『 風に舞う花 : 後編 』
【 ノリス 】
微かに体を揺さぶられる感覚と、僕を呼ぶ声が聞こえた気がした。
ゆっくりと意識が浮上していき、ぼんやりとした視界に映ったのは
僕の隣で寝ていたはずのエリーだった。
「ノリス、起きて」
真面目な顔をして、僕の顔を覗きこんでいるエリーに
気を抜くと寝てしまいそうな頭で、声をかける。
「なに? どうしたの?」
「温室の扉が開く音がした」
「え?」
エリーの言葉に、寝ていた体を起こしてエリーと向き合う。
この家と土地は、孤児だった僕達に愛情を向けてくれた
大切な人から譲られた場所だ。
資産家だった彼らは、僕達にこの家と土地と花を育てるための
高価な設備ごと、僕達に譲ってくれていた。
温室は、その設備の一つだ。
「泥棒?」
「違う……」
断定するような、エリーの否定に内心首を傾げる。
「どうして、違うってわかるの?」
「音がして、すぐに温室の方を見たんだけど
多分、シエルちゃんだったと思う」
「シエルさん?」
「うん」
ベッドから降り、窓辺へ近づきカーテンをずらし
温室の方へと視線を向けると、小さな明かりが微かに滲んで見えた。
「何をしに行ったんだろう?」
「分からないから、ノリスを起こしたの」
「そっか……。
温室にいってみようか」
「うん」
近くの椅子に掛けてあった上着を羽織り
棚の上に置いてある、色時計に目を向けると
太陽が昇る2時間程前だった。
いつも起きる時間より1時間ぐらい早い起床だ。
今日は、お店がお休みだから、少しぐらい寝坊しても
よかったけど、結局……いつもと、似たり寄ったりの時間に起きていた。
「エリー、寒いから上着を着たほうがいいよ」
ごそごそと、衣装棚を開けて何かを探しているエリーに告げると
こちらを見ることなく、エリーが答えた。
「うん。一応、シエルちゃんにもストールを持っていこうと思って」
「そうだね」
エリーも上着を羽織り、シエルさんの為のストールを手に持ってから
僕を振り返り頷いた。
「行こうか」
「うん」
早足で、温室へと向かい静かに扉を開ける。
さほど広くない温室の片隅で
シエルさんが膝を抱えて地面に座っていた。
彼女が座っている場所は
今日か明日に花の芽が出るかもしれないと話していた場所だ。
「……」
エリーが彼女の名前を呼ぶために、口を開こうとするが
エリーの口から零れ落ちたのは、息をのむ音だった。
僕の視線も、エリーの視線もシエルさんに固定されている。
シエルさんは、まだ、芽が出ていない土の上を
ぼんやりと見つめながら静かに泣いていた。
声を上げることもなく、涙を落としている。
彼女のその姿が、とても脆く見えて……。
声をかけてしまうと、壊れて消えてしまいそうな気がして
僕もエリーも声を出すことを躊躇してしまったんだ。
彼女は……僕達の知らないところで
いつも、こんな風に泣いていたのだろうか……。
僕達がそこから動けずに、シエルさんを見つめていると
シエルさんが、こちらへと顔を向けた。
そして、目を大きく開いて、僕とエリーを凝視する。
「あ……」
シエルさんは、自分の涙に気がついて
その涙を隠すように、手で拭い立ち上がる。
彼女の、その姿を見て
僕とエリーは、やっと動くことができた。
エリーが、パタパタと足音をならしながら
シエルさんに、駆け寄っていく。
「シエルちゃん……大丈夫?」
目が赤くなっている彼女を心配そうに見ながら
エリーが、シエルさんの肩にストールをかけた。
「ありがとうございます」
シエルさんは、エリーが肩からかけたストールで
暖を取るように、両手でストールを握って頬におしあて
「暖かい……」と呟いた。
「これから本格的に、寒くなっていくから
薄着だと風邪ひいちゃうから」
「はい。気を付けます」
「うん……」
そこで、会話が途切れ少しの沈黙が訪れる。
シエルさんの涙の理由に、踏み込んでいいのかを
エリーが悩んでいる。もしかしたら、彼女の涙の理由が
自分にあるのかもしれないと考えているのかもしれない。
少し怯えた表情をしている、エリーのかわりに
僕が、彼女にその理由を聞くことにした。
「シエルさんは、ここで何をしていたの?」
僕の問いに、シエルさんは視線を落としながら
小さな声を響かせた。
「……花の芽が出る瞬間を見ようと思いました……」
「そっか……」
彼女が視線を落としている場所には
花の種がまかれている。
この花の種は、種をまいてから
4日から5日で芽が出るのだが
芽が出る瞬間が、特殊だった。
朝一番の太陽の光りが、土にあたると同時に
次々に芽を出し、大きな双葉が一斉に開いていく。
その光景は、一見の価値があるかもしれないと
伝えたのは、僕とエリーだった。
シエルさんは、僕達の言葉を覚えていたのだろう。
彼女が泣いていた理由を
僕は、ゆっくりと聞き出そうと思っていたのだけど
結論を急いだのか、エリーが先に口を開いた。
「……どうして、泣いていたの?」
エリーが、少しかすれた声でシエルさんに
泣いていた理由を問うた。
シエルさんは、俯いたまま顔を上げなかった。
そんな彼女の姿を見て、エリーが自分の手をぎゅっと握りしめ
彼女に聞き取れるギリギリの声をだす。
「もしかして……。私のせい?」
「え?」
その言葉に、シエルさんが驚いたように顔を上げてエリーを見た。
「わ、私の物覚えが悪いから!
し、シエルちゃんが嫌になって、な、悩んでいるんじゃないかって」
「え??」
「わ、わたし……が
シエルちゃんを、悩ませてるのかなって、思って」
「エリーさん?」
最近、エリーが気に病んで悩んでいたことを口にした。
ずっと、ずっと……我慢して心に積み重ねてきたモノが
一気にあふれ出し、エリーの涙と共に、口から零れ落ちていく。
シエルさんは、よっぽど驚いたのか何度か瞬きをしてから
本格的に泣き出している、エリーの背中を優しくなだめるように撫で
エリーの声に耳を傾けてくれていた。
「怖くて、ふ、不安で……不安で、しかたなくて」
今、エリーが口にしている不安や恐怖と同じものを
僕も同じように抱いている。
だけど……。僕が不安や恐怖の感情を表に出すと
きっと、今以上にエリーを追い詰めてしまう気がしたから
僕は平気な振りをすることを決めていた。
「祝福したい、気持ちは、あるの。
だけど、王侯貴族が集まる場所に行くのは怖い」
「……」
「シエルちゃんに、色々教えてもらって
頑張るって決めたのに、なかなか覚えれなくて
間に合わなかったらどうしようとか
シエルちゃんに、見捨てられたらどうしようとか
ずっと、そんな事ばかりが、頭をよぎるの」
「うん」
「食事をしても、味がしないし
寝ても、嫌な夢ばかり見るの」
「そう……」
「苦しい……」
シエルさんが、エリーの言葉に相槌を打ちながら
エリーの心が軽くなるように、心を砕いてくれていた。
「シエルちゃんが、泣いているのを見て
わ、私がもっとしっかりしていたらって
でも、それが、できなくて……。
ご、ごめんね。ごめんなさい」
「エリーさん」
シエルさんが、エリーを優しく呼ぶ。
その声は、彼女がエリーを大切に想っていてくれることが
十分にわかる声音だった。
だけど、エリーは、様々な感情が溢れて
彼女の呼びかけに、返事をすることもできずに
ハラハラと地面に涙の後をつけていく。
そんなエリーに、シエルさんは
苦笑に近い笑みを浮かべながら
自分のハンカチをそっと、エリーの目元にあてがった。
「エリーさん。
エリーさんのせいではありません」
「……」
エリーは、涙を落としながらシエルさんをじっと見つめる。
「本当ですよ」
「じゃぁ、どう、して
泣いて、いたの?」
「……」
「……いいたくないなら
むりに、きかないけど」
シエルさんの困ったような表情を見たエリーが
彼女から視線を外して項垂れた。
「セツナから、荷物が届いていたんです」
シエルさんが、泣いていた理由を聞いたのに
なぜか、シエルさんはセツナさんから荷物が届いたと
僕達に告げた。
話をはぐらかされたように感じたけれど
とりあえず、彼女の話を最後まで聞こうと思い
口を挟むことはしなかった。
「にもつ?」
「はい」
「セツナ君からもらった魔道具で届いたの?」
「そうです」
僕とエリーは、シエルさんがセツナさんから
特別な魔道具をもらったことを知っていた。
セツナさんが、シエルさんを置いて
リシアへと戻った後、少し落ち着いてから
シエルさんに、手紙や荷物を届けたいと思ったら
僕達がギルドへ依頼するから、遠慮せずに頼んでほしいと
伝えた時に、彼女が僕達にだけ秘密を教えてくれた。
ギルドを頼れない彼女のために
セツナさんは、とても貴重な魔道具を
シエルさんに与えてくれたのだと、話してくれた。
だから、手紙や荷物はセツナさんを通して
渡すことができるから、心配しないでほしいと伝えてくれたんだ。
僕達にだけ、魔道具のことを話してくれたのは
僕達のことを考えてくれたからだと思う。
知らなければ、僕達はきっとことあるごとに
ギルドに用事はないかと、尋ねていたと思うから。
「荷物の中身は、依頼していた衣装でした」
「間に合ったんだ……」
エリーが、安堵したように息を軽く吐き出した。
僕も、そっと息をはきだす。
衣装が届いた、それだけで
少し、息をするのが楽になった気がした。
「衣装の確認をして……。
手直しする個所をある程度決めておいて
今日の午前中にでも、エリーさんと相談しながら
手を入れようと思っていたのですが……」
会話の途中で、シエルさんが口を閉じて
ここではない場所を見るように、僕達から視線をそらし
一度、目を閉じてから、僕達を見て口を開いた。
「思っていたのですが
届いた衣装は、もう……手直しがされていたんです」
「え? セツナ君が直してくれたの?」
「セツナさんが、直してくれたんですか?」
エリーと僕が同時に、同じことを告げたのがおかしかったのか
シエルさんが、小さく笑いながら首を横に振った。
「いえ……違います」
「じゃぁ、誰が直してくれたのかな?」
「セツナさんが、お店の人に頼んでくれたのかも?」
「あぁ、なるほど!」
僕とエリーの会話に、シエルさんは小さな声で
「違います」と呟いた。
「違う?」
「セツナ君の手紙に、詳しいことが書かれていたの?」
「いえ、彼からの手紙には手直しをしてくれた方の
情報は何も書かれていませんでした」
彼女の否定に、僕とエリーが同時に首を傾げる。
「衣装の手直しをしてくれたのは……。
多分、私の母だと思います」
「……」
「……」
シエルさんの声音が、微かに震えたような気がしたけど
次の声音は、いつもの通りだったから気のせいかも知れない。
「何もいわれていないのに
どうしてわかったの?」
「衣装に、特殊な仕掛けが施されていましたから」
「特殊な仕掛け?」
「私達の一族の衣装には
必ず、複数の魔道具を装備できるように
手直しをするんです」
「……」
「……」
シエルさんが、上流階級の令嬢だと知ってはいるけれど
もしかすると……僕達が想像するよりも
さらに、上位の家の令嬢かもしれない……。
衣装に魔導具を装備する仕掛けを施すとか……。
僕達には、想像できない世界の話だ。
「そ、それで
どうして、シエルちゃんのお母さんが
手直しをしてくれたのかな?」
「わかりません」
「そっか……」
「だけど……。私の衣装の手直しもされていたので
両親には、私の居場所が知られたのだと思います……」
彼女の言葉に、僕もエリーも一瞬息をのんだ。
「つ、つれもどされちゃう?」
エリーが、シエルさんに帰って欲しくないというように
彼女の腕をぎゅっと握った。
「いえ……。連れ戻されることはありません」
「本当に?」
「はい。荷物の中に私の私物が
一緒に詰められていましたから……」
「……」
「……」
それは、帰って来るなってことなんだろうか?
だとしたら、それはそれで……とても悲しいことだ……。
僕がした想像と同じことを、エリーも考えたのだろう。
シエルさんの腕から手を放して、今度は彼女の手をぎゅっと握った。
「大丈夫です」
彼女が僕達を見て、優しい笑みをこぼす。
「セツナの手紙にも、両親からも……。
そのことについては、何も触れられていませんでしたが……」
シエルさんは、優しい笑みを浮かべたまま
透き通った綺麗な涙を、一つ地面へと落とした。
「両親は、私の生き方を尊重してくれたのだと思います」
シエルさんが、リペイドに来た理由を僕達は知らない。
彼女が自分から話そうとしない限り、僕もエリーも聞かないと決めていた。
「私は、両親から深い愛情を与えてもらいながら……。
今まで、何不自由なく育ててもらいながら
私は、国を……両親を……」
「シエルちゃん……」
そうか……。
シエルさんの涙の理由は……。
両親に対する想いの涙と……。
「何一つ……恩を返すことなく
私は、国を出てきてしまった……」
罪悪感だ……。
『私からは……暫く連絡は入れません。
私の居場所も』
シエルさんは、どんな想いを抱えながら
リシアの国を出て、僕達の国へ来たんだろう。
彼女が、自分の国や両親を愛していることは
僕達にも、痛いほど伝わってきている。
それなのに、彼女はその想いを愛する両親に
伝えることができないんだ。
彼女がどうして、そこまで頑なに連絡を取ることを
拒んでいるのかはわからないけれど……。
きっと、そうしなければならない理由が
シエルさんにはあるんだろうな……。
エリーが、シエルさんの涙を見て
もらい泣きしているの眺めながら
僕は、自分自身に不甲斐無さを感じていた。
シエルさんが、ここに来てから
彼女はずっと、僕達の隣に居て支えてくれていた。
自分に居場所を与えてくれたからという理由で
僕達に恩を感じてくれているから。
僕達は、初対面の彼女に酷いことをいったのに……。
『それに、両親が居るならちゃんと話し合って解決するべきよ』
解決できるのなら、解決したいに決まっている。
セツナさんが、彼女の家出に協力したのなら……それは……。
独りでは、解決できない問題だったのかもしれない。
僕達も、自分達では解決できないことを
彼に助けてもらったのだから……。
あの時のあの言葉を、エリーはずっと後悔していた。
知らない国で、友人も知り合いも誰一人いない場所で
慣れない仕事を、一生懸命覚えながら僕達の面倒も見てくれていた。
本当なら、彼女がこの生活に慣れるまで
僕達が、彼女を支えなければいけなかったのに……。
今の僕に、できることはないだろうか。
「……」
泣きながら笑っている二人をみて、必死に考える。
僕に、何かできることはないだろうか。
シエルさんが、想いを伝えることができないのなら
僕が、伝えるのはどうだろうかと考え
それは駄目だと、すぐに結論をだす。
彼女の気持ちを、僕が代弁してはいけない。
僕とエリーが、個人的にお礼の手紙を書くのは大丈夫だと思う。
だけど、そこにシエルさんのことを書いてはいけない。
シエルさんの居場所は、知らないことになっているのだから。
ああそうか。
だから、シエルさんの両親は手紙を書かなかった。
いや……書けなかったんだ。
シエルさんが、自分の居場所を知られることを
拒否しているから……。
正直、どうして僕達の衣装の問題が
シエルさんの両親に、伝わることになったのか
疑問に思う。まぁ、セツナさんが伝えたのだとは思うけど
なぜ、シエルさんの両親だったのだろうか……。
色々と、セツナさんに問いたい気持ちはあるけど
彼は、答えてはくれないだろうな。
何らかの形で、僕達が衣装を用意できないことを
シエルさんの両親は知ることになり、同時にシエルさんの居場所も
知ることになった。
シエルさんの両親は、僕達を助けてくれると同時に
自分達の娘に、遠く離れた場所に居ても
シエルさんを愛していると伝えたかったのかもしれない。
僕の、想像でしかないけれど。
シエルさんは、そんな両親の愛情を受け取って
様々な想いを伝えたいと思ったはずだ。
僕なら、そう思う……。
気持ちを返したいと思ってしまう。
でも、シエルさんはそれを良しとしなかった。
彼女は、自分の想いを胸に閉じ込めることを選んだんだ。
想いが、涙となって零れ落ちるほどの想いを……。
それでも、思いが涙となって零れ落ちても
彼女は、その想いを伝えることはしないのだろう。
「……」
だとすれば、どうやって彼女の想いを届けたらいいのだろう。
シエルさんの両親に、彼女も貴方達を愛しているのだと
どうやって、伝えたらいいのだろう……。
考えて、考えて、考えて、考えて……。
諦めかけたその時……。
「シエルちゃん!」
エリーがシエルさんを呼びながら、地面に向かって指をさした。
「あ……」
シエルさんが、エリーの指さす方へと目を向けた瞬間
太陽の光を浴びて、植えていた花の種が次々と土の中から芽をだし
芽をだすと同時に双葉が開いてく……。
わずかな時間に、大地を緑にかえていくその神秘に
シエルさんは、瞬きも忘れてその光景を眺めていた。
そんな彼女の表情を見て、僕は自分が花屋であることを思い出す。
文章を綴らなくても。言葉にしなくても。想いを伝える方法はある。
僕は、僕とエリーは、様々な想いを籠めて花を選ぶお客さんを見てきたんだ。
僕達は、そんな人達の手助けを今までしてきたんだ。
大切な人に、愛を伝える気持や
大切な人に、謝罪を伝える気持や
大切な人を、応援する想いや
大切な人を、祝福する気持ち……。
そして、時には……。
大切な人に、さようならを告げるための花も選んだ。
言葉にできない想いを、花に託してきたんだ……。
『素直に、言葉にできないときは
花に想いを託して渡すといいよ』
幼い僕にそういって、売り物の花を僕に与えてくれたのは
ラグルートさんだった。
僕とエリーは、よく似た時期に孤児院の前に置かれていたらしい。
まだ目も開いていない頃のことだから、その時の状況を
僕達は覚えていない。だから、他の子供達のように
僕達は、親という存在を知らずに育った。
最初から、親の存在を知らない僕達は
親を恋しがって泣くことはなかったけれど……。
その存在に、憧れてはいたと思う。
同じ時期に捨てられ、同じ年齢だった僕達は
兄妹のように、いつも一緒に行動していた。
ラグルートさんと出会ったきっかけは
些細なことで、エリーと喧嘩した日のことだ。
自分が悪い事に気がついていたけれど
思った以上に、エリーを傷つけてしまい
その場から逃げ出してしまったんだ。
落ち込みながら、フラフラと歩いている時に
ラグルートさんの敷地に入ってしまい
そこで、ラグルートさんに見つかって
お茶をごちそうになった。
ラグルートさんとシンディさんは
不法侵入した子供に、とても優しくしてくれた。
その優しさに、心が解れて泣き出した僕に
お二人は困ったように笑いながらも
僕の話を最後まで聞いてくれたんだ。
目を赤くして落ち込む僕を
花畑につれだして、先ほどの言葉と共に
売り物の花を摘んでくれた。
初めて見た花開く瞬間。
自分の目の前で、綺麗に花開くその様に
僕は、心を奪われたんだ。
そして、花に心奪われただけではなく。
その花を、僕にくれたラグルートさんと
僕の頭を優しく撫でてくれたシンディさんに
幼い僕は……親という存在を初めて意識した。
『花は、真直ぐに気持ちを届けてくれる。
ただし、想いを花に託すときは、託す花を間違ってはいけない』
そういって、楽しそうに笑うラグルートさんの姿を
僕は、今も覚えている。
『花を贈る時は、ちゃんと相手の顔をみて贈るんだ。
大丈夫。ノリス君なら、やりとげることができる』
目じりに皺を作りながら
ラグルートさんが、僕の背中を押してくれたんだ……。
僕から、エリーへの初めての贈り物は
『ごめんなさい』の気持ちを込めた花だった。
今日初めての太陽の光りの中で
エリーとシエルさんが、穏やかに笑いながら話している。
先ほどの光景が、二人にとって気持ちを入れ替えるきっかけに
なったのかもしれない。
エリーの不安を、シエルさんが完全に否定し
エリーの努力とその結果を、彼女は丁寧に説明していた。
彼女の説明によって、少し不安がやわらいだエリーを見て安堵する。
これからも、ジョルジュさんとソフィアさんの結婚式が終わるまで
僕もエリーも、不安にさいなまれることになると思うけど
こうやって、乗り越えていけたらいいと思うことにした。
シエルさんには、迷惑をかけてしまうことになるけど……。
だからこそ……。
僕が今できることを、彼女にしてあげたいと思う。
セツナさんが、彼女に望んでいたことを
僕もエリーも、同じように彼女に望んでいるから。
『シエルさん、笑ってください。
それが、僕達の願いです』
彼女が、この国で少しでも笑顔でいられるように……。
「エリー、シエルさん」
「うん? なに?」
「はい」
「手伝ってほしいことが、あるんだけどいい?」
「大丈夫だよ」
「大丈夫です」
僕の顔を首を傾げながら見ているエリーと
何を手伝いましょうか、と僕を見ているシエルさんに
ついて来てほしいとお願いしてから、歩き出す。
二人を伴ってついた場所は
花を栽培するために、必要な物をしまっている倉庫だ。
「で、何を手伝えばいいの?」
「衣装を手直ししてもらった
お礼を送ろうと思うんだ」
「……」
「……」
僕の提案に、二人がじっと僕を見つめた。
「心を籠めて、お礼をしよう。
僕は、花を育てるための土を配合するよ。
エリーは、花の種を植えるための植木鉢を選んで欲しい」
「うん。わかった」
「それから……。
シエルさんには、花の種を選んでほしいんだ」
エリーには、僕が何をしたいのかが分かったようだ。
うんうんと頷きながら。にっこりと僕に笑みを向けてくれた。
「花の種は、この棚で管理しているんだよ。
引き出しに貼り付けられている紙には
花の名前と、花言葉が記されているから
それを見て、贈る花をえらんでほしい」
シエルさんは、花の種がおさまっている棚へと視線を向けた。
花の名前の下に花言葉が記述されているのは
シンディさんが、僕達のために書いてくれたものだ。
「リシアでうまく育つのか……。
少し不安だけどね」
「大丈夫です……。
学院にいる、教授に教えを乞うこともできますから」
ハルの学院には、植物の研究をしながら育て方などを
教えている先生がいるのだと、シエルさんが話してくれた。
「なら、心配はいらないかな。
この辺りの種なら、数カ月で花を咲かせるよ」
「私が、選んでもいいんですか?」
「僕は、シエルさんが選ぶべきだと思った」
「私も、シエルちゃんが選ぶべきだと思う」
僕達の言葉に、シエルさんは一度俯いてから
顔を上げ、真直ぐ僕達に視線を向け……そして……。
見惚れるほど綺麗な礼をしてくれた。
「ありがとうございます……」
シエルさんの声は、少しだけ震えていたように思う。
だけど、その表情は嬉しそうに笑ってくれていたから
僕もエリーも、その笑みにつられるように笑った。
真剣な表情で、花の種を選んでいるシエルさんと
彼女同様、少し必死な顔つきで植木鉢を選んでいる
エリーをみて、手紙の内容を思いついた。
手紙には、花の育て方を記しておこう。
そして、僕が、土の配合を、エリーが植木鉢を
用意したことを書いておこう。
それから……花の種は僕達と共に働いている
友人が選んだことを伝えようと思う。
きっと……これだけで、シエルさんの両親は、
彼女の想いを理解してくれると思うんだ。
だけど、それだけじゃ足りない。
彼女の想いを伝えるには、それだけでは足りない。
だから、切り花ではなく。
綺麗に咲いている花の鉢植えではなく。
シエルさんに、花の種を選んでもらうことにした。
シエルさんの想いが詰まった花の種は
やがて芽吹いて……きっと、綺麗な花を咲かせる。
彼女の想いは、少し時間を得て……。
彼女の想いを抱いた花と共に、彼女の大切な人へと
届くことになるだろう。
花に託された想いを受け取ってしまえば……。
きっと、彼女の両親はその想いに応えたいと思うだろうから……。
きっと、シェルさんに手紙を送ってきてくれるだろう……。
そうしたら……。
贈った花が咲くころには
きっと、シエルさんも返事を書けるぐらいの気持ちになっている。
僕達が彼女を支えるから。
僕が、エリーとシエルさんの笑顔を守るから。
きっと……必ず。





