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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ゼラニウム (ピンク): 決意 』

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『 太陽の影 : 前編 』

【 ウィルキス3の月30日:エレノア 】


 ざわざわと揺れる会場と

その顔に笑みはないが飄々とした空気を崩すことなく

舞台の上に居るセツナと、そして予想していた現実と

現在の状況に戸惑いながらも、必死に隠している冒険者達を見て

内心でため息をつく。


私の感情に近いのは、きっと舞台の上に居る冒険者達だろうと

己を己で嗤いながらここに座っている事しかできなかった。


それは私だけではなく

ここに居る黒全員が同じ感情を抱いているだろう。


彼を表舞台に出したのは、間違いだったかもしれないと……。


「エレノア」


ザルツの呼びかけに、視線を向けるが返事をせずに

リオウを呼ぶ。


「……リオウ」


「私が使う?」


「……いや、サーラに魔法を使える権限を与えたのだろう?」


「ええ。一時的なものだけど」


先ほど、クロージャが酷く苦しんでいたのを見かねて

リオウがサーラに魔法を使う権限を与えていた。


「……なら、サーラに。

 サーラお願いしてもいいか?」


サーラに視線を向け、子供達の方へとその視線を流すと

サーラが頷き、魔法を詠唱し子供達に私達の声が聞こえないように結界を張った。


「黒達より後ろの席の声は、子供達に届かないわ。

 だけど、黒の席より前の声は子供達に届くから注意してね」


前を向いている子供達に知られないように、声を出さずに注意を促す。

周りのものが軽く頷き、了承を示した。


「……また腕をあげたんだな」


「最近、内緒話が多いからね。

 セツナ君にいろいろ教えてもらいながら、改良してるの。

 大人の声が聞こえなくなったら不安に思うでしょう?」


「……確かに」


サーラのランクは、赤の4/10でとまっている。

それは本人が、ギルドにこれ以上ランクを上げるつもりがないと

申告した為でもある。


黒の伴侶。黒のチームということで

ランクが上がらないサーラを馬鹿にしたような声も昔は聞こえていたが

そんな輩を、アギトとサフィールが半殺しにした事によって

そういった声は聞こえなくなった。


何時まで経ってもランクが上がらないサーラに

親交のある冒険者が尋ねた事によって、ランクが上がらないように

申告していると噂が広まり、そこからは完全に何も言われなくなった。


ランクを上げないからといって、腕が悪いわけではない。

サーラは元々努力家だ。風使いの素質があると知って

アギトと一緒にいるために、あれだけ好きな音楽の道を諦めて

冒険者になることを選び、アギトとサフィールと共にいるために

2人の傷を治すためそして守るために、必死になって風の魔法を習得した。


それは今も変わることなく、少しでもアギトと子供達そしてチームの家族が

怪我に苦しまないように、日々魔法の研鑽もしている。


それ以外の事には、興味を示さないこともあるが

命を守る為の魔法に対しては、サーラはとても貪欲だ。


最近は、子供もいることもあり

アギトとサフィール、そしてセツナから魔力をあまり使うなと

釘を刺されて大人しくしているが。


きっと、今、サーラは魔法を使うのが楽しくて仕方がないのだろう。

そばに最高の腕を持った風使いが居て教えを乞う事ができる。

そして、自分の魔法が高みにのぼっていくその様を感じることができるから。


ランクを上げないのは勿体ないとは思うが

生き方は人それぞれ、口を出すこともない。


実際、ランクが上がらないようにする冒険者は結構多い。

早いものは赤になったと同時にランクを止め

一番多いのは、サーラと同じ赤の4/10になった時点で止める。


それは、赤のランクの5/10辺りから危険な依頼が増えだし

6辺りからは一筋縄ではいかない依頼が中心となって来るからだ。


自分の力量と依頼の内容を比較し考察して

自分が生きていく道をこの辺りで決める冒険者が多いからだ。


特に伴侶がいるもの。家族がいるもの。

自分が欠けると生活が成り立たない環境に居るもの。

そういった冒険者が安全をとって確実に生きていくために

決断することが多かった。


上に行きたいと望みながらも、断腸の思いで決断するものを

私も多く見て来たし、その反対に最初からその辺りを目標として

活動している冒険者も多く知っている。


酒肴の子供らは、後者が多いだろう。

自分である程度狩ができ、美味しいものを考え作りだす。

その事を基本に生きているため、アルヴァンやクリス

ビートやエリオのように、黒になろうと考えている人間は少ない。


彼等は、人の腹を満たすことに喜びを感じているようだから。

ある意味、羨ましい生き方だ。


ランクというのは、あくまでも目安であるといえる。

赤のランクだとしても、白の力量を持っている冒険者はいるし

白のランクだとしても、黒の資格を有している者もいる。


どれだけ強くても、最初は黄のランクから。

その強さが秀でていればいるほど、ギルドはその腕を腐らすまいと

上に上にと押し上げていくが、素行の悪い者はどれだけ腕が良くても

上げることはない。依頼の成否に応じたポイントしか与えない。


黄、緑のランクはよほど酷くない限り基本のポイントがもらえ

ポイントがたまりさえすれば、上のランクへと上がれるようになっている。

依頼もさほど難しいものはない。難しくはないといっても

それは、五体満足であればの話で

栄養が足りていない子供にできるほど甘いものではない……。


ギルドの孤児院で育っていれば、きちんとした栄養がとれ

虐待もなく、安心して眠ることができる。


だが、ギルドの孤児院を認めていない国もあり

そういった国の子供達は酷いありさまな事が多い……。


一番簡単な依頼でさえ、満足に果たせないことも多いし

粗末な服装から、依頼を断られることも多い。

12歳で登録できるといっても、雇う側も金を払っている。

しっかりした働き手を求められることが多く、後ろ盾のない子供達は

日々を生きることも難しい状況へと追い込まれていく。


子供にとって、生きていく事さえ困難な国があることが居た堪れない。

その様な国ほど、干渉も多く。手をこまねている事しかできないこともある。


ギルドも何とかしようと努力してはいるが

手を差し伸べても、その手を掴むことができるのは一握り。

子供達から拒否されることも多い。


助けてもらいたいのに、助けてもらえず

搾取され、虐待されてきた子供達が大人を信じるのは

とても勇気がいる事なんだろう。


ギルドもあの手この手と考え、ギルド職員が依頼を出すといった方法も

とられているし、その依頼の報酬をギルドの予算として計上されてもいるが

それでも、零れ落ちていく命はなくならない……。


カルロ、ダウロ、セルユはそういった国から助け出されている。

ギルドから連絡を貰い、近くに居たバルタスが引き取りに行った。


私が近くに居たら、私のチームに入ることになっただろう。

獣人族ならば、サフィールが受け入れたかもしれない。


サフィールは精霊の契約者という事もあり

獣人族が嫌悪を示すことが少ないからだ。

獣人族は、太陽神のサーディアと精霊を信仰していると聞く。


元黒のザルツとカルーシアも引退してかなりの時がたつが

今もまだ、保護が必要な子供達を引き取り育てている。

その他の元黒達も弟子をとっていると聞いている。


ギルドがここまで、子供の保護に力を入れる理由。

弱きものを助ける政策が施されている理由。

貧困で学ぶことができない人間を学ばせる理由。


それはすべて、リシアという国を興した

初代総帥シゲトの意思が反映されているからだと言われている。


行き場のない、帰る場所のない人間を集めて

この国をつくったと言われている。


貧困を知り、差別を知り

飢えを知り、痛みを知り

絶望を知り、孤独を知る。


そんな人間を拾い、幸福へと導いたのが初代だと語り継がれている。

それが本当なのかは、誰にもわからないがそう伝えられている。


あやふやな伝承もあるが

私は強ち間違っていないのではないかと思う。


ギルドの医療院の理念は

【人々の命を平等に救う為 】


冒険者ギルドの理念は

【人々の命を平等に守る為】


その心は、ギルドにもそしてリシアに住む人々の血に心に刻み込まれている。

リシアの民は、他国に比べて結束力が高くそしてこの国に愛着と誇りを持っている。


そして、リシアという国に救われた人は

この国に傾倒していく……。


それは簡単に揺らぐものではなく

まるで、騎士が主に忠誠を誓うような感情に近いように思える。


唯……忠誠を誓うのは(総帥)ではなく国。

リシアという国に対してだ。何処の国よりも愛国心の強い国

それが少し怖いと思ってしまうのは、私がリシアの民ではないからだろう。


守りたいとは思うが……。私の祖国は捨ててきたとはいえ一つだから。



ザルツの視線を感じ、話を促す。


「……それで?」


「お前らがついていながら

 あの場所に、セツナが立っている理由は何だ」


元酒肴のリーダーだけあって、ザルツはこの状態が気に入らないと

はっきりと私達に告げた。


多分来るであろう問いに何と答えるべきかと瞬刻悩むが

バルタスが、ここまでの流れを簡潔に話していく。


「お前らの尻拭いを、セツナがすることになったという事だな」


「確かに、そうかもしれないが

 仕方のないことだともいえるねぇ。

 冒険者のこれだけの憎悪ともいえる感情は

 ギルドに対する不満もあっての事だろうしねぇ」


「ギルドに対する不満?」


カルーシアの言葉に、リオウが眉根を寄せる。


「黄のランクから赤のランクになるまで

 どれほどの時間がかかるのか、リオウは知っているかねぇ?」


「……」


カルーシアの言葉に、リオウが俯いた。


「冒険者は必死になってランクを上げる。

 それは生活をよくするためだったり、強さを求めるためだったり

 様々だけどねぇ。ある意味冒険者の目標であり夢でもあるねぇ?」


「そうね……」


「赤のランクになれる冒険者は、それなりに注目される。

 力のある人間をいかに自分の味方に引き入れることができるかで

 赤のランク後半の依頼の成否がかかってくると言っても過言ではないねぇ」


「私達は、急ぎ過ぎたのね」


「そうだな。だが、今回のギルドの事情も分かる。

 ワイ達に通達した依頼が取り下げられたという事は

 そういう事なのだろう?」


「……」


リオウは答えずに真直ぐにザルツを見た。


「冒険者として登録したのがシルキス2の月。

 赤のランクになったのが、マナキス1の月。

 半年足らずで赤のランクになった。それも年齢は18だ。

 ギルドに貢献していることは知られているが

 冒険者に知られているのは、薬の事のみ。

 セツナが何の依頼を受けたのかも定かではない。


 確かに、何の噂もなかった注目されていなかった人間が

 赤のランクになることは多々ある、が……。

 セツナの場合は違った」


ザルツの言葉を引き継ぎ、リオウが応える。


「アルトが一緒に居た……」


「そうだ。ギルドに寄れば必ず注目を浴びる。

 噂の対象になるだろうし、それだけ記憶として残る」


「半年で赤のランク?」


「ほら、ワイの弟子ですら戸惑いを見せているだろ」


「……」


浮雲の若者たちが零した言葉に、リオウがため息をついた。


「黄は駆け出し。緑は見習い。

 青は半人前。紫でやっと一人前。

 赤のランクで中堅どころといった感じだ。

 白で実力者、強者と言われ、黒は憧れだ」


「……」


「それもすんなりとランクが上がるわけではないだろ。

 黄と緑は、素質があればさほど苦労せずに上がるが

 青のランクからは基本ポイントを下げることもあるし

 ランクを落とすこともある。ランクが上がったと思ったら

 落とされ苦悩し苦労して、やっと赤のランクになっている者が多い。

 あの舞台に居る奴らのような人間でもな」


特に、赤のランクの5/10からはさらに上がり辛くなる。

依頼が難しい事にも加え、白のランクにあげるための

素質があるかの見極めもされる。


赤のランク5/10から

赤のランク10/10までのランクを


カゲザクラともいう。

それが意味するところは、オウカ達すら知らなったが

最近その意味が理解できた。


サクラ。

それは、黒の間の天井に咲く花の名前。


その色は薄紅色。

赤のランクの終わりが近づくにつれて

紋様の色は、サクラの花の色に近づく……。


白の1/10は、黒の間に描かれる桜の花びら

そのものの色だった。


白の資格を得て

白のランクになって初めて、サクラになるのではないだろうか


サクラの花はこの国の秘された国花。

白のランクに成るという事は、この国を支える者になるという意味が

こめられていたのかもしれない。


だからこそ、浅はかなものに白のランクは与えない。

ギルドマスターになることができるのも白のランク以上の者だけだ。


私の推測でしかないが、大きく外してはいないだろう。



「俺っちも、セツっちを知らない時は

 理不尽だと思ったっしょ……」


アルト達には聞こえないぐらいの声で、エリオがそう呟く。


「この中にも、セツナの強さを疑っていた

 奴らがほとんどだろう?」


ザルツの言葉に、苦笑したり視線を逸らせたりしながら肯定する。


「こいつらは、セツナの強さに半信半疑でありながらも

 セツナという人間を知ることができたから

 さほど不満に思う事はなかっただろう

 それも、お前達のチームだ。黒のチームのメンバーだ。

 その事に誇りを持っているし、その事が自信となっている

 だからこそ、受け入れることができた。

 だが、この会場に居る大半の人間は違う。

 情報が秘匿されているからこそ、ギルドの贔屓を疑い。

 同盟を組むことが少ない黒のチーム……それも全てだ。

 全てと同盟を組んだことから、アルトを利用し取入ったと判断された」


ギルドの焦りがもたらした行動の結果と

私達の認識の甘さからまねいたこの状況……。


「なすすべなく座っているお前達の

 全ての尻拭いを、セツナは負わされているという事だな」


「まぁ、黒が擁護してもいい方向へは行かなかっただろうねぇ。

 こうなってしまえば、何もできることはない。

 セツナ自身が、実力を見せ納得させる事しか方法がないのは

 理解できるねぇ。アルトの事もある。セツナが実力を見せず

 お前達が解決していたら、お前達のいないところで死体が増えただろうねぇ」


「どれほどの冒険者が消えることになったのかと考えると

 空恐ろしいものがある。セツナなら証拠など残さないだろう。

 そうなると、ワイ等が駆り出されることになっただろうな。

 見つからない死体を求めて……」


ありえそうな現実に、苦笑も浮かばない。

彼があの日、フィーが「大会がなければどうしたのか」という問いに

セツナは、唯、視線だけで答えていた。


海に沈めていたと……。


「だが、お前達が不甲斐無いと思っているのは

 悪意に晒されているこの状況ではないのだろうな?」


「エレノアなら、この状況は予測できていただろうしねぇ?」


2人の視線に頷くが、心の内を明かすことはしない。

するべきではないと考えている。それは他の黒も同じだろうし

2人は答えを求めているわけではない。


これから先、アルトと行動を共にするためにも

セツナの実力を見せる事は必要だった。


私達の認識の甘さで、苦労をかけた。

この償いは、必ず返すと誓っている。


今はこの状況を打開するために

選ぶことができる、最善を選択してきたはずだった。

この状況も予測していた。


セツナも予想していただろう。

だからこそ、アルトに私達の傍から離れないようにと注意を促していた。

私達も、アルトから絶対に目を離さないとセツナと約束していた。


私達が間違えたのは……。


間違えたのは。


セツナがここまで徹底的に、心を折るとは思っていなかったことだ。

彼の怒りの深さをはかり間違えていたことだ。


気がつく機会はあった。

気がつかなければならなかった。


彼が、セツナが殺気を見せた時に。

あの殺気の意味に……。すべての人間を拒絶し排除するかのような

殺気を、私達にも向けたその理由をもっと深く考えるべきだった。


彼は私達を嫌っているわけではないと知っている。

だからこそ、だからこそ! 気がついていなければならなかった!


あの瞬間、セツナは感情の箍を外したのに。

セツナにそのつもりはなかっただろうが

何時も完璧に覆い隠されている部分を、初めて私達に見せたのだ。


彼が人間を好んでいないことは、誰もが気がついていただろう。

彼は、自分の心の中にアルト以外の人物を決して踏み込ませなかった。


だから、セルユはセツナが家を開放したことに対して

「狂気の沙汰」だと告げた。


セツナが、人を信じることができないことに

皆が気がついていた。月光はクッカとの対話で。

酒肴と邂逅は、自分達の経験から。


そして、私以外の剣と盾は彼の行動を観察して

その事にたどり着いた。


だが、ここまでだとは思っていなかった。


全ての人間を憎悪していると……。

それに、私達は今気がついた。


飄々として、優しく穏やかに笑っている彼から

想像もつかないほどの負の感情をチラつかせながら


セツナはその箍を、今日、故意に緩めている。

抑え切れなかったあの日とは違い、自分の感情と理性を制御しながら

舞台の上に立っていた……。


それが意味するところは……。


セツナにとってこの場は、彼の決意と覚悟を示す為の場所であり

アルトを傷つけ陥れようとしている彼等に対しての断罪の場であり。


そして、全ての冒険者に恐怖を植え付けるための場所だという事だ。

だから、死ねない(・・・・)ようにこの場に魔法をかけた。


死なないようにではない。

死ねないように、魔法をかけたのだ。


死んでしまえば語れない。

恐怖におびえることもない。


舞台の上の冒険者の様を見て

セツナとアルトに手を出せば、同じような姿になると

無言の圧力をかけている。今はまだそれに気がついていないだろうが

必ず気がつく。セツナがそのように持っていくだろう。


セツナは、彼等を許すつもりは一切ないのだ。


『わかりました。

 その条件で結構です』


短い言葉の裏に隠された意味。


『最初に喉を潰してやる。

 場外に逃げようとしても、絶対に逃がさない』


きっと、負けを宣言するような言葉は封じられているのだろう。

そして、舞台を降りることも許さないのだろう。


『殺せないのは残念だが

 暫く、動けないようにはしてやるからな』


彼の力を知る生き証人として、そして生贄として殺さず。

心を折り、冒険者としての死を与える。


私の考えは、そう外れてはいないだろう。

現に、あそこまで手ひどく、死の恐怖を植え付けられた彼等は

もう、冒険者としては動けない。


動けるようになったとしても、それは数年後か数十年後か……。


全ての試合が終わった先に、残るものは

再起不能の冒険者と自らを悪にし "闇"に沈む彼の姿。


どれほど、彼等が悪かったとしても

それ以上の力で叩き潰せば、良い感情をセツナに向けることはない。


それだけではなく、セツナは観客席にいる冒険者を脅してもいるのだから

そこには、恐怖と畏怖しか残らない。


それは、セツナを "孤独"にし

彼から人を遠ざけてしまう行為だ。


今すぐ止めに入ることができればと何度思っただろうか。

ヤトも同じことを考えているに違いない。


だがそれができない。見ている事しかできない。

今、私達黒が、この試合を止めればセツナが勝っている状態で止めれば

舞台の上の冒険者達を守ったようには見えないだろう。


ヤトが止めるにしても、理由がない。

セツナは、ヤトに止められることがないように

自分から手を出すことはしていないから。


全てが計算されている。

この舞台に立つ前から、筋書きが整っている。


セツナはその筋書きをなぞっているだけ……。

その事に気がついて鳥肌が立った。


セツナは本当に、自分を大切にしない。


彼は、私達の言葉を理解していなかった。

いや、理解できなかったのだろう。


一貫して、アルトの為に己を削ることに躊躇がない。


アルトに悪意が向かないように。

アルトが健やかに過ごせるように……。


この会場の冒険者の悪意はセツナへと放たれているが

アルトに向かってくる悪意はほとんどといっていいほどなかった。


正義感が強く、真直ぐ育っているアルト。

彼の言動は、周りを照らす力を持っている。

まるで太陽のように、人を魅了するものを持っている。



セツナはその事を知っている。


だから、己を影にして

アルトを陽にする。


アルトの世界が光で満ちるように

その対価として、自分が影に沈もうとも……。


こんなことになるのならば

自分の存在を消すといって使用しようとしていた

魔道具の方がはるかにましだ。

あれならば取り返しがまだついた……。


そう考えながらも、この事態が予測できていなければ

私達は、使うなとセツナに強く言い続けるだろうことは自分でわかっていた。





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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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