幕間 Halloween panic!!
読んで字の如しハロウィンのお話です。
今回はパニックなお話、君子のアレが盗まれた?
本編と関係ない与太話でございます。
Happy Halloween!!
秋がやって来た。
ほんの少し前まで本当に冬が来るのか疑わしいくらい暖かな天気が続いていたというのに、急に肌寒くなった。
ようやくお天道様は本来の季節を思い出したのだろう。
だが、そんな寒さに負けないほど賑やかな場所があった。
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マグニ城
「じゃ~ん、カボチャのランタンですよ~」
「ジャック・オー・ランタン、二回目になると綺麗に作れるわね」
今年も、ハロウィンの季節がやって来ようとしていた。
君子が異世界に来て二回目のハロウィンが、このマグニで開催されようとしていた。
「今年は早めに用意できて良かったですね、去年はギリギリでしたから」
「そうね、カボチャもたくさん用意したし、ベアッグさんなんてまだ三日もあるのに、張り切ってごちそうの仕込みしてるもんね」
異世界のお祭りは、マグニの城でもすっかり定番になり、皆楽しみになったほどだ。
特に御馳走が食べられると聞いて、ギルベルトなど数日前からご機嫌である。
「前回も思いましたが、不思議なお祭りが多いですね貴方の故郷は」
君子とアンネが彫ったカボチャを、ヴィルムは興味深そうに眺めていた。
「私の故郷のお祭りじゃないんですけど……」
「確か、カボチャを飾って仮装をするんだっけ?」
「はい、お菓子をくれないといたずらするぞって言うんですよ」
「……仮装して脅し、愉快犯としか言いようがありませんね」
二回目だというのに、どうしてヴィルムには夢を楽しむ心の余裕がないのだろうか。
一度でいいから腹を抱えて笑う彼を見てみたい。
「ところでアンネさん、今年は何のコスプレをしましょうか~」
「えっ……わっ私もやるの?」
「あたりまですよぉ、やっぱり猫耳つけましょう、アンネさんならカリスマレイヤーになれますよ」
「(なんでかしら、キーコの言っている意味が分からないのに、悪寒がするわ)」
アンネの身震いなど見えておらず、君子はどんな仮装をアンネにさせるか、楽しそうに妄想していた。
「そう言えば、この間庭でちっちゃい獣を見ましたよ」
「そろそろ冬眠の時期でしょうからね、食い溜めをしているのかもしれません、食糧庫が荒らされない様に注意しましょう」
一〇月も終わりに近づくと、動物達も冬支度をするのだろう。
そんな雑談をしていると――、ランタンが出来上がった。
「よしっ、結構な数出来ましたね」
とりあえず、城を埋め尽くすのに十分なかぼちゃランタンは作れた。
あとはコレを干すだけである。
「キーコ汚れちゃったわね」
「そうですねぇ……」
カボチャのカスや汁で、エプロンも洋服も汚れてしまった。
正直気持ち悪いので、着替えをしたい。
「折角だしこのまま沐浴しちゃう? お湯持っていくわよ」
「本当ですか! やったぁ~お風呂入っちゃおう」
君子はアンネに促されて、お風呂へと向かうのだった。
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君子は自分の部屋で着替えを用意していた。
彼女の着替えのほとんどは、自身の特殊技能で造ったもの。
といっても着替えは制服とパジャマとジャージ、そして下着類である。
「お風呂~お風呂~、おっ風呂~、アレ?」
クローゼットを漁っていた君子は首を傾げる。
「……パンツがない」
君子が特殊技能で造った下着はセットアップで、最近のお気に入り白地に水玉模様の下着にしようと思ったのに――パンツだけがない。
「アレ、おかしいなぁ……」
「キーコ、お湯持って来たわよ……ってどうしたの?」
「あっ……いえ、下着が見当たらなくて」
これには洗濯をしているアンネも戸惑った。
アンネは何日か前にその下着をちゃんと洗濯したのだ、ないわけがない。
「可笑しいわねぇ、干した事は間違いんだけど」
「変ですねぇ……、しょうがない今日はこっちのピンクにします」
「私、洗濯場とか探してみるわね」
「はい、お願いします」
きっとすぐに出てくるだろう、そう思ってそこでこの話は終わった。
しかしこの後君子は心の底から後悔することになる。
もっとちゃんとパンツを探しておけば良かったと――。
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翌日。
「ふぇっ……ふぇっふぇぇぇぇぇ、ない、ないっ!」
君子はクローゼットの中を漁りながら戸惑っていた。
「どっどうしたのキーコ!」
「随分騒がしいですね、なんの騒ぎですか?」
「どーしたンだよぉ、キーコぉ」
騒ぎを聞きつけてアンネ、ヴィルム、ギルベルトがやって来た。
君子はかなり慌てた様子で言った。
「なっ無いんですぅ……」
「あっ? なンか失くしたか――」
「無い? 何が無いのですか――」
ギルベルトとヴィルムが心配して近づこうとしたのだが、君子が二人を止める。
「それ以上こっち来ないで下さいっ!」
「なンでだよ、なンかねぇンだろう?」
「探し物なら、大勢で探した方が見つかる可能性が上がりますが?」
失せ物探しならば手伝おうと思っただけなのに、なぜ拒絶されなければならないのか。
君子は不思議がる二人に恥ずかしそうに口を開く。
「……つ、ないの」
「あっ? なンつったンだよ?」
「聞こえませんね、もっと大きな声で言って下さい」
首を傾げる二人に、これでもかというくらい大きな声で言った。
「パンツが無いんですぅ!」
お気に入りのフリルのパンツが無くなっていた。
セットアップのパンツだけ無くなるなんて、どこをどう考えても可笑しい。
一回ならまだしも二回も続くなんて変だ、お気に入りのパンツばかり。
君子はちょっと怒っているのだが、ヴィルムは――。
「……たかがパンツで何を大騒ぎをしているのですか貴方は」
「たったかがって、パンツが無いんですよぉ! しかも二日連続で無くなるなんて可笑しいじゃないですかぁ!」
叫ぶのは大げさだと思うが、確かに二日連続でパンツだけが無くなるのは変だ。
「まさか、しっ下着泥棒?」
そばかすの貧乳のモブの脇役には無縁のものだと思っていた。
しかしここは治安の良い日本と違って異世界なのだ、何が起こっても不思議ではない。
「パンツを盗んでどうするんですか?」
「えっ……そりゃあ売るとか?」
ネットオークションとかでJKパンツとか言って高く売れるかもしれない(顔写真をつけなければ)。
「そんな事で商売が出来るとは到底思えませんが?」
「たっ確かにネットはないし……じゃっじゃあ自分でコレクションするとか?」
穿いている人間はともかく、女性ものの下着に興味をそそられる男はいるはずだ。
きっとそんな泥棒が盗んだに違いない。
「この城は、ヨルムンガンドが見張りをしているのですよ、不審者が侵入すれば分かります」
「あっ……そっか、それじゃあ下着泥棒じゃないか」
よくよく考えるとヴィルムの言う通りだ。
このお城の周りは森、こんな所にわざわざ下着ドロをしに来るもの好きなんていない。
「そうですよね~、お城の中に泥棒がいない限り盗みませんよねぇ」
君子がそう納得したのだが、その隣で――。
「おっ、これすっげぇ派手だな!」
ギルベルトがピンクのフリフリパンツを手に取っていた。
「うぎょおおおおおおおおっ」
君子はEランクとは思えないほどの俊足で、ギルベルトからパンツを奪還した。
「何するンだよキーコぉ」
「それはこっちの台詞ぅ! なんで勝手に人のクローゼットを漁ってるのぉ!」
「キーコは俺の所有物なんだ、俺の所有物のもンを俺がどうしようと俺の勝手だろう」
「だからなに、そのジャイアニズム発言!」
よりによって特殊技能で造ったのに派手すぎて一回しか穿いていないパンツを選ぶなんて、怒り心頭君子だったが、気が付く。
「……まっ、まさか他のパンツもギルが盗んだの!」
ギルベルトならありえる。
スカートめくりをした前科もあるし、現在だってこうしてパンツに興味を示している。
外部犯ではない、内部の犯行、この中に犯人がいる! である。
「あっ? 盗ンでねーよ」
「嘘つかないでよぉ、ギル以外に誰が盗むっていうのぉ!」
このマグニ城で、ギルベルト以外に君子のパンツを盗む奴などいない。
前科が前科であるせいか、アンネとヴィルムも疑いの眼を向ける。
「王子様、キーコ困ってるし……返してあげて下さい」
「パンツを窃盗するなど、王子としての品格に関わるのでおやめください」
「だかぁら! 盗ンでねぇって言ってンだろう」
ギルベルトがどんなに否定しても、前科があるせいで全く信じてもらえない。
特に君子などとても怒っていて、顔を真っ赤にして頬を膨らませている。
「まさか、ハロウィンだからいたずらのつもりだったの!」
「あっ、何言ってンだよぉ」
「とぼけないでよぉもうっ! ハロウィンは明日、フライングにもほどがあるよぉ!」
それにトリックオアトリートと聞いてから悪戯をしないと不公平だ。
しかもよりによってパンツを盗むなど、最低だ。
だから、こうなったらこちらも実力行使である。
「パンツ返すまでギルにはハロウィンのお菓子あげないんだからねぇ!」
ギルベルトにとってハロウィンは、ご馳走の日。
ベアッグの作る料理も好きだが何よりも彼が楽しみにしているのは、大好きな甘いお菓子、それが食べられないなんて――身を引き裂かれるのと同じぐらいのダメージだ。
突然告げられた言葉に、ギルベルトはただ悲鳴にも似た声を上げる事しかできなかった。
「なっ……なんだとぉぉぉ」
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ハロウィンがやって来た。
マグニの城は装いを変えて、沢山のカボチャランタンによって、今日一日だけは異世界ではなくてお化けの国。
「トリックオアトリートぉ!」
「トリックオアトリートぉ!」
悪魔と天使のコスプレをしたユウとランがそう言った。
今年は君子の意気込みが違う、沢山時間をかけて準備をしたので、仮装のクオリティがランクアップしている。
「随分と気合を入れたものですね」
「ヴィルムさんおかしちょうだい」
「くれなきゃいたずらしちゃうよ」
「……だからそれは教育上悪い気がするのですが、とりあえずどうぞ」
ヴィルムはあらかじめ君子に渡された、飴玉がいくつも入った袋を献上する。
双子達に楽しんで欲しいという君子の演出で、貰う人によってお菓子の種類が違う。
「ほらヴィルムさんにお礼を言いなさい、あんた達!」
「ヴィルムさん、ちゃんとお菓子渡してくれたんですね」
君子とアンネがやって来た。
「えぇ、脅し取られました……所で、二人ともその恰好は?」
「えへへっ、よくぞ聞いてくれました! 去年は皆で半魔人コスをしましたが、今年は色々とやってみようと思いまして、アンネさんには私念願の猫耳プリティメイドになっていただきました」
君子が特殊技能も使わずに、二週間かけて作った衣装は彼女の熱意の結晶と呼べよう。
「でもっ、ちょっと恥ずかしいわよ……スカート短いし、この飾りの耳とか尻尾とか……」
「そんな事ないですよく似合ってます! さあアンネさん、カリスマレイヤーへの道を突き進みましょう!」
「……そう言う貴方の仮装は何なのですか?」
真っ黒なマントを羽織っているだけで、特につけ耳やつけ尻尾などはしていない。
不思議そうに見るヴィルムに、君子は無い胸を張りながら偉そうに言った。
「これは、吸血鬼のコスプレですよ!」
実の所アンネの仮装に力を入れすぎて、自分のもの作る時間がなかった
だから制服の上からマントを羽織るだけという、手抜きにもほどがある仮装なのである。
「……それは、止めた方が良いのではありませんか?」
「えっなっなんでですか!」
まさかヴィルムが止めるなんて思わなかった。
君子と言う凡人の、ミニスカも猫耳も誰も期待していないのに。
「……いえ、本物が後ろにいますから」
「へっ――ひょぎゃああああああっ!」
君子が首を傾げた瞬間、体が急に持ち上がった。
なぜそんな事が起こったのか分からず悲鳴を上げる君子の顔を覗く顔があった――。
「あっアルバートさん!」
相変わらず気配が全くなかった。
アルバートは君子を後ろから抱っこしながら、その美麗な顔を近づけてくる。
「アルバートさん、なっなんでここに?」
「婚約者に会いに来るのは当然だろう? しかしキーコが吸血鬼になりたがっていたとはなぁ」
「えっいっいや、コレはあくまで仮装でしてね……」
「遠慮をするな、なんなら今すぐ結婚して我らが眷族にしても良いのだぞ?」
「ちょっとあっアルバートさん、顔が近いですぅ!」
恒例となったやり取り、もうヴィルムはこれくらいでは何も言わなくなってしまった。
そんな事をしていると、遅れてフェルクスとルールアが玄関から入って来た。
「オレ様が来てやったんだお茶でも出せ……ってなっなんだよぉこのカボチャぁ!」
「外にもたくさん飾ってあったけど……、このカボチャは何なの?」
ハロウィンの飾り付けには二人も驚いている様子だ。
アルバートに抱きしめられたまま君子が説明をする。
「えっと、私の世界のお祭りで、今日は死者やお化けが現世に帰ってくる日なので、皆も吸血鬼とか狼男とかの恰好をして、追い返す……みたいな感じのお祭りなんです」
「何それ、そんな真似事なんてしないで、本物にお化けを追い払って貰えば良いじゃない」
「あうっ、やっぱり本物がいるからピンと来てない!」
今頃日本では、渋谷のスクランブル交差点辺りが凄い事になっているに違いないのに、本物がいるせいで異世界では仮装の意味が全く伝わっていない。
意味が解らず首を傾げるルールア達に、ヴィルムが補足の説明をする。
「まぁ要は他種族の恰好をして、他を思いやり敬意を表する人権の日と言う事です」
「そっそれもちょっと違うんですけど……」
「へぇ~、なんだか面白いお祭りね! バレンタインデーといい、キーコの故郷には変なお祭りがいっぱいあるのね~」
正確にはどれも日本由来のお祭りではないのだが、訂正するだけの知識が無い。
「トリックオアトリートっ!」
「トリックオアトリートぉ!」
ユウとランが、フェルクスに向かって手を伸ばす。
しかしながら、君子が前もってお菓子を渡しておいたのはマグニの面々のみ。
渡すお菓子がないし、そもそもハロウィンを知らないフェルクスは首を傾げる。
「あっ? 何言ってんだよガキ?」
「おかしちょうだい!」
「いたずらするよぉ!」
「あっ、お菓子なんかねぇよ」
菓子を貰えないと分かるとユウとランは互いの顔を見合わせて頷き――フェルクスへと飛びかかった。
「うおっ、なっなんだぁガキどもぉ!」
「こちょこちょっ」
「こちょこちょ~」
双子はフェルクスをくすぐる。
両わき腹をくすぐられて、フェルクスは涙を流しながら笑っている。
「うっうわっ、うはあはははっあはははっ、おっオレ様くすぐってぇ~」
双子がフェルクスにいたずらをしているのを、アルバートとルールアは助けずに見ているだけ。
「なっなに、アレ」
「仮装した子供達が、ああやってお菓子を貰い歩くって言うのが、ハロウィンの醍醐味なんですよ」
「はい、ルールアさんはコレを双子に渡して下さいね」
アンネは袋に入ったクッキーを渡す。
足で器用に受け取ると、フェルクスをくすぐり終えた双子がやって来た。
「トリックオアトリート!」
「トリックオアトリート!」
「はいはい、お菓子あげるからいたずらは止めてね~」
そう言ってクッキーを手渡すと、双子は嬉しそうに笑う。
「うわ~い、おかしいっぱい」
「いっぱい、おかしいっぱい」
そして嬉しそうに、腕いっぱいのお菓子を持って駆けて行った。
「あははっ面白いわね、お菓子あげただけであんなに喜んで」
「なっ……なんでオレ様だけ悪戯を……」
笑いすぎて真っ白になったフェルクスなど無視して、アルバートは君子に話しかける。
「トリックオアトリートと聞くのか?」
「はい、トリックが悪戯、トリートがお菓子ですよ」
「なるほど……」
「アルバートさんも興味があるんですか? お菓子はいっぱいありますから、やってみますか?」
なんだか意外だ、アルバートがこういう事に興味があるなんて、しかしそんな和やかな事を思ったのも束の間――。
「トリックオアトリック(性的な意味で)!」
「ちょっとアルバートぉさぁん、トリート、トリートが無いですよぉ!」
アルバートは戸惑う君子を無視して、堂々と君子のおしりに触れる。
「ひゃうっ! あっアルバートさぁんおっおしり触らないでくださぁい、耳にちゅーしないでぇ、鎖骨なぞらないでぇ~」
ヴィルムやルールア達も、アルバートの君子へのセクハラは見慣れた物なのだが、彼がセクハラをする時は大体――。
「オラァ! このクソバートォォ!」
こうやってギルベルトがグラムを振りまわしてやって来るのだ。
アルバートは君子をお姫様だっこすると、グラムの一撃を避けた。
「何度言ったら解るバカベルト、キーコに当たったらどうするのだ」
「てめぇこそ、俺ンちに来るンじゃねぇって言ってンだろぉ!」
「貴様の家に来たのではない、キーコに会いに来たのだ……全くキーコもこんな田舎住まいなど止めて、私の城で同棲しようじゃないか」
「いっいやえっ遠慮しておきます……それより早く下ろしてくれませんか?」
アルバートが仕方なく下ろすと、君子はスカートを直しながらギルベルトを睨む。
「んで、返す気になったの? ギル」
まだ君子のパンツは見つかっていない。
第一容疑者であるギルベルトもあれから自供しないので、君子は彼に対してお菓子をあげていないのである。
そんな二人を見て喜ぶのはアルバートである。
「どうした、随分面白そうな事になっているではないか」
「実は、キーコのパンツが無くなってしまって、王子様にはスカートめくりの前科があるので疑われているんです」
「キーコのパンツだとぉ?」
それは何と言う興味がある言葉、アルバートはスカートを覗こうと不自然に屈む。
「ちょっとぉ! 何するんですかぁアルバートさんまでぇ!」
君子はスカートを抑えて見えない様にする。
そんな彼の姿を見て、流石にヴィルムが口を開く。
「アルバート様、たかがパンツにその様に執着なさるのは王子としていかがなものなのでしょうか?」
「ヴィルムたかがパンツ、されどパンツだ」
もう何を言っているんだかさっぱり解らない。
アルバートは堂々とヴィルムにそう言うと、絶対にパンツを見せようとしない君子を再び抱きしめて――。
「だからベッドの上でゆっくりと拝見させて貰おうっ!」
猛ダッシュで、どこかへと走り去っていく。
「ちょっとアルバートさああああああああああん」
君子が悲鳴を上げるが関係なく、もうそこに王子の気品とかそう言う物は無い。
あまりにも見事な走りっぷりに、流石のギルベルトも茫然と見てしまった。
だから追いかけるのにしばらく時間がかかってしまった。
「あのエロバートぉぉぉぉぉっ! ふざけんなぁっキーコのパンツは俺のだっつってンだろうがああああああ」
急いで追いかけるギルベルトもといエロベルトを、ヴィルム達は呆れた様子で見ていた。
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「まちやがれこのクソバートぉぉぉぉ!」
「ふん、誰が待つか馬鹿者、これからキーコとハロウィンと決め込むのだ」
「コレ、ハロウィンじゃありませんからぁ!」
君子の悲鳴など無視して、アルバートは階段を駆け上がる。
その後を鬼の様な形相のギルベルトが追う。
引き離すのは不可能と考えたアルバートは、開いていた部屋へと逃げ込んだ。
「このやろぉぉっ」
そこは君子の部屋、ギルベルトも急いで部屋へと入ったのだが、ドアの目の前でアルバートが立っていたので、危うく衝突する所だった。
何とか足の急ブレーキが間に合って止まれたが、ギルベルトはアルバートへと怒鳴る。
「てめぇ、急に止まってンじゃね……え?」
ギルベルトは言葉に詰まった。
部屋中に、パンツが散乱していた。
ちゃんとしまっておいたはずのパンツが、そこらじゅうに散らばっている。
君子にとっては地獄絵図さながらだ。
「うぎょおおおおおっ、いっ一体なぜぇぇぇぇぇっ!」
この悲惨すぎる光景を目の当たりにして、君子は急いで散らばったパンツを拾い集める。
「ふむふむ、コレがキーコのパンツか……派手だな」
「アルバートさん人のパンツを真剣にみないでぇっ!」
君子は必死にパンツを拾い集めるが、何せばらまかれている数が数の為、なかなか拾い集められない。
そうこうしていると、悲鳴を聞いてヴィルムとアンネとルールアが駆けつけて来た。
そしてこの惨状を目の当たりにして驚愕する。
「なっなにコレっ!」
「また随分と散らかっていますね」
「うわぁ~、一体どうしたのよ」
「わからないんですぅ、ただ部屋に入ったらこんな事になっていて」
「さっき部屋に来た時はこんな事になって無かったわ」
一時間前に忘れ物を取りに来た時は、何も異常はなかった。
犯行はこの一時間で行われたとみて間違いない。
「アンネさんは私と一緒にハロウィンの準備をしていましたし、ベアッグさんはパーティの準備をしてますし、双子ちゃんはその料理をつまみ食いしてました」
君子は視線を、残る容疑者達へと向ける。
仕方なく、ヴィルムがアリバイを供述した。
「私は、三階の自室で仕事を片付けていました、その後すぐにキーコとアンネが双子にあげるお菓子を持って来て、それを渡す為に一階に降りて来ました、それからは皆と一緒だったでしょう」
「確かに……ヴィルムさんはシロですね」
彼は殆ど君子と一緒だったので、犯行をする時間はない。
「私はさっきルールア達とこの城にやって来たのだぞ?」
「そうよ、アルバート様はこんなコソ泥みたいな事なされないわ」
「そうですよね……お二人はさっき来たばっかりですし、そもそもパンツ盗難事件はその前から起こっている訳ですから……」
パンツの盗難は三日以上前から起こっているのに、ついさっきマグニの城に来たばかりのアルバート達には不可能だ。
となると残るは、一番怪しい容疑者ただ一人――。
「ギル……確かずっと自分の部屋にいたよね?」
「うっ――」
ギルベルトは自室で昼寝をしていたはずだ。
全員から疑いの目を向けられて、ギルベルトはたじろぐ。
「なっなンだよぉ……俺も下に降りただろう」
「でもそれはアルバートさんが来てからだよねぇ……、それまで随分時間があったけどどうしてたのぉ?」
「そっ……それはぁ、寝てたンだよぉ」
ギルベルトはアルバートの臭いをかぎつけて来た訳で、それまでっずっと眠っていたのだ、アリバイを証明してくれる人もいないので、君子は更に疑いの目を向ける。
「本当にぃ~、本当に寝てたのぉ~?」
「ねっ寝てたっつってンだろぉ! 俺がキーコのパンツを盗むわけねーだろぉ!」
ギルベルトは大声で否定するのだが――。
「盗むよね」
「盗むな」
「盗むわよね~」
皆完璧にギルベルトが犯人だと思っている。
誰もギルベルトを信じてはくれない、正に日頃の行いと言えよう。
皆が彼を疑う中――、ヴィルムが口を開く。
「……ここに、埃があるのですか」
「へっ、埃?」
床をよく見ると、幾つもの埃があった。
君子の部屋はいつもアンネが綺麗に掃除をしてくれているので、こんな埃があるなんてありえない。
しかしそれはよく見ると、小さな足跡の様でドアからクローゼットへと続いている様に見える。
「……これ、足跡?」
「何の足跡かしら?」
足が三センチ程度の大きさで、四足歩行する何かだと言うのは解るが、足跡だけではそれが何なのか解らない。
「……この足跡、何処に続いていますか?」
「へっ、何処ってドアからクローゼット……から更に続いてる!」
君子はクローゼットから更に続いている足跡を辿る。
皆も彼女に続いて足跡を辿って行くと――ベッドの前で途切れている。
「……アレ、ここで終わり?」
「何よどっかに飛んでったの?」
「いや……コレは――」
ヴィルムはゆっくりと近づくと、ベッドの足を蹴っ飛ばして揺らした。
その瞬間、何かがベッドの下から飛び出して来た。
突然飛び出して来た何かに、君子は悲鳴を上げる。
「うぎゃあああああっ!」
君子が恐怖からアンネにしがみつくと――、その何かは君子のパンツを咥えて、部屋から出て行った。
「よりによって私の持ってる中で一番派手な、赤地に黒のレースの奴ゥゥ!」
気の迷いで造った代物で、穿くどころか見るのも恥ずかしくて、クローゼットの奥へと封印していたのに、なぜよりによってソレを盗むのだ。
あんな恥ずかしい物を大衆の目に晒す訳にはいかない、君子はパンツを取り返す為に追いかける。
「まてぇぇぇぇぇぇぇっ」
その後から皆が追いかけてくるのだが、凡人で一〇〇メートル走はいつもビリだった鈍足の君子は、あっという間に追い抜かれてしまう。
「クソっ、キーコのパンツは俺のもンだぁ!」
「私の婚約者のパンツを盗むとはいい度胸だなぁ!」
階段を駆け下りて、一階に戻って来た。
このままでは玄関から外へ逃げられてしまう、アルバートは走りながら右手を向ける。
「あ~、全くあの双子どもめぇ、オレ様をくすぐりやがってぇ」
復活したフェルクスが、ちょうどロビーを歩いていた。
「アルバート様、どこ行ったんだぁ?」
主を探していたのだが――そんな彼の頭を、パンツを持ったふわふわのもこもこの何かが踏み越えて行った。
「うおっなんだ――って、へっ?」
何か紫色の輝きが見えたと思っていたら、目の前に紫色の魔法陣を展開させているアルバートの姿があった。
それを四型雷魔法だと気が付いたのは、魔法が既に放たれた後だった。
「紫魔法『雷霆撃破』」
炸裂した雷魔法はフェルクスを直撃してぶっ飛ばす。
肝心のパンツ泥棒には当たらず、黒コゲになったフェルクスが床に打ちつけられた。
「邪魔だぁ、退けぇ!」
更にギルベルトに蹴り飛ばされて、壁にぶち当たる。
踏んだり蹴ったり、タフな炎の魔人とはいえどもボロボロだ。
「おっ……オレしゃま、しゃっしゃいへー、……ぐふっ」
しかし誰もフェルクスの心配などしない。
玄関から庭へと逃げて行った泥棒を追いかける。
「クソぉ、待てぇ!」
城の外へと逃げるかと思ったが、泥棒はマグニ城の蔵へと向かった。
そして老朽化で出来た壁の隙間から、中へと入る。
「蔵に入ったぞ」
「でも、なんで蔵なんかに……」
大して重要な物は無いので最近はほったらかしにしてしまっていた、一体蔵の中に逃げ込んでどうするつもりなのだろうか。
「ぜぇっ……ぜぇっ、みっ皆早すぎですぅ」
ようやく追いついた君子、荒い息を整えると蔵を見上げる。
壁の隙間はふさいだので、もう逃げ場はない。
「あけますよ」
アンネとヴィルムが大きなドアを開けると、ギィィという嫌な音を立てる。
相変わらず埃っぽくて、明かりとりの小窓以外からは光源がなく、とても薄暗い。
泥棒の足跡が埃まみれだったのは、この蔵にいたからだろう。
「うっ、ちょっと怖いですね」
お化けでも出てきそうな雰囲気に、君子はちょっとたじろいだ。
しかしその時、物音がした。
「ひゃうううっ、なっなんですかぁ!」
すぐにギルベルトとアルバートそしてヴィルムが音のした方へと近づく。
木箱と木箱の小さなスペースを三人が覗いた。
「…………コレは」
「ほう……」
「は~ン……」
三人の背が高くて、君子には見えない。
反応だけでは全く何が起こっているのか解らない。
「なっ何がいたんですか?」
恐る恐る尋ねると、アルバートとヴィルムが退いてくれた。
君子は慎重に覗き込んだ。
「あっ――」
そこにはキツネの様な顔にリスの様な縞模様のある動物が二匹いた。
もこもこのふわふわのその動物の下には、君子のパンツを細かく千切って作られた円形の物体がある。
まさかコレは――。
「巣……ですかぁ?」
「スリネツキ、この辺では珍しい小動物です」
主に北の方に生息している動物で、木の実や昆虫などを食べて暮らしている。
しかし時々旅人の荷物をあさるので、『森の悪戯小僧』と呼ばれている。
「かっ……可愛い」
「冬が近いので、冬眠の為に巣作りをしているのだろう」
「どうやら、キーコのパンツの質感が気に入ったのでしょうね」
確かによくよく考えると、盗まれたパンツはどれも派手な物。
それは化学繊維を使って作られた物で、綿素材のパンツは手を付けられていなかった。
当然ベルカリュースには化繊は存在しないので、君子の特殊技能によって作られた衣類、その中でもスリネツキが持っていけるのは、パンツだけだったのである。
パンツで巣作りなんて聞いた事も無い。
「でどうしますか? 捕まえて駆除しますか?」
「うっ……ううう」
パンツを盗まれたのは困ったが、冬眠の為の巣作りとなると、情状酌量の余地がない訳でもない、というかむしろスリネツキが可愛いので捕まえるのは可哀そうだ。
君子は溜め息をつく。
「まぁ……ボロボロのパンツを返されても困るし……よく見たら番みたいだし、仕方ないですね」
「そうね、でも良かったじゃない犯人が解ったんだから!」
今回盗まれたパンツで巣は完成しそうなので、これ以上盗まれる事は無いだろう。
一先ず盗んでいたのが動物で良かった。
「はい、何はともあれ一件落着で良かったですぅ!」
君子が笑顔で落着させようとしたのだが――。
「なにがぁ一件落着だぁ? キーコぉ」
それは、物凄く怒っているギルベルトの声。
君子は顔じゅうから冷や汗を流しながら、振り返る。
「ぎっ……ぎるぅ?」
「よくも俺を犯人呼ばわりしてくれたなぁ、キーコぉ」
ついギルベルトを疑ってしまったが、犯人は彼ではなかった。
冤罪も良い所である。
君子は、ちょっと怯えながら――全身に一ミリグラムぐらい備えられている可愛さをフルに利用して、謝る。
「ごっごめ~んギル、ほっほらお菓子、お菓子あげるから許してよぉ、今日はハロウィンなんだからぁ、悪戯かお菓子のどっちかにしないといけないんだよぉ!」
しかしそれくらいでギルベルトの怒りが収まる訳が無い。
ギルベルトは君子に向かって、邪悪なる笑みを浮かべる。
「トリックアンドトリートだぁっ!」
「りょぼおおおおっ抱っこしないでぇ、やっやあああっそんなとこ触らないでぇぇ!」
こうして君子の悲鳴が、ハロウィンのマグニ城へと響き渡ったのであった。




