入れない。

 それが一番大切な事だよ」


「大体、魔物の弱点がどれもこれも

 おかしいでしょう!? どうして、水の中の魔物の弱点が

 魔法攻撃だけなんだ! 俺には、嫌がらせだとしか思えない!」


アルトが今、口にした事と

同じことを僕も思ったことがある。


魔物には必ず、弱点がある。

そこを突けば、絶対に命を奪える場所がある。


だけどその位置は

普通、急所とされている場所ではないことが多い。

もちろん、頭部を破壊するとか心臓を壊すとか

首を掻き切るとか、急所を攻撃して殺すこともできる。


スクリアロークスは、魔力が通る管がすぐそばにあることから

それを傷つけることで、死ぬことがわかっているけれど

大型にしても、超大型にしても、どうしてそこを攻撃して

殺すことができるのか、解明されていないものがほとんどだ。


それに加えて

魔法を使うのが、困難な場所の魔物の弱点が

魔法攻撃の方がよく通るとか

武器を振るうのが、困難な場所の魔物の弱点が

物理攻撃が有効だとか、こちらを嘲笑っているかのようだ。


見える位置に、弱点があるのに

それを攻撃する手段が、限られていることも多々ある。


見える位置に、弱点があるのに

ギリギリ届きそうで、届かない……。


弱点を攻撃できれば、生き延びることができると

希望を抱きながら、ギリギリ届くことのない絶望に

どれだけの冒険者達が落とされてきたんだろう……。


弱点なのだから、攻撃しにくいのは

当たり前なのかもしれないけれど

本当に位置が嫌らしいのだ。


弱点があることで

討伐でき助かっていることもあるけれど。


『神の慈悲か、神の戯れか。

 それとも……』


『セツナ』


『セツナ』


精霊とフィーが同時に僕の名を呼んで

真剣な表情で、首を横に振った。


『……』


それとも、弄んでいるだけなのか……。

それを口にすることはなく、胸の奥へと沈めた。



「さて、アルト」


「なに?」


魔物の理不尽な、弱点に少し機嫌が悪いらしい。


「暁の風の目標が、未知なる領域への探索なんだけど

 将来、必ず超大型に遭遇する機会がある。

 アルトは今、超大型を目にしているわけだけど

 勝てると思う?」


「勝てない。俺達なら、努力して強くなれば

 師匠が居なくても、大型ならチームだけで

 倒せるようにはなると思うけど

 これは、チームだけじゃ倒せない。

 黒達と協力しないと、絶対に無理だ」


「その気持ちを、決して忘れないように」


「うん。魔力遮断もちゃんと覚える」


アルトはもう、クロージャ達と

PTを組んだ時の戦闘を、頭の中に描いているようだ。


アルトの言葉に、黒達が少しだけ目を瞠った。

チームだけで倒す算段を、アルトがもうつけている事に

驚いたのかもしれない。


黒達なら、チームだけでも十分

大型を倒せる戦闘力がある。


それでも、大型を相手にするときは

合同で倒しに行くことが多い。

逃がした時の被害が、大きくなることも理由だけれど

一番の理由は、黒が合同で動くことで絶対に倒せるという

安心感を与えるためだ。


「さて。そろそろ倒すかな」


緊張感の無い僕の声に、武器を構えていた

黒達が溜息をつきながら、恨めしそうに僕を見て

武器を収める。アルトも、鞘に収めていた。


「倒しますか?」


一応聞いてみる。


「……どうやってだ?」


「水の中で詠唱するすべがないわけ」


「物理は無理なんだろ?」


「拳も無理そうじゃな」


「剣に光属性を付与すれば

 刺せないことはないですけど」


「それでもなぁ。

 水中の戦闘もできないことはないが

 あれほど大きいとな」


それぞれが、残念そうな声を出していた。

その声を聞いて「確かに、頭がおかしい」と

観客席の冒険者達が、こっそりと話していた。


「今回は、諦めてください」


「……残念だ」


エレノアさんが、本当に残念そうに笑った。


これが、自分達しか戦えるものが居なかったのなら

彼等は、スクリアロークスを命を賭けて倒そうとしただろう。

きっと、今も彼等の頭の中では目まぐるしく倒す方法を

思考しているに違いない。


僕が倒せるからと言って、棚に上げる人達ではない。

それは、黒のチームの人達もそうだ。

今も、どうやって戦うかで少し険悪になっているし……。


あ……カルロさんとセルユさんが

ニールさんに殴られた。

 

何もみなかったことにした。

内心ため息をこっそり吐いて、アルトを残して

オウカさん達の方へと歩き出す。


アルトがついて来ようとするが

その場にいてねと心話で告げると頷いて

スクリアロークスをじっと見ていた。


恐怖心はあるようだけど

怯えた感じはない。いい感じで力が抜けている。


僕とオウカさん達の周りに

僕達の会話がわからないように結界を張る。


黒達が、会話から出された事に

少し不満があるようだったが、こればかりは

教えるわけにはいかない。


「私達が、役立つことがあるのかい?」


オウルさんが、軽く笑いながら僕を見る。


「はい。僕ではなく、リオウさん達に

 あれを倒してもらおうかと思いました」


「え……?」


リオウさんが、呆気にとられたように僕を見て

数回瞬きをした。


「初代が刻んだ、魔法陣を使います」


「……」


オウカさん達の、空気が一瞬にして変わる。


「それは、先ほど君が使っていた

 魔法と同じようなものかな」


オウカさんが静かな声で、尋ねる。


「そうです」


「ジャックから、聞いたことないわよ?」


「多分……。ジャックは使えなかったのだと思います。

 あることは、知っていても。彼の魔力制御では

 無理なので。下手に触って、暴走してしまえば

 止めるすべがありませんから。まぁ、ジャックなら

 力技で何とかしたと思いますが」


魔法構築式ごとぶっ飛ばすとか……。


だけど、花井さんが刻んだものを

きっと、壊したくなかったんだろうな。

だから、触る事すらしなかった。


「どちらにしろ、力技では使えないものなので」


「そうか」


「色々と物騒になっていますから

 利用できるものは、利用したほうがいいと考えます。

 今回の魔法は、一人では使えません。

 表の総帥であるヤトさんと、裏の総帥であるリオウさん。

 そして、リオウさんを主にして初代の血族のみの三親等以内の

 身内二人で魔法を構築します」


「血族のみという事は

 マリアとエリアルは無理なんだね?」


「はい。魔法を発動させる条件が

 初代の血を継いでいることと総帥である事です。

 ヤトさんは、総帥の証である紋様になります」


オウカさんとオウルさんが、肩から力を抜いて

息を吐き出し、苦笑した。


「覚えることが沢山ありそうだ」


「どうして、ジャックはそんな深いところまで

 知っていたのかしら?」


「焼失した文献をすべて読んでいたからでしょうね」


「え?」


今から教える魔法が、文献に記述されていたのは

本当の事だ。花井さんが、子孫のために残した魔法。


「ケルヴィーという名前に聞き覚えは?」


「伝説の冒険者!」


「伝説……」


「ものすごく強かったって。

 生きていたら、ジャックと同じぐらい……」


リオウさんの語尾がかすれていく。

どうやら、エレノアさん達は誰にも話さなかったようだ。


「まさか」


「そのまさかです」


「ジャックは、何歳だったの!?」


「さぁ、僕もそこまでは知りません」


「ギルドに貢献もしてくれて

 ギルドを引っ掻き回してもいたって

 当時の、総帥日誌に書かれていたわ」


「何時の時代でも

 ギルドで遊んでいたのか……」


オウルさんが、疲れたように言葉を落とした。


「とりあえず、その話は置いておきます。

 今から、魔法について説明しますから

 魔法の詠唱呪文を一字一句間違えずに

 覚えてください」


「……」


リオウさんの顔色が少しだけ悪くなった。


「ヤトは魔法が使えるが

 もし、使えなかったらどうなるのかな?」


「魔道具を起動するような感じなので

 自分で魔力を引き出せなくても、勝手に引き出されます」


「そうか」


オウカさんが納得したように頷き


魔法の説明を、真剣な様子で四人が聞いている。

所々で質問が入り、納得すれば次へと進み

その全容が見えた瞬間、絶句して喉を鳴らした。


「嘘……これ」


リオウさんの手が微かに震えているのを

ヤトさんが見て、背中にそっと手を当てていた。


「なぜ、表と裏の総帥が必要になるのか理解できた。

 どうして、裏の総帥以外の血族が必要なのかも」


オウカさんが、額から冷たい汗を流す。


「今回は、僕が制御に回ります。

 リオウさんは、狙いを定め発動することに

 集中してください」


「私!」


「リオウさん。リシアの総帥は貴方だ」


僕の声に、リオウさんが肩を震わせた。

緊張からか、涙が一筋頬に流れる。


マリアさんが慰めに入ろうとするが

エリアルさんが、マリアさんの腕をとって止める。


躊躇する気持ちも理解できる。

だけど、魔物が強くなっていること。


本当ならば、スクリアロークスが泳いでいる

海域ではないはずなのに、居たことが気にかかる。


「ハルに、魔物が入ることはありませんが

 結界の外に、超大型が出現した時にも

 使える魔法です。覚えていて損はありません」


リオウさんの涙を見て、黒達が驚いたように

こちらを凝視している。


「大丈夫です。僕が制御するんです。

 間違った場所へ、落ちることは絶対にありません。

 そうなったとしても、僕が必ず防いでみせます。

 だから、安心して」


リオウさんが、僕を真直ぐに見て頷く。

初めて、魔物を前に武力を行使するのだから

恐怖を感じても仕方がない。


それに……。僕が微かに笑うと

リオウさんが、目を細めてどうして笑っているのかと問う。


「力を振るう事を怖いと思える人が

 総帥でよかったと思いました」


「……」


花井さんの魔法は、冗談にできないほどの

魔法もそれなりにある。文献に記されていたものしか

教えるつもりはないけれど。


かなで は、文献に記述されていた

体術や剣術。魔法以外のものなどは

リオウさん達にも叩きこんでいた。


古代語もそのうちの一つだろう。

だから、僕はかなで が伝えられなかった

魔法を彼等に伝えていこう。


少しでも、この国の為になるように。


四人が必死に、魔法の詠唱呪文を覚えている最中

アルトは、スクリアロークスの食べ方をバルタスさんと

色々相談していた。その目はキラキラと輝いている。


「覚えたわ!」


リオウさんが気合を入れるように告げる。


「私も覚えました」


ヤトさんが、静かに完了を告げた。


「私も大丈夫だ」


オウカさんが、苦笑を落とす。


「私も覚えた」


オウルさんが、僕を見て頷いた。


「始めましょう」


僕の開始を告げる声に

マリアさんとエリアルさんが目を閉じ

神に祈りを捧げていた。きっとリオウさんの為に

祈っているのだろう。





結界を解いたことで、周りの声が溢れるように

届くけれど、リオウさんは目を閉じて数回深呼吸し

集中していく。


ヤトさんもオウカさんもオウルさんも同じように

集中し始め、その空気を観客席の冒険者達が感じ取ったのか

徐々に、話す声は消えていった。


ヤトさんが、最初に詠唱し始める。

それに続くように、リオウさんが。

そして、オウカさんとオウルさんが

追うように詠唱に入った。


リオウさん達の詠唱の声が、綺麗に重なり

まるで、荘厳な音楽のように響き始める。


サフィールさんは、ペンを握る事すら忘れ

リオウさん達を、静かに見つめていた。


リオウさん達の、詠唱が半分過ぎたところで

僕も詠唱に入る。四人とは別の魔法の詠唱だが

四人に重なるように、紡いでいく。


リオウさんの額に汗が浮かび

頬を伝って汗が地面に落ちる。


詠唱が深まっていくほどに、闘技場の魔力は高まり

高まっていく魔力にスクリアロークスが落ち着きなく

体を揺らしているが、リオウさん達は集中力を

切らせることはなかった。


【 我が国を守護する魔力の根源よ 】


リオウさんの声が響く。


【 我らの決意と覚悟を示し 】


ヤトさんの声がリオウさんに重なり。


【 我ら血族の血においてここに願う 】


オウカさんの声が二人を追い。


【 我らの国を穢すものに 】


オウルさんの声が更に重なる。


【 汝の裁きを…… 】


そして、四人の声がそろい響く。


五人同時に、手の甲に鋭利な刃物を

滑らせたような傷がつき、その血が地面へと落ちた。


血は、地面に残ることなく滲むように消え

消えた数秒後、僕達の足元に魔法陣が浮かび上がり

輝きはじめる。その光は明るいものではなく

仄かに光る淡い光。


四人の詠唱が終わると同時に

スクリアロークスの上空に巨大な光の剣が顕現する。


その光景に、黒達も観客席の冒険者達も身を乗り出して

上空を見上げ、息を止めた。


「初代の結界と同じ魔力……」


サフィールさんが、静かに呟きそして

切なそうに笑う。


「初めて、この国の結界に触れた時のようだ。

 こんなに、心が騒めく」


そう言って、心臓の辺りの服を握った。


「攻撃魔法なのに

 こんな優しい輝きを僕は知らない」


神々しいほどの光を纏った

光の剣の出現に、誰もが魅せられていた。


リシアの民も、ディスプレイを通してではなく

光の剣そのものが、上空に見えているはずだ。


『すごい……』


『見た事のない魔法なの』


精霊とフィーも、一瞬も視線を外すことなく

その剣を凝視している。


アルトは、拳を握りしめて

興奮に身を震わせていた。


【 我らが望むは拒絶の光。

 我らが敵は、汝の敵である 】


足元の魔法陣は、もう満ちている。

後は、光の剣をスクリアロークスの上に落とすだけだ。


リオウさん達の服が風ではためき

この国を守護するための根源の力が

魔法陣からあふれ出していた。


そして……。

静まり返った闘技場に、最後の瞬間が訪れる。


【 滅びの光を我が敵に。我が国を守護する剣よ。

 我らと共に、敵を滅せよ! 】


リオウさんが、スクリアロークスを見据え

僕以外の全員が、声を揃えて最後の呪文を口へとのせた。


ルデア(光の剣)


特別な抑揚をつけることなく

淡々と紡がれた発動の鍵となる呪文。


その言葉と同時に、足元の魔法陣が一際輝き

上空の光の剣も輝きを増す。


そして、その光が満ちた瞬間

剣が意志をもっているかのように、スクリアロークスへと

速度を上げて落ちていく。風を切るように落ちていくその剣を

誰もが固唾をのみ、拳を握りながら見守っていた。


リオウさんは、眉間に皺を寄せながら

必死に剣の軌道を操作している。


ヤトさんも、目を閉じリオウさんの

手助けをしている。時折、歯を食いしばっているのは

魔力が抜けていく感覚に耐えているようだ。


オウカさんとオウルさんは

光の剣がスクリアロークスを貫いた後

舞台に影響が出ないように、何重にも結界を張っていた。

舞台が吹き飛ばないように。


その表情に

余裕など一欠けらもない。


僕は、それぞれの魔力制御の甘い個所に

手を加えるために、詠唱を口にし

それと同時に、リオウさんが魔物の頭に

剣を突き刺しやすいように、魔物の動きを封じていた。


無詠唱でもできるが、きっと記録しているだろうから

後で参考になるように。


必死に耐えながら、魔力を制御している彼等に

「頑張って」とか「総帥」とか「リオウさん」とか

彼等を応援するように、小さい声で皆が祈りをのせていく。

観客席の冒険者達だけではなく、リシアの民達も。


『綺麗な輝きかな……』


精霊が、呟くように言葉を落としたと同時に

光の剣が、スクリアロークスの頭を貫き

貫かれた、スクリアロークスは断末魔の声を

吠えるように残しながら、体を痙攣させ

命の火を消した。


そして、ピクリとも動かなくなった瞬間

光の剣が弾けるように消滅し

同時に足元の魔法陣も、溶けるように消えた。


瞬刻の沈黙の後……観客席もそしてリシアの民も

同時に喜びの声をあげる。それは空気を震わせ

大地をも振るわせていた。


僕や黒が、超大型を倒したのではなく。

ギルドが、超大型を倒す力を所持しているという事が

リシアの民にとって、歓びと今まで以上の誇りを

胸に宿すことになった。


そして、冒険者達もまたギルドの揺るぎない力に

その信頼を深めていた。


鳴りやまない歓声を体に浴びて、リオウさんが一度笑い

そして、膝から崩れ落ちるように力を抜いていく。

そんなリオウさんを、ヤトさんは優しく受け止め

自分の腕の中へと入れた。


オウカさんとオウルさんは、疲れを見せることなく

笑みを浮かべて立っている。時折、名を呼ばれると

そちらへと向いて、手をあげていた。


実際の所、リオウさんと同じく疲労困憊なはずだが

その姿を、見せることを良しとしなかった。


ヤトさんは、軽く息を乱しているだけで

大丈夫そうだ。この魔法は、リオウさんに一番負担がかかり

次にオウカさんとオウルさんにかかる。


基本、ヤトさんは補助なので魔力は

魔法を行使する前より、一割減少したかしないかだ。

その分体力が削られているけれど。


目を閉じているリオウさんとオウカさんとオウルさん

そしてヤトさんに、風魔法をかける。

消費した魔力は戻らないけれど、体力的には回復したはず。

手の甲の傷も、癒えている。


ヤトさんが、エリアルさんにリオウさんを

預けようとしたところで、リオウさんが目を覚ました。


「すまない」苦笑を落としながら

オウカさん達が謝ってくれる。


「お疲れさまでした」


「いや、我々より君の方が大変だっただろう?」


「いえ」


「嘘はいけないよ」


オウルさんが、染み入るような声で僕を諭す。


「君は、影に潜るのが上手いから。

 時折、恩恵を受けておきながら

 気が付けないことがある……」


「……」


「今回のこの魔法も、君が居なければ成功しなかった。

 いや、君が居たからこそ……私達は、私達の国を

 そして民を守る魔法を手に入れることができた」


僕とオウルさんが話し始めたことで

会場も、街の人達も僕達の会話を聞くために

口を閉じていく。


「私達の魔力制御が甘いところを

 君が支え、補い。そして、スクリアロークスが

 動かないように、その場に固定してくれていた。

 それがどれほど大変な事か……」


「……」


「それだけじゃない。

 君はずっと、この水槽の結界を維持し続けている。

 超大型の魔物が暴れても、揺るぎもしない結界を」


「あの魔物がここに来たのは、僕の責任ですから」


半分は……。


「そういう事ではないんだ。セツナ。

 私達が、君に心から感謝していることを

 知ってほしい。本当にありがとう」


オウルさんは、声に出さずに「サクラの事も」と付け足した。


「はい。どういたしまして」


僕の返事に、オウルさん達はとても嬉しそうに笑ってくれた。


「さて、スクリアロークスはセツナのものとなるのだが

 キューブに入れておくか?」


オウカさんの言葉に、首を横に振る。


「ギルドのもので、いいんじゃないですか?」


「さすがにそれは、無理がある……」


「そうですか? なら、素材は半分ずつにしましょう。

 血の管理の方法や使い方は、情報提供をします。

 肉は……。これだけの大きさになると

 さすがに、僕達だけじゃ食べきれませんから。

 酒肴が良ければ、屋台を出してもらえれば

 皆で食べることができるはずです。

 値段は……。一人前、十分銅貨一枚にしましょう」


「それは、安すぎるだろう?

 一人前、銀貨一枚でも足りないぐらいだ」


僕の提案に、バルタスさんが口を挟む。


「わしらが、屋台を出すのは

 こちらから、願いたいほどだ。

 超大型の肉など、調理できる機会などないからな!」


「酒肴のチームの人達は

 自由に飲むぞ! と楽しみにされていたみたいですが」


僕が、そう告げるとカルロさん達が叫ぶように

「気にするな!」とか「俺も調理がしたい!」などの声が届いた。

その後で、早く食いたいと叫んで、ニールさんに殴られていたが。


「屋台は出したかったからの。

 ただ、十分銅貨一枚は安すぎる」


「いいんです。

 安くていいんです。お祭りなんだから」


「……」


「この値段なら

 子供のお小遣いで買えるでしょう?

 お腹いっぱい食べることができるでしょう?」


ハルにも貧富の差はある。

他国のように飢えて死ぬことはないが

贅沢を知らない、子供達も多くいる。


子供のために、自分の食事の量を

減らす親がいる。


肉を食べずに節約している若者がいる。

お祭りぐらい、お腹一杯食べればいい。


「セツナよー」


「他の店の営業妨害になるかもしれませんが……」


「……気にする必要はないだろう。

 三日間、夜通し祭りは続く。

 スクリアロークスだけを食べる人間は

 そうそう居はしない」


「なら、何も問題ありません。

 売り上げは、ギルドの福祉へまわしてください。

 それと、ハルに在住している人達には無料券を一枚

 配ってもらえると嬉しいです」


「無料券?」


ヤトさんが、意味が分からないと目を細める。


「はい。僕からではなく。

 ジャックからの贈り物として」


かなで が愛した国を支える人達に……。

そして、彼を愛してくれた人達に……。

かなで からの最後の贈り物として。


「……」


全ての人が、食べることができるように。


僕の言葉に、街の人達の目が揺れていた。

肩を落としている人。俯いている人。

涙を落としている人。苦く笑っている人。

涙を落とさないように、空を見る人。


様々だ。

だけど、ジャックと関わった事がある人達も

ジャックを知らないけれど憧れていた人達も

ジャックを悼んでくれていた。


マリアさんもエリアルさんも

俯き、綺麗な涙を落とした。


きっと、この国の人達は

かなで が死んだと知った時、心から悼んでくれただろうから。


「笑おうよ! 楽しもうよ!

 そして、沢山食べようよ!

 沢山飲もうよ! ジャックに届くように!

 ジャックは、きっとそう願うと思うから」


リオウさんが、ジャックの事を想う人達に

涙を浮かべながらも、笑ってそう伝える。


「そうだな。

 その申し出を、ギルドは

 ありがたく受け取らせてもらう」


ヤトさんが、溜息を落としながら笑った。

気持ちを入れ替えるように

ヤトさんがもう一度息を吐き出してから

ギルドの職員に指示を出し始めた。


僕は、スクリアロークスの血が流れ過ぎないよう

現状を維持するために、時の魔道具を使う。


これを解体するのは、コツがいる。

僕が主導して、解体することになるだろうな。


この後、まだ戦闘が残っているから

そちらを先に、片付けてしまわないといけない。


「キューブに入れるか?」


ヤトさんの問いに、首を横に振る。


「滅多に見ることがない

 超大型ですし。結界の外にはこんな魔物が居ると

 知ることも大切だと思いますから。

 解体するまで、展示でもしましょうか」


「……」


「これほどの大きさだから、街の中は無理ですね。

 海の上に、結界を張って置いておきますから

 自由に見てもらえればと思います」


闘技場近くの海の上に、結界を張り

透明な地面を作り出し、その上にスクリアロークスを

転移させた。スクリアロークスに触ることはできないように

してから、ディスプレイにスクアリロークスの場所を映し出すと

街の人達が、ゆっくりと移動し始めた。


転移で消えた、スクリアロークスに

観客席が騒めくが、僕は気にせず準備を始める。



鞄から、新しいグローブを取り出し

指を通していく。燃やしたものと全く同じもの。


【解除】


一言で、全てのディスプレイを消し去った。

街の中の物も。闘技場の物も。


「そろそろいいでしょう?」


怪我を負った、冒険者達の治療も

落ち着いてきた。そろそろ、大会を再開してもいい頃だ。


「邪魔はしないでください」


全く笑みを見せずに、告げた言葉に

ヤトさんと黒達も笑みを消す。


一瞬にして、闘技場のざわめきが

違うモノへと変わっていく。


空気が入れ替わるように

緊張が広がりを見せる。


グローブを、手に合わせるために

引っ張りながら、呪文を唱え舞台の上の水槽を消し去った。


沖の方で、地鳴りのような音が響き

盛大な水しぶきが上がる。闘技場の外では歓声が。

そして、観客席では息をのむ音が響いた。


水槽を消し去った、舞台の上に残ったのは

二人の冒険者。


彼等を閉じ込める結界()はまだ消さない。


視線を舞台へと流すと

蒼白な顔をした二人と視線が合う。


彼等は、画策していたことが

全て、露見していることを知らない。


精霊が現れたことも。

僕とギルドの噂が消えたことも。

ギルドが、スクリアロークスを殺したことも。


そして、僕がジャックの弟子であり

世界最強を継ぎ、リシアの守護者だという事も

何ひとつ、彼等は知らない。



「僕にとっては、これからが本番です」


彼等から、ヤトさんへと視線を移し

感情を込めずに、ただ口に言葉をのせただけの声に

アルトが、微かに体を揺らした。


「アルト。友達の所へ戻るといいよ」


「うん……」


心配そうに僕を見るアルトに

意識して笑みを作り、背中を軽く叩く。


それでも戻ろうとしないアルトに

軽く首を傾げる。


「師匠」


「うん?」


「俺はもう気にしてない」


「うん」


「だから、師匠に無理してほしくないんだ!」


「……」


アルトが、キュッと歯を噛みしめながら

僕を真剣に見て、自分の願いを口にした。


「今日、沢山魔法を使ってるでしょう!

 また、倒れたら!」


魔力が足りなくなって、倒れたことはないはず、と

思いながら、考えてみる。


ああそうか。一度目は、蒼露様の所で

二度目は、サクラさんを助けたあと

疲れ切って寝ていた。


アルトは、両方とも魔力を使いすぎて

僕が倒れたと思っている。


「アルト。大丈夫」


「……」


「僕の魔力は、ほとんど減っていないよ」


「嘘だ……」


「本当だよ。試合が始まった時に

 舞台に杖を刺したのを覚えている?」


「覚えてる」


「あれが、僕の魔力のかわりをしてくれているから」


アルトの視線が疑わしそうに僕を見ている。


「あの杖には、精霊玉という精霊が作った

 魔力の塊を五個嵌めてある」


「精霊玉、五個……」リオウさんが、額を抑えて

首を横に振り。サフィールさんも口を開けて

僕を見ている。ヤトさんとエレノアさんは

同じ顔をして、固まっていた。


「凄まじい使い方をするんだな」とアギトさんも

バルタスさんも唖然として、僕を見ていた。


「魔法の発動は、僕の魔力だけど

 維持する魔力は、そこから引き出しているんだ。

 魔力制御はずっと、僕自身がしているけどね」


「ありえない」という言葉が

ちらほらと耳に届くが、気にしない。


「本当に、本当?」


僕が嘘をついていたら見抜こうと

アルトは僕の目をじっと見て、真実を探っていた。


「嘘はついていない」


僕の断言に、やっとアルトが納得して笑う。


「俺は、師匠が好きだから。

 師匠が、辛いのは嫌なんだ」


真直ぐに僕を見て、一生懸命自分の気持ちを

伝えてくれた……。


「僕も同じだよ」


「うん!」


「ほら、戻って」


そう告げると同時に、転移魔法を使って

アルトを観客席へと戻した。一瞬、驚いたように

周りを見渡していたけれど、クロージャ達に

「おかえり」と言われて「ただいま」と

笑って返していた。


「アギトさん達も、転移魔法で戻しましょうか?」


僕の言葉に、黒全員が首を横に振り

ここに居ると告げた。


何かあれば、介入する気満々だなと内心苦笑し

特に、何も言うことなく舞台へと歩き出す。


「セツナ」


アギトさんの声に

立ち止まるが、振り向くことはしない。


【殺すな】


たった一言。

それも、北方言語(帝国語)での言葉。


アルトにわからないように

違う国の言葉を使ったのだろう。


「……」


アギトさんに、答えることはせず

足を踏み出し、舞台へと向かう。



僕は……。


彼等が心から謝るのであれば

今回だけは、見逃していたと思う。


何も知らないあの状態で

自分の罪を認め、公にするのであれば

見逃そうと思っていた。


全てをギルドに任せて

リシアの法に委ねてもいいと。



アルトが、僕の為に……あの二人を

許そうとしていたから。






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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
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