『 沈む冒険者 : 後編 』
* 残酷描写あり
* 前編から読んでくださいませ。
【 ウィルキス3の月30日 : ビート 】
『助けてくれ!!
許してくれ!』
そんな声が聞こえ、舞台を見る。
海の中にいる、冒険者の数人が喰われているのを目にして
まだ、結界の中に閉じ込められている奴らが
必死にセツナの名を呼び、懇願し、許しを求める声が
ここまで届いていた。次は自分の番かもしれないと考えると
矜持など、一瞬で飛んでしまうものらしい。
散々、あいつを馬鹿にして嘲っていた奴らが
手のひらを返して、懇願する姿が無様ともいえるし
憐れだとも思う。だが、奴らを嗤う気にはなれなかった。
正直、俺でもあいつが怖いと思う。
ここまで、徹底的に痛めつけることができる
あいつを怖いと思ってしまう。
クロージャ達だけでなく
俺だけでなく……きっと他の奴らも……。
だけど、それ以上に
あいつが、俺達や酒肴の奴らに心を砕いてくれていたのは
知っているから、怖いとは思うが悪感情がわくことはない。
それでいいんじゃないかとも思う。
どう取り繕っても、感情の機微に敏いあいつには
わかってしまうだろうから。なら、隠さないほうがいいと思うし
隠すこともないんじゃないかとも考える。
俺には、あいつだけじゃなく
黒達も怖いと思う事があるのだから
それと一緒かも知れないと考えると
そう深刻になることもないんじゃないかと結論を出した。
他の奴らも似たり寄ったりな感じじゃないだろうか?
黒のチームに居るという事は、それなりにそういった耐性も
ついていくのかもしれない……あまり嬉しくはないが……。
ここで、ガキ達の事を思い出し視線を向けると
先ほどと変わらず、ほんわかとした空気を出していた。
夢中で、舞台と図鑑を交互に見て目を輝かせながら
色々と話している。こちらの話は全く耳に入って
いなかったようだ。
「アギトちゃん?」
眉間にしわを寄せ
じっとセツナを見ている親父や黒達に
母さんが首をかしげて声をかける。
「難しい顔をしてどうしたの?」
「……サーラには、見えていないのか?」
「なにが?」
「……いや」
黒達が、アルト達にそして周りに視線を巡らせてから
親父がサフィさんに、どうなっているのかと聞いた。
「あれは、幻覚魔法だと思うわけ。
バラバラになっている人間から、魔力を感じない」
「ああ。だから、ヤトが動いてないのか」
親父の言葉に、フィーが補足するように
説明を付け足す。
「ヤトには、見えていないのなの」
「……」
「……」
じゃぁ、総帥にはいきなり叫び出して
懇願して、許しを乞うている姿しか見えていないのか?
「幻覚が見えているのは
18歳以上の冒険者だけなのなの。
サーラみたいに、お腹に子供がいる
女の人も除外されているみたいなの」
まぁ、総帥がセツナをじっと見ているところを見ると
あいつが何かをしていることは知っているようだ。
「こちら側は、幻覚が見えている人にしか
声も届いていないから
アルト達が気がつくことはないのなの」
「今まで、すべて見せていたのに
見せなくなった理由は何なわけ?」
サフィさんが、不思議そうにつぶやいた言葉に
フィーがチラリとアルト達の方へと視線を向けて
「多分……。楽しそうにしているから
見せなかったのだと思うのなのなの」
「ああ……」
「……あり得るな」
そういえば、先ほど苦笑を落としていた。
あの時にはもう、見せないと決めていたのだろう。
その事に、少し安堵した。
俺達でも、惨い光景だと思うものを
こんなに、喜んでいるこいつらに見せたいとは思わない。
今が、武闘大会の最中だとしても
本当は、見せるべきだとしても
色とりどりの魚が、人を襲い喰っている姿など
見ないほうがいいんだ。
まだ、冒険者にもなっていないこいつらが
魔物に喰われて死んでいく人間の姿など
見ないほうがいいに決まっているから。
いつかその時が来るだろうが……。
今はまだ……知らなくていい。
そんなことを考えながら、アルトを見る。
多分ではあるが、アルトはこの凄惨な光景に近いものを
見てきたのかもしれない。奴隷時代に……。
クロージャが、蹲っていた理由を
アルトは正確に把握していた。
なのに、アルトは動揺を見せることはなかった。
淡々と、事実を事実のまま受け止めていた。
その姿は、本当に俺達と同じだった。
まだ、12歳なのにな……。
ああ、だから見せなかったのか
何が引き金になるかわからないから
今回は、この光景を見せることをしなかったのか。
傷つけあう対人戦を初めて見せるとセツナが話していた。
人と人が醜く争う姿を見ることで、アルトが何かを
思い出すかもしれないから、気を付けてほしいと
親父達に頼んでいた。
ただでさえ、セツナがここで戦う意味に
罪悪感を抱いていた感があったからな。
多分あいつは、アルトの様子を確認しながら
何処まで見せるかの線引きをしているのかもしれない。
今回は、アルトがあまりにも楽しそうにしていたから
見せないことを選んだんだろう。
「そう……よ。そうなの。
うん、きをつけてくれる?」
ボソボソと話すリオウさんの声が聞こえ
リオウさんを見ると、リオウさんは総帥に視線を向けていた。
総帥は額に手を当て、数回横に首を振りため息をついてから
ゆっくりと、セツナの方へと向かって歩き出す。
きっと、リオウさんが報告したのだろう。
そういえば、リオウさんは顔色を変えずに
あの光景を見ていた。
「なにか?」
俺が見ている事に気がついて
リオウさんが首をかしげる。
「あー。あれを見て平気なのかなって」
「ああ……。
だって、あれ幻覚だしね」
「幻覚でも、辛くないですか?」
酒肴の女共をチラリと見てそう告げると
リオウさんが苦笑して
「うーーーん。
あれよりひどい、映像を子供の頃から
ジャックに見せられてたから」
「はぁ?」
リオウさんの言葉に、皆の視線がリオウさんに集まった。
「ジャックが面白いものを見せてやるよといって
ジャックが創作した? 映像を見せてくれるんだけど
ほらーだとかすぷらっただとか、訳の分からないことを
話しながら、気持ちの悪い映像を数時間……。
物語形式にして、見せてくれたの」
ジャックって、どれ程鬼畜な人間だったんだ?
「最初は、気持ち悪い! 怖い! と泣いたり
文句を言ったりしてたけど……。
見とけよって言って、見せられた」
「……」
「だけど、物語形式になっているからか
慣れると、そう怖くも気持ち悪くも感じなくなったの」
「はぁ」
「物語を楽しむ余裕もでてきたり
ジャックとの時間を楽しんだり」
そう言って、リオウさんは少し寂しそうに笑った。
「どうして、ジャックがそんなものを
子供の私達に、なれるまで見せたのか
答えを知ったのは、大人になってからだけどね」
「どうしてなんで?」
フリードが続きを促す。
「私達は、基本ハルから出ることがないのよ。
だから、貴方達みたいに魔物に襲われる危険はない。
だけど、魔物に食われるとか今の幻影みたいに
巨大なさめ……いえ魚に喰われるとか
実際にありえる事でしょう?
現実を見る準備をさせられていたのだと……。
そう気がついた。報告に上がってくる映像に
今回と同じような幻覚と似た様なものが届いても
命を散らした冒険者の姿をちゃんと見届ける
事ができるようになっていた……。
物語という優しい情報に置き換えて
命を懸ける冒険者達の姿を
ジャックは私達に教え込んでいたのだと思う」
「……」
「ジャックの繰り返す言葉に
小さな悪戯の中に、様々な思惑が
隠されていたのだと……。
サクラが眠りについてから
総帥の秘書になった今でさえ……」
リオウさんは、そこで一度言葉を切り俯いた。
「今でさえ……。
ジャックの何気ない言葉が
無意味だと思っていた行動が
私の助けになっていて……。
私を支えるものになっている……。
まるで、すぐそばで私を守っていて
くれるかのように……」
数滴の涙が、リオウさんの服を濃く染めた。
「ジャック……」
囁くように、口にされたジャックを呼ぶ声は
優しく、そして寂しげに耳に届いた。
リオウさんはすぐに目元をぬぐうと
周りを見て、恥ずかしそうに頬を染めて
小さく笑った。その姿にほんの少しだけドキリとする。
「まぁ、本当に無駄なものも多かったのだけど!」
視線をセツナに移して、話題を変えるように口を開く。
「セツナは、性格や容姿は全然ジャックと似ていないのに
大切なものを守るその姿は、ジャックとそっくりね」
「……そうなのか?」
エレノアさんに、リオウさんが頷く。
「うん。私やサクラが攫われたり
暴力を振るわれそうになったりした時に
ジャックが助けに来てくれることが多かったのよ」
リオウさんの言葉に、皆が少し驚くが
考えてみれば、ハルの技術を狙う国は多い。
中枢にいる、彼女も狙われることが多いんだろうなぁ
「その時の姿が、今の姿とそっくりよ。
ジャックは絶対に、敵を許さなかった」
リオウさんが、スッと笑みを消した。
「ジャックは、残酷なまでに強かったわ。
だけど、私達が止めれば止まってくれた」
「……」
「……」
リオウさんは、そのあとの言葉を続けることはなかったが
ここに居る全員が気がついている。
あいつは、親父達でも止めることができないと。
できるとしたらそれは……。
自然と視線がアルトに流れていく。
俺達の視線に気がついたのか
アルトが顔をあげて、俺達を見て首をかしげた。
酒肴の奴らが適当に、アルト達に近づき
図鑑をのぞきながら「これはうまい」
「これもうまい」「これもうまかった」と
食べた感想を話して、アルト達の意識を俺達から外した。
ふと視線を感じて、舞台の方へと視線を向けると
総帥がこちらを見ていた。何を見ているのかと
視線を追って横を見ると、そこにいたのはリオウさんで。
リオウさんも、総帥の視線に気がついたのか
嬉しそうに、そっと微笑んだ……。
その優しい笑みに
俺だけでなくカルロ達も見惚れた。
総帥は、その笑みに頷くことも
笑い返すこともなく、何事もなかったかのように
視線を逸らす。笑みを向けるぐらいしてやったらいいのにと
思うが、今の立場では無理なんだろうな。
そんなことを考えながら
何気なく水槽を見ていると
総帥が歩き出した瞬間に
首のない死体や肉片や臓物が散らばった
光景が一瞬にして消え去った。
そして、次に視界に入ってきたのは
巨大な魔物だった……。
いきなり現れた魔物に、口が大きく開くのが自分でもわかる。
今度は総帥にも見えたのか
目を瞠って、水槽の中を見つめている。
「あれは、幻覚じゃないわけ」
サフィさんがそう告げる。
音もなく、不気味なぐらい静かに泳ぐ巨大な魔物。
アルトは何かを感じたのか、顔をあげ真剣な顔で舞台を見ている。
今まで、楽しげに話していた空気が霧散する。
アルトの雰囲気が変化したことで、クロージャ達も
首をかしげながらも視線を舞台へと向け、そして目を見開いた。
「……大型の魔物か」
「イーダル・シィーアでは
絶対に見ない魔物だな」
親父も視線を大型の魔物から外さない。
以前見た、ドラジアも大きいと感じたが
この魔物は、ドラジアとは比べることもできないほど大きい。
人間など数人まとめて飲み込めるほどの大きさがある。
俺達が、その大きさに圧倒されている中
驚くほど大きな声で、魔物の名前を告げた人がいた……。
「ダルクテウス!」
「ダルクテウス!」
その声に、クロージャ達が驚いたのか肩を震わせて振り返り
バルタスさんとザルツさんを見た。
「おやっさん、あの魔物を知ってるのか?」
「ん? ダルクテウス?
どこかで聞いたことがあるような?」
「私もあるような気がする……」
「俺もあるなぁ。何処で聞いたんだ?」
それぞれが、何かを思い出そうとうんうんと唸っている。
ちなみに、俺は全く聞いたことがない気がする。多分。
「あ!! 思い出したぞ!」
最初に思い出したのは、カルロのようだ。
「なになに?」
「ダルクテウス!
海洋で5指にはいるほどうまい魔物だっ!!」
カルロの言葉に、酒肴の奴らの瞳の色が変わった……。
アルトを見ると、アルトの耳もこちらへと向いている。
「まさか、本物を見るとは思わんかったなぁ」
バルタスさんが、ダルクテウスから視線を外さず
そう呟き、ザルツさんが「ワイは食べた事あるぞ」と告げ
酒肴の奴らが、本当に美味しいのかと聞くために
一斉に口を開いた。その剣幕に、ミッシェルがそっと
視線を外して、舞台に視線を向ける。
ワイアット達は、唖然として酒肴の奴らを見ていたが……。
「美味かった。
ものすごく美味かった」
ザルツさんの感想に、酒肴の奴らがザルツさんに殺気を向けた。
殺気を向けられたザルツさんが、ギョッとした表情を作る。
殺気を向けている奴らから、放たれた言葉が……。
どうして、俺達にも食べさせてくれなかったのかと。
1人で食べるのは、酷いのではないかと。
口から出ていることは、何時もの事だが
その表情と殺気が、本気で殺すと伝えていることから
救いようがないといえば、救いようがない……。
こいつらなりのじゃれ方なんだろうけど。
食い物に対する、執着が半端ないから
たまに、何処までが冗談で何処までが本気なのか
わからなくなる時もある。
「お前ら、まだ生まれてないっての」
「自分で、狩って来たんで?」
「そんなことあるか。
あんなの、相手にしたら命がいくつあっても足りんだろう
ワイが、一度食べてみたいと言っていたのを
ジャックが覚えていてな。結婚祝いに狩ってきてくれたな」
「ジャックすげー」
「男前っすね」
「まぁ……そうだな……うん」
ザルツさんは、あまり深く話さなかったところを見ると
きっと、思い出はそれだけじゃないんだろうなと思った。
「はぁ、目の前にいるのに食えないのか……」
「目の前にいるのにな!」
「諦めるしかないのかぁぁぁ!!」
酒肴の奴らが、溜息をつきながら
恨めし気に、ダルクテウスを見つめている。
武闘大会の会話ではないような気がするが
仕方がないといえば、仕方がないのかもしれないな。
こいつらだし。戦ってるのあいつだし。
アルトも尻尾が元気なく揺れているところを見ると
内心、残念に思っているのかもしれない。
俺達だけではなく、他の観客の視線も
ダルクテウスに集中しているようで
魔物に詳しい奴らから話を聞きながら
会話が弾んでいるようだ。
水槽の海に居る奴らのことは
忘れられているような気がする。
中の奴らはといえば、今はピタリと口を閉ざし
自分達の横をダルクテウスが通り過ぎるのを
息を殺して見守っていた。
暫くして、ダルクテウスが通り過ぎ
奴等がホッと息をついた瞬間「ゴボ」と空気が漏れる音が
辺りに響いた。
その音に、ダルクテウスに集中していた視線が
音の出どころを探るように彷徨い
水槽の中にいる奴等へと行きつく。
どうやら、セツナがあいつ等の結界を消したようだ。
結界がいきなり消えたことで、息ができなくなり
必死の形相で場外へと歩きはじめるが、装備しているものが
水を吸って思うように動けないようだ。
それでも、水中で動く訓練は多少していたのだろう
確実に前に進んではいる。時折、視線を周囲に向け
魔物に警戒している姿が映る。
武器を捨てたいところだろうが……。
そばに、ダルクテウスがいることを考えると
捨てることができないのだろう。
どうせ、武器を持っていてもダルクテウスに
勝てるとは思わないから、思い切って捨てて
一目散に場外を目指したほうが
いいような気はするが……。
俺なら、どうするかと考えても
答えは出なかった。多分、俺も捨てられないだろうな。
海の中の魔物は、どうやって人間を察知するのか
俺は知らないが、ダルクテウスが奴らに気がついたようだ。
ゆっくりと旋回し向きを変えている姿が見える。
ダルクテウスが向きを変えようとしているのを
目に入れた奴らは、必死になって手足を動かすが
慌てれば慌てるほど、前には進めなくなっていた。
そんな奴らの動きなど気にすることなく
ダルクテウスは、これまたゆっくりと口を開いて
奴等に向かって行く。
手で必死に水をかき、後ろを振り向き
ダルクテウスを目に入れ、その口の中を視界に入れた
奴等は暴れるように手を動かす速度をあげるが
進む速度はあまり変わらない……。
セツナはといえば、そんな奴らを視界に入れることなく
自分の喉元に手を当てていた。
先ほどから何回か目にする動作に
親父達も気がついたようで、観察するような視線を
セツナに向ける。
「やばくね?」
「やばいわね」
「全然、彼等を見てないもの」
「ダルクテウスが迫ってるの気がついてないよな?」
「気がついてないと思うわ」
セツナは、全く水槽の方へと視線を向けておらず
ダルクテウスが、奴らに近づいていることに
気がついているような気配がない。
だとすると、奴らが喰われる可能性が高くなってきた。
総帥を見ると、少し慌てたようにセツナの方へと
駆けていく姿が見えるが、その距離は結構あいている。
ああ、あいつが総帥を自分と反対側に転移させたのは
自分に近づけない為だったのかと思いあたり
本当に容赦ねぇ、と心の中で思った。
総帥が『セツナ!』と呼んだことで
セツナが視線を総帥へと向け、そして水槽へと視線を移動させたが
全く動く素振を見せなかった……。
「気がついてて、あえて放置してるのか?」
俺の言葉に、この場に沈黙が落ちる。
知っていて、無視しているとなると……。
あいつは、助ける気がない?
一人二人と、呼吸が続かなくなってきたのか
喉の辺りを手で押さえ、もがき苦しんでいる姿が映る。
会場は、人が本当に居るのかと思えるほど静まり返っている。
響く声は、総帥のセツナを呼ぶ声……。
それと何か言っているようだが、その声は俺達には届かない。
唇を読むと、救助するように言っているらしいが……。
俺達には聞こえていないとなると、観客席の奴らにも
聞こえていないんだろう。聞こえていないという事は
セツナにも聞こえていないだろうと思わせることができる。
ダルクテウスはもう、奴らの目前まで迫っている。
「もしかしたら、途中の休憩時間で
ダルクテウスだけでも、捕まえられんかと
考えていたが……このままだと無理そうじゃなぁ」
バルタスさんが、本当に残念だといった表情を作る。
今この状況で、口にする話題ではない。
バルタスさんの意図をはかりかね
皆がバルタスさんを見るが、バルタスさんは気にすることなく続ける。
「ダルクテウスは
本当に、うまいらしいのになぁ。
ここで食えなかったら、一生食えないかもしれんなぁ」
バルタスさんの言葉に、アルトの耳がピクピクと動く。
後ろを気にするように、アルトがチラリとバルタスさんを見て
また、舞台へと視線を戻すがその尻尾の動きがゆらゆらと
何かを考えていることを告げるように揺れている。
俺だけでなく、皆がバルタスさんとアルトとを交互に見て
バルタスさんの意図に気がついた。
「人を喰った魔物は、食肉にはならないからなぁ」
カルロが、溜息をつきながらそんなことを口にする。
「僕も食べて見たかったな……」
セルユが、悲しそうに声を出し。
「きっと、煮込んでも焼いても美味しいと思うのよね」
シュリナがそう告げると、アルトの耳がピンと立った。
「フィガニウスも美味かったもんな」
アルトがぐっとこぶしを握る。
だけどまだ、迷いがあるようだ。その気持ちはわかる。
セツナは今、戦ってる最中だから。
戦闘中に口を出すのは、褒められた行為ではない。
「でも、もう無理っしょ。
あそこまで接近されたら、総帥でも助けられないっしょ」
エリオの言葉に、声を出そうとしては諦めを繰り返し
しょんぼりと肩を落として俯き諦めかけた。
だけど……。
「セツナなら、なんとかできるだろうがなぁ」
バルタスさんのこの言葉で、アルトが俯くのをやめ
石壁をがっしりと握り、大きく息を吸い込み
そして、セツナに届けとばかりに大きな声で叫んだ。
「師匠!!!! 俺はその大きな魚がものすごく食べたい!!!」
アルトが叫んだとほぼ同時に、セツナが短く何かを呟いた瞬間
ダルクテウスの下に巨大な魔法陣が現れその姿が水槽から消え
一瞬で、暴れているダルクテウスが、地響きを立てながら
アルトの目の前に現れた。
「おおおおおお!!!」
巨大な魔物を見て、セイル達は目を見開きながら後ろに下がり
アルトはといえば、尻尾がどこかに飛んで行くんじゃないかと思うほど
盛大に振っていた……。ものすごく、嬉しいらしい。
セツナはといえば、目の辺りを片手で覆い
数回首を横に振って、深くため息をついている。
どうやら、アルトの言葉に条件反射的に魔法を使ったようだ。
あいつはアルトに甘いから……。
アルトの言葉を無視するようなことはない。
セツナを止めることができるのは
アルトだけかもしれない……。
誰も口に出さなかったが
誰もがそう確信していた。
だから、バルタスさんもアルトをたきつけたんだろう。
ダルクテウスに奴らがやられないように。
水中の奴らはというと、ダルクテウスがいなくなったことに
安堵するよりも、息が続かず気を失っている人間がほとんどだった。
総帥は、何度か魔道具を使う仕草を見せていたけれど
どうやら、発動しないらしい。セツナを睨んでいるところを見ると
やっぱり、あいつが何かしているようだ。
セツナは微動だにせず、俯いている。
総帥は、セツナの方へと向けていた足を止め
舞台の方へと走り、水槽となっている結界へと手を伸ばした。
総帥の手が、抵抗なく結界の向こうへと通り抜けたことに
少し驚いた表情を作るが、すぐに真剣な表情へと戻り
躊躇なく、海水で満たされている結界に体をいれた。
観客席がどよめき、固唾をのんで総帥を見守っている。
水の中に入った総帥は、体を止め自分の掌を見つめ
そして『水の抵抗がない? 息ができる?』と呟き
周囲を見渡したあと、浮かんでいる奴らの元へと走る。
凶暴な魔物も、まるで総帥がそこに居ないかのように
素通りして、泳ぎ去っていく。
簡単に、意識を失くして漂っている
奴らの元へとたどり着き、魔導具を起動させる。
起動させた魔道具は、転移魔法だったみたいで
一人また一人と、助け出されていく。
それを見ていた、ギルド職員達が一斉に走り出し
総帥と同様、結界の中に体を入れ浮いている奴らを
転移魔法で場外へと転移させていった。
そして、場外へと出された冒険者達の元へ
医療院の先生達が駆け付け、必死に呼吸を促していた。
体が冷えているのか、魔法で体を乾かし
毛布を何枚もかけ、回復魔法をかけている。
何度も何度も繰り返し名前を呼んでいるが
反応のない冒険者の方が多い。
最後に、アルトに絡んだ奴らが残されているが
総帥はそこには近づかなかった。
助けてほしそうな視線を向けていたが
二人は結界に守られ、命の危険性はないと
判断されたんだろう。
結界の中で、蒼白になりながら
何かを叫んでいるが、総帥が手で撤収するように促し
とりあえず、二人以外の人間の救助が終わったが
試合の再開は、暫くかかりそうだ。
総帥やギルド職員や医療院の先生達が
バタバタと慌しく救助している中
セツナは顔をあげることなく俯いていたが
深い深い溜息を一つ吐き
ゆっくりと顔をあげ
目元を覆っている指の隙間から
視線だけをこちらによこした……。
「っ……」
「……」
あいつの目を見た瞬間、この場に居た全員が息をのんだ。
あんな目を向けられるのは初めての事だ……。
暗く、静かな怒りを宿した目を真直ぐに
バルタスさんへと向けている……。
そして、そのまま目をそらさずに
一言つぶやくと、暴れ狂っているダルクテウスの頭めがけて
上から、何かがものすごい速度で落ちてきてぶつかり
ダルクテウスの頭を貫通し、地面がひび割れ
ダルクテウスが痙攣するように暴れたあとその動きを止めた……。
その音に、その威力に救助されている奴らに向いていた
視線のほとんどが、一瞬でこちらへと集まる。
総帥達も息をのんでいたが
すぐに、横たわっている奴等へと視線を戻し
あれこれと指示を飛ばしていた。
完全に止まっていた時の中
ゴクリと生唾をのんだ音が響くと同時に
酒肴の奴らがわーーーと、一斉に口を開いた。
「お、お、お、おやっさん!
すげぇ怒ってる! セツナ、すげぇ怒ってるぞ!」
「こ、こ、怖い!」
「戦闘に水をさすから!」
「おやっさん、謝らないと!」
「わしか? わしだけが謝るんか?」
「親父さんが、言いだしたんだし!」
「お前らも、同罪じゃろが!」
バルタスさんの言葉に、全員が首を横に振る。
その姿を見た、バルタスさんはフンッと鼻で笑い。
「なら、ダルクテウスはお前達には食わせん」
「……」
「……」
一瞬沈黙が落ちた後、怒りをあらわにして
今度は一斉に、バルタスさんに文句を言い始めた。
「食べるにきまってるだろ!」
「食べるにきまっているでしょう!?」
「わしが勝手にした事なんじゃろ?
なら、わしの好きにする」
「……」
「……」
バルタスさんの言い分に、周りの奴らと顔を見合わせて
今度は全員が、手のひらを返したようにバルタスさんを褒め称えていた……。
「親父よくやった!」
「親父様すごいわ!」
「おやっさん、さすがっすね!」
「……」
このやり取りに、黒達は深いため息を落とし
セツナも、肩から力を抜き苦笑を落としている。
どうやら、毒気を抜かれたようだ。
酒肴の奴らはチラリとセツナを見て
怒っていないことを確認すると、ホッと息をついた。
わざと騒いでいた部分もあるんだろう。
なんだかんだ言っても、こいつらはバルタスさんを
大切に想っている。
だから、バルタスさんだけに怒りが向かないように
こいつらなりに、考えて行動していたんだと思いたい。
今は、ダルクテウスをどう料理するかでもめているが……。
「思い切ったことをするな」
「まぁ、いい方法だといえば
いい方法だったねぇ」
ザルツさんとカルーシアさんが、苦く笑いながら
酒肴の面々を見つめていた。
「信じられねぇ」
「あれを一撃で殺すのか?」
「それも風の魔法で……」
チーム浮雲の奴らが、ダルクテウスと地面を見ながら
ボソボソと話しているのを聞いて、確かにすごい威力だと
今更ながら実感する。
「……フィガニウスもこの魔法で倒したのか?」
「多分そうだろうな」
「頭部を一撃で破壊したら
その他の部位には、傷がつかないわけ」
何時移動したのか、親父達がダルクテウスの頭部を
間近で観察し、酒肴の奴らも騒ぎ終えたのか
アルト達の後ろから、アルトと一緒になって
目を輝かせながら、ダルクテウスを見ていた。
そんな俺達の前に、ギルド職員が数人走って来て
ダルクテウスをどうするのかとアルトに尋ねる。
アルトが自分の鞄からキューブを取り出し
これに入れると告げると、職員がアルトのキューブを受け取り
アルトのかわりに、ダルクテウスをキューブに入れ
アルトに手渡した。
アルトは嬉しそうに、キューブを受け取り
暫く、キューブを眺めたあと
セツナの方へと視線を向け、満面の笑みを見せる。
アルトのその表情に、あいつはあいつがよく浮かべる
少し困ったような笑みを見せていた。
アルトは、そんなセツナに伝えるように
「丸焼きだぁ!!」と叫び
アルトのこの叫びに、酒肴の奴らが
一斉に「やめろ!」と叫んだのは言うまでもない。





