『 セイルの時計 』
【ウィルキス3の月の23日:セツナ】
アルト達の楽しそうな声が、部屋の中に響く。
憂いなく笑うアルトを見るのは、久しぶりかもしれない。
アルトが僕に嫌われていると思っていたなんて思ってもみなかった。
周りと違う。皆と違うというのは、アルトぐらいの年齢の子供達にとっては
結構重要な事なのかもしれないと学んだ。
トキアで止めを刺していたなんて……。
僕の行動は、ほとんどが裏目に出ていたようだ。
最終的に、トキアと仲良くなってくれたみたいでよかったとは思う。
そのトキアは、アルトの傍に居るのではなく
カルロさんが抱いているけれど。
カルロさんは、ワイアットの話を聞いて色々想うところがあったらしく
怒りから暴れようとしたところを、セルユさんとダウロさんに
抑え込まれて落ち込んでいるようだ。
今は、キャスレイさんが横に座って慰めている。
酒肴にも色々とあるようだ……。
とりあえず、僕とアルトの関係は
元通りになりそうで、良かったと思う。
アルトが、ハルの結界を出た情報が届いた時には
驚いたけれど、アルトにつけてある鳥を通してアギトさん達と
同じものを僕も見ていた。戦えるのが自分とトキアだけの状態で
アルトは最善を尽くしたと思う。クロージャ達と別行動中の言動は
どうかと思うが、リオウさんが注意していたから
僕からは言わなくてもいいだろう。
クロージャ達への指示も、状況判断も
トキアを支配下に入れながらの戦闘も立派にやり遂げた。
アルトはまた一つ、成長したんじゃないかな。
独りになる事への恐怖に打ち勝ち。
自分の両親の事を、自分の口から友人に話すことができた。
そして一番の成長は、両親を憎みながらも殺さない選択を
自ら選んだことだ。自分が幸せになるためにその道をアルトは選べたんだ。
僕には到底選べそうにない道を、アルトは選んでそして掴み取るんだろう。
クロージャ達と一緒に未来へと手を伸ばすアルト達を見て
彼等が冒険者となり、憂いなく戦闘をこなせるようになったころに
暁の風のリーダーをアルトに渡すのもいいかもしれない。
僕はこの時、そう考えていた。
4年後ならばアルトのランクは紫の後半ぐらいには
なっているだろうと思っていた。クロージャ達が暁の風に入り
暫く僕が鍛えたあと、アルトにリーダーを譲ろうと
思っていたのだけれど……。
僕が黒になるより、旅することを選んだ事で
アルトは、青のランクの4/5になったところで
暫くランクを上げないと宣言し自分の欲望を満たすことに専念し始める。
そのきっかけは、クロージャ達からの手紙だった。
彼等は、アルトがハルから旅立った後小遣いを貯め
ギルドで武器の扱い方を学び、必死に戦い方を身に付ける。
本来ならば、孤児院の子供は16歳にならなければ
冒険者として登録できないが、毎日の努力の結果がギルドに
認められ15歳で冒険者の登録が許される事になり
クロージャ達が冒険者になったと知ったアルトは
数日悩んだあと、僕にランクを上げるのをやめると告げる。
僕がアルトの成長を待っているように、アルトもクロージャ達の
ランクが上がるのを待ちたいと言った。
僕が黒になるのが先になると、申し訳なさそうに
耳を寝かせしょんぼりとするアルトを見て
アルトの悩みが、僕のランクの事だと分かった。
特に黒になりたいわけでもないので
気にしなくていいと話すとアルトは憂いなく
魔物をお腹に納めていく事になるのだが……。
この時の僕には、そんな先の事などわかりはしなかったし
自分が4年後をどう過ごしているのかさえ思い描く事が
できないでいたのだから。
アルト達の未来を見て、自分の未来を想像しても
何も思い浮かばず内心で溜息を落としながら
酒肴の人達がいれてくれた紅茶を飲んで息をつく。
「大丈夫かね?
ぼんやりしていたようだが」
そんな僕の様子をオウカさんが見て
心配そうに、声をかけてくれた。
「大丈夫です」
「数日、寝ていないと聞いている」
「それは、僕だけではありませんし
オウカさん達も、ほとんど寝てないのではないですか?」
「確かにそうだが。
医療院には、バートルの子供も任せてしまったからな」
バートルの医療院で、治療を受けていた子供の容体が
徐々に悪くなっていると、ハルの医療院に連絡が入り
急遽、こちらで治療することになった。
転移魔法陣を使い、こちらに到着した時の子供の症状は
ミッシェルと同じで最悪の状態だった。
どうにもならなかったら、能力を使って治そうとは思っていたけれど
これから先、同じ病気が流行しないという保証はない。
できるだけ、医療院で治せる方向へと持っていかなければ
未来の子供達が、命を落とす結果になってしまう。
試行錯誤しながら、回復魔法を体に負担にならないギリギリの状態で
かけ続ければ回復することが分かった。緻密な魔力制御を求められる
治療方法で、針に糸を通すような制御をずっと続けることになるが
元々、医師になる人達は魔力制御に長けている。
ミッシェルとリッツは、最初から最後まで僕が担当したけれど
バートルから来た子供は、容体が落ち着いたところで副院長と交代し
ここに来ることができた。彼はずっと僕の隣に居て、僕の魔法を見て
制御の練習をし、実践できるまでの実力を短期間で身に付けていた。
何かあれば、連絡が来ることになっているけれど
多分もう大丈夫だろう。とりあえず、クオードさんから受けた依頼は
終了という事になった。
「バートルの子供の状態も安定しました。
僕の仕事は、ここまでという事になりましたから
家に帰ったら、睡眠をとります」
「ああ。本当に助かった。
ありがとう」
「いえ」
オウカさんが、一度頭を下げてから僕を見て
「クオードから、医療院に勤めてほしいと説得を
頼まれたんだが……。無理だったと伝えておくよ」
オウカさんが一度アルトの方を見てからそう告げる。
僕とアルトの会話から、僕が冒険者をやめることはないと判断したのだろう。
ここに来る前に、クオードさんからも医療院で働かないかと誘われた。
医者になる。
僕が、杉本刹那だったころの夢だ。
見果てぬ夢……。叶う事はないと知っていながらも
いつか、もしかしたらと……。
心揺るがなかったかと言えばうそになる。
だけどここに居るのは、セツナであり刹那ではない。
あの頃の僕はあの時死んだのだから。
それに、僕は人の命を守る仕事から
一番遠い場所にいる。僕の中から憎悪の感情が消えない限り
医師になることはない……。
「ギルド本部で働いてくれたらと私達も強く望んでいるが
君は、ジャックと同じで留まってはくれないようだから」
「申し訳ありません」
「いや、セツナが謝る必要はどこにもないのだよ。
職業の選択は自由なのだから」
僕がオウカさんと話している横で、リオウさんが黒達と
楽しそうに話している。リオウさんの髪の色も今は赤色になっていて
ヤトさんも溜息をつきながら、リオウさんに強請られて赤色になっていた。
「ギルドでミソラ草の粉末を売ろうと思うの。
大会もあるし、その後2日間のお祭りもあるし売れると思うのよね」
「……あぁ、それはいい考えかも知れないな」
リオウさんの言葉に、エレノアさんが賛同する。
「そう思う? きっとがっぽり儲けれると思うのよねー」
「リオウ……」
ヤトさんが呆れたように、リオウさんを見るが
リオウさんは気がついていない。
「確かに、私達だけで髪の色を変えるより
お祭りだから、髪の色を変えたと思われたほうが
何かと都合がいいが、そううまくいくものか?」
アギトさんは、アルトの髪の色を気にしてくれているようだ。
狼の一族に赤の色は居ないとはいえ、とち狂った奴隷商人が
現れないとも限らない。
「ギルドの職員全員の髪の色を変えることにするわ。
ミソラ草の粉末が大量に倉庫にあることだし
この際、全部はけてくれると嬉しいのだけど」
「どうして大量にあるわけ?」
「ミソラ草の粉末って、さほど売れるものじゃないんだけど
ガーディルと取引するのも面倒だから、昔から薬草園の隅に
数株枯らさないように植えられているのよ。手入れをするために
刈り取った葉が粉末にされて、大量に倉庫にあるの」
「傷んでいないわけ?」
「倉庫には時の魔法がかかっているから
傷むことはないけれど……そろそろ処分したいなと」
「いいんじゃないか?
ミソラ草は色を変えるだけで副作用はないのだろ?」
アギトさんが僕を見て聞く。
「ええ。体に害はありません」
「明日からさっそく売り出さないと……。
フフフ……。在庫処分ができて儲かるなんて
何て素敵なのかしら!」
ヤトさんが、ため息をついて首を横に振っている。
確かに、今回ギルドは病気の流行を止めるために
惜しむことなく薬をばら撒いている。その為の経費は
殆どがギルド持ちなのだ。少しでも回収する必要がある。
だけど一番の目的は、自分の国民の気持ちを
少しでも浮上させるために、色々と考えているのだろうと思う。
それから、それぞれが適当に会話をしているのを耳に入れながら
小皿に取り分けられた、僕のノルマであるお菓子を手に取ると
トキアがカルロさんの腕の中から逃げ出し僕の膝の上に乗り
手に持っていたお菓子をじっと見つめていた。
朝食をとっていない事を知られて
昼食までの繋ぎに、食べるように渡されたものなんだけど
なんとなく食べる気がしない。
「食べる?」
僕がトキアにそう聞くと「わん」と返事をしたから与えると
トキアは美味しそうにお菓子を食べた。
「おかしいだろ!!!!!」
サフィールさんが、トキアを見ておかしいと叫ぶ。
サフィールさんが叫んだことで、アルト達がこちらを見たが
すぐに自分達の話へと戻ってしまった。
「え?」
「どうして、使い魔が食べ物をねだるわけ!?
普通食べないだろう!?」
サフィールさんが荒ぶっている……。
「フィーも、トキアはおかしいと思うのなのなの」
フィーが首をかしげてトキアを見ていた。
「あー……。そうですね」
「そうですねじゃないわけ!!
どうなっているわけ!?」
どうなっているといわれてもなぁ。
考えつくのは、カイルが構築した魔法を用いた事しか思いつかない。
「カイルが作った魔法の一部を刻んだんですが
それが、どうやら愉快な結果になったみたいです」
「愉快!?」
サフィールさんが、眉間にしわを寄せているが
愉快としか言いようがないでしょう? 僕もここまで犬らしい行動を
するとは思っていなかったんだから。
核を作る時にカイルの能力も混ぜて作り込んでいるから
見た目もそっくりそのままだ。まぁ、コーギーはこの世界に居ないから
見比べられることはないけれど。トキアのあとにつくった2体は
見た目も本物と全く同じだ。色と性能は恐ろしくかけ離れているけれど。
「正直、僕もよくわからないんです」
理解している事は……。
僕はカイルが研究し集めた情報によって構築された
魔法を甘く見ていたという事だけ。
「ジャックの魔法?」
カイルの名前に、リオウさんが興味を示す。
「ええ。カイルは何に使ったのかはよくわからないんですが
生き物の記録……というか生態? を詳細にとっていて
その情報を人形のような魔道具に与えることで
例えば人間だとすると、本当の人間と見分けがつかないような
動く人形を作り出せていたと思います。排泄はともかく
食事をごまかすことはできませんから、口から摂取したものを
魔力に変換させて、自力で動くようにできたみたいです」
「……」
「そこに、集めに集めた情報を引き出せるようにして
受け答えができるようにし、偽りの思考を持たせることで
人間と同じ言動ができるように魔法を構築していました」
「怖い!!」
リオウさんが、鳥肌が立ったのか腕をさすっている。
オウカさんやサフィールさん達の顔もこわばっている。
リオウさん達には話せないが、その情報量は本当に凄まじいものがある。
動物や魔物だけではなく人間も含まれており、生まれてから死ぬまでの言動を
詳細に記録し、その情報を魔法で構築された場所へ蓄積させていた。
その領域は、カイルとは思えないほどの繊細な構築式が
描かれており、絶対に破壊できないようになっている。
膨大な時間を費やして集められた情報だ。
情報を集めるのはそう難しい事ではない。
アルトにつけている鳥を、情報を集める為のものに構築し
生まれたての生き物につけるだけで情報が集まる。
多分。動物や魔物は魔法を構築する過程での実験材料だったんじゃないかと思う。
トキアを作る時に、この魔法構築を見つけ面白そうだと思って
使い魔達の核に刻み込んだ。その時は、本物らしくなればいいと
カイルが集めた情報をトキアに与えようと考えついただけだった。
だけど、ウサギを作り終わったあと
他にどの様な、構築式があるのかと記憶の中を探った時に色々と見つけたんだ。
そして、こう思った。
まるで……本当の人間を作り出そうとしていたかのようだと……。
……。
カイルが残した構築式を、頭の中で組み立て最終的に完成させた結果。
多分……本物と何ら変わらないものができたんじゃないかと推測できる。
膨大な情報量によって、その人形に意思があるかのように
見せかけることもできただろう。魔法という僕達の世界にはなかったものが
この世界にはある。この世界の人間ですら、もしかしたらという想いで
カイルと似たようなことを研究している魔導師もいる。
僕は……魔法がある分、その人形はよりリアルに作れたんじゃないかと思う。
感情があるように錯覚してしまう。意思があるように感じてしまう。
トキアは僕の分身で、知識や感情や意思などを共有しているが
生きてはいない。生きてはいないのに、生きていると思ってしまうんだから
そう創られた人形なら、尚更……生きていると思ってしまうんじゃないだろうか。
だけど……。
だけど、何処までいっても人形は人形でしかない。
情報の中から、その場にふさわしい行動を割り出して
実行しているに過ぎない。意思があるわけでも感情があるわけでもない。
食べ物を食べたとしても、生きている者のように
食欲があるわけじゃない。
そういった衝動を覚えた行動をなぞっているだけ。
美味しそうに食べていたとしても、味覚もないのだから。
味なんてわかるはずがない。どれだけ、似た者を創りだせても
それはまやかしでしかない……。
もしかしたら、カイルは……。
そこまで考えて、僕はその先を想像するのをやめた。
トキアが僕の膝の上で、悲しそうにピーと鳴く
トキアの背を撫でながら、救いのない想像を断ち切る。
「トキアは人形ではなく、僕の使い魔ですから。
感情や意思、知識などを分け与え共有しています。
そこに、カイルが構築した魔法を刻むことによって "犬"に近い
生き物になるように作りました」
「トキアが犬の姿をしていたら
きっと、魔力感知が高くない人間には本物と見分けがつかないわけ。
僕でも、使い魔だといわれなければ本物だと思ってしまうわけ」
サフィールさんが、真剣な表情でトキアをみる。
「その使い魔の構築方法が流れたら
色々とややこしい事態になるわけ」
「構築方法が分かったとしても
トキアと同じ使い魔は絶対に作れないし
きっと作らないのなの」
サフィールさんにフィーが答える。
「どうしてそう思うわけ?」
「意思を持っているかのように見せるための情報量と
その情報を的確に使えるようにするための魔法構築と
それを支えるための魔力量がないと無理なのなの
それに、サフィは自分勝手に動く使い魔を作りたいのなの?」
「作るなら普通の使い魔がいいわけ」
「そういう事なのなの」
サフィールさんとフィーの視線が、なぜか僕に突き刺さるんですけど。
その目は、僕がおかしいと言っているんでしょうか?
僕の価値観や常識は、フィー達にはわからないらしい。
「セツナ」
リオウさんが僕を呼ぶ。
その後に続く言葉は、容易に想像できる。
「わかりません」
「そう」
カイルがどうしてそのような魔法を作ったのか。
それは、カイルにしかわからない。
「ジャックが作り出した人形が
人間に紛れて、生活している可能性があると思う?」
「ありません」
「どうしてそう言い切れるのか
理由を聞いても?」
「自力で魔力を補うといっても限度がありますし
多少は、魔法を構築した者の魔力を必要としますから」
「そっか」
リオウさんは、安堵したように息を吐き出した。
人形はいないと思うけど、この魔法を使った魔道具は
色々とありそうだ。例えば、ダウロさんに渡したものだとか
庭にある魔王だとか……。
サフィールさんも気がついているのか
軽く溜息をついていた。
「結局、トキアが食べ物を口にする理由は
蓄積された情報から引き出された行為なわけ?」
「理由の1つだとは思います」
「他にも理由があるわけ?」
「なんとなくですが
僕の思考が流れたことも関係しているのかもしれません」
「ああ……。普通は、戦闘に関する思考に関して
反応するように作られるのに、多方向性の情報を与えたことによって
セツナの思考全般に反応するようになっているのか」
「推測でしかありませんけどね」
「そう考えると、なんとなく納得できるわけ」
「完全に、僕の思考とは関係のないこともしていますが……」
「もう、その辺りは考えないほうがいいわけ。
考え始めると、深みにはまりそうな気がする」
サフィールさんの言葉に、同意するように頷く。
「トキアが茸を口にした時は、僕の魔力が急激に減ったので
自分で魔力を補おうとしたんだと思います」
回復魔力を使いながら、トキアを動かし戦闘をし
アルトとクロージャ達の行動を追い、この場所に結界を張り
クロージャ達が結界から出ることができないように結界を補強し
先日飛ばした、情報を集めるための鳥もあちらこちらで活動している。
ロイールが殺される寸前だったために
トキアを通して、簡易結界をロイールに重ね
アルト以外の子供達の体力が限界に近かったため
体力回復の魔法もかけている。
魔力制御の指輪を外すまではいかないけれど
ここの所ずっと魔力を使い続けていたせいで
普段よりは、魔力が減っていた事もあり
トキアは、急激に魔力が減少したと判断したのだろう。
食べることができる茸を見つけて口に入れたのだと思われる。
「夕食と朝食は、自分の分を出されたから口にしたわけ?」
「多分、そうだと思います」
サフィールさんが、トキアにお菓子を与えている
僕を見て、首を横に振る。
「今は魔力を使っていないのに
お菓子をねだった理由がわからないわけ」
「あー。それは……」
「それは?」
「……」
「それは?」
サフィールさんは追及をやめる気はないようだ。
「僕がお菓子を食べたいとは思っていなかったから……かな?」
「……」
周りの人達が、僕を見てトキアをみて
僕の前に置いてある空のお皿を見てから
バルタスさんが、視線をフリードさんへと向け
フリードさんが頷き、すぐに僕の前に新しいお菓子が置かれた。
「セツナよー。トキアに食わすのは禁止だ」
せっかく、トキアに食べてもらったのに。
「トキアの魔力はセツナに還元されるわけ?」
「還元されるほどの魔力ができるわけではありませんが
受け取ることはできます」
「へぇ……それは便利なわけ」
「その辺りの構築は、フィーに教えてもらいました」
「え?」
「え?」
「フィーが、魔法構築を教えたわけ?」
「はい」
サフィールさんがフィーを見て
「どうして、僕には教えてくれないわけ!?」と文句を言っている。
「教えたわけではないのなの。
こうすればいいと口を挟んだだけなのなの。
サフィにも、よくしてあげるのなの」
「……」
「それを理解して、構築できるかどうかは
本人の問題なのなの~」
フィーの言葉に、サフィールさんが肩を落とした。
「精霊語の壁は厚いわけ」
「仕方がないのなの~。
フィー達の魔法は精霊魔法なのなの」
魔法の説明は精霊語でしていた気がする。
精霊語がわからないと、意味を理解するのは難しいだろうな。
トキアの話が一段落した時、大先生が静かにサフィールさんの
名前を呼んだ。
「サフィールさん」
大先生の呼びかけに、サフィールさんが視線を向けるが
大先生は、なかなか口を開くことができないでいる。
先ほどから、ワイアットを見て瞳を暗くしていたから
多分、ワイアットにかけられた魔法の事を聞きたいのだろう。
僕は、アルト達の周りにこちらの話が届かないように
魔法をかける。
「大先生。大丈夫ですよ。
僕達の声は、アルト達に届かないようにしました」
大先生が一瞬目を見張り、そして淡く笑って頭を下げた。
「サフィールさん。ワイアットの封じられた
魔力を元に戻すことはできるのでしょうか」
「……」
「できるなら、魔力を戻してやりたいと思うのです」
「ワイアットの魔力を封じているのは
一種の呪いと呼ばれるエラーナの闇魔法の一つなわけ」
「呪い」
禍々しい言葉に、オリエさんが肩を震わせる。
「魔法を解くことができるかと言われればできる」
「なら……」
大先生が、といて欲しいと口にする前に
サフィールさんが視線で止め、話を続ける。
「この魔法は、風、火、土、水、闇の
5属性の魔法で構築されているわけ。
それも、エラーナのモートンルイア直属の八聖魔が関わっているわけ」
八聖魔とは、各属性の魔導師の頂点にいる人達の事で
現在、空と時の魔導師は空位になっているはずだ。
「……エラーナでは簡単に手に入る類のものなのか?」
「エンディアの神殿に多額の寄付をすれば
魔道具を譲ってもらう事ができる」
「……私にはどうして、ワイアットの魔力が封印されたのか
いまいちわからないのだが」
「エラーナの国は、代々血を繋げている一族が多いわけ。
この魔法は、そういった一族の間でよく使われるものになる。
簡単に言えば、自分の家を継がせるために
不必要なものを削り落としてその道以外を断ち切ってしまうわけ。
家から逃がさない。他家や他国に情報を与えない為に使われる
こともある」
「……」
「魔導師なんかだとすると、家督争いを防ぐ為や
一族の名前を名乗らせないために、魔力を封印して
家を追い出したりすることもあるわけ。
女として生まれた場合は、他家に嫁がされることが多いから
魔力を封印されるということはほぼないけど」
「……ワイアットの父親は
それなりの地位についている人物という事か」
「純粋な貴族ではないが
それなりに、続いている一族の分家筋と言ったところだろう」
「……どうしてそう言える?」
「エラーナの貴族は、髪色が青もしくは茶色の人間しか
相手にしない。自分達の血に、他の髪の色が混ざるのを嫌悪する」
「髪の色がそんなに重要なのか?」
アギトさんが呆れた様な声を出す。
「エラーナでは重要なわけ。
青色は神の色。青の髪色で生まれたら神殿に引き取られるわけ」
「お前がエラーナに行くと危険だな」
「……」
サフィールさんはアギトさんに何も答えることはせず話を続ける。
「茶色は、エンディアの恋人であるグランディア神の色で
青色の次に好まれるわけ。エラーナが一番嫌いな色が赤なわけ」
「弟神である、サーディア神の色だからか?」
「そうなわけ」
「ならなぜ、ワイアットの母親を嫁にした」
「魔力量が多かった上に
ギルドの薬草園で働いていたからだろう」
「……」
「ハルの薬草、薬草栽培技術の偵察のついでに
魔力の多いワイアットの母親を見つけて手を出したんだろう
もしかしたら、自分が望む子供ができるかもしれない」
「吐き気がする!」
アギトさんの言葉に、サフィールさんが頷きながらも
「他国にとって、ハルの技術は
喉から手が出るほど欲しいものが多いわけ。
一度気を引き締めておいた方がいい」
サフィールさんの忠告に、リオウさん達が深く頷く。
サフィールさんが深く息を吐き出し、一度ワイアットを見てから
口を開いた。
「ワイアットは捨てられて良かったわけ」
「……サフィール」
「サフィールよ」
エレノアさんとバルタスさんがサフィールさんを呼ぶ。
「弟ができて良かったわけ。
それも、水使いだったことを喜ぶべきだ。
もし、子供がワイアット1人だったり
弟が魔力持ちではなかったら
ワイアットは、隠されてエラーナに運ばれたあげく
飼い殺しにされていたわけ。自由を与えられず。
絶対に外には出してもらえなかっただろう。
そして、父親が連れてきた女性をあてがわれて
茶色の髪の子供ができたらワイアットは殺され
赤色の髪の子供が生まれたらその子供と女性は殺されただろう。
予備とは、血を継ぐためだけの意味だと僕は思うわけ」
「……」
「髪が別の色なら、絶対にエラーナに連れて帰っていた。
赤色の髪が、ワイアットを救った事になる。
母親が、ワイアットを守り切ったわけ……」
「……水使いなら大切にされたと思うか?」
「髪の色が赤色なら、結果は変わらないと思う。
髪の色が茶色で水使いだったら、多分大切にされていたかもしれない。
どちらにしろ、自由な生き方はできなかったはずだ。
ワイアットは、それでも父親と暮らす方がよかったかもしれないけど
僕は、自分の未来を自分で選び取れるほうがいいと考える。
その分、苦労は人よりも多いかもしれないけど大丈夫だろう」
楽しそうに笑う、ワイアット達を見て少し表情を緩めた。
「今僕が話したことを、ワイアットに教えるか教えないかは
オリエ達に任せるわけ」
「はい……」
オリエさんが返事をするが、その表情はとても暗かった。
「それで、本題に戻るけど魔法を解くには
闇、風、火、土、水の属性使いが必要なわけ。
この魔法を構築したのは、エラーナの頂点に立つ魔導師だ。
繊細な魔法構築と緻密な魔法制御の腕が必要になってくるわけ」
「それは、かなり難しいのでは?」
アギトさんが嘆息しながらそう告げる。
「難しい。闇と風と水は問題ないけれど
火と土が問題なわけ」
「闇はお前で、風がセツナで、水は誰だ?」
「リオウなわけ」
「私?」
リオウさんが、目を丸めてサフィールさんを見る。
「オウカでもいいけど」
確かに、物心つく前から花井さんの一族は
魔力制御を徹底的に教え込まれるし魔力量も多い。
「セツナは協力してくれるわけ?」
「僕でよければ」
僕の返事に、サフィールさんが頷く。
「ギルドに、火と土の使い手はいないわけ?
できれば、2種使いがいいわけ」
「どうして?」
「僕達が2種使いだから、魔力の調整をしやすい。
1種使いには、負担になってくるわけ」
「なるほど。土と風の使い手なら1人いるけど
火の使い手の2種使いは、今は他国に行っているわ」
「……」
サフィールさんが、何か考えるように黙り込み
口を開きかけたところで、エリオさんと視線がかち合う。
「火使いは、エリオでいくわけ」
「俺っちは、魔法制御は苦手だ!」
「煩い。努力しろ。
準備もあるし、エリオともう1人の魔導師に
魔法構築式と制御を叩きこむ時間もいる。
大会が終わってから、ワイアットの魔法を解くことにする」
「サフィさん俺は!」
「黙れ」
「……」
「後日、それぞれの魔法構築式をかいたものを渡すから
リオウもセツナも、頭に入れておいてほしいわけ。
全体的な制御は僕がする」
「わかりました」
「わかったわ」
「エリオ返事」
「……」
エリオさんが一度俯き深く息を吐き出してから
決意を込めた視線をサフィールさんに向け
「了承しました」と返事をした。
サフィールさんの決定に、大先生が深く頭を下げ
「よろしくお願いします」と告げた。
どうしてサフィールさんが、エラーナの内部事情に
詳しいのかとか、八聖魔が関わっている魔法構築を
なぜ知っているのかとか、疑問に思う事はあるけれど
聞くほどの事でもないかと思い、アルト達にかけていた魔法を解いてから
僕の前に置かれたお菓子に手を伸ばし口に入れようとした時
アルトが僕の横に耳を寝かせながら歩いてきた。
「師匠、話は終わった?」
「終わったよ」
アルトは僕達の話が終わるのをずっと待っていた。
クロージャ達と楽しそうに、話していたのに時計を視界にいれた事で
アルトから一瞬表情が消えたのを目にしている。
「どうしたの?」
「俺、師匠にお願いがあるんだ」
緊張した面持ちで、アルトが僕にそう告げる。
手にしたお菓子をお皿の上に戻し、アルトと真直ぐ向かい合う。
サーラさん達も、心配そうにアルトを見ていた。
「これを直してほしいんだ」
そう言って、アルトは鞄の中から小さな袋を取り出し
僕へと手渡す。クロージャ達はアルトの様子がおかしいのを気にして
立ち上がりながらもその場から動かずに、こちらの様子を黙って見ていた。
机の上を簡単に片付け、アルトから手渡された袋の中身を
慎重に取り出して机の上に広げる。
袋の中に入っていたものを目に入れた瞬間
オリエさんも大先生も言葉を失い、セイルは机の上を凝視して固まっている。
「アルトが毎日遅くまで探していたのはこの時計だったの?」
「うん。本当は、誰にも言わないってセイルと約束したんだけど」
そこでアルトは口を閉じて俯く。
セイルが机の上の時計から、アルトへと視線を移動させたことに
アルトは気がついているけれど、セイルを見ようとはしなかった。
「約束したんだけど……。
時計を見つけた時には、蓋が壊れていて」
「うん」
「約束を守って、このまま渡すか
約束を破って、師匠に直してもらうかずっと考えてた」
セイルの肩が大きく揺れる。
「俺は約束を守りたかったけど
師匠はこの時計を直すことができるでしょう?」
アルトが拳をぎゅっと握り、俯いていた顔をあげ
真直ぐに僕を見る。
「だから、セイルに嫌われても
セイルの時計が、直ったほうがいいかもしれないって
そう思った。この時計はセイルの一番の宝物だから」
アルトのこの言葉で、セイルが唇をかみ俯く。
そんなセイルの背中に、ワイアットとクロージャが手を当てた。
不器用だなって思う。
僕に話したことなど、セイル達に黙っていればわからないのだから。
時計を見つけた時点で、僕の所へと持ってきて知らない顔で渡せばよかった。
馬鹿正直に、全てを話す必要なんてない。僕ならそうする。
だけど、アルトは初めてできた友達に些細な嘘もつきたくなかったんだろう。
きっとセイルは、アルトが僕に話したからと言って
不機嫌になることはあっても、嫌うまではいかなかったと思うけど。
僕は鞄の中から魔道具の入った袋を取り出し時計を直していく。
どうせなら、これから先も使えたほうがいいだろうと考え
思い入れがありそうな箇所はそのままにして
時計を動くようにしてから、壊れないように魔法をかけ
最後に落としても必ずセイルへと戻るように魔法をかけた。
鞄の中で箱を作り取り出し、その中へ懐中時計を入れて
アルトへと手渡した。その時に心話でアルトに話しかけ
アルトは口を開かずに僕を見て頷いた。
アルトは、大きく息を吐き出してから
セイルが立っている場所まで移動する。
「これ、セイルの時計。
約束を破ってごめんね」
アルトがセイルへと箱を差し出す。
セイルは震える手を一度ぎゅっと握ってから
箱を受け取り開く。懐中時計を手にした瞬間
今まで堪えていた涙が床へと落ちた。
「なんで。なんで」
「……」
「あれからずっと、探してくれていたのか?」
「うん。自由に動けるのは俺だけだったから」
「俺は、アルトに意地悪をしただろう?」
「意地悪?」
「大先生の贈り物を探すのに
ついてくるなって言った」
「あれは、意地と見栄を張った結果なんでしょう?」
アルトの言葉に、大人たちが首をかしげる。
よくわからないという顔をしているセイル達に
アルトがミッシェルから教えてもらった事を話した。
なるほど。ミッシェルがアルト達の関係が気まずくならないように
フォローしていたのか。
「意地と見栄。確かにそうだけど」と呟いてクロージャが肩を落としたのを
ミッシェルが目にして、呆れた視線を送っていた。
「それに、俺も師匠に贈り物をするとしたら
自分だけで選びたいと思うから全然気にしてない」
「顔も見たくないって言った」
「そうだけど。
あの時の事と、時計を探すことは関係ないでしょう?」
アルトの言葉に、セイルは「俺なら探さない」と
小さな声で呟く。
「何処で落としたかもわからなかったのに
探すのは大変だっただろう?」
「最終的に、時計を見つけてくれたのは
セリアさんなんだ」
「セリアさん?」
「セリアさんに隠し事するのは難しくて……ごめん」
確かに。
「違うんだ。責めているわけじゃなくて
アルトが話したんじゃなくて、時計を探しているところを
セリアさんに見つかったんだろう? アルトを心配して
探していてくれたのかもしれないし……」
「いや、ずっとくっついていたんだ」
アルトが小さな声で、そう告げたけれど
セイルには意味が分からなかったようだ。
「……」
「……」
セイルは何かをアルトに伝えたいのに
うまく感情が制御できないようで、何度も口を開きかけるが
言葉が見つからないのか声が出ない。
「時計のふたを開けてみて?」
アルトに言われるがままに時計の蓋を開け
時計が動いているのを見て、息を詰まらせた。
「動いてる……」
「師匠が動くようにしてくれた。
それから、その時計は魔法で保護してあるから
壊れることはないって。あと、その箱は机の中に
入れておいて。もし、セイルがどこかで時計を落としても
必ずその箱の中に、時計が戻って来るようになってるから」
「本当に?」
驚いたように時計から、アルトへと視線を向ける。
「うん。だから、失くすことを気にせずに
時計を使ったらいいと思う」
「……」
止まっていた涙を、時計の上に落とし
慌てて、自分の目元をぬぐうのではなく時計をぬぐう。
そして、大事そうに時計を両手で包み込んで俯く。
「もう、諦めてたんだ。
絶対に見つからないって。
諦めてた……。諦めようって思った。
諦めないと駄目だって……」
「見つかってよかった」
アルトの言葉に、自分の感情を抑えるように歯をかみしめる。
本当に嬉しそうに笑うアルトに、セイルが顔をあげ無理やり笑い
泣き笑いの表情で「ありがとう」と告げ頭を下げた。
「俺の一番大切な時計を見つけてくれて……ありがとう。
本当にありがとう」
「うん!」
この世界の人達は、大切な人から貰ったものを
お守り代わりに持ち歩く人が多い。親から子への贈り物は
無事で家に帰って来るようにとか。危険な目に合わないようにとか。
健やかに成長しますようになど、様々な想いや願いを込めて贈るようだ。
それは、自分が愛されているという証。
二度と親と会えない子供達にとって、一番大切な想いの品だ。
クロージャ達が、本当に嬉しそうにセイルに良かったなと声をかけている。
セイルは嬉しそうに返事をしていたのに、ジャネットを見て笑みを消した。
「どうしたの?」
自分を見た事で笑みを消したセイルを見て
ジャネットが首をかしげる。不思議そうにセイルを見ているジャネットの手を
セイルが掴むと真剣な表情をして僕の前に来て、思いっきり頭を下げた。
「俺の時計を直してくれて、ありがとうございました。
俺が、こんな頼みごとをするのは間違っているかもしれないけど
俺の時計を直せた師匠なら、ジャネットの宝物も直せるかもしれないって!
直すのにお金が必要なら、何年かかっても必ず払います。
だから、だから……」
「セイル」
ジャネットが慌てたように、セイルを呼ぶけれど
セイルは頭をあげようとしない。そこに、ロイールも来て
セイルと同じように頭を下げた。
「俺からもお願いします。お願いします……」
セイルとは違ってロイールの顔色はとても悪い。
セイルとジャネットとロイールの間で何かしらあったのかもしれない。
オリエさんが、口を挟もうとするのを視線で止める。
僕が使っている魔道具が、時の魔道具だと気がついたのだろう。
「ジャネットの宝物を僕に見せてくれる?」
ジャネットは、少し迷うようにしてから
ポケットから小さな袋を取り出して僕へと渡す。
袋の中に入っていたのは、二つに割れた半月とき櫛だった。
見た感じ、かなり古い櫛だと思う。もしかしたら、代々自分の子供に
譲ってきたのかもしれない。
あまり手をくわえずに、割れた箇所だけを修復し
セイルの時計と同じように、保護の魔法をかけ
落としたとしても、ジャネットに戻るように魔法をかける。
説明しながら、箱と櫛を渡すと。
「お母さんの櫛が直った」と呟いたきり俯いて動かなくなった。
エミリアが走って来て、ジャネットの背中をさすっている。
セイルとロイールは黙って、ジャネット達を見ていた。
しばらくして、ジャネットが落ち着き可愛い笑顔で僕にお礼を告げてから
同じようにセイルとロイールにも笑顔をみせてお礼を言った。
セイルは照れたように頷いていたけど
ロイールは頷きながらも、その瞳の色は罪悪感に揺らいでいた。
「あの、お金……」
セイルが思い出したように僕を見る。
「必要ないよ。
高価な魔道具でもないから、気にする必要はない」
「ありがとうございます!」
セイルとロイールが僕に頭を下げ
オリエさんと大先生もそっと僕に頭を下げた。
セイルとジャネットだけではなく、エミリア達の宝物にも魔法をかけていく。
エミリアは丸い木製の小さな鏡。クロージャは万年筆。
ワイアットは蓋つきの方位磁石だった。
針が動かないところを見ると壊れているようだ。
壊れている個所や傷んでいる個所を直し
保護の魔法をかけてから、同じように持ち主に戻る魔法をかけて
箱を渡す。もし将来、誰かに譲るのなら箱に入れてから相手の名前を呼んで
渡すことで、持ち主が変更できるようにしておいた。
アルトは、方位磁石を興味津々といった顔で見せてもらっている。
ワイアットが「俺はよく迷子になったから、母さんがちゃんと帰れるようにって
これをくれたんだ」とアルトに説明していた。
「あ、そうだ。
なぁアルト」
「なに?」
「俺、セリアさん? にもお礼を言いたいんだけどさ」
セイルがそう言って、アルトに声をかける。
「セリアさん……」
アルトが僕を見る。
好きなようにしたらいいと心話で告げる。
「ここに居ないのか?」
「師匠がいるから、多分いると思う」
「何処にいるんだろ?
どの人か教えてくれる?」
「セリアさん。セイルが呼んでる」
アルトの言葉に、セイルがキョロキョロと周りを見るが
この場に居る女性は誰も動かない。
「あれ? 本当に居るのか?」
「いる。セイルの後ろ」
「え?」
アルトの言葉に、セイルが後ろを向き
セリアさんの姿を視界に入れ、数秒固まったのち
「ぎゃぁぁぁ!!!!!!!」と叫んだ。
「裏飯屋~。でもここの裏はギルドの所有地ヨ」
「セリアさん。そういう意味じゃないって!」
「え? 幽霊はご飯屋さんを教えて歩いているんでしょ?
カルロがそう話していたワ」
「違う! うらめしやは相手を恨んでいる意味だって!」
「聞いてないワ」
「話してた!」
「そうだったかしラ?」
「もー」
「道理で、おかしいと思ったのヨ。
どうして、幽霊が裏にご飯屋さんがあるのを
教えないといけないのか、ずっと不思議に思っていたワ」
「不思議なのはセリアさんの方だよ!」
カルロさんが話す幽霊の話を、セリアさんは所々
耳を塞ぎながら聞いていたから、聞いていない箇所は
適当に自分で創作していたに違いない。
「ア、ア、アルト!」
「なに?」
「足、足がないぞ!
セリアさんに足がない!!」
「セリアさんは、師匠にとりついている幽霊だから
足がないのは仕方がないよ」
そういう問題じゃないとおもうけど。
セイルだけではなく、クロージャやワイアット
ジャネットとエミリアもセリアさんを見て震えている。
「そうじゃなくて!
幽霊だぞ! 幽霊がいるんだぞ!!」
「うん。ずっと俺についていたらしいんだ。
セリアさんが姿を消すと、見つけることができないから
時計を探しているのがばれたんだ。ごめんね」
「いや、違くて!!」
「え?」
「そうじゃなくて!」
「セイル大丈夫?」
顔色の悪いセイルを見て、アルトが心配そうに声をかける。
「どうして、幽霊が居るのに落ち着いてるんだよ!
怖くないのか!? 俺はすげー怖いんだけど!!」
セイルの言葉に、セリアさんが返答する。
「悪い幽霊じゃないワヨ。
特技は、人を祟るコトヨ」
そう言いながら、ニタリと笑うのはどうかと思う。
「ぎゃぁぁぁぁ!!!!」
セイルが逃げるが、セリアさんが面白がって追いかけ
たまに、ジャネット達にもちょっかいを出している。
「セリアさん」
僕が呼ぶと、セリアさんが楽しそうに笑いながら
フヨフヨと僕の傍へと飛んできて横に座った。
「彼女は幽霊だけど。
本に書かれているような、怖い幽霊じゃないから大丈夫だよ」
僕の言葉に、セイル達が遠巻きにセリアさんを見つめていた。
ミッシェルは、最初驚いただけでその後は楽しそうに話をしていたけれど。
子供の反応としては、セイル達の方が子供らしいかもしれない。
オリエさんは、幽霊が苦手なのかセリアさんには近づかない。
アギトさん達は、楽しそうにセイル達を見ている。
「孤児院って、幽霊の話が結構多いんだよな」とセルユさん達が
話しているのが耳に入る。なるほど、だから幽霊が怖いのか。
「とりあえず、師匠の隣にいるのがセリアさん。
幽霊で、師匠にとりついてる。たまに俺にもついているみたいだけど
何時ついているのかはよくわからない」
「……」
アルトの説明に、セイル達は黙ったままセリアさんを見ていた。
「セリアさん。セイルが時計を見つけてくれてありがとうって」
「話は聞いていたワ。
アルトを手伝っただけだから、お礼はいらないワ。
じゃぁネ」
セリアさんがそう言って姿を消そうとした瞬間
セイルが「待って!」と叫ぶ。
「何かしラ?」
セイルは顔色を悪くしながらも、僕達の前に来て
セリアさんにゆっくりと頭を下げて「ありがとうございました」と
お礼を言った。その体は小さく震えている。
「どういたしまして。
これからも、アルトと仲良くしてあげてネ」
セイルの言葉に、セリアさんが優しく笑ってから
姿を消した。セイル達に見えないだけで僕には見えている。
そして「楽しかったワ」と言いながら笑っていた。
セリアさんが姿を消したからか
それとも、お礼が言えた事に安堵したからか
セイルがホッと息をついて、その場に座り込んだ。
「大丈夫?」
「大丈夫だけどさ。
大丈夫だけど。幽霊がいるなんて普通思わないだろ!?」
恐怖体験からか、感情が振り切れたセイル達が
アルトに詰め寄り、必死に口を開いていろんなことを言っている。
セリアさんはそれを見て、また笑い。
黒達は、苦笑しながらも優しいまなざしでアルト達を見ていた。
子供達を宥めるように
酒肴の人達が、セイル達を先ほどいた場所に呼び
ミルクティーを入れて渡し飲むように促す。
アルトもセイル達の所へ行こうと歩きかけて
机の上に置いてあるお菓子を見た。
「師匠食べないの?」
「皆で食べていいよ」
誰かが口を挟む前に、お菓子の乗ったお皿をアルトへと渡した。
嬉しそうに受け取って、クロージャ達と食べ始める。
「セツナよー」
「……」
バルタスさんが僕を呼んだけど
聞こえないふりをして、そっと視線を机の上に向け
新しく入れられた、ミルクティーを口に含んだ。
* 黒薙さんよりイラストを頂きました。
タイトル【別れ】【お揃い】【アルトと友達】
刹那のメモ【頂きもの2】にリンクを張っています。
※ 教皇→聖皇 八魔導師→八聖魔に変更しました。





