幕間 White Day gifts
今回は本編とは関係のありません。
チョコのお返しのお話です! 皆三倍のお返しは出来たのでしょうか?
三月になった。
南のルーフェンには早く春の訪れがやって来るのだが、今年はまだ冬の寒さが続いていた。
「うー、まだ寒いですねぇ」
「本当、ルーフェンは南の領地だから早く春が来るのかと思ってたわ……」
「今年はいつもよりずっとずーっと寒いのです、お父さんの話だと何年かに一度こういう事があるそうなんです」
アンネとシャネットは暖炉に火を入れて、君子はその火で暖まっていた。
「今年は火炎鳥の渡りが遅いのね……こういう年は作物の実りが悪くなったりするのよ」
「わたしの家族は、畑と山の実りで暮らしを立てているので不安なのです、今年は少し多めに仕送りをしないといけないのです……」
シャネットの家は大家族、農業と林業の収入が無くなると暮らしが立ち行かなくなる。
だからこそ彼女の仕送りが生活において何よりの助けなのだ。
「大変ですね、私に何か出来る事があったら何でも言って下さい」
「いっいえ、キーコさんには私みたいなドジを雇っていただいているだけで、十分なのです!」
「そっそうですか……でも本当に困った時は言って下さい、私に出来る事なら何でも力になりますから」
「そんなっ、キーコさん……本当にありがとうございますなのですっ」
そう世間話をしていると――、ヴィルムがやって来た。
「失礼しますよ」
「おはようございますヴィルムさん、どうしたんですかこんな時間に」
いつもはギルベルトを起こして着替えをさせているのに、君子の部屋に来るなんて珍しい。
「全く去年と同じこと言わせるんじゃありません」
「へっ?」
「コレを、三人に」
そう言って手渡して来たのは、ラッピングされた小さな箱。
ヴィルムにしてはとても可愛らしいもので吃驚した。
戸惑いながら三人は小箱を受け取り、そして中を開けてみると――。
「わっブローチ!」
雪の結晶の細工が施された銀の台座に、青い綺麗な宝石が付けられたブローチ。
見るからに高価なものだと解る、だがどうしてこんなものを貰ったのか分からない君子が首を傾げると、ヴィルムが呆れながら言った。
「今日はホワイトデーでしょう」
今日は三月一四日、バレンタインデーと対を成すホワイトデー。
律義にもヴィルムはチョコレートのお返しを三人分用意したのだ。
「今回は随分卑怯ですね、一つのチョコを六人でつくるとは……少しは返す側の事も考えて頂きたいものですね」
「だっだっから……、お菓子とかでいいって言ったじゃないですかぁ! なんで毎回高そうなもので返すんですかぁ!」
「あのチョコレートの味の三倍相当の物を選んだだけですが?」
まったく釣り合っていない、むしろ貰いすぎだ。
だがアンネとシャネットはブローチを見て、飛び跳ねて喜ぶ。
「きゃー可愛いわ」
「皆でお揃いなのですっ!」
やはり貴金属を貰うのは女として嬉しいのか、きゃっきゃっと喜んでいる。
君子も確かに可愛いとは思う、でもチョコ一つでこれは貰いすぎだ。
「でっでもぉ……」
「デザインについての文句は受け付けませんよ、こういうセンスを私に求めないで下さい」
「いえっいえ、文句ってわけじゃ……」
なんと言えばいいのか分からずに困っていると――、ギルベルトがやって来た。
「キーコぉ、おせぇよぉ!」
君子が部屋に来るのが遅いので、我慢できずにやって来たようだ。
しかし君子達がお揃いのブローチを持っているのを見て、首を傾げる。
「あっ……なンだ? それ」
「ヴィルムさんのホワイトデーのお返しだよ」
「……ほわいとでぇぇ?」
「あっそっか、ギルは去年寝込んでたんだもんね」
ギルベルトは去年のホワイトデーは風邪をひいてしまい、結局お返しをしていなかった。
だからなのか、ホワイトデーという存在をすっかり忘れてしまっていたのである。
「ギルは、お返しなんて気にしなくていいよ」
元々お返し目当てでチョコを作ったのではない。
それに強制ではないし、君子もプレゼントをむしり取ろうなんて気はない。
だからそう言ったのだが――。
「失礼致します」
メイド長のイルゼがやって来た。
「メイド長、どうしたんですか?」
「わっわたしまた何かやらかしてしまったのですか!」
「違います、キーコ様にこちらを」
「へっ、私に?」
イルゼが手を叩くと、メイドがラッピングされた箱を持って来た。
「……これは?」
戸惑ったが、促されるままにソレを開けてみる。
すると――。
「ふぁっ、タペストリー!」
見事な刺繍が施されたタペストリーだった。
春を感じさせるデザインで、本当に細やかに刺繍がされていた。
「こちら使用人一同からキーコ様へのお返しで御座います」
バレンタインデーの時、使用人の皆にクッキーをプレゼントした。
「あまり余裕のない者も多く、高価な物は用意できませんでしたが、厄除けや健康、美容や金運などの加護刺繍も刺させていただきましたので、是非受け取って下さい」
「そんな、とっても素敵なプレゼントです」
そう言う事なら、ありがたく受け取ろうと思う。
君子が気に入ってくれたのを見て、イルゼは微笑んだ。
ギルベルトは、唖然とした様子で見詰める。
「邪魔をするぞ」
そんな話をしていると――、今度はアルバートとルーフェンとフェルクスがやって来た。
もう我が家の様な感覚で君子の部屋に来るアルバートに、ギルベルトが吠える。
「このクソバート、何の用だぁ!」
「貴様に用などない、キーコに用があって来たのだ」
アルバートがそう言うと、シューデンベルから連れて来た使用人が、大きな箱を運んでくる。
眼の前に置かれた大きな箱に、君子は戸惑う。
「あっ、あのぉ……、これは?」
「決まっているだろう、チョコのお返しだ」
チョコのお返しにしては、このお返しはあまりにも大きすぎる。
恐る恐る開けてみると――、洋服が五着も入っていた。
デザインも色も見事な服は見るからに高価な物、凡人君子はショックで拒否反応を起こす。
「ひっ、だっだめですよぉ! こんな高い物をお返しで頂くなんてぇ!」
「何を言う、本当はもっと高いドレスにしようと思ったのだが、それはキーコの好みではあるまい?」
アルバートの言う通り、これはドレスという訳ではなく、ちょっとお高めの服であり普段着として十分使える。
去年よりもずっと考えてくれている。
「でっでも、やっぱり高すぎやしませんか? 五着もなんて……」
「キーコへのあふれる思いが、三倍ではきかなかったのだ」
とはいえ服は可愛い、これを着た自分はともかくとして。
なんだか断る雰囲気でもないので、これはこのまま頂くことにした。
「ありがとうございます、アルバートさん」
「未来の妻にこれくらいのお返しは当然だ」
アルバートは当たり前の様に君子の頬に触れる。
そんな彼の手を振り払うのは、怒り狂うギルベルト。
「俺のもンに勝手にプレゼントするんじゃねぇ!」
「お返しをするのは当然の事だ、そう言う貴様は何を贈ったのだ」
「おっ俺は……」
お返しをしていないギルベルトはそこで言葉に詰まってしまった。
そんな風におどおどとしていると、今度はルールアに急かされたフェルクスが君子に近づく。
「ほら、アンタもチョコ食べたんだから、ちゃんとお返しをしなさいよぉ!」
「えっフェルクスさんもですか?」
まさか彼まで何か用意していたなんて、ちょっと意外だ。
「ちぇールールアがうるせぇんだ……、ほらオレ様からのプレゼントだ、ありがたく受け取れよな!」
そう言って、君子達に手のひらサイズの包みを手渡す。
開けてみると、中には真っ赤な水晶の原石のようなものが入っていた。
「これは……宝石ですか?」
「ちげーよ、オレ様の故郷の方にいる妖獣の腹ん中にある石だよ」
それはベルカリュースの南西に生息する妖獣で、主に溶岩や石や鉱石などを食べる。
ごく稀にその腹の中で、このような結晶が作れ出されることがあり、炎の魔人にとってはその妖獣を狩り、コレを手に入れることは最高の名誉である。
「えっ妖獣の石……ですか?」
「そうだ、魔力を帯びてて魔除けになるんだぞ!」
炎の魔人の中では、贈り物として鉄板の物。
妖獣の石というのはちょっと怖いが、綺麗だし置物にでもする事にした。
「ちゃんとお返ししろってアタシがよーく言い聞かせたから、思ったよりもいいプレゼント用意できるじゃない、馬鹿だけど」
「あっ! 馬鹿っていう奴が馬鹿なんだぞ!」
「あらあら~騒がしいわねぇー」
甲高い男の声、やはり振り返るとやはりベルフォートが立っていた。
「ベルフォート兄様……」
「このクソ女男! 何しにきやがった!」
「いやねぇ、今日はホワイトデー、チョコのお返しをする日でしょう?」
そう言えばバレンタインデーの時に、一番お返しをしたくて堪らなかったのはベルフォートだった。
「はーい、これアタシからキーコちゃんにお返しよ〜」
そう言って紙袋を手渡す。中には綺麗にラッピグされたそこそこ大きな箱が入っていた
「これは……」
ちょっと重いソレを開けてみると――出てきたのは瓶。
「これって……、化粧水ですかぁ?」
異世界にプラスチックはないので、ガラスの瓶に詰められていてとても高価そうに見える。
「アタシも使ってる帝都で人気の化粧水よー、寝る前に使うと次の日ぷるんぷるんのモッチモチの肌になるの!」
たしかにベルフォートは美肌だ。
君子だって凡人とは言え女子、肌が綺麗になると言われるととても興味が湧く。
「それから~乳液と洗顔、ファンデーションとか口紅とか、お化粧品一式もあるわよ!」
どれもこれも凡人君子には縁の無かったもの、それにとても高そうだ。
「ふぇーこんな高そうな物、頂いてしまってよろしいんでしょうか……、私みたいなブサイクがお化粧をしてもしょうがないし……ちょっと貰いすぎですよ」
化粧品は悪いと、返そうとする君子。
「何言ってるのキーコちゃん! お化粧は綺麗な人がするものじゃないのよ! 社会に出る為の最低限のマナーなのよ!」
「えっ、まっまなー?」
「そうよ! お洋服を着るのとなんら変わりはないわ、見たくもないのに裸を見せられるのは、誰だって嫌でしょう?」
ベルフォートの言葉で人様に迷惑を掛けない事を信条にして来た、凡人女子君子の目の鱗がとれた。
「そうですね……そうですよ! いっいままで私は人様にとんでもないご迷惑を……」
「そしてコレが、アタシのメイクを簡単にまとめた初心者向けのメイク本よ! これを参考に、人様に迷 惑をかけないように綺麗になるのよ!」
「はっはい、ありがとうございますベルフォートさん! 私、もう人様に迷惑はかけません!」
君子は強い決意を持ってそう言っていたので気がつかなかったが――、ベルフォートとアンネ達は親指を立ててガッツポーズをしていた。
実は君子おしゃれ化計画が秘密裏に進められていて、ベルフォートがあの様な事を言ったのも、少しでも君子に化粧をさせる為なのである。
君子はそんな計画の存在など全く疑う事なく、渡された化粧品の使い方を必死に勉強する。
「そうそう、あとねデュゼル兄さんからも預かって来たわよ~」
「へっ、デュゼルさんからもですかぁ」
「仕事の関係でこられなかったんだけどね、キーコちゃんに渡してくれって頼まれたの」
そう言ってベルフォートは、空間魔法でプレゼントを取り出した。
「あっ、ぬっぬいぐるみ!」
巨大なクマのぬいぐるみ、君子の背丈よりも大きくてモフモフしている。
「兄さんったら、姉さんにはこういうの渡してもすぐに首切りの練習台にしちゃうから、キーコちゃんにはこういう女の子らしいプレゼントを贈りたかったみたいよー」
たしかに、このくらいの大きさだと練習台にはちょうどいいかもしれない。
ハルバートを振るう彼女の姿が容易に想像できる。
「だから大事にしてあげてね」
「はい……、えへへっよろしくねクマジロウ君」
子供と思われそうだが、こういう物は大好きだ。
とても気に入ったのか、早速名前を付けている。
「所で、ギルベルトは何を贈ったの? アタシすっごく気になるんだけど」
「うっ……、おっオレは」
お返しをしていないギルベルトは、言葉に詰まってしまう。
そんな風にモゴモゴとしていると――。
「邪魔するぞーって、なんかめちゃくちゃいるなぁ!」
「あらロベルトー」
「ロベルト兄様」
「クソ兄、てめぇ何しに来やがった!」
「なっなんだよぉ、出張のついでに寄ったんだよぉ」
ロベルトは、そう言って君子に紙袋を差し出す。
「マリーから聞いたよ、チョコありがとうな! これはお返しだよ」
「そんな……わざわざすいません」
早速開けてみると、中から出て来たのは羽ペンとレターセットだった。
「こっちの言葉の勉強してるんだろう? 役人に人気の羽ペンだから、書きやすいと思うよ」
実に実用的なプレゼントなのだが、顔をしかめるのはアルバートとベルフォート。
「ロベルト、もっと女の子が喜ぶプレゼントにしなさいよ、ほんとセンスないわねー」
「全くだ、マリーロッテも苦労するだろうな」
「なっなんだよ、人が一生懸命選んだのに!」
「そんな事ないですよ、とっても素敵なプレゼントですよ」
ロベルトの言う通り、これは一日に何枚もの書類を書く役人がストレスなく書けると好評な逸品、レターセットもかなり高価な紙で作られているので見た目以上に使い勝手がいい。
役人らしい実用的なプレゼントだ。
「マリーもキーコちゃんの事気に入ってるから、是非手紙を書いてやってくれよ」
「マリーさんにお手紙……」
「頑張ってお勉強しないとね、キーコ」
まだまだベルカリュースの言葉を読み書きできないので、手紙を書くのはもう少し先になりそうだ。
「にしても、異世界は面白いお祭りをやるよなー、男女でチョコとお返しを渡し合うなんて楽しそうだな、いいなぁギルベルトお前はこう言うお祭りが出来て」
「うっ……」
そんな事を言われてもなんとも返せない、ギルベルトは君子にお返しをしていないのだから。
ギルベルトがまたまた解答に困っていると――。
「失礼いたしますよ」
突然落ち着いた声がしたと思ったら、いつのまにか部屋の隅に魔王将ネフェルアが立っていた。
特殊技能『瞬間移動』を使ったのだろうが、突然の魔王将の来訪に皆驚く。
「なっなぜ貴方がここにネフェルア様!」
「魔王将様、なっなにか問題でもあったのでしょうか!」
大物の登場にざわつくヴィルムとルールア。
しかしネフェルアは彼らを無視して君子の前にくると、丁寧にお辞儀をする。
「お久しぶりですネフェルアさん……、今日はどうなさったんですかぁ?」
「お久しぶりですキーコ、貴方に渡す物があって参りました」
「へっ、渡す物ですか?」
「陛下からチョコのお返しでございます」
そう言って手渡されたのは、かなり重厚感のある鍵。
デザインは古いがまだ新しいものように感じられるので、アンティークのインテリアと言うにはちょっと違う気がする。
「これは一体なんでしょうか?」
全く意味が分からない、鍵だけ貰っても仕方がないので、君子はそう尋ねるとネフェルアは至って平然に返す。
「城を一城、貴方に差し上げるそうです」
その部屋の空気が一瞬で凍りついたのは言うまでもない事だ。
君子はベルカリュースに来てからなにかとプレゼントをしたりされたりして来たが、城をしたりされたりなど彼女の知識の中にはない。
「おっおっおしっ、おしっろ?」
どうやらこれは城の鍵らしい、そんなマンションをプレゼントする感覚で城を渡されても困る。
「うわー流石ねぇ、アタシ達とは規模が違いすぎるわ……」
「いくらなんでも城なんて……」
ベルフォートもロベルトも若干引いている。
だがこれが普通の反応だ、君子はそんなもの受け取る訳にはいかないと、すぐさまクーリングオフを試みる。
「だっダメですよぉ! お城なんていただけません、コレはベネディクトさんにお返しして下さい!」
「ほう……、では貴方はこの国の王に逆らうおつもりですか?」
ベネディクトはヴェルハルガルドの王。
彼は絶対であり、そのプレゼントを無礼にも受け取らないというのは、解釈によっては不敬罪に値する。
凡人君子に、王に逆らうなどと言う大罪など犯せる度胸などない。
「ちっちがっ、そっそう言う訳じゃなくてぇ……」
「陛下はあのチョコ菓子を大変気に入っておられた、これはそれに見合うだけの報酬、ありがたく受け取ればよいであろう」
全く釣り合っていない、カカオを一体どれほど集めれば、お城に見合うだけの価値になるのだろうか。
「うぅぅ、お城なんて頂いてもどうすればいいのか分かんないですよぉ……」
「いいじゃない別荘だと思えば」
「ルーフェンは暑いしな、避暑にでも行く感じで使えばいいんじゃないのか?」
庶民はそんな気楽には考えられない。
君子の周りには大小様々なプレゼントがある、それを見て焦ったのはギルベルトだ。
「あっあ……、くっクソジジイまで」
あのガサツでワガママなベネディクトや存在感の薄いロベルト、更に馬鹿のフェルクスまで皆ちゃんとプレゼントを用意している。
チョコを食べたのに君子になにもお返ししていないのはギルベルトだけ――。
「所で、ギルベルトは何を贈ったの?」
「一緒に暮らしている癖にまだ贈っていないのか?」
「まさかぁ、もう流石に渡してるだろう?」
「見せてみろよぉ〜馬鹿、このオレ様がひょーかしてやんぞ!」
「陛下に報告したいので、是非見てみたいものですな」
皆ギルベルトを見る。
普段はどうと言う事はないが、この時ばかりは変な汗が出て来た。
「うっうぅ……」
「う?」
「うってなんだ?」
意味が分からず、皆が首を傾げていると――。
「うっせぇ、こンちくしょぉぉぉぉぉ」
突然大きな声を上げて、廊下へと走って行ってしまった。
予想しなかった行動に、皆眼を丸くして驚いている。
「ぎっぎるぅぅ!」
君子が急いで追いかけても、ギルベルトの姿はなかった。
「なんだアイツは……」
「さぁ?」
可笑しなギルベルトに、アルバート達は首を傾げた。
まさか自分だけがプレゼントを用意してなくて、いじけて出て行ってしまったとは夢にも思わないだろう。
「…………ギル」
君子は心配そうに呟いた。
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ギルベルトはワイバーンで空を飛んでいた。
勢いで城を後にしてしまったが、特に行くあてがある訳でもなくただ飛んでいる。
「……クソぉ、あいつ等ぁ」
自分の目の前で、皆が君子にプレゼントを渡すのは本当にムカついた。
だがそれ以上に――。
「…………キーコ、喜んでた」
プレゼントを贈られて君子はとても喜んでいた。
自分がチョコを貰って嬉しかったのと同じように、君子もお返しを貰って喜んでいた。
「……いつも貰ってばっかだな、俺」
君子はギルベルトに色々なモノをくれた、でもギルベルトが君子になにかをあげたことは一度もない。
あんな風に君子を喜ばせた事なんてなかった、このままではギルベルトは嫌われてしまうかもしれない。
「俺も……、キーコにお返しをすればいいんだ!」
君子をあんな風に喜ばせる事が出来れば、きっと嫌われないはずだ。
「でも、キーコの好きなものって、なんだぁ?」
ギルベルトが君子に何かを贈った事がないので、彼女の好みなんて考えた事もなかった。
「キーコの好きなもの……、スライム?」
君子がスライムをはじめて見た時は、とても喜んでいた。
「……でも、もういるよなぁ」
君子にはスラりんがすでにいて、いつも嬉しそうに愛でている。
もう一匹贈ってもあまり意味がないような気がする。
そうなると、ほかに君子の好きな物となると――。
「花?」
君子はいつも花瓶の花を眺めていたし、花壇の世話をしたがる。
それくらい花がすきなのだから、きっとプレゼントすれば喜んでくれるはずだ。
「よしっ! 花だ、花を探すぞー」
そうと決まれば、急いで花を探す事にする。
「だめだぁ〜、ぜんぜんねぇ!」
しかし、それからどれだけ探しても花がない。
ギルベルトは知らなかったのだが、今年は数年に一度の寒波に襲われている。
その影響で、本来咲いている花も芽吹きが遅れているのだ。
「ちくしょー、どこだ! どこにあるんだぁぁぁ!」
元々花に詳しくないので、どんな所に咲いているかなども全く分からない。
あてもなくワイバーンで飛んでいるので、そもそも地面に咲いている花を見つけられる訳がない。
「くっそぉ……、このままじゃキーコに嫌われるぅぅぅ」
なんとかプレゼントを用意しなくてはいけないに、まったく見つからない。
城から大分離れて、高い岩山が密集する山岳地帯にやって来てしまう。
山岳地帯のせいで余計に草木が少ないのだが、ギルベルトはそんな基本的な事も知らないので、あたりを飛びながら探していた。
「ンっ、あれは――」
かなり急な岩山の斜面に、真っ白な花が咲いている。
スズランのような真っ白い小さな花が連なった、可愛らしい花だ。
「……アレなら」
君子を喜ばせる事が出来るかもしれない。
早速、花を摘む事にする。
かなり急な斜面、ワイバーンで近づくと翼に怪我をしてしまう可能性がある為、一度頂上に着陸してから花を摘みに降りる。
急斜面の岩場は降りにくく、階段ならあっという間に降りられる高さなのだが時間がかかった。
「よっとぉ……、もう少し」
あと数歩下に降りれば、手が届く。
足を滑らせないように気をつけながら降りて、ようやくあと一歩という所まで来たのだが――。
「んっ?」
何かの振動。
そして次の瞬間、足元の岩が突然崩れた。
「なっ――!」
土煙とともに出て来たのは、一頭のワイワーム。
太く長い胴体をくねらせながら出てくる。
どうやらここにはワイワームの巣があり、ギルベルトの気配に気がついて食おうとしているのだ。
だが巣穴から無理に出て来たせいか、周辺の岩が崩れてギルベルトが摘もうとしていた花が落ちていく。
「あぁぁぁぁっ!」
やっと見つけた君子へのプレゼントを、こんな所でダメにしてたまるものか、ギルベルトは足場を蹴って空へ飛ぶと、スカイダイビングの様に落下する。
「くっ――」
なかなか追いつけない、ギルベルトは垂直になって抵抗を減らしスピードを上げる。
「もっもうちょぉっとぉ!」
思い切り手を伸ばしたのだが――、先に降下していたワイワームが鋭い牙が生えそろった大きな口をあけて、ギルベルト目掛けて上昇して来た。
「いちいちいちいち、邪魔すンじゃねぇ!」
邪魔されて怒り心頭のギルベルトは、落下したままグラムを引き抜く。
そしてその怒りを闘気に変えて左手に収束させると、グラムの刃へと込める。
出せる全ての力を持って、ワイワームへとその一撃を振り下ろす。
「俺はキーコにお返しをするんだぁぁぁぁぁぁ!」
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ルーフェン城。
「……遅いなぁ」
君子が心配そうに窓の外を見つめていた。
もうそろそろ日が暮れる、アルバート達はお茶を飲んでお昼まで食べて帰って行ったのに、ギルベルトは帰って来ない。
「まさか王子様だけプレゼントを用意していなかったのにいじけて……どこかへ行ってしまうなんて」
「王子様、どこまで行ってしまったのでしょうか?」
「困りましたね、お腹が空けば帰って来ると思っていたのですが……」
「犬じゃないんだから、ヴィルムさん王子様を探しに行かなくていいのでしょうか?」
「探すと言われましても、黒いワイバーンに追い付けるのはフェニックスかグリフォンか竜くらいの物ですから」
「フェニックスと竜は絶滅、グリフォンはヴェルハルガルドにはいませんしね」
ヴィルムの灰色のワイバーンで今から探しても、おそらく追いつかない。
「まぁキーコがいるのですから、必ず城には帰って来るとは思いますよ」
君子が大好きなギルベルトが、彼女を置いてどこかに行くわけがない。
絶対に帰って来るという自信があるが、朝ご飯も昼ごはんも食べていないので心配だ。
もしもの時は、夜明け頃に捜索隊を率いて探しに行こうと思う。
「…………ギル」
君子が溜め息を付いた時――。
「……キーコぉ」
申し訳なさそうな声がドアの方から聞こえた。
振り返ると、なぜか土に汚れ服がちょっとボロボロになっているギルベルトが立っていた。
「えっぎっギルっ!」
「ギルベルト様、いかがなされました!」
予想しなかったギルベルトの恰好に、君子もヴィルム達も驚いた。
君子はすぐに駆け寄って怪我がないかを見る。
「ギル、一体どうしたのぉ!」
「…………コレ」
ギルベルトはいつもの彼からは考えられないくらい、弱弱しい声で言った。
彼が見せて来たのは真っ白い花なのだが、しおれてしまっていた。
「あっ!」
ずっと握りしめていたので、花が弱ってしおれてしまったのだ。
こんな花に対する基本的な知識さえも、ギルベルトにはない。
「コレって……」
「あっいっいやっ………これはそのぉ」
しおれた花ではプレゼントにならない。
せっかくチョコのお返しが出来ると思ったのだが、こんな物では君子に嫌われてしまう。
どうしてアルバート達の様に、君子を喜ばせる事が出来ないのだろうか、ギルベルトが項垂れていると――。
「もう馬鹿だよギルは」
「うっ……やっぱり駄目だよなぁ」
こんなものでは、君子は喜んでくれない。
がっかりしているギルベルトの手を、君子が握る。
「お返しなんてどうでもよかったんだよ……、お返しが貰えないよりギルが怪我をする方が嫌だよ」
「キーコ……」
「キーコ、王子様が帰って来なくて、すっごく心配してたもんね!」
「ず~っと窓の外を見てましたなのです!」
「あ~~っもう、余計な事言わないで下さいっ!」
アンネとシャネットがニヤニヤとしながら言うのを、君子は両手を振って誤魔化す。
そして咳ばらいをすると、ギルベルトに向かい合う。
「それ、貰っていい?」
「えっ……でもコレしおれてるし」
「大丈夫だよ、ずっと咲かせておくいい方法があるんだよ」
「ずっと……咲かせておく方法?」
ギルベルトが首を傾げていると、君子は花を受け取った。
「あっ、あのお花は」
「どうしたのシャネット?」
「あのお花は、険しい山にしか生えない珍しいスラミの花です」
「王子様、そんな所まで行ったって事ぉ?」
いくらワイバーンがあるとはいえ山はかなり遠い、そんな所まで行けばこんな時間になるのは当然だ。
「あのスラミの花は、火炎鳥の渡りに反応して咲くお花なのです」
「という事は……、もうすぐ季節が変わるって事?」
「はいっ、王子様が春を連れて来たという事なのですっ!」
シャネットとアンネはそう言って、無事お返しを渡せて喜んでいるギルベルトとプレゼントを受け取って笑う君子を見つめていた。
それから数日後。
ルーフェンにもようやく春がやって来た。
気温が上がり暖かな日差しが降り注ぐ中、君子は自分の部屋で書き物をしている。
「えっとぉ、やっぱり難しいなぁ」
君子はホワイトデーのプレゼントくれた皆に、改めてお礼のお手紙を書いている。
前に正士に作って貰った単語帳とマルナの授業のノートを使いながら、必死に文章を書いている。
「う~ん、難しいなぁ」
君子の手にはロベルトから頂いた羽ペンがある、やはり書きやすい。
時々頂いたプレゼントを眺めながら、頑張って手紙を書く。
「キーコ、そろそろお茶にしましょう」
「あっはーい」
ギルベルトの部屋でお茶を飲む為いったん羽ペンを戻すと、開いていた単語帳にしおりを挟む。
「……えへっ」
君子が見て微笑んだそのしおりは、色紙にラミネート加工をした手作りの物。
その表面には、ギルベルトからプレゼントされたスラミの花の押し花が貼ってあった。
「…………えへへっ」
また笑うと、君子は机に単語帳を置いてお茶を飲みに向かう。
誰もいなくなった部屋で、スラミの花が暖かな春の日差しを浴びていた。
幕間は春になりましたが、本編は冬……。
筆が遅々として進まないので、本来の季節から大幅に遅れておりますがご容赦下さい。




