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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ブルーポピー : 憩い 』

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『 灰色の鳥 』

【 ウィルキス4の月01日 : アラディス 】


「さて……。本題に戻りましょう。

 アラディスさん」


「なんだ?」


「何もせずに、消してしまうか

 この状態のまま、相手に返すか

 それとも、呪いを刻んで返すか

 相手を殺す魔法を刻むかで悩んでます。


 貴方ならどうしますか?」


穏やかに笑う彼に私は……

「君ならどうする?」と質問を返す。


「質問に質問で返すんですか?」


「君が得意な方法だろう?」


「そうですけどね」


「君に委ねるよ……」


「後悔しませんか?」


「しない」


エレノアの呪いが解けていなければ……。

私は躊躇なく、殺す方を選べただろう。

だが……今はもう、その選択肢を選べない。


あの国には、友がいる。騎士隊の奴等がいる。

そして、エレノアが愛する家族がいる……。


国が混乱してしまえば、エレノアの御父上と

兄上が前線に立つことになる。


彼等も強い人だが、周辺諸国が一斉に

反旗を翻してしまえば、どうすることもできない。


私が国を捨てる時に

秘密裏に助力してくれた人達なのだ

私の……義父であり義兄なのだ。

命を落としてほしくはない……。


国に嫌悪を感じるが、そこで生きている

彼等がいるから……。私は殺すことを選べない。


それでも、心が憎しみと焦燥を思い出し

殺してほしいと叫んでいるから

セツナの選択にゆだねることにした。


彼なら、殺すことを選ばないと思うから。


「そうですか」


セツナは私から、ゆるりとエレノアへと

視線を流す。


「エレノアさんは?」


「……貴殿に任せる」


「ヤトさんは?」


「セツナの思う通りに」


「クラールさんは?」


「エレノアが

 そう決めたのならば異存はない」


「レイファさんは?」


「私も夫と同じです」


「アルヴァンさん」


「私も、エレノアさんに同意する」


彼等がセツナに委ねるのは

彼が、この呪いを解いた本人であり

所有権がセツナにあるからだ。


まぁ……殺すことを選べば

エレノアは反対するだろうが

エレノアもまた、彼がその選択肢を

選ばない事を確信しているのだろう。


セツナは一人一人に質問していき

その意思を聞き、私達が後悔しないように

心を割いてくれていた……。


私達の長い長い苦しみや

憤り、哀しみ、焦燥や、恐怖を

彼は全部理解し、掬い取ってくれていた。

まるで、アルトを相手にしているかのように

その優しさを、私達に向けてくれている。


どんな教育を受ければ

こんな人間ができるんだ……。


ジャックは、セツナに何を引き継がせたかったのかと

考え、すぐにその答えが出た。


彼の今の立場が、それを証明している。


「なら、この蛇はここで消してしまう事にしましょう」


「理由を聞いてもいいか?」


「いいですよ」


「教えてくれ」


セツナは一度頷いて

話す内容を纏めるように、思案してから

口を開く。


「今までは、呪いが消滅したように

 見せかける魔法をジャックが刻んでいました。


 なので、この状態のまま呪いを相手に返すと

 ガイロンドの王に、エレノアさんが

 生きていることがばれてしまいます」


「それは駄目だ!」


思わず口を挟んだ私に、セツナが分かっていると

伝えるように頷く。


「僕も、そう思います。

 ガイロンドの王の中では

 もう、エレノアさんは生きていないことに

 なっていると思うので、知らせる必要は

 ないと思うんですよね」


それはそれで、腹が立つが……。


「呪いを刻んで返した場合も

 同じように、生きていることが

 ばれるので、これもいい案だとは言えません」


「……」


「最後に残った、王を暗殺するという選択を

 僕は一番推していたのですが……」


「……却下だ」


「そう言われると思っていたので

 悩んでいたんです」


「……」


「……」


「……」


選択肢などないだろうが、という心の声が

皆と一致していると思う。


結局、セツナが悩んでいたのは

王を殺すか殺さないかの二択だった……。


彼は、最後の選択肢を選ばないと思っていたのに!

エレノアも、目元に片手を押し当てて溜息を吐いている。


私が口を挟まなければ

どちらを選んでいたのか、と尋ねるのは

怖いのでやめておいた……。


本当に、こいつの頭の中は

どうなっているんだ?


「仕方がないので、蛇は消すことにしますが……。

 それだけでは、腹の虫がおさまらないので

 ちょっとした意趣返しを考えました」


「は?」


「エレノアさんが、苦しんだ時間と

 同じだけ苦しめると、元々精神がおかしいのに

 更におかしくなる可能性があるので

 長くて三カ月程度かな……」


私達に話しかけているのではなく

色々と頭の中の内容を纏めているようだ。

私達は、彼を見ている事しかできない。


セツナは、魔法を詠唱しかけるが

机の上の蛇を見て「邪魔だな」と呟き

簡単に消滅させてしまった。


自分の作業の邪魔だというだけで

消滅させられた蛇を少し憐れに想い

憐れに想っている自分に気がついて

笑いがこみ上げる。


蛇を消すときはもっと、どろどろした感情が

胸を支配すると思っていたのに、全くそんなことはなく

蛇の存在など、どうでもいいというように

自分が構築する魔法に、意識を取られているセツナを

間近で見ていて、脱力するように体の力が抜けていった。


それは私だけではなく、エレノアもクラール達も

同じようで、セツナの邪魔にならないように

体から力を抜きながら、小さく笑っている。


あぁ、笑えるんだな、と感じた。

笑えることが、嬉しくて

エレノアが笑っているのを見て、安堵して。


セツナ以外の全員が

ため息交じりの笑みを浮かべているのを見て

終わったのだと実感した……。


終わったのだと、認識できたことに驚き

私の思考も心も、離れることなく

この現実を納得して、夜を越えたのだと

本当の意味で、新しい朝が来るのだと理解した。


「……アラディス」


エレノアの声に、顔を上げると

涙が頬を伝い落ち机の上に落ちた。


「私達は、夜を越えたんだな」


私の零れた落ちた声に、エレノアが頷く。

まだ、胸の中には憎しみがあるのがわかる。

それでも……。私達は、長い長い夜を

全員で越えることができた。


「……皆が居てくれたから

 私は、心を折ることなく

 前を向いていられた。ありがとう」


そのありがとうには

色々な意味が込められていたと思う。


喜びも、罪悪感も、感謝も、敬愛も、痛みも

そんな全てを包み込んだ言葉だった……。


彼女が深く頭を下げたあと

はにかんだような満面の笑みを私達に見せてくれた。


そうだ……この笑顔だ。

ファライル隊長の隣でいつも浮かべていた。

満たされた時に見せるこの笑顔を見たかった。

ずっと、ずっと、ずっと、ずっと……。


ずっと……。


エレノアを抱きしめようと手を伸ばすが

私が手を伸ばすよりも、レイファがエレノアを

抱きしめるほうが早かった。


許せない。


「アラディス。

 レイファを睨むな」


クラールに冷たい目を向けられ溜息を落とす。

エレノアとレイファの穏やかな表情に

毒気を抜かれ、二人を静かに眺めていたのだった。



「完成しましたよ」


セツナの声で、私達の意識がセツナへと向く。

彼は、私達を気にすることなく黙々と魔法を構築していた。

まぁ、私達に気を使って見ない振りをしてくれたのだろう。


「……何が完成したんだ?」


「これです」


セツナの視線の先には、幼い子供の掌に

乗るぐらいの灰色の鳥が、魔法陣の中で

ちょこちょこと動いていた。


「……」


「……」


「……」


この鳥は見たことがある。

物語の中でだが……。


「悪夢を運ぶ鳥?」


レイファの呟きに

セツナが、すごく楽しそうに笑った。


「ご存知でしたか?」


その笑みに、レイファが少し頬を染めている。


「ガイロンド王の魔力を把握したので

 誰にもばれることなく

 直接鳥を送ることができます。


 あの呪いを返すことができないのなら

 新しく作ればいいんです。呪いではなく

 闇魔法に近いモノになりますが。フィーがくれた

 精霊玉がまだまだあるので、問題はありません」


「……」


「毎晩、毎晩、王にだけ見える灰色の鳥が

 枕元にいたら、もの凄く楽しいことになりそうですよね」


こいつは、まさしくジャックの後継者だ。


「さぁ、始めましょうか」


「……何を始めるんだ?」


「この鳥に、王に見せたい悪夢を

 刻んでいくんですよ」


「え?」


セツナは、机の上に小さい魔道具をばら撒いた。

そこから一つ、セツナが拾い上げ掌で包むように握る。


「この魔道具を、掌で包むように持って

 王に見せたいと思う悪夢を頭の中で考えて下さい。

 その内容が、目の前の水鏡に映し出されるので

 映像を見ながら、納得がいくモノを作成してください」


彼の言葉と同時に、水鏡が複数机の上に現れた。

セツナがお手本を見せるように悪夢の内容を

魔法で作った水鏡の一つに映していく。


「……鬼畜だな」


「セツナ、私にはするな」


「……」


「背筋が寒い」


「ひっ……」


「大丈夫か?」



セツナが魔道具に刻んだ悪夢の内容は

小さな蜘蛛から大きな蜘蛛まで広い部屋の中に

びっしりとつまっている光景だった……。


レイファの顔色がすごく悪く

クラールが、慰めるように背中を撫でている。


「ん……すぐに目が覚めても面白くないので

 夢を見てから最低、三十分は目が覚めないように

 しておきましょう。


 眠ると同じ夢を繰り返し見るように

 しておこうかな?繰り返す回数は……。

 三回以上上限なしにして、その日の運ということで。

 運が良ければ、三回で終わるだろうし」


セツナは、独り言をつぶやきながら

鳥に新しく魔法を刻んでいく。


楽しそうに魔法を刻んでいるセツナを見て

エレノアは、少し引いていた……。


「……三十分も蜘蛛に襲われる夢を見た上に

 うなされて、起きて、また寝たら

 また蜘蛛に襲われるのか?」


「あ、精神に異常をきたさないようにしないと」


そう告げて、今度は魔道具を取り出し発動させ

多分、闇の魔法を刻んでいた。


「拷問では……?」


アルヴァンがぽそりと落とした言葉に

ヤトが、深い溜息を吐いている。


魔法を刻み終わったのか

唖然としている私達を気にすることなく

セツナが説明を進めていった。


「夢の内容が決まったら

 悪夢を刻んだ魔道具を、鳥に与えます」


彼が、鳥の前に魔導具を差し出すと

灰色の鳥は、嬉しそうに囀りその魔道具を食べた。


レイファは、灰色の鳥を見ながら

「意味が分からない」と呟いていた……。


「簡単でしょう?」


「……」


「大体、九十日分の魔道具を用意したので

 思う存分、悪夢を刻んでくださいね」


そう告げて、もの凄く爽やかな笑顔を

私達に見せている。


「セツナ!」


「どうしたんですか?」


楽しそうな表情を浮かべるセツナと

同じような表情をしたセリアが

私達の前に姿を見せ「私も作りたいワ」と

悪夢を刻むことを希望し、彼に強請っている。


彼女は悪戯が大好きだ。その犠牲者は

大体が、酒肴の若い奴らだ……。


時々、私達にも仕掛けてくるのだが

呆れたり、腹を立てたりしながらも

彼女の悪意のない無邪気な悪戯に

笑うことも多かった。


セツナの考えだした復讐方法(嫌がらせ)

私も含めて周りがドン引きしている中

セリアの声が響き、セツナと一緒に

楽しそうに悪夢の内容を考え始める。


「え? 逃げられない袋小路のなか

 小さな血まみれの女の子に追いかけられる夢?」


「うんうん」


水鏡に映される光景に「ひっ……」とレイファが

また小さく悲鳴を上げている。


「これのどこが悪夢なんです?」


「怖いでしょう?」


「え? 怖いですか?」


「怖いわヨ!」


「そうかなぁ。

 まぁ、これでもいいと思いますが

 少し手を加えましょうか」


そう言って、セツナが手を加えたものを見た

セリアとレイファは、恐怖で涙を流していた。

レイファはともかく、案を出した本人が怖がって

泣くのはどうなんだ?


セリアが、恐怖で体を小刻みに震わせながら

セツナに張り付いているのだが

彼は、もの凄く迷惑そうな顔をしながら

また別の魔道具に悪夢を刻んでいる。


こうなることが分かっているのに、セリアに

付き合ってやるのだから、お人好しというか

なんというか……。


二人の様子を苦笑交じりで眺めていると

「フ……」と小さく噴き出す声が聞こえた。


響いた笑う声に、セツナ達がエレノアを見るが

彼女は、ツボにはまったのか肩を震わせ

涙を落としながら、大笑いしていた。


その涙の理由に、私達もセツナも気がついていたと

思うが誰も指摘することはなかった。


自分の為に涙を落とせばいい。

様々な感情を涙で洗い流して、新しい朝を待てばいい。


「……貴殿は、本当に斜め上を行く」


「ありがとうございます」


「……褒めていない」


闘技場でのやり取りを繰り返し

エレノアが、最後の涙を指で拭ってから

魔導具に手を伸ばして、掌に包んだ。


水鏡に映った、エレノアが考えた悪夢は

一面の花畑が映る丘だった。


「悪夢ですか?」


「……連続して悪夢ばかり見ると

 おかしいと思うだろう?」


「あぁ。大丈夫ですよ?

 魔力感知に引っ掛かるような

 下手な構築はしていません。

 原因不明で苦しむだけですから」


「……貴殿は本当に鬼畜だな」


「ありがとうございます?」


「……だから、褒めていない」


楽しそうにセツナと軽口を叩きながら

エレノアが夢の内容を考えていく。


そんなエレノアを見て、ヤトも魔道具を手にして

悪夢を水鏡に映しだした。


「ひっ……」


「ひぃぃぃぃ」


「……ヤト?」


レイファとセリアの悲鳴と、エレノアの呼びかけに

ヤトはニヤリと笑って答えている。普段の彼らしくない

感情の見せ方だが、セツナは気にすることなく

ヤトを褒めていた。


「さすがですね」


「こういうのは得意だ」


「わかります」


「どういう意味だ?」


わいわいと、楽しそうに悪夢を作成していく

エレノアやヤトを見て、私も一つ魔道具に手を伸ばし

どういったモノにしようかと考える。


昨日までなら、きっと凄惨な悪夢を

思い描いていたと思う。王を殺す想像をし

指や足を切り落とし、泣き喚き這いずり回る王の姿を

刻んでいたと思う。


だが、悪夢とはいいがたい悪夢を刻んでいる

エレノアとレイファを見て、違うモノを刻もうと

考えている自分自身を不思議に思いながら

掌にある魔道具を見つめていた。


「アラディスは刻まないノ?」


水鏡を見るのが怖いのか

セリアが、私の方へとフヨフヨと飛んでくる。


「あぁ、なんか腹が一杯というか

 胸が一杯というか……見ているだけで

 満足してきた」


「フフフ……」


「なんだ?」


「憎しみよりも

 明日を夢見る希望の方が

 アラディスの中で、大きくなったのネ」


「え?」


「よかったわネ」


「あぁ……」


セリアの言葉がスッと胸にしみた。

機会があれば、絶対に殺すだろうが……。

殺しに行こうと思う事はもうないのだろう。

自分の心が、復讐の色一色に染まることは

もう二度とないだろうと思った……。


「……セツナ!」


「ヤトも!」


エレノアとレイファが、いい加減にするようにと

二人を注意しているが、セツナとヤトは嬉々として

悪夢を刻んでいっている。非常に楽しそうだ。

そこに、アルヴァンが参戦し誰が一番悲惨な悪夢を

刻むことができるかの勝負を始めてしまった。


悲鳴を上げたレイファに、アルヴァンが殴られている。

だが、その悪夢を刻んでいるのはアルヴァンではなく

セツナのようだが……。


そんな賑やかな中、クラールは黙々と

小さな嫌がらせと思われる悪夢を刻んでいた。


大切なモノが見つからないだとか。

箪笥に小指をぶつけるだとか……。

それでいいのかクラール。


「お前も、何か刻んどけよ」


「なぜだ?

 お前はあまりこういった作業は

 好きではないだろう?」


「普段ならな」


「んん?」


クラールが、私を真直ぐに見て

真剣な表情で続きを紡ぐ。


「負の感情を吐き出す機会をくれたんだろ?

 新しい朝に持ち越さないように。

 ここで、全てのけじめをつけることができるように

 心を割いてくれているんだろうが」


「……」


「凄惨な方法ではなく……。

 エレノアやレイファの心に

 傷が残らない方法を、考え出してくれた」


「そうだな」


「まぁ……彼は本気で悪夢を刻んでいるが。

 俺達が、幸せな一歩を踏み出せるように

 配慮してくれたんだ。小さな嫌がらせだろうが

 刻んで鳥に食わせとけよ」


「ああ……」


「そうだ、その前に少し付き合え」


「何だ?」


何かを思い出したように

クラールが立ち上がり、セツナに声をかける。


「セツナ」


「はい」


「一本だけ、煙草を嗜んでいいか?」


エレノアとレイファが、同時にクラールを見た。


「ご自由にどうぞ?」


「……煙草はやめたのではなかったのか?」


「エレノアの呪いが解けたら

 隊長から貰った、とっておきを楽しむつもりで

 とっておいた」


「……そうか」


「アラディスを借りるぞ」


「……好きにするといい」


「いくぞ」


クラールに視線で促されて立ち上がり

離れた場所で、煙草に火をつける。

数十年ぶりに口にした煙草は少し苦い。


「こんな味だったか?」


「お前の保存の仕方に

 問題があったんだろう?」


「馬鹿を言え。若い時分に

 殆どの金を、時の魔道具につぎ込んで

 保存しておいたんだぞ」


「そこまでしたのか?」


「貴重なモノだからな」


「そうなのか?」


「この煙草は、手に入れようとしても

 もう手に入らない」


「なぜ?」


「店を閉めたんだ。この煙草は高級品でな

 俺の俸給(給料)では、到底手が届かなくて

 隊長に、一度でいいから呑んで見たかったと

 愚痴をこぼしたことがあって……。


 そんなくだらない話を、覚えてくれていた。

 初めて魔物を倒した時に、褒美だと言って

 俺にくれたんだ……」


「……」


「お前も何か貰っただろう?」


「ああ。隊長とエレノアと酒が飲みたいと言った」


「お前らしいな」


「あの酒は……美味かったな」


グダグダに酔った俺を、自分達の家へと

連れて帰って、泊めてくれた。


「……」


「……」


自分達の周りに揺蕩う白い煙を

なんとなく目で追う。


さほど音のしない場所で

クラールの静かで小さな声が、耳に届く。


「俺はさ。ジャックの噂を耳にするたびに

 絶望を希望に塗り替えるなど……できるわけがないと

 心の中で思っていた。できるなら、何故俺達の絶望を

 希望で塗りつぶしてくれなかったんだと……。

 エレノアの命が救われたのは、ジャックのおかげだと

 知りながらも、そう思っていた……」


「……」


「だけど、ジャックは呪いを解く方法を

 用意してくれていたんだな……。

 

 自分では解けなくとも

 いつか、解呪できる人間が

 生まれるかもしれないと、その日の為に

 ジャックはエレノアの事を覚えていてくれた。


 それを、弟子であるセツナに継いでくれていた。

 セツナは、ジャックの願いを継いで

 エレノアの痛みを半分以上受け持ちながら

 呪いを解くだけでなく……。

 

 エレノアや俺達がこれからもこの国で

 暮らしやすいように考え動いてくれた。


 エレノアが幸せでいるためには

 俺達も、幸せであることが必要だと

 彼はそう思ってくれたんだろう」


「そ、うか」


クラールが空を見上げて

顔をクシャリと歪めた。


「リシアの守護者というのはすごいと

 今日一日、何度もそう思ったよ。

 武力や魔法の技術にも驚きはしたが

 一番、度肝を抜かれたのは

 俺が、忠誠を捧げたいと思わされたことだ」


「クラール……」


「お前もそうだろう?」


私は、彼の言葉を否定することができなかった。

セツナが王の風格を身に纏い

私達を、ガイロンドの民ではなく

自分が守るリシアの民だと告げた時……。

跪きたくなる衝動を、必死に耐えていた。


衝動を感じるほど、私の中の騎士の血が

騒いだのは、初めての経験だった。


「俺達の中に流れる血は騎士の血だ。

 王に忠誠を誓い、王の剣となり盾となる。

 それが騎士の本分だ……。


 エレノアの事は、守りたいと思うが

 彼女は、私達のリーダーであり仲間だ。

 王ではない。


 まぁ、俺達は冒険者であって騎士ではない

 王のいない騎士など……滑稽でしかないしな」


それでも……とクラールが呟く。


「エレノア達と共に

 同じ王を戴く夢を見てしまうんだ」


それは、切望といってもいいほどの想いだった。


「俺もこの国は好きだ。あの国にいたところで

 あの愚王に、剣を捧げるなど……。

 想像するのも嫌だった。


 忠誠を誓う王もなく、守るべき家もなく。

 あの国に残っていれば、レイファとも

 結ばれることはなかっただろうし……。

 アルヴァンが生まれることもなかった」


「……」


「この国はいい国だ。だが恐ろしい国だ」


「恐ろしい?」


私の疑問に、クラールが一度頷く。


「恐ろしくないか?」


「確かに、自国を守る意識に関しては

 恐ろしいとは思うが、意味が違うのだろう?」


「違わない事もないが……」


「クラールは

 何が恐ろしいと感じたんだ?」


「リシアの民よりも

 この国自体が、貪欲なことだ」


「エレノアも、似たようなことを

 話していた気がするが」


「そうだな。それに近い……」


「……」


「俺が、この国を恐ろしいと思ったきっかけは

 本国籍を取得するのに最低でも二十年かかると

 知った時だ。最初は、結界の関係で

 民の数を増やせないのだろうと考えていた」


「違うのか?」


「違う。この国の結界は成長している」


「は……?」


結界が成長する?

そんなことがありえるのか?


「興味があるのなら、サフィールに聞け。

 あいつのほうが詳しい」


「サフィールとそんな話をしていたのか?」


「違う! あいつが学生の時

 酒に酔って、同じことを何度も何度も

 聞かされたから、覚えただけだ」


「私は知らないが?」


「お前は、酔ったアギトを

 いつもボコボコにしていただろうが」


「そういえばそうだな」


「話を戻すが、結界が成長しているなら

 土地に関する問題はないはずだ。

 実際、時間ができた時にハルの街をぐるりと

 一周してみたり、街の中を歩いたりしていたが

 ゆっくりとだが結界の範囲がひろがっている。

 それに、土地自体は結構余っていた」


「そうなのか……」


「なら、どうして本国籍を取得するのに二十年も

 かけるのか気になった。他国はさほど条件もなく

 受け入れるところが多い。次々に死んでいく人間を

 補充するのに、躍起になっている国もある中で

 リシアだけが、他国と違った」


「その理由が分かったのか?」


「ああ、わかったぞ」


クラールは一息つくように

煙を肺から追い出してから、口を開いた。


「この国は、他国のようにふんぞり返る貴族もいなければ

 王族が財産を搾取することもなく、徴兵されることもない。


 二十年も同じ国で過ごしていれば、大切な人もできるし

 守りたいものもできる」


「そうだろうな。

 クラールは、本国籍を取得するのが怖いのか?」


「本国籍の取得が恐ろしいわけではなく

 取得するまでの二十年というその過程を作った

 この国が恐ろしいと言っている」


意味が分からずに首を傾げる私に

クラールが「まぁ、聞け」と告げた。


「この国の王族は、俺達の声を聞き

 全てではないが、大切な声は拾い上げてくれる。


 身を粉にして、働いている姿を目にするし

 王族が働く姿を見ても、リシアの民は驚きもしない。

 それが、この国の日常だからだ。


 俺達も、この国に来た時は驚いただろう?」


「あぁ、衝撃的だったな」


自国の愚王は、ふんぞり返って女を傍に侍らせ

口を挟むぐらいで、オウカ達のように動き回っている

姿を見たことはなかった。まぁ、剣の腕は良かったが。


「だが、国に裏切られ、国を捨ててきた者達は

 そんな王族はあり得ないと思う。

 唯の見せかけで、俺達を騙しているのだと

 どこかで甘い汁を吸っているのだと考える。


 暮らしやすい良い国だと思いながらも

 心では疑ってしまうんだ……。


 一度裏切られているからな。

 そんな想いが、ここにこびりついていて

 その不信(汚れ)はなかなか消えることがない」


クラールが、軽く拳を握り親指だけを立て

その指で自分の胸のあたりを軽く叩き指した。


「俺達にも覚えがあるだろう?」


「あぁ」


「だが……。

 疑心暗鬼で過ごしながらも

 この国で生活していくうちに

 それが普通なのだと、これがこの国の本質なのだと

 ゆっくりと理解していく。


 この国を知り、疑心暗鬼がなくなるまで数年。

 安心して暮らせるようになり、必死に働きながらも

 周りを見る余裕ができ、大切な人が増えるのに数年 


 十年経つ頃には、生活も安定し心に余裕もできる。

 ここでやっと仮国籍が取得できる。


 この十年の間に、リシアの気風に合わない人間は

 大体が、ガーディルなりバートルなりへ移住していく。


 今の人気は、バートルらしいが……。

 あの国も、民の事を考える内政がされているし

 今一番伸びしろが高い国として

 注目を浴びているからな。成り上がる機会がある」


バートルとは反対に、リシアはもうほとんどが

完成されているから、野心のある人間には向かない国だ。


それに……この国の中枢に食い込むのは

凄まじい努力が必要だ……。


金を出しても解決しない。


学院で学び、必要な卒業資格を取り

必要な専門分野の資格を取り

そして……戦えなければいけない。


会計部門や、事務部門や、その他にも

戦闘力を求められない場所もあるが

やはり、その資格を有していなければならない。


ヤトは、ギルド職員として働きながら

学院へ行き、足りない資格を取得していた。


オウカ達の親族ですら、基準を満たさなければ

ギルドで働くことを許されず

他の仕事を探すことになるらしい。


だから、リオウもサクラも白のランクぐらいの

腕はあるようだとエレノアが話していた。


対人戦は、クリスやアルヴァンと互角だろうが

魔物との戦闘経験がない為に、魔物を前にして

戦えるかどうかはわからないらしい。


どうやら、オウカ達は対人戦に特化した戦闘に

力を入れているようだった。


その理由も理解できる……。

アギトやサフィールのような問題児を

抑え込むには、それを超える力が必要だからな。

気の毒な事だ……他の国の王族はそんな苦労を

しなくてもいいのに……。


まぁ……戦える王族はリシアだけではなく

バートルもそうだし、ガイロンドの王も戦える……。



「仮国籍を取得しようと考える人間は

 もうこの段階で、この国に魅せられている者が多い。

 自覚しているか、いないかはわからないが」


「……」


「生活が安定してしまえば、欲が出る。

 この国に骨を埋めたいと考え

 自分の子供に、土地を残してやりたいと考える。


 その間に、少しずつリシアの民に感化されていき

 王族に敬愛を抱くようになる……。


 この国の王族は……。催しなどで願いを伝えると

 それに応えようとしてくれる。民と距離が近い分

 親しみやすいし、民に心を割いているのを

 誰が見ても理解できる」


オウカ達とのやり取りを

楽しみにしている人間も多い。


「そこで、こう思うんだ。

 自分達が生まれた国は、搾取するだけで

 何もしてくれなかったのに、と……。


 だからこそ、この国に恩を返したいと考える。

 自分達を受け入れてくれたこの国に……」


その気持ちは、私にも理解できる。

オウカ達にはずいぶん世話になった。


「この国は、自らの意思で選ばなければ

 本国籍を与えてはくれない。何十年経とうが

 申請して通らなければ、リシアの民にはなれない。


 だからこそ、その一員に加わりたくて

 法を守り、真面目に働き、リシアになじむように

 自分を変えていく……。この国から追放されてしまえば

 また他国で一からやり直さなければならないんだ。


 リシアとバートルは同盟を組んでいるから

 罪を犯して追放された人間は

 リシアでもバートルでも入国を拒否される。


 そうなると、やり直せたとしても

 相当努力しなければ、生活水準は下がることになる。

 リシアの物価はものすごく安い。そして安定している。

 バートルも安定しているが、物価はリシアよりも高い。

 ガーディルやクットも安定しているほうだが

 バートルよりも物価は高く、よくわからない税がある。


 学院を卒業していれば、食うには困らないだろうが

 他国では、リシアのように手厚い加護がない。

 

 学びたいと思えば学ぶことができる。

 働きたいと思えば、仕事をあっせんしてもらえる。

 その仕事も、奴隷のような扱いではなく

 給与も休暇も保証されている。

 病気にかかれば、平等に診察を受け薬を貰える。

 疫病などの場合、無料で予防薬が配られた。

 他国では全部自力で、何とかしなければならない」


「確かにな」


「加護が手厚い分、リシアは何処の国よりも

 法を破った者の刑罰は、重いものが科せられるが……」


リシアは、法を破るものを許さない……。


「刑罰は重いが、普通に生活していれば

 法を破ることなど気にしなくてもいいし

 何かに巻き込まれたりした場合、捜査して

 公平な裁判を受ける権利を与えてもらえる」


「……」


「年を重ねれば重ねるほど

 他国で一からやり直す苦痛を

 想像できるから……。


 しがみ付いてでも

 この国に居たいと思うんだ


 だから、法を守り努力することを厭わない。

 それを怠れば、全てを失うと一人一人が

 自覚させられるのだから、恐ろしいと思わないか?」


クラールの話を聞いて、鳥肌が立った。

エレノアもよく似たことを話していたが

学生だけだと思っていた。


「それに……。

 この国は、心を躍らせるものが沢山あるし

 想像を絶する体験もできる」


クラールは、今日……いや昨日の事を思い出したのか

口角をあげてクツクツと小さく笑った。


「王族の自己満足のような催しではなく

 民が、楽しめるように考えられてもいるし

 食い物も美味い。娯楽も多い……。

 そして、この国は魔物に襲われる心配がない。

 襲われたとしても、黒という英雄がいる国だ

 ちょっとやそっとでは揺るがない」


「……」


「そんな国で、長い長い時を過ごし

 幸せに暮らして、水辺へと旅立つ時に

 こう思う……」


クラールが、溜息に近い息を長く吐き出す。


「また、この国の子供として生まれ変わりたい。

 この国に帰ってきたいと強く強く想う……」


「そうだな」


「自分の魂にその想いを刻んでから

 水辺へと旅立つんだ。


 強い想いは魂に刻まれる。

 それは水辺に行っても薄れることなく

 刻まれたまま、命が廻る。

 神が私達に、生きた証を刻むことを

 許したのだと、誰もが知っている事だろう?


 その想いを魂に刻んだリシアの民は

 また、この場所に帰って来る。


 そうやって、魂の記憶と血の記録を

 濃いものにしていった」


「……」


「リシアに戻るために、水辺へと旅立つ。

 家族や恋人、友人達にこの地でまた会おうと

 約束してから、旅立つ。酒場でよく聞く話だ……」


故人を悼みながら、酒を飲んでいる奴等が

よく口にすることだ。


次もリシアで会う約束をしたのだと……。

俺もまた、リシアに帰って来るのだと。


「だから、残された者はその約束を果たすために

 必死でこの国を守るんだ……。


 また会うために。

 大切な人達が、帰る場所をなくさないように。

 そして、自分がこの場所に帰ってこれるように。


 お前だって、エレノアと出会うなら

 あんな愚王が統治する国ではなく

 リシアで再会したいと思うだろう?」


「ああ」


その時が来たら、私もエレノアに願おう。

また私と、出会ってほしいと……。


「この国は、そういった意図を隠しながら

 いや、隠すこともせずに様々な篩をかけ

 貪欲に優秀な民だけを集めている」


「それが本当ならば、恐ろしい話だ」


「本当だと話しているだろうが。

 オウカに尋ねたからな」


「は?」


「結構昔の話だが

 酒を飲みに出た時に、オウカが居て

 聞いたら答えてくれた」


「なんて答えたんだ?」


「魂の管理は神の領域だ

 我々が手を出すことはできない、と」


「できないと話しているだろ?」


「その後で、俺がリシアの民にと望むなら

 未来永劫、リシアで働かせてあげよう。

 本国籍を求めるのなら、書類を提出したまえ、と

 言われた……笑っていたが。多分、本気だ」


「……」


「……」


「どうして、オウカは王にならないのだろうな」


オウカなら、王としても十分やっていける。


「寿命のある王に忠誠を集めると

 国が揺らぐことを知っているんだろ。

 愚王が生まれる可能性もある」


「あぁ……なるほど」


「だから、この国は王を作らず

 この国自体を愛せるような国を創った。

 

 そうなれば、この国がなくならない限り

 忠誠が薄れることはない」


「そんな事、考えたこともなかったな」


「お前は、エレノアしか

 見ていなかったからな」


「……」


「俺は、ずっと思っていたよ。

 どうしてこの国に王が居ないんだと。

 王が居れば……俺は剣を捧げたのにと」


「クラール」


「俺達の中に流れる騎士の血も……。

 そうやって、俺達の前世の奴らが

 刻んでいったモノなんだと思った。


 あの国に思い入れはないから、生まれた時代の

 生まれた国で、騎士をしていたのかもしれない。

 説明のできない衝動は、お前にもあるだろう?」


ある……。

 

「だからこそ、俺はこの血の記録を

 魂の記憶を……途切れさせたくはないと思ったんだ」


「……」


「お前も見ていただろう……。

 風の精霊と契約していたミッシェルが

 自分の知らない感情で、涙を落としていたのを。

 その時、フィーははっきりと魂の記憶だと話していた。


 今日だってそうだ。ジゲル達の話の中で

 魂の記憶と血の記録の話がでていた。


 強い想いが、魂に刻まれるのなら。


 次の俺が……騎士として生きていけるように

 今の俺が……騎士として生きたいと思うのは

 自然な事だろう?」


「そうだな。

 私もそう思う……。騎士として生きてきた。

 冒険者になっても、私達の心は騎士のままだ」


クラールは空を仰ぎ、白い煙を吐き出す。


「儘ならないモノだ……」


「……」


「騎士として生きたいのに

 王のいない国に惚れ込んだ。

 どうしろっていうんだ……」


クラールの呟きは、煙草の煙と一緒に

儚く消えた。



後日、私達は本国籍を取得し

リシアの国の真実を知ることになる。


この国に、王が居ないのではなく

この国は、初代総帥シゲトを王に戴き

全ての民が騎士なのだと、オウカに教えられた時の

クラールの喜びようはなかった。


迷わずに、剣を捧げていたのだから……。


だが、それは私も同様で……。

それほど私は、剣を捧げる王を求めていたのかと

自分でも驚くほどの感情が、心の奥ではじけた。


エレノアも涙を落とし

そして、サフィールも涙を落としたことに驚いた。


こいつが……涙を落とすほど、自分の国を

帰る場所を求めていたとは、思わなかったから。


リシアの守護者のことも詳しく教えられた。

話半分に聞いていたが……。家に戻り

セツナを目に入れた時の衝撃は生涯忘れないだろう。


私の胸に、小さな明かりが灯ったことを自覚した。

私の帰る場所。私が守る国。そして……私が守る王。

私達は、本当の意味でリシアの騎士となったのだと。


その時に、クラールの話が胸の中にストンと落ち着いた。

本国籍を取るまでの二十年……。

それは、この国を守るものとしての

自覚を育てるための時間なのだと。


守ろうと思わせるための時間なのだと。


クラールの言う通り、リシアという国は怖い国だと

私は、その時に強く思ったのだった。



「俺はさ……」


クラールが沈黙を破るように口を開く。


「エレノアの呪いが解け

 全てが片付いたら……。


 お前達も誘って

 本国籍を取得しようと思っていた」


「そうなのか?」


「あぁ、エレノアが言い出すとは

 思わなかったけどな」


「いつから考えていたんだ?」


「アルヴァンが、成人した頃ぐらいか?」


「そんなに昔から、考えていたのか?」


「あぁ。その時はまだ、先ほどの話のような

 複雑な感情はなかった。


 まぁ、本国籍の事を調べるきっかけに

 なった出来事になるのか……」


「何があったんだ?」


「アルヴァンが楽しそうでなぁ」


「楽しい?」


「本国籍でしか入れない場所は

 案外多いんだ。知っていたか?」


「いや……知らない」


ヤトとそういった話はした事がない。

まぁ……私が父だと嘘をついた事で

結構、長い間警戒されていたからなぁ……。


エレノアを取られるという警戒も

されていた……。自業自得なんだが

辛かった……。


私の考えていることが分かったのか

クラールが「あの時のお前は

ヤトを懐柔しようと必死だったな」と笑った。


「子供の頃、キラキラと目を輝かせて

 この国はすごいんだと、自慢していた。

 何がすごいのかは、教えてもらえず。

 未だに教えてもらえない……。


 何度か、アルヴァンを尾行して

 何が楽しいのか、探ろうとしたのだが

 必ず見失うんだよな」


お前は、何をしているんだ?


「知りたければ、本国籍を

 取得しろとしか言わない。


 だから、俺は本国籍を取得して

 この国の本当の姿を見てみたかった。


 多分、サフィールも同じことを

 考えていると思うぞ」


「あぁ、そんなことをバルタスに話していたな」


「そうだろうな」とクラールが楽しそうに笑った。

珍しい表情に驚いて何度か目を瞬く。

彼の表情を、レイファとアルヴァンも 

目にしたようで、目を見張ってクラールを

凝視していた。


「お前……そうやって笑えたんだな」


「失礼な奴だな」


そんなに、この国の謎が気になっていたのか

時々、ふっといなくなっていた理由が分かった気がした。



「……セツナ!!」


エレノアの怒る声が響き

私達の会話がそこで終了する。


煙草の火を消し、風の魔道具を発動させて

煙草の香りを消してから、エレノアの下へと

戻るために歩き出す。


歩きながら、騎士隊の服のボタンを外していき

上着を脱いだ。もう着ることもないだろうから

家に戻ったら、廃棄してしまおう。


普通の服なら、古着屋に持っていくのだが

他国の騎士隊の正装であるこの衣装は、廃棄一択だ。


「……どうして、そんな気持ちの悪い

 夢ばかり作るんだ!」


「え? だって、むかつくから。

 悪夢を作っているのに、そんな生ぬるい

 夢なら、普通に見るじゃないですか」


「……貴殿のは酷過ぎる!」


「えー。酷いと思います?」


「思わないな」


「思わないが」


ヤトとアルヴァンが、セツナを肯定したために

エレノアが眉間に皺を寄せて二人を見た。


「今日のエレノアは元気だな」


「隊長が居た頃みたいだ」


「確かに」


エレノアが、三人に対して

ガミガミと叱り始めた。


「……馬鹿な王が

 余計に馬鹿になったらどうする!」


エレノア……それが本音だとしても

その叱り方はどうかと思うが……。


ヤトもアルヴァンもセツナも

適当に聞き流しているようで

当然、エレノアはその事に気が付いており

眉間の皺が深くなった、が……。


セツナとヤトが、驚きの表情を浮かべ

同時に振り返り、ギルド本部があるほうを見た。


「……どうした?」


真剣な表情で何かを探るように

同じ方向を見ている二人に、エレノアも

眉間の皺を消す。


「ギルドの訓練所の結界が破壊されました」


「私は一度戻る」


ヤトが転移するために

魔道具をポケットから取り出すが

セツナがそれを止める。


「いえ、オウカさんとオウルさんが

 動きました。今、戦闘中のようです」


「……オウカとオウルが動く様な相手なのか?」


二人が動くという事は、相当強いはずだ。

でなければ、ギルド職員が動く。


「結界を壊したのが

 アギトさんとサフィールさんなので

 ぶち切れているのではないでしょうか?」


「……」


「……」


「邪魔はしないほうがいいかな?」


「……何をやっているんだ」


「セツナはそこまでわかるのか」


エレノアが、心の底から溜息を吐き

ヤトが、感心したようにセツナを見る。


「私は結界が壊されたことぐらいしか

 わからなかったが」


「その程度でいいのではないでしょうか。

 余り詳細が分かりすぎると面倒ですし

 今日は、上位精霊達が動いているので

 色々網を張っていますけどね……」


「そうか」


「あ、大切な事を忘れていた」


セツナはもう、訓練所の結界が

壊された事は気にしていないようだ。


「なんだ?」


ヤトも、セツナが気にしていないからか

オウカ達に任せることにしたらしい。


まぁ……アギト達に関わりたくないのだろう。


「エレノアさん、黒の紋様を見せてください」


セツナの言葉に、エレノアは素直に

左手をセツナに差し出した。


セツナがエレノアの手に軽く触れる。

「触るな」といいたいところだが

彼が、真剣な顔をしているのでぐっとおさえた。


「僕は、竜の兄妹と絆ができました。

 もしかしたら、兄の方が僕に会いに来るかも

 しれません。彼は人間が本当に嫌いで……。

 目に入れただけで、殺しにかかる人なので

 ちょっと危険なんですよね」


「……」


「……」


それは、ちょっと危険とは言わないだろう?

竜が襲ってくるんだぞ? ちょっとなのか?

おかしいだろう? こいつの危機管理能力は

一体どうなっているんだ?


「彼等の心の傷は、全く癒えておらず

 今の状態で、お二人の存在を知られてしまうと

 怒り狂って、周りが焼け野原になりそうなので

 エレノアさんとヤトさんの血の中に

 彼の弟の血が取り込まれていることを

 暫くは、隠蔽しておこうと思います」


「できるのか?」


私の問いに、セツナがしっかりと頷く。


「装飾品に魔法を刻んでもいいのですが

 外れたり壊れたりした時に困るので

 黒の紋様に、直接刻むことにします」


そんなことができるのかといいかけて

彼が、リシアの守護者だということを思い出す。


一通りの説明が終わったのか、彼は魔法の構築に

集中し、エレノアとヤトに魔法を刻んでいったのだった。


「……申し訳ない」


「感謝する」


「気にしないでください。

 本当ならば、知らなくてもよかったことです」


「……いや、教えてくれて嬉しかった。

 知りたいことは、ほとんど知ることができた。

 これで迷いなく、前に進める」


「そうですか。

 なら、お祝いにお酒でも飲みながら

 悪夢を刻んでいきましょうか」


きっと、水に飽きてきたのだろう。

セツナが、酒を飲もうと口にした。


「……酒は百歩譲ろう。

 だが、貴殿はもう悪夢を刻むのは禁止だ」


「横暴です!」


「……ならもう少し

 気持ちが悪くないモノを作ることだ」


「仕方ないですね。

 違う方向で攻めましょう」


「……私の話をきいているか?」


「聞いてます」


「……」


エレノアが深く深く溜息を吐き出し

私達も椅子に座り、酒を飲みながら

あれやこれやと、悪夢を刻んでいく。


私も一つ刻んでみたのだが……。

エレノアが、少し咎めるような声音で

私の名を呼んだ。


「……アラディス」


「なんだ?」


「……私達がいる前で

 その悪夢を見せるのはどうなんだ?」


エレノアもレイファも少し耳を赤くしていて

セリアは「キャー」といいながらもしっかり見ていた。


あの王の矜持を折るような悪夢を真剣に

考えていたら、エレノア達への配慮を忘れていた。


「あー……すまない」


「アラディスさん」


「なんだ?」


セツナの呼びかけに、彼の方へ顔を向けると

セツナが真面目な顔で、信じられない言葉を吐いた。


「世の中には、特殊な性癖を持つ人が……」


ここで、ヤトとアルヴァンが席を立ち

エレノアとレイファの耳を塞いだ……。


セリアが、エレノア達を見て

私の耳も塞いでほしいと、クラールにお願いしているが

どう考えてもそれは無理だろう?


クラールが、セリアのお願いを叶えようと

努力してはいたが、無理なものは無理なのだ。


ヤトとアルヴァンが、クラールとセリアを見て

肩を震わせて笑っている。


エレノア達は、子供達の優しさに抵抗する気はないようで

黙って私達の話が終わるのを待っていた。


「なので、それは悪夢になりません」


「……」


「……」


エレノアはもう、何も言う気がないのか

自分のグラスに自分で酒を注いで飲んでいた。


酒を飲む許可はちゃんとセツナから貰っている。

飲み過ぎないようにしてくださいね、と言われ

気を付けるのはお前だろう、というような目で

セツナを見つめていたが、何も言わず素直に

頷いていた。


とりあえず作ったからと、灰色の鳥に食わせ

次の魔道具を手に取り、今度は健全な?

悪夢を刻むことにする。


それなりに時間が経ち、全ての魔道具を灰色の鳥に

食わせ終わった瞬間、その鳥は小さく鳴いてから

解けるように消えていった。


「……もう、王の所へ行ったのか?」


「はい。結果が分からないのが残念ですが。

 これから三カ月ぐらい、ガイロンドの王は

 様々な夢の世界を、楽しんでくれることでしょう」


「……」


「……」


セツナは結果が分からないから残念だと告げたが

私達は、ギルドの依頼掲示板から結果を知ることになる。


【依頼内容:悪夢を消す方法を求む

 方法  :問わず

 依頼場所:ガイロンド王国

 期限  :悪夢が消えるまで

 報酬  :金貨十枚

 備考  :詳しい説明は受付で聞いてください 】


この依頼を目に入れた私達は

その日の依頼を受けることなく

酒肴の店で、祝杯を上げ腹の底から

笑いあったのだった。


セツナとヤトが、何やら話し合って

金貨十枚以上をせしめるのは、また別の話となる。



「さて、僕は少し出かけてきます」


「……どこへ行く?」


「フィーが手を離せないようなので

 アギトさんとサフィールさんの治療に」


「……放置しておけ」


「オウカさん達が、医療院へ運ぶだろ?」


「相当怒っていたようで

 そのまま自宅に戻って寝たようだと

 フィーが話していますね」


「私も行くか?」


「いえ、一人で大丈夫ですよ。

 その後、アギトさん達は仕事がありますし

 僕は、部屋に戻って寝ます」


「そうか」


「……結界を壊すだけでは

 飽き足らず、何かしたのか?」


確かに、オウカ達がそこまで怒るのは珍しい。


「今日のオウカさん達は

 ギリギリで動いていましたから。

 やっと寝付いた頃に

 起こされたのが頭にきたのでは

 ないでしょうか」


「リオウもついてくると話していたのに

 途中で寝落ちしていたからな」


「……それだけで、そこまで怒るとは

 思えないのだが」


「あぁ……。

 結界を破壊したことを謝罪したそうですよ」


セツナの説明に、結界を破壊した理由に思い至り

エレノアが「……子供か」と呟き、ゆっくりと肩を震わせ

エレノアの笑いが、それぞれに伝播し笑いが満ちる。


一通り笑い、落ち着いた頃に

セツナが鞄から数本酒を出し、机の上に置いていく。


「朝まで起きているのでしょう?」


「……すまない」


「体の為には、眠ったほうがいいと思いますが

 今日この日は……もう二度ときませんから」


セツナは柔らかく笑い、エレノアの額に

自分の掌をあててから、魔法を詠唱した。


「朝を迎えたら、集合時間まで仮眠をとってください。

 精霊が何を創ったのか、気になるでしょうから

 その後は、しっかり休息をとることを

 約束してくださいね」


「……わかった」


「そろそろ、訓練所で寝そうだと

 フィーが心配しているので行きますね」


「……」


「あ、そうだ」


「……なんだ?」


「アラディスさん」


「ん?」


「金貨一枚の回収を」


「……」


「……」


セリアに頼んだのは私だが

あの役に立たない情報で金貨一枚か……。


エレノアの視線がすごく痛い気がする。

懐から財布を取り出し、金貨をセツナに渡した。


「うふふ。何を買おうかしラ」


セツナの背後から、セリアが顔を出し

金貨を眺めてうっとりしていた。


いつも思うのだが……。

彼女は一体何を購入しているのだろうか。


「アラディス。

 有難くいただくわネ」


「どういたしまして」


内心溜息を吐いていると

セリアが「んー」と唸ってから

私とエレノアを交互に見てから口を開く。


「エレノアを監禁して抱きつぶすのは

 エレノアの体が治ってからにしてネ。

 彼女の魔力は、今とても弱いから危険だワ」


監禁して抱きつぶす?

エレノアには呪いが……と考え

彼女の呪いが解けていることを再認識する。


「……」


「……」


「二人に子供ができるのが楽しみネ」


エレノアも私も……セリアの言葉に

返事をすることができずに

片手で目元を覆って、表情を隠しながら

項垂れた……。


「セリアさん、僕は行きますが

 ここに居ますか?」


セツナの言葉に、頼むからセリアを

連れて行ってくれと、心の中で祈ったのが通じたのか

セリアはセツナについていくと告げて

二人同時にこの場から消えた。


微妙な空気が流れる中

レイファがクスクスと小さく笑いだし

それにつられるようにクラールが笑う。


エレノアと私も視線を合わせて笑い

穏やかな空気が、この場に満ちた……。


何の憂いもなく……家族がそろって

酒を飲むのは初めてかも知れない。


たわいない事を、あれやこれやと話しながら

酒を飲む。笑いが零れ落ち、穏やかな気持ちの中

全員そろって新しい朝を迎えた。


この感情を、この想いを言葉になどできず

ただ、朝日が昇るのを静かに見守り

この光景を心に刻む。生涯忘れないように。


ふと、私の横にいるエレノアを見た。

穏やかな笑みを浮かべながら、涙を落とす彼女が

とても綺麗で……。暫くのあいだ彼女に見惚れた。


彼女と共にこれからも

歩むことができる幸せをかみしめる。


だが、それと同時に……絶望の淵に静かに

佇んでいる、彼の顔が頭によぎった。


人の幸せのために身を削ることを厭わない青年は

自分が幸せになることを望まない……。


この場所は、こんなにも暖かい光が満ちているのに

彼の心には、何一つ届いていない。


キラキラした朝日の光を浴びながら

口に詠唱をのせていく。


エレノアに追従する誓いではなく。

私の意思で、騎士の証に深く誓いを刻んでいく。


「……アラディス」


「彼が魔王に堕ちるなら。

 私も共に……」


「……そうか」


私の言葉に、エレノアが穏やかに笑った。


「エレノアもアラディスも

 セツナを魔王にするな」


ヤトが私達を見て、苦い表情を向けながら

断言するように言葉を紡いだ。


「セツナを魔王にはしない。

 彼は、リシアの守護者なのだから」


「私もそう思う。彼は守護者であり

 この国の星なのだから」


ヤトの言葉に、アルヴァンが頷き同意し

リシアの守護者にこだわる二人のやり取りの意味を

理解するのは、私達が本国籍を取得してからだった。





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2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
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