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地味女子ですが、異世界来ちゃいました!  作者: フランスパン
異世界召喚編
9/100

第八話 ニートですよ、君子さん!



 マグニの城に来て、三週間余りが経過。

 君子は日本人特有の適応力を駆使して、この状況に慣れて来た。

 専用の部屋を与えられギルベルトとは別で眠れる事になったので、徹夜も無くなりストレスも格段に減った。

 お陰で色々な知識を収集する暇が出来て、今自分が置かれた状況が解って来た。

 今いるこのマグニと言う場所は、ヴェルハルガルドという国で、ハルドラと戦争をしている国。

 人口の約六割が魔人で、その他獣人や小人(ドワーフ)や人間などなど、そしてそれらのハーフやクオーターがいる、多人種国家らしい。

 てっきり魔人だけが暮らしているのかと思ったが、人間も数は少ないが暮らしている。

 ハルドラでは全く見かけなかった別の種族は、この国では当たり前の存在だそうだ。

(人間がいるならちょっと会ってみたいかもしれない)

 少しずつ解った事もあるが、解らない事もある。

「……ギルは王子様なんだよね?」

 君子は自分を抱きしめているギルベルトへその疑問をぶつけた。

 抱っこはかなり抵抗があったが、拒絶した時のギルベルトのふてくされ具合の方が厄介なので、もう大人しく抱っこされて居る方が楽だと学習した。

「おう、そーだぜ」

「…………じゃあ、ギルは魔王の子供って事なの?」

 ギルベルトと魔王の関係についてだ。

 彼が王子ならば、魔王の子供と言う事になるのではないのだろうか。

「違いますね、ギルベルト様は魔王帝のご子息でございます」

 遅めの朝食を持って来たヴィルムが、その質問に答えてくれた。

「えっと……魔王帝って魔王とどう違うんでしょうか?」

「六人の魔王とそれを束ねる三人の魔王将、そして魔王将を従える魔王帝、つまりこの国を治める支配者がギルベルト様のお父上と言う事になります」

(魔王が六人って……なんかハルデで聞いた話と随分違う様な……) 

 確か国王の話では、魔王が国を治めている様だったが、実際は随分違う様だ。

「……ギルのお父さんは竜だったりするの?」

「ああ? んなわけねぇだろう」

「魔王帝様は魔人でいらっしゃいますよ、それに竜は遠の昔に絶滅しております」

「えっ! でもワイバーンはいますよね?」

「ワイバーンは確かに竜ですが、アレは魔人が長い年月をかけて家畜にした物で竜には含まれません、この世で竜と呼べるのは四足の脚を持つ物だけです」

 人がイノシシをブタへと家畜化したのと同じ様に、魔人も一部竜種をワイバーンへと改良していったのである。

(じゃあハルドラの王様が言ってた、闇の竜とかはおとぎ話だったのかなぁ?)

 一〇〇〇年も経つと伝説やおとぎ話にも尾ひれがつく物。

「ねぇ、ギルはいずれ魔王になるんだよね? いつ魔王になるの?」

「さーなぁ、三〇〇年くらい経ったらじゃねぇのか?」

 興味なさそうに答えるギルベルトに、ヴィルムが食事を並べながら答える。

「正確には何とも言いかねますが、三〇〇年周期で魔王が殉職なさるのでその時かと」

 どうやら代わりがいる様だ、これでは榊原と東堂寺が魔王を倒した所であまり変わりがないのではないだろうか。

「所で、貴方は先ほどからなぜそのような事を聞くのですか」

 流石にクールイケメンのヴィルムには不審がられた、まさかギルベルトより強くなる為に少しでも情報を収集している、なんて言える訳が無い。

「ほっほら、私異世界から来たわけじゃないですか! 故郷には魔王とか勇者とかいないんで、すっごく興味深いんですよ!」

「異邦人には珍しい……、こんなことが?」

「ええっ、すっげぇ珍しいです! 魔人も竜も魔法もみ~~んな珍しくて、興味が津津なんですよ~~」

 とりあえず笑って話を濁す作戦に出る。

 といっても珍しいのは本当の話だし、ヴィルムが異邦人についてあまり詳しく無い様なので、納得はしてくれた。

(今度から情報集めをするのにも注意をしよう……)

 本当は物知りなヴィルムから色々聞きたいのだが、どうも彼は勘が鋭く用心深い、だからギルベルトを支えられるのだろう。

くつろぐ為のソファから、食事をする為のテーブルに移動する。

 テーブルに並べられた朝食を見ると、相変わらず美味しそうだった。

 コンソメスープに野菜のサラダ、ソースがかかった蒸した肉料理にチョコレートケーキと言う、とんでもないフルコース。

 純日本人にはなかなかヘビィだ。お味噌汁と納豆が恋しい。

「いただきます」

 だが味は抜群に美味しい、コンソメのスープには牛肉のだしが良く効いているし、蒸し料理のお肉も口の中でほぐれてしまい、油も少なくくどくない。

 正直ミシュランとかで星を貰えるほど美味しかった。

「ん~~~、いつも美味しいですなぁ~」

 美味しさに感激している君子に、ヴィルムは不思議そうな顔で質問をして来た。

「前から聞こうと思っていたのですが、貴方は故郷では地位の高い生まれなのですか?」

「えっ、そんな事無いですよ……ほんと一般家庭に育った凡人ですよ……」

 なんでそんな事を聞くのだろう、この身なりと顔を見て解らないのだろうか。

「……庶民の割には食事の作法も様になってますし、実はそれなりの地位の生まれなのかと思ったのですよ」

 食事の作法と言っても、フランス式とイギリス式がごっちゃになった奴で、学校の家庭科の時間に習った、最低限の物だ。

「私の故郷では庶民も教わるんですよ……それに私の作法が様になって見えるのは、ギルのせいじゃないんですか……」

 君子は前に座っているギルベルトに視線を移す。

 スープは音を立てて飲むし、パンはちぎって食べないし、肉はナイフで切らずにフォークで突き刺して、噛みちぎって食べている。

 正直、王子という事が嘘の様に感じる汚さだ。

「まぁ……強くは否定しませんよ」

 ヴィルムも快く思って居ない様だ、一国の王子がこれでは先が思いやれるだろう。

「もっと綺麗に食べなよ」

「あんっ、食えりゃいいだろう」

 そう言ってデザートを平らげて満足そうなギルベルト。

 しかし彼の前には手がつけられていないサラダと、肉料理の付け合わせのジャガイモがある。

「あっ、また野菜残してるよギル!」

 君子がこの三週間で発見したのは、ギルベルトが野菜嫌いだと言う事。

 野菜は全体的に残していて、全く食べようとしない、こんなにおいしい物を残すなど言語道断である。

「いいギル、私の故郷には働かざる者食うべからずっていう言葉があって――」

 野菜や作ってくれた人に申し訳ない、君子はギルベルトに如何に食べ物が大切であるかを説こうとしたのだが――。

(んっ働かざる者?)

 こんな美味しいご飯を食べている自分はどうなのだろう。

 マグニに来てからは、朝起きて着替えるとギルベルトに抱っこされて、ブランチを食べてまた抱っこされて、おやつを食べてまた抱っこされて、晩御飯を食べてまた抱っこされて、湯浴みをして寝ている。

 こんなスケジュールをこの三週間過ごして来た自分は、果たしてどうなのだろう。

(私、ここに来てから一回も労働していない様な――)

 ただ養われている。

 毎日ゴロゴロと過ごしていて、それはまるで――。



(これって……ニートですよぉ、君子さぁぁぁぁん!)





「……仕事が欲しい?」

 君子はギルベルトから離れて、ヴィルムへと頭を下げていた。

 どうやら動ける範囲と言うのはギルベルトの意思で自由に変えられる様で、手が届く範囲から、何十キロと先まで範囲を広げる事が出来るそうだ。

 今はこの城の中なら彼のそばに居なくても自由に動ける様になった。

「はい、私気がついたんです……衣食住全部御厄介になっていると言うのに、何の労働もしていない、養われてるって!」

 モブで脇役の分際で、養われるなどそれこそ言語道断である。

「せめて食費分だけでも、労働をさせてください!」

「……食費ですか」

「はい、ちょっとだけですけどお金も持っています」

 君子はそう言って、ハルデでシャーグから貰ったお金を献上する様に差し出す

 しかし中身を確認したシャーグは渋い顔をした。

「ハルドラ金貨ですか……」

「えっ使えないんですか?」

 金貨など使った事が無いので、どの様な基準で流通しているのか全く分からない。

「まぁ使えなくはないのですが」

 ヴィルムはそう言うと君子を連れて、ある部屋に入った。

 そこにはまるで社長室の様で、本棚と机と応接用のソファとテーブルがあるだけの簡素な部屋。

 良く考えると、君子が自分の寝室とギルベルトの部屋以外に入るのは初めての事だ。

「ここは……」

「私の部屋です」

 ヴィルムの部屋と聞いて納得だ、机には書類の様なものが山の様に詰まれているし、本棚には難しそうな本が並んでいる。

「他国の金貨は、我が国の金貨と変えれば使えます……そしてこれが我が国の金貨、ガルド金貨です」

「竜が書いてあるんですね……それになんかちょっと重いです」

「ええ、これを貴方の持っている金貨に変えると……これくらいです」

 ヴィルムが渡して来たのは、ハルドラ金貨の半分以下の金貨だった。

「えっ、こんなに少ないんですか!」

「ハルドラ金貨は混じり物が多く金が少ないのです、それにただでさえガルド金貨の方が貨幣価値も高く金の量も多いので、ハルドラ金貨三枚でガルド金貨一枚と言った所です」

 渡航経験の無い君子には国よって貨幣価値が違うと言うのは頭では理解していても、実感するのは初めてだった。

「えっじゃっじゃあ、何か労働をさせて下さい! 頭は良くないけどやる気と熱意は負けません、宜しくお願いします!」

 まるで面接の様に頭を下げる君子。

 しかし面接官であるヴィルムは、しばらく間を明けてから答えた。

「……貴方の食費ですがざっと計算すると、月金貨10枚ほど掛かるでしょう」

「うえそんなにぃ! やめてください、その半分、いや五分の一でいいです!」

 懇願する貧乏人君子など無視して、ヴィルムは続ける。

「……そして貴方が来る前まで、ギルベルト様はイライラするたびに城の壁やら天井やら美術品をぶっ壊し、遊びと称しては使用人を半殺しにしておりました」

「はっ、半殺しぃ!」

「その修理費やらなんやらで、およそ金貨一〇〇枚から二〇〇枚掛かっておりました」

「こっこの金貨がですか……」

「それを三日に一回のペースです」

 三日に一回、金貨が湯水のごとく消えて行っては、それはもう散財の域を超えている様な気がする。

「ですが、貴方が来てからギルベルト様は何も壊してはおりません」

「えっ……え~とつまり?」

「今月掛かって居るのは貴方の食費と雑費のみ……、ギルベルト様の出費に比べれば、貴方の食費などどうという事はありません!」

 桁が違いすぎて全くピンとこない。

 だがヴィルムがいつになく力強く言い放ったので、本当にどうという事は無いのだろう。

「むしろ倍にしてやりたいくらいです、貴方は仕事なんてしなくていいのでこのままギルベルト様のご機嫌取りをしていて下さい」




「結局仕事貰えなかったよぉ」

 とぼとぼと一人廊下を歩く君子。

 マグニの城は広く、さっきから歩いているのに全く部屋にたどりつかない。

(大体ギルに抱っこされるだけの仕事って何! あんなのただゴロゴロとしてるだけだよ)

 もっとちゃんとした労働をしないと、このままでは気が済まない。

 これでも手先はそこそこ器用な方だし、料理だって人並みにはこなせるし、掃除だって業者ほどではないが得意だ。

(雑用でもいいから仕事が無いかな……てっあれ?)

 ため息をつく君子の前に、行き止まりが現れた。

 確かこのまま行けば自室に帰れると思ったのだが、いつこんな工事をしたのだろう。

「あれ……こっちじゃない?」

 ではさっきの所を右か、と思い一旦戻って別の道を行くのだが、また行き止まりに行きついてしまった。

(あれ……可笑しい、これってもしかして……迷子?)

 完全に道が解らない、どうやって帰るのか皆目見当もつかない。

「この城広すぎるよぉ! 学校よりも広いよぉ!」

 似た様なドアに似た様な階段、もう自分が何階のどこに居るのかも解らない。

 そもそも城が広すぎるのが悪いのだ。

 君子が迷子になった言い訳をしていると、近くの部屋から話し声が聞こえた。

(よかった、人がいる!)

 帰り道を聞ける。声がした部屋へと近づくと、どうも複数居る様で何か話している。

 でもなんかもごもごとして居て、どことなく苦しそうな。

「あの~~」

 部屋を覗くと、大量のシーツが山の様に詰まれているだけで人の姿は無い。

 君子が首を傾げていると――。



「「たうぅけえぇ~」」



「えっえっ!」

 まさかのSOS、一体どこからと思って居ると、シーツの山がもぞもぞと動いている。

 と言う事は――このシーツの山の下。

「ひょっひょぼおおおおおおおおおっだっ大丈夫ですかぁ!」





 急いでシーツの山を掻き分けて、下敷きになっていた人を救出した。

 危うく圧死しそうだったのは、褐色の肌に紅い髪の男の子と女の子。

 宝石の様な藍色の眼をしていて、歳は一〇ほど、二人は良く似ていて双子の様だ。

「ふぁー、ユウしぬかとおもった」

「うん、ランしぬかとおもった」

「大丈夫ですか、二人とも……」

 このマグニの城でギルベルトとヴィルム以外の人に会うのは初めてだった。

 しかもこんなに可愛らしい双子に会えるとは。

「うんユウだいじょーぶ」

「うんランだいじょーぶ」

「良かったです……所で、二人はこのシーツをどうするの?」

「あらうんだよ」

「きれいにするんだよ」

 服装が使用人の物なので、メイドと執事の様だ。

こんな小さい子が働いているなんて、なんだかいたたまれなくなって来た。

「じゃあ手伝って上げるよ、これをどこに運べばいいの?」

「「あらいばだよぉ、おねーちゃん」」

 シーツを三人で持つと、階段を降りて一階へと向かう。

 多分男の子がユウで、女の子がラン。子供特有の笑顔と舌たらずの所が可愛らしい。

そうこうしていると、洗い場についた。

 タイル張りの洗い場には洗濯板と大きな桶が置いてあって、その他にも沢山のシャツやテーブルクロスなどがある。

(凄い洗い物の量……)

 これだけの城になると、やはり洗い物も馬鹿にならないのだろう。

「ユウ、ラン、遅いわよどこで油売ってたのよ!」

 そう怒鳴ったのはメイドだった。

 紫色の髪をポニーテイルに結い上げた、真っ赤な眼の少女で歳は君子と同い年ぐらいに見える。

「……てっ、貴女ダレ?」

「えっいえ……そのぉ」

 一体どこから説明するのがこの場合正しいのだろうか、異世界から来た所からなのだろうか、ハルデから連れてこられた所からなのだろうか、君子が悩んでいるとメイド少女は何か思い出した様だ。

「もしかして新しいメイドね! 貴女張り紙見て来たんでしょう、良かったわぁ人手不足で困ってるのよ!」

「えっ、へっ?」

「貴女その服変わってるわね、まぁいいわ確かこの辺に……あった!」

 そう言ってメイド少女は話も聞かずに、服の山から黒いメイド服を取り出す。

 秋葉原で見かける物ではなく、がっつり本格的なメイド服だ。

「はいこれ着て、エプロンはこれね! 着替えたら貴方はこの双子と一緒に調理場に行ってちょうだい!」

「えっ……はい」

「料理長が居るから、仕事を教わって、私は洗濯が終わったら行くから!」

 そう言ってメイド少女は忙しそうに山の様なシーツを大きな桶へと突っ込んだ。

 本当に忙しそうで今さら違うと言える雰囲気ではない。

(ちょうどお仕事したかったし、お手伝いしよう!)

 ユウとランの様な小さな子が働いているのだ、自分も労働をしなくては。






 初めてのメイド服はなかなか恥ずかしい。

 唯一の救いはスカートの丈が長くて、現代日本で言う所もミモレ丈ぐらいだと言う事。

(ミニスカメイドなんて美少女の特権だからね、私はこういう地味なのがちょうどいい)

 とりあえず双子に連れられるまま、調理場へと向かう。

 良く考えるとこの辺は全く来た事が無いが、此処でいつもご飯を造って居るのだろうから、あの美味しい食事はその料理長さんが作ってくれているのだろう。

 ぜひお礼を言いたいと思って居ると、なんだか美味しそうな匂いがする部屋へと着いた。

「ベアッグさ~~ん、おてつだいきたよ」

「あたらしいめいどさんもいっしょだよ」

 ユウとランに手を引かれるまま部屋へと入ると、料理場の奥から野太い声が出迎えた。

「新しいメイドだと」

 真っ先に見えたのは灰色が混じった茶色い毛、と言うか毛しか見えない。

 丸っこい耳は頭の上について居て、手には大きくて分厚い爪があって、体つきも人間のそれとは全然違う――。




 それは二足歩行のクマだった。




「くっ……くまぁ!」

 と言うか毛の色から察してグリズリーだ。

 グリズリーが、コック服と帽子を器用に着用して二足歩行で立ってしゃべっている。

「お前が新しいメイドか……」

「へっはっへっ!」

 君子が完全に戸惑っていると、グリズリーは眉(なのか?)を顰める。

「何だお前、獣人は初めてか……とんだ田舎もんが来たなこりゃ」

(じゅ獣人って、こんなにがっつり獣なんだ……てっきり獣耳な感じかと思ってたよ)

 少し驚いてしまったものの、獣人と聞いてなんだかワクワクして来た。

 グリズリーが料理長なんて、なんだかかわいらしくていい。

「田舎もんだろうと都会もんだろうと、働いてくれるなら文句はない、いいか新人メイドお前はその双子と一緒にイモの皮むきだ」

「はっはい!」

 返事をして早速作業に入る。

 だが目の前には木箱いっぱいのジャガイモ、これを全部剥くのだろうか。

(いやいや甘えちゃいけない、双子ちゃんもやってるんだから……)

 そう思ってナイフで皮むきを始めるのだが、肝心の双子はおぼつかないナイフさばきで、君子の拳大のジャガイモの身まで一緒に剥いて、一口サイズにしていた。

 これでは食べる所が無くなってしまう。

「ちょっと、ユウ君にランちゃん、それじゃ食べる所無くなっちゃうよ!」

「う~~ユウかわむききら~い」

「ランもじゃがいもいや~」

 確かにまだ小さい二人には、ナイフでジャガイモを剥くのは難しい事だろう。

 君子だってちょっと面倒だなと思ってしまうのだから。

(……あっそうだ)

 君子はナイフとジャガイモを一旦置くと、手のひらを合わせて魔力を放出する。

 光り輝く靄が集束すると、電流が流れて想像通りに構築されて行く。

「うおおお」「わああああ」

 突然の事に眼を丸くして驚いている双子。

 君子は精製された物を掴み取ると、それを高らかに掲げる。



「便利お料理グッズ、ピーラー」


 

 今回は某ネコ型ロボットを意識してみたのだが、やっぱり異世界では通じなかった。

 クロノの魔力を使わなくても、これくらいの物なら自分の魔力で複製出来る。

(と言っても、師匠の近くじゃないとグラムみたいなのは出来ないんだよねぇ……、複製する時は気をつけないと)

 うっかり魔力切れを起こしてしまっては大変なので、細心の注意が必要だ。

「ねぇそれなーに!」「ねぇぴーらーってなに!」

「えへへっ、これはねジャガイモの皮が簡単に剥ける秘密兵器なのです!」

 そう言って試しに君子がお手本として皮をピーラーで剥いて行くと、案の定双子から喝さいを浴びた。

「すご~い、ユウもユウもやりたい!」

「ランも、ランもやりたいよぉ~」

 仕方がないのでもう一つ複製してあげると、先ほどまで嫌がっていた皮むきを遊びの様に楽しみ始めたのだ。

 沢山あったジャガイモは、あっという間に剥き終わってしまった。

 嬉しそうな双子を見て笑って居ると、先ほどのメイド少女がやって来た。

「ユウにラン、ジャガイモ剥けた……って、何コレすっごい綺麗に剥けてるじゃない!」

「ぴーらーのおかげだよ!」「ぴーらーすごいんだよ!」

「ぴっぴーらー?」

 二人は嬉しそうにピーラーを差し出す。

 やはりこの世界には存在していないのか、物珍しそうに見ている。

「これ、どうしたの……」

「あたらしめいどさんがだしたんだよ」

 驚いた様子のメイド少女。別に君子が開発した訳ではないので、なんだかピーラーの開発者に悪い気がした。

「おうアンネ、洗濯は終わったのか……てっ、イモが綺麗に剥けてるじゃねぇか!」

 グリズリーの料理長まで驚いていた。

どうやらこの双子は本当にジャガイモが剥けなかった様だ。

「この子が便利な道具を貸してくれたんですって……」

「この新しいメイドがか?」

「あっあははっ……どうも」

「おお、お前田舎もんかと思ったがやるじゃないか、気に入ったぞ!」

 料理長は豪快に笑うと、君子の頭を優しくポンポンしてくれた。

 巨大な肉球の感触が頭皮へと伝わる。

(ふおああああああああ、肉球が、大きな肉球で頭ポンポンされたよぉ! ヤバい猫派だけど熊もいいかもって思ってきちゃう!)

 もしこれが猫によるものだったら嬉しすぎて死んでいたかも知れない。

「そう言えば、こいつの名前はなんていうんだアンネ」

「えっ……そう言えば聞いてなかったかも……」

「何やってるんだよ、久しぶりの優良メイドだぞ」

 料理長はため息をつくと、君子に向き直り自己紹介を始めた。

「俺はベアッグ、料理長だ」

「私はアンネ、メイド長をしているの」

「ユウはユウ、ひつじさんだよ!」

「ランはラン、めーどさんだよ!」

「あっえっと……山田君子です、宜しくお願いします」

 深々と頭を下げる。

 なんだかこの城の使用人の人達は怖くない、むしろ個性的で社交的ないい人達だ。

 この三週間会わなかったのが不思議なくらいだ。

「でも……このジャガイモどうします、だいぶ量が多いですよ」

「そうだよなぁ、双子が失敗すると思ってだいぶ多めに剥かせたからなぁ」

 通りで量が多い訳だ、きっとピーラーが無ければこの三分の一の量になっていただろう。

 始めからそう言ってくれればこんなには剥かなかったのに。

「しかたない、今日もまかないはふかしイモだな」

「うえ~~ユウいもいやぁ~」

「ランもふかしたのあきた~」

「文句言わないの、食べられるだけありがたいと思いなさい!」

 物凄く嫌がるランとユウ。心なしかアンネも嫌そうだ。

 どうやら飽きる位食べているのだろう、同じものをずっと食べ続けるのは苦行だから、何か力になってあげたい。

 ふと調理場を見てみると、大きな寸胴鍋やフライパンがあり、その横に揚げ物用の鉄鍋が見えた。

(あっそうだ……)

 様はこのジャガイモを消費すればいいのだ、アレなら美味しく食べられるかも知れない、一回食べ始めると止められなくアレ――。

「あの~ベアッグさん……」

 君子はちょっと恥ずかしがりながらも、思いついたそれを話し始めた。



************************************************************



 ヴィルムは仕事を終わらせ、使用人達の元へと向かっていた。

 もうしばらくしたら、ギルベルトと君子へお茶を運ばなければならない。

 これは本来彼の仕事ではなく使用人の仕事なのだが、イラついたギルベルトによって幾人も使用人が使い物にならなくなってしまったので、なるべく彼に使用人を近づかせない為にヴィルムが運んでいた。

 この仕事が無くなれば、ヴィルムにもお茶を楽しむ時間くらいは出来るのだが、いい加減使用人の数も足りなくなって来たので仕方がない。

(まぁ、キーコが来てからだいぶ機嫌がいいのですが……)

 なぜギルベルトがあれほどまで君子に惹かれているのか解らない。

 別に可愛くもないし揉みごたえのある胸や尻と言う訳でもないし、ちょっと珍しい特殊技能(スキル)を持ったただの異邦人、という認識しかない。

(まぁなんにせよ不審な動きがある時は始末すれば良いだけの話……)

 ヴィルムが物騒な事を考えていると、階段から降りて来たギルベルトと遭遇した。

 彼の部屋は四階でここは一階、こんな所まで降りてくるなどまずない事だ。

「ギルベルト様、この様な所でどうなさいました……」

「おうヴィルム、キーコがいねぇんだよ!」

 部屋から出て行って随分経ったと言うのに、どうやら一番重要な事をまるで解って居ない様だ。

「匂いで追ってるんだけどよぉ、まだ見つからねぇンだ」

刻印(ネーム)の範囲を狭めてはいかがですか」

「なに言ってんだ、そんな事したらキーコ怒るだろう」

 驚いた、まさか自分勝手で人の言う事などまるで利かなかったギルベルトの口からそんな言葉を聞くとは、天変地異の前触れかもしれない。

「ヴィルムお前もキーコ探すの手伝えよ」

「……はい、かしこまりました」

 



************************************************************




「出来た……」

 君子は紙を敷いた皿の上に、その料理を載せてそう呟いた。

 皆が見守る中、テーブルの上にその料理を置く。

 ジャガイモを薄くスライスして、それを油で揚げて塩をふった、おやつのど定番。



「ポテチ……完成です!」



 日本ではもう当たり前のお菓子であるポテチ、それを手作りしたのである。

 ベルカリュースには存在しない様で、説明しても全く解ってくれなかった。

 四人はしばらく見つめると、ポテチを口へと運んだ。

 パリッとしたいい音がして、しばらく音声が咀嚼する音のみになる。

「どっ、どうですか……」

 恐る恐る尋ねると――。

「おっ美味しい、美味しいわよこれ!」

「ああ、食感がたまらないな!」

「ユウこれすき!」

「ランこれすき!」

 どうやら気に入ってくれた様で、四人の手は全く止まらなかった。

 やはりポテチの中毒性は異次元でも高い。ポイントは冷水に一〇分くらい漬ける事だ。

「貴女凄いわね、ほんといいメイドが来てくれたわ、正直ジャガイモ飽きてたからちょうどいいわ、おやつとかにいいしね」

「そうだな、王子は野菜嫌いだから余ってるしな」

 付け合わせのジャガイモに手を付けていなかったし、あの野菜嫌いは相当なものだろう。

「王子と言えば、最近女ができたんですよねぇ」

「アンネ口が悪いぞ……まぁヴィルム様に女性が食べる食事を一人前作ってくれとは言われたが……」

「ほらやっぱり、そういう事なのよ、きっとどっかの貴族だと思うんだけど、私達使用人は王子の部屋には近づけないから、真相はまだ解らないんだけどね!」

 ポテチをつまみながらすっかり雑談状態になってしまった。

 これぞジャンクフードの醍醐味。

「最近はこの城もだいぶ安全になったからなぁ、恋人様様だぜ」

「そ~そ、前は使用人がすぐ怪我して……もう何人辞めて行ったか覚えてないわ」

 広い城だと言う事もあるだろうが、話から察するに使用人の数も少ないのだろう。

「大変なんですね……使用人も」

「あっいや、今は大丈夫だからね、それに王子に近づかなければいいだけのはなし――」

 折角来た人材に辞めて欲しくないアンネはそうフォローを入れる。

 だが彼女の言葉はもっと大きな声によってかき消された――。




「キーコ、見つけたぞ!」




 話題の王子、ギルベルトがやって来た。

 それもちょっとお怒りの様子で、その後にはどこか呆れ気味のヴィルムが居る。

「おっおおおおおじじじぃぃ」

 突然の登場にアンネやベアッグは驚き、怖がりながら調理場へと逃げる。

 彼等にとっては、恐怖の大魔王に相当するのだろう。

「あっギル……」

「何してたんだよぉ、匂いを嗅いできたらこんな所に居やがってぇ!」

 そんな犬じゃあるまいしと思って居ると、クールイケメンのヴィルムがどことなく威圧感をかもしながら、口を開く。

「そんな恰好で何をやって居るのですか……貴方は大人しくギルベルト様のお相手をしていればそれでいいと言ったでしょう」

 珍しくお怒りのご様子だ。ちょっと怖い。

「キーコ、おめぇこんな所で何やってんだよ」

「えっああ、これ作ってたの」

 そう言ってポテチを差し出す君子。

 やはりギルベルトもヴィルムも見た事がない様で、物珍しそうに見ている。

「なんだコレ」

「あっジャガイモを揚げたお菓子だよ」

「ジャガイモ~~」

 野菜と知って明らかに嫌悪感を示すギルベルト、やはり彼の野菜嫌いは酷い。

 日本人の君子にとって、ポテチは野菜には入らないのに。

「美味しいよ、食べてみなよ」

 野菜嫌いなギルベルトに野菜を勧める君子に、ベアッグやアンネは戸惑っていた。

 今までどんな工夫をしても、野菜は決して口にしなかったから、こんな簡単に食べるとは到底思えない。

「イヤダっ、イモは食えねぇんだ」

 そう言ってそっぽを向くギルベルト、だがこれくらいでは諦める君子ではない。

「ギル、前に私が造ったサンドイッチ、アレにジャガイモ入ってたんだよ」

「ウソだぁ、全然匂いしなかったぞ!」

 ヨーグルトのポテトサラダ、アレを食べていたのだからこれが食べられない訳がない。

 君子はポテチを一枚ギルベルトの口へと近づける。

「一回食べて食べられないなら仕方がないけど、食べないで嫌いって言うのは駄目だよ」

「う~~」

 ギルベルトは、しばらくポテチを睨みつけ匂いを嗅ぐと、意を決したのか恐る恐る、一口齧りついた。

「おおっ!」

「まぁっ!」

「わっ」

「わっ」

「ほう……」

 驚きの声が上がった、それほどギルベルトが野菜を食べる事はなかったのだろう。

 良く噛んで飲み込むと――。




「うめぇ……」




 そう一言、感想を言った。

 更にポテチを自分でつまみ取ると、それを口へと運んでゆく。

「うめぇ、これホントにイモか! うめぇぞキーコ!」

 また大げさに喜んでくれるので、嬉しいけどなんだかちょっと恥ずかしい。

 にやけていないか心配していると、ギルベルトは君子を俵担ぎにする。

「んじゃ、帰るぞ~」

「ちょっ、自分で歩けるってばぁ~~」

 暴れるがやはり効果がない。よほど気に入ったのかポテチの乗った皿を持つと、そのまま部屋へと帰ろうとする。

 だが君子は連れて行かれる前に、部屋の隅で茫然としているベアッグと声をかける。

「あっあのっ、いつも美味しいご飯有難うございました!」

「んっなんだ、あいつが作ってんのか?」

 自分の使用人の顔も知らないなど、流石は王子。

 ギルベルトは足を止めて驚き戸惑っているベアッグ達を見る。

 暴君に見られて、恐怖する彼等に向かって――。




「あんがとな!」




 そう笑顔で声をかけた。

 それは今までかけられた事もないお礼の言葉で、主人が使用人に掛ける言葉ではない。

 しかし主人からかけられたその言葉は、とても嬉しい物だった。

「王子……もっ勿体ないお言葉でございます!」

「おう、じゃーなぁ!」

 そう言って君子を担いでギルベルトは調理場を後にした。

「……王子が、俺にお礼を……」

「野菜もお食べになられたし……一体あの子何者なんですか」

「ギルベルト様が連れてこられた異邦人です」

「えっ、じゃああの子がギルベルト様の恋人ですか!」

 どうやら不可思議なうわさが流れている様だ。

 ヴィルムはその辺を入念に否定する。

「アレが恋人な訳が無いでしょう、玩具の一種です」

 と言ったものの、実際の所ギルベルトの思って居る事は何一つ解らない。

 ただ、ギルベルトは変わりつつあるような気がした。

 この変化が良い物かは解らないが、しばらくは見守ろうと思う。

「まぁ、本当に不思議なものです」

 ただの娘にしか思えないのに、なぜかギルベルトを惹きつけているのだから。

 本当に、不思議なものだ。




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