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地味女子ですが、異世界来ちゃいました!  作者: フランスパン
聖都動乱編
79/100

第七四話 運命は、定まったな




 ハルドラ・ペルシュの砦。

 ヴェルハルガルドとの国境に位置する砦のとある部屋では、一人の男が慌てていた。

 ハルドラの将軍シュルペ、大慌てで荷物をまとめていた。

「まずい、夜明けまでにドレファスへ亡命しなければ」

 行っていた横領がバレたと連絡があり、前々から手配していた亡命をしようとしている。

 あと数時間で夜明け、しかし横領した金で私腹を肥やしていたシュルペの荷物は多く、なかなかまとまらない。

 そんな風にもたもたとしているから――、部屋へと忍び込んだ影に気が付かなかった。



「そこまでだ、シュルペ将軍」



 それは、殺気のこもった眼でシュルペを睨むシャーグだった。

 こんな時間に、そんな殺気を放ちながらやって来るなど可笑しい。

「なっなんだこんな時間に私の部屋に来るなど、ふっ不敬だぞ!」

「なにが不敬だよ……」

 更に、怒りと悲しみが混ざった複雑な表情をしている海人がやって来た。

 それに続いて凜華とラナイ、そしてロータスが来て、皆眉を顰めて鋭い眼光をシュルペに向ける。

 それは将軍に向けるモノではなく、裏切り者へ向けるモノ――。

「将軍……いや、裏切り者シュルペ、お前を拘束する」

「もう国王が動いたというのか!」

 早すぎる、早くとも夜が明けてからでなければ、あの意気地なしの気弱な王は動かないと思っていたのだが――。

「国王陛下は関係ない、俺達の独断だ……お前をヴェルハルガルドへ連れて行く」

「ヴェっヴェルハルガルド……だとぉ」

「そこで……魔王の首と引き換えさせてもらう」

 裏で魔王と結託していた事もバレている。

 だが、身柄を引き換えられるという事は――彼らも同じ穴の狢。

「ふっふははっ、勇者とてやることは私と同じではないか」

「違う、俺達は……」

「違くなどない、敵と通じているのは私だけではない、お前も正義を語るだけの輩よ」

「私達とあんたを一緒にしないで!」

「そうですわ、国王やハルドラの民を裏切るような事をした貴方に、言い逃れをする権利などありませんわよ!」

 将軍という、国王や国民から信頼を寄せられている立場の人間が、あろうことか敵と結託して国を守るための金を横領しているなど、もはや言葉に言い表す事も憚れるほどの悪行である。

「なぜ裏切ったシュルペ! ハルドラの人間であるあんたが、どうして魔人なんかと手を組んだんだ!」

 将軍としての地位も名声もあった、財産だって普通の貴族よりもあるし、何もかも彼は恵まれていたし、与えられていた。

 それなのに――なぜ、裏切ったのだ。

「……しれた事、ハルドラがヴェルハルガルドという大国に勝てる訳がないからであろう!」

 ハルドラとヴェルハルガルド、双方の力の差は歴然である。

 国土も財も、兵の数と質も、何もかもがヴェルハルガルドという大国に劣っている。

 強すぎる敵を前にして戦えというのは、自殺を強要されているのと同じ事。

「ハルドラが他国にどれほど劣っていると思う、軍事に力を入れているエルゴンでさえ、魔人の軍勢を止められない、それなのにこんな国が大国に敵う訳がない!」

「そんなの……やってみなくちゃ……」

「やらなくてもわかる! 戦争とはなお前ら餓鬼が思っている様な、諦めなければ勝てるなどという物ではない、戦争は数だ! 圧倒的物量を持つ者が勝つのだ!」

 シュルペは将軍として前線に立ったから知っている。

 ヴェルハルガルドの兵の質と数の恐ろしさを知っているから、彼は裏切ったのだ。

「負ける事が分かっている戦をするくらいならば……、私腹を肥やした方が幾分かマシという物であろう!」

「ふざけんな、そんな理由があってたまるかぁ! ハルドラを守る正義であるべき将軍が

そんな事で国を裏切るんじゃねぇ!」

「正義、聞いてあきれるなぁ! この世にそんなモノはない、あるのは欲だけだ、人は自分の有益になる事しかしないのだ!」

「このクソ野郎がぁ!」

 海人は怒号を上げると、剣を抜いた。

 そしてシュルペに向かって走る。

「くっ――」

 すぐにシュルペは自身の剣を抜いて応戦するが、長く怠慢していた彼に海人の剣技を防ぎきることなどできず、剣を弾き飛ばされて窓際へと追い詰められてしまう。

 海人は怒りの表情を浮かべて、シュルペの首筋に刃を押し当てている。

 少し、ほんの少し動かせばシュルペの首を斬り落とす事が出来る――のだが、海人は恐怖に怯える彼の顔を見て、剣を離す。

「……海人」

「…………シャーグさん縛ってくれ、この人の生死は関係ないから、このままでいい」

 海人の剣は、人間を殺す為に鍛え上げた物ではない。

 あのまま斬り殺してしまいそうな勢いだったが、何とか思いとどまった。

 その判断に皆が安堵した――時。





「駄目だなぁ、ちゃんとやってくれないと」





 海人でも凜華でもシャーグでもラナイでもロータスでもない声。

 それが誰のモノなのか理解する間もなく――、何かが斬られた音がする。

 瞬間、シュルペの首が斬り落とされた。






「なっ――」

 首を失った体は、脆く崩れ落ちる。

 その後ろ、切り裂かれたカーテンの向こうに見えたのは、ベランダに立つリュマ。

「リュマ・ロッペ!」

 海人達はそれぞれ自分の武器を構えた。 

 鎧姿のリュマの手には血のついたレイピアが握られていて、彼がシュルペを殺した事は間違いなかった。

 しかし何よりも彼らを驚かせたのは、彼の兜から一本の黒い角が出ていた事だ。

「――っ、やっぱり魔人だったのか!」

「アレぇ言ってなかったっけ勇者様?」

 リュマはいつもの笑みを顔に浮かべながら、そうおちょくるように言った。

 どこか幼さの残る笑みだが、正体を知った今はその微笑みに恐ろしさを感じる。

「あれれ~ロータス君、どうして君が生きているんだい? 君はギルベルト=ヴィンツェンツにいい感じに殺されてくれるはずだったんだけどなぁ」

「くっ……」

 嘲笑う様なリュマの言葉に、ロータスは悔しそうだった。

「やっぱり、お前がロータスを操ってたのか!」

「うわ~お、僕の特殊技能(スキル)の事も知ってるんだ……君達がギルベルト=ヴィンツェンツと行動を共にしていたのは知ってたけど、そこまで情報共有してるなんてなんだか呆れちゃうなぁ」

「なんだとぉ……」

「だってそうだろう? 魔人は悪と言っておきながら……君達はその魔人と手を組んで将軍を暗殺しようとしたんだろう、言っている事とやってる事がまるで違うじゃないか」

「それは――」

 確かに、将軍と交換で魔王の首を貰うのは、海人と凜華がやろうとしていた事は違う。 

 こんな事、勇者がやっていい事ではない。

「カイト耳を貸すな、こいつは敵だ! お前を惑わそうとしているんだ」

 シャーグはリュマを睨みつけながら、剣を構えた。

「おっと……そんな事を言っていいのかい?」

「なんだとぉ……」

「僕の特殊技能(スキル)は『命令(コマンド)』、人間だろうが魔人だろうが海魔(カーマ)妖獣(ヨーマ)だろうが触れた相手に一つだけどんな命令でも下せる、この特殊技能(スキル)は、触れた相手に命令できる訳だけど――――、君達僕と握手したよね?」

 たしか自己紹介の時に海人達はリュマに触れた。

 彼の特殊技能(スキル)は触れた者を操るという事は――海人達も操られてしまう。

 操られて同士討ちなどされたくはない、特殊技能(スキル)のことを聞いて怯んだ海人。

 しかしリュマはそんな五人を見て――笑う。

「あははっ安心しなよ、僕の特殊技能(スキル)を知っていれば、君達がよほど動揺していない限り命令出来ないし一回特殊技能(スキル)を使った人にも使えないんだ」

 リュマの特殊技能(スキル)は、自覚がある者と一度使った者には使えない。

 つまり、ロータスはもちろん特殊技能(スキル)の事を知っている海人達も操る事が出来ないという事だ。

 操られない事が分かったのはいいが、自分の手の内を晒す様な真似をして、一体何を考えているのだろうか。

「なんで自分の手の内を言うのかって顔だね、別にこの特殊技能(スキル)を使わなくても、僕は君達よりも強いからね!」

「なんですって……」

 ラナイは、自身の特殊技能(スキル)を発動させるのだが――見えない。

「おおっと人のステータス見るなんて、エッチだねぇラナイさん!」

「くっ……妨害魔法ですか」

 ステータスは魔法によって隠すことが出来る。

 こういう場合は、特殊技能(スキル)や自分の能力値、名前などなどを知られたくない為に使う。

 リュマのステータスがAランカーである海人達を上回っているか分からないが、これほどの余裕の表情を見ると、かなりの手練れかと思われる。

「お前は、お前の目的は何なんだリュマ!」

 ジャロードの補佐官だという事は分かるが、人を馬鹿にするような態度と言動。

 彼は海人達を嘲笑って楽しんでいる、それは今まで会って来た魔人とは違い、とても異質なものに感じられた。

「あははっ、んー目的……目的ねぇ」

 リュマは大きな声で笑うと、あからさまな考えるフリをしてから答えた。




「東の人間を滅ぼす事、かなぁ」




「人間を……」

「……滅ぼす」

 ベルカリュースの東には、人間の国家が三つある。

 それら全てを滅ぼす事が――リュマの目的だというのか。

「そうだよ、ハルドラもエルゴンもフィーレスも、そこに住んでいる人間もいらないから滅ぼすんだよ、ただそれだけの事さ!」

 リュマはそれだけ恐ろしい事を言っているにも関わらず、満面の笑みだった。

 この男は危険だ、もしかしたら横領をしていたジャロードと将軍よりも、危険な思想を持っているかもしれない。

 本当に倒さなければならないのは、この男の方。

「おっとぉやる気かい? お相手したいのは山々だけど、ご主人様が待っているから僕はもうお暇させて頂くよ」

「待て、リュマ!」

 ベランダから飛び降りたリュマの後を追い、海人はすぐに走り出した。

 ここは三階だというのに何の迷いもなく飛び降りた、すぐに手すりから身を乗り出して下を覗くのだが――。

「じゃあねぇ~」

 リュマは灰色の鱗のワイバーンに乗って、空高く舞い上がった。

 あの笑みを顔に張り付けて、陽気に手を振りながら、彼はまだ夜の闇が残る西へと飛び去って行く。

「……、海人」

「畜生……」

 特殊技能(スキル)の事をわざわざ話したのも、海人達の警戒心を煽る為のものだったのだろう。

 あの笑みのせいで騙されそうだが、彼はかなり頭が切れ、腕の立つ男に違いない。

 ハルドラを、人間を滅ぼすと言った男が飛び去るのを、海人はただ黙ってみている事しかできなかった。

 海人は奥歯を強く、強く噛みしめた。

「まずいです、ワイバーンの羽音で外にいた兵士が起きだしました」

「ちっ……彼らは横領の事は何一つ知らない一般兵だろう」

 将軍の死体を見ればどんな言い逃れも出来ないだろう。

 シャーグは首を麻袋に入れると、ラナイとロータスへ指示をする。

「俺はカイトとリンカとシュルペの首を持って国境へ向かう、ラナイはロータスと一緒にここにいる兵士達を誤魔化してくれ」

「誤魔化すって……一体」

「将軍はさっきリュマに暗殺されて、勇者が追跡していると言え……それと何とかこの状況を国王陛下に報告してくれ」

「分りましたわ」

「気を付けて下さい」

 ラナイとロータスを見送られ、シャーグは将軍の首を持って国境へ向かうのだった。



 



************************************************************






 ヴェルハルガルド・ハルドラ国境付近。

 夜が明けて結構な時間が経った。

 海人達三人は、魔王の首を持ったギルベルト達が来るのを待っているのだが、いつまでたっても来ない。

 夜明けまでにこの国境でという話だったにも関わらずこんなに待たせるなんて、まさか失敗したのではないだろうか――。

 それではこの計画自体が破綻してしまう、三人に不安が過ぎった時、ワイバーンがやって来た。

「……遅かったじゃねぇか」

 やって来たのはヴィルムとフェルクスとルールアの補佐官の三人だけ。

 なぜか、ギルベルトとアルバート、フォルドとムローラ、そして時子の姿がない。

「……なぜ、お前達だけだ」

「アルバート様とあの馬鹿王子はお疲れなのよ、これくらいの使いアタシ達で十分よ」

「……姿を消してたと思った奴もいるし、一体何やってたんだよ」

「…………」

 ヴィルムはシャーグの言葉に、腹を抑えたまま無言を通した。

「約束のモノは持って来たんでしょうね?」

「……ああ、そっちはどうなんだよ」

 海人が睨みながらそう言うと、フェルクスが皮袋を投げた。

 大きさからいって、魔王ジャロードの首で間違いないだろう。

 シャーグもシュルペの首を投げると、両者それぞれ目的の首を拾う。

「コレでアタシ達の同盟関係は終わり、こっちの処理はこっちで、そっちの処理はそっちでやんなさい」

 目的のものを手に入れた補佐官三人は、ワイバーンへと戻る。

 海人は大事な事を尋ねる為に、口を開いた。

「……山田は無事だったのかよ」

「…………えぇ、もちろん」

「そっか、時子さんも安心してるだろうな」

 クラスメイトの無事が確認できて安心して漏れた言葉だったのだが――、その言葉にヴィルム達は何も言わなかったが反応してしまった。

 それを海人と凜華が見逃すはずがない。

「……時子さん、どうしたんだよ」

 十分すぎる間を開けてから、ヴィルムが口を開く。

「…………彼女なら、死にましたよ」

「なっ……、時子さんが!」

「なんで、なんで時子さんが死んだのよ!」

 海人や凛華よりも圧倒的に強く、同じオールAランカーのアルバートよりも強い彼女が、死ぬなんて、ありえない。

 それほど魔王が強かったとでも言うのか――。

「……同盟関係はここまでと言ったはず、これ以上に話すことなどありません」

「なっ……なんだとぉ!」

 それだけ言い残して、三人はもう振り返る事はなかった。

 ワイバーンで去っていく後ろ姿を見て、海人は足元にあった石ころを蹴っ飛ばす。

「かっ海人っ!」

「くそっ、くそっ、くそぉぉぉぉっ!」

 凜華がいくら止めても海人は止めようとしなかった。

 自分のこの苛立ちを、自分の中に留めておく事が出来なくなっていたのだ。

「くそぉっ、俺はハルドラを守る為に強くなったんだ! 魔王を倒す為に、ハルドラの人間を守る為に! それなのにそれなのにぃぃ、俺が何をした!」

 今回のこの騒動、海人は何もやっていない。

 異世界に来てから、魔王を倒してハルドラを平和にするために、修行をしていた。

 しかし――今回海人がやったのは、将軍の首を魔王の首に変えただけ。

 それもその将軍だって海人は殺す事が出来ず、手を下したのはリュマ。

 これではまるで、ハイエナだ。

「俺は……こんな事をしたかったんじゃない、俺は……俺は……」

「……海人」

 海人が本当に怒っているのは、自分の無力さだ。

 凜華には、彼の気持ちが痛いほどよく解るが、かける言葉がない。

 だから、無力を悔しがる海人の傍に、一緒にいる事しかできなかった。







************************************************************






 同時刻 ハルドラ・ハルデ

 王座の間では、国王のバルドーナスが溜め息をついた。

「……そうか、魔王の首を」

 ラナイから全ての話を聞き、今から海人達が魔王の首を持って来る事を知った。

 将軍の横領の件は非常に残念だったが、ハルドラを攻めていた魔王が死んだという事は、彼にとっては他の何よりも良い知らせだった。

「良かった……、魔王が死んだのだな、良かった」

 こんな日が来ることをどれほど待ち望んでいた事だろうか、これも全て二人の異邦人のおかげ。

「カイトとリンカが帰って来た後、すぐに国民にこの事を伝えるのだ! 宴も開こう、我らが勇者達の功を労うのだ!」

 いつになく、本当に嬉しそうにバルドーナスは言った。

 彼は心から喜んでいるせいで考えもしない、その勇者達がどれほどこの事を悔しがっているかを――。





 マルドルとピートも、勇者達の凱旋の準備を始める。

 しかし、そんな彼らをクロノはしばらく見つめた後、どこへともなく歩き出した。

「……朝日か」

 回廊の窓から差し込んだ陽光を見て、立ち止まった。

 脅威であった魔王が死んだというのに、クロノの表情は明るくない。

 長い夜が明けて、これから始まる日々は新しいモノになるだろう。

 そんな日々に向かってなのか、それとも自分自身に向かってなのか、クロノは呟いた。

「…………運命は、定まったな」

 古き賢人は、祭り騒ぎの城を後にするのだった。







************************************************************







 ヴェルハルガルド・帝都ガルヴェス

 ガルド城玉座の間では、魔王帝ベネディクトが報告を受けていた。

 部屋にいるのは魔王将ネフェルアとデュネアン、二人とも巨大な王を見上げている。

 横領していた魔王ジャロードを討ち取り、敵国の将軍の首と交換して来た。

 とんでもない事だが、ヴェルハルガルドという国に傷がつかなかったのは事実、これによる罪を功で減刑していくと――。

「うむ……悪くないぞ」

 しかもジャロードは、元貴族のフォルガンデス家とドレファスと繋がっていたという。

 長い間鬱陶しかったドレファスの間者を潰せた事は良い事だ。

「コレで、我が国の不心得者が一掃されたのなら良いのだがのぉ」

「…………誠に、その通りでございます」

「ジャロードの補佐官リュマの行方が分からなくなっております」

「うむ、念の為に奴を指名手配せよ、見つけ次第極刑に処す」

「かしこまりました」

 デュネアンは深く頷くと、この後の事後処理について話を始める。

「この後についてはいかがなさいましょう」

「わざわざ辻褄合わせをしてくれたのだ、それに乗っかろうではないか」

 出来るだけ国の威厳に傷がつかないように、ギルベルトやアルバートが配慮してくれたのだ、多少手直しが必要なストーリーであるが、十分使える。

「ジャロードはハルドラの勇者共に暗殺された事にする」

「フォルドについてはいかがなさいますか?」

「……うむ、フォルドについては海魔に襲われた巡礼中の王子の救出中に死んだという事にしろ」

「かしこまりました、そのようにいたします」

「魔王の席が二つ空きました」

「うむ……フォルドは良い将であった、もうしばらくしたら奴に国攻めをさせても良いと思ったのじゃがのぉ」

 フォルドの実力はベネディクトも買っていた分、とても惜しい男を失ったと悲しげだ。

 謹慎中も妖獣(ヨーマ)の討伐や兵士の育成をとてもよくこなしており、彼の兵はとても良いと評判だった。

 それはネフェルアとデュネアンも同じなのか、俯いて押し黙っていた。

「……じゃが、魔王の席を空席にしておく訳にもいくまい」

「では、後任をお決めになるのですね」

「うむ……ネフェルア、ジャロードを殺したのは誰だ?」

「はい、魔王フォルドの補佐官ムローラの報告によると、アルバート王子殿下とギルベルト王子殿下で御座います」

「我が息子共はなんと言っておるのじゃ?」

「……それが、両王子共に『魔王フォルドがやった』と、仰っております」

 ベネディクトは、それを聞いて顔を顰めた。

 国賊であるジャロードを討ち取ったのは大きな手柄である。

 二人は魔王になりたがっているのだから、普通は自分がやったという物だが、彼らはその逆の事をやっている。

「…………グハハッ、アルバートならまだしもあのギルベルトまでそのような事を言うとは、嵐が来るな特大の嵐がのぉ」

 ワガママで自分勝手なギルベルトが、そんな事を言うなど考えられない。

 ジャロードを倒すためとはいえ自決という形をとったフォルドの名誉を守る為なのだろうが、ジャロードにとどめを刺したのはギルベルトだろう。

「……うむ、儂の息子共の力量はどれほどだ?」

「アルバート王子殿下がオールA、ギルベルト王子殿下がAで御座います」

「グハハっ、つい先日まで赤子だったと思ったが、そこまで至ったか!」

 ベネディクトは心底楽しそうにニマリと笑みを浮かべると、続ける。

「最近つまらぬからのぉ、ちょっとくらい嵐が来た方が面白いという物だ」

 そしてベネディクトは、笑みを浮かべたまま呟くのだった。

「まぁ……AランカーとオールAランカー程度では、この席に座るのは地獄じゃがな」

 ネフェルアとデュネアンは、意地悪な王をただ黙って見上げていた。








************************************************************







 デュネアンは、廊下を歩いていた。

 これから魔王が一度に二人も死んでしまい、色々と忙しくなるだろう。

 ヴェルハルガルド国内はしばらく混乱するかもしれない。

 デュネアンは城の中にある自室へと戻った。

 しかし厚手のカーテンがされているせいか、夜が明けたというのに薄暗く部屋の四隅には影が出来ていた。

そして手に持っていた書類を机に置くと、お気に入りの安楽椅子に腰かける。

「…………」

 椅子に体を預けて目を瞑ってリラックスしている。

 このまま寝てしまうのではないかというくらい、長い時間が経ってから、デュネアンは口を開いた。

「戻ったか」

 部屋の影から何者かがゆっくりと歩いて来た。

 カーテンの隙間から漏れる陽光に照らされて――そいつの姿がようやく分かった。





「リュマ・ロッペ」





 そこにいたのは、いつもの笑みを顔に張り付けたリュマだった。

 鎧姿でレイピアも腰に下げているというのに、デュネアンは迎え撃とうとしない。

 それどころかリュマは、デュネアンの前に来ると平服をする。

「ただいま戻りました、ご主人様」

 それはまごう事なき忠誠の証、リュマはいつもの笑顔を張り付けているものの、その物腰や態度は主従のソレ。

「……申し訳ございませんご主人様、ギルベルト=ヴィンツェンツの暗殺に失敗してしまいました……、それどころかジャロードを討たれました、全部僕の責任で御座います」

 いつになく真剣で、本気で謝っている。

 そこには遊びは何一つない、首を差し出せと言われれば本当にそれをしそうなほど、心からの謝罪である。

「ジャロードは惜しかった、奴は頭が切れる分効率よく金を集めていたからな……、本来ならば、手元には倍の金がある筈だったと思うと悔やんでも悔み切れぬが……、目標は達成した、良しとしよう」

「本当に残念です、残念ですけどこれで、計画が進められますね!」

 リュマは心から楽しそうな笑みを浮かべると――その続きを言った。





「これでご主人様がヴェルハルガルドを支配する日が、また近づきましたね!」





 ヴェルハルガルドを支配。

 つまりそれはベネディクトに成り代わり、この国の魔王帝になろうとしているという事。

 横領にギルベルトの暗殺、これを全て指揮していたのはジャロードではなかった。

 彼の後ろに更にいたのは――――魔王将デュネアンである。

「ジャロードの采配は見事でしたよ、ハルドラの将軍を垂らしこんで、軍事費を横領させてソレをドレファスのフォルガ砦経由で、ヴェルハルガルドに送るんですから」

 ハルドラの将軍が横領していた金は、ゲーティによってドレファスに流れていた。

 その金の行方を国王達も把握できていなかったが、それは更にドレファスからヴェルハルガルドに流れ、そしてデュネアンの元へと渡っていたのである。

 二〇〇年も放置されていたはずのフォルガ砦に毛布などがあったのは、金を運んでいたゲーティ達があそこを使っていたからだ。

「でも……まさかあの砦にギルベルト=ヴィンツェンツ達が来るとは驚きましたよ、まぁあそこには盗聴用の仕掛けがいくつもしてあったから、彼らの作戦は丸聞こえだったんですけどねー」

 フォルガ砦で、アルバートが提案した魔王と将軍の暗殺作戦。

 リュマはそれを全て聞いていたのである。

「彼らの自国のメンツのおかげで証拠隠滅の手間が省けて良かったですよ~、もしジャロードを軍法会議にかけるとか言われたら……流石に彼でもご主人様の事ゲロっちゃうかもしれませんからねー」

 横領がバレて、もはや隠し通す事は不可能と判断したリュマはジャロードと将軍の口封じをする事にしたのだが、上手い事そこに暗殺の話が持ち上がったので利用したのだ。

 利用と言っても、リュマがやる事は余計な事を言わない様に、生け捕りにされる可能性があった将軍を殺すだけ。

 その他面倒な事後処理や情報操作は、それぞれの国がやってくれるのだから楽なものだ。

「ホント利用されているとも知らないで、自分達の作戦が成功したと思ってるんだから哀れですよね~、あはははっ」

「……それくらいにしておけ、リュマ」

「は~い、ごめんなさいご主人様」

 相変わらずの態度だが、今更そこを直させる気はデュネアンにはない。

 リュマの性格が既に破綻している事は、誰よりも彼が理解しているのだから。

「……お前はしばらく裏に潜れ、次の任務を与える」

「あ~名誉ある補佐官生活もこれで終わりか、次はあんな毛むくじゃらじゃなくて美人と一緒に仕事したいですよ~、正直演技とはいえあの人の部下するの嫌だったんですよ!」

「……リュマ」

「は~い、分かってますよぉご主人様ぁ」

 リュマは、そう言って歩き出したのだ、少し歩くと立ち止まって振り返った。

「あっ、このリュマ・ロッペって名前もう使えないんで、新しい名前下さい」

 ジャロードの悪事が発覚した今、リュマも見つかれば拘束されて死刑になるだろう。

 名前を変え新しい役職を得て、別人にならなければならない。

「……分かった、考えて置こう」

「今度はもっとカッコいいのにして下さいね!」

「…………早く行け」

「はいは~い、行ってきま~す」

 デュネアンにせかされて、リュマは部屋を後にする。

 騒がしい彼がいなくなって、デュネアンは静かな部屋で一人になった。

「……ギルベルト=ヴィンツェンツめ」

 リュマが操った海魔(カーマ)の群れを聖都へと襲撃させ、レヴィアタンの巣へと誘い込み、更に魔王と戦わせたというのに――生き残った。

 運がいいのは知っていたが、ここまでとは思わなかった。

 はっきり言って目障り極まりない。

 だがこれからはギルベルトの方が近づいて来るのだ、チャンスは幾らでもある。

 しばらくは、この恨みを飲み込む。

 いずれ訪れるであろう好機が来るまで、腹の底でじっくりと煮詰めて置く。

「いつか必ず殺してやるぞ……、ギルベルト=ヴィンツェンツ」







************************************************************







 同国・ベルダル

 ギルベルト達は軍所有の屋敷にいた。

 ジャロードの砦から移動して、怪我人であるギルベルトやアルバートにヴィルムの三人は、派遣された医療集団から治療を受けた。

 特に重症なのはギルベルトで、数週間の絶対安静が義務付けられて、ベッドに縛り付けられている。

 絶対安静なのでまだマグニに帰る事は出来ないだろう。

「……ヴィルムさん、まだ完全に治ってないのに国境に行くなんて……体は本当に大丈夫ですかぁ?」

 ルールアは心配そうにヴィルムの様子をうかがう。

 いくら応急処置をしていたとは言え、彼の怪我は酷い物だった。

 そんな状態にもかかわらず、国境に首の受け渡しに行くなど無茶が過ぎる。

「仕方がありません……、貴方もフェルクスだけでは不安でしょうし、魔王と将軍の首を取り換えると聞かされて、行かない訳には参りませんでしたから」

 本当にアルバートが考えた作戦には驚かされた。

 国の面目は守られ、結果的にギルベルトの評価は上がっただろう。

 しかし――気になる事はある。

(この横領の額はとんでもないらしいが……それを全てジャロードが使ったのだろうか?)

 正直個人で使える額には思えないが、現にジャロードの屋敷や砦などにはその金らしきものはなく、この横領で失った巨額の金はどこに行ったのか追跡はほとんど不可能だろう。

 それに行方不明という補佐官リュマの動きも気になる。

 だが、これ以上考えても答えは出ない。

 今は時子にやられた怪我を癒す事に努めなければなるまい。

(……トキコ、キーコの特殊技能(スキル)で造られた人工生命体)

 黒い靄から生まれた、人を模して造られた存在。

(そもそもあの黒い靄はなんなんだ、キーコが無意識で操っているようだが……そもそもアレを出した時だけ、キーコの魔力量とは関係なく、様々なモノを造れているようだが)

 どんな文献を見直しても、あの黒い靄について何一つ書かれていなかった。

 だがあの靄は間違えなく存在していて、君子だけが操れる。

(キーコの特殊技能(スキル)の産物なのだろうか? いやそもそもなぜアレから生まれたモノだけ、普段とは明らかに精度が違うんだ?)

 トキコの体を調べれば、もしかしたら何か解ったかもしれないが、彼女はドラコウェール大渓谷に落ちた。

 あそこは底なしと言われるほど深い谷、タラリアを壊され空を飛ぶ術を持たない彼女は、転落死しただろう。

 今回の件は理解できない事も起こったし、様々な謎も残った。

 尊い命も失われてしまったし、何より大切な絆が――まだ壊れたままだ。

「…………」

 ヴィルムは一番傷ついている少女を心配しながら、窓の外を眺めた。






************************************************************





 君子は一人、部屋にいた。

 ベッドに寝転がりながら、ただ呆けている。

 意識はあるがなにも考えられない、まるで抜け殻の様だった。

 もう何も考えられない、中心を失った彼女は、体は生きているが心は死んでいる。

 もう話せない、もう笑えない。

 もう誰も信じられない。

「…………」

 



 君子はただ、人形のように――そこに在る事しかできなかった。

 



聖都動乱編、完結。

色々設定が変わり、しぶしぶ省略した場面もありましたが、まぁ概ね予定通り進みました。

なんだか色々な謎を回収したりしなかったりな感じですが、とりあえず完結です。

次回より新章に入ります。

君子と『とある男の子』の約束のお話になります。

はたして君子とギルベルトは仲直りが出来るのでしょうか……?


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