『 セツナ Vs 冒険者 』
* 残酷描写あり。
【ウィルキス3の月30日:クロージャ】
セツナさんが戦う為に、舞台へと戻っていった。
アルトは、セツナさんの背中から一瞬も視線を外さない
その顔つきは、俺達を助けに来てくれた時と同じ戦う者のそれだった。
だけどそれは、アルトだけじゃなく
ビートやエリオそしてその他の人達も先ほどとは違った空気を纏っていた。
その独特な空気に、俺達は黙っている事しかできなくて
どう考えても、場違いな場所に居ると感じてしまう。
息をするのも苦しい空気を破ったのは
ずっとここに居た、黒や黒のチームの人達ではなく
俺が知らない人の声だった。
「あれが、暁の風のリーダーか?」
「そうみたいだねぇ」
「ありゃ、勝てんなぁ……」
その声に、張りつめていた空気が霧散していくのがわかる。
「珍しいな。
来るとは思わなかった」
アギトさんが、声のしたほうへと顔を向ける。
「ああ。ワイ達の弟子が参加するというから見に来た」
「……参加を許したのか?」
「参加するかしないかは、本人の意思だろねぇ?」
アギトさんに答えたのは、老齢と言った感じの男性で
エレノアさんに答えたのは、男性よりは若く見える女性だった。
「本人達は、優勝する気でいたが……。
あの青年には勝てないだろうねぇ」
アギトさん達と話しながら、その2人は黒達の近くへと座る。
俺もセイル達も、誰だろうとアギトさんやその人たちの様子を
窺っていたけれど、アルトはまるで興味がないといった感じで
チラリとも視線を向けることはしなかった。
そんなアルトの態度に、バルタスさんが苦笑を浮かべながら
アルトを呼ぶ。
「アルト、この2人を紹介しておきたいんだが」
バルタスさんの言葉に、アルトが振り返るけど
耳は舞台の上へと向いている。アルトはニコリともせず
迷惑そうにバルタスさんを見て、その近くにいる人達に視線を向けた。
何処か警戒したように、2人を見るアルトに首をかしげるが
誰も何も言わないので、黙ってアルトを見守る。
「話には聞いていたが、本当に獣人の子供なんだねぇ」
どこか優しさを含んだ女性の声に、アルトの耳が少し動く。
「初めましてだねぇ。あたしは元黒のカルーシアという。
今は引退して、若い冒険者の育成などをしているねぇ」
「初めましてだな。ワイも元黒のザルツだ。
カルーシア同様、ワイも引退して弟子を育てながら
ギルドの雑用を手伝っている」
カルーシアとザルツという名前に驚く。
元黒に会えるなんて思ってもいなかった。
アルトも驚いているだろうと思って
アルトを見ると、全く興味がなさそうだった。
「初めまして。俺は暁の風のサブリーダーをしているアルトです。
ランクは青です」
それだけ告げると、また口を閉じじっと2人を見る。
「アルトよー。この2人は大丈夫じゃ。
わしが保証する。アルトに危害を加える人間じゃない」
「僕も保証するわけ。安心していいわけ」
「警戒心が高いのはいいことだねぇ。
アルトを見ていると、子供の頃のサフィールを思い出すねぇ」
「黙るわけ!」
「ああ、そう言われてみればそうだな」
「黙れと言っているわけ!」
サフィールさんが低い声で2人を威嚇しているけれど
2人は全く気にした様子がない。
アルトは、サフィールさんの話に少し興味がわいたのか
浅く首をかしげる。その仕草にサーラさんがクスクスと笑って
情報を追加した。
「ザルツちゃんは、元酒肴のリーダーで
カルーシアちゃんは、愛しき馬鹿のチームのリーダーだったのよ。
愛しき馬鹿は、アギトちゃんとサフィちゃんの駆け出し時代に
入っていたチームなの」
「そうなんだ」
「アギトとサフィールの子供時代の話が聞きたかったら
何時でも話してあげるからねぇ」
カルーシアさんが、楽しそうにそう告げると
アギトさんとサフィールさんが「やめろ!」と声を揃えていた。
アルトは、アギトさん達を気にすることなく軽く頷いて
話しは終わったとばかりに、舞台の方へと視線を戻した。
興味を示さないアルトを見て、カルーシアさんとザルツさんが
楽し気に笑っている。
「こんなに、雑な扱いを受けたのは久しぶりだな」
「確かにねぇ。黒とか元黒だと教えると
子供の興味を引けるものなんだけどねぇ」
「仕方ないわけ。アルトは人間を好んでいないわけ。
認めてもらえるのに、少し時間がかかるわけ」
サフィールさんの言葉に、アルトが警戒心を見せる理由に
気がつき、俯こうとすると「俯くな。お前が悪いわけじゃない」と
クローディオさんが真直ぐ俺を見て声をかけてくれた。
クローディオさんに声をかけてもらえたことで
気分が浮上する。
「あぁ、そういったところも
サフィールと似ているんだねぇ」
「いい加減煩いわけ!」
楽しそうなやり取りがされるなか
色々と聞きたいことはあるけれど、黙って俺達も舞台を見る。
舞台の上では、総帥が大会の規則を話している最中だった。
『止めを刺すことは認めない。
相手を故意に、死に至らしめた場合
重罪になるという事を、頭に入れておくように』
総帥の話を黙って聞いている冒険者達。
だけど、その視線はセツナさんを睨みつけたり
嫌な笑いを見せたりしている。
『規則の説明は以上だが。
何か質問はあるか?』
『……』
『審判は私が行う』
この言葉に、周りの人達が驚いたように声を出し
舞台の上の冒険者達も、セツナさんから視線を外して総帥を見た。
『最後に、ここで棄権を申し出るならば
ランクを一段階下げることで認めるが?』
総帥がそう告げ、冒険者達の顔を見渡す。
総帥とセツナさんの視線が交差した一瞬セツナさんが目を細めたけれど
総帥はすぐに、セツナさんから視線を外していた。
『なければ、開始するが』
『総帥、俺のチームは棄権する』
いち早く声をあげたチームに追随するように
ちらほらと声が上がっていく。
一番最初に声を出したチームを見ながら
カルーシアさんが辛辣な言葉を紡いだ。
「おや? 馬鹿じゃなかったようだねぇ」
「あのまま戦っていれば、鍛え直してやったのに」
だけど、ザルツさんもカルーシアさんも
笑みを浮かべながら満足そうにうなずいているところを見ると
あのチームが出した答えは、正解だったって事なんだろう。
「おいおい、優勝候補が棄権とかどうなってるんだ!」
「腰抜けが!」
観客席から、不満の声がここまで流れてくるほど
あのチームは有名だったみたいだ。
後で兄貴達に尋ねたところ、ザルツさん達は
バートルを中心に行動していて、ザルツさんが弟子として認めている
チーム【浮雲】は駆け上がるだろうと期待されていたチームだったらしい。
「せっかく賭けてやったのによ!」
そういえば、冒険者は誰が優勝するか賭けることができたんだっけと思い出す。
俺達には関係ない事だから、意識してなかったけれど。
「アルト」
「なに?」
アルトを呼んで返事が返ってきたことに内心安堵しながら
気になったことを聞く。
「アルトはセツナさんに賭けたのか?」
「うん。有り金全部賭けた」
「全部?」
「うん。全部。
酒肴の人達も有り金全部賭けてたと思う」
アルトの言葉に、バルタスさんが何ともいえない表情をして
酒肴の人達を見るが、皆視線をそらせていた。
「おまえらよー」
「おやっさん! 鍋だ! 鍋を買う金が足りない!!」
「……」
口々に、鍋を買うお金がとかフライパンがとか
話しだした酒肴の人達に、黒達が苦笑を浮かべていた。
皆が皆、鍋が壊れたんだろうか?
「酒肴は相変わらずだねぇ」
「そういうチームだからな」
「セツナが優勝したら、最高倍率の5倍で戻って来るんだぜ!
すげーいい鍋がかえるだろ!!」
「……手に入れた金、全てを鍋につぎ込むのか?」
エレノアさんが呆れたように言葉を落とした。
酒肴が、わーわーと騒いでいるなか
舞台の上では、チーム浮雲だけではなく
最終的に20名ぐらいごっそりと棄権していた。
棄権している人達は、それなりに期待されていた人達が多く
観客席にいる冒険者は、阿鼻叫喚といった感じでわめいてる人が多くいた。
沢山の冒険者から、暴言を吐かれながら
棄権を選んだ人達が、自分達の友人やチームの人間がいる場所へと
移動していた。チーム浮雲の3人は真直ぐにこちらへと向かってきて
目の前にある石壁を簡単に乗り越えて、空いている席へと座った。
「優勝するんじゃなかったのかねぇ?」
「……無理だ」
「実力を見てやるんじゃなかったのか?」
「俺達とは、格が違う」
少し青褪めながら、彼等がポツリポツリと質問に答えている。
「なにかされたのかねぇ?」
「……会話魔法を傍受された上に
ずっと俺が悩んで手を加えられなかったところを
数秒で手直しされて戻された……。詠唱も極力短くしたし
魔法陣も一瞬で消えるようにしていたのに!」
「……」
「……」
「この魔法は、数年かけてやっと形になったばかりだったのに
あいつは一瞬でその構築方法を見抜いて手直ししたあげく
欠点まで指摘したんだ」
歯を食いしばって、拳を握り
その目には悔し涙が滲んでいる。
エリオがぼそりと「セツっち容赦ないっしょ」と呟いていた。
「そんな人間に……。俺達が勝てるわけがない」
「棄権しないのなら
冒険者として動けなくなる可能性がありますとも言われた」
彼等の話に、重い空気が周りに漂う。
「俺達は、黒達の知り合いらしいから忠告をくれたらしい。
だけど、戦う事を選ぶなら他の奴らと区別しないと……」
「そう言われたときは、頭に血が上った……が
彼の目を見て無理だと思った」
何かを思い出したのか、彼等が体を震わせた。
「まぁ、良い判断だったねぇ」
「よく引いた。
立ち向かうだけが、戦いではないからな」
彼等を褒めるように、ザルツさんが頭を撫でていく。
「やめろ!」
「ガキじゃないって言ってんだろ!」
「……」
頭を撫でられたことで、気持ちを切り替えることができたのか
ザルツさんに口々に文句を言っていた。
「黒が、無能を認めるわけないと教えてやったのにねぇ」
「ワイ達の忠告を聞かなかったお前達が悪いな」
「そうだけど、後悔はしてない。
経験してみて、わかることもあるだろ?」
「なら、これ以上何もいう事はないねぇ」
「そうだな」
「お師さんなら、あいつに勝てるか?」
「無理だろうな」
「そんなに強いのか?」
「ジャックの弟子だぞ?
あのジャックが弟子と認めたのなら
ワイが勝つのは無理だな」
「ジャックの弟子ぃ!?」
「孤高の狼の弟子……」
「……」
「そうみたいだねぇ」
「そういえば、あのエンブレム。
お師さんから聞いていた意匠に似てる……」
「似てるんじゃなくて、本物だからな」
「……」
「お師さんが、黒の知り合いでよかった」
その言葉を最後に、彼等は口を閉じた。
不満や愚痴が満ちている観客席を背に
総帥が舞台に残っている人達を確認してから
舞台の端の方へと移動を始める。
「始まるのかな?」
「多分な」
ワイアットとセイルの声を聞きながら
俺も汗ばむ手をそっと握る。
総帥が背を向けたのをチラリと確認した
舞台の上の冒険者が、セツナさんに話しかける。
その声は多分……総帥には聞こえないように
していたのだとは思うけど、こちらには筒抜けだった。
『最初に喉を潰してやる。
場外に逃げようとしても、絶対に逃がさない』
『……』
『殺せないのは残念だが
暫く、動けないようにはしてやるからな』
脅しと思われる言葉に、この場にいる人達が
不快だと声に出して、悪態をついている。
それとは対照的に、セツナさんは
全く気にした様子を見せず黙っていた。
冒険者の脅しに、一番強く反応したのはエミリア達で
「怖い……」と涙目で訴えルーシアさんとアニーニさんが
2人の背中を優しく撫でていた。
セツナさんが、アルトの前に来たあたりから
俺達の位置が微妙に変わっている。
俺達はずっとアルトの隣だけれど
ジャネットとエミリアはルーシアさん達の隣
ミッシェルはナキルさんの隣。
ロイールはロガンさんと並んで
色々と聞いているみたいだった。
『おい! 聞いてんのかよ』
『無視してんじゃねぇ、この野郎!』
『エンブレム何て背負いやがって……。
白か黒気取りかよ……むかつく奴だぜ』
『絶対に、逃がさないからな』
黙ったままのセツナさんの態度に
自分が思う通りにならないことに、苛立っているのか
顔を赤くして、更に酷い言葉を投げつけているけれど
セツナさんは、やっぱり何の反応も見せなかった。
「あいつに、あれをされると
ほんっとに、頭に来るんだよな……」
ビートのため息とともに吐き出された言葉に
酒肴の人達が、ビートをからかうようなことを言い
それにビートが言い返してたりして、嫌な空気を追い払う。
総帥が歩みを緩め、そろそろ振り返ると思われた瞬間。
今まで、口を開くことがなかったセツナさんが口を開く。
『わかりました。
その条件で結構です』
セツナさんの言葉が終わると同時に
総帥が振り返り、息を吸い吐き出すと共に
『開始!』と告げた。
総帥の声と同時に、冒険者達が武器を抜きセツナさんへと向かうが
セツナさんはもうそこに立ってはいない。
『!?』
冒険者達が、たたらを踏み辺りを見回し
セツナさんを探す。
『どこ行きやがった!』
そんな声を聞きながら、俺もセイル達も
セツナさんを見つけるために探すけど見つからない。
隣りにいる、アルトの顔が動いていないことに気がついて
アルトを見ると、アルトはじっと一点を見つめていた。
アルトが見ている方向へと視線を向けると
そこにはセツナさんが、冒険者達を見ながら何かを呟いていた。
セツナさんがいたのは、冒険者が向いている方向の反対側
彼等は、セツナさんに背中を向けていることになる。
「セツナさんは、何時あそこに移動したんだ?」
セイルもアルトの視線を追ったのだろう
セツナさんを見つけて、そんな疑問を口にした。
「開始の合図と同時に転移魔法を使った」
答えが返るとは思っていなかったからか
セイルが少し驚いたようにアルトを見る。
「使った魔法、俺達に教えていいのか?」
「うん。こうやって見てるし。
わかる人にはわかるから」
「そっか」
「今は何をしているんだ?」
「なんか詠唱してる。
何の魔法を使おうとしているのかはわからない」
舞台の上の冒険者達は、まさか自分達の後ろにいるとは思っていないのか
『逃げたのか!』と怒鳴りながらセツナさんをまだ探していた。
「結構、見つからないもんなんだな」
「師匠、気配消してるし。魔法も使ってるのかも
見つけるのは難しいと思う」
「アルトは見つけてたじゃん?」
「ああ。俺は師匠の魔力を覚えているから
師匠の魔力が移動したらわかるんだ」
「アルトは、個人の魔力を見分けることができるわけ?」
「アルっち、もうそんなことができるのか!?」
サフィールさんとエリオが驚いたようにアルトを見て口を挟んだ。
「師匠だけわかる」
「……」
「……」
アルトの返事に、サフィールさんとエリオだけでなく
皆がどこか、残念な表情を浮かべてアルトを見ていた。
カルロさんがぼそっと「何という執着」と言葉を落とした。
俺達が話している間に、詠唱が終わったのか
セツナさんの口の動きが止まるけど、魔法が発動した形跡がない。
首をかしげて、セツナさんを見ていると
セツナさんを探していた冒険者の1人が『後ろだ!』と叫び
全員が振り向いた。
敵に見つかったというのに、セツナさんは慌てた様子を見せることなく
彼等に視線を向けることもなく、また呟くように詠唱をはじめ
それと同時に、杖を両手で持つとゆっくりとその杖を掲げるように
上にあげたかと思うと、そのまま勢いよく杖を地面にぶっ刺した。
杖が地面に突き刺さると、その杖を中心にして
綺麗な模様の魔法陣が広がり、淡く光りながら杖ごと消えてしまった。
どうして杖を地面に突き刺したんだろうとか
どうして杖が消えたんだろうとか気になることはあるけれど
サフィールさんが、サフィールさんの精霊のフィーに聞いても
「わからないのなの」と言われていたので黙っていた。
杖が消えたことを確認して、ここでやっとセツナさんが
敵の方へと視線を向ける。
そして嗤った。
嗤ったんだ……。
その嗤いは、まさしく右往左往していた彼等を馬鹿にしたような感じで
その表情を見た冒険者達は『殺す!』とか『ふざけやがって!』など
完全に頭に血が上った状態で、セツナさんへと向かって走り出す。
そんな冒険者達を、冷えた目で追いながら
セツナさんが、3度目の詠唱をはじめるがその詠唱が終わるより早く
足の速い冒険者7人が、セツナさんの目前へと迫っていた。
『発動させねぇよ!』
そう叫びながら、武器を振り上げ
セツナさんにぶつけようとしたその時
その冒険者の足元が光り、その姿が忽然と消えてしまった。
何処へ行ったのかと、舞台の端から端まで
視線を走らせるけど、彼等はどこにもいない。
「何処に行ったんだ?」
アルトを見て、冒険者達の場所を聞いてみたけど
アルトは「知らない」と言って首を横に振った。
振り向いて、ビートとエリオを見るけれど
2人とも首を横に振るだけだった。
皆が首をかしげる中、サフィールさんとリオウさんだけが
上を見ていた。
サフィールさんが「えげつない事をするわけ……」と呟いていたから
空を見て見るけど、綺麗な青空が広がるだけで何も見えなかった。
何があるのかと、リオウさんを見ると
「そのうちわかるわよ」といって答えてくれなかった。
そのうちわかるならいいかと考え
舞台の上に視線を戻すと、消えた人の仲間と思われる人が
『貴様ぁ! なにをしやがった!』と吠えている。
警戒しているのか、セツナさんに近づくことはせず
少し距離を取って武器を構えている。
『……』
俺が、サフィールさん達を気にしている間に
セツナさんは、詠唱を終えて魔法を完成させていたようだ。
セツナさんの隣に、野球ボールみたいな球体が
フヨフヨと浮いている。
舞台の上は、セツナさんと十数名の冒険者
その後ろに、偉そうな? 冒険者達とアルトに酷いことをした冒険者2人が
ニヤニヤと嗤いながらセツナさん達を見ている。
アルトに酷いことをした冒険者の1人が口を開いて
セツナさんを貶める。
『お前、あれだけ長い詠唱をしながら
そんなちっぽけな球体一つしか出せないのかよ』
その言葉に同調するように、舞台の上の冒険者達が嘲い
観客席にいる冒険者達も、セツナさんを馬鹿にするような言葉を
舞台へと投げていた。
余りにも大勢の人間が声を揃えて、1人の人間を目の敵にするのを目にして
恐怖がわきあがる。どうして、セツナさんは平気な顔をして立っていることが
できるんだろう。
「黒の腰ぎんちゃくが」
「実力もないくせにすかしやがって」
「死んじまえ!」
「いい気になりやがって!」
「卑怯者がぁ!!」
「目障りなんだよ!」
憎悪ともとれる言葉の数々が全てセツナさんに向かっているんだ……。
声をあげている冒険者のほとんどが
セツナさんが痛めつけられることを望んでいる。
この中に、セツナさんを応援したい人が居ても
これじゃぁ、声をあげることができないと思った。
セツナさんを精一杯応援するって決めたのに
応援するどころか、声をあげる事すらできそうになかった。
悪い意味で白熱したこの状況に、ここに居る皆が顔をしかめているけれど
誰も動こうとはしなかった。
ただ、アギトさんが俺達のすぐそばで呪いのように叫ばれている
声に対して「煩い」とただ一言低い声を響かせた瞬間
ピタリと俺達の周りの声が止まった。
その事に安堵して、アルトは大丈夫かとアルトを見ると
アルトはやっぱり真直ぐセツナさんを見つめていた。
まるで、周りの声が聞こえていないかのように……。
いや、もしかしたら聞こえていないのかもしれない。
だって、その目はキラキラと輝いていて
耳も尻尾も元気に動いているから。
「アルト?」
俺の声に、アルトがハッとしたように俺を見る。
「なに?」
「何か嬉しいことがあったのか?」
「嬉しい、とは違うけど」
「俺には、セツナさんが
追いこまれているように見えるんだけどさ」
セイルの言葉に、アルトが首を横に振って
「追い込まれてるのは、敵の方だよ」
「えー。そうは見えないけど」
「もうすぐわかる。
師匠の準備が、全部終わったみたいだから」
アルトはそう話して、尻尾を軽く振り
セツナさんへと視線を戻す。同じく俺もセツナさんを見ると
セツナさんは、視線を右に流していた。
その目の動きを見た、冒険者の1人が声をあげる。
『おい、逃げるかもしれないぞ!』
その言葉に呼応して、違う冒険者が魔道具を取り出して発動させた。
『結界を張った』
『これで逃げることはできないなぁ』
動けない、セツナさんを見て残虐な笑みを見せる冒険者達。
彼等の行動に、観客席にいる人達は「よくやった」とか「ざまぁみろ」とか
楽しそうに叫んで、足をならしている。
「怖いなぁ……」
ワイアットが小さな声で本音を漏らし
それに俺もセイルも頷く。
試合が始まってから、ジャネットとエミリアの声がしないなと
気がついて後ろを向くと、ルーシアさんとアニーニさんに抱き付きいて
舞台から視線をそらしていた。
その気持ちはわかるから、何も言わずに
ミッシェルの方へと顔を向けると、ミッシェルは真直ぐ前を向いている。
ロイールはと思ってロイールを見ると視線が合い、軽く笑って頷いた。
大丈夫そうだ。
極力、セツナさんの事を悪くいう声を聞かないように努め
セツナさんの動きに集中するように心がける。
ギリギリと、緊迫した空気を感じながら
舞台の上の戦いを見ていた。
セツナさんは、その場から動く様子はない。
動いたのは、セツナさんを攻撃しようと位置取りをするための数人が
横へと広がるように、足を踏み出した。
その時、地面が淡く光り魔法陣が浮き出たのを見て
動いた数人が、すぐに元の位置へと足を戻す。
『……』
その光景を見ていた残りの冒険者達が
自分の周りに魔法陣があるのか確認するかのような動きを見せている。
『おい、中心に乗らなければ発動しないようだ
あいつ等が発動させていたから、前方にはもう魔法陣はないはずだ』
あいつ等というのは、多分消えた7人の事だろう。
『わかった』
『あまり横に広がるなよ』
『おぅ。わかってるぜ』
冒険者のやり取りに、ハラハラしながらセツナさんを見る。
罠として仕掛けていた魔法が役に立たなくなったんだから……。
セツナさんを守る、魔法の1つが無駄になってしまった。
彼等もそれに気がついているのか、笑みを一層深めて
武器を深く構え、セツナさんに攻撃を仕掛けるために
今度は躊躇なく足を踏み出す。
彼等が動いたと同時に、セツナさんも球体の魔法を相手に放った!
勢いよく飛んで行くものだとばかり思っていたのに!
期待を裏切り、その球体の速度はとても遅く……。
そして、遅かった……。
その動きを見た、観客席にいる冒険者達は下品にゲラゲラと
指をさして笑ったり、同じ魔導師の人達は蔑んだような目を向けている。
セツナさんを切りつけようとしていた冒険者は
一度足を止め、魔法を見て鼻で笑い
魔法が迫っているのに逃げようともせず
完全に足を止めて、剣を振り上げ叫んだ。
『こんな、ヘロヘロした魔法などぶったぎってやる!』
その宣言通り、球体が剣の間合いに入ったと同時に
振り上げた剣を思いっきり振り下ろした。
『はっ……っ』
多分、何かを言おうとしたんだとおもう。
だけどその前に、凄まじい音と衝撃でその言葉は宙に消えた。
なんの準備も心構えもしていないところに届いた
耳をつんざく轟音と地面が削られる音と
何かがぶつかって、何かが折れるような音……。
そして、沢山の人のうめき声と叫び声。
一瞬にして様々な音が耳に入ってくる。くる。くる。
視線はずっと固定されたまま。
その惨劇に。その残酷なまでの血の海に……。
苦痛と恐怖にゆがむその表情に……目が離せない。
離せない……。そらしたくてもそらせない……。
自分達で張った結界に、叩きつけられた人が折り重なるように
崩れ落ちている……。足や腕がありえない方向へと曲がり
口から血を吐き、一番下に居る人は意識が無くピクリとも動かない。
セツナさんの魔法を切った、冒険者は体中に深い切り傷を負い
血を流して下敷きにしている人を支えに座りながら気を失っている。
助けてくれ。
痛い。
死ぬ。
死ぬ。
死ぬ。
死ぬ。
同じ言葉を繰り返し繰り返し叫んでいる冒険者達の声しかしなかった。
沢山の人がこの会場にはいるはずなのに
誰の声もしない……。ただ、茫然とその光景を目に入れているだけ。
俺達と同じく……。
ただその惨状を目にして、声が出なかったんだ。
ノロノロと、苦しんでいる冒険者から視線を外し
セツナさんを見ると、セツナさんは新たに呪文を詠唱し……。
そして大きな風の塊を、気を失い、呻き、助けを求めている人めがけて
放ったんだ……。
観客席から悲鳴が聞こえ
息をのみ、それ以上に目を見開き来るであろう衝撃から
魔法をかけられたように、見ることを強制されているかのように
視線を外すことができなかった。
二度目の轟音と魔法の衝撃に耐えることができなかった
結界が壊れる音が会場に響く。響く。響く。
結界と共に吹き飛ばされた人達は
誰一人として声を出している人はいなかった……。
『医療班!』
総帥の声が響き、待機していたギルド職員の人達が
一斉に我に返り動き出す。
先生達が、舞台に上がろうとした瞬間
気を失っている人達の体が輝き
次の瞬間には、場外へと転移されていた。
慌しく、医療院の先生達が治療していく。
その表情は険しく、必死に冒険者達に声をかけ
『担架』を持ってこいだとか『優先順位を間違えるな』だとか
『内臓が破裂しているかもしれない』とか『骨が粉々だ』とか
聞いているだけで、気分が悪くなるような言葉が飛び交っていた。
クオード先生が、医療院へ運べと叫んでいる。
あんな切羽詰まった先生を見るのは初めてかも知れない。
『クオードさん。治療はここでしたほうがいいですよ』
医療院の先生達の声が響く中
静かな声がクオード先生にかけられた。
この、惨状を引き起こした本人が
普段通りの声音で、クオード先生に話しかけている。
『……どうしてだ』
『この場には、死ねないように魔法をかけていますから』
『死ねない?』
『あぁ。間違えました。
死なないように魔法をかけています』
『……』
『僕は、魔法のみでの対人戦は初めてなので
手加減できるか不安だったんです。
もしかしたら、勢い余って殺してしまうかもしれない。
だから、致命傷を負ってもかろうじて命を繋げるように
魔法をかけています』
『ここにいれば死なないという事か』
『はい。首と胴体が離れればさすがに死にますが
心臓を突き刺しても、死ぬことはないですよ。
まぁ、欠損したり流れ出た血が元に戻るといった
魔法ではありませんけど。ただ、死ねないだけで』
『……』
『今回はうまく手加減できましたから
死ぬことはないと思いますけど』
最後のセツナさんの言葉に、体が震えた。
あれで手加減してたんだ……。
クオード先生も、言葉が出ないのか
唖然とした表情をしていたけれど
怪我をしている冒険者を目に入れて
すぐに表情を引き締めていた。
「信じられねぇ」
ビートが絞り出すように声をだした。それが切っ掛けになったのか
ビートの言葉に同意するように、皆がゆっくりと会話を始める。
アギトさんやサフィールさん達は精霊に魔法の事を聞いていた。
セイルとワイアットを見ると、顔色が悪いけど
大丈夫そうだ。後ろを見るとエミリア達は怖いと泣いていた。
アルトはと思って隣を見ると
特に気にした様子もなく、平然としていた。
その事に少し驚いたけれど、それを表情に出さないように気を付けて
アルトに、さっきの魔法はどういった魔法だったのかを聞く。
「答えられないか?」
「ちょっと待って。
纏めるから」
「うん」
「えっと。嵐って知ってるよね?」
「嵐? 風が吹き荒れるあれか?」
「そう」
「うん。知ってる」
「あれって、大きいものになると
屋根とか樹とか吹き飛ばしてしまうでしょう?」
「うん」
アルトの説明を俺達だけじゃなく
周りにいる人達も話すのをやめて黙って聞いている。
「それとよくにたものを
あの球体に、ぎゅぅってぎゅぅって
パンパンになるまで詰め込むんだって」
「……」
どうやって詰め込むんだろうって思ったけれど
きっとそういう魔法があるんだと納得する。
「ぎゅうぎゅうに詰め込まれた嵐は
結界に閉じ込められて、その力が……
えっと……力。屋根とか飛ばす力ね」
「うん」
「力を開放したいって強く思うんだって。
そこに、何かしらの衝撃を加えたりすると
爆発するんだって……聞いた気がする。多分」
「……」
「あの魔法は、閉じ込められた風の力を使って
周囲を吹き飛ばす魔法なんだけど
そのままだと、四方に散って威力が落ちるからって
師匠は、こう力が逃げないように
結界を使って、一本道を作ってから爆発させたんだ」
アルトは手で、こんな感じっといって
手と手の間隔をあけて道を作って教えてくれた。
「力が逃げないようにしたら
威力がものすごく強くなって
一度、アーマーアーント……蟻が巨大化したような魔物なんだけど
すっごく硬いんだ。剣で倒すのは難しいっていわれるぐらい硬い。
倒すには、火の魔法で内部を蒸し焼きにして殺すらしい。
だけど、アーマーアーントは集団で行動するから
焼き殺すのも難しい魔物なんだ」
「へぇー」
「その集団に襲われて……」
アルトのこの言葉に、黒と黒のチームの人達が驚き
カルーシアさんも、思わずといった感じで口を開いた。
「よく生きてたねぇ」
「うーん。俺は倒せないけど
師匠は全然苦労してなかった」
「……」
「それで、師匠があの魔法を使ったんだけどー。
全てのアーントがバラバラに散らばって死んだ」
「……」
「……」
「使う魔法を間違えたって言ってた。
面倒だと思わずに、一匹ずつ仕留めれば
いいお金になったのにって」
「……」
「ありえねぇ」
ぼそっと、浮雲の人達が呟く。
「それから、あの魔法は使ったことがなかったんだ。
魔物がバラバラになったらもったいないから」
魔物に使うのを躊躇するほどの魔法を
セツナさんは、人間に使ったんだ……。
「そうそう、これがその時のアーントの殻の欠片。
綺麗だから、ちょっとだけ拾ってきたんだ」
そう告げて、アルトが鞄から蟻の殻を見せてくれた
それはキラキラと光って、とても綺麗な殻だった。
「うわぁ……。
黒くなってない、アーマーアーントの殻なんて
初めて見たわ」
リオウさんが、感嘆の声をあげて
殻を凝視している。
「アルト……」
「絶対に売らない」
リオウさんが言葉を続ける前に
アルトが、鞄に仕舞いこんだ。
アルトは俺達と話している間も
セツナさんから注意を外さなかったし
俺も、チラリチラリと舞台の方を気にしていた。
「アルトの話からすると
横に広がるのを阻止するために
触れたら魔法陣が浮かぶようにしていたんだろうな」
「そうじゃな」
「……逃げると見せかけ結界を張らせ
罠と見せかけて動きを制限し
確実に、仕留めることができるように誘導したのだろう」
「逃げることができないようにされたのは
あいつらの方だったわけ」
黒達の真剣な声に耳を傾けながら舞台の上を見る。
舞台の上は、張りつめた空気が流れているような気がする。
セツナさんを警戒しながらも、冒険者達がセツナさんを睨みつけていた。
『ふざけたことしやがって!』
『黙って、やられていればいいのによぉぉぉ!』
そんな言葉で、怒りを力に変えて鼓舞しているように見える。
数人の冒険者が、動き出すと思ったその時
ヒューンという音が、頭の上から聞こえた。
その音が聞こえたのは俺だけではなく
皆にも聞こえたんだろう、首をかしげながら
「なんだ?」と疑問を口にしながら、各々が空を見上げる。
それは、舞台に居る冒険者達も例外ではない。
動きを止めて、空を凝視している。
「あー……」
「あぁー」
その音に、サフィールさんとリオウさんが
今思い出したというように、声を出して俺と同じように
空を見上げる。
最初は黒い点だったものが
すごい速度で、地上へと落ちてきた。
その物体が何かを知るために、目を細めて凝視し
そして、その形をとらえた。
空から落ちてきたのは、片手剣と呼ばれる武器だった……。
どうして、武器が空から降って来るんだろうと考えながら
武器が地面に落ちるのを、俺もそして舞台にいる人達も凝視して待っている。
多分このまま落ちれば、地面に剣が刺さるかもしれないと思いながら
着地地点になるであろう、セツナさんと冒険者達のちょうど中間あたりの
空を眺めていた。
あと少しで、剣が地面に刺さると思った瞬間
大きな音と一緒に、剣が粉々に砕け散って散らばるのを目にした……。
「……」
どうして剣が粉々になるのかがわからないし
どうして次々と空から武器が降って来るのかもわからない。
空から落ちてくるのは、武器だけじゃなく
鞄であるとか、魔道具と思われるものも落ちてくる。
そのすべてが、地面にたどり着く前に粉々になっていく。
魔道具が粉々になるその刹那に、魔法が発動し
火の魔道具で炎が舞い上がり、水の魔道具で水が踊り
土の魔道具が発動したことで、なぜ全てのものが粉々になるのかが分かった。
「俺、あれ見た事あるぜ」
カルロさんの声に振り返ると
カルロさんが、顔を引きつらせながらそんな事を言っている。
「奇遇だな。僕もある」
セルユさんが、まじめな顔をしてうなずいていた。
「俺もあるなぁ……玉ねぎを……」
ダウロさんが野菜の名前を出したけど
意味が分からない。
「私もあるわね。厨房で見たわ」
ルーシアさんが、顔色を青くしながら
舞台の上の魔法を眺めている。
「俺っちもあるなぁ。
肉を……ぐはぁ」
エリオが肉といった瞬間
フリードさんが、エリオを殴っていた。
「武器が落ちてきたという事はさぁ……」
ビートが上を見上げながらかすれた声を出す。
「……」
「……」
サフィールさんが「ここまで徹底してるとは思わなかったわけ」と呟き
その呟きにリオウさんが「どうしよう……」と顔色を悪くしていた。
その後は誰も口を開くことなく
黙って空を見上げる。
首をかしげながら、俺もセイル達も一緒に空を見ていると
遠くから、叫び声のようなものが聞こえそれがだんだんと近くなっていく。
ここでやっと、何故武器が空から降ってきたのか
その後に降って来るのは何なのかが分かった……。
『ぎゃぁぁぁぁぁ、たすけてくれ、たすけてくれ』
『死にたくない。死にたくない! やめてくれぇぇ』
『バラバラになるのは嫌だ。許して、許して、許して、ゆるして』
それぞれが、必死の形相で
顔を涙や鼻水や唾液でぐちゃぐちゃにしながら喚き
手足を必死に動かしながら落ちてくる。
その顔に浮かぶ表情は、恐怖と絶望で染められていた。
なりふり構わず、叫び、泣き、喚き、暴れている
さっきまで消えていた冒険者達。
彼等の悲痛な叫びは、地上に近づくほど切羽詰まった音になっていく。
『血が。血が。血が。血が。血が』
『ああああああああああああ”あ”あ”』
「まだ、人間は落ちていないわけ?」
『やめてくれぇぇぇぇ”』
「幻覚を見せられているのなの」
「幻覚?」
「そうなのなの。自分より先に落ちた人が
ひき……もごもごもご」
サフィールさんが、精霊の口を慌てて閉じている。
「言葉にしないほうがいいわけ……」
「……」
サフィールさんと精霊の会話に
血の気が引いたような表情を皆が見せていた。
「容赦ねぇ……」
「あそこで引かなかったら
俺達もああなってたんか?」
浮雲の人達が、声を震わせながら
額に浮かぶ汗を、手の甲で拭っていた。
「ジャックの弟子か……」
「ジャックの弟子だねぇ」
ザルツさん達が沈痛な面持ちでセツナさんを見つめる。
「私当分、食べれそうにないわ……」
アニーニさんが小さな声でそう呟き
「奇遇だね。僕も作りたくないかもしれない」
セルユさんが、それに返事をしていた。
何を食べたくなくて、何を作りたくないのだろうと考えて
落ちてくる人達を見て、鋸のような透明の刃がぐるぐると回っている
魔法を見て、答えが見つかった……。
その事を想像して、思わず口を両手で押さえる。
吐きそうになるのを必死に堪えて、蹲ると
皆が心配して声をかけてくれたけど返事ができないでいた。
「クロージャ!」
「おい、大丈夫か!」
必死に想像したものを頭から追い出し
吐き気を抑えるために目をつぶるのに……。
空から落ちてくる冒険者の切羽詰まった声が
耳元で聞こえるかのように近づいてくる。
もう、限界かも知れないと考えた時
優しい手が、背中を撫でてくれた。
それと同時に、吐き気もおさまっていく。
ほっと息をついて、後ろを振り向くとサーラさんが
背中をさすって、魔法を使ってくれていた。
「大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
大きく深呼吸をして、周りを見て
大丈夫と告げる。どうしたんだと聞かれたけど
理由を話すのはやめておいた。
アルトは苦笑して俺を見ていたけれど
やっぱり、平然としていた。
「大丈夫。想像していた事にはならないから」
「本当に?」
「うん。命を奪ってはいけないって決まりがあるから」
「……そっか。そうだな」
それでも当分、食べれそうにないと考えながら
前方を見ると、空から降ってきた冒険者が刃にあたる寸前で
魔法が発動して、場外へと転移されていた。
泡を吹いて気を失っている人もいたし
全身が液体でまみれている人もいたし
がちがちと震えて、蹲っている人もいたし
ブツブツと何かを呟いている人もいた。
そんな彼等に、ギルドの職員と医療院の先生達が駆け寄り
毛布で体を包み込んで、場所を移動させようとしている。
動けない人を運ぶのに、職員の人が転移魔法を発動させようとしたのを知り
恐慌状態に陥り、突然走り出し壁にぶつかって気を失った人を見て
冒険者達の余りにも酷い状態に
誰もが絶句していた……。
「戻れんだろうな……」
「……無理だろうな」
バルタスさんとエレノアさんがそう告げ
深く深く溜息を吐いた。
どこか疲れた様な黒と静まり返った会場と
そして、試合前と同じ雰囲気を纏うセツナさんを見て
まだ始まったばかりなのにどうなるんだろうとか。
セツナさんは、本当に強かったんだとか。
いろんな感情がごちゃ混ぜになって
胸の中に渦巻いていた。
どうやって、この気持ちや感情を
処理すればいいのかわからなかった……。
きっと、深く考えると
たどり着く先は1つだと……。気がついてしまったから。
アルトが一番大切にしている人を
そんな目で見たくなかったし
アルトを悲しませるような事をしたくなかった。
だけど、セツナさんの言葉が頭をめぐるんだ……。
『普通の大会ならよかったんだけどね。
今回の大会は、それなりに酷いものになるだろうし
アルトが僕を怖がらないか心配だな』
セツナさんは、最初から分かっていたんだ。
自分が戦う事で、自分を見る目がどうなるのか……。
どこか、諦めた様なその瞳。
アルトが、否定した時に見せた優しい笑顔。
俺も知っているんだ。
普段のセツナさんは優しい人だと知っている。
アルトを守るために戦うことを決めたと知っている。
全部全部、知っているのに……。
なのに。止まらないんだ……。
体の震えが止まらない……。
『君達の本気を疑っているわけではなく
君達が僕を認めることができるのか……』
脳裏に響くセツナさんの声。
この言葉の本当の意味を
俺は、今知ることになったんだ……。





