『 風が運んだもの : 後編 』
【 ディル 】
私の耳に、軽くため息をつくような音が届く。
その後「私には、代表達の気持ちがわかります」と
トリンの声が届いたことで、私の意識が浮上した。
「わかるのかい?」
「はい」
ロシュナ様とトリンが真面目な顔で、話し合っており
ハンク様は、ターナの入れたお茶を飲みながら
二人の会話を聞いていた。
エイクはというと、ふと思い出したように
自分の懐から封筒を取り出して、封を切り読みはじめた。
「今回、蒼露様の加護持ちを害そうとしたモノ達は
蒼露の樹に近づけなくなりました」
「……」
「それだけではなく……」
トリンが、眉間に皺を深く刻む。
「彼らの種族の村から
蒼露様は、蒼露の樹を消してしまわれた」
彼らは、今回の責任をロシュナ様と代表に押し付けようとし
彼らの言動に騙されたもの達が、武器を手に取り集まったところで
その村にある蒼露の樹が、まばゆい光を放ち
跡形も残らず消えたと、聞いた。
彼らが武器を手に持ってしまった気持ちは、私にも理解できる。
その情報が正当なものならば、私もまた武器を手にしていただろう。
蒼露様は、自分の命を削りに削ってまで
この国を、私達を守ろうとしてくださったのだ。
それなのに……。
蒼露様の御心を無下にした奏上を口にし
蒼露様の心を深く傷つけた……。
このことに、怒りを抱かぬはずはないのだ。
私とて、あの場で幾度、拳を握りしめたことか……。
「彼らの自業自得とはいえ
蒼露様の怒りと、その結果を見てしまうと
躊躇するのは、仕方がないことなのではないかと思います」
トリンのいい分に、ロシュナ様が苦い表情を浮かべる。
「正直、私もセツナさんの人となりを知っていなければ
ロシュナ様にすべて丸投げしていたと思いますし……」
「それは意外だな。
トリンなら、自分で管理すると思うのだが」
ロシュナ様の言葉に、トリンが首を横に振った。
「なにが、蒼露様やセツナさんの怒りに触れるかが
わからないのなら、警戒してしまうと思います。
自分の言動で……村から、蒼露の樹が消える。
それは……。死をもっても、償うことができない
罪だと思いますから」
「トリン……」
トリンは、蒼露の樹が消える原因となった
モノ達を許すつもりはないようだ。
「あれらがまいた種じゃ。
あれらが刈り取らねばならん」
ハンク様が、ロシュナ様を見る。
「誰のせいでもない。
あれらが、精霊の本質を理解せず
お前達の話を聞き流し、忠告を無視した報いじゃ。
蒼露の樹が真紅に染まった時に、引き返せばよかった」
ハンク様の言葉に、トリンが深く頷いた。
「自らの立場を守るために
嘘に嘘を重ねた結果、村のもの達の暴走を
止めることができなくなったのじゃからな」
「愚かなことです。
彼らは、蒼露様の御心を傷つけることしかしなかった」
トリンが、忌々しそうにそう口にし
渇いたのどを潤すように、少し冷えたお茶に口をつけた。
「蒼露の樹がある村に移動するか
そこに住み続けるかは、自由としたのだろう?」
「ああ」
「なら、後はその種族の問題じゃ。
我らが口をだす事ではない」
「そうだな」
ロシュナ様は、重々しくため息をついたあと
机の上に突っ伏して、動かなくなっているエイクを見た。
「お前は、何を寝ているんだ」
トリンが、エイクにそう声をかけるが
エイクはピクリとも動かず、その手に手紙を持ったままうめいていた。
「エイク?」
私がエイクに声をかけると、虚ろな目をしながら顔を上げた。
「お前、大丈夫か?」
トリンが、エイクの目を見て微かに体を引いた。
「大丈夫に見えるのか?」
「誰からの手紙だ?」
「……邂逅の黒のリーダーから」
「内容は?」
トリンの問いに、エイクが手紙を持ち上げ読み上げていく。
「学院に通う手続きはすべて完了した。
今期の入学は、病気の影響を考慮することになり
2カ月遅れとなる。それまでに、必ずハルに来るように。
白のランク及びギルドマスターになるために必要な
資格と学科の卒業資格の一覧を同封しておく。
学科の時間割は、僕がすべて決めておいてやったから
この通りに受講して、資格も取得していくように。
落第することなく、すべて順調に進んだとしても最低3年はかかる。
お前の頭だと、それ以上かかるかもしれないから覚悟してくるように。
リシアに滞在している間の食と住の心配はいらない。
あと、お前が気にしていた、獣人族でもギルドマスターに
なることができるのかという問いだが、資格を満たしているのなら
可能という返答を、総帥と初代の一族、両方から貰っている。
お前が、その道を行くと決めたから、僕はその道を支援しようと決めた。
途中で諦めることなどないように。
もし、弱音などはくことがあれば半殺しにしてやるから、覚えておくように」
「……」
「俺、白になってギルドマスターを目指すつもりだとしか
知らせてなかったのに、俺の知らないところで、全部用意されてる」
エイクが青い顔をして、トリンに一枚の用紙を渡した。
トリンがその用紙にさっと目を通すと、彼の顔が引きつったのを見た。
「お前……これが、本当に可能だと思っているのか?」
ロシュナ様がトリンから用紙を受け取り
ハンク様とその用紙を見た瞬間、その目が驚きで丸くなっている。
私も、用紙を見せてもらったが
その用紙には、びっしりと文字が連なっていた。
この一つ一つが、エイクが受講しろと告げられている
科目といわれているものであり、必要な資格ということなのだろう。
「俺の頭の出来だと、5年かけても終わらない気がする……。
必要な資格は、ギルドマスターになるための最低限の準備で
そこから、ギルドの仕事を学ばなければならないって書かれてたし……」
「そんなに、青い顔をしているのなら
今からでも断ればいいだろう」
「いや、断るという選択はない」
ここで断ったら、殺される……とエイクがぼそりと呟く。
「もともと、そう簡単になれるとは思ってない。
白になるだけでも、どれほどの時間がかかるかわからないけどなぁ……」
「……」
「それに、これは学科の時間割といわれるものだけどさ
午前中に集中して、午後からはあまり入ってないだろう?」
「この横の数字が時間で、この時間にこの勉強をするのか?」
「そうそう。
サフィさんは、勉強しながら依頼を受けることができるように
わざわざ、俺にあわせて時間割を考えてくれたんだ。
あと、半年単位で区切られているから
この辺りは、俺が好きに組み立てろということだろうなぁ」
「組み立てとは、どういう意味だ」
「半年学院に通ったら
次の半年は、学院を休んで依頼に集中するとかな。
どうしても、ランクを上げるには難易度の高い依頼を
受けることになる。依頼がリシア近辺だけとは限らない」
「なるほど」
「……だから、この1年は時間がふられているけど
ここから、時間がふられてない。1年後の時間割は
これを参考にして決めろって事だな」
「自分の好きなように、選べばいいんじゃないのか?」
「ある科目を理解していたほうが
違う科目の理解がしやすいというものがあってさ
前の時も、俺が組み立てた時間割を見て
サフィさんが、組み立て直してくれたことがあったんだ」
「そこまで、心を割いてくれているのか……」
「……サフィさんは、口は悪いし厳しい人だけど優しいよ」
エイクがそういって、笑みを浮かべた。
「ここまでしてもらっておいて
今更、できませんなんて、いいたくないだろう?
それに、俺も覚悟を決めたから……。
サフィさんに手紙を書いたんだ……」
「エイク?」
「正直、俺は……パーティーを抜けろといわれると思ってた。
クローディオからの手紙で、学院で勉強しなければならないことは
分かっていたし、な」
「……」
「だから、この手紙を読むのが怖かったんだ。
なのに、封を開けて見れば……もう、すべてが整えられていた。
早急だとは思うが、サフィさんは俺を支えようとしてくれている。
普通のチームなら、追放されても文句もいえない、いえないのに」
「それでも、私には果てしない道のりに見える」
「そうだなぁ。俺もそう思うよ。
先が見えないし、内心途方にもくれている……」
そういいながらも
エイクの目には確固とした決意の光が宿っている。
「それでもさ、俺が諦めない限りその道は続くんだ。
上手くいかないことも、弱音をはくこともあると思うが
俺が諦めない限り……。その道は必ず続く」
「白になるには
相当強くなければならないのだろう?」
「そうだけど、もし、俺に白になる力量がないのなら
サフィさんは、無理だとはっきり告げる人だ。
甘い夢を見させてくれる人じゃない。
無理だと宣告したうえで、他のものを推薦しろとか
いいそうだ……」
「お前は強くなる素質があるんだな」
「当たり前だろう? 今更なことをいうなよな」
「ふん」
「可能性があるから……。
サフィさんは、俺のために動いてくれたんだ……」
エイクが、手紙に視線を落とし
几帳面に綴られた、文字を見て嬉しそうに笑った。
「なら、死ぬ気でやり通せ」
「お前にいわれるまでもない」
「そうだな」
エイクを見るトリンの目には
羨望と諦観が見て取れた。
きっと、トリンも様々なことを学びたいのだろうと思う。
エイクが持ち帰った、本を譲り受けボロボロになるまで
何度も読み返し、エイクがいる時は理解できるまで
質問をしている姿を何度か目にしていた。
「なぁ」
「なんだ?」
「お前も来るか?」
「は? ふざけているのか」
エイクの言葉に、トリンが怒りの混じった声をだした。
「サフィさんが、俺の周りで学ぶ意思のある奴がいたら
一緒に連れて来いって書いていたからさ」
「なぜ……」
「……俺と共に歩んでくれる友がいるなら
共に学び共に進め……だってさ」
「私にはそんな金はない」
「1年間、衣食住すべて支援してくれるそうだ。
2年目以降は、食と住は支援してくれるらしい。
ただ、いくつか条件がある」
「条件?」
「ああ。まず、冒険者になること。
冒険者になった場合、黒のチームの仕事を手伝うこと。
黒のチームともめ事を起こさないこと。
リシアで生活する意味を理解すること。
リシアの法を順守すること。
それから、セツナとアルトに悪意を抱いていないこと、だな」
「リシアで生活する意味とは、どのような意味だ」
「リシアはさ、人間も獣人も半獣も平等なんだ。
リシアの民は、種族で誰かを差別することはない。
トリンも、クローディオ達からの手紙で知っているだろう」
「知ってはいる」
「だから、リシアで生活するつもりなら
そのことを念頭に置いておけってことだろうな。
ひどい場合、国外追放になるからなぁ。
まぁ、お前は大丈夫だろう?」
「……」
「お前、学院に興味を持っていただろ?
だから、俺と一緒に来いよ。
サガーナにギルドを作る手伝いをしてくれよ」
「簡単にいうな……」
トリンが、エイクから視線を外し
押し殺した声で呟いた。
「私は青狼だ。
外の世界へはいけない」
青狼だということが知れ渡れば
エラーナが狩りに来る……。
だから、トリンは外に行くこと諦めていた。
「ほら」
エイクがトリンの手に、何かを握らせた。
「これは?」
「指輪。指にはめて見ろよ」
訝し気に、エイクを見ながらも
トリンは、自分の指に指輪をはめた。
指輪をはめると同時に
トリンの髪の色と目の色が茶色に変化した。
「これがなんだというんだ?」
「トリンお兄ちゃんの
髪の色と目の色が、茶色に変わった」
暖炉のそばにいた、アイリとユウイが
こちらの方へときて、不思議そうにトリンを見ている。
「私の、髪と目の色が変わっている?」
「ちゃいろー」
二人が、トリンに頷き、エイクもまた頷いていた。
「セツナが作った魔道具らしいぜ」
「どうして……」
「月光の黒が、セツナに頼んでくれたようだ」
「だから、どうしてだ」
「アルトが、青狼だということが黒のチームにばれたからな。
それで月光の黒が、外に出たくても出れない獣人がいるんじゃないかと気を配り
セツナに指輪を作って欲しいと依頼してくれたようだ。
残りの4個は、セツナから蒼の長にだそうです」
エイクから差し出された指輪をロシュナ様が受け取り
じっと手のひらに乗る指輪を見つめる。
「指輪の大きさは、自動で変更されるようになっているそうです」
「どうして私に?」
「蒼の長、その指輪は自由に使ってくれていいと書かれていました。
外に出る必要がある時はその指輪をして出たほうがいいと……」
最近、色々と不穏な空気がサガーナを取り巻いている。
ロシュナ様を外には出したくないが……。
出なければいけない時が、あるかもしれないことを
彼は慮ってくれたのかもしれない。
「そうか。セツナは、青狼の一族を案じてくれているのだな」
「多分。そうだと思います」
「お礼の手紙を書かないといけないな。
何かお礼の品も贈りたいが……何がいいだろうか。
酒はこの前、送ったばかりだし……」
「なら、ルベルクスとかどうですか?
女達が、そろそろ収穫できそうだと話していたのを聞きました。
あの実は、サガーナにしかないものだから
セツナもアルトも食べたことがないと思いますよ」
エイクの提案に、ロシュナ様が何度か頷いた。
「ああ、そうしようか。
セツナ君が、時の魔法をかけた入れ物に
入れて送れば、腐ることもないだろう」
ルベルクスと聞いて、アイリとユウイの眉間に皺が寄った。
二人とも食べるのは好きだが、実がなっているのを見るのを酷く嫌がる。
この実は、木の幹や枝にびっしりと赤い実をつけるので
木が血を流しているように見えて嫌なのだと話していた。
ロシュナ様が、ターナにお茶のおかわりを頼み
そのお茶でのどを潤してから、穏やかな笑みを浮かべてエイクを見た。
「さて、エイク。
青狼で、リシアに行きたいものがいたら
共に、連れていってくれるかい?」
ロシュナ様の申し出に、エイクが勢いよく頭を下げた。
「申し訳ありません。
今回、俺はこいつとメリルしか
連れていくつもりはありません」
「メリルも連れていくのかい?」
「はい、シーナが不安定なようなら諦めましたが
普通に生活できるようになってきていますし
メリルは……俺の妻ですから。
彼女も、俺の力になりたいといってくれたので
一緒に、リシアに行くことに決めました」
「親の了承は得たのか?」
私の問いに、エイクが頷く。
「俺とメリルの両親も賛成してくれました。
冒険者になることも、視野に入れていたので
問題はないと思います。
本人も、楽しみにしているみたいでした」
「そうか。どうして、二人にしぼったんだい?」
ロシュナ様が、軽く首を傾げ疑問を口に出す。
「きっと、この1年は、俺も自分のことで精一杯になると思います。
その状況で、俺が手を伸ばせるのは二人が限度です」
「わかった。気にしないでほしい」
「はい」
「私は、まだ行くとはいっていない。
私のかわりに。違う奴を連れていけばいい」
「お前は、学びたくないのかよ?」
「……私は……ロシュナ様の補佐だ」
俯いてそう答えるトリンに、ロシュナ様が軽く息をついて
彼の名を呼んだ。
「トリン。学ぶ機会があるなら
その機会をその手に掴むべきじゃないのかい?」
「……」
「私の仕事なら、ハンクが暇そうにしているから
手伝ってもらうことができる」
「しかし」
「君達のその一歩が
今のサガーナを変える、一手になるかもしれない」
ロシュナ様の言葉に、トリンがハッとしたように顔を上げる。
「今回、邂逅の調べの黒のおかげで
エイクの道がつながった。この村にギルドを作るということは
リシアとの結びつきが強くなるということだ。
リシアの国が、どのような国か君の目で見てくるといい」
「そうそう。
セツナがリシアの守護者になったって書かれていたから
リシアとの繋がりは強めておいた方がいいと思うぜ」
「は?」
「セツナ君が、何になったって?」
「今、何ていったのだ」
「……」
「え? セツナがリシアの守護者になった……。
はぁ? あいつが、リシアの守護者!?」
私達と同じように、エイクが驚愕している理由は
きっと、その辺りを読み流していたのだろう……。
「それは本当のことなのかい?
リシアの守護者といえば
リシアで、リシアの王族と同じぐらいの
権力を与えられるんだよ」
「そうなんですか?」
思わず、ロシュナ様の説明に口を挟んでしまう。
「ディルさん、蒼の長のいってることは正しい。
リシアにとって、リシアの守護者は英雄と同じ……。
いや、それ以上の存在だ。
リシアの守護者を敵に回すことは
リシアの国が敵になるのと同義だと
学院の奴等が話しているのを聞いた」
「どうしてそんなことになっている……」
ハンク様が、理解できないというようにうなだれ
ロシュナ様も、言葉を失っているようだった。
「ああ……。なるほど。
この手紙の束は、その連絡なんでしょうね……」
トリンの言葉に、椅子に座る全員が机の上に積まれている手紙を見た。
エイクとトリンが手紙の束に手を伸ばし、封筒に押されている印を確認していた。
印を見れば、何処のギルドから送られてきたものかが
分かるようになっているらしい。
「ほとんどが、リシアのハルだな……」
「邂逅からの手紙には、詳しく記されていなかったのか?」
「書かれてない。
多分、その辺りはクローディオ達が知らせると思ったんだろう」
「あいつらからの手紙は?」
「この中にはいってんじゃね?」
「探すか……」
「適当に読んでいけば、そのうち見つかるだろ」
「確かに……」
「トリン」
2人の会話が、落ち着くのを待って
ロシュナ様が、トリンを呼んだ。
「はい」
「リシアで学んで来てくれるかい?」
「……」
「彼が守護者になることを選んだ国なら
できれば、繋がりを強くしておきたいからね」
「……はい」
ロシュナ様は、リシアとの繋がりを求めるようなことを
口にしたが、その本心は違うと誰もが分かっていた。
踏み出したい気持ちはあれど
ロシュナ様のことを想い、諦めようとしていたトリンに
ロシュナ様は、役割を与え、彼が踏み出しやすいように
その背中を押したのだ。
ロシュナ様の気持ちに、トリンも気がついて
少し、照れているようだったが、そんな気持ちを隠すように
トリンがエイクに目を向けて不敵に笑いながら口を開いた。
「お前より、私の方が先に必要資格を手にするかもしれないな」
「あー……」
エイクは、まったく反論せずに頭を抱えて机に突っ伏した。
邂逅の黒が認めているように、私もエイクは強くなると思っている。
そして、トリンもまた強くなる素質を持っている。
「おい……」
「俺は、お前と違って勉強は苦手なんだ。
本を読んだだけで、理解ができる頭じゃない!
うぅ……成績が悪いと……サフィさんが!」
エイクの体が小刻みに震えているのは、学院に通っていた時のことを
思い出しているからだろうか……。
トリンはそんなエイクを見て、呆れたように笑い
エイクの背中を数回叩いた。
「勉強で、お前が分からないところは
私が教えてやる。だから、お前は私が分からない
リシアでの生活を教えてくれればいい」
「ああ……。それなら、大丈夫だ。
あの国は、獣人に優しいから、何か困っていたら
すぐに手を差し伸べてくれる」
「そうか……楽しみだな」
トリンの声の響きが、本当に楽しみにしていることを
私達に伝えていた。
「お前、その代わり
絶対に勉強を教えろよな。絶対だぞ!」
必死の形相で、何度も念押しをするエイクに
トリンの笑みが、引きつったモノになっていた。
アイリもユウイも、エイクのその表情を見て
私達から距離を取り、暖炉のそばに移動している。
ハンク様は、エイクから視線を逸らし
ロシュナ様が、軽く咳払いをしてから指示を出した。
「さて……。
では、目の前にある手紙を片付けていくことにしようか」
「わしは、読みたくない気がする……」
ハンク様の言葉に頷きながらも
それぞれが、ため息を落としながら
自分の近くにある封筒を手に取り、封を切り読みはじめる。
手紙の内容は、一言で纏めると酷いとしかいいようがない。
あの男は、自重という言葉を知らないのだろうか?
すべての切っ掛けは、黒のチームに入るために
素行の悪い冒険者が、アルトに絡み
セツナに喧嘩を売ったことから始まったらしい。
セツナとアルトのすれ違いは
クローディオ達からの手紙で、知ってはいたが
それが、ここまで大きな事態に発展するのはなぜだ……?
アルトを害そうとした冒険者達を半殺しにしたあげく
自分の命を賭けて精霊を呼び出し、精霊の審判を開き
闘技場を海にかえ、出現した超大型の魔物を
リシアの王達と共に、巨大な光の剣で討伐し
そのあと、セツナを表舞台に上げた冒険者達の心を
完膚なきまでに折ったらしい。
この内容だけでも、意味が分からないのに
その後が更に分からない。
魔王になりかけたとは、どういう意味だ。
魔王を敵にまわすなとか、リシアと敵対はするなとか
手紙の内容が、余りにも必死過ぎる。
二つ名が黄昏の魔王などと
いったい、どのような真似をすれば
そんな二つ名がつくというのか……。
リシアの守護者と魔王は相反するモノではないのか?
そして最後に、必ずアルトを大切にという文字が綴られている。
アルトが魔王を止める鍵だと……。
そんなアルトにも、二つ名がつけられていた。
黄昏の弟子。魔王を止めるものという意味があるらしい……。
次々に手紙を読んでいくが
殆どが同じ内容だった。そして、彼らの混乱と興奮が
その文字や文章に反映されていた。
恐ろしい思いもしたようだが
それ以上に、心に焼き付く様な経験ができたことを
喜んでいる感情が文章から読み取れた。
男からの手紙は、大体が
セツナと剣と盾の黒との戦闘について書かれ
自分ももっと強くなると、決意表明が記されていた。
そして、超大型の魔物が、美味かったと書かれているが
自慢なら、親しいものに手紙を送れといいたい。
女からの手紙は、何枚にもわたって
セツナと黒の戦闘での演出と、セツナと上位精霊とのダンスが
素晴らしかったと綴られていた。
それだけ感動したということなのだろうが、そういった内容は
長に送らず……友人に送ればいいのだ……。
まぁ、ダンスの後の文章が本題なのだろうが……。
前置きが、長すぎる。
セツナは、蒼露様の加護だけではなく
風を司る最古の精霊からも、加護をもらったらしい。
その際に、告げられた言葉も書かれていた。
『貴方は、空を泳ぐ鳥でありなさい。
貴方の自由を奪う者。
貴方の意思を縛る者。
そのすべてを、私が司る風の敵とみなしましょう』
セツナの自由を奪うようなことをすれば
すべての風の精霊が……敵になるようだ……。
悪夢としかいいようがない。
あの男は、いったい何を目指しているのだろうか。
違うか……。目指す目指さないではなく……。
唯々、アルトにとって良い環境を追い求めていくうちに
ここまで来てしまったのだろう。
竜騎士の契約は、彼の都合のようだが。
アルトがセツナから旅立つまでに……。
彼自身が、興味を持てるようなモノが見つかればいい。
彼の本心を垣間見ることになった身としては
アルトのことだけではなく、彼自身の人生も大切に
して欲しいとは思っている。
手紙を読みながら、聞こえてくる小さな声に
時々、頷き、同意を示しながら、次々に封を切っていき
途中から、流れ作業のような感じになってしまったが
手紙を送ってきたもの達が、何を伝えたかったのかは理解した。
机の上の手紙がなくなり
各々で纏めたことを口にして、情報を纏めていく。
ハンク様とロシュナ様の顔色が悪い気がするが
きっと、私も同様の顔色になっているだろうから
気にしないことにした。
「まぁ……。
あの顔で、ここまで好戦的な性格をしているとは
誰も思わないだろうな……」
エイクの呟きに、それぞれが同意するように頷く。
疲れた私達の様子を見て「少し休憩してください」と
ターナが温かいお茶とお茶菓子を出してくれた。
暖炉のそばで美味しそうに頬張る
アイリとユウイを見て癒されていると
ロシュナ様が、私を呼んだ。
「ディル。セツナ君からの手紙は読んだのかい?」
「いいえ。今、読んでみます」
「ああ」
懐に入れていた封筒を取り出し、封を切ると
便箋が1枚と魔道具が一つはいっていた。
便箋に綴られた文字を読んでいくと
荷物が多くなったから、この魔道具を起動させると
荷物を届くようにしてあると書かれていた。
「荷物?」
皆が首を傾げる中、セツナの指示通りに
魔導具を置き起動させると、魔導具が光り
魔法陣が浮かび上がるが、机よりも魔法陣の方が大きいせいか
魔法陣が、クルクルと回るだけで何も起こらなかった。
机の上の魔道具を手に取ると、光が消え魔法陣も消える。
今度は、場所を確保してから床の上に置き魔道具を起動させる。
すると、魔導具が光り、魔法陣が浮かび上がると同時に
床の上に、沢山の木箱が送られてきたのだった。
「相変わらず、セツナ君の魔法は桁違いだね……」
「……」
一瞬で届いた荷物に、全員が茫然としていたが
最初に動いたのは、ユウイでターナが抱いていたのだが
暴れるようにして下りて、木箱の方へと駆けてきた。
「おとうたん、これなに?」
ユウイは目をキラキラと輝かせながら
私に抱き付いてくる。
「セツナからの荷物のようだ」
「しとーから!」
ユウイは、キャーと嬉しい悲鳴を上げて
木箱を早く開けようと、私を急かす。
アイリも私の横に居て、その目を輝かせていた。
「ディル。アイリとユウイの荷物があるなら
先に渡してあげるといい」
「ありがとうございます」
ロシュナ様もハンク様も
体全体で喜びを表現しているアイリとユウイに
優しい笑みを向けてくれていた。
「おとうたん、はやく」
「少し待て」
木箱の上にのせてある、便箋を手に取り読んでいく。
一番小さな箱を開けると、その箱には手紙が詰められていた。
アイリとユウイに、セツナとアルトからの手紙を渡し
ロシュナ様には、セツナからの手紙とクローディオからの手紙を
ハンク様には、アルトからの手紙を渡した。
「エイク、お前にも手紙が届いている」
「俺?」
「ああ、セツナとイーザルとこれは……。
シルキナから、メリル宛だな」
「あー。ちょっとメリルを呼んできます」
「わかった」
エイクが立ち上がり、急ぎ足で部屋を出ていった。
「おとうたん、ユイのにもつ、ありゅ?」
「手紙は読んだのか?」
「あとでー」
ユウイにとっては、手紙より荷物の方が気にかかるのだろう。
アイリはといえば、暖炉の前に座って一心不乱に
届いた手紙を読んでいる……。
先にユウイに荷物を渡したほうが
大人しくしているだろうと思い、便箋に視線を落とし読んでいく。
「この4個が、ユウイ宛の荷物だな」
「いっぱい!!」
私の言葉に、皆の視線がこちらへと向いた。
「セツナから二つ。アルトから二つ。
アイリにも同じだけ届いている」
アイリが、封筒へ手紙をしまいこちらへと来て
私が指さした木箱にふれた。
「ここだと、邪魔になるだろうから
私が運んであげよう。何処に運ぶ?」
トリンが、アイリとユウイの荷物を
暖炉から少し離れた場所へと移動させ
ユウイの面倒を見てくれている。
「お父さん」
「うん?」
「どうして、4個もあるの?」
「ああ、今月の分と来月の分らしい」
「来月?」
「セツナとアルトは、また旅に出るようだ」
「そうなんだ」
「来月は、手紙しか送れないかもしれないから
荷物は先に送ってくれたらしい。
2個あるうちの一つは、来月にならないと開かないように
魔法がかかっているようだ」
「そっかぁ」
セツナの心遣いに、アイリが本当に嬉しそうに笑った。
「アイリも、荷物を確認して来るといい。
お礼の手紙を書くのを忘れないようにな」
「うん!」
トリンにねだって、木箱を開けてもらったユウイは
ピョンピョンと飛び跳ねながら、トリンとターナに
荷物の中のものを見せ、床の上に並べていっていた。
ユウイが並べていくものを、トリンは興味深そうに眺めていたが
数冊の絵本を見つけ、手に取り読みはじめる。
すべてを並べ終えたユウイは
ターナに、入っていたお菓子を食べていいか聞いていたが
アイリが木箱を開けたのを見て、食べることよりも
アイリの木箱の中身が気になったのだろう。
ターナから離れて、アイリにへばりついていた。
ユウイがこちらを気にしていないうちに
荷物を確認して、ロシュナ様とハンク様の横に置く。
「私達にもあるのかい?」
「そのようです」
「セツナとアルトからで、2個になります」
「そうか」
ロシュナ様とハンク様に渡して残ったのは
私宛とエイク宛だった。エイクはメリルを連れて戻っており
エイクに手紙と荷物を渡すと、荷物をメリルに渡し
手紙は懐へとしまった。
メリルがどこか嬉しそうに箱を開けていく。
その表情は、アイリとユウイと同じに見えた。
ターナも私から荷物を受け取り、メリルと話しながら
楽しそうに木箱の蓋を開けている。
セツナからの荷物は、珍しいものが多い。
彼への手紙に、気を使わなくてもいいといつも伝えるのだが
彼からの返事は、おすそ分け程度のものなので
受け取ってくださいと返ってくる。
そして最後に必ず、美味しいお酒ができたら
教えてください、買いに行きますでしめられていた。
そんなに酒が好きなのか……。
確かに、サガーナの酒は外に出すことがないため
ここ以外で手に入ることは、殆どないといえるが……。
そこまで価値があるものなのだろうか。
そんなことを、酒の席でエイク達に尋ねると
私が思っていたよりも、サガーナの酒は高価なものとして
扱われているようだった。
売りに出せば、国が潤うかもしれないと
エイク達は笑っていたが、それが無理なことは
皆が理解していた。
他国へ売りに出すことができるほどの量が作れない。
希少価値がつけばつくほど、いらぬ火種を抱えることになる。
今は、蒼露の樹を守るだけで精一杯なのだから。
サガーナの酒は、売買されていない、という現状のまま
維持するのが一番良いと、誰もが理解していた。
だが……いつか、この国が他国に負けない
強い国になった暁には……自慢の酒を売りに出してみたいものだと
代表達が酒の席で語っていたことも知っていた。
「おかあたん、にもつなに?」
ターナが木箱を開けていることに気がつき
ユウイが、必死に背伸びをしながら箱の中を
覗きこもうとしている。
ターナがそんなユウイを笑いながら宥め
「今から、取り出すわね」とユウイの頭を撫でていた。
アイリは、アルトからの手紙を読んでいるようだ。
ロシュナ様とハンク様も、アルトの手紙を読んで笑っている。
トリンは、アイリに届いた本を読みながらエイクと会話していた。
ゆったりと流れる時間に
なぜか……胸がつまるような気持ちになった。
この幸せを手放したくないと、心の底から思い
心の中で、蒼露様に祈りを捧げる……。
この国が豊かになり、皆が幸せに暮らせますようにと……。
だが……そんな私の感傷を打ち砕いたのは……。
私とは価値観が完全に異なる、一人の青年だった。
セツナから届いた、木箱の中に詰められていたものが
この国では、絶対に手に入らないであろうスクリアロークスの肉であり
大瓶に詰められた、フェルドワイスの蜂蜜であり……。
その蜂蜜でつくられた、あまりにも高価すぎる飴だった……。
彼からの手紙には、精霊へのお礼の蜂蜜が大量に余ったので
送りますと書いてあった。
ギルドに売ればいいのではと思ったのだが
冒険者の一攫千金の夢を壊さないように
蜂蜜の価格を下げない範囲で売ったようだ。
他人のことなど考えず、すべて売ってしまえば
有り余る大金が手に入っただろうに……。
自分が守るモノ以外は、さほど興味がないはずなのに
彼は、今も……自分の中の規律を順守しているようだ……。
『僕と一緒に、世界を壊しに行こう?』
手紙をよこした、全員がセツナのこの言葉を記していた。
それだけ、鮮烈に記憶に残ったということは
きっと……彼は、この言葉に真実を混ぜたのだろう。
彼の生き方は、いまだに複雑なものであるようだ。
アイリとユウイの笑顔を見て、村人たちの笑顔を思い出す。
願わくば……。彼が魔王などにならず、アルトと共に
幸せを掴み取ってくれることを、祈らずにはいられなかった。





