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地味女子ですが、異世界来ちゃいました!  作者: フランスパン
商売繁盛編
95/100

幕間 Valentine's Day Chocolates

今回は本編とは関係ありません。

皆にチョコを作る君子のお話です。

チョコを食べてカカオポリフェノールを摂ろう!




 二月になった。

 南のルーフェンといえども、二月にもなると少し冷え込む。

 霜は降りて来ないが、それでもいつもより一枚多く着こんでしまう。

 人々にとっては厳しい二月なのだが――、ルーフェンの城からは何やら甘い香りが漂っていた。







「そんなこんなで、バレンタインなのよねー」

 アンネはウキウキしながら、そう言った。

 二月は恋の季節であり、最もチョコが売れる月でありバレンタインデーなのだ。

 日本はバレンタイン商戦で、各菓子メイカーがこぞって宣伝に力を入れている頃である。

 しかしここは異世界ベルカリュースだ、シャネットは首を傾げる。

「バレン、タイン? 食べ物か何かなのです?」

「そっかシャネットは知らなくて当然よね、キーコの故郷のお祭りで女の人が好きな人にチョコを渡して愛の告白をする日の事よ!」

 アンネは去年経験しているので、二月になると自然とうきうきしてしまう。

「楽しそうなお祭りなのです、でも好きな人がいない人はどうするのです?」

「確かお世話になった人に、日頃の感謝を込めてプレゼントすればいいのよ」

「なるほどなのです」

「しかもプレゼントを贈られた男は、一月後のホワイトデーで三倍のお返しをしないといけないのよ」

「三倍なのですか! それは本当にすごいお祭りなのです!」

 かなり偏りがあるが、異世界でもバレンタインデーという物は女性をワクワクさせる効果がある様だ。

 アンネとシャネットはそんな話をしながら、厨房へと向かう。

 いつも大量の食事を作る厨房からは甘い香りが漂って来た。

 二人が厨房に入ると、そこでは君子がチョコレートを山積みにしていた。

「良い匂いね~」

「えへへっ、去年はチョコが用意出来ませんでしたが、今年はベアッグさんの全面協力でたくさん用意出来ました」

 ド田舎のマグニでは、チョコレートを用意する事が出来なかったが、ここルーフェンは商人が行きかう街だ、珍しいチョコでも簡単に用意する事が出来た。

「でもすごい量ね、いくら王子様でも食べきれないんじゃないかしら」

「日頃お世話になっている方に渡そうと思って」

 チョコ菓子の他にも、使用人に配るクッキーを焼こうと思っている。

 流石に百人分のチョコは用意できないので、こちらはプレーンと甘さ控えめのココアのクッキーを贈る事にした。

「いやー今年は参加出来て嬉しいぜ~」

 ベアッグは嬉しそうにクッキー生地をこねていた。

 使用人百人分のクッキーを君子一人では作れないので、ベアッグや他のコックに手伝ってもらって、君子はギルベルト達へのチョコ菓子に専念する形になった。

 甘いお菓子が主役のイベントだけあって、コックの皆は異世界の祭りでもどこか楽しそうだった。

「それでキーコは王子様に何を作るの?」

 こんなにたくさんのチョコを用意したのだから、さぞすごいものを作るのではないかとアンネが期待しながら聞いたのだが――。

「じっ実は全然考えてないんです」

 なんとなく用意はしたものの、君子は全く思いつかなかった。

 そもそも日本にいた時は、バレンタインデーなどリア充のする行事で爆発しろと思っているだけだったのだから、急にチョコを渡せなんて言われても不慣れなせいで何も思いつかないのだ。

「そもそもバレンタインデーなんて、私には無縁な訳だし……別に律義にやらなくたって」

 去年同様に、君子は全く乗り気ではない。

 去年やってしまったので、しかたなくやっているような感じだ。

「もう何言ってるのよ、キーコが王子様にチョコを渡さないでどうするの! ほら私達も手伝うから、一緒に作りましょう」

「はい、お手伝いするのです!」

 二人がそう言っても、君子はやっぱり乗り気になれない。

 だがチョコはたくさん用意してしまったので作らない訳にはいかにない。

 君子が何を作ろうか本気で悩んでいると――。

「お邪魔するわよー」

「ルールアさん!」

 意外な客人に驚いた。

 しかも玄関からではなくお勝手から入って来たのも珍しい、それに何より珍しいのは――。

「……あれ、アルバートさんはいないんですか?」

 ルールアはアルバートの補佐官、いつも彼の傍について彼の手伝いをしている。

 だから自然と彼の姿を探してしまったのだが、今日はいなかった。

「今日は私だけ、アルバート様はいないわ」

「へっ……、ルールアさんだけなんですか?」

 ルールアはもじもじしながら言いづらそうに訳を話す。

「ほっほら、去年言ってたでしょ……今日はそのばっバレンタインデーだって」

 そう言えば去年は、たまたまマグニ城にルールアとフェルクスがやって来たのだ。

 あれから一年間ずっと覚えていたのだろう。

「あぁ、もしかしてヴィルムさんにチョコを渡しに?」

 なるほど、だから人目を忍んでお勝手からやって来たのだ。

「ヴィルムさんは王子様と一緒に出掛けてるんです、今日の夕方には帰って来ると言ってましたけど」

 ギルベルト達はちょうどエルゴンに戦争をしに行っている。

 だからチョコを渡しに来たのならかなり待って貰わないといけなくなる。

「そっそうじゃなくてね……、あのそのぉ……たくて」

 いつもははっきりと喋るのに、今日はやけにもじもじとしていて声も小さい。

 君子が聞き返すと、ようやくはっきりと聞こえる声で言った。





「お願い私にもチョコ作りを手伝わせて!」





 顔を真っ赤にしていて、本当に恥ずかしそうだ。

「分ってるわよ、ハーピィの私じゃ料理なんてできない事くらい……でも手伝える事ならなんでもやるわ! だからお願いっ!」

 どうやら手作りチョコレートを渡したいのは、異世界も同じ様だ。

 恋する乙女がここまで言うのだ、拒否する理由はない。

「もちろんですよ、一緒に作りましょう」

「ほっホント、ありがとう!」

 快諾したものの、こうなると下手なチョコは作れなくなってしまった。

 このチョコにはルールアの恋の行方も関わって来るのだ、失敗は許されない。

「とは言っても……、ヴィルムさんは甘いものが苦手な人ですからね……」

「そうなのよね、私料理が全然できないからどんな物を作ればいいのか分からなくて……」

「なんでこんなに美味しい物食べないのかしらねー」

 スイーツ好きな女性陣はその言葉に深く同調する。

 だがバレンタインのチョコは、渡す男性の好みを考えなければならないのだ。

 何を作るかますます悩んでいると、イルゼがやって来た。

「キーコ様、お客様で御座います」

「へっ、誰ですか?」

 今日は来客の予定はなかったのだが、誰かと思っているとロベルトの妻マリーロッテがやって来た。

「お久しぶりね、キーコちゃん」

「マリーロッテさんお久しぶりです、クリスマス以来ですね!」

「元気そうで良かった、ギルベルト君もお元気?」

「はい、でも……マリーロッテさんはどうしてルーフェンに?」

「ロベルトがね、スラまんっていうルーフェン名物を食べたってわたしに自慢をしたのに、お土産を買って来てくれなかったの、だから一人で食べに来てついでによったの」

「スラまんは日持ちしなくて、帝都までは持って帰れませんから」

「ところで、とっても甘い匂いね」

「はい、今日はバレンタインデーですから!」

「……バレンタインデー?」

 アンネとシャネットとルールアは、異世界の祭りについて事細かに説明をする。

 マリーロッテもそれを聞いてとても楽しそうな表情になった。

「まぁっ異世界って変わったお祭りが多いのね、それって……既婚者でもやっていいモノなのかしら?」

「一応日頃のお礼も兼ねてますから、ロベルトさんに渡してもいいと思いますよ」

「じゃあわたしも仲間に入れて貰っていいかしら、これでも一通りの料理は出来るの」

「勿論です一緒に作りましょう、ロベルトさんはどんなものが好きなんですか?」

 彼にも渡す事になったのだから、しっかりと好みを聞いておかなければならない。

「うーとね、辛いのが好きなの」

「…………辛いの?」

「どちらかって言うと胡椒が好きなの、お肉とかすごいかけるのよ」

 ベルカリュースでは胡椒というのは日本ほど安くはない。

 胡椒の取引で、商人が血で血を洗う争いをしている。

 普段は地味とか普通とか言っている癖に、この辺に王族の豪遊が出ているのだろう。

「えっと……チョコを作るんですよね?」

「そう、ロベルト甘いものも好きよー」

 マリーロッテはちょっと抜けていると言っていたが、その意味が分かった。

 チョコ菓子を作るのにまさか香辛料を言うなんて、これでは余計に何を作ればいいのか分からなくなる。

「うーんギルは甘くないと駄目だし、ヴィルムさんは甘いのが駄目だし、ロベルトさんは胡椒が好きだし、アルバートさんは豆が嫌いだし……」

 もう何を作ればいいのやら、料理好きな君子でも流石に分からなくなって来た。

 うんうんが悩んでいたその時――。





 どっかーん。





 なんだか爆発したような音が、庭の方から響いて来た。

 すごい地響きがして、厨房の料理器具が床に落っこちたり倒れたりする。

「なっなんですか!」

「いっ一体何事!」

 ルールアも一気に軍人モードになり、周囲を警戒する。

 皆が戸惑い慌てふためいていると――、その音の正体と思われるモノが自分から姿を現した。

「久しぶりだな、我が妹よ!」

 それは王女ブリュンヒルデだった。

 平然と厨房に入って来ると、君子をその豊満な胸に押し当てて抱きしめる。

「ぶっブリュンヒルデさん……、おっお久しぶりデス」

「マリーロッテもいるではないか! 妹が二人もいるなんて、今日は素晴らしい日だな!」

 そう言ってブリュンヒルデはマリーロッテの事も抱きしめる。

 君子はようやくエヴェレスト級の胸から解放されると、要件を尋ねた。

「ブリュンヒルデさん、今日は一体どうなさったんですか?」

 彼女は魔王で、北西のディデルメキアという国と戦争をしているはずだ。

 こんな南東のルーフェンにやって来る暇など、本当は無いはずなのだが――。

「この時期ディデルメキアは雪のせいで攻めて来る事が出来ないのだ、だから補佐官に戦場を任せて妹達に会いに来る事が出来るのだ!」

「なっなるほど……」

「それに、今日は送って欲しいと頼まれてな!」

「へっ、頼まれた?」

 視線を入り口の方にやると、ベルフォートがやって来た。

「やっほーキーコちゃんお元気?」

「ベルフォートさんまで、一体どうしたんですか?」

「実はねー、この間買った反物を本当に気に入っちゃってー、また仕入れに来たのよぉ」

 ベルフォートがサクラ屋に来た時、着物をとても気に入って反物と一緒に幾つも買って行った。

 その反物で作った服はあっという間に帝都の貴族に売れてしまい、また買いに来たのだ。

「それでキーコちゃんにまた案内してもらいたいなーって思い立っちゃって、姉さんの戦車なら早く着くから送って来て貰ったの! でも相変わらず繰りが荒くてロータリーとお庭を滅茶苦茶にしちゃったんだけどねー」

 あの轟音はやはりブリュンヒルデの戦車の音だったようだ。

 魔王であるギルベルトやアルバートさえ、いともたやすくねじ伏せる力を持っている彼女は、やることなす事破天荒だ。

「所で、随分たくさんチョコがあるわね! またクリスマスみたいに楽しい事でもするの?」

「バレンタインデーなんですよっ!」

 アンネとシャネットとルールアとマリーロッテは、バレンタインデーについて事細かにブリュンヒルデとベルフォートに説明する。

 案の定この甘いイベントに、二人は喰いついた。

「まぁっそんな素敵なイベントがあるなんて、異世界は服のセンスといいお祭りといい、とってもいいわね!」

「好きな人にチョコを渡す祭りか、楽しそうだな!」

 ヴェルハルガルドにはこういう祭りがないので、二人とも喜んでいる。

「しかし……デュゼルは物を食べないからな」

 首なしの彼には食事は必要がない、チョコを渡しても食べられないのでは意味がない。

「そういう時はモノでもいいと思います、デュゼルさんが好きな物をあげてみるのはどうですか?」

「なるほどそれは良いなぁ! そうとなったらさっそく敵将の――」

「姉さん、首なし男に首をプレゼントなんてむしろ失礼でしょう?」

 今にも戦場に駆け出して行きそうなブリュンヒルデを、ベルフォートが止める。

 彼の言う通りプレゼントというよりは嫌がらせ、だが不幸にも生粋の武人であるブリュンヒルデにはこれしか思いつかない。

「デュゼルさんへのプレゼントは、アタシも考えてあげるから首は止めましょうね」

「そうだな……ベルフォートが手伝ってくれるなら心強い」

 ブリュンヒルデはそう思いとどまってくれた、しかし彼女は更に続けた。

「チョコ菓子は、家族にはあげてはいけないのか?」

「大丈夫ですよ、誰かに上げたいんですか?」

「父上だ、やはり親には感謝をしなければならないから、いつもは戦果で報いているのだが、たまには別の形で示したい」

「勿論です、一緒に作りましょう!」

「えー、姉さんばっかりずるいわ~、アタシもプレゼントしたいわ~~」

「駄目だ、バレンタインデーは女の祭りだからなっ!」

 楽しそうなお祭りに参加できないと聞いて、ベルフォートは駄々をこねる。

「大丈夫ですっ!」

「一ヵ月後にホワイトデーがあるのです!」

「チョコを貰った男の人が、女の人にプレゼントをお返しする日なのよー」

「しかもそのお返しは、三倍で返さないといけないんです!」

 アンネとシャネットとマリーロッテとルールアが、得意気にそう説明する。

 別に三倍で無くてもいいのだが、四人の迫力に押されて否定する事が出来なかった。

「まぁっ三倍なんて面白いお祭りねっ! 分かったわアタシはホワイトデーを待つ事にするわっ!」

 元々プレゼントが好きなベルフォートは三倍というハードルの上げ方をされても、全くひるむ様子がない。

 それどころかむしろ喜んでいる。

(海外では男性が女性にプレゼントを渡す日なんだけど……そうとは言えない空気)

 女性が男性にチョコを渡すのは日本だけで、海外では男性から女性へあるいは両方ともという文化らしい。

 そもそもベルフォートはバレンタインデーとホワイトデー、果たしてどちらに属するのだろうか、言動と口調が女性的なだけで女性が好きな場合だってあるので、そんな踏み込んだ事を聞ける筈もなく、君子はこの疑問を黙って飲み込む。

「じゃっじゃあ、ベルフォートさんの好みを聞いても良いですか?」

 とりあえず今回は貰う側に回ってくれるようなので、好きな物を聞く。

 ベルフォートは少し悩むと、笑みを浮かべて答えた。

「可愛いのが好きね!」

 チョコの好みを聞いていたはずなのになぜこんな回答をするのだろうか。

 せめてどんな味が好きかくらいは教えてもらおうと思ったのだが――。

「じゃあアタシは着物の買い付けに行って来るわ、チョコ楽しみにしてるからね~」

 それだけ言い残して、去って行ってしまった。

「……かっ可愛いチョコって……なに?」

 美味しいチョコならいざ知らず、可愛いチョコの作り方なんて無茶苦茶だ。

 困った君子は、ブリュンヒルデにベネディクトの好みを尋ねる。

「ベネディクトさんは、何が好きなんですか?」

「そうだな、父上は酒が好きだな!」

「…………」

 だからどんなチョコが好きかと尋ねているのに、なぜ皆好き勝手言うのだ。

「甘いけど甘さ控えめで、豆はなしで胡椒とお酒が入ってて、そして可愛いの……」

 見事に好みが分かれている。

 四方八方に別れていて、もはや共通点を見つける事さえ難しい。

「…………無理やん」

 流石に料理が好きな君子でも、こんなに注文の多いチョコ菓子作れない。

 元々バレンタインなんてやる気がないのに、余計に無気力になる。

 もはや絶望している君子に、皆がエールを送る。

「だっ大丈夫よキーコ、確かに注文がかなり多くてどんなチョコ作ればいいのか全然分からないけど、私達力になるから!」

「そうよ料理は苦手だけど、手伝えることならなんでもするわ!」

「わたしもお手伝いするのです」

「出来る事ならなんでもするわよ」

「うむ、任せておけっ!」

「皆さん……」

 一人で難題に立ち向かうのは不可能だ。

 だがこれだけの人数がいるのだ、皆でやればどうにかなる。

(そうだよ、皆がこんなにバレンタインデーを楽しみにしてるんだから)

 唯一の異邦人として、皆のバレンタインをより良いモノにしてあげたい。

 皆を楽しませてあげなくては、強くそう思った。

「そうよちょうど六人、一人一つ作るつもりでいけば出来るわよ!」

 アンネは力強く、そう励ましてくれた。

 確かにそう思えば、かなり負担が軽減される。

「一人……一つ?」

「……キーコ?」

「そうだ……そうですよ、何も一つのチョコにしなくていいんですよ!」

 考えてみれば簡単な事だった。

 君子はエプロンの紐を締め直すと、気合を入れる。

「キーコ、もしかして何かいいアイディアが浮かんだの?」

「はい……全部作ります」

「全部?」

 こんなにバラバラの好みを一つのお菓子にする事は出来ない。

 だからそれぞれの好みに合ったものを作る。

「でっでもそれって六種類も作るって事?」

「とにかく人海戦術あるのみです、ギルが帰って来るまでに全部作ります!」

 ようやくやる気になった君子。

 元々料理好きなので、食べてくれる人のオーダーには全力で応えたいと思っている。

 それがどんなに無理難題であろうと、食べてくれる人の事が一番大切なのだ。

「おおっまるで合戦の様に燃えているな、それでこそ我が妹だ!」

「じゃあキーコちゃんが将軍ね」

「そうね、バレンタイン将軍ね」

 燃える君子は、さながら小さな魔王である。

 何しろ時間がない、ギルベルトが帰って来るであろう夕刻までには全部で六種類のチョコを作らなければならないのだ。

 バレンタイン将軍は、配下に命を下す。

「まず食材です! シャネットさんとルールアさんはサクラ屋に行って正士さんからこのメモにある物を貰って来て下さい、それからアンネさんは胡椒を取って来て下さい、マリーロッテさんとブリュンヒルデさんは私と一緒にチョコを溶かしましょう!」

 この号令で、バレンタインという女の戦争が開戦したのだった。

 





***********************************************************





 日が暮れようとしている頃、ギルベルト達が城に戻って来た。

 今日が何の日か分かっているので、彼の足は自室ではなく自然と厨房へと向かう。

「ギルベルト様、何も直接向かわれなくとも……」

 高貴な身分であるモノが厨房に行くなどありえない事。

 威厳が無くなるのだが、ギルベルトは君子のチョコの事で頭がいっぱいでヴィルムの小言など一音も聞いていない。

 ほとんど走っているのと変わらないくらいの早歩きで、厨房へと入った。

「キーコっ!」

 ギルベルトが嬉しそうにそう叫んだのだが――。

「やっだも~~このチョコすっごく可愛い~~」

「ふふっキーコの私への愛がこもっているから美味いな」

「たんねぇ! チョコもっとくれよぉ」

 ベルフォートとアルバートとフェルクスが、平然とした顔でチョコを食べている。

 しかもなぜかブリュンヒルデまでいる。

「ギルベルト、遅かったではないか! エルゴンの砦くらい一時間で落としてこぬか」

「嫌ね、姉さんじゃないんだからそんなの無理よ」

「ふんっ、いっそのこと帰って来なければ良い」

 チョコを楽しみにしていたギルベルトにとって、彼らの来訪は想定外の事。

 君子が作ったチョコを独り占めしたかったのに、皆食べている。

「このクソ野郎どもぉっ、俺のチョコを食ってんじゃねぇっ!」

「貴様のチョコではない」

「そうよ~、可愛いくて美味しい私のチョコを作ってくれたのよ」

 皆美味しそうにチョコを食べている、そんな様を見せつけられてギルベルトは黙っていられない。

「俺のチョコ返せ!」

 アルバートとベルフォートからチョコを奪おうとしたのだが、二人ともそれを余裕で回避する。

「馬鹿者、これは私の為にキーコが作ったものだ」

「そうよー、これはアタシの為に作ってくれたんだもん! 弟とは言えあげられないわ」

「きっ、キーコがぁ?」

 君子がよりによってアルバートとベルフォートにも作っているなんて、独り占めできると思っていたのにショックだ。

「私も作ったのだ! チョコレートを切るのは初めてで楽しかったぞ」

「一緒にまな板も切ってましたけど……」

 ブリュンヒルデの後ろには、切断されたまな板が積まれて山になっていた。

 美味しいチョコの尊い犠牲になったのである。

「じゃあ私はこのチョコを父上にプレゼントしてくるぞ」

「なっ、クソジジイにも渡すのかよぉ!」

「マリーちゃんは、ロベルトにも渡したわよ」

「なっ……」

 固まるギルベルトを無視して、ブリュンヒルデ達は帝都へと帰っていった。

「あっあのっ……ヴぃっヴィルムさ、ん」

「……なんですか、ルールア」

 顔を真っ赤にしながら、ルールアは足で器用に小箱を持つとヴィルムへと差し出す。

「こっこれっ、うっ受け取って下さい!」

「……私に?」

 驚いた様子のヴィルム。

 ルールアは今にも火が出そうなくらい顔を真っ赤にしながら頷いた。

「あっあのあたしは料理が出来なくて、ほっほとんど手伝ってもらったんですけど……どうしても、ヴィルムさんに受け取って欲しくて……」

 ハーピィにはチョコ菓子という繊細な物をつくる事は出来ない。

 だからほとんど君子達に作って貰った様なもので、これではバレンタインのチョコとしてはいけないかもしれない。

「……どうも有難う御座います」

 ヴィルムはチョコを受け取ってくれた。

 それを見てアンネとシャネットは飛び跳ねて喜び、ルールアは昇天しそうなくらい喜んでいる。

 だが死ぬ訳には行かない、告白をしなければ意味がない。

 バレンタインの力を借りて、ルールアはありったけの勇気を振り絞るのだが――。

「おっ、チョコ頂きっ!」

 フェルクスが横からそのチョコを奪い取る。

 綺麗なラッピングをビリビリに破り、ヴィルムのチョコを食べる。

「ぶっ、にっにげぇぇぇっ、まっまじいぃぃぃ」

 勝手に奪って食べた癖に、フェルクスはオーバーに騒ぐ。

 まるで毒でも食べたように苦しんでいたので、ルールアが鋭い爪の足を振りかぶっている事に気が付かなかった。

「このっ、あほんだらぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」




 ルールアの回し蹴りが炸裂した。




 そのまま厨房の窓を突き破り、外へと吹っ飛ばされたフェルクス。

「おっ……おれしゃま、しゃっしゃいっへ~~」

 ぼろ雑巾の様になったフェルクス、しかしこれは彼の自業自得、誰も心配などしない。

「この馬鹿っ、アレはヴィルムさんの為のモノだったのにぃぃぃっ! 蹴り殺す、この世に肉一片も残さないぐらい蹴り殺す!」

 殺意に満ち満ちているルールアを、アンネとシャネットが止める。

「まっまぁ、まだチョコは残ってますから……」

 箱に入りきらなかった分が残っているので、改めてそれを詰め直す。

「まさかルールアまで、バレンタインをするとは思いませんでした」

「えっ……あっあえっとぉ」

「義理とはいえ頂いておきます」

「えっいやっぎっぎり……ぎりぃ……」

 フェルクスの邪魔のせいでせっかく告白できそうだったのに、勇気がどこかへと行ってしまった。

「ぐっぐううううっ、ヴィルムまでぇぇぇ」

 皆チョコを貰っている、まだ自分は貰っていないのに。

 ギルベルトは飢えた狼の様に、チョコを欲する。

「キーコは、キーコはどうしたんだよぉ!」

「チョコを作って疲れたから、少し休むって行って部屋に……」

「部屋だな!」

「貴様、キーコの休憩の邪魔をするな」

 アルバートの言葉など全く聞こえない。

 ギルベルトは、チョコを貰う為に走って行った。





***********************************************************





「キーコっ!」

 ギルベルトは乱暴に君子の部屋のドアを開けた。

 だが返事がない、寝室の方にも書斎の方にもいない。

「…………キーコ?」

 匂いを嗅いでみると、どうやら隣のギルベルトの部屋の方からする。

 急いで向かうと――ソファで君子が寝ていた。

 自分の部屋じゃなくてこの部屋で寝ているなんて、ギルベルトは君子に近づく。

 隣に来ても全く起きない、それほど熟睡しているようだ。

「…………あっ」

 ふとテーブルの上を見ると、綺麗にラッピングされた小箱を見つけた。

 もしかしてこれが――、ギルベルトの手は自然と小箱へと伸びる。

「んっ……ふぁっ」

 気配に気が付いた君子が起きた。

 起こしてしまって慌てるギルベルト、君子は背伸びをして欠伸をする。

「ふぁっ……ギルぅ、帰って来たんだ」

「おっおう」

「ごめん、すぐにお出迎え出来るように部屋で待ってたんだけど……寝ちゃった」

 ギルベルトを出迎えられるように部屋で待っていたのだが、まさか厨房に行くとは思わなかったらしい。

「いや良いンだ……、なぁソレ」

「あっ、ギルのチョコだよ」

 君子はテーブルの箱を手に取ると、それをギルベルトへと渡す。

 やっと貰えた大好きな君子からのバレンタインのチョコ。

 ギルベルトは君子の隣に座ると、包装を乱暴に開けて中を見る。

「……これは」

「えへへっ、今年はアソートにしてみたんだよ」

 どうせ六種類作るのならば、お店のチョコの様に六種類全てを詰めてみた。

 一応それぞれの好みに合わせた物は多めに詰めてはいるのだが、この一箱でたくさんの味を楽しめるのは楽しい。

「……これはなンだ?」

「それは苦めの生チョコ、でも食べやすいように工夫をしてみたよ」

 ヴィルムの為に作ったチョコレート。

 くちどけのいい生チョコなので苦くても食べやすいようにした。

「こっちはホワイトチョコレートにきな粉を混ぜたんだよ」

 アルバートの為に作ったチョコレート。

 嫌いな豆もきな粉なら食べられるのではないかと思い、チョコレートに混ぜてデザートにしてみた。

「こっちはガナッシュ、胡椒を入れたんだよ」

 ロベルトの為に作ったチョコレート。

 実は胡椒はチョコと相性がいい。

 胡椒をチョコ入れるとちょっと後味がピリッとするが、かえって甘みが増して風味も良くなる。

「こっちはハート形のチョコ、中にイチゴのジュレが入ってるの」

 ベルフォートの為に作ったチョコ。

 可愛いいのという要望だったので形をハートにして、イチゴのジュレを入れる事でより可愛さを出してみた。

「これは酒粕入りのトリュフ、お酒の香りがするけど量は控えめだよ」

 ベネディクトの為に作ったチョコ。

 サクラ屋で貰って来た酒粕をチョコに混ぜた、ヤマト村で造られる上質な酒粕は雑味がなくチョコの味を阻害することなく見事な調和を生む。

「それでこれが、ギルのチョコ」

 四角いチョコ、一見普通のチョコで工夫は見られない。

「これ……なンだ?」

「えへへっ、食べてみて」

 君子はちょっと意地悪な笑みを浮かべる、どうやら教えてくれる気はない様だ。

 恐る恐る、チョコを口へと運ぶ。

「ンっ――、キャラメル!」

 とろっとしたキャラメルが出て来た。

 しかし甘いはずのキャラメルの味が、ちょっと違う。

 吃驚しているギルベルトに、君子は嬉しそうにその正体を教える。

「塩キャラメルだよ」

「塩……キャラメル?」

 しょっぱいのに甘い、塩がむしろ甘みを強調しているような気がする。

 チョコレートも甘さは控えめで、キャラメルと一緒に食べた時に程よい甘さになるようにしてあった。

「うめぇっ、うめぇぞキーコっ!」

 ギルベルトがチョコを美味しそうにパクパクと食べていると――、左肩に重さを感じた。

「……キーコ?」

「…………すーすー」

 君子が、また眠ってしまった。

 六種類もチョコを作るのは君子も初めての事で、すっかり疲れてしまったのだ。

「…………キーコ」

 疲れて眠るほど、一生懸命作ってくれたチョコは美味しい。

 ギルベルトは君子の頭を撫でると、再びチョコを口にする。

「甘ぇ……」




 チョコの甘さは、キャラメルだけのせいではないだろう。








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