『 ワイアット 』
【ウィルキス3の月23日:アギト】
向こう側の景色の中に
楽しそうに笑いあう少年達が映っている。
アルトと共に世界を見るために
冒険者を目指すと自分の心に誓った少年が2人。
「楽しみだな」
私の言葉に、サフィールが頷いて返す。
「夢を定めた目を2人ともしていたわけ」
「……いいチームになりそうだ」
「確かになぁ」
「暁の風のエンブレムか、すぐに持てそうだが」
「アルトはきっと大喜びするわけ」
「……フフフ」
エレノアが小さく笑うが
そこで、沈黙が落ちたのは私を含めて黒全員が
セツナの事を考えたからだろう。
迷いなく未来に手を伸ばし、駆けているアルト。
果てない未来に怯え、迷い苦しんでいたが未来を見つけたクロージャ。
その2人に負けじと未来へと踏み出したセイル。
セツナも今同じものを見ているだろうと思う。
彼等が未来を語る姿を見て、彼の心の時計も動けばいいと願う。
全ての人間を拒絶するかのような殺気を持つセツナに。
彼もまた、未来を探す若者であってほしいと
私達、黒全員が望んでいる。
バルタスが、何かを振り払うように頭を一度振り
視線を、アルト達へと向けそしてロイールをみる。
ロイールは、未だ悩みの底に在るようだ。
彼の兄であるロガンも、何やら深く考えているように見える。
どうやら、ロイールが踏み出せない理由にロガンが関わっているようだ。
そして、もう1人3人を食い入るように見ている少女が1人いた。
私の勘ではあるが、ミッシェルも彼等と同じ道を歩むことになりそうだ。
ミッシェルの親もミッシェルの様子を眺め
それを感じ取っているようだが、動揺がないのは
どこかで彼女がこの道を選ぶ予感があったのかもしれない。
自分の娘を冒険者という道に進ませることを
厭う親は多いものだが……彼等は、覚悟を決めた様な目を
ミッシェルへと向けているから、彼女が本気なら反対しないかもしれない。
サフィールとフィーが、ミッシェルを見て何かを話しているが
こちらには聞こえてこない。どうやらフィーが魔法を使っているようだ。
「暁の風は、将来強いチームになりそうね」
サーラの言葉に、サフィールが深く頷く。
「アルトの友人は、みな魔力量が多い。
冒険者になるのなら、恵まれていると言っていいわけ」
「魔導師ではないのに、魔力量が関係あるのか?」
「ある」
私の問いに、サフィールが即答する。
そして呆れた様な目で私を見た。
「お前、学院で何を学んでいたわけ?」
「記憶にない」
「魔力を魔法として使う事ができないだけで
戦う時には、魔力が体内で活性化しているわけ」
「そういえば、そのような事を聞いた気がする」
「気がするじゃなくて、聞いているわけ。
お前は、魔力に関して全く興味がなかったから
覚えていないわけ!」
そういえば、王族や貴族の婚姻が魔力量も
重視して決められると教師が話していたな。
「ああ、思い出したぞ。
だから、教師がサフィールに貴族の女共に気を付けろと言っていた」
「そんなどうでもいいことを、思い出さなくてもいいわけ!」
「なら、内包魔力の少ない人間は
冒険者に向いていないという事になるが
教師はそのような事は、話していなかっただろ?」
「確かに、二択で決めるなら向いてない。
だが、向いていないだけで強くなれないと
きまったわけじゃないわけ。身体能力とか才能とか
努力とか能力とか様々な要因も関係してくる」
「なるほどな」
「黄、緑のランクから上がれない冒険者は
魔力量が低い人間が多い。魔力量が少ないというのは
冒険者、いや戦闘職につくものにとって不利だといえるわけ」
サフィールはそこで息をつく。
「黄から緑へ上がる段階で
ギルドは篩をかける。無駄に命を落とす前に
違う職を勧める。大体が、そこに至るまでに
自分に才能がないと気がつく人間が殆どらしいけど」
「そうか」
「まぁ、魔力量が多くても
運動神経が不自由な奴もいるし、性格的に不向きな奴もいるし
結局は、自分の持っているものをどう磨いていくかなんだろうけど
それでも、同時に冒険者として登録しても成長に違いが出ることがある。
悩む要素になることが多いわけ」
サフィールが、アルト達を見る。
「クロージャ達は、そういった心配はなさそうなわけ」
なるほどな。
どうせなら、同じように成長していけるのが一番だ。
「きっと、稼いでくるチームになるわね」
サーラが、そう言った瞬間
酒肴のチームの若い奴らがそれはないと反論した。
「どうして、そういいきれるの?」
「アルトっすよ?
片っ端から、食っていくにきまってるじゃないっすか」
「大丈夫よ。大人になれば……」
カルロの言葉に、サーラが答えカルロが頷く。
「確かに。おやっさんも俺達も大人になれば
きっと変わるはず」
サーラは無言でバルタスを見つめ
溜息を落とし、何かを思い出したように口にした。
「駄目だわ。アルトは食べる人にもなりたいらしいから
きっと、ずっとあのままだわ」
サーラの言葉に、チームの奴らが笑う。
楽しそうな会話の横で、オリエと大先生だけは
ワイアットを見つめていた。
エレノアがそれに気がつき、ヴォルタフ先生へと声をかける。
「……ヴォルタフ殿。
あの少年は、普段もあのような感じですか?」
エレノアの問いに、ヴォルタフ先生が首を横に振り
オリエが、口を開く。
「ワイアットは、弟妹達の面倒をよく見る優しい子です。
クロージャ達とも仲が良く兄弟のように、過ごしていました」
「……過去形なのか?」
「最近、クロージャ達と衝突することが多く
ジャネット達に、あたっているところを何度か見ています。
その都度注意するのですが、その注意も上の空で聞いてることが多く
1人でいる時間が増えていたように思います。
私も他の先生も何か悩み事があるとのかと聞いてみても
ないと首を横に振るばかりで……」
「大体どのあたりからかわかるか」
バルタスがそう尋ねると、オリエは少し考え
「確か……。アルトが学校へ入学したあたりから
ワイアットの雰囲気が変化したように感じます」
「そうか……」
「あの子は、やんちゃな子だったんです。
セイルと一緒に悪戯ばかりして、よく笑う子だったんです。
だけど、1年半ほど前から余り笑わなくなりました。
それと同時期に、悪戯も減っていきました。
悪戯が減るのは、大人に成りつつあるのだと思っていたのですが
時折思いつめたような表情を見せるようになり
理由を聞いても、いつも何もないと言うばかりで」
オリエは一度クロージャに視線を向け話を続ける。
「昨夜、クロージャが悩んでいたように
孤児院の子供達は、多かれ少なかれ自分の将来に不安を持ち
悩む時が来ます。ワイアットも、そうなのかと思っていたんです。
1年半前から、冒険者になりたいと言いだしたので
自分の進路に焦っているのだと考えていました。
ビートに月光に入れてほしいと、顔を見るたびに言っていましたから
尚更、自分の将来に不安を抱いているのだと」
ビートからはそんなことは一言も聞いたことがない。
多分、話しても無駄な事を知っているからだろうが。
「……冒険者になりたいと言う前の夢は?」
「とくには、口にした事はありませんが
5歳上のマルクルと仲が良く、よく薬草の話をしていたと思います。
所持している植物辞典も、擦り切れるまで読んでいたのを見ています。
最近は、全く見ることもなくなってしまいましたが」
オリエは相変わらず、子供達の事をよく見ている。
「……どうして、ワイアットがアルトに敵意を抱いているのか
その理由に想像はつくか?」
「いいえ。人見知りする子でもありませんし。
新しく来た、兄弟を気遣う事もできる子です。
ワイアットの生い立ちから見ても、獣人と確執が
あったようには思えません。ワイアットがアルトに
辛辣な事を言うたびに、クロージャ達がアルトに謝り
ワイアットに注意していました。それは、私も他の職員も同様です。
ただ……ワイアットは口でいうほどは、アルトの事を嫌っているわけでは
ないと考えていました」
「……それはどうしてだ?」
「アルトに辛辣な事を言ったあと、後悔するような表情を見せていましたから。
だから、クロージャ達はどうにかしてワイアットとアルトの仲を取り持とうと
していたのだと思います。クロージャ達もワイアットがアルトにあたる理由を
自分達と同じなのだと考えていたと思います」
「……」
「それに、ワイアットもアルトから距離を置こうとはしませんでした」
「友人が集まっていたら
一緒にいたいと思うだろ?」
私の質問に、オリエが首を横に振る。
「確かに、そうですが
クロージャもセイルもワイアットもずっと一緒に
いるわけではないんですよ。他にも仲のいい友人がいますし
例えば、クロージャが仲のいい1人がセイルとワイアットとは
相性が良くなく、クロージャがその友人といるときは2人は
近づきません。それぞれに、人間関係を構築していますから」
「なるほど」
「それなのに、ワイアットはアルトが来ると
それまで遊んでいた友人よりも、アルトを優先していたんです」
「……」
「本当に嫌いなら、近づくこともしなかったと思います。
現に、相性の悪い子には近づきませんから」
奇妙な話だな。
「多分、ワイアットはアルトの話を聞くのが好きなんだと思います。
アルトは、小さい子供達にも人気があって話をねだられるたびに
アルトは嫌がらずに話してくれますから。その話を部屋の隅の方で
真剣に聞いているワイアットを何度も目にしているんです」
ワイアット達にとって、アルトは一番身近な冒険者なはずだ。
冒険者を目指すなら、アルトが語る事柄に興味を持つのも
当然の事だと言える。アルトに嫌われているならともかく
ワイアットが歩み寄れば、クロージャ達と同じような関係を結べたはずだ。
「しかし、最近その関係が崩れてきていたように思います」
オリエは一度ため息を吐き出し、続きを話す。
「アルトが、もう少し子供よりの思考をしていたのなら
ここまで拗れることはなかったかもしれません。
普通ならば、ワイアットにあれだけ言われれば
取っ組み合いの喧嘩になっているはずなのですが
アルトは、ワイアットを歯牙にもかけなかった」
あぁ。なんとなくわかるな。
「アルトは言い返しはしますが、あまり熱が入っていないと言いますか
自分の事をどういわれようが、どうでもいいというような感じで
そして、クロージャ達がワイアットのかわりに謝れば
気にしてないの一言で済ませてしまう。
ワイアットにしてみれば、余計に苛立ちを感じていたように思います」
アルトはセツナほどではないが、自分に対する悪口に慣れてしまっている。
一々気にしていては、前に進めないほど色々と言われてきたんだろう。
だから、全てを切り捨てることにした。
だが、友人を作るのが初めてだったアルトは
それを、同年代のワイアットにも適用してしまった。
何を言っても、気にされないというのは
自分を軽く見られているように、感じたのかもしれない。
アルトにそのような気はなくとも。
ビートも、初めてセツナにあった時
気にしていないといわれ、相当頭に来ていた事を思い出せば
子供のワイアットが、アルトの行動に傷ついても仕方がないのかもしれない。
それが、悪手だと分かっていても
相手を知るために、そういう方法しか取れない奴らもいる。
アルトが本気で、ワイアットにぶつかっていれば
ワイアットも、本音でアルトに語っていたのかもしれないな。
私とサフィールも、同じチームではあったが仲が良かったとはいいがたい。
今でこそ、背中を預けることができ共に戦える相棒ではあるが
学院時代のサフィールに、背中を任せることができるかと
問われれば、否としか言えない。
何度も殴り合い、本気で殺しあったこともあった。
子供とはいえ、彼等は彼等で
少年時代のこの一瞬を必死で生きている。
もし私がワイアットで、アルトがサフィールだったなら。
私はサフィールとは距離を置いていただろう。
それだけの事をして、好意を持たれるとは考えないだろうが
嫌ってももらえない。ただ、クロージャ達の友人という事で
何事もなかったように流されるのだ。
冒険者であるアルトに殴り掛かっても勝てない。
言葉で攻撃しても流される。
自業自得とはいえ、それはかなり堪えるだろうな。
自分を見る目が、クロージャ達を通したものなのだから。
エリオとビートが男とは拳で語るものだと話していたのは
強ち嘘ではない。お互い本気でぶつかり合い本音を洗いざらい吐き出し
わかることもある。一方的な暴力は問題外だが
1対1でぶつかり合うのなら、ぶつかったほうがいい時もある。
だが、2人はその機会がないままここまで来てしまったのだろう。
「ワイアットは、余計にアルトに絡んでいき
クロージャ達は、そんなワイアットを強く責めるようになりました。
そろそろ、アルトも含めて話し合いの場を設けようかと思っていた所へ
リッツが病にかかり、他の子供達も体調不良を訴え手が離せない状態に
なりました。だけど……」
オリエが、ワイアットを見て瞳を揺らす。
「私は、どこかで何かを見落としていたのかもしれません」
ワイアットの、今の敵意の向け方が普通ではない。
オリエはそう言っているのだろう。
『お前は嘘つきだよな。
お前の師匠は来なかったんじゃん』
ワイアットがアルトに放った言葉には
悪意と微かな喜びそういったものが見れた。
そしてどうやら、アルトが悩んでいた事に関しても
ワイアットが一枚かんでいるような感じだった。
アルトの心揺さぶれたことに、手ごたえを感じたんだろうが
その代償は、アルトやセイル達との関係だ。
ワイアットがクロージャを傷つけ
セイルは、ワイアットを殴ろうとするが
クロージャが彼を許したから、セイルも渋々許すことにした。
クロージャとセイルがワイアットとの
付き合いを変えることは多分ないだろう。
だが、アルトはあれから一度もワイアットを見ようとはしていない。
アルトはワイアットを切り捨てにかかっている。
『チームは家族なんだって。
お互いの命を預けあう。大切な家族だって。
黒達が言ってた』
この言葉に、誰よりも反応していたのはワイアットだ。
まるで太陽を見るかのように、目を細めその目の中に憧憬を浮かべていた。
彼は、その胸の内に何を隠しているのやら……。
アルトが完全に、ワイアットを切り捨てるのも時間の問題だろう。
この先へ進む前に、何か手を打たなければならないだろうな。
オリエ達の話が、身内びいきだとしても
話を聞いた限りでは、私にはワイアットがさほど悪い人間には思えない。
それは、エリオとビートを見ていてもわかる。
それに、ワイアットが本当にアルトに悪意を持っているのなら
セリアが黙っていないだろうから。彼女は人の悪意を見るすべを
もっているらしいからな。
「セリアはいないのか?」
ふと、セリアの名前を呼ぶと暫くして彼女が姿を見せた。
セリアが姿を見せた瞬間、ミッシェル達が青褪め
大人たちは、現状を受け入れるのに苦労しているようだが
ミッシェルは、最初驚いた様子を見せたきり
私達が普通に話しているのをみて、肩から力を抜き
興味深そうに、セリアを注視していた。
本当に、肝が据わっているというか
良い度胸をしている。
成人していたら、クリスかエリオの嫁に来ないかと
聞いていた所だ。ビートは多分、性格が合わないだろうな。
「なにかようかしラ」
「アルトについていかなかったのか?」
「セツナは今大変だかラ。
余りウロウロすると、セツナの魔力を消費してしまうからネ」
「そうか」
「セリアはずっと、アルト達を見ていたのだろう?」
「見ていたワ」
「セリアから見て、ワイアットはどんな感じだった?」
「アルトに悪意を持っているわけではないワ。
ただ、色々と葛藤しているみたいだケド
それが何かは、私にはわからないワ」
「そうか」
「ただ、今日は小さな悪意がみえたカラ
取り返しがつかなくなる前に、どうにかしてあげたらどうかしラ。
彼の感情の半分が哀しみと憎しみで満たされているカラ
助けてあげないと、彼が壊れるワ」
セリアの言葉に、ヴォルタフ先生とオリエの顔色が変わる。
「アルトを憎んでいるのか?」
「うーん。それはよくわからないワ。
アルトのような気もするし、そうじゃない気もする。
アルトの感情もコロコロと表情を変えるけど
ワイアットの感情も、すぐに色を変えてしまうワ。
アルトと一緒に居て、楽しいと思っている事も多いのヨ」
セリアの言葉に、ミッシェルが驚いている。
その様子から、ワイアットの態度はそうは見えなかったのだろう。
「もし、ワイアットが本気でアルトを憎んでいた場合。
私が排除したにきまっているデショ?」
恐ろしいことをさらりと言い。
セリアは、アルト達に視線を向ける。
「今ならまだまにあうかラ
彼を陽のあたる場所へ、導いてあげるといいと思うワ」
ギリギリの状態ではあるが、今ならまだ取り返しがつく。
ワイアットの抱える問題次第ではあるが
できるなら、アルト達と共に歩めるようにしてやりたい。
「そうだな」
私達の言葉に、落ち込んだように肩を落とすオリエに
ヴォルタフ先生は、彼女の背中を励ますように叩いた。
オリエが首を横に振って「大丈夫です」と声を出した。
自分の子供でも、理解するのはなかなかに難しい。
3人育ててきたが、未だに理解できない事も多い。
クリス達が成長していく喜びと
もっと、ああしていればという後悔など腐るほどあるし。
サーラとクリス達の命を私が握っているという責任に
無理はできないと戦いたい敵を見逃すことも多く
自分の感情を優先させたくなることもあった。
子供が幼いうちは、死ぬわけにはいかないと
何度自分に言い聞かせただろうか。
それを、ヴォルタフ先生もオリエも自分の子供ではない子等に
愛情を与え育てている。それも複数の子供と接するのだから
その苦労も多い事だろうと思うが……孤児院で働く職員は
それを苦労とは思わない奴が多いような気がする。
1人1人に向き合う事が、困難な状況でも
ヴォルタフ先生もオリエもしっかりと子供達を見ている。
そうでなければ、何時から様子がおかしいとか答えられるはずがない。
それでも、オリエは自分を責めるのだろうな。
ヴォルタフ先生が、オリエから視線を外し
静かに口を開いた。
「ワイアットが、初めてアルトを見た時から
少し様子がおかしいことに、気がついてはいたのです」
ヴォルタフ先生が、拳を握りそう告げた。
「どう、おかしかったわけ?」
「アルトを目に入れた瞬間、顔色を変え
その後、セイル達がアルトに殴り掛かりに行ったのですが
ワイアットはじっと隠れて様子を見て、不意を打つように
アルトに殴り掛かっていきました。アルトの殺気で動けなく
なっていましたが。ビートに卑怯な事をするなと叱られ
部屋を出ていき、別の職員が追いかけていた為
私はいかなかったのです。後でワイアットの様子を尋ねてはみましたが
拗ねていただけで特には変わりはなかったと聞きました……」
ヴォルタフ先生は、思案するように言葉を落としながら
首を横へと振った。彼は多分自分がワイアットの後を追いたかったのだろう。
オリエを見てもわかるように、ワイアットを注意深く見ていたに違いない。
だが、彼は孤児院から身を引くことを視野に入れ行動していると
ナンシーから聞いた。クリスもエリオもビートも世話になった方だ
穏やかな老後を暮らして欲しいと思うが、彼は根っからの教育者で
子供と触れ合う事に生きがいを見つけている人でもある。
それでも、老いには勝てない時が来る。
だから、影響が少ないように自分が表に立つことを減らし
オリエ達の指導に力を入れていたらしい。
口を出し、手を出すことは簡単だが
全て自分が行っていたのでは、後継は育たない。
若い者たちを、信じることも大切な事なのだ。
穏やかに見守るような愛を注ぐ人だ。
その思想は、セツナに近いものがあるかもしれない。
「私も、1年半ほど前から様子がおかしいと思うたびに
声をかけてはきましたが、オリエが話す通り
何もないとしか言いませんでした。
普段ならば、私達大人に話したくない悩みごとは
兄や姉に話したり、同年代の仲の良い兄弟に話したり
するものです。ワイアットが悩んでいたら
マルクルかクロージャ達が、聞き出したりしていたのですが
今回、マルクルは薬師見習いとして忙しく。
クロージャは自分の未来の事を、そしてセイルは
無くした時計を諦めるために心をさかねばならなかった」
ヴォルタフ先生の言葉に、アルト達を見ていたミッシェルが
驚いた表情でヴォルタフ先生を見た。
「どうして……」
彼女の言葉から、アルトが毎晩遅くまで探していたものが
セイルの時計であることが分かった。
「私はね、クロージャとセイルを5歳の時から。
ジャネットとエミリアは6歳、そしてワイアットは7歳の頃から
ずっと見ていたのですよ。彼等の一番の宝物が何かぐらいは
しっかりと覚えています。両親との繋がりである唯一の時計。
壊れて動かないその時計を、セイルがどれほど
大切にしていたかを知っています。
時計を失くしたのは、5日の日でしょう?」
ヴォルタフ先生が、ミッシェルに問うがミッシェルは何も言わなかった。
「セイルが口止めしたのでしょう。
セイル達は本当にいい友人に恵まれたようだ。
自分達が、親に叱られてもセイルとの約束を
守ってくれたのでしょう。セイルの親代わりとして
お礼を言います」
ヴォルタフ先生とオリエがミッシェルへと頭を下げた。
ミッシェルは、ただ黙ってヴォルタフ先生を見ている。
「彼等にとって、親からの贈り物は
自分達が親に愛されたという証なんです。
親の愛を感じ触れることのできる、唯一のものなんです。
だから、彼等にとってその宝物を失くすというのは
身を切られるよりも辛い思いをする……。
その喪失感は、私には想像することもできません」
ミッシェルが黙ったまま、涙を落とす。
サーラはとっくに泣いている。ミッシェルの母親も
目元をぬぐい、ミッシェルの父親はそっとミッシェルの頭を
優しく撫でた。
多分、ミッシェルも父親に叱られたのだろう。
理由がどうであれ、家庭での規則を破れば叱るべきだ。
理由を話さないのなら尚更。
だけど、ミッシェルが抱えなければならなかった想いに
父親は労わりを見せたのだった。
5日の日、アルトが耳を寝かせ
不安そうに窓から部屋に入ってきた様子を思い出す。
その日から、アルトの帰宅時間は20時前後だった。
自分の悩み事を抱えながらも
毎日毎日、遅くまで時計を探していたのは
友人が一番大切にしているものを
失くしてしまったからだったのか。
酒肴の若い奴らも、それぞれ腕を触ってみたり
首元に手を持って行ったり、懐の辺りに手を当てたりしてる。
彼等も、自分の大切なものを肌身離さず持っているのだろう。
アルトが置かれた状況が、これで全部見えた。
色々な糸を絡みつかせながら、アルトの悩みは大きくなっていったようだ。
1つだけならば、さほどアルトが苦しむこともなかっただろうが
それでも、自分の意思を通し守り抜いたその根性には感心する。
アルトにとって、一番解決したい悩みがまだ残っているようだが
それもほどなく解決するだろう。
まさか、アルトの悩みがセツナに嫌われているかもしれないと
思っていたとは思わなかったが……。
警戒をしながらも、楽しそうに友人達と話すアルトを見て
苦笑が浮かぶ。確かにそれは、本人には聞きにくいはずだ。
「しかし、クロージャは未来の欠片をとらえ。
セイルも、同じように前を向いて歩く決意をした。
もう大丈夫そうですね」
2人を見て、優し気に目元を緩め
そしてすぐに、悲し気にワイアットを見つめる。
「冒険者を目指すワイアットも
彼等と共に、歩めれば私も思い残すことはないのですが」
何かを考えながら、俯いて歩くワイアットに
ヴォルタフ先生が小さい声で呟いた。
「……サーラ」
「なに?」
「……私達黒と、ヴォルタフ殿とオリエの周りに結界を」
「音声遮断でいいの?」
「……そうだ。お願いする」
「わかったわ」
サーラが呪文を唱え、私達の周りに結界を張る。
「……オリエ。ワイアットの個人情報を」
「はい。ワイアットは7歳の時に父親によって孤児院に預けられました。
母親は、彼が7歳の時に死亡しています」
「預けられた理由はなんじゃ?」
「父親の仕事で、3か月の間の一時預かりとなっていましたが
その後行方が分からず、ワイアットはそのまま孤児院預かりになりました」
「護衛の冒険者は雇っていなかったわけ?」
「いえ、数人雇っていたようですが
途中の村で依頼の終了を告げられたそうです。
知り合いと向かう事になったとか……」
「その父親の職業なんだったんだ?」
私の問いに、オリエは悲しそうに目を伏せ
「薬師だと言っていました。
母親は、ハルの医療院の薬草園で薬草を育てていたそうです」
「……父親は、ハルの人間か?」
「違うと思います。
どこの出身だったかは、ワイアットも知らないそうです」
「父親もハルの医療院で働いていたわけ?」
「いいえ。父親は薬の行商人だったらしく。
ハルで薬草を仕入れては、色々な村をまわり
薬の調合をして売っていたようです」
「母親の死因はなんなわけ?」
「病死としか」
「……そうか。わかった」
「はい」
どこか腑に落ちないものが心に残る。
それは多分、私だけではないだろう。
「……とりあえず、全ては彼等が戻ってからになるな」
エレノアがそこで閉め、サーラに合図を送り
結界が解除される。その事に気がついたセリアが私の傍に来て
いらつく一言を落とした。
「アギトとサフィールの歌は、激しく脚色されているワヨネ」
「……」
誰が、何を彼女に吹き込んだんだ?
そう思い周りを見ると、目のあった者達が必死に首を横に振り
アルト達の方へと視線を向ける。そこから流れてくる声に笑みが広がるが
楽しいわけではない。
エリオ達が必死に、話題を変えようとしているようだが
詰めが甘い。きっちり、諦めさせないと駄目だろ?
「エレノアとバルタスの歌は、実際一緒に暮らしてみると
さほど、違和感を覚えないけれど。アギトとサフィールは
違和感だらけになるわよネ」
「……セリアは、私達の歌を聞いたことがあるのか?」
「私は、千年程いろんな人間にとりついて
世界をまわっていたカラ。大体の歌は聞いたことがあるワヨ?
そういえば、ハルでは聞いたことがないけれど」
本人の近くで歌う、歌姫や吟遊詩人はいない。
人から聞いた話を、本人の承諾なしに物語風にして語っていくのだ
私達に捕まれば、碌な事にならないと分かっているはずだ。
たまに見つけたら、それ相応の礼はしてもらう。
「教えてほしい?」
「……いや、遠慮する」
深く深く溜息を吐き、エレノアが首を横に振り
バルタスが苦笑を落とし、サフィールは会話に加わることはなかった。
ミッシェルが、ワクワクとした表情を作っていたが
誰も、彼女と視線を合わせることはなくセリアもミッシェルにチラリと
視線を向けただけで、余計な事は言わなかった。
微かに頷いているところを見ると、どうやらセツナに何か言われたようだ。
こちらで、セリアと話しているうちにアルト達の話題が次々に変わっていき
今は、ガーディルの話になっているようだった。
『うん。その宿屋はギルドマスターからの紹介で。
ちょっと変わった女の人が居た……』
アルトのこの言葉で、サーラの笑みが引きつるのが見える。
『大きな斧を振り回して、雄たけびをあげたと思ったら
服がビリビリに破れたんだ』
顔色を悪くしながら語るアルトに、バルタスが視線を彷徨わせている。
アルトが、ガーディルの宿屋で経験したことをクロージャ達に語り
クロージャ達はそれを真剣に聞いているが、クロージャ達の表情が
恐怖体験を聞いているような、そんな表情を作っているのが面白い。
「そんな女性いると思う?」
酒肴の、4番隊のシェリナがダウロに話を振っているが
ダウロは何も答えない。ダウロ達は酒肴のチームに入って長いから
ダリアをよく知っている。
「今のアルトの倍の斧って、相当大きい斧よね?
能力者かな?」
キャスレイとシェリナが、アルトの言葉から
女性を想像しているようだが、その想像に誰も口を挟まない。
3番隊も、不思議そうに首を傾げ耳を動かしている。
3番隊はガーディルに出向くことはないから、ダリアがハルに来ない限り
あう事はない。ミッシェルは、クロージャ達と同じ表情でアルトの話に
耳を傾けている。こいつらの、頭の中でどんな想像がされているのか
少し興味がわいた。
『でも、料理はすごくおいしかった』
アルトのこの言葉に、キャスレイとシェリナが更に興味を持つ。
確かに、ダリアの料理はうまい。酒肴の1番隊だったのだから
当たり前だといえば、当たり前なんだが。
「アルトが料理を褒めるのなら
本当においしいのね。私も食べてみたいなぁ」
「うんうん」
キャスレイ達の会話を耳に入れつつ、酒肴の奴らは誰も口を開かない。
ダリアから口止めされているからだ。冒険者だった私の事は記憶から
消さないと、熱い口付けを贈らせてもらうからと脅されている。
だから、絶対にこいつらからダリアの情報が漏れることはないだろう。
『それでさ、俺今も不思議に思ってることがあるんだ』
アルトが何を不思議に思っているのかと
全員が、耳を澄ませてアルトの言葉をまつ。
『ダリアさん、女の人なのに
夜になると髭が生えているんだ』
「……」
「……」
「……」
『ダリアさんに聞いても、乙女の秘密っていって
教えてくれなかったし、師匠に聞いても教えてくれなかったんだ』
部屋に沈黙が落ち、誰もが視線を伏せ俯き肩を震わせているが
キャスレイとシェリナ。それから3番隊とミッシェル達は首をかしげている。
「ひげ??」
ミッシェルが、小さく呟いた言葉に
サフィールがため息を落とし「アルトが最強なわけ」と言葉を落とし
エレノアが首を横に振り「……セツナは苦労しただろうな」と告げ
バルタスはまだ、遠い世界に旅立ったまま
「わしは、何処で育て方を間違えたんじゃろか」と呟いた。
アルト達も、そしてキャスレイ達も疑問は解消されてはいないが
理解できないものは、理解できないと割り切りアルト達の話は尽きることなく
流れていく。
そうこうしているうちに、ギルド職員が狩場を管理する為の小屋につき
エリオがトキアに、転移するように頼んでアルト達が部屋の入り口の前へと
戻ってきた。緊張した面持ちで、靴を脱ぎ部屋に入ってきた瞬間
オリエが立ち上がり、涙を落としながら子供達の頬を叩いた。
* てるる様よりイラストを頂きました。
タイトル【暁の約束】【ダリアさん】
刹那のメモ【頂きもの2】にリンクを張っています。





