幕間 Christmas party
どうもクリスマスプレゼントに、からくりサーカス全巻セットをアマゾンというサンタにポチっとお願いした私です。
今回はクリスマスのお話です!
本編とは関係ないお話です、気楽に読んでいただけたらと思います。
ルーフェンに冬がやって来た。
ヴェルハルガルドでも南の方のルーフェンにも、本格的に寒くなって来た。
ギルベルトは、ポテチを食べながらソファでグダグダとしている。
「あ~、つまんねぇ」
全くする事がない、いやギルベルトはいつも進んで何かをするという事は無いのだが、今日はものすごく暇。
「ギルベルト様、そのようにグダグダとするものではありませんよ」
ヴィルムがそう言うが、このくらいではギルベルトの態度は変わらない。
酷い体勢でポテチを食べる彼に、ヴィルムは続ける。
「ギルベルト様、色々と晩餐会に呼ばれておりますが、参加されますか?」
魔王になったギルベルトと懇意にしたいという貴族や軍幹部達が、それぞれ晩餐会の招待状を送って来たのだ。
年の瀬はこういう晩餐会やパーティが多いのである。
「興味ねぇ」
「左様ですか、では全てお断りいたします」
ギルベルトはこのような集まりが嫌いで、家族の晩餐会も出席しない。
そんな話をしていると、浮かれた様子の双子がやって来た。
「おーじさま、あったかくしにきた!」
「あったかくしにきた、おーじさま!」
「ああ暖炉に石炭を追加しに来たのですね」
「うんユウがんばっておしごとするよ!」
「ランもねがんばっておしごとするよ!」
普段は怠けてばかりのユウとランだがこの頃やる気に満ち満ちている。
しかし二人の手には肝心の石炭がない、不思議に思っていると正士が石炭の入ったバケツを持ってやって来た。
「マサおそ~い」
「おそ~いマサ」
「ごめんよ、石炭なんて久しぶりに運ぶからさ」
正士は異邦人だと証明されてからは、城の雑用をする事になった。
君子と同じ異邦人だと解ったので、客人扱いしても良かったのだが、自分で手伝いを申し出ているので、そのままやらせている。
「大体、子供が働くって言うのは労働法に違反してると思うんだけどなぁ……、それに石炭なんて危ないし……」
そう言って自分から進んで双子の仕事をするので、双子は喜んでソレに甘えている状況である。
「双子が進んで仕事をするという事は、今年もまたあの時期がやって来たという事ですか」
ヴィルムが言うあの時期というのは、一二月のイベントの中でも子供が一番好きな、あのイベント。
「クリスマス、ですか」
サンタクロースがプレゼントを持ってくる日。
明後日は二五日、だから双子達はプレゼントを貰おうと一生懸命『いい子』をしているのである。
「僕が日本にいた時は二月だったので、時間が巻き戻ってみたいでちょっと嬉しいなぁ……クリスマスも仕事だったんですよね」
項垂れる正士、しかしヴィルムにはクリスマスの何が特別なのか全く分からない。
「クリスマスというのは、子供がサンタクロースからプレゼントを貰うお祭りでしょう、見るからに大人な貴方は関係ないのではありませんか?」
むしろプレゼントを用意する側、損する側だというのに何を喜んでいるのだろうか。
「あれ、山田さんはクリスマスイブの事話してないのかな?」
「クリスマスイブ?」
「はい、明日は日本では恋人と過ごす日ですよ」
日本は宗教観が特殊で、神道と仏教とキリスト教とその他もろもろのごった煮。
本場のクリスマスがどのようなものだか知らないが、日本のクリスマスは宗教観を完璧に無視して、恋人あるいは好意のある異性と過ごす日という印象が強い。
「恋人と?」
「僕はここ何年かいませんけど、ヴィルムさんはそう言う人はいないんですか?」
「私はギルベルト様の補佐官ですから、今の所女性の相手をする余裕はありません」
「勿体ないなぁ……、こんなにイケメンなのに」
「そもそも、クリスマスイブとやらに女性と過ごす意味はあるんですか?」
クールイケメンヴィルムからすれば、意味のない行動に見えるのだが正士はちょっと恥ずかしそうに続ける。
「そりゃあ、女性を口説くには絶好の日ですからね」
「女性を口説く?」
「そうですよ、普段は食事に誘えなくてもクリスマスだから勇気を振り絞れるってものですよ、それに女性の方も解ってますからね誘ってOKを貰えれば、脈ありって事でそのまま付き合う事もありますね」
「という事は、貴方もクリスマスイブで女性を口説いたという事ですか?」
「うおっド直球、えっえぇまぁ……学生時代に告白しましたよ」
結局別れたのだが、今となればいい思い出である。
なんだか色々思い出して来た正士は更に続けた。
「そうそう、そのまま勢いでキスなんかもしちゃって……」
「キス、ですか」
「はい……、てっ言っても最近は家族で過ごす人も多いみたい――」
ちょっと恥ずかしそうにそう言っていた正士の襟首を、ギルベルトが掴みかかった。
「おいてめぇぇっ!」
「ひっ、ごっごめんなさい!」
どうでもいいアラサー独身の恋愛事情を聞かされて怒らせてしまったのか、正士はとにかく謝り、そして次に振るわれるであろう暴力を覚悟した。
しかし、やって来たのは拳でも蹴りでもない。
「その日なら、キーコにキスしてもいいのかぁ!」
と、とても必死な表情で聞かれた。
あまりにも意外な問いに、正士は吃驚した。
「えっ……いっいやソレは成り行きって言うかなんというか」
「どうしたらキーコにキスしていいンだ、教えろこのクソ野郎!」
さっきまでアレほどやる気がなくダラダラしていたというのに、今は色々と危ない方向にやる気に満ち満ちている。
「えっ……大体は食事に誘うとかして、二人っきりで食事でも楽しんで、その後綺麗なクリスマスツリーでも眺めている時にサプライズプレゼントを渡して相手を喜ばせれば、良いんじゃないでしょうか……?」
「誘って飯食ってプレゼントすればいいンだなっ!」
完璧に何かをはき違えてしまっている様子のギルベルト。
しかし彼の頭の中は大好きな君子とのキスでいっぱいで、もうどうにも止まらない。
「キーコとキス、けけけっ……っ?」
そんな犯罪者一歩手前の様な笑みを浮かべていると、何か視線を感じた。
ギルベルトが、ドアの方を見ると確かに閉めた筈のドアが少し開いている。
そしてその隙間からこちらを覗く人物と、眼があった。
それはアルバートだった。
城にいる訳がない男の顔に、ギルベルトは言葉を失った。
「あっアルバート様、一体いつからそこにっ!」
王子という品格ある存在である筈なのに、盗み聞きなどあるまじき行為だ。
もちろん彼の傍にはフェルクスとルールアが一緒にいて、フェルクスはドアを開けると馬鹿らしく馬鹿正直に答えた。
「あの異邦人の女に会いに来たら、たまたま声がして覗き込んだら話してて、『クリスマス、ですか』あたりから盗み聞いてたんだぜ!」
つまり先ほどのクリスマスの会話は全て聞かれたという事。
こんな口説くには絶好のイベントを、アルバートが見逃す訳がない。
ギルベルトは、嫌な予感を感じながらアルバートを見る。
「――ふっ」
そう勝ち誇った様な笑みを浮かべると――、猛ダッシュした。
どこに行くかなど解っている、君子をクリスマスデートに誘いに行ったのだ。
「このクソバートぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
ギルベルトもすぐにその後を追う。
ルーフェンの城に響き渡る怒号を聞いて、ヴィルムは大きな溜め息をついた。
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「よしっ……こっちは準備できた」
君子は大広間から出てくると、持っていたメモ帳に何かを書き込み始めた。
しかしその時どこからともなく地響きの様なものが聞こえて来た。
ふと音がする方を見ると――、ギルベルトとアルバートがすごい勢いで走って来る。
「ひゃうっ!」
そしてスカートがめくりあがりそうなくらいの風圧を発生させて、どうにか止まった。
「ギルに、アルバートさん、いっ一体どうしたんですか」
なぜアルバートがいるのだろうか、それにギルベルトは部屋でだらけていたはずだ。
びっくりした様子の君子に、二人は口を開く。
「実は明日――」
「先に言うなクソバートっ!」
「黙れバカベルトっ!」
それぞれ互いをけん制してなかなか話が進まない。
君子が止めに入ろうとした時、ほとんど同時に二人に言った。
「明日、俺と一緒にデートしようぜ!」
「明日、私と一緒にデートをしよう!」
誘い終わった、あとは食事をしてツリーを見ながらプレゼント、そしてキスだけ。
下心満載のデートのお誘い、君子がどっちを選ぶか緊張の瞬間。
しかし――。
「ごっ、ごめんなさい……あっ明日は、よっ用事があるんです」
予想しなかった言葉に、ギルベルトもアルバートも硬直した。
まさかデートの誘いを断られるなど、考えもしなかったのである。
「なっ……なンだよぉ用事って! ンなの断れっ!」
「用事……、一体どんな用事だ!」
「えっ……そっそれは」
明らかに君子の様子が可笑しい、全く目を合わせようとしない。
「まさか――、クリスマスだからか?」
「うっ――」
嘘みたいな図星の声が聞こえた。
君子は何かを隠している、しかもそれはクリスマスに関係ある事。
「とっ、とにかく用事があるんです! ごめんなさぁぁぁいっ!」
君子はそう言って走って逃げて行った。
そんな彼女の姿を、ギルベルトもアルバートも見ている事しかできない。
あんな君子を、二人は初めて見る。
「なぜだ……、私からのデートを断るなんて……」
「てめぇはいつも断られてるだろぉ……でも、用事ってなンなンだよぉ」
クリスマスという特別な日に用事なんて、明らかに可笑しい。
デートを断ったとしても皆でご飯を食べようというのが、いつもの君子の対応なのに、なぜか今回は完全なる拒否。
「まさか……、すでに一緒に過ごす相手がいるというのか?」
去年まではマグニというド田舎で、君子は知り合いが少なかった。
しかし今は違う、ルーフェン城にはたくさんの使用人もいるし、城下町だってある。
君子が異性と出会う場は格段に多くなった、まさかとは思うが誰かがギルベルトとアルバートの知らないところで色目を使っているのでは――。
「誰だぁ、俺の所有物に手ぇ出しやがった野郎はぁ……」
「私の婚約者に近づく虫けらは、駆除してやる」
いつもはものすごく仲が悪いが、君子に男の気配があるというのなら話は別。
これをすぐにでも見つけ出し、葬らなければならない。
「貴様と私、どちらが君子をデートに誘うかは、虫けらの駆除が終わってからだ」
「けっしょうがねぇ、キーコに近づく野郎は俺がぶっ飛ばすし、キーコをデートに誘うのも俺だけどな!」
最愛の君子を誑かす間男を見つけ出す為に、普段仲が悪い二人の停戦協定が結ばれたのだった。
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翌日、朝から君子はとても忙しそうだった。
まず朝起きると、真っ先にベアッグの所に行って料理についての話をしていた。
時折メモ帳を開いて何かを確認していている。
「…………料理について話しているのか?」
ベアッグはマグニからいるメンバーだし、君子を誑かすようには思えない。
そうなると今話しているのは、おそらく間男と食べる食事の話。
「くそぉっ……誰と喰うンだよって、てっトリ!」
ベアッグが持って来たのは羽毛を取り頭と足を落とした鶏。
それも一羽二羽ではない、軽く見積もっても二〇羽がテーブルの上に乗せられた。
鶏はヤマト村でしか育てられていない。
という事はあの鶏は全てヤマト村、つまりギルベルトの領地であるマグニのモノ。
それをあんなにたくさん、それを君子は誰かと一緒に食べようとしているのか――。
「俺のトリ、俺のトリをぉぉぉぉ~~~っ」
「黙れ馬鹿者、キーコに気が付かれるだろう」
廊下から気が付かれない様にこっそりと覗いているのだ、大声を出せばバレてしまう。
君子も、ギルベルトの声に気が付いたのか、振り向いた。
「(やばいっ!)」
「(隠れろっ!)」
すぐさま顔を引っ込める二人、その様は王子というよりコソ泥だ。
「じゃあ、ベアッグさんよろしくお願いします」
君子はそう言うと厨房から出て来た。
ギルベルトとアルバートは、それぞれ偶然歩いて来た使用人の後ろに隠れたり水がめの後ろに隠れたりする。
「えっとぉ……次は」
君子はまたメモ帳を見ながら、どこかへと小走りで向かって行った。
急いで二人もその後を追った。
次に君子がやって来たのは城の庭、庭師の男と何か話している。
「…………あいつじゃねぇよな」
男であるが老人、いくら君子でも老人とクリスマスを過ごしたいとは思わないはず。
「一体何を話しているのだ……」
ギルベルトとアルバートは、植え込みの隙間から顔を出している。
その後ろには、呆れた様子のヴィルムとルールア、そして暢気に花を眺めているフェルクス。
「ギルベルト様、アルバート様……そろそろお止めください、本当に見苦しいです」
王子の二人は魔王という誉れ高き地位に就いたというのに、こんな真似をしている。
しかしヴィルムがなんと言っても、二人はその場から動こうとしない。
「ヴぃっヴィルムさん、よっ良かったらおっお食事……もごもごも」
食事に誘いたくても誘えずもごもご声で喋っているルールアの言葉など聞こえない、ヴィルムは重い溜め息を付く。
「あっアレっ!」
見ると庭師の幾人かで、大きな常緑針葉樹を運んで来た。
確か去年のクリスマス、君子はクリスマスツリーをこの木で作って飾りつけをしていた。
「キーコはクリスマスツリーを造る……それなのに、それなのに! この私ではなくどこの馬の骨とも分からぬ輩と過ごすのかぁ……」
「許せねぇ、ぜってぇに許せねぇ……」
もう君子がどこかの男の為に何かをしている、という事が許せない。
二人の見るに堪えない嫉妬はどんどん溜まって行く。
「じゃあ、よろしくお願いします!」
君子は庭師の方々に頭を下げると、またメモ帳を確認してどこかへ向かって走り始めた。
「ええっとぉ……次は」
どこか急いだ様子で、今度は城の外へと走っていく。
二人も急いで追いかけた。
「外……、まさか間男は城下町にいるのか!」
「くそぉっ、追いかけてやる!」
君子がやって来たのは、城下町にあるメンズ物の服や小物を扱った店。
庶民から見れば高級店だが、王族から見れば大したことのない価格の店。
「キーコはなぜこんな店に……」
「知るか、つまンねぇ店だなぁ」
ギルベルトとアルバートはフードを被って、顔を隠していた。
王族がいると騒ぎになるので仕方がない、しかし二人はお忍びというのを忘れて、店のガラスに顔を近づけて、はっきり言って不審者である。
その様子を見て本当にすごい溜め息をつくヴィルム。
王子の品格が――以下略である。
君子はアンネとシャネットと共に楽しそうにお話をしながらショッピングをする。
しかし、しばらくすると店員が近づいて来て、君子に何かを見せ始めた。
それは男性用の赤い手袋と青いマフラー。
その二つを抱きしめると、君子はとても嬉しそうにはにかんでいる。
ギルベルトとアルバートも見た事がない表情。
「なっ、なンだあのキーコの顔はぁ!」
「まっまさかアレは間男へのクリスマスプレゼントだというのか!」
今までの事をトータルで思い出してみる。
まずベアッグの所で鶏を、つまり料理を用意していた。
次に庭師の所でクリスマスツリーを準備していた。
そして今クリスマスプレゼントを買っている。
「食事にツリーにプレゼント……」
「二人っきりで食事を楽しんで、その後綺麗なクリスマスツリーを眺めながら、サプライズプレゼントを渡し相手を喜ばせ……そして――――キス」
正士が言っていたクリスマスイブに異性を口説く方法とまったく一致する。
間違いない、君子は男に告白をするつもりなのだ。
「うぐあああああああああっ、キーコは俺の所有物なンだぁぁぁ! 他のヤローに渡してたまるかぁぁぁ」
怒号を上げて怒り狂うギルベルト、周囲の視線は一気に彼へと集まる。
お忍びで来ているのだ、これだけ注目されてしまえば大変な騒ぎになる。
「(アルバート様、ギルベルト様を抑えるのを手伝って下さい!)」
ヴィルムが慌ててそう助けを求めたのだが――。
「どうやら久しぶりにライキリで暴れる事が出来そうだな、ふふふっふははははははっ」
アルバートもかなり怒り心頭のご様子。
このままではホワイトクリスマスではなく、赤いクリスマスになりかねない。
嫉妬に狂っている二人を、ヴィルム達は何とか城へと連れ帰ったのだった。
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それからあっという間に時間が過ぎて、東の空から夜がやって来ようとしている。
クリスマスイブの始まりである。
本来ならとても穏やかで、楽しい気持ちになる筈の日。
しかし、到底そんな気持ちで無い者が――ルーフェン城の玄関前に二人。
「殺す、とりあえず殺す、殺す殺す殺す殺スっ!」
「生まれた来た事を後悔させてやる……、まず爪を剥いで次に指を一本ずつ折って、そして皮をゆっくりと剥いでから――」
ギルベルトとアルバートである。
負のオーラが酷い、本当に見るに堪えない。
ヴィルムは気分が悪くなって、椅子に座ってぐったりとしている。
そんな彼をルールアが心配そうに介抱していて、もう二人を止める者がいない。
二人の怒りのボルテージが最高潮に達した時。
「いや~、ルーフェンは近くていいよなぁ」
そうフランクな声が聞こえた、振り返ると――。
「よぉっ、ギルベルトにアルバート」
ロベルトが立っていた。
その顔を見た瞬間、ギルベルトはラリアットを、アルバートはボディブローを決める。
Aランカーである弟二人からの攻撃は、貧弱王子ロベルトにはあまりにもきつい。
反撃などできず、その場に撃沈する。
「うっうごっ……ごふぉっごはっ、なっなんでぇ……」
痛みに悶える兄を、ギルベルトとアルバートは鬼の様な形相で見下ろす。
「てめぇ……このクソ兄ぃ、よくも俺の所有物をぉぉぉっ!」
「弟の婚約者を誑かすとは、恥ずかしくないのですか兄様ぁぁ!」
二人はそれぞれ得物を抜きながら言った、しかしロベルトはかなり困惑した様子だ。
「なっ何言ってんだよお前らっ、招待しておいてそれはあんまりじゃないかぁ!」
「あっ、クソ兄こそ何言ってンだぁ!」
「うっうわわっ」
また殴り掛かりそうなギルベルトから身を守ろうと、ロベルトは頭を覆って防御の体勢をする。
しかしその時、今度はやんわりとした声が響いた。
「ロベルト、招待してくれたのはギルベルト君じゃないでしょう?」
そう言って現れたのは、半魔人の女性――マリーロッテだった。
安物だが温かそうなコートを着て、にっこりと優しい笑みを浮かべて近づいて来る。
「ギルベルト君久しぶりね~、魔王になったんですってね、おめでとう!」
「……おう、あんがと」
普段は凶暴なギルベルトも、マリーロッテの前では大人しくなる。
まるで親戚のお姉さんに会った思春期の男の子の様だ。
「それから……、お久しぶりで御座いますアルバート王子殿下」
「マリーロッテ息災で何より」
そう簡潔な挨拶を済ませると、ボロボロのロベルトに近づく。
「ロベルトったら、やって来てそうそう弟君達と遊んじゃって、も~子供なんだから」
「どっどこをどうやったらこれが遊びなんだよ、マリー頼むから変な人について行ったりしないでくれよぉ、俺はいつも心配なんだからなぁ!」
そう言って焦るロベルト、よくよく考えると彼にはマリーロッテという妻がいるのだ、彼が彼女にぞっこんなのは、ギルベルトもアルバートもよく知っている。
となると、君子に近づく男は――彼ではない。
「あらっ、もう来てたのねロベルト」
そう女性的な口調で喋ったのは男の声、もう振り返らずとも誰だか解る。
「はあ~い、久しぶり~」
空中魔法で飛んでいたベルフォートが、ゆっくり空から降りて来た。
今日もまた奇抜なデザインの服を着ていて、相変わらずだ。
「なんでてめぇがここにいンだよぉ、男女野郎!」
「まさか……、キーコを誑かしたのはベルフォート兄様か!」
ベルフォートは、セーラー服の一件で君子とも仲が良かった、可能性は十分ある。
「誑かすって何の話? それよりっマリーちゃん久しぶり~、アタシが贈った服着てくれたのねぇ~」
「ベルフォートさん、いつも可愛いお洋服ありがとうございます」
そう言って世間話を始めてしまう。
よくよく考えると君子はベルフォートと確かに仲がいいが、それはどちらかと言うと女友達の様な感じで、とても君子を横取りするようには見えない。
なら一体誰かと考えていると――。
「お前達、元気そうだな!」
そう大きくて威勢のいい女性の声が響いた、恐る恐る振り返ると――ブリュンヒルデとその婚約者デュゼルが歩いて来た。
「ねっ姉さんっ!」
「ロベルト~懐かしいなぁっ! お前はちっとも顔を見せに来ないからな、全くいつの間にか老け込んだなぁ!」
ブリュンヒルデはそう豪快に笑いながら、ロベルトの背中を叩く。
「なっなんで姉さんまで来てるんだよぉ、聞いてないぞぉそんなのぉ!」
「あら、わたしは知ってたわよ」
「なっなんで、なんでそんな重要な事言ってくれないんだよマリー」
姉は加減を知らないので、貧弱なロベルトは下手をすると死ぬ、だから距離を取っていたのだが、完璧に嵌められた。
「デュゼルさん久しぶり~、今日は戦車で来なかったのねぇ」
「流石に弟君の城を壊すのはまずいですし、ヒルデのワイバーンの繰りは荒いので、乗っていると心臓に悪い」
「そんな事より、お前がマリーロッテか! うむ聞いた通り可愛らしいではないか、私の妹よ!」
「初めましてブリュンヒルデお姉様」
「わ~、姉さんはマリーに近づくなぁ、怪我でもしたらどうするんだぁ!」
一気に騒がしくなった。
全員兄弟とその伴侶だが、こんな風に一堂に会する事はない。
「いっ一体、何が起こってるのだ?」
帝都でもこんなにそろう事がなかったのに、なぜよりによってルーフェンに集まるのだ。
訳が分からないギルベルトとアルバートが驚いていると――。
「ぐはははっ、賑やかじゃのぉ!」
豪快な笑い声と共に現れたのは、人並みの大きさの魔王帝ベネディクト。
傍にはネフェルアがいて、どうやら彼の『瞬間移動』の特殊技能でやってきたようだ。
「なっなンで、クソジジイてめぇが来るンだよぉ!」
「いっ一体何がどうなっているのだ!」
兄弟達だけならまだしも、ガルド城から滅多に出て来ないベネディクトまでやって来るなんて、ありえない事だ。
ギルベルトとアルバートが訳が分からず困惑していると――。
「あっ皆さん、遅くなってごめんなさい!」
慌てた様子で赤い帽子を被った、君子がやって来た。
城の中から出て来た君子に、訳がわからないギルベルトとアルバートが近づく。
「キーコ、どういう事だ!」
「そうだ、一体誰が間男なのだ!」
「まっ間男? なっなんの事ですかぁ?」
君子が首を傾げていると、ベルフォートが封筒を見せて来た。
「何訳の分からない事言ってるのよ貴方達、アタシ達はキーコちゃんに呼ばれたのよ」
「これは……招待状?」
ベルフォートの言った通り、皆招待状を持っていた。
なんの話も聞いていないギルベルトとアルバートは、君子を見る。
「えへへっ、とりあえず中にどうぞ」
大広間は素敵な空間に変わっていた。
サンタやプレゼントなどをかたどった飾りでおめかししたクリスマスツリー。
テーブルには優しい明かりのキャンドルが並べられて、その周りには鳥の丸焼きにヤキトリに唐揚げ、ピザやパイなどが並び、ひと際目立ったのは三段になっているクリスマスケーキだった。
「これは……」
この鶏は君子がベアッグに用意して貰っていたものだし、このクリスマスツリーは君子が庭師に頼んでいたものだ。
「えへへっ今日は、家族でお祝いをする日なんだよ」
日本ではクリスマスイブは恋人と過ごす日という認識が強いが、海外では圧倒的に家族で過ごす日という認識だ。
正士とは違い君子は後者の認識だったのだろう。
「だから勝手だとは思ったんだけど、皆に招待状を出したの」
君子がずっと忙しそうにしていたのは、このクリスマスパーティを開く為、その準備があるから、君子はデートの誘いを断ったのだ。
ギルベルトとアルバートは顔を見合わせる。
君子が他の男と一緒に過ごすのだと疑った自分が恥ずかしい、俯く二人に気が付かず君子は主催者として皆を席に案内する。
ベネディクトが上座で、そこから姉弟の順で席に着く。
「えっえっとぉこっこういう場を仕切るのは初めてでちょっと緊張してます、今日は私の故郷では家族と一緒に過ごすクリスマスという日です、あまり豪華な晩餐会にはできませんでしたが精いっぱい頑張って準備しました、少しでも皆さんに楽しんでいただければ幸いです」
君子がそうぎこちない挨拶をすると皆が拍手をしてくれた、丁寧にお辞儀をすると生まれて初めての乾杯の音頭を取る。
「乾杯っ!」
グラスを掲げるとクリスマスパーティが始まった。
「うわっ、トリってこんなにうまいのか!」
「このカラアゲ? 美味しいのね」
「も~やだぁ、食べすぎちゃいそうねぇ」
「ぐはははっ酒が足りぬぞ! もっともってこい!」
「うむ、首がないから飲み食いは出来ないが、皆の食べっぷりを見ているだけで楽しいな!」
「本当、異世界のお祭りというのは楽しいものだね」
一気に騒がしくなった大広間。
あれだけあった料理や酒がへり、それなりの時間が経った頃。
君子が再び口を開いた。
「えっとぉ、皆さんお食事中失礼します、実は私からささやかながらプレゼントがあるんです」
そう言って、アンネやシャネット達が綺麗にラッピングされた大小さまざまなプレゼントを、台車に乗せて持って来た。
まずは一際大きいものを抱えてベネディクトへと渡す。
「これはベネディクトさんに」
「どれどれ~」
ベネディクトは乱暴にラッピングを外した、出て来たのは横綱が優勝した時に使う杯、大杯である。
二リットルは優に入る一際大きなものだが、漆塗りで金箔の細工まである美しい杯だ。
「ヤマト村の皆さんに造っていただきました、晩酌が楽しくなると思って」
「なんとっ、さっそく使うぞ! ネフェルア酒を持て」
酒好きのベネディクトは気に入ったのか、力士も驚くほどのペースで、ヤマト村の日本酒を浴びるように呑む。
君子は次にブリュンヒルデとデュゼルへと、プレゼントを渡す。
「これはブリュンヒルデさんに、こっちはデュゼルさんに」
二人が包みを開けてみると、ブリュンヒルデには肌触りの良いストール、デュゼルにはひざ掛けが入っていて、どちらもおそろいの柄だった。
「いくら首がなくても冷やすのは良くないです、高級なものではありませんけど、温かいものを選んだので、使って下さい」
「あっわわわっどっどうしようデュゼル、妹からプレゼントを貰ったのにお返し出来るものがない……あっ、今度敵将の首をとってくるからな!」
「止めなさいヒルデ」
プレゼントがよほど嬉しかったのか、さっそく肩から掛けたり膝にかけたりして使ってみていた。
君子は次に、ベルフォートへとプレゼントを渡す。
「これはベルフォートさんに」
「まぁ何かしら……、あらっ可愛い手鏡~」
それは手鏡になりスタンド型にもなる物で、おしゃれ好きなベルフォートにはぴったりだった。
「じゃあ、またキーコちゃんにとっときの魔法をかけてあげないとね!」
ベルフォートはそう言って、微笑んでくれた。
君子は次にマリーロッテへとプレゼントを渡す。
「貴方がキーコちゃん? ロベルトからお話は聞いているわ」
「私もロベルトさんからお話を聞いてますマリーロッテさん、今日は来て下さってありがとうございます」
「こちらこそお招き有難う御座います、コレ開けてもいい?」
マリーロッテは君子の許可を貰うと、ラッピングを綺麗に外して箱を開ける。
「まぁ~マグカップね、しかもお揃いの!」
「へぇ~、良いなぁこういうの」
月と太陽をあしらったマグカップを、二人は気に入ってくれたようだ。
そして最後に、アルバートとギルベルトにプレゼントを渡す。
「どうぞアルバート、はいギル」
ちょっと戸惑いながらも二人は包みを開けた。
すると――それは昼間君子が店で受け取っていた、あのマフラーとあの手袋だった。
「これは……」
「アルバートさんが前に言ってた、特殊技能と同化する性質のある妖獣の毛から作られたマフラーです! ギルの方は裏起毛の皮の手袋、なかなか見つからなくてどっちもオーダーメイドで造って貰って、なんとか今日に間に合ったんです」
君子が店であんなに喜んでいたのは、プレゼントが間に合ったからだったのだ。
なんて言って良いのか分からず、ギルベルトは手袋を見詰めて固まっていた。
「……ギル、もしかして嫌だった?」
「えっ……」
「ほっほら、ギルは晩餐会とかそう言うの嫌いなんでしょ……、でもギルはあんまり家族と過ごす暇がないから、だからそのぉ勝手にクリスマスパーティを開いたの」
君子はギルベルトが捨て子だという事で、家族と溝がある事をずっと気にかけていた。
だから少しでも皆の仲が深まって、親睦が深められればと思い、このパーティを企画したのだ。
「前もって知らせるとギル嫌がると思って……、本当はアルバートさんにも言おうと思ったんだけど、クリスマスの事知ってたからバレちゃうと思って黙ってたの」
これだけの準備、一体どれほど大変だったのだろうか。
これも全て自分の為だと思うと、胸が苦しくなるほど嬉しい。
「本当は俺がするはずだったのに…………」
「ふふっ、全くだな」
「へっ?」
食事をしてクリスマスツリーを眺めて、サプライズプレゼント。
君子とキスがしたいという下心でギルベルトとアルバートがやろうとしたのだが、それよりももっと素晴らしくて、温かくて優しい物を、君子がやってしまった。
首を傾げる君子に、ギルベルトは心からのお礼を言う。
「あンがとなキーコ、楽しいクリスマスだ」
「えへへっ、それならもっと素敵な言葉があるよ」
君子はその言葉を皆に教えると、グラスを掲げて楽しそうに言う。
この瞬間を分かち合う、とっても素敵な魔法の言葉を――。
「「「メリークリスマスっ!」」」




