『 クオードとセツナ : 後編 』
* 全てはフィクションであり。
実在する病気ではありません。医療に関しても同様です。
物語の中の出来事であり、お話です。
子供達が、綺麗に姿を消しその部屋に居た医師と家族も
一緒に転移されたようだが、廊下にいたものは
歩いて向かわなければいけないようだ。
副院長と2人、緊急病棟へと歩きながら
彼がずっと胸の奥にしまっていたであろう言葉を落とした。
「医院長。彼はいったい何者なんでしょうか?」
「私が知るはずがない。だが、ナンシーが
彼の常識は、非常におかしいから気にするなと
気にしたら負けだと言っていた」
「それは、非常識というのでは?」
「……」
副院長に返事をすることなく、苦笑を落とし
「彼自身、自分がどうやって生きて来たのか
分からないのだから、私達がわかるわけがない」
「そうですが」
「私は彼がハルに居てくれて本当に感謝している。
子供達が助かる可能性があることはもちろん
エラーナと対話をしなくてすんだことに
心から安堵しているよ」
「あの国とは、できれば関わりあいたくないですからね」
「そうだな」
緊急病棟へ着いたことで、副院長との話は打ち切りになり
セツナとヤトを探すと、彼等はノルシェ達がいる病室にいた。
ベッドの配置が少し変わっており
部屋の中央に、大きな机と椅子。
その横に大きなソファーが置かれている。
机の上には色々な器具と魔道具。
そして、クッカが作った薬草と瓶の中に詰められた粉薬が
所狭しと並んでいる。彼はさっそく薬の調合を始めたようだ。
その傍にはクッカがいて、セツナと話している。
「医院長、彼女が上位精霊ですか?」
声を震わせ、私にそう尋ねる医師達。
「そうだ。彼女に触れるなよ。
上位精霊は、女神の使いだとサフィールの精霊が話していた」
「恐れ多い……」
女神と精霊を信仰している数人が、跪き祈りを捧げ
子供達はじっとクッカを見つめている。子供達の家族は
神に祈りを捧げるように目を閉じていた。
全員が、祈るのは子供達の病気平癒。
彼女が持つ空気は神殿の空気そのものなのだ。
家族が祈り始めても不思議ではない。
セツナは、周りを視界に入れないように努力しながら
薬を調合している。笑い事ではないのだが、彼の態度が
どことなく、年相応に見え思わず小さく笑ったのを
彼が耳に入れ、非難の視線を向けられるが笑って返しておいた。
机の傍へと行くと、どうやら結界が張られているらしい。
結界を超えると空気が変わるがわかる。
医師達も気持ちを入れ替えて動き出し、傍へと来る。
セツナが使う魔法と魔道具を見て、言葉を詰まらせる。
そうだろう。そうだろう。私もこの魔法が喉から手が出るほど
欲しいと感じた。だが、それを言葉にすることなどできはしない。
これは彼が、研鑽をつみ研究を重ね構築してきたものなのだから。
なのに……。
「セツナ、その粉薬を適量パラフィン紙の上に落とす魔法を
ギルドに売ってくれないか?」
「薬を量って包むのは結構手間がかかりますよね」
「医師達は、ここにかかりきりになるだろうからな。
薬師が薬を作り、ギルド職員が薬を量り包んでいく事を
検討していたのだが、時間が足りない。
一刻も早く、子供達に配り終えてしまいたい」
「わかりました。この薬が出来上がり次第
魔道具にします。魔法を刻む石はどうします?
僕が用意してもいいですが」
「ギルドで用意する」
「お願いします」
ヤトがあっさりと、セツナと交渉し
彼もあっさりと了承する。2人ともおかしいだろう?
「あと、病気の話が広がりつつある。
冒険者達も、薬を求めに来ると思うのだが
クオードどう対処する?」
「そうだな、転売を目的とした購入が
できないようにしないと駄目だな。クッカが作ってくれる
薬草は貴重なものだ。冒険者に配るものは水薬にしよう。
精霊水は使わなくてもいいだろう」
「私もそう考える」
「結界を張り、その場で飲むまで結界の外には
出られないようにしてみたらどうでしょうか」
「そうだな。そうするか」
「それがいいだろう」
「ご主人様」
「うん?」
「トゥーリ様も何か手伝いたいと話していたのですよ」
「あー。そうだね。
手伝ってもらおうかな?」
「セツナ、トゥーリさんとは?」
「僕の妻であり弟子ですね。
薬師見習いといったところでしょうか」
「妻かね?」
「はい。妻ですね」
「そうか……」
チラリと腕を見ると、妻帯者であることを意味する
腕輪が付けられている。こちらの会話に耳を向けていた
医師や家族達が、一斉にセツナを注視した。
女性の見習い医師と若い医師が、小さく溜息を吐いたのを
副院長が耳にし咳ばらいをすると、背筋をピンと伸ばした。
「手が足りないようでしたら
冒険者用の薬を彼女に作ってもらいますが
どうしますか? 断ってくださっても構いません」
「いや、猫の手も借りたいほどだ。
よろしくお願いする。薬の質はセツナが
調べてくれるのだろう?」
「はい。僕が調べてからお渡しします」
「わかった」
「粉薬の入れ物が欲しいのですよ」
クッカの要望に、ヤトがギルドへと連絡を取り
こちらに持ってくるようにと連絡を入れた。
クッカは容器を受け取ると、すぐに消えてしまったが。
セツナが、1人1人に薬を処方していき
医師に手渡してく。薬を受け取り患者に飲ませ
魔法を使い薬の効果が表れているか色を見て調べ
そしてセツナの魔法で詳細に出された情報と比較して
セツナに報告し、その情報をもとに
彼が薬を処方していくことになる。
この部屋に居る子供達に薬がいきわたり
数値も若干持ち直したことから、セツナに休むようにと告げるが
彼は、1人の患者の情報を見て首を横に振った。
「この子は、この薬の効きがよくありません。
薬草を変えてみます」
今この結界の中の声は外には漏れていない。
机の上にある魔道具が、赤の時は医師しか入れず中の声は外には
聞こえないようになっている。彼は、手元の紙に薬草を数種類書き込み
魔法を唱えて消す。クッカの元へと送られたのだろう。
「孤児院の子供か……」
私にも懐いてくれている、可愛い男の子だ。
「一番年齢が低い分、体力もない。
食欲があるのが救いですが」
「そうだな」
5歳になったばかりの子供が、ベッドの上で寝ている。
数値の変化が乏しく、セツナのすぐそばにベッドを置き経過を観察していた。
セツナに懐いているらしく
声が出ないのに必死に、話をせがんでいた。
他の子供達の傍には、両親かその片方が
ずっと付き添っている。だが、リッツの傍には誰も居ないのだ。
孤児院の職員も、リッツに近づかないように言ってある。
他の子供への感染を防がないといけない。
寂しそうにしている姿を見ていたが
病気の究明と治療に忙しく、時折頭をなでてやることしか
できなかった。それでも、嬉しそうに笑ってくれたのだが
そう簡単に、寂しさは埋まるものではない。
そこへ、リッツが知る人物が来て嬉しかったのだろう。
寝て起きては、セツナの姿を探すように視線を動かしている。
セツナが、リッツの体を動かしてやる度に
「お話は?」と出ない声でせがむのを、セツナは嫌な顔をせず
先に薬を作るから、時間ができたらお話ししてあげると宥めていた。
見習い達が、あれこれとリッツの関心をセツナから外そうと
頑張っていたようだが無理だろう。孤児院の子供は人間に対する
警戒心が強い。根気良く付き合っていくのが懐いてもらうための鍵だ。
アルトが孤児院に出入りしていることから
彼とも面識があったのだろう。話をせがんでいることから
子供達の相手をした事があるんだろうな。
今か今かと待つリッツの視線を、近くで貰いながら
彼は薬を作り上げる。そして、休憩する時間を削り
眠りを誘うような心地の良い声で、物語を話し始めた。
私も聞いたことがない物語に、他の子供達も家族も耳を傾ける。
ある程度話したところで、続きはまた明日。
ゆっくりお休みとセツナが告げると、眠たそうにしていた
子供達が気持ちよさそうに眠りの中へと落ちていった。
静かになった病室に、子供の親たちも子供達の隣で
束の間の休息をとるようだ。簡易のベッドを広げそこで休んでいる。
今までずっと、気持ちを張りつめていただろう
子供達の家族も、どこか安堵したような表情をつくり眠っていた。
「何かしたのか?」
「少し魔法を入れました」
「魔想曲の応用か……」
「ご存知でしたか」
「得意とする人間がいたからな。
碌なことにつかわなかったがな!」
「そうですか」
「ジャックという男を知っているか?」
「知っています」
彼の顔が微妙に、引きつった気がしたが気のせいだろう。
「あの男が得意としていた。
声に、魔力をのせ知らないうちに人を従わせ
悪戯に使っていた」
「クオードさんは、ジャックと親しかったんですか?」
「親しいといえば親しいのだろう。
サクラかリオウ、どちらかが高熱を出すたびに
私の元へ治せと言いに来て2人の傍まで
連れていき、病気を診断している最中にしびれを切らせ
馬鹿みたいな魔力の力技で、自分で癒して治してしまう。
私などいらないだろ? 最初から自分が治せばいいだろう?」
「……」
「なのに、オウカやオウルが過労死しかけても
へらへらと笑って、仕事を増やしていた。
ギリギリを見極めて、手を出したり
回復魔法をかけてやったりしていたが……。
アレがなにもしなければ、手を出す必要もなかったし
回復魔法をかける必要もなかったことが多い」
「申し訳ありません」
「君が謝る必要はないだろう?」
なぜか、セツナが私に謝り不思議に思い彼を見る。
「謝りたくなりました」
のちに、彼がジャックの弟子であることを知り
この時の謝罪が、弟子としての謝罪だったことに思い至り
笑う事になる。
ジャックとの思い出は碌なことがないが
それでも、あの男はこの国を愛していた。
深刻な事態な時ほど、ひっかきまわし手こずらせていたが
必ず最後には、解決へと導いていた。
まるで、ひっかきまわすことが解決するための
報酬だと言わんばかりの行いに、呆れたものだが。
彼が死んだと聞かされたときは、自分が思っていた以上に
愕然としたのを覚えている。今回のこの病気も、彼が生きていれば
何かしら答えを探してくれたかもしれないと、何度思っただろうか。
セツナと話しながら、私は高熱を出している子供達の為に
薬を調合していく。精霊の薬草を扱うのは初めてだったが
彼が適量を魔法で一覧にしてくれているために戸惑う事はない。
彼と話してみて、そして彼の患者に対する態度を見て。
技術を見て、知識を知りその思考を知った。
経験はないと言っていたが、それを補って余りあるものを
彼は持っている。経験を積めばもっといい医師になれるだろう。
彼は医師になるべき人間だと思った。
だから、病気が落ち着いた頃医師にならないかと
医療院で働かないかと誘ったのだ。
『僕は、人の命を守る仕事から一番遠い場所にいる』
彼は、どこか諦めと寂しさをないまぜにしたような笑みを見せ
そう告げたのだった。その言葉の意味を、私は彼が冒険者という
職業を選んだことを言っているのだと思っていたのだが
どうやら、私の考えは違っていたようだと気がついたのは
ギルドが開催する大会に参加し
闘技場の上で、私達と一緒に働いていた人間だとは
思えないほどの残酷さを見せたことにあった。
『私達では治せません、セツナさんの力を貸してください!』
私が部下を止める前に、見習い医師の1人がそう声をあげた。
『お断りします』
彼の言葉に、私の周りにいる冒険者を経験したことのない部下たち
全員が彼を凝視したと思う。冒険者から医師になったものは
深い溜息を吐きながら、首を横に振っていた。
その冷たい視線の前に、声を出した見習いは動けないでいた。
私達に見せていた、医師としての顔と今見せている顔は
全く異なるものだったから。
誰よりもその命を守るために彼は不眠不休で
動き続けていた。休憩をとるように促しても
ギリギリで生きている子供から、彼は視線を外さなかった。
その彼が、自業自得とはいえ
苦しんでいる者の治療を即答で拒否したことに
見習い達は信じられない気持ちでいたに違いない。
無理を言っていることは、重々承知していると思うが
根本的に、何故断られたのかには思い至っていなかったのだろう。
彼の命を狙って放った魔法を、彼がそのまま返し負傷した魔導師。
自業自得だし、負傷することも考慮して戦っていたはずだ。
だが、死ぬギリギリのところで苦しんでいる患者を診て
助けたい。助けなければならないという医師としての感情が
彼にもあると、この時までは思っていたのだろう。
自分達と同じ、気持ちを抱いていると。
しかし、ここに居るのは冒険者としてのセツナだった。
目の前で苦しんでいる魔導師を見ても、眉一つ動かさない。
その姿を見て、私でさえも目を疑う。
彼は本当に、子供達を助けた人間と同じ人物なのだろうか?
そっくりな人間が、入れ替わっているんじゃないだろうか?
そう思っても不思議ではないほど、彼はあの時とは違っていた。
負傷した魔導師の仲間が、彼に助けろと迫っても
『どうして、僕の命を狙った人物を助けないといけないのですか?』
と正論を吐いた。観客は、冒険者だ。彼の気持ちも理解できるし
魔導師の仲間の気持ちも理解できるから、複雑な表情を作り
成り行きを見守っていた。
『貴方の右腕を差し出すというのならば
僕が、彼に治療魔法をかけてもいい』
感情を映さない瞳で、彼女に自分の右腕か仲間の命を助けるかの
決断を迫る。ヤトでさえ、動きを止め青い顔で彼を見つめていた。
見習いは、体を震わせて彼から少し距離を取った。
『僕は、人の命を守る仕事から一番遠い場所にいる』
彼のこの言葉が、ずっと私の心の中に残り続けている。
彼の言う、遠い場所とは何をさすんだろうか……。
彼はいったい、どこにいるのだろうか。
私がそう思うのは、病気が終息し
大会を終え、彼たちがハルから旅立った後だった。
一睡もせず、リッツの状態をセツナと見守り続けていた。
状況は芳しくない。新しい薬を与えても数値があまり変化しない。
それでも、リッツはセツナに話しかけ
頭を撫でてほしいとせがむ。それはリッツだけではなく
殆どの子供がそうだった。その光景を見て、自分も子供の頃体調が悪く
医療院に行き、大丈夫だと医師に言われ頭を撫でてもらえると
なぜか安心できたことを思い出した。
私が治療にあたることは、少なくなってしまったが
若い医師達も、子供にせがまれている場面を目撃して
微笑ましいと感じてしまった。
どうか、このまま患者が増えず
全ての子供が、家に帰ることができますようにと
優しい光景を見てそう思うが、私の願いの1つは叶えられなかった。
リッツの数値は相変わらず、現状を維持したままだったが
ノルシェを含め他の子供達は回復に向かっている兆しが見える。
それは本人も分かっているだろうし
家族も、顔色がよくなっていく子供を見て肩の力を抜いて接している。
それがまた、子供を安心させ不安に怯えることなく過ごしている。
このまま、何事もなく終わればいいと願った数分後
高熱を出したが数時間で熱が下がり
そのあと倒れた少女が緊急病棟へと運ばれてくる。
この少女が最終段階に移行するまでの
時間が極端に短い。進行がとてつもなく早かったのだ。
「セツナさん?」
彼を見て、その少女の両親が声をあげる。
「ミッシェルさん」
彼の声に、ノルシェが出ない声を必死にだした。
「ミッシェ、ル? ミッ、シェル?」
彼女の両親が、私へ彼女の経過を伝えていく。
その間に、彼がミッシェルに魔法掛けその数値を
医師達にだけ見えるように表示させる。
この場に居る医師全員がその情報を凝視した。
全ての数値が、赤にまで落ちていたのだ。
息をのむのを必死に堪え、顔に出すこともしないように心がけるが
その緊張は、皆に伝わってしまったのだろう。
「先生。先生。どうか、どうかミッシェルを助けてください」
すがるように、私の腕を持ちミッシェルの母親が私を見る。
その声に、ノルシェがセツナを呼んだ。
ミッシェルの母親の緊迫した声を聞き
黙っていることができなかったのだろう。
「先生、セツ、ナ先生、おね、がい。おねが、い。
ミッシェ、ル、は、お見舞いに、きて、くれたの。
私が、会いた、いって、わがまま、言ったから。
私の、私のせ、いで」
ハラハラと涙を流し、セツナに友人を助けてくれと願う。
ノルシェの声を聞いて、ミッシェルがセツナを見る。
不安そうなまなざしを、ミッシェルはセツナに向ける。
そんな彼女の視線を、しっかりと受け止め
彼は迷いなく言葉を告げる。
「大丈夫。ミッシェルさんは、ノルシェさんと遊べるようになる。
だから泣かないで、泣くと体力を消耗してしまうから。
ミッシェルさんも、大丈夫だよ。アルトは君の作るお菓子を
いつも楽しみにしているから、病気が治ったら
また作ってあげてほしいな。いつも自慢されるんだよ。
2人とも、大丈夫だから体を治すことだけを考えよう」
彼の優しい言葉に、ミッシェルの目に涙が溜まり
スッと頬を流れていった。状況は厳しいとしか言いようがない。
だが、この子供達を救えるのは私達しかいない。
私達が諦めてはいけないのだ。
彼の背中をみて、ふとジャックを思い出す。
揺るぎない自身に満ち満ちていた、あの男の背中を。
一度たりとも、できないと言ったことはない男の背中を。
彼は、ジャックとは似ても似つかないのになぜか
彼を彷彿とさせた。
彼女のベッドを、セツナの傍へと配置し
ミッシェルとリッツから、私達は目を離すことはしなかった。
セツナはできる限りこの部屋に滞在し、食事もこの部屋で簡単にとっていた。
私はこの部屋だけに、いることは叶わず。
本院と緊急病棟と行き来をしつつ、全体の把握に努めた。
多少の反感を持ちつつ、セツナを見ていた若い医師と見習い達は
今は、医療院のチームの一員だと受け入れ精力的に動いている。
私達が全員が、ほとんど休むことなく動けたのは
彼の精霊のおかげだとはっきり言える。
彼女が水を私達に与えてくれたから
私達は最後まで動くことができた。
そして、誰一人死者を出さずに家に帰せたのは
セツナのおかげだと言えるだろう。
彼は、この国を愛し守り揺るがない強さを見せつけ
何事にも屈することのなかった、ジャックの後継になってくれるかも
しれないとひそかに私は期待したのだった。
ジャックの非常識な性格は、受け継いでほしくはないが
最後の砦として、ジャックと同じようにこの国を守っていってほしいと
心の中で願った。大会が終わり彼がジャックの弟子だと知り。
彼の想いを受け継いでいることを知って
1人酒を飲みながら、ジャックを悼んだ。
むかつく男だったが、嫌いではなかった。
破天荒な日々が続くこともあったが、私はそれが嫌いではなかったのだ。
ハルで終息を見せた病気は
その後南の大陸すべてに広がり沢山の子供が命を落とした。
だが、リシア、バートル、ガーディル、エラーナは
大人も含めて、死者を出すことはなかった。
一番被害が大きかったのはクットの国で
続いて、アルオン、サハル、レグリアとなっている。
エラーナはやはり治療方法を知っていたようだ。
国に問い合わせてはみたが、あの国は慈悲を乞うなら
月の神エンディアを信仰しろとの一点張りだ。
聞く耳を全く持たない国で、あまり関わりあいたくはない。
それでも、一番歴史が長く信仰にあつい国だけあって
古い文献が数多く残っているようだ。
私達に、その恩恵を与える気はないようだが。
あれほど、一進一退を繰り返していた子供の病気は
治療を始めてから、2日目の夜には体を動かせるようになり
言葉も話せるまでに回復を見せていた。
精霊水のおかげで、体力が落ちることなく
子供の自己回復力をあげ、効果の高い薬がより良い効果を
出したのだといえる。
3日目には自力で歩けるようになり、全ての数値が青になった子供には
翌日自宅へ戻る許可を出した。その事を子供達に告げると
ここに来たときは早く帰りたいと泣いていたのだが
今は真剣に明日でよかったと口々に話していた。
理由を聞くと、どうやらセツナが語る物語が今日で終わるらしい。
結末を聞かないで帰るとか嫌すぎると、私と家族に話し
家族は子供の言葉に微笑み「そうね」と返事をする者が多かった。
生きていてくれた。元気で回復してくれた。
それだけで、親にしてみれば嬉しい事だろうから
子供の願いに水を差すようなことはしなかった。
殆どの子供が、近いうちに退院できる予定を立てていたが
ミッシェルとリッツの状態は、未だ良くないとしか言えない。
2人とも、ゆっくり話せるようにはなったが
体はまだ動かせない状態にいる。
ミッシェルは最低の数値からは回復し、数値は黄色を保ってはいるが
気を抜くと赤にまで落ちそうな、ギリギリの状態にいる。
リッツは、ミッシェルよりは回復しているが
それでも、全体的に黄色が多い。
他国の情報も、徐々にギルドに集まりつつある。
同盟国のバートルには、ギルドから医療提携として
医師が1人派遣されている。
だが、精霊の恩恵を受けていないからだろう。
この医療院ほど、劇的な回復はないようだ。
それでも、ゆっくりと回復に向かっているという連絡が入っているらしい。
それと同時に、ミッシェルのような患者がいることも報告を受けた。
普通の薬草では間に合わないという事から
こちらの薬と水を、その子供の為に送っている。
これ以上の感染を防ぐ手立てとして
子供達とその家族に配られる薬は
エレノア達が、16日の22時頃に狩から戻り
それからギルド職員と補助職員が総出で魔物を捌き
素材を取り出し、薬師へと届け手の空いたものから
薬の包装へとまわされたと聞いている。
17日の夕方には、子供達と子供達がいる家庭に
いき渡ったのだが、ミッシェルを含め数人の子供が
間に合わなかった。他の子供達は微熱の過程で
抑えることができたが、薬の配布がもう少し早ければ
ミッシェルはこの病気にかかることはなかっただろう。
ギルドの意見を無視してでも、セツナに会いに行っていればと
今も悔いが残る。反対したその男は今は、着服が明るみに出て
牢屋に入っているらしいが、ざまぁみろという感情しかわかない。
もっと早く。この気持ちが薄れることはないだろうが
それでも、ギルドは驚異的な速さで薬を配り終えた。
今は、子供のいない家庭用の薬を作っているようだ。
希望者には無料で配布するらしい。各家庭1度のみだ。
薬の内容は、粉薬だが冒険者と同じものだ。
エレノア達は、2度目の狩に出ている。
19日に戻る予定だと聞いている。
今の所、素材の在庫は十分あるが他国からの要請が来ることを考え
無理でなければお願いしたいと依頼した。
エレノア達は快く頷き、準備ができ次第出発すると告げ
獲物が少なくなっているから、戻って来るのが多少遅れると
ヤトに報告してからハルを出た。
無事に戻って来てくれることを切に願う。
冒険者達への薬の販売も進んでいる。
セツナの妻……。あの年齢で妻がいることに驚いたが
彼女の腕も確かなもので問題なく水に薬を混ぜ
冒険者達に売っていく。
持ち帰ろうとする冒険者が、数人職員に凄んだそうだが
ヤトが出ていくと、すぐに飲み干し出ていったそうだ。
何時もなら、この程度の揉め事でヤトが出てくることはない。
だが、今回は誰もが忙しく面倒事を長引かせたくない為
ヤトが表に出て、文句があるならギルド総帥が相手になると
見せつけたのだろう。それは噂として広がり、それ以降
もめ事が起きることはなかった。
小さな声が耳に入り、思考から浮上する。
その声の主を探してみると、ノルシェとミッシェルが話しているようだ。
ノルシェのベッドが、ミッシェルの隣に移動されていて
2人仲良く、しゃべっている姿をよく目にする。
リッツが起きていれば、リッツにも優しく声をかけてくれている。
リッツは最初警戒を見せていたが、セツナがアルトの友人だと
話すと、可愛らしく笑い2人に懐くようになった。
リッツは今気持ちよさそうに寝ており、ノルシェとミッシェルが
顔を赤くしながら、セツナを見て小さな声で話していた。
セツナに見惚れているのは、ノルシェとミッシェルだけではない。
何かをしながら、何かを話しながらセツナの方へと視線を向けて
頬を染めている女性が多かった。
子供達も、その家族も手に持っているのは
セツナが作った薬草茶が入ったグラス。もちろん精霊水で入れられている。
リッツが、セツナが何かを飲んでいるのを見て
自分も飲みたいと、駄々をこねたのが原因で皆に配られるようになった。
リッツは、一口飲んで微妙な表情を作っていたが
セツナが飲んでいるのを見てちびちびと口をつけていた。
女性の見習いと医師達も、セツナに教わった魔法の構築を
練習しながら、セツナをチラチラとみている。
子供達の容態が落ち着いた頃、若い医師と見習いが
セツナに、頭を下げてセツナが使った魔法を教えてくれと
頼んでいたのだ。私が止めようとするのを、セツナが首を横に振り
1つだけならという条件で、無償で魔法構築式を公開する。
それは、今も患者の頭の上に出ている情報を表示する魔法だった。
これなら、あまり魔力も使わないから誰でも使う事ができると。
数値を表示させる魔法は、まだ完成していないから
教えることができないと言い。完成したとしても
無償で渡すことはやめろと、セツナに苦言を呈した私達に
なら、完成したら医療院が買い上げてくれますか? と笑いながら
告げたセツナに、思わず2つ返事で了承してしまった私達の姿に
呆気にとられながらも、彼は完成したら一番先に医療院へ
売りに来ますねと約束してくれた。
あの魔法が、使えるようになるなら
今よりも沢山の人を救う事ができるだろう。期待が高まる。
その分、扱いには注意する必要があるだろうし魔法を発動させるのも
中々に難しそうだったが、研鑽をつむだけの価値がある。
そんな魔法を作り上げ、簡単に使えてしまう彼は休憩をとっていた。
昼食を済ませ、ソファーに座り片手に書類。
そしてもう片手に薬草茶の入ったグラスを持ち、視線を書類へと向けている。
セツナの居る場所だけを切り取ると、ここが緊急病棟の
重病患者が入院する部屋の一室だとは思えない。
まるでどこぞの国の、王太子が優雅に仕事をしているかのように見える。
もしくは、その光景を絵画に封じ込めたような錯覚に陥る。
手に持っているのが、薬草茶が入ったグラスではなく
紅茶の入ったカップなら完璧だったのにと告げたのはノルシェだった。
「セツナ先生って、眼鏡をしている時も
かっこよかったけど、眼鏡をはずしているほうが
もっと素敵だよね」
ノルシェがミッシェルに、小さな声で話し。
ミッシェルが、ゆっくりと頷く。そして一番最初の日に
体重をはかろうとして、抱き上げられそうになったことを話し
恥ずかしくて泣きたくなったとミッシェルに告げる。
ミッシェルは、目を丸くしてゆっくりと
「それは、ぜったいに、いやね」とノルシェに同情を送った。
小さくクスクスと笑う楽しそうな声。
「私、黒のアギトさんをやめて
セツナ先生を好きになる!」
ノルシェの宣言に、ミッシェルもうんと頷く。
「わたしも、セツナせんせいが、いいな」
「そうよね。そうしよう!」
「アルト、が、セツナせんせい、をすきなりゆう、がわかるね」
「うんうん。アルト君羨ましいなぁ」
セツナの魅力に、取り込まれた2人がアギトの支持をやめ
セツナに乗り換えるようだ。アギトが黒になった時バルタスから
アギトへ宗旨替えした女性は沢山いた。これが、世の常という事なのだろう。
この2人だけではなく、仲良くなった男の子同士の会話でも
同様の会話が出ているし、サフィールからセツナへと言う会話もちらほらと聞く。
ただ、エレノアを支持する子供だけは2人を好きになる! と宣言していたが。
エレノアの信奉者は、ちょっとやそっとでは離れては行かない。
バルタスは、女性より男共に支持されることが多い。
昔はそれなりに、モテてはいたのだが……。
セツナが黒になった時の、支持率ランキングが楽しみだ。
ジャックが祭りの時に、お遊びで入れた余興だが。
その余興が、国民に気に入られ年に一度投票用紙が各家庭に配られる。
子供からお年寄りまで、投票用紙を配られてから投票するまで
その話題で盛り上がりを見せる。昔はもう少し黒も多かったのだが
引退者が増え、今は5人しかいない。そのうち一人は総帥という事で
ランキングからは除外されている。
セツナとクリスそしてアルヴァンが黒になるのが楽しみだ。
ここにアルトが入ると、混戦するのが目に見える。
新しい時代の風を感じながら、楽しそうに話すミッシェルを見て
次の投票にも、参加できるように。最善を尽くそうと誓った。
* てるる様よりイラストを頂きました。
タイトル【頂への想い】刹那のメモ【頂きもの1】に
リンクを張っています。





