『 嵐の前の平和な日常 : 前編 』
宴会の次の日は、酒肴の半分ぐらいの人間は
死んだようになっていることが多い。
食べ過ぎによる、腹痛で悩まされている人もいるようだけど
大半は、お酒の飲み過ぎによる二日酔いだ。
ゾンビのような、生気のない顔で訓練に参加している人達に
バルタスさんの雷が所々落ちているが、ゾンビな人達は
バルタスさんの雷よりも、頭痛のほうが酷いらしく
地面に、マグロのように転がっている人達もいた。
「今日の訓練は、やめじゃやめ!」とバルタスさんが告げ
それに返事することなく、ゾンビ達が転がる場所をもとめて
移動し始める。
黒達はそんな彼等を見て、苦笑を落とし
アルトはといえば「好きなだけ、魔王で訓練できる!」と
嬉々としてかけていく。昨日の発言を、気にしていないかと
様子を見ていたけれど、少し居心地悪そうに笑っただけで
特に変化はないように思えた。
平和といえば平和な風景の中、少しだけ重たい気持ちを抱えながら
食事の時間まで、本でも読もうと部屋へと戻るが
ゾンビ達が、部屋の壁に備え付けられている棚の前で息絶えていた……。
いや、ゾンビは一度死んでいるから息絶えるは変かなぁ? と考えていると
緩慢な動きで頭を動かし、虚ろな瞳を僕に向けて口をパクパクと動かしていた。
「……」
怖い……。
なぜ、ゾンビ達が棚の前で動かなくなっているかというと
壁に備え付けられている棚は、1人1人に割り当てられているスペースがあり
その棚の中には様々なものが入れられている。
自分の趣味で飾られている棚もあれば
自作した、魔道具や可愛い瓶に詰めたクッキーなどを並べ
その隣に置いてある箱の中に、お金を入れると
購入できるようになっている。食べ終えた後の瓶を持っていくと
瓶代を返してくれるようだ。
棚には、もともと時の魔法がかけられおり棚の中の物は劣化しない。
酒肴のチームは、お菓子を作って売っているか
自分の好きな食材が痛まないように、保存に使っている人も居る。
厨房の、冷蔵庫に入れておくと使われてしまうために
大切な食べ物は、絶対に入れないようだ。
剣と盾は、使い勝手のよさそうな短剣が並べられており
1つ1つ意匠が違う。アルトが欲しそうに眺めていると
好きなものを選んでいいと言われて、嬉しそうに選び
僕にも、好きなものをと勧めてくれたため
有難く、1つ頂いた。
気に入ったものがあれば
持っていってくれて構わないと言われているが
1つで十分です。
月光は、アギトさんとクリスさんは魔物の素材を並べ
エリオさんは、魔道具を作って並べている。
ビートは、自分が読んだ本を詰め込んでいた。
サーラさんは、購入してきたお菓子を入れている。
誰の為かは、言わなくてもいいだろう。
サフィールさんは、特に何も置くことはなく
レンタルスペースとして、棚が足りない人に貸している。
お礼にお菓子やら、素材やらをもらっているが
素材は受け取り、お菓子の半分はアルトの棚へと直行している。
残りの半分は、きっとフィーの所に送っているのだろう。
フィーの棚には、小瓶に分けられたサフィールさんが作った飴とか
髪飾りなど、クマのリュックに入らなかったものが置かれている。
こうしてみると、棚一つにしても個性が光っていて
じっくりと、見ていくのも楽しい。
僕の棚はといえば、アギトさん達に納品している薬と同じものを
それなりの数を揃えて、種類ごとに箱に入れて並べている。
二日酔いの薬も、入れておいたはずだけど……僕の棚の前で
動かなくなっているという事は、数が足りなくなったのだろう。
医療院の薬よりも、高めの値段設定にしているが
売れ行きは、なかなかのものだ。一番需要の高い薬は
胃薬と二日酔いの薬なのは、言うまでもないけれど。
あとは、アルトに使っている髪専用のオイルを2種類おいている。
1つは無香のもの、もう1つは花の香りのするもの。
こちらも、それなりに売れていた。サーラさんが、ナンシーさんに
話したらしく『ギルドにも卸さないかと聞いてほしいと頼まれたの』と
言われたので、ギルドに卸すことになると材料が厳しいので
サーラさん達の分が、なくなりますがと返事をすると
『この話は、なかったことにするわね』と笑って
それ以降、話が浮上することは二度となかった。
ちなみに、アルトの棚はもちろんお菓子であふれかえっている。
酒肴の人達がお菓子を作ると、自分の棚に並べる前に
アルトの棚に、1つ2つ入れておいてくれるのだ。
その他のメンバーも
外出したさいに、美味しそうなものを見つけると購入して
アルトの棚に入れてくれるらしく、アルトは学校に行く前に
棚からお菓子を取り出して、鞄に詰めていく。
もちろん、酒肴の人達がもたせてくれるお菓子も忘れない。
大量のお菓子を、どうやって消費しているのかと聞いてみると
学校で食べたり、孤児院で食べたりしているとのことだ。
孤児院で食べるのなら、ちょうどいい量になるのかもしれない。
とりあえず、とうとうピクリとも動かなくなった
ゾンビを人間に戻すために、部屋に戻り薬を作り
水と、薬をゾンビ達に配ると飲み終わった人から
お礼と共に箱にお金を入れて、邪魔にならない場所で座ってじっとしていた。
やっぱり怖い……。
朝食の時間には、ある程度復活し
人間に戻っているのを見て、ホッと息をつく。
朝食が終わり、暫くすると完全回復したのか
あちらこちらで、活気が戻っていくのも何時もの話だ。
宴会から数日後、普段なら学校が休みの日も
朝から出かけていくのに、のんびりとしているアルトに
「遊びに行かないの?」と尋ねると「今日は、みんな用事があるんだって」と
つまらなさそうに教えてくれた。
僕は珈琲を、アルトは珈琲ミルクを飲みながら
久しぶりに、ゆっくりとした時間を過ごしていると
エリオさんが、魔物を狩りに行かないかと誘いをかけてくれる。
「セツっちとアルっちも行かないか?」
「何処に行くんですか?」
「ハルにはさ、雪の積もらない狩場があるのを知っているっしょ?」
「知っていますが、学院の学生と緑のランクまでの冒険者しか
許可されていないでしょう?」
エリオさん達が誘ってくれた場所は
ギルドが管理する、それなりに広大な狩場だ。
学院の冒険者科と緑のランクまでの冒険者が、狩を許されている場所でもある。
魔物の管理をしているというわけではなく、ただ雪が積もらないというだけ
だけど、それだけでも駆け出しの冒険者にとってはありがたい場所だと言える。
雪に対しての装備や、魔道具を揃えると結構な金額が飛んでいく。
登録したばかりの冒険者にとって、それは死活問題にもなるだろうし……。
他国に対して、冒険者になるにはいい環境がそろっているともいえる。
さすが、ギルド本部がある国といったところなんだろうか。
「冬の間はさ、魔物も動物も食料が乏しくなるだろ?
だから、学生や黄や緑のランクの奴らには荷が重い魔物が
ちょこちょこ、出没するんだわ」
「それを、狩に行くんですか?」
「そうそう。冬の間の黒のチームの仕事の1つになってる。
そんなに、まめにいく必要はないけど
今日は、天気がいいから行こうかということになったらしい」
「他の冒険者に、依頼を出すことはないんですか?」
「依頼に人が殺到するっしょ?
殺伐とした、依頼の取り合いになったことがあったらしくて
黒のチームと、その同盟チームということになったらしい」
「そうなんですか」
だとすると、僕は参加しないほうがいいだろう。
「今日は、黒と母さん以外全員行くと思うから
セツっち達も行くっしょ?」
「5番隊も行くんですか?」
「あいつらは、食材採取をする予定っしょ。
雪茸がとれるからな。黒達と母さんは
ギルドに行くらしい」
「お誘いは、嬉しく思いますが
今日はやめておきます」
「何か予定でもあるのか?」
今まで黙っていたビートが、会話にまざる。
「予定はありませんが、やっておきたい事があるので」
「やっておきたい事?」
「はい。リペイドとサガーナに送る薬の調合を」
ウィルキス2の月の、生存報告をまだ送っていない。
「あぁ、お前専属契約を結んでたもんな」
「それなら、仕方ないっしょ」
エリオさんが、肩をすくめながら笑い
ビートも「仕方ないな」と告げた。
「アルっちはどうする?」
「うーーん」
「行くなら、俺とエリオでPTを組もうぜ」
「PTを組んでどうするの?」
「酒肴の奴らと、どちらが多く獲物を狩るか競争だな」
「競争!」
アルトの耳と尻尾が動く。
アルトは、見た目とちがって好戦的だ。
「楽しそうっしょ?」
「楽しそうだけど……」
「どうしたんだ?」
どうしようか悩んでいるアルトに
ビートが首を傾げた。
「師匠は、行かないんでしょう?」
アルトが不安そうに僕を見る。
「うん。僕はやることがあるからね」
「じゃぁ、俺も行かない」
耳を寝かせ、尻尾もぱたりと落ちる。
行きたいけれど、僕がいないから行かないという選択をする
アルトに、エリオさんとビートが苦笑する。
「アルトは、行ってみたらどうかな?」
「だけど」
ずいぶん、馴染んできたと思っていたんだけどなぁ。
アルトが、躊躇するのが少し意外で驚くが表情には出さずに
言葉を続ける。そういえば、依頼はまだ僕としかしたことが
なかったんだった。
どの様な事柄でも、初めてというのは怖いもので
緊張するものだ。これを乗り越えることができたら
アルトはまた一歩進めるのかもしれない。
「報酬もでるし、自分が倒した魔物はキューブに入れて
引き取ってもらえば、お金になると思うよ」
「うぅぅぅぅ……」
「クロージャ達と一緒に、屋台でおやつを食べたり
したいって話していたでしょう?」
「そうだけど」
現在、アルトがお金を持っていない為
アルトの友人も、アルトに付き合って買い食いを
控えているらしい。その事をアルトから聞いて
ハルに居る間、お小遣いを渡そうか? と尋ねると
「俺は、冒険者だからいらない!」と返ってきたため渡していない。
「アルト、僕はここに居る。
大丈夫。どこにも行かないから。
不安に思ったり、帰りたいと思ったら
すぐに帰ってくればいいよ。だから、勇気を出して
一度行ってみたらいい」
「……」
不安そうに僕を見て、耳を寝かせるアルトに
周りは、自分達の用意をしつつも僕達の会話に
耳を傾けているようだ。だけど、誰もアルトを急かすことはしなかった。
「し、師匠から貰った魔道具を使ってもいい?」
「うん。アルトが好きな時に好きな魔道具を使うといいよ」
多分アルトが使ってもいいかと聞いたのは
僕の傍に転移することができる、魔道具だろう。
「俺、行ってみようかなぁ……」
どうしようか考えて、悩んで
狩に行くほうへと、心が傾いたようだ。
「おおー。アルっち、一緒に行くっしょ。
お昼には帰って来て、ここで飯を食うから
3時間か4時間程で、帰って来るっしょ」
エリオさんが、迷っているアルトの背中を押す。
「暫く、魔物と戦ってなかったろ?
腕が鈍るかもしれないぜ?」
「えー、それは嫌だ!」
「じゃぁ行くぞ」
ビートの後押しに、アルトは素直に頷いた。
「うん。師匠、俺行ってくる」
「行ってらっしゃい。
怪我をしないように、気を付けるんだよ。
自分より弱いからといって、油断しないように」
「はい!」
何かを吹っ切るように、真直ぐ僕を見て返事をするアルトに
頷くと、走って自分の部屋へと行き準備をしてから
庭へと歩いていく。
僕も、庭へと出て
全員が、転移魔法陣でバルタスさんの店の庭に行くのを
この人達は、玄関を使ったことがないなと思いながら
見送ったのだった。
黒とサーラさん達も、ギルドに用事があると出かけ
この家には、僕とセリアさんだけになった。
自室に戻り、リペイドと、サガーナは頼まれていないけど
契約内容だとはいえ、それぞれの国の実情を知っているだけに
お金だけもらって何もしないのは、心苦しいので
ハルに居る間だけでも、何か荷物を作ろうと決めていた。
薬と今では手に入りにくいお酒と、僕が作った魔道具。
ディルさんに、ムイの餌代。
あとは、アイリとユウイに、お菓子と本を数冊と
色鉛筆、ノートを入れて送ろう。
きっと喜んでくれるだろう。
リペイドとサガーナに送る荷物が整ったところで
リビングへと向かい、適当に飲み物を入れ
僕の為に作られていた、お菓子をつまみながら
時計を見ると、お昼まではまだ時間がありそうだ。
ぼんやりと、波の音を聞きながら
静かな時間を過ごす。
「セツナ」
セリアさんの声で、ゆっくりと意識が浮上する。
どうやら、微睡みの中にいたらしい。
「何かありましたか?」
「ベッドで寝たほうがいいワ」
「いえ、日差しがとても暖かくて……。
うとうとしていただけですから」
「そう?」
「はい」
「セツナは、日光浴が好きよネ。
サガーナでもよく、お日様にあたりながら寝ていたワ」
セリアさんの言葉に、軽く笑って頷く。
「そうそう、セツナにお願いがあったのヨ」
「何でしょうか?」
「あの黒い大きな楽器、ぴあの?
セツナは、あの楽器を演奏できるの?」
「できますよ」
この家にある楽器は、全て扱えるようだ。
曲も色々と頭の中に入っている。多分……この経験や情報は
かなでのものだと思う。かなでは……音楽の道を進んでいたのかもしれない。
名前も、奏でるからつけられているのかもしれないなと、考えたこともある。
だけど、そう断定するには決め手に欠けるところもある。
料理のレシピが、半端ないのだ。花井さんの記憶の分もあると思うけど
料理やお菓子などのレシピが、曲と同じぐらい入っている。
最初、かなでは料理人かもしれないと思っていたんだけど。
かなでは、日本でいったい何をしていたんだろうか?
ただ、その割にはハルで食べられている料理に手を加えているとは
いい難いかもしれない。ハンバーグはあるのにロールキャベツはないとか
ドーナツはあるのに、プリンはないとか……生クリームはあるのに
カスタードクリームはないとか、から揚げはあるのにとんかつがないとか
シチューはあるのに、グラタンがない。サンドウィッチはあるのに
ピザがない。
長い時を生きてきているのに……。
もしかしたら、もしかしたらだけど
かなでは、料理の味を忘れたくなかったのかもしれない。
思い入れのある料理の味を……。考えすぎかな。
「セツナ?」
「あ、はい」
「大丈夫?」
「大丈夫ですよ?」
「本当?」
「本当です」
最近のセリアさんは、心配性だ。
その理由の大半が、僕にあることを知っているため
何も言えないけれど。
「ピアノに興味があるんですか?」
「うん。どんな音がなるのか興味があるわ」
「そうですね。時間もありますし弾きましょうか?」
何時も僕を、正気に戻してくれるお礼と
謝罪を込めて…。
「ええ! お願いするわ!!!」
セリアさんが、目を輝かせて僕に抱き付いてくれるが
その体は、僕の体を素通りしていた。
「あれぇ? 行きすぎちゃったワ」と
呟いているセリアさんが、可愛らしい。
ピアノの傍に椅子を置くと、セリアさんが「ありがとう」と
言いながら椅子に座った。
僕は、ピアノの前の椅子に腰を下ろしそっと鍵盤に指を置く。
なぜか、胸が躍るような……。
切ない様な……そんな感情が去来する。
そっと目を閉じ、頭の中に浮かんでくる音を
鍵盤に伝えるために、指をゆっくりと動かしたのだった。
セリアさんに、お願いされてピアノを弾いている間に
全員が戻ったようで、窓の外でサーラさんと女性達が泣いていたり
エリオさんが沈んでいたり、アルトがセリアさんに怒ったり
相も変わらず混沌とした状態になっていたけれど
それは、それで楽しいかもしれないと
特に何を言うでもなく、皆の話を聞いていたのだった。
アルトはといえば、僕以外の人と依頼を完遂させることができ
依頼料も入ったことから、忙しなく耳と尻尾を動かし
上機嫌で僕に色々と報告してくれた。
アラディスさんに、一撃で魔物を倒せる腕を褒められたこと。
エリオさんとビートに、セルリマ湖で会った時もよりも
強くなったと言って貰えた事。フリードさんとダウロさんに
獲物の気配を察知するのが早いと、驚かれたことなど
楽しそう語る姿が、眩しく思えた。
また一つ、自分の殻を破り成長を見せたアルト。
こうやって、あっという間に大人になっていくんだろう。
「師匠、それでね」
「うん」
「競争は、3位だったんだー」
そう言って、今まで元気に振っていた尻尾が少し落ち込んだように
揺れていたけど、すぐに元気を取り戻して
「だけど、次は負けない!」と拳を握って力説していたから
負けたことも、いい経験になったようだった。
楽しそうに、嬉しそうに笑うアルトを見て
セリアさんを彼の元へ送り届けたら、ハルへ戻って
暫くは、ここで活動しようと心に決めたのだった。
「行ってきます」
どこか、元気がないアルトの声に
サーラさんが、心配そうにアルトの背中を見ていた。
昨日、学校から帰って来てから元気がなかった。
朝家を出るときは、狩の事を話すんだと楽しそうに
学校に行ったことから、学校で何かあったのだと思う。
何があったのか、サーラさんとセリアさんが一緒になって
聞き出そうとしていたが、頑なとして話そうとはしなかった。
僕の方を見て、話を聞けといった視線を送っていたけれど
やんわりと笑って、躱すことにした。話さないと決めたら
アルトは絶対に話さない。
それを、無理やり聞き出そうとは思わないから。
クローディオさん達が「屋台で食ってこなかったのか?」と
不思議そうに、アルトに尋ねると「お金を貯めるんだって」と
返事をしたきり、会話は打ち切りになった。
孤児院の子供達が、どうしてお金を貯めることになったのかは
教えてもらえなかったようだ。どうやら、話すなと言われているらしい。
「サーラさん」
何時までも、転移魔法陣の方を見ているサーラさんに声をかける。
「うん。アルトは大丈夫よね?」
「大丈夫です」
「そうね」
やっと笑顔を見せて、ソファーへと座り息をつく。
「初めての子供だった、クリスちゃんが学校へ行き始めた時は
とても心配だったのを覚えているけど、エリオちゃんと
ビートちゃんは、あまり心配しなかったのに……」
サーラさんの呟きに、クリスさんがため息をつき
エリオさんとビートが、眉間にしわを寄せている。
何を話すつもりだ、といったところだろうか。
「サーラ」
サーラさんが何かを話す前に、アギトさんがサーラさんを呼んだ
「私は、ギルドに行くが……」
「……私も行くわ」
「わかった」
サーラさんが、その目に憂いを浮かばせながら
立ち上がり、アギトさんの後ろについて部屋を出ていった。
「気にするなよ」
ビートが、僕の肩を叩きながらそう告げ
庭へと出ていく。クリスさんは、アルヴァンさんと依頼に行くようだ。
白の依頼があるので、片付けてほしいと頼まれたらしい。
エレノアさん達は鍛冶場へ、サフィールさんとエリオさんは2階の図書室へ
そして酒肴の人達は、午前中は店の大掃除と獲物の解体をするらしく
昼食が少し遅れると、朝食の時に謝っていた。
1階には誰も居なくなったことから、僕も自分の部屋へと戻るか悩むが
アルトが「給食を食べたら、すぐに帰って来るからご飯をお願いします」と
酒肴の人達に頼んでいたのを思い出し、アルトが喜びそうなものでも作ろうかと
厨房へと足を向けた。
「何をするの?」
セリアさんが、指輪から出てきて首をかしげる。
「アルトの気分が浮上するように
アルトの好物を使って、何か作ろうかなと」
「昨日から、落ち込んでいたものネ」
「僕は、今日セリアさんが
アルトについていくのかと思っていましたが」
「うーん。心配だったけど
昨日の夜も、今日の朝もしっかりとご飯を食べていたから
大丈夫かなって、思ったノ」
「確かに、そうですね」
「それで、何を作るの?」
「何を作ろうかなぁ……」
「アルトの好物といえば、肉かしラ」
「お肉は、多分酒肴の人達が
調理をすると思うんですよね」
「そうね」
「だから、僕はチーズを使った料理を作ってみようかな?」
「あー。アルトはチーズ好きよね。
朝食のパンに、蜂蜜を塗るかチーズを挟むかで
悩んで、結局両方たべていくものネ」
セリアさんと話しながら、食料庫へと降り
レシピを頭の中で展開しながら、材料を集めていく。
作ろうと思っているのは、ピザだ。
多分喜んでくれると思うんだけど。後、ピザといえば炭酸系の
飲み物かな? 天然の炭酸水はバートル湖で汲むことができるが
この家の、食料庫の隅の方にある樽にはカイルが気に入った
水が樽からわくようになっており、いつ見ても綺麗な水が
おさまっている。
多分、炭酸水をカイルはお酒を割るのに使っていたと思うが
バルタスさん達は、肉を柔らかくするために使っているようだ。
その樽を見て、サフィールさんが閉口していたけれど。
最近では、この家の非常識さになれたのか
新しいものを見ても、誰も驚かなくなってきていた。
そういえば、お酒を飲む機会が多いけど炭酸水で割っているのは
見たことがない。あまり、炭酸水は飲まないのかもしれない。
瓶に詰めて売れば、それなりに特産品になりそうなんだけど。
好まれないかもしれないけど、ジンジャーエールを作ろう。
誰も飲まなければ、自分で使えばいい。紅茶に入れてもいいし
お湯割りにしてもいい。ジンジャーシロップのレシピは
僕が覚えているものだ。鏡花が、何種類かスパイスを変えて
作ってくれたものの中で、僕が一番好きだったものだ……。
少し材料は異なってしまうけど、よく似たものができるだろう。
「色々と材料を使うのネ」
「そうですね、結構つかいますね」
適当な量の材料を、大きめの籠にのせていき
厨房へと戻る。まずは、ジンジャーシロップから作り始める。
生姜を綺麗に洗い、薄切りにして生姜の量と同じだけの
砂糖を薄切りの生姜の上に乗せ、そのまま置いておく。
その間に、ピザ生地を作るために粉を振るい
酵母を入れて、生地を作る。纏まったところで、発酵させる。
そういえば、何処の国に行っても
パンは柔らかいパンが主流だ。硬いパンもあるけれど
柔らかいパンのほうが多い。酵母を作ったのは誰なんだろうなぁ。
酵母の作り方も、頭の中にあるけれど
カイルではないような気がする。カイルは、手間のかかることは
しないと思うから。この国の人が発見したのか、それとも
僕の前に召喚された、67人の勇者のうちの誰かが伝えたのか
わからないけど……。
ハルに来て、気がついたことが一つあった。
ハルの文化は、日本よりに近いがやはり日本とは違う。
それでも、他国と比べて異様さが浮き彫りになるほど
凄まじく発展しているように思える。
なのに、ガーディルはそこまで特出した感じはなかった。
珍しいものも多いし、魔法技術に関してはハルと同等に
その地位を確立している。軍事力も高い国だ。
だからこそ、おかしいと感じた。
僕は、一度も日本に住んでいたころの事を
問われたことがないとおもう。覚えていない事の
方が多いけれど……。ガーディルも含めて
他国は、ハルの技術を手に入れようと画策しているというのに。
ガーディルは、僕の魔力と能力にしか興味がないようだった。
それがなかったから、殺されかけたわけだけど……。
医療の知識に関しては、それなりに役立つものを持っていると思う。
その他にも、利用しようと思えば利用できるものもあるはずだ。
なのに……。
まるで、その事に気がついていないかのように
抜け落ちているかのように、僕の知識には手を伸ばそうとはしなかった。
知識に関して、多分拷問を受けてはいないと思う。
ガーディルが、自国の文化や文明を大切に想い
影響を与えないように、勇者の知識を管理しているとは思えない。
有意義なことは、絶対に取り入れようとするはず。
なぜ? どうしてだ?
そう考えた時に、思い浮かんだのは蒼露様だった。
あの魔法を知った時の、蒼露様の嘆きと怒りは本物だったから。
ガーディルは、細心の注意を払って召喚魔法を使っていることを
隠している。他国に知られないようにする為もあるだろうが
多分、精霊に勘付かれないために……。
そうなると……あの魔法陣や魔法が、精霊には感知できないレベルで
隠されていることになる。花井さんの時代は、今の人達と比べることが
できないほど、魔力の高い人が多かったらしいが
それでも、精霊を欺けるような魔力を持つ人間は花井さんぐらい
だったんじゃないだろうか……。そうすると、あの魔法陣や魔法の構成には
人間以外の何かが関わっている可能性が高い。
そして、その何者かがガーディルの人間にも深い魔法をかけている
のかもしれない……。ハルと同じように血の制約みたいな魔法を。
そうなると、そのような魔法を使えるのは
僕の、知らない何かが居ると仮定しない限り
答えは1つしかでてこない……。
余計に、蒼露様には知られないほうがいいようだ。
上位精霊ですら、太刀打ちできないとなると蒼露様が自ら出ていきそうだから。
蒼露様は、クッカよりも遥かに魔力が高い。
疲弊した、精神を癒し魔力が完全に回復すれば
一番の魔力の持ち主という事になるだろう。
蒼露様は、精霊といいはしても精霊の枠の中には入らないのだろう。
蒼露様と僕では、多分僕の方が魔力は多いと思う。
完全回復した、蒼露様の魔力をしらないから多分ではあるけれど。
色々と頭の中で考えながら、トマトソースを作り
野菜を切って、ムイムイの肉で作ったベーコンを適当な大きさに切る。
途中で、生地のガス抜きをして二次発酵させ
鍋に、先ほどの生姜に水を入れ火にかけ暫くしてから
スパイスを、薄い布に纏めてひもで縛り入れる。
弱火で、焦げないように気を付けながら時々まぜて
ある程度に詰まったら、火からおろし煮沸消毒した瓶に
液体だけをこしていれて完成。
なかなか、いい感じにできたんじゃないだろうか。
「セツナ、生地が膨らんできたワ」
「そろそろいいかもしれませんね」
大体、同じ分量になるように生地を分けていく。
人数が多いことから、結構な量の生地ができたけど
多分、これでも足りないかもしれない。
できることが一通り終わり、時間を見ると
そろそろ、アルトが戻って来る時間になっていた。
誰もいないので、能力でピザカッターを数本作り
台の上に置いておく。
大きい、木のまな板の上に生地がつかないように
粉をひき、麺棒で丸く伸ばしていく。ある程度のばしたら
オーブン用の鉄板に、風の魔法を使い生地が焦げ付かないように
細工をしてから、ピザ生地の上にトマトソース、チーズ
野菜、ムイムイの肉のベーコンを乗せていく。
ここのオーブンは、3段式になっているので
一度に、3枚焼き上がる事になる。
大きめのお皿に、ピザができたての状態に保てるように時の魔法をかけ
温めてあったオーブンにピザを投入し、あとは焼き上がりを待つだけだった。





