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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ワレモコウ : 変化 』

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『 アルトと友人との会話 』

* クロージャ・セイル・ワイアット

  エミリア・ジャネット (孤児院の友達)

* ロイール (武器屋の子供)

* ミッシェル (お菓子屋の子供)


 扉を閉める音が、小さく響く。

扉を閉めるまでは、賑やかな声が聞こえていたけれど

扉を閉めると、何の音も聞こえなくなった。


寝るために、部屋へと戻ってきたのに

さっきまで、すごく眠たかったのに

今は、目が冴えていた……。


何時ものように、師匠に挨拶をして

優しい師匠の掌で、頭をなでてもらうはずだった。


なのに……。


「どうして、あんなことを言ってしまったんだろう」


心の中の気持ちが、ポツリと口から零れ落ちた。


「師匠の手を避けるつもりなんて……なかったのに」


師匠の手が頭にあたる寸前、セイル達の会話を思い出した。

だから、思わず避けてしまった。師匠もそして周りの人達も驚いたように

俺を見ていたから、師匠の手を避けた理由を慌てて口にした。


『お、おれ、俺、もう子供じゃないから!』


早く大人になりたいとは思っているし

師匠に、認めてもらえたことは嬉しい。

身長は、友達のみんなよりは低いけど俺は12才だ。

小さな子供じゃない。小さな子供じゃないけど……。


だけど……。

今日、クロージャ達には言えなかった言葉が口からもれる。


「俺は……師匠に頭をなでてもらえると幸せな気持ちになるんだ……」


サーラさんや、アギトさん。

バルタスさんや、エレノアさん。その他のメンバーの人達も

俺の頭をなでてくれるけど、師匠のように感じたことは一度もない。

嬉しいとは思うけど、それだけだった。


師匠も好きだし、サーラさん達の事も好きだ。

なのに、同じように褒めてもらえても

師匠とサーラさん達では何かが違うんだ……。


師匠に褒めてもらえると

泣きたいような、嬉しい様な、どう表現したらいいのかわからないほど

暖かい何かで、胸の奥が満たされる。


それは、初めて師匠が俺を抱きしめてくれたときにも感じた。

狼の姿になっても、可愛いと言ってくれたときにも感じた。

それが、何なのか俺は知らないし。それが、どうしてなのかもわからない。


何度か考えてみたこともあるけれど、わからなかった。

師匠が俺の師匠だからかもしれないけど、違うような気もした。

いつか、その理由がわかるときが来るだろうか?


今更、わかったとしても師匠の手はもう俺の頭をなでて

くれることはないだろうけど……。


このまま眠れる気がしなくて、机へと向かう。

机の引き出しを開けて、日記帳を取り出そうとしてない事に気がつく。


「そうだ、日記はやめたんだった……」


俺しかいない部屋に、俺の声が響く。

日記に今日の事を書けば、もしかしたらさっきの言葉が

本心じゃないって、気がついてくれるかもしれないと思ったのに。


日記をやめてしまったことも、少し後悔し始めている。

1日あった事、不思議に思ったことを日記に書いて師匠が答えてくれるのを

俺は楽しみにしていたのに。


それが、当たり前になっていって忘れてしまっていたけど。

俺は、自分で師匠との時間を減らしてしまったんだと最近気がついた。


日記がなくても、師匠との会話でいろいろ教えてもらえるけど

一日の終わりに思い出すことも多くて、思い出したことを明日聞こうとして

そのまま忘れていたり。


日記なら、ゆっくり落ち着いてまとめることができるけど

皆が居る部屋では、師匠だけと話すわけじゃないから

ぽろぽろと抜け落ちることも多かった。


机に向かっても、やることがない。

本を読む気もしない。ぼんやりと椅子に座っていると

俺の後ろから声がした。


「アルト君。眠らないの?」


振り向くと、セリアさんが浮いている。

ノックぐらいしてほしいと思うけど、セリアさんは幽霊だから

扉を叩くことができないなと思い、何も言わずにセリアさんの問いに答える。


「眠くなくなった……」


「じゃぁ、部屋に戻ったらいいと思うワ」


「……」


「どうしたの?」


「戻りたくない」


「どうして?」


「わからない……けど」


「そう」


「セリアさんは、俺に何か用事?

 師匠に何か言われたの?」


「セツナ? 彼は何も言わないわ」


「なら、どうして?」


「うーん、アルト君が起きていたら

 少しだけ、話をしたいなと思ったノ」


「なにを?」


セリアさんは、ふよふよと浮きながらベッドへと座り

そして、その隣をポンポンと叩いて俺を呼ぶ。


椅子からおりて、セリアさんの隣に座ると

セリアさんが、俺の頭をそっとなでた。

セリアさんになでられても、全然なでられている気がしないけど。


「今日、お友達に何か言われたノ?」


セリアさんは、心配して様子を見に来てくれたのかもしれない。

セリアさんの表情は、心配そうに俺を見ていたから。


「何も言われてない」


これは本当の事だ、誰にも何も言われていない。

俺はただ会話を聞いていただけだ。返事を求められても

答える事が出来なかった。


「本当に?」


「うん」


俺は自分の気持ちを隠して、さっきと同じことを告げる。


「俺は、もう子供じゃないから」


俺の言葉に、セリアさんは小さく笑って「そう」と言った。


「なら、あの言葉はアルトの本心だったのネ?」


「……うん」


本当は違うけど、訂正する気にはならなかった。

訂正するという事は、俺はまだ子供なんだって認めることになるから。


セリアさんがもう一度俺の頭をなで、ベッドから浮き上がり

そのまま、ふよふよと飛んで扉の前まで移動し俺を振り返った。


「アルト君」


「なに?」


「心の声に、よく耳を傾けることが大事だと思うワ」


「心の声?」


「そうよ。皆と同じはとても居心地がいいけれど

 時に、大切なものを見失う事があるワ。

 アルト君の心の声が、アルト君に何かを伝えようとしているのなら

 その声をしっかり聞いたほうがいいと思うのヨ」


心の声って何だろう?

セリアさんが何を言いたいのかが分からなくて、首を傾げていると

セリアさんが笑って「今わからないなら、わからなくてもいいけど

心の片隅に、私が言ったことを覚えておいてほしいワ」と告げたあと

セリアさんは、俺の返事を待つことはせず

扉をすり抜けて、俺の部屋から出ていってしまった。


ベッドに寝っ転がりながら、セリアさんの言葉を考えてみる。

心の声ってどうやったら聞こえるんだろう? 頑張って聞こうとしてみたけど

聞こえなくて諦めた。


目を閉じると、意識はクロージャ達との会話へと流れていく。

頭の片隅で、セリアさんに聞いてもらえばよかったかなと思いながら

俺は今日のことを思い出していた。





『うぇー。さみぃ』


セイルが、釣り道具を片付けながら体を震わせる。


『早く、小屋に入ってあったまろうよー』


ジャネットが、セイルに声をかけてからエミリアとミッシェルと一緒に

釣りができる場所から、少し先にある休憩所として解放されている

小屋へと歩き出す。


女の子達は、今日は釣りをせず俺達が釣るのを見ながら

ずっと3人で話していた。釣りをしないなら、寒いところに来なくても

いいんじゃないかと思ったけれど、魚が釣れるのを見ているのは

楽しいらしいかった。まぁ、ジャネット達が釣り道具を持ってきていたとしたら

セイル達は、自分の釣りどころじゃなくなってしまうけど。


セイル達は、文句をいいながらも

ジャネットとエミリアのお願いを聞いて、餌をつけたり

魚を外したりとしてあげるから。


今日は学校が休みで、朝からクロージャ、セイル、ロイール、ワイアット

エミリア、ジャネット、ミッシェルと一緒に行動していた。


午前中は、図書館に集まって俺とクロージャと

ミッシェルは本を読み、セイル達は

昨日、時間内に終わらなかった宿題を頭を抱えながら片付けていた。


セイル達の宿題が終わったのが、そろそろお昼ご飯という時間で

お腹もすいたことから、一度家に戻ってご飯を食べようという事になった。


午後は、師匠から釣りの道具をもらったことを話したことから

釣りに行く予定になっており、お昼ご飯をお腹に詰め込んでから

待ち合わせの場所へと、走っていく。


全員が集まるのを待って、釣り場へと移動し新しい道具に

ワクワクしながら、釣りを始めたけど……今日は魚の機嫌が悪かったらしく

全員があまり釣れないという結果になってしまった。

俺1人なら、もう少し粘っていたかもしれないけど

魚が釣れないのと、寒さのせいでセイル達が「今日は終わろーぜ」と

言いだし、撤収という事になった。


まだまだ時間もあるし、少し温まってから帰ろうという事になり

休憩所で、持ってきたお菓子を広げることにする。

ミッシェルは、自分で作ってきたお菓子を

クロージャ達は、お金を出しあって

ロイールは、家に置いてあったというお菓子を

机の上に並べていく。


俺は、酒肴の3番隊の人達が作ってくれたお菓子を並べてから

人数分の、コップを鞄から出して暖かい珈琲ミルクを注いでいった。


初めて見る珈琲に、全員が興味を示して

恐る恐る口をつける。珈琲はそのまま飲むとものすごく苦いけど

お砂糖とミルクを入れると、とてもおいしい飲み物に生まれ変わる。


そのままの状態で飲むなどあり得ないと思うけど

師匠は、そのままの珈琲が好きみたいだ。あの苦さは、人が飲むものじゃないと

思うんだけどなぁ。


俺がクローディオさんに、入れてもらったのはもちろん

砂糖とミルク入りの甘いやつだ。

セイル達は、珈琲ミルクを一口飲んで口ぐちに美味しいと告げ

そして、あったまるーとホッとしたように息を吐いた。


クロージャとミッシェルに、珈琲の事を話したり

セイルと釣りの話をしたり、ロイールと武器の話をしたり

適当にお菓子に手を伸ばしながら、好きな事を話していた。

ミッシェル達は、武器の話や釣りの話は興味がないようで

俺達の会話には入ってこなかった。


俺達の会話が途切れ、お菓子を食べながら

なんとなく、女の子達の会話に耳を向ける。


『そういえば、エミリアは何かいいことでもあったの?』


『わかる?』


『ええ。とても嬉しそうにしているから。

 なにがあったの?』


お昼からずっとニコニコして、嬉しそうにしているエミリアに

ミッシェルが首を傾げながら理由を聞いていた。


俺も、そしてクロージャ達も興味を持ったのか

話をすることもなく、エミリア達を眺めている。


『あのね、大先生に褒めてもらえたの!

 頭をなでてくれたんだぁー。

 私、大先生に頭をなでてもらうの大好き!』


そう言って、エミリアは本当に幸せそうに笑う。

その気持ちは、俺もよくわかると。俺も師匠に頭をなでてもらうのが好きだと

伝えようとして口を開きかけた瞬間に、セイルがエミリアを見て鼻で笑った。


『小さいガキかよ。俺達はもう12才なんだぜ?

 ちび達と同じようなこと言ってんなよな』


セイルの言葉に、俺は思わず口を閉じてしまった。

セイルとエミリアの様子に、ジャネットがエミリアを庇うように

自分も、大先生に頭をなでてもらえると嬉しくなると告げ

ミッシェルは『私も、父に褒めてもらえるのは嬉しいわ』と言った。


『まぁ、女はそんなもんだよな。なぁクロージャ』


セイルに同意を求められたクロージャは、苦笑しながらも否定はしなかった。

ワイアットも、ロイールも頷いている。


『じゃぁ、クロージャもセイルも褒められても嬉しくないのね。

 私が、大先生にそう言ってあげるわ!』


少し怒ったように告げる、エミリアにセイルが言い返す。


『俺も褒められるのは嬉しいけどさ

 頭をなでられて、喜ぶほどガキじゃないって言ってんの』


セイルとエミリアの言い合いが

男子対女子になるのに、時間はかからなかった。

俺はといえば、その中に入ることができずに黙って成り行きを見ていた。


正直に、俺も師匠に褒めてもらえるのが好きと言うべきだろうと思う。

だけど、どうしてもそれを口に出すことができない。


小さな子ども扱いされたくないという気持ち。そして

クロージャ達と同じでいたいと思ってしまったのもあると思う……。


だから、会話には入らないでいたけれど

エミリアとセイルが同時に、俺はどう思うのかと聞いてきた。


『アルトは、どうなの?』


『アルトは、どうなんだ?』


2人からの言葉に、全員が俺の方を見たと思う。

俺は、どう答えようか内心焦りながら考えていたから

誰とも視線を合わせていなかった。


セイル達と同じだと答えれば、それは嘘をつくことになるし

エミリア達と同じだと答えれば、ガキだなと言われることになる。

どちらも嫌で、どうしようか悩んで顔をあげられないでいた。


『アルト?』


クロージャが、心配そうに俺を呼んでいる声で

返事をしなきゃと思い顔をあげてクロージャを見る。


『うん?』


『いや、大丈夫か?

 なんか、ぼーっとしてただろ? 調子悪いのか?』


『悪くない。次に何を食べるか考えてた』


『アルト。お前、俺達の話を聞いてなかったのかよ!』


セイルが、口をとがらせて俺に文句を言ってくる。

ちゃんと聞いていたけど、聞いていない事にして先ほどの返事を回避することに決めた。


『聞いてなかった』


『お前なー……』


『アルトらしいよねぇ』


『ねー』


エミリアとジャネットが、ため息をついてから笑い

セイルは『もういいか』といって笑った。先ほどの話が終わったことに

心の中で安堵する。セイルが、ミッシェルが作ったお菓子に手を伸ばし

口に入れて数回咀嚼し飲み込んでから、話そうと口を開くが

目は次に食べるお菓子を探しているようだ。こちらに視線を向けずに

話し始めた。


『そういえばさ、師匠に聞いてみてくれたか?』


『何を?』


『アルトの家に遊びに行っていいか!

 師匠が許可してくれないと、幽霊とゾンビが出るんだろ?』


『あー。駄目だって言われた』


『えー』


セイルが不服そうに眉をよせ、クロージャがため息を吐いてから

『理由は?』と聞く。


『師匠は、別にいいって言ってくれたんだけど

 エレノアさんが、師匠の家は特殊だから

 あまり人を入れるべきじゃないって言ったんだ』


『エレノアさん?』


『剣と盾のエレノアさん』


『はぁ?』


セイルが、気の抜けた声を出すが

セイルだけではなく、クロージャも目を丸めて俺を見ていた。


『どうして、アルトの家の事なのに

 剣と盾の黒の名前がでてくるんだ?』


『一緒に住んでるから?』


『……いや、意味が分からねぇから。

 なんで、一緒に住んでるんだよ? おかしいだろ』


『前まで、月光と一緒に生活していたのに

 今は、剣と盾のチームと一緒に生活してるのか?』


セイルがおかしいと言い、クロージャが疑問に思ったことを口に出した。


『月光も一緒に暮らしてる?』


『どーいう事だよ。

 なんで、疑問形なんだよ』


意味が分からないと、クロージャ達だけでなく

エミリア達も口を開いた。疑問形なのは、夜はみんな自分の家に戻るから

完全に一緒に暮らしているわけではないからだ。


『師匠の家で、月光、剣と盾、酒肴、邂逅の調べと

 一緒に生活しているような感じになってる』


『お前……それ……全部黒のチームじゃないか!』


セイルが声を張り上げて、思わずといった感じで立ち上がっている。

黒は尊敬されているし、英雄みたいな感じで憧れている人達が多い。

セイルも、そのうちの1人だ。セイルはアギトさんが好きらしい。

クロージャはエレノアさんが好きだと言っていた。


『すごいな……。

 どうして、黒のチームと一緒に生活することになったんだ?』


『うーん、俺にもよくわからないけど

 よくわからないうちに、一緒に生活することになったんだ』


『さっぱり、わからねぇ』


『全然、わからないな』


セイルとクロージャが、呆れたように俺を見るけど

あの家に、黒のチームの人達を呼んだのはセリアさんだ。

セリアさんの事は内緒だから、その事は言えないし

それに、説明するのも面倒だ……。


『じゃぁ、家に帰ったら黒がいつもいるのか!』


セイルが、好奇心を抑えきれないという感じで質問をぶつけてくる。


『うん。サフィさん以外は、夜自分の家に帰って

 朝6時ごろ、また家に来るけど。師匠の家の庭に、各チームの小屋があって

 その小屋から、チームの家に転移魔法陣があるから簡単に移動できるんだ』


『へぇ……。

 ああ、だから疑問形だったんだな。

 ずっと一緒にいるわけじゃないから』


『うん』


クロージャに返事をしていると、小さな声が俺の耳に届く。


『サフィールさんもいるのか……』


ロイールが少し顔を青くしながら、ぽそりと呟いた。

ミッシェルとワイアットを見ると、2人の顔色もよくない。


『サフィさんは、ずっといる。

 いつ帰ってもいるし、いつ見てもいる。

 サフィさんは……いつ寝てるんだろうって思うほど家にいる』


たまに出かけるときは、エレノアさんに引きずられて出かけることが多い。

サフィさんは、抵抗しているけどエレノアさんには勝てないみたいだ。


俺の言葉に、セイルが『サフィールさんがいるなら、家に行きたくないな』と告げ

その言葉に、クロージャ以外の全員が頷いているところを見ると

セイル達の中で、サフィールさんは怖い人という事になっているんだろうなと思った。


あの出来事は、簡単には記憶から消えないのかもしれない。

確かに、殺してもいいとか追放されるかもしれないとか

自業自得だとしても、不安になるような事ばかり言われていたから

苦手になるのは仕方がないかなぁ。


『サフィさんは、厳しい人だけど

 間違ったことをしなければ、怒る人じゃないよ』


『そうかもしれない……けどさ、怖いものは怖い』


『そうだと思いますけど……怖いです』


ロイールとミッシェルの小さなため息とともにもれた本音に

エミリアとジャネットは、頷きながら2人を慰めていたのだった。


『セイルもクロージャも、家に来たいって言ってくれたのに

 招待できなくてごめん。師匠の家は、師匠が招待するか

 同盟を組んだ冒険者しか入れない様に魔法がかけられたんだ』


俺の家に来るのを楽しみにしていた2人に、頭を下げる。


『いや……さすがに、黒が集まる家に行けるとは思わない』


『そうだな。それに、サフィールさんが居るんだったら

 怖いから、俺は行きたくないなぁ』


クロージャとセイルが気にするなと言ってくれてほっとする。


『でも、暁の風は月光だけなく黒のチーム全てと同盟を結んだんだな』


『すげぇ……なぁ』


そう、月光だけじゃなくて黒のチーム全部と同盟を組んだ。

師匠は、同盟を組むかどうかの選択を俺に決めさせてくれたけど

もう……あの一緒に暮らしているといってもいい状況になってしまえば

同盟を組んでいても、いなくても同じような気がすると答えたら

師匠が笑って『そうだね』と答えていた。


月光の人達は、最初から俺に優しくしてくれた。


酒肴の人達は、いつも賑やかでうるさいし

俺の事をからかったりしてうざい時もあるけど、美味しいものを食べさせてくる。


剣と盾の人達は、俺の話を真剣に聞いて武器や防具の作成の話に入れてくれる。


邂逅の調べの、サフィさんはちょっと変わってるけど

俺に、師匠と同じ魔道具を作ってくれた。フィーとは友達になれた。


師匠と2人で、旅ができたらいいと

師匠と俺の事を、誰にもわかってもらえなくても

師匠が居ればそれでいいと思っていた。


だけど……。理解してくれる人が居るというのは

とても幸せなことなんだと気がついた。師匠や俺の味方がいる。

それも同じ冒険者で、王様や代表と呼ばれる人じゃなくて

国を優先的に考える人達じゃなくて、俺達の身近な人が

俺達の味方でいてくれるんだ……。


酒肴の獣人族の人達も、最初は師匠を警戒していたみたいだけど

今は、師匠を認めてくれていると思う。師匠に格闘を習っているし

師匠がお酒を飲み過ぎていたら、師匠の体を心配して注意をしてくれている。


今の家は、師匠にとってはどうかはわからないけど

俺にとっては、居心地が良かった。ハルにきて良かったと思った。


だから、師匠が『そうだね』と笑った後に

同盟を組んでもいいと思うと、師匠に告げたんだ。


『しかし、これでやっと謎が解けた』


クロージャが、スッキリしたような顔を見せて笑う。

その後に続けて、ミッシェルも『私も謎が解けました』と笑った。


『謎って何?』


『なぜアルトが、邂逅の調べの黒をサフィさんと親しげに呼んでいたのか

 気になっていた』


『どうしてアルトが、酒肴の人達が作ったお菓子をいつも持ってこれるのか

 気になっていたの。酒肴は料理屋でお菓子は提供していないから』


『フィーに、サフィールさんの事をサフィさんと呼ぶように言われたんだ。

 酒肴は、皆の食事を作ってくれるからそのついでに、お菓子も作ってくれるんだ』


『フィーって、サフィールさんの精霊か?』


『そうなのね』


クロージャに答えながら、ミッシェルに頷く。

ミッシェルは、それで満足したのか珈琲ミルクを飲みながら

俺とクロージャの会話に耳を傾けていた。


『うん。そう』


『精霊に、名前を呼ぶのを許してもらえたんだ』


『友達だから』


『アルトはすごいな……』


『俺じゃなくて、師匠がすごいんだ』


『俺には、お前の師匠がすごいようには見えない』


俺とクロージャの会話に、ワイアットが口を挟んできた。

相変わらず、俺の事が気に入らないようで何かにつけて

毒を吐いてくる。


『ワイアット』


クロージャが、ワイアットを止めようとするが

ワイアットは、話すのをやめなかった。


『本当の事だろう? ビートやエリオのほうが

 どう見ても強そうじゃんかよ』


『……』


ワイアットの言葉を誰も否定しない。

クロージャでさえ、視線を彷徨わせている。


『確かに、師匠は強そうには見えないなぁ』


セイルが、俺を気遣うような視線を向けながらも

正直な感想を口にした。


『かっこいいけどねー』


『かっこいいよねー』


『素敵だよね』


エミリア、ジャネット、ミッシェルは全然関係ないことを言い

そして、全然関係ない話で盛り上がっている。


『師匠が強いって思ってんのは、お前だけだろ?』


俺を馬鹿にしたような表情で、ワイアットが俺を見る。

何時もなら、師匠の悪口を言われたら言い返すんだけど

この問題はもう、解決したことだからその結果を話すだけにする。


『師匠は強い。誰よりも強い。

 だけど、その強さは冒険者ではないワイアット達にはわからない』


『お前っ……』


ワイアットが、顔を赤くして俺を睨むように見てくるが気にならない。


『師匠の強さは、一流の冒険者にしかわからないって

 アギトさんが言っていた。冒険者でも小物で終わる奴らには

 一生かかっても、師匠の強さを知ることはできないって』


ワイアットが、奥歯をかみしめる音が聞こえる。

俺の言葉の何かが気に障ったようだけど、最初に話を向けたのは

ワイアットだ。


最初の頃、酒肴の人達もお酒を飲んだ時

ワイアットと同じことを言っていた。強そうには見えない。

冒険者には見えないって。師匠は、笑ってみんなの話を聞いていたけれど

俺は、苛々しながらその話を聞いていた。師匠は誰よりも強いのにって!


そんな、ガヤガヤとした会話にアギトさんがポソリと言葉を落としたんだ。

『小物に、セツナの強さを感じろというのは酷な話だな』と。

その瞬間会話が終了した。


それから、誰ものその話を蒸し返そうとはしなかったし

その出来事は、なかったことにされている。

きっと、小物扱いされるのが嫌だったんだと思う。


『だから、ワイアット達がわからなくても仕方ないと思う。

 ワイアット達は、冒険者じゃないんだから』


俺の言葉が終わると同時に、ワイアットが机を両手で叩きつけて

立ち上がる。その顔は怒りで真っ赤だった。殴り掛かって来るかなと

一応警戒していたけれど、ワイアットはそのまま自分の荷物を掴むと

扉を叩きつけるようにして、小屋から出ていった。


セイルが『あちゃー』と声をだし、ロイールが肩を竦め

クロージャは黙って、扉の向こうのワイアットを見つめてから

俺と視線を合わせる。


『確かに、冒険者じゃない俺達が

 冒険者の強さを知ることはできないな。悪かった』


『いいよ。俺は気にしてない』


『悪かったなアルト』


『うん』


クロージャとセイルが謝ってくれ

ジャネット達は、ワイアットが怒って出ていったことに驚いていたが

すぐに、自分達の会話に戻り盛り上がっていた。黒のチームの中で

誰が好みかで、意見が分かれているようだ。


クロージャ達が、呆れた視線でエミリア達を見た後

『ワイアットも帰ったし、俺達も帰るかと』言い、机の上を片付けて

家に帰ることにした。余ったお菓子をもらって、鞄の中に詰め込んでいる時に

家に余っていた、リペイドのお菓子を持ってきたことを思い出し

ミッシェルとロイールに渡す。


ミッシェルは、リペイドのお菓子を見た瞬間

目を見開いて俺を見て、それから、本当にうれしそうに笑ってお礼を言ってくれた。

ミッシェルの夢は、世界中のお菓子の研究だと言っていたから

余ったのを持ってきたんだ。ロイールはそのついでだけど。


エミリアとジャネットに良かったねと声をかけられている

ミッシェルをクロージャがじっと見ていて、少しだけ優しげに

笑っていたのが記憶に残った……。




「はぁ……。思い出さなければ良かったのに」と思わず呟き

閉じていた眼を開けた。


師匠にお休みの挨拶をするまで、忘れていたのに……。

ずっと忘れたままでいたら、こんなに悩まなかったのになと

思い出したことに悪態をつき、もやもやする気持ちを抱えたまま

ベッドにもぐりこんで、目を閉じたのだった。




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